|
■オープニング本文 開拓者ギルドの本拠地がある神楽の都にも、春が訪れた。 受付の若い女性職員・野衣(のい)はふと入口から入ってくる依頼人を見つけ、動きを止める。 その依頼人は二人連れで、年老いた女性と野衣と同じ歳ぐらいの若い女性だ。二人も野衣を見つけ、頭を下げる。 そしてそのまま、二人は野衣が担当することになった。しかしその依頼内容は、野衣が想像もできなかったことだった。 「俳句‥‥と言うと、五・七・五の十七文字の中に、季語を入れる短詩のこと‥‥ですよね?」 「はい。あっ、私は桜美(おうみ)と言います。一緒に来たのは俳句教室で先生をしている小梅(こうめ)おばあちゃん‥‥私の祖母です」 「そうですか。どうもはじめまして」 野衣が声をかけると、小梅はニコニコ笑顔を浮かべながら、深々と頭を下げる。 「言い忘れていましたが、小梅お祖母ちゃんは声が出せないんです。幼い頃、大病にかかり、声が出なくなってしまったので‥‥」 「そっそうでしたか‥‥。すみません」 「いえ、言い忘れていた私に非がありますから、お気になさらずに」 桜美の言葉に、小梅も何度も頷く。 「あれ? でも俳句の先生をやってらっしゃるんですよね?」 「俳句はまず、短冊に墨を付けた筆で書いてから読み上げます。お祖母ちゃんはまだ耳が良いですし、筆談で生徒さん達と会話をしています。元々俳句をやる人は落ち着いている人が多いですし、今は私の両親や兄や姉も教室を手伝っていますから」 それならば成り立つだろうと、野衣は頷いた。 「ですがその‥‥依頼内容の方ですが、開拓者ギルドで『俳句を作る人を集めてほしい』とのことでしたね」 「あっ、はい‥‥」 桜美が言うには桜祭りが行われる場所で、花見をやりつつ俳句を作り・読み上げる会をしたいとのことだった。 「ですがお弟子さん達や生徒さん達がいらっしゃるのに、何故開拓者をお選びになられたんですか?」 そう、野衣はずっとそこが疑問だった。桜美から聞いた話ではそういう会は毎年、俳句教室の方で行なっている。だが二人は何故か、今年はここに来た。 「えっと‥‥それは‥‥言わなくちゃいけないこと、ですか?」 「えっ!? いっいえ、そんなことはありません! すみません、口を出しすぎましたね」 しかし小梅はそっと、桜美の手に自分のシワだらけの小さな手を乗せる。 「お祖母ちゃん‥‥」 不安そうに見つめる孫娘を、祖母は真っ直ぐに見つめ、力強く頷いて見せた。 「‥‥お祖母ちゃんが話してほしいと言うので、理由をお話しますね。実は‥‥亡くなった祖父が、開拓者だったんです」 「そっそうだったんですか」 「はい‥‥。結婚してすぐ祖母は私の父を授かったのですが、妊娠中‥‥祖父は開拓者の仕事をしている時に亡くなったのだと聞きました」 「あっ‥‥」 野衣は桜美が話したがらない理由を、ようやく気付く。遠い昔のこととは言え、小梅やその家族に、開拓者ギルドが恨まれてもしょうがないと言える過去があったのだ。 「なのでウチの家族は‥‥こう言ってはなんですが、今まで開拓者自体を避けていました。しかし‥‥祖母はもう、長くはありません‥‥」 その声は消え入りそうなぐらい小さかったが、野衣の耳には届いていた。野衣が慌てて小梅を見るが、その表情に全く恐怖などは浮かんでおらず、ただ穏やかな笑みを浮かべているだけだった。 「恐らく来年の春は迎えられないだろうと、先月、医師から言われました。その頃から祖母は、開拓者だった祖父のことをよく思い出すようになったらしいです。祖父は開拓者になる前は、祖母の俳句教室の生徒だったんですよ」 桜美は泣きそうな笑みを浮かべながら、あえて明るく話す。決して悲しい話などにはさせぬように――と。 「二人は同じ教室で、俳句を学んだんです。そして桜が咲き、満開になるといつもお花見がてら、お互い俳句を作っていたそうです」 「それでは今回の依頼は‥‥」 「はい‥‥最早、祖母の心には憎しみや恨みの心などありません。ただ祖父と同じ開拓者達が作る俳句を聞いてみたいと、その一心でこちらに参りました」 「そう‥‥でしたか」 そこでようやく、全てに理解ができた。小梅の今は亡き夫と同じ職業の人と触れ合いたいという気持ちが、依頼という形で伝えてきたのだろう。 「俳句を作る人は素人さんで全然構いません。俳句の型を守っていただければ、どんなのだって良いです。逆にかしこまりすぎるのって、肩が凝っちゃいますし」 空気を軽くするように、桜美は少しおちゃらけた感じで言う。 「お花見ですし、私達の方でお弁当や飲み物を用意します。あっ、お酒はダメですけどね。それと俳句の作品は複数でも良いです。逆にたくさんの俳句を聞く方が、ウチのお祖母ちゃんは好きですし」 「そうですか。ではまとめますと、『五・七・五の十七文字、季語を入れた俳句を作ること』と『複数の作品でも良い』というのが条件になりますね」 「あっ、それとですね。俳句を読み上げた後、一応解釈なども語っていただけると嬉しいのですが‥‥」 「そうですね。俳句を読んだだけでは、意味が分からないこともあるでしょうから。では『俳句の解釈も語ること』を追加しておきますね」 「はい‥‥どうかお願いします」 桜美が頭を下げると、小梅も頭を下げる。 そんな二人に野衣は笑みを浮かべて見せ、力強く言った。 「ええ、お任せください」 |
■参加者一覧
士(ia8785)
19歳・女・弓
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)
48歳・男・志
夢尽(ib9427)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 満開の桜が舞い散る中、地面にござを敷き、その上に花見弁当を広げ、また桜美からは温かい緑茶を振舞われた。 「本日は小梅お祖母ちゃんの為に集まっていただき、ありがとうございます。お弁当を食べ、緑茶を飲み、また桜を楽しみながらゆっくりと過ごしましょうね」 桜美と、その隣にいる小梅もニコニコしながら、開拓者達を見つめる。 花見日和の中、開拓者達は俳句を読み始めた。 「ではまず、私から読ませていただきますね」 フェンリエッタ(ib0018)はその場から立ち上がり、コホンっと咳をし、短冊に書いた俳句を読む。 「『春雷や とどろく空と こころの音』。――轟音が心にわだかまる不安を、煽り立ててリズムを乱す。春雷が過ぎると春めくと言うように、恋は春にもたとえられるように、私の凍えた心も穏やかに温もれば良いな、と‥‥言うような感じです」 少し照れ臭そうにフェンリエッタが顔を上げると、みんなから盛大な拍手がわき起こる。 「フェンリエッタさん。恋の表現を出してくるということは、現在進行形ですか?」 桜美が好奇心に満ちた様子で問いかけると、フェンリエッタは意味ありげに微笑む。 「ふふっ、どうでしょうね? では続いて二作目です。『風光る 野に寝転びて 朝を聴く』。――お外でうたた寝できるほど、風は心地良く暖かくなって、うつらうつらしている間に朝になっちゃう‥‥のはたとえだけど、それぐらい春は眠いですよね?」 「おやおや。フェンリエッタさんでさえ、春の陽気には勝てぬのか?」 からかい気味に声をかけたのは、ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)。 「あら、ヴァレリーさんだって勝てないんじゃありませんか?」 「まっ、否定はできないがな」 「では、せっかくですので次の俳句はヴァレリーさんに読んでいただきましょう」 突然、出番を回されたことに、ヴァレリーは驚いて眼を見開く。しかしみんながはやし立てるので、苦笑を浮かべながら立ち上がった。 その間に腰を下ろしたフェンリエッタは、ラフォーレリュートを取り出す。 「せっかくなので、春をイメージした曲を演奏しますね。ああ、もちろんみなさんの声の邪魔にならないように、音は控え目にしますから」 そしてフェンリエッタは奏で始めた。 「演奏つきで俳句が読めるとは、贅沢だな。では、流麗な演奏に乗って、俳句を読もう」 ヴァレリーも声の調子を整え、短冊を持ち構える。 「『再会に 皿一つ足し 桜鯛』。――旅暮らしの友人が、先日久々に我が家を訪ねて来てね。あまりに顔を見せぬものだから、旅の途中で野たれ死んでいるのでは?と思っていたが、杞憂だったようだ。その日は友人と夕餉を共にした。いつもより一人分多く皿が出ている食卓の上に、奮発して買った真鯛の色が鮮やかで輝くようだった。再会を喜ばしく思う気持ちが、余計に食卓を華やかに見せたのかもしれんな」 一気に語り終えると、ヴァレリーは大きく息を吐いた。 「お友達とのお食事は楽しいものですしね。鯛は美味しく召し上がれましたでしょう?」 「桜美さんの言う通り。懐かしい友との食事は、また一味違いますからな」 軽く笑った後、二作めを読み始める。 「『眼鏡置き 葉桜の身を ぼやかさん』。――若い開拓者達は、まさに今を盛りと咲く花のようだ。それに比べ、私は花の落ちかけた葉桜。今の私は彼らと肩を並べる為に眼鏡を外し、わざと自分の衰えを見ない振りをしている」 「でもヴァレリーさんは大人の男性の渋さが素敵だと思いますけど」 桜美の言葉に、女性陣達はクスクスと軽やかに笑う。 ヴァレリーは居心地の悪そうにわざと大きく咳をすると、士(ia8785)に視線を向ける。 「ではお次は士さん、よろしく頼む」 そう言ってとっとと座ってしまったヴァレリーを見て、士は肩を竦めた。 「別にからかっているわけじゃないんだがな。まっ、出番は引き継ごう。絵と違い、字のみで表すのは難しかったが‥‥」 立ち上がった士は少し自信のなさそうな顔をしながら、俳句を読み始める。 「『山笑う 別れも会いも 己の為』。――春の山の明るさを表現するものであるが、その明るさを未来への希望と、山と言う大自然の大きさとをかけている。春の別れや出会いで落ち込むこともあるだろうけれど、そんなものは大自然の中では笑われるような小さなものである。どんな離別も出会いも、自分の未来に活かせる『光』にできるのだと言う意味だ」 「士さんは絵師なんですよね? やはり描くものは自然が多いのですか?」 士の俳句を聞いて疑問に思った桜美が尋ねると、士は少し首を傾げた。 「う‥‥ん、そうだな。確かに自然もよく描くから、俳句も影響されたのかもな」 そこでふと士の眼に、士が持ってきたお茶請けをつまんでいる夢尽(ib9427)の姿が映る。 「それでは次の読み手は夢尽、よろしくな」 「ぶほっ!?」 突然指名された夢尽は、驚いて喉をつまらせる。桜美が緑茶を渡し、背中を叩いてくれたおかげですぐに飲み込めたが‥‥。 「また突然な‥‥。けどまあ良いか」 夢尽は短冊を手に取ると、小梅に向かって頭を下げる。 「小梅おばあ様、俳句は昔かじった程度でございます。見苦しい点がございますでしょうが、お許し願いたい」 夢尽の言葉に、小梅は笑顔のまま何度も頷く。 その様子を見て、ほっとした夢尽は俳句を語り出す。 「まずは一句め。『春霞 潤む月の端 誰ゆえに』。――霞む春の明け方、綺麗な月の輪郭が潤んで見えて、まるで涙みたいだ。月の姫に物憂げな涙を浮かべさせるなんて、そいつはたいそう罪な男だ。一体誰を想っているんだい? ‥‥なぁんて春の情景に、ちょっと色をつけてみた。俺は色恋には興味はないが、俳句を読むならば趣ってのも大事だろう? 実感ないゆえに、出来のつたなさは勘弁してくれ」 「でも夢尽さんのお年頃が伝わってくる作品ですね」 「ごほっ!」 桜美の言葉に、夢尽は口に何も含んでいないのに咳き込んだ。 「夢尽さんは続行不可能になってしまったようなので、続いて僕の作品を読み上げますね」 激しく咳き込む夢尽の代わりに、利穏(ia9760)が立ち上がる。 「『わさび漬け 隣は酒を 飲む人ぞ』。――わさび漬けとお酒の相性は良いですね〜」 利穏が明るい笑顔で語った俳句の内容に、微妙な空気が流れる。 「利穏さんって‥‥お酒を飲める歳ですか? ‥‥と言いますか、飲みたかったですか?」 驚いた顔をする桜美を見て、利穏はハッと気付いた。 「あっ、今日はお酒無しでしたね! すみません! では次の俳句を読ませていただきます!」 利穏は慌てて二枚目の短冊を読み始める。 「『君の前 朧の声が 口惜しく』。――想い人を前にしても、まるで春先の朧のような、ぼんやりとしたことしか言えない自分に悔しさを感じている。‥‥そんな人間の心境を読んだものです。あっ、ぼっ僕自身のことじゃないですよっ!? そういった立場を想像してみただけです!」 真っ赤な顔で両手をブンブン振る利穏を見て、みなが苦笑を浮かべた。 「分かったから、少し落ち着きなさい。まだ読む俳句があるのだろう?」 ヴァレリーの冷静な一言で、利穏は我に返る。 「でっでは三句めを読ませていただきます。『春眠や 日の布団なら 仕方なし』。――この時期の陽気は心地良い日和で、まるで布団の中のようなちょうど良い暖かさがあります。ですので眠くなるのも仕方ないですよね、という白昼惰眠の言い訳を読んでみました」 少し照れながら語られた解釈に、フェンリエッタは演奏を止め、笑みを浮かべた。 「そのお気持ち、私はよく分かりますわ。利穏さん」 一通り俳句を読み終えたところで、一時、休憩になる。みなが弁当を食べながら談笑する中、小梅は紙に筆で文字を書き、みなに見せた。 『異国の方の俳句も聞かせていただき、嬉しくもあり、楽しいものです』 「確かに他国からいらっしゃったのに、俳句をお作りになるの、上手ですよね」 桜美も感心したように、開拓者達の顔を見回す。 開拓者達ははにかんだ表情を浮かべた後、それぞれ顔を見合わせ、頷きあう。 「あの、小梅さん。これから私達が読む俳句は、あなたや亡くなられた旦那様を重ね合わせて作った作品でもあるのです。なのであなたの心に届けば良いと思っています」 フェンリエッタは真面目な顔で伝え、再び短冊を手に取った。 「私は二作品あります。『さえずりの 北窓に歌う 想い人へ』。――閉め切っていた北窓を開け放てるほどの陽気。聞こえるのは春を告ぐ鳥の声。北国のあのお方の窓はどうかしら? 届くはずもないけれど、春告鳥と共に私も歌い‥‥彼の幸せを祈ります」 読み上げながら、フェンリエッタは涙をこぼす。 真剣な様子に、誰も口出しができなかった。 「そして二つめ。『散りぬれど 永久にめぐりぬ 花こよみ』。――ひらりふわりと散る桜の風情も好き。花はただ一時を精一杯、美しく咲いて散る。四季折々・様々な花が咲いて散りながら、暦は移ろう。儚い気持ちになるけれど、花と共にまた廻ってくる。‥‥たとえ別れても、『またいつか』‥‥そんな約束がこめられている気がします」 言い終えたフェンリエッタは、笑顔で顔を上げる。 「またのご縁を願っています。長生きしてくださいね」 その言葉に、眼を見張る小梅と桜美。小梅の命が短いことを知りながらの言葉に、桜美は胸がいっぱいになり、その眼に涙が浮かぶ。 続いてヴァレリーが最後の俳句を読み出した。 「『家灯り 見つけ春泥の 帰路駆ける』。――まだ妻が生きていた頃、開拓者の仕事を終えた帰り道。ジルベリアの雪解けで泥濘んだ道を、だんだんと早足になりながら家へ急いだものだ。妻が心配しているだろうと思ってね。小梅さんのご主人もきっと同じような気持ちだったでしょうな」 そう言って、ヴァレリーは【桜ひと枝】を小梅に差し出す。その顔には、柔らかな微笑を浮かべて。 「今頃あの世でご主人はあなたが来るのを待っているかもしれない。しかしまあ、もうしばらく待たせておきなさい。小梅さんにはこちらにも大事な人がいるのだし、何も急ぐことはない。それにホラ、新しい生徒希望もいることだしな」 小梅は眼に涙を浮かべながら、震える両手で、それでもしっかりと枝を受け取った。 その様子を見た後、士は手に持つ短冊に視線を向ける。 「それでは次は私が最後の俳句を読もう。『風歌う 梅と桜に 幸いを』。――風は小梅のご夫君、梅は小梅のことで桜は桜美のこと。現世で生きている家族を思う故人は、きっとその桜のように永遠を願っているに違いない」 士の視線の先には、小梅が両手で持つ枝がある。 「‥‥縁起でもない話かもしれないが、天寿を全うしてご夫君に再び会った時、まるで楽しい旅行に行ってきたかのような、人生の話をできる余生を送ってほしい」 真剣な士の言葉に、小梅も真面目な表情で何度も頷いて見せた。 「ごっほん」 そして夢尽は咳を一つし、みなの視線を自分に向けさせる。 「俺の最後の俳句は、ご夫君の立場から読んだものだ」 夢尽は微笑みながら、俳句を読み始めた。 「『歩み出す 道は遥かに 風光る』。――俺が開拓者になったのは、つい最近だ。その始まりと、一年の始まりの季節。俺はどちらにも胸を高鳴らせている。開拓者という名が孕む光や希望を、あえておばあ様の前で読ませてもらった。差し出がましい真似かもしれねぇが、ご夫君と同じ職業の者とのまじわりを求められたと聞いたからな。こう言う想いで走り出している小童がいたことを、記憶の片隅にでも残してもらえれば幸いだ」 そう言って夢尽も【桜ひと枝】を小梅に差し出す。 「春の賑わいや花の艶やかさが、おばあ様の命に幸いをもたらされますように」 小梅は手渡された枝を、大事そうに胸に抱えた。 利穏は最後の短冊を手に持ち、意気揚々と立ち上がる。 「では最後は僕ですね! 『桜散り 茂る青葉を 思いけり』。――桜は散っても、次には葉桜が広がり、それもまた楽しみに思えます。物事の終わりは、また何かの始まりと言うものですし。四季折々を楽しめれば良いなぁと思い、読みました」 俳句を読み終えた利穏は、【桜ひと枝】を少し照れ臭そうに小梅の前に差し出す。 「小梅おばあさまには、これからも元気でいてほしいです。僕に医の学はありませんが、せめてもの願いをこの枝に込めました。受け取って頂ければ、幸いです」 小梅は涙をポロポロと流しながらも、笑顔で枝を受け取る。その表情は晴れ晴れとしていて、桜美や開拓者達も笑顔を浮かべた。 ――後日、開拓者達に野衣から二つの俳句が届けられた。 一つは小梅から。 『かの人の 面影見たり 開拓者』 短いながらも夢のような一時を過ごし、あなた達の中に夫の姿が見えるようでした。 夫はあなた達のように真っ直ぐに、澄んだ眼をしている人でした。 長い間、同じような眼を見るのが辛くて、開拓者の方々を避けておりましたが、ようやく向き合えました。 先に待っている夫に、良き土産話ができました。 ありがとう。 そしてもう一つは桜美から。 『桜咲き 生き様映し 開拓者』 桜の咲き誇る姿を見て、その生き方が開拓者のみなさんと重なって見えました。 咲くまでに長い間、苦しく辛いこともあるでしょう。ですがその分、満開に咲き誇る姿は時を越え、国を越え、多くの人々に感動を与えます。 いつか寿命がきて、命を散らす時でさえ、決して意味がないことではないと教えられたようです。 良い俳句をありがとうございました。 開拓者のみなさんと出会えて、本当に良かったです。 それから一年後。 満開の桜が咲く日に、小梅は亡くなった。 その顔にはおだやかな笑みを浮かべ、胸にはしっかりと【桜ひと枝】を抱えていたことを、野衣は桜美から送られてきた手紙で知ることになる。 【終わり】 |