父と、友と、悪党と
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/29 20:29



■オープニング本文

 今回の事件を語るために、まず四人の人物を紹介しなければならない。

 麻井 薫(アサイ カオル)。老舗商店、万屋麻井の孫娘。
 幼い頃に両親をアヤカシに殺され、祖父母の経営する万屋に預けられた。
 天真爛漫で茶目っ気があり、好奇心旺盛で男勝りな性格。
 しかし両親の形見である髪飾りを大事にしており、時折それを眺めて悲しそうにしている。

 西ヶ崎 純一(ニシガザキ ジュンイチ)。貧乏家庭の一人息子。
 万屋麻井の三軒隣に住む西ヶ崎家の長男で、薫とは同い年。
 学校に通いながら家計を助けるために仕事をする親孝行な少年で、同年代と比べれば良識人。
 実は数少ない薫の友達の一人で、暇があれば彼女の無茶な注文に付き合っている。

 麻井 宗十郎(アサイ ソウジュウロウ)。老舗商店、万屋麻井の主人。
 代々受け継いできた万屋を経営している還暦前の老夫。
 娘夫婦をアヤカシに殺され、当時まだ二歳だった孫娘を引き取って育てている。
 孫娘のことをとても可愛がっており、目に入れても痛くないほどだとよく自慢している。
 過保護な部分もあるが、品性や礼儀などの躾は怠っていない。

 黒山 岩太(クロヤマ ガンタ)。万屋黒山の主人。
 数ヶ月前に万屋麻井の近くへ店舗を移してきた三十路過ぎの男。
 周辺の客は顔馴染みである万屋麻井に集中しており、それを面白く思っていない。
 苛立ちが募ると物を壊す癖があり、前に住んでいた町では凶暴者で知られていた。

 そして、今回の事件の鍵とも言えるもう一つの存在。

 銀之介(ギンノスケ)。純一と薫に密かに飼われている野良犬。
 裏路地で弱っていた所を薫が発見し、それ以来二人に世話をされている。
 現在はすっかり体調も回復し、純一と薫にかなり懐いている。

 それでは、この四人と一匹の絡んだ今回の事件を説明しよう。

 事件が起こったのは万屋麻井が店を開いて間もなく。純一が日課となった銀之介への朝食を用意していた頃。
 突如として、町に犬型のアヤカシが十匹以上も群れを成して襲撃して来たのである。
 その時、銀之介に会いに行こうと偶然表に出ていた薫が、運悪くアヤカシの群れと遭遇してしまった。
 そこへ、主人の危機を察知した銀之介が間に割って入り、唸り声を上げる。
 全身全霊で脅威を払おうと銀之介は威嚇するが、数匹の犬型アヤカシに同時に襲われ、倒れてしまう。
 しかし、アヤカシ達が銀之介に止めを刺す前に、町の警備隊が現場に到着。
 銀之介の時間稼ぎが功を奏し、アヤカシの群れは警備隊の猛攻に尻込みして、撤退を余儀なくされた。
 だが、空腹のアヤカシはそのまま尻尾を巻いて逃げることはしなかった。
 倒れた銀之介を心配して薫が動かないでいるのを見ると、着物を銜えて、瞬く間に拉致してしまったのである。
 銀之介は先の攻撃で傷を負ったにも関わらず、薫を助け出すために駆け出した。
 その後、宗十郎は知り合いから報せを聞き、しばらく正気を失ったように呆然としていたらしい。
 しかし、孫娘の命が危ないと知り合いに駆り立てられると、彼の行動は早かった。
 即座に開拓者ギルドに連絡を取り、孫娘の救出と犬型アヤカシの殲滅を依頼したのだった。
 一方、事の一部始終を知った純一は、友人と愛犬の危機を知って大人しくしていられなかった。
 家族や町の大人達が制止するのを振り切り、村外れの森へと進入してしまったのである。
 その頃、万屋黒山の主人はようやく目を覚まして、騒動があったことを初めて知った。
 最初は素直に驚いていた岩太だったが、騒動に万屋麻井の孫娘が巻き込まれてると知ると笑みを浮かべる。
 それは不気味で、歪な、悪巧みをしている人間のお手本とも言える表情だった。
 そして、岩太は懐に小刀を一つ忍び込ませると、村人に知られないようにこっそりと森へ入って行った。
 結局、その様子は町の子供に目撃されていたのだが。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
千王寺 焔(ia1839
17歳・男・志
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
一心(ia8409
20歳・男・弓
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
エアベルン・アーサー(ia9990
32歳・男・騎


■リプレイ本文

 ●疾走
 町を出て徒歩で三十分ほど移動した場所に、犬型アヤカシが根城としている森は存在していた。
 背の高い大樹の群れで構成されている森の中は、繁茂した木の葉が空を覆っているせいで薄暗いが、不気味な印象はない。
 むしろ木漏れ日に照らされた緑の世界は美しく、幻想的と表現する方が相応しかった。
 しかし、森の大地は進入者に厳しく、太い樹の根があちこちで地面から突出しているために起伏が激しく、移動が難しい。
 そんな中を、まるで風が舞うように駆け抜けている者達の姿があった。
 麻井宗十郎より依頼を受け、麻井薫を救出するために結束した八人の開拓者達である。
 彼らは樹の根を蹴ると、まるで飛躍するように次の樹の根へと移動するため、足場の悪さを物ともしない。
 否。ただ一人だけ、足場の悪さに影響されている者が存在していた。
「申し訳ありません。私の事は気にせず先に行って下さい。彼等を救出するのが最優先事項。私は一人でも大丈夫です」
 時折、心配そうに振り返る仲間にそう告げたのは、檄征 令琳(ia0043)だった。
 不運にも彼は前回の依頼で深手を負い、その傷が癒えぬまま今回の作戦に参加していた。
 仲間達はそんな彼の容態を察すると、後で必ず合流するように言い残して、背中を向ける。
 一人残された令琳は仲間の背が小さくなるのを見送った後、静かにその場で腰を下し、
「くそっ、肝心な時に怪我をするとは‥‥」
 と、過去の自身の不覚を悔いながら、大人しく消耗した体力が回復するのを待つことにした。

 貴重な人員が一人欠けたことに不安を覚えながら、それを表情には微塵も出さずに開拓者達は走り続けた。
 目指すはアヤカシの住処。成し遂げるべきは殲滅と救護。
 当初の目的は依然として揺るぎなく、そして今更その手段を変えるという選択肢はない。
「ちょっと待った。この先は土が柔らかくて身動きが難しいそうなので、こっちから迂回して進みましょう」
 何かを発見した香坂 御影(ia0737)が進路変更を申し出、特に異論のない仲間達はそれに従う。
 彼は事前に町民達から森の様子について聞き込みを行い、進行が困難な一帯を既に判断していた。
 ついでにアヤカシの住処への最短進路も教えてもらったので、通常よりも少ない時間で目的地へと接近している。
 現場と思わしき場所へ近付くにつれ、進行先から犬の唸り声と少年の勇ましい声が大きくなる。
 銀之介と純一が既に薫と合流し、必死の抵抗を試みているのだろうと想像できた。
 最悪の事態に陥っていないことを内心で安堵する開拓者達だが、すぐにその表情は引き締まる。
 今は無事でも、これからも無事である保障はどこにもない。
 彼らが無事に町へ戻れるかどうかは、自分達の腕と働きにかかっているからだ。
 移動速度をより一層加速させ、開拓者達は二人と一匹が待つ現場へと急いだ。

 ●咆哮
 周囲の大樹と比較しても圧倒的な大きさを誇る巨大樹の根元に、犬型アヤカシ──通称『野犬』たちの巣は存在していた。
 グルグルと喉を鳴らし、自重できない食欲を示すように汚い涎を口の端から垂らしながら獲物を囲む野犬たち。
 その数は目撃情報と相違なく十六。
 どうやら中々獲物を仕留めることができず、躍起になっているらしい。
 今回の獲物は、二人の人間と一匹の犬。
 人間の内一人は、怯えた目で巨大樹の根に背中を預けている少女──麻井薫。
 もう一人は、薫を守るように木片を構えた傷だらけの少年──西ヶ崎純一。
 最後の一匹は、二人を守るために牙を剥き続ける勇ましき犬──銀之介。
 今の所は全員軽傷を負っているのみのようだが、いつ致命傷を負ってもおかしくない状況である。
 野犬たちの真っ赤な牙と爪は、いつでも彼らの命を奪えるように鋭く尖っていた。
 そしてついに、悲劇の幕が開かれようとする。
 野犬の中で少し体格の大きな一匹が、突如として咆哮を上げた。
 それを合図として受け取ったのか、薫たちに向かって左右から野犬が三匹ずつ駆け出してくる。
 今までは純一と銀之介で一匹ずつ交互に相手をして凌いできたが、一度にこれだけの数を相手にしたことはない。
 勝算は低い。だが、それでもやらなければならない。
 最悪の場合は自らの命を賭すことも頭の片隅に置いて、純一と銀之介は構えた。
 体格の大きな野犬は攻撃命令を下すため、もう一度口を大きく開いて息を吸い込む。
 迫り来る野犬の群れと、それでもなお戦おうとする友の姿を見て、薫は叫ばずにいられなかった。
「やめてぇーーー!!」
 直後、運命の『咆哮』が森に響き渡った。

 友の無残な最期を見たくないと目を閉じて耳を塞いでいた薫は、何か異変が生じたことを肌で感じた。
 薫が恐る恐る目を開けていくと、銀之介と純一は依然として彼女の前に立っており、まだ生きている様子だった。
 それだけでも嬉しくて涙が出そうになった彼女の元に、更なる吉報が舞い込んで来る。
 突然大地に響くような雄叫びが聞こえたかと思うと、謎の大男が薫たちと野犬の間に割り込むように走ってきて、野犬たちに剣先を向けたのである。
 その後も続々と、男女様々な人間が合計で七人、薫たちを背で隠すようにして姿を現す。
 呆然として状況を呑み込めない薫に向かって、謎の大男──エアベルン・アーサー(ia9990)が告げた。
「もう大丈夫だ。後は我々に任せよ!」
 それは、彼女が絶望の中で待ちに待った救済の一言だった。

 ●混戦
 薫たちに飛びかろうとする野犬の姿を見て、奈良柴 ミレイ(ia9601)は無意識の内に大声を上げていた。
 結果としてそれは野犬たちの注意を惹きつける『咆哮』となり、彼らの動きを停止させることに成功する。
 その後の開拓者たちに迷う暇などなく、一気に薫たちの前まで移動すると、野犬の群れと対峙した。
 野犬たちはもう少しで食事にありつけた所を邪魔されて、かなり機嫌が悪そうである。
 唸り、吼え、牙を曝し、血管の浮き出た白目で開拓者たちを威圧している。
 対する開拓者たちは落ち着いており、千王寺 焔(ia1839)はゆっくりと野犬の包囲網を見渡すと、
「数が多い。まずは守ることだけに専念すべきだ」
 と、仲間に提案した。
 そんな彼らの態度が余計に神経を逆撫でしたらしく、ボス格らしき体の大きな野犬が攻撃命令を下す。
 常人ならば身の竦みそうなアヤカシの声も、開拓者たちは耐えて敵の動きを見据えた。
 まずは二匹、開拓者たちの力量を測るかのように駆けて来る。
 敵の動きを察知した一心(ia8409)はその予測進路を脳内で即座に導き出すと、瞬速の矢を続けて二回放った。
 精霊力の込められた超高速の矢は野犬に回避を許さず、その前足に突き刺さることで二匹の機動力を大きく減退させる。
 悲痛な声を上げて動作が遅くなった野犬の一匹に、御影の大薙刀が強烈な一撃を喰らわせる。
 その光景を目の当たりにして臆病風に吹かれたもう一匹を、斎 朧(ia3446)の浄炎が包み込んだ。
「逃げようなんて、考えないことです」
 朧の言葉は冷たく、本能的に野犬たちに逃亡ができないことを悟らせる。
 しかしそれは同時に「逃がさない」という挑発にもなり、野犬たちの怒りをますます炎上させる効果も発揮してしまった。
 刹那、二匹の仲間の死など全く気にもせず、野犬たちが一斉に開拓者に向かって走り始めた。
 まずは周囲を取り囲んでいた六匹が、先行して手柄を得ようとする。
 その内の三匹に一心の瞬速の矢が命中し、残りの三匹を朧の浄炎が火葬した。
 機動力を失った三匹の内一匹が、槍構で待ち受けていた御影の薙ぎ払いで頭部を切断。
 残りの一匹を九法 慧介(ia2194)が居合で倒し、最後の一匹はミレイの気力を上乗せした長槍で腹部を貫かれた。
 先ほどならばこれで臆したが、今度の野犬たちの勢いは全く止まる気配がない。
 ボス格を除いた残りの七匹が跳躍し、その内の一匹が攻撃を終えたばかりのミレイの首筋に牙を食い込ませようとした。
 間一髪の所でミレイは長槍を間に挟んだが、今度は長槍を銜えた野犬との力比べが始まってしまう。
 ミレイを助けようと朧が浄炎を発動させようとするが、今度は彼女の脇から新たな一匹が襲いかかってきた。
 朧は回避が間に合わないことを悟り、一撃をもらう覚悟を決める。
 しかし目前まで迫った野犬の横腹に、機転を利かせた一心の即射による矢が命中した。
 これにより野犬の攻撃が少し遅れ、朧は間一髪の所で何とか回避することに成功したのだった。
 その時、御影は自分を無視して背後の薫を目指そうとする野犬の一匹を始末したが、その後に四匹の通行を許してしまった。
 慌てて慧介が通過しようとする野犬の背中に攻撃を仕掛けたが、致命傷には至ったのは一匹のみで、やはり通行を許してしまう。
 それでも諦めずに三匹を追おうとした慧介の前に、それまで命令を下しているだけだったボス格の野犬が現れた。
 ボス犬の風格は通常の野犬よりも漂わせる雰囲気が重々しく、慧介は追跡の足を止めざるを得なかった。
 前衛を突破した三匹の野犬が、殺し損ねた獲物を威嚇するように吠える。
 だが薫たちの前には、焔とエアベルンという最後の砦が存在していた。
「やっと俺らの出番かよ‥‥」
 不適な笑みを漏らして、焔が一刀を正眼に構える。
 最初は変哲もないただの刃だったが、焔が紅蓮紅葉を発動させて精霊力を纏わせることで、次第に紅い燐光を照らし始めた。
 エアベルンも片手剣と盾を握る手に力を入れ直し、迎撃体勢に入ろうとする。
 しかし、この危機的状況下で、更に間の悪い事態が発生してしまっていた。

 黒山岩太が動き出したのである。

 ●合流
 開拓者たちと野犬の戦闘が佳境に入った頃、森の奥に身を潜めていた岩太がゆっくりと動き始めた。
 彼は偶然にも開拓者と薫が遭遇する瞬間を目撃すると、絶好の機会が訪れるまで気付かれないように隠れることにしたのだ。
 そして、野犬に開拓者たちが夢中になっている今、彼の待ち望んだ時がやって来たのを感じた。
 悟られないようにゆっくりと、足音が出ないように静かに、岩太は薫に近寄って行く。
 ところが、岩太がわずか十歩手前まで接近した所で、突如として銀之介が吠え始めた。
 嗅覚の鋭い銀之介が、逸早く岩太の存在に勘付いたのである。
 岩太は銀之介に吠えられて一瞬躊躇したが、今更あとに退けないことを思い出すと、すぐに懐から小刀を抜いて駆け出した。
 目指すは薫一直線。
 足に噛みつこうとした銀之介を蹴り飛ばし、薫の前に立ち塞がった純一を殴り倒す岩太。
 これでもう岩太を制する者は存在しない。
 薫は急襲犯の正体を知ると驚きを隠せない様子だったが、彼の手に握られた小刀が光を反射したのを見てすぐに事態を呑み込んだ。
 『私はこの男に殺されるのだ』、と。
 そう思い知ると、開拓者たちと出会う前のように、急に足が震え始めた。
 薫は何とか足の震えを止めようとするが、いつまでも震えが治まることはない。
 何故ならば、彼女の足だけではなく、全身が恐怖に怯えて震えていたからである。
 岩太は身を縮めるだけの薫を睨むと、小刀を逆手に握って頭上に振り上げた。
 後は振り下ろすだけで、薫の暗殺は完了だ。
「悪いな」
 岩太は悪びれる様子など一切表さず、それだけ呟いて小刀を握る腕を振り下ろした。
 刹那、彼の体にまるで猛牛が激突したような衝撃が走り、受け身も取れずに何度も地面を転がった。
 ようやく岩太の体が停止したのは、大樹の幹にぶつかり、意識を半分ほど失いかけた時だった。
 何事かと困惑する岩太に今度は巨岩が上に乗ってきたような重圧がかけられ、為す術もなく地面に押し付けられる。
 うつ伏せに倒された瞬間に両腕を背中側に捻られ、まるで鉄の枷を嵌められたように動かせなくなった。
 次第に意識が回復してくると、岩太は現在の自分の状態を把握することができた。
 自分は今、組み伏せられているのだ。
 岩太は首を曲げ、自分の上に体重を乗せている人物を睨みつけようとした。
 だが、それはできなかった。
 そこには彼よりも体格が大きく、彼よりも鋭い眼光のエアベルンが、有無を言わせぬ表情で彼を拘束していたからである。
 暴れようと手足を動かしていた岩太は途端に大人しくなり、観念したかのように瞳を強く閉じるのであった。

 時は遡り、エアベルンと焔が迫り来る三匹の野犬を迎え撃とうとしている頃。
 緊張の真っ只中にあった彼らの前方に、いきなり術式が出現した。
 新たな敵の出現かと焔たちは焦りを禁じ得なかったが、その予想は大きく外れていた。
 術式が発動すると、地面から蔓のような縄状の生物が大量に発生し、野犬たちの四肢にそれぞれ絡み付いていく。
 それは、陰陽師が使用する符術の一つ、呪縛符だった。
「何とか‥‥間に合いましたね」
 焔たちの背後から、誰かが息を切らしながら現れる。
 だが焔たちはその者に警戒する素振りもせず、こう語りかけるのであった。
「遅かったじゃないか」
 焔たちの間に姿を現したのは、令琳だった。
 彼は途中で何度か休みながらも現場に到着すると、紙一重で仲間の危機を救ったのである。
 素早さが取り柄の野犬からそれが奪われれば、数で勝っていても脅威ではない。
 エアベルンと焔は一気に決着をつけようとして、もう少しで令琳の重要な言葉を聞き逃す所だった。
「ところで、麻井さんたちは‥‥?」
 実は少し前、襲い来る野犬を見据えて、エアベルンが少し離れているようにと薫たちに促した。
 その後は野犬に意識を集中させていたため、令琳が言わなければ危うく戦闘終了まで放置していた所である。
 慌ててエアベルンが焔に視線を向けると、焔は顎で薫たちが逃げた先を示した。
 エアベルンは感謝の言葉は後で告げると言い残し、急いで薫たちの元へと駆け出すのであった。

 ●終末
 慧介がゆっくりと刀を鞘に収めると、対峙していたボス犬の体が上下に分かれて地に倒れた。
 正確には彼が銀杏と居合の連続攻撃を行った時点で、既にボス犬の体は切断されていた。
 慧介はボス犬が粉塵と化す様子を静かに見下ろした後、思い出したように仲間の方へ視線を向ける。
 彼が心配そうな表情を浮かべていないことから容易に推測できるように、既に仲間たちも残りの野犬を殲滅し終えている。
 ミレイと力比べをしていた野犬は御影の地奔に葬られ、朧に傷を負わせようとした野犬は彼女の返り討ちにあって死んだ。
 前衛を突破した三匹の内二匹は焔の刀の錆と消え、最後の一匹は一心の矢が奇跡的にも眼孔を貫通して絶命。
 もう生き残りがいないことを改めて確認すると、焔が作戦終了宣言を言い渡した。
「討ち漏らしはないな。ならば、戻るとするか」