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■オープニング本文 北面国の開拓者ギルドには、今日も大勢の人で賑わっている。 受付を担当する四十代の男・芳野(よしの)も休む暇なく仕事をこなしていた。だが次に受付にやってきた依頼人達を見て、目を丸くする。 「おや、香弥(かや)どの。久しいな」 「ご無沙汰です、芳野さん。辰斗の件ではお世話になりました」 女志士であるのと同時に開拓者である香弥は、以前別件で芳野に世話になっていた。二十歳になった彼女は、先日一つ年下の従弟と婚約を発表したばかり。そのおかげか、以前より表情も態度も柔らかくなっていた。 「婚約、おめでとう」 「ありがとうございます。あの、実は今回はその辰斗の親戚の方が依頼をしたいとのことで、こちらに参ったのです」 香弥は気まずそうに、後ろを振り返る。そこには生傷と痣だらけの中年の男女が二人、沈鬱な表情で芳野に頭を下げた。 「これは気づかずに失礼しました。どうぞ、こちらに」 芳野は二人を受付の席に座らせ、香弥は二人の後ろに控えるように立つ。 「本日はどういったご用件で?」 「‥‥実は、こういった依頼を開拓者の方々に頼むのは心苦しいのですが‥‥」 心から言いづらそうに男性が言い出す。そして次に女性が涙ぐみながら、依頼を口に出した。 「どうかお願いします! 猿に出て行くよう説得してください!」 ちーん‥‥ 「‥‥はい?」 その場の空気が凍りつく。慌てて香弥が説明をしだした。 「あっあの、実はですね‥‥」 二人は山の上にある温泉旅館の旦那と女将であり、夫婦。温泉は山の上にあり、この時期は特に稼ぎ時になる。 「旅館はかなり大きな老舗旅館です。名物は旅館の敷地から行ける山の上にある温泉なのですが‥‥実は今、そこが猿に占領されているそうなのです」 泣き崩れてしまった二人の背中をさすりながら、更に香弥は続ける。 「本当は人間が入る温泉と、猿が入る温泉の二つがあるのですが、猿が入る方の温泉に問題が起こりまして‥‥」 かつて旅館の設立者は、山猿が人間の入る温泉に入って来ないようにと、わざわざ山の頂上付近に猿用の温泉場を作った。ちゃんと屋根も作り、猿達はそこを喜んで使い、下にはおりてこなかった。 「しかし今年は近年稀に見るほどの大雪が降り、猿達が利用する温泉の屋根が雪のせいで潰れてしまい、温泉に入れなくなってしまったんです。そして猿達が下の温泉に来るようになってしまったようでして‥‥」 「なるほど、な」 芳野は深く頷く。そこでようやく合点がいった。 「すでに猿の温泉の屋根は修理を済ませ、立派な物になっています。しかし下りてきた猿達はいっこうに帰る気配を見せず、近寄ってくる人間達を攻撃してくるのです」 「‥‥その傷はその時にできたものですか」 芳野の問いに、二人は首を縦に何度も振る。 「引っ掻いて襲ってくるのはもちろんなんですが、中には雪玉を作って投げてくる猿がいるのです。とてもじゃないですけどお客様を行かせるわけにはいかず、旅館の経営が危なくなっているようなのです」 「他に温泉は?」 「残念ながらありません。なのでお客様の足も遠ざかり、このままでは旅館の売りがなくなってしまいます」 香弥の言葉にも、二人は強く頷いて見せる。 「ちなみに温泉は混浴?」 「はあ‥‥まあ、一応。ですが時刻によって、男女別になったりします。その時には宿の者が門番みたいな役目をするみたいですけどね」 芳野は心の中で舌打ちをしながら、依頼書を書き込んでいく。 「まあ温泉の心配もそうですが、このまま町におりて人を襲ったりする可能性もなくはないです。なのでどうにか猿を山に返してほしい、というのがお二人の依頼なのです」 「で、開拓者であり縁者になる香弥どのを頼って来たわけか」 「はい‥‥。私も泊まらせていただいたことがありますが、あの温泉は山の景色が一望できて、素晴らしい場所なのです。こう言ってはなんですが、このまま猿の物にさせるのもどうかと思いまして‥‥」 「香弥どのはこの依頼を引き受けるつもりか?」 「残念ながら私自身は既に別件を手がけている最中でして‥‥。今回は他の開拓者の方々にお願いしたく思います」 香弥は残念そうに肩を落とす。責任感の強い彼女なら、本来ならば自ら名乗り出たかった依頼だろう。しかし開拓者の依頼のかけ持ちは危険性が増す為、辞退するのは賢明だ。 「あと猿達には長になる一際大きな猿がいるそうです。その猿はかなり頭が良く、群れに指示を出しているのもその猿だと思われます。できるだけ穏便に猿を山に返す為には、その長を何とかした方が良いのかもしれません」 「だから『説得』か。そうだな。下手に力ずくなんて真似をして、後から人間を襲うようになっちゃ本末転倒だ」 「もし猿を山に返していただけたのなら、依頼料の他にウチの一番良い部屋に泊まっていただき、一番良いお酒や料理もご用意いたします!」 「ですからどうか、あの猿めらを追い返してください〜!」 (‥‥客がいないから、できる報酬だな) と芳野は心で思いつつ、依頼書を書き上げた。 「相手が猿なだけに、ある意味難しい依頼になるでしょうが‥‥。とりあえず、募集をかけてみますね」 「「お願いしますっ!!」」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
浅葱 恋華(ib3116)
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118)
16歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 旅館の裏口から、六人の開拓者達が出てきた。その手には各々日本酒の瓶や、茹でた野菜や卵などの食料を大きなザルに載せた物などを持っている。 「温泉で茹でた野菜や卵、美味しそうだよ。この旅館、温泉水で料理するんだね」 リィムナ・ピザレット(ib5201)がほこほこに茹で上がった野菜を見て、眼を輝かす。 「お酒の方はキンキンに冷えています‥‥」 柊沢霞澄(ia0067)は布にくるんだ瓶を抱えなおした。 「ん〜。でも油揚げもあった方が良いんじゃないですか?」 「それはあなたが食べたいだけでしょうが」 綺咲桜狐(ib3118)の呟きに、浅葱恋華(ib3116)が素早くツッコミを入れる。 「ペケケケ。温泉饅頭が良い匂いですぅ」 「芋羊羹もあれば良かったんだけど‥‥まあ今回はお猿さんが主役だしね」 ペケ(ia5365)は温泉饅頭の甘い匂いに表情をゆるめ、水鏡絵梨乃(ia0191)は少し残念そうに肩を竦める。 「それじゃあまずはお猿さん専用の温泉に行こー!」 リィムナの掛け声と共に、開拓者達は山を登り始めた。まだ少し雪が残る土道は、しかし整備されているので歩きやすかった。 山頂付近にある猿用の温泉は作り直されただけはあり、立派なものになっている。屋根も頑丈なものになっており、六人はそこに持ってきた荷物を下ろした。 「さて、今度は下り坂だ。足元には気をつけて」 絵梨乃の言う通り、帰り道は時々泥濘んだ所で足を取られるものの、何とか無事に旅館まで戻ってきた。すると中から女将や女中達が新たな酒瓶とザル、大きなタオルを持って出てくる。 「水鏡さん、湯呑を用意しましたがよろしいでしょうか?」 「ああ、ありがとう。お猪口じゃ小さいからね」 深めのザルにタオルをしいて、その上に湯呑を入れたのを渡すと、絵梨乃は満足そうに微笑んだ。 「あと水鏡さんと浅葱さん、そしてペケさんが持参してくださったお酒の他に、地元の銘酒もご用意しましたのでお持ちください」 女将や女中達から品物を受け取り、六人は次に今は猿が占領している元は人間用の温泉に向かう。 しかし恋華は不安げな女将達の表情を見て、足を止めて振り返り、元気づけるように微笑みかける。 「大丈夫っ♪ 私達が来たからには、どうにかしてあげるから」 恋華の言葉に、女将達は弱々しいながらも笑みを浮かべて頷いて見せた。 「温泉は好きですし、猿も温泉も壊したり傷付けたりしないようにしましょう‥‥」 「うんうん。お猿さん達の引っ越しを成功させて、温泉楽しんじゃうよ♪」 先頭を歩く霞澄とリィムナが僅かにはしゃいだ様子を見せる。 「恋華、さっと解決して、温泉楽しみましょう‥‥」 「おっ、桜狐、ヤル気ね。まあ頑張りましょう」 温泉と浮き立つ仲間達を見て、絵梨乃は軽く苦笑いを浮かべる。 「しかし何で温泉を占領するようになったんだろうな。‥‥まっ、早く解決して、みんなで楽しく温泉に浸かりたいな」 「その為には早くお猿さん達から温泉を奪還しましょうね。ちゃんと和解して、温泉でのんびりするです!」 みなが報酬のことで頭がいっぱいになっていた――が、温泉近くの脱衣所に到着して、二名の顔色が悪くなった。脱衣所は簡易な小屋が男女別に建てられており、今は当然のことながら六名しかいない。 「‥‥恋華、何故服を脱いでいるのですか?」 「あの‥‥何でみなさんも脱いでいらっしゃるんですか?」 桜狐と霞澄が、服を脱ぎだした四人を見て、きょとんとした。 「武器を持っていないことを示す為にも、裸になった方が良いだろう? なぁに、体にタオルを巻き付ければ恥ずかしくないだろう?」 そう言う絵梨乃はすでに生まれたままの姿になっている。桜狐と霞澄は真っ赤な顔で顔を背けるも、桜狐の背後に恋華が、霞澄の背後にはペケが回り、二人が着ている服に手をかけた。 「ほぉら、桜狐。どうせ女と猿しかいないんだからぁ、脱いじゃおう♪」 「えっ‥‥?」 「服着たまま温泉に入るのは、変なのです。なので思いきって脱いじゃいましょう!」 「ひっ‥‥!」 そして二人は服を脱がされた。 体にバスタオルを巻きつけ、足には草履という格好で、それぞれ酒瓶やカゴを持って脱衣所から出てくる。 「はっ恥ずかしいですけど、いるのはお猿さんですし、大丈夫です‥‥。‥‥そう、大丈夫‥‥」 「こっコレも仕事です‥‥」 二人が暗い表情でブツブツ言っている横を、明るい表情の四人が通る。 「さて、と。お酒も持ったし、ちょぉーっと覚悟しながら行きましょうか」 恋華が緊張した面持ちで声をかけると、五人も改めて真剣な表情を浮かべる。 そして草履を履いた足を温泉に向ける。脱衣所から温泉まで、ほんの数メートルの距離。 まだ昼間だったが、すでに温泉には多くの猿がいた。大きな猿から、赤ちゃん猿まで。みな、気持ちよさそうに温泉に入っている。‥‥だが近付いて来る六人を見て、目の色を変えた。 「うっ‥‥! あっあの、お猿さん達、話があるのですが‥‥」 霞澄が負けじと声をかけるが、猿達は静かに動き出す。温泉から少し離れた所には、作られた雪玉が大量に置いてあった。それを躊躇いもなく、突然開拓者達に投げつけてきた! 「きゃあぁ‥‥!」 「つっ冷たいです‥‥っ!」 まず雪玉に当たったのは、不運にも雪玉が置かれていた場所の近くにいた霞澄と桜狐だ った。 「おっとっと」 「危ないなぁ」 「結構投げて来るよ。雪玉を前もって作っているなんて、賢いお猿さん達だよ」 ペケと絵梨乃がヒョイヒョイと避けていく中、リィムナは持ってき愛藍傘を広げて盾にして雪玉を防ぐ。そんな中、恋華一人だけは酒瓶を持ったまま、笑顔で雪玉を受け続けていた。 「そんな殺気立たないの。ホラ、良いものあるわよ♪」 雪まみれになりながら、恋華は持参した酒瓶を猿達に見せるように前に出す。 すると湯船に入っていた一匹の大きな猿が手を上げる。雪玉を投げていた猿達の行動が、ピタッと止まった。 「私達、一緒にお酒をどうかと思って来たんだ。良いお酒、持ってきたんだよ?」 続いて絵梨乃も酒瓶を見せると、猿の長はしばし考え込むような姿を見せる。そしてふと顔を上げると、再び他の猿達に手で指示をすると、猿達は長を残して温泉から出て行った。 「あたしは雪玉がぶつかってしまった二人を回復してから行くよ」 リィムナは雪まみれになっている霞澄と桜狐の元へ向かう。 「桜狐と霞澄は後からゆっくり来なさい」 同じく雪玉をくらいながらも平然と雪を払いながら恋華が声をかけると、桜狐が心配そうに猿の長に視線を向けた。 「んっ‥‥。お酒で何とか機嫌良くなってくれると良いですけど‥‥」 「それは交渉次第ね。まあ後は任せといて」 蓮華は片目でウインクをして、温泉に向かう。 リィムナが【レ・リカル】で霞澄を回復した後、ペケがリィムナに声をかけてきた。 「リィムナさん、ちょっと良いかな?」 「えっ? でもあたし、桜狐の回復を‥‥」 「それなら私が【閃癒】で回復しますので‥‥」 霞澄がおずおずと声をかけてきたので、リィムナは任せることにした。霞澄と桜狐の二人から少し距離を取って、ペケはリィムナに一つの考えを耳打ちする。そして聞き終えたリィムナは、黙って首を縦に振って、行動を始めた。 六人が近付いた時、最初に動いて雪玉を投げ付けてきた猿がいる。恐らく群れの中で一番攻撃的なタイプなのだろう。リィムナはこっそりその猿に近付き、【アムルリープ】を使った。するとその猿は徐々にウトウトしはじめ、やがてその場に横になって眠ってしまう。 「ふぅ‥‥。とりあえずコレで一安心、かな?」 温泉の中では絵梨乃が長に湯呑を渡し、酒を注いでいた。なみなみと注がれた酒を、長は一気に飲んだ。 「わあ、良い飲みっぷり! ささっ、もう一杯どうぞ♪」 続いて恋華がたっぷり注いだ酒も、あっという間に飲んでしまう。しかし「げふっ」とゲップをしたその顔は僅かに赤く染まり、眼もトロンとしてきた。 その間に霞澄とリィムナがこっそり湯船の中に入る。 「それでちょっと相談があるんだけど‥‥」 新たに入ってきた桜狐に酒を注いでもらっている長に、絵梨乃がそっと近付く。 「もうあなた達が使う温泉の屋根の修理は終わったんだ。そろそろ元の場所に戻ってはくれないかな?」 しかし長は絵梨乃から視線をそらし、酒をあおる。どうやら素知らぬフリをすることを決めているらしく、絵梨乃は苦笑してしまう。 その様子を見て、リィムナが難しい顔をする。 「む〜ん。ここはあたしが毛づくろいをしてあげたり、あっちの温泉にお酒や食べ物を用意したことを身振り手振りをしながら伝えた方が良いかな? 『ウッキーウキキー!』って猿の真似をしながらさ」 「リィムナ、止めときなさい。あんまりやり過ぎると本物の猿と間違われて、仲間だと思って引きずり込むかもよ?」 「‥‥止めとくよ」 恋華の冷静な一言に、リィムナは大人しくしていることを決めた。 湯船の中、少し離れた場所から一部始終を見ていたペケはふと顎に手をやり、呟く。 「この温泉が気に入ったか、あるいは屋根が壊れたことに怒りを感じているか、または両方か‥‥。大人しくは動いてくれそうにないですね」 苦笑したペケはそっと気配を消し、温泉から出る。そして温泉の縁にそって歩き、長に近付いた。そして不意をついて、長の背後から【夜春】を使う。すると長の眼に熱っぽい色が浮かび、ペケを見て鼻息を荒くする。 「【夜春】って猿にも有効なんですね‥‥」 その様子を見て、霞澄がちょっと呆然としながら呟いた。 「ささっ、私の持ってきたお酒もどうぞ。美味しいですよ」 満面の笑みを浮かべて、ペケは湯呑に酒を注いでいく。すっかり【夜春】にかかった長は、嬉しそうに酒を飲む。するとペケはどんどん酒を注いでいく。 「だっ大丈夫、でしょうか‥‥」 桜狐が心配するほど、酒を飲むスピードが早い。あっという間にペケが持ってきた二本の瓶を空にし、絵梨乃や恋華の酒、地元の銘酒も飲んでいく。酒の肴にと持ってきた、温泉で茹でた野菜や卵や饅頭なども、美味しそうに平らげる。 やがて酒がほぼ空になり、食べ物も食べ尽くした後、長は湯船の中で寝息を立てながら眠ってしまった。 酔いつぶれた長を見て、絵梨乃は呆れたようにため息をつく。 「‥‥それで、これからどうするんだ?」 「とりあえず背負って猿専用の温泉まで、【奔刃術】で移動しますね。みなさんもできるだけ早く来てくださいね」 そう言いつつペケは長を背負って、【奔刃術】を使い、猿専用の温泉まで移動して行った。 「じゃあ私達も移動しましょうか。‥‥また雪玉を投げつけられる前に」 恋華の言葉で、四人は自分達を見る猿達の冷たい視線に気付いた。 ペケは一足早く、頂上の温泉に到着する。そして温泉の縁で長を下ろし、近くにあった雪を顔にぶつけて、眼を覚まさせた。 「はい、おはようございます。ココは新たに作られた、お猿さん達専用の温泉です」 長は新しくなった温泉を見て、眼を丸くする。どうやら壊れてからは来ていなかったらしく、周囲をキョロキョロと見回していた。 「すでに立派に作り直されていますし、もう屋根が壊れることはないと思います。それに、ホラ」 ペケは前もって持ち込んでいた酒や食料を見せる。 「お詫びの品もこんなにたくさん! 宿の人達も雪のせいで対処に遅れたのは申し訳ないと思っているのですよ。なのでもう、許してあげてくれませんか?」 長は顎に手をやり、修理された屋根と詫びの品を交互に見た。そしてペケを見て、深くため息を吐く。そして納得したように、深く頷いて見せた。 「それじゃあもう人間用の温泉に来ないでくれますか?」 その問いにも、頷く。ペケは安堵のため息を吐いた。 「良かったです。あっ、お詫びの品は月に一度、宿の人がここに届けてくれるそうなのです。それで人間を襲ったりしないでくれますか?」 長は長い指で丸を作り、何度も首を縦に振った。 「ありがとうございます!」 ペケは喜びから興奮して、思わず長に抱き着いた。――が、そこへ地響きが近付いてくることに気付く。 「うん?」 ペケと長が音のする方を見ると、ズレ落ちそうなタオルを必死に掴みながら走ってくる五人の開拓者と、それを追う大勢の猿がこちらへ向かって来ていた。 「あっ‥‥すっかり忘れていたです」 猿達から温泉を奪還してから一日経過して、ようやく開拓者達は人間用の温泉に入れた。長を説得する為に入った時は猿の毛だらけで、タオルで拭いても中々落ちなかった。 旅館の従業員達は急いで人間用の温泉を掃除して、翌日には入れるようにしてくれた。 「ぷはぁ〜。やっぱり綺麗な温泉は最高ですよ。それに景色も良いですぅ」 ペケは頭に手ぬぐいを載せながら、うっとりと景色に視線を向ける。まだ山の所々には雪が残っているものの、青い葉の色が少しずつ見え始めている。それが夕日の橙色に照らされて、冬の終わり・春の始まりを眼に映し出させていた。 「でもまだお客が戻って来ないのがアレだね。まあ女だらけの温泉ってのも良いけどね」 そう言いつつ、絵梨乃は霞澄の背中を洗っていた。が、ふとイタズラ心を起こし、霞澄のお腹を滑るように撫でる。 「きゃあっ‥‥! みっ水鏡さん、何をっ‥‥!」 「ごめんごめん。あまりにも霞澄の肌が綺麗だから、見とれて手が滑ってしまったよ」 絵梨乃の背中を洗っていたリィムナの眼に、怪しげな光が宿った。【フローズ】で作った氷で、絵梨乃の首筋から背中をツツーっとなぞる。 「うひゃあっ!?」 「隙ありです!」 素っ頓狂な声を上げて飛び上がった絵梨乃を見て、リィムナと霞澄は同時に吹き出した。 「いやぁ〜。みんな、綺麗な肌しているわよね♪」 その光景を湯船の中から、酒を飲みつつ恋華は見ていた。お猪口を持つ手とは反対の手は、油揚げを幸せそうな顔で食べている桜狐の頭を撫でている。 「んっ‥‥はむはむ。気持ちいい温泉に入りながら、油揚げを食べる‥‥。幸せです‥‥」 「桜狐ったら。それ、こんな所にまで持ち込んだの?」 「コレ、女将さんにお願いして、特別に用意してもらったのです‥‥」 幸せそう油揚げを食べる桜狐を見て、恋華も微笑みながら酒を飲む。 楽しそうな女の子達の声は、山の中に響き続けた。 そしてその声を聞きながら、猿の湯では猿達が新しい屋根の下で、のんびり温泉に浸かっていたのであった。 【終わり】 |