新人教育のお仕事
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/18 18:04



■オープニング本文

 五行の人里離れた森の隣に存在する、高い柵に囲まれた訓練所。
 そこでは、新人の開拓者達が厳しい修行に励み、強敵との戦闘に備えて技術を磨いている。
 実戦経験には及ばないが、開拓者になって日の浅い新人達は重宝する場所である。
 ──尤も、訓練所の存在すら知らずに、いきなり戦場へ飛び込む新人開拓者も少なくないのだが。
 訓練所には、個人の特徴を活かした鍛錬を指導する教官役の開拓者が存在する。
 教官役には実戦経験が豊富な者が選出されるため、ほとんどの場合が高齢者であることが多くそれは、この森の中にある訓練所も例外ではなかった。
 
「貴様らぁぁぁぁぁ! それで敵に勝てると思っておるのかぁぁぁぁ!!」

 敷地外の木々から野鳥から逃げ出すほどの怒号。
 それを間近で聞いた若者達は、みな体を硬直させて声の主を直視していた。
 大声を出したのはこの訓練所の教官役、石蔵 剛全(イシクラ ゴウゼン)。
 齢五十を過ぎたと言われても信じられないほど若々とした男性である。
 おまけに身長は二メートル近くもあり、盛り上がった全身の筋肉はまるで鎧を纏っているように思える。
 全身の至る所に傷跡が残っており、特に両頬の切創は厳つい顔の迫力を倍にも増していた。
 そんな剛全に怒鳴られて、平然としていられる新人開拓者は存在しない。
 否。新人開拓者の中にも無礼な者や反抗的な者などは無謀にも彼に楯突こうとする。
 しかしそういった類の者は彼の『熱血指導』によって改心し、必ず従順な模範生となるのだ。
 結果として、彼の指導に逆らう者は一人もいなくなった。
 こう聞くと、まるで彼が独断政治を行っているように思えるが、そうではない。
 彼の指導によって才能を開花させた新人開拓者は多く、訓練所を去る時は皆感謝の言葉を述べるらしい。
 ──余談だが、新天地へ向けて巣立つ新人達を見送る時、剛全は初めて笑顔を見せるのだとか。

「休むなぁ! わしにビビってるようじゃ、戦いに勝つことなぞ出来んぞぉぉぉぉ!!」

 剛全に叱咤され、閑静としていた訓練所が再び喧騒で溢れ返る。
 気合と共に放たれる一撃。相手の攻撃を受け止める全身全霊の防御。放たれた矢の風を切る音。
 それらを目で観察し、肌で感じ、耳で聞きながら、剛全はぼんやりと考え始める。
 これまで、彼は自身の経験や見聞きしたことを活かして新人達を指導してきた。
 しかし、教官が一人だけは教えられることに限界があり、全ての開拓者に指導を行き渡らせることは難しい。
 そこで彼は、定期的に実戦経験を積んだ開拓者を募集して、新人教育に当たらせていた。
 新人達の成長具合や時期的に考えて、そろそろ呼んだ方が頃合かもしれないと剛全は考えていた。
 その時、思考に意識を集中させていた剛全に、流れ矢が飛来した。
 対戦相手に向けて矢を射ったはずの新米弓術士は、慌てて剛全に危険が迫っていることを伝える。
 だが既に矢は彼の眼前であり、今更防御も回避も叶わないと新米弓術士は絶望した。
 模擬戦闘用の殺傷力のない矢とは言え、命中すれば当然痛い。
 新米弓術士は『熱血指導』されるかもしれないと、恐怖心を覚えた。
 しかし、剛全は静かに迫り来る矢を見据えると、タイミングを見計らって裏拳を箆に叩き込んだ。
 刹那、矢は空中で真っ二つに砕かれ、直進を止めて地面に落下した。
 予想外の結末に、新米弓術士は目を大きく開いて剛全を見る。
 その視線を感じたのか、剛全は新米弓術士に目を向け、こう言った。

「何をボケっとしておるかっ! さっさと訓練に戻れぇぇ!!」


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
夏 麗華(ia9430
27歳・女・泰


■リプレイ本文

 ●二人のサムライ
「いやぁ。懐かしいのう、この空気。門下の者達は元気じゃろうか」

 大きく背伸びして空を仰ぎながら、小野 咬竜(ia0038)は故郷の道場に思いを馳せていた。
 その隣では時任 一真(ia1316)が腕を組み、自主鍛錬に励む新人達をぼんやりと眺めている。

「新人研修か、いつの間にかそんな事を出来る立場になってたなんてね」

 果たして自分が開拓者として初めて依頼を受けたのは何時の頃だっただろうか。
 一真は今まで開拓者として経験してきたことを思い出しながら、

「‥‥教えられることは教える、こんな剣でいいのなら」

 と、教官役を買って出た心意気を新たにする。
 隣の咬竜も拳を手の平に打ち、心の準備が整ったことを合図した。
 二人は一瞬だけ視線を交わして頷くと、自分達が受け持つ新人達に向かってゆっくりと歩き始めた。

「ま、月並みな台詞じゃが、ここはお約束と言う事で吐かせてもらおう」

 その途中、咬竜は意地悪な笑みを口元に浮かべながら、こう続けた。

「さぁ、一丁揉んでやるとするか!」

 ●二つの刃
 咬竜と一真は簡単に自己紹介を済ませると、目の前に並ぶ新人達の顔を見回した。
 訓練所に到着した際に、剛全から各個人の身体能力と全体的な訓練の進捗状況は窺っている。
 その時に新人達の名簿も渡されていたので、点呼をすれば誰が誰なのかはすぐに判別できた。
 その後、咬竜と一真は指導方針について説明する。

「一真殿は速さを。俺は力を。そして、二人で技を教える」
「俺と小野、まるきり違う類の剣術を使う。どういう道を選ぶか、選択肢は多く見ておくべきだ」

 咬竜と一真は同じサムライではあるが、その戦術と能力はそれぞれ方向性が違う。
 だからこそ、彼らの教えは新人達の可能性をより広げられるのではないかと考えられていた。

「教え方は嘗て実家で師範代の真似事などやっていた時の経験しかないからのう。あまり優しくは出来んぞ?」

 そう言って浮かべた咬竜の意地悪そうな笑みには、威圧と挑発の二つの意味が込められていた。
 一方の一真は「やれやれ」と内心で呟き、苦笑いを浮かべている。
 
「それじゃあ、跳躍素振りから始めるぞ!」

 咬竜の指導を受け、新人達は威勢の良い掛け声を上げながら跳躍素振りを始めるのであった。
 
 ●二人の泰拳士
「新人の教育かぁ」

 未だ現実感の湧かないアルティア・L・ナイン(ia1273)は、本日何度目かの呟きをもう一度試みる。
 間もなく自分が担当する新人達の待機場所へと到着するというのに、緊張感の欠片もない顔だった。
 人に教える仕事を請けることなど、まだまだ先の話だと思っていたのかもしれない。
 その点、同じ泰拳士である嵩山 薫(ia1747)は道場師範を務めた経験があるためか、肝が据わっている。
 剛全から担当する新人達の名簿を渡された際に、

「後進の指導とあらばお任せあれ。多少、嵩山流の色が付いてしまうかもしれないけれど」

 と、頼もしい発言までしてみせたほどだ。
 ぼんやりした様子のアルティアと、しっかりと正面を見据える薫は、並んで目的地へと辿り着いた。

 ●二人の拳師
 いきなり体を動かす訓練から始めたサムライ組と違い、泰拳士組は新人達を自分達の周囲に並んで座らせた。
 まずは、基礎となる知識を教えることから始めるつもりらしい。

「技のみに溺れるなかれ。技を磨き続ける精神と技を活かす理論、それが無ければどんな技も踊りと同じよ」

 戦術の基礎と言える心技体の大切さを説く薫は、まさに道場師範の姿と言えた。
 一方、アルティアは威厳を漂わせて指導することはせず、普段通りの態度の延長で新人達に接していた。
 その親しみやすい口調は一部の新人達に大変好評で、『師』ではなく『先輩』という印象が強かったらしい。

「僕が実戦で大切だと思ったことは二つ。
 一つは、『連携が大事であること』。もう一つは、『自分の役割を自覚すること』。
 耳にたこができているだろうけど。まあ経験者の言葉と思って聞いて貰えると嬉しいかな」

 体験談を交えて話すアルティアの座学は、薫の師範らしい座学とはまた味が違い、この異色加減が新人達を飽きさせなかった。
 その後、薫は十字槍を用いた槍術を、アルティアはジルベリア流剣術の混同した独自の剣術を新人達に披露した。

 ●一人のシノビ
「新人時代‥‥懐かしいです」

 そう呟いて懐古に耽る珠々(ia5322)の後方には、既に十人近くの新人達が倒れている。
 彼女は新人達に挨拶するなり、能力を確かめる名目でいきなり新人達と組み手を始めてしまったのである。
 最初は動揺し、為す術もなく倒されていく新人達だったが、次第に珠々が実力者であることを認めると、連携を取るようになった。
 その中で仲間を扇動する、新人達の中でリーダー格と思わしき人物の存在が明らかになる。
 リーダーらしき男の判断力や分析能力は、新人とは思えないものが潜在していた。
 
「磨けば光る素材に出会えるとは‥‥至福かもしれませんね」

 同時に襲い掛かってきた二人の新人を往なし、体勢が崩れた所に奇襲のために潜んでいた三人目を投げ飛ばす。
 飛来した三人目の体を支えきれずに二人が倒れるのを見届ける間もなく、珠々はすぐに体勢を整えた。
 そして、リーダー格の男に話しかける。

「御前試合、見ましたか?
 ああやって正面切って戦えるのは中忍以上でいいんです。今はひたすら、人を下支えすること。
 ‥‥私達シノビの持ち帰る情報が、味方全体の有利不利を生み出すかもしれないんですから」

 それが、師としての彼女の初めての教えだった。

 ●一人の弓術士
「こんな場所‥‥あったんですね‥‥知りませんでしたよ‥‥いきなり実戦から‥‥こなした自分って‥‥」

 そう呟いて遠い目を浮かべる神楽坂 紫翠(ia5370)に、新人達は微笑を浮かべた。
 彼の教えは座学が中心のため、現在は訓練所隅の日陰に全員腰を下ろしている。

「弓術は、後方で、支援するのが多いです。
 仲間の攻撃の隙も作る事できますが、よく見て狙う事です」

 まずは基礎となる情報を確認の意味も込めて伝える。
 すると、一人の情熱的な新人が手を挙げ、どうすればアヤカシを仕留められるか尋ねた。
 この質問に紫翠は眉を寄せ、やや冷たい口調で返答する。

「仕留める? かなり熟練の技が必要でしょう。
 自分でさえ、難しいのですから‥‥」

 『自分の本分を忘れるな』とでも言いたげな声色に、情熱的な新人は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
 そんな様子を見たからか、紫翠は情熱的な新人を元気付けるように言葉を続けた。
 
「龍に乗っていると、弓だと攻撃しやすいでしょう。遠距離から、飛行系などに確実に攻撃できます」

 活躍の場が空に約束されていると知り、瞳を輝かせる情熱的な新人。
 その一挙一動がなんだか可笑しくて、紫翠は静かに笑みを浮かべるのであった。
 こうして、他の教官役とは一味もニ味も違う、紫翠の静かで穏やかな指導は続くのであった。

 ●二人の志士
「次、槍術訓練を行うよ!」
「うッス!」

 朱麓(ia8390)の豪快な声に影響されたのか、新人達も負けじと大きな声で応じる。
 そうして朱麓を先頭に、近くの屋内模擬戦用施設へ新人達が移動するのを見届けながら、夏 麗華(ia9430)は上品な笑みを漏らした。
 事前に時間割りと訓練内容を決めてきた朱麓と違い、麗華の訓練はもう少し緩やかなものだった。
 現在は爪や拳といった、零距離戦での技術を指導している。
 かつて泰拳士だったという彼女の動きは、近接戦闘技術としては応用できる幅の広いものだった。
 ちなみに、何故泰拳士をやめて志士になったのかと言うと、彼女の特徴とも言える巨大な胸のせいだったりする。
 急成長した女性的な体のせいで彼女は泣く泣く泰拳士の道を諦めたのだが、そんな苦労を新人達は知るはずもなく。
 激しい動作に揺れる彼女の胸に目を奪われる新人は、少ないと断言できる人数ではなかった。
 そしてそれは朱麓が担当する新人達の中にも存在し、施設の窓から麗華の姿を眺める姿が点在していた。

「おら、いつまで見てるんだ!」

 呆けている新人達には朱麓の厳しい鉄拳が下されるが、そんな男勝りな性格に密かなファンが生まれつつあることを朱麓は知らない。
 麗華を眺めていた新人達を自分の正面に集めると、組み手と称して朱麓は更なる厳しい指導を行うのであった。

 ●頭角を現す者達
 咬竜と一真に賞賛の言葉を囁かせているのは、一人の新人サムライだった。
 名を荒神(アラガミ)というその新人は、無骨な者の多い新人達の中では整った顔立ちをしており、繊細な印象を与える。
 そしてその太刀筋は無駄が少なく、一真の教えによって更に素早さが向上しているように見えた。
 動作としては一真の速さと手数を念頭に置いたものと似ているが、技としては咬竜のような力任せなものの方が多い。
 この背反する能力を活かしているのは、零距離支援という特殊な彼の型だった。
 一方、アルティアと薫の二名も、新人達の中に脅威を覚える者の存在を認識していた。
 最も、彼らの場合は実力ではなく、その執念に脅威を覚えていたのだが。
 事の発端は、アルティアが新人全員を相手に組み手をするという話だった。
 ただ組み手をするのでは面白くないからと、アルティアが自分を負かせば薫の淫らな姿を見せてやると約束したのが原因。
 薫もアルティアの案に乗って新人達の活気を溢れさせたものだから、アルティアはかなり苦労した。
 最初は風のように素早い動作で翻弄していたアルティアだったが、新人達の中には彼の動きに追いつける者が存在した。
 その代表とも言えるのが、日下部(クサカベ)という男である。
 彼はアルティアに負けず劣らずの素早さで、せめて彼に一太刀浴びせようと奮闘した。
 結局、実戦経験の差で日下部は倒されてしまったのだが、しばらくすると復活してきて、またアルティアに挑もうとするのだ。
 それが既に四回も続くと、アルティアも薫もその執念深さ──もとい、本能の強さには、驚きを禁じ得なかった。
 同じ頃、珠々は最後の一人となったリーダー格の男と対峙していた。
 名簿によると名をカルフと言うらしいその男は、口元を布で覆ってはいるが、勇ましい顔つきをしている。
 最後に倒れた数人が彼を庇った所から察するに、信頼を集めている人物らしい。
 珠々はカルフの実力を試せることが妙に嬉しくなり、自然と笑顔になっていた。
 それを見たカルフは少し困惑を覗かせた後、すぐに構えを取って戦闘態勢を整えるのであった。

 ●更なる高みを目指すために
 紫翠が講習を終え、お茶とお菓子を新人達に配って労いの言葉をかけている頃。
 朱麓と麗華はそれぞれ担当した新人達で二人一組を作らせ、二対ニで模擬戦闘を繰り返していた。
 ただ戦闘を行うのではなく、新人達には朱麓から、『連携技』を編み出すようにと課題が出されていた。
 今までは一対一で模擬戦闘訓練を行うことが多かった新人達にとってこの課題は新鮮であり、そして難題であった。
 仲間の動きに注意し過ぎれば自身が疎かになり、自分勝手に動けば仲間に迷惑を掛けてしまう。
 過剰でも不足でも満足な動作ができない。この絶妙な加減が、新人達を苦しめた。
 結局、誰一人としてまともに『連携技』を生み出せぬまま世界が紅に染まり始めた時。
 朱麓と麗華の元に、咬竜と一真が姿を現した。

「どうかされましたか?」

 驚きを覚えながら、麗華は二人にここへ来た目的を尋ねる。
 咬竜が新人全員でクラスの垣根を越えた合同模擬訓練を計画しているらしく、その参加について訊いて回っていると一真が答えた。
 麗華を朱麓は顔を合わせ、次に新人達に視線を向けた。
 昼からほぼ休憩なしで訓練を続けていたためか、新人達の表情には疲労の色が浮かんでいる。
 だが、これは好機かもしれないと麗華は判断すると、朱麓に思いついた計画を伝えてみた。
 朱麓は麗華の提案に少し唸り声を上げた後、賛成の意を告げて、新人達に合同模擬訓練が開始される旨を教えた。

「これが最後の機会だ。しっかりと『モノ』にするんだよ!」

 朱麓の言葉に、新人達は疲れきっていたのも忘れて、最後の見せ場とばかりに興奮した様子を見せ始めた。
 咬竜と一真は参加表明に対して感謝の辞を述べると、残りの者達の意向を尋ねるために再び歩き出した。
 結局、合同模擬訓練に反対する者は一人もおらず、夕日が沈むまでを期限として大々的に開催されることとなった。

 ●最後の金剛石
 合同模擬訓練は、大成功だったと言えるだろう。
 その理由の一つとして、それまで『連携技』を取得できずに悩んでいた志士達の大半が、取得することに成功したからである。
 特に活躍したのは、水谷(ミズヤ)と火野(ヒノ)という二人組だった。
 彼らは最も連携技取得が困難だろうと予想していた朱麓と麗華の考えを覆し、一番強力な連携技を取得したという。
 残念ながらその詳細については開拓者達は何も告知されておらず、ただ『勢いに飲まれた』という感想だけが届いていた。

 さて、今回名を挙げた五人の新人開拓者達。
 彼らに纏わる物語があるのだが、それはまた別の機会に語らせて頂こう。