最も地味な依頼
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/10 09:38



■オープニング本文

「草刈りを頼みたいんじゃが」
「は?」

 予想外の依頼内容に、受付をしていた女性は無礼も気にせずそう聞き返してしまった。
 すぐに気が付いて、「失礼しました」と女性は謝罪する。
 しかし眼前の老人は気にした素振りもなく、柔和な笑顔のまま、

「草刈りを頼みたいんじゃが」

 と、もう一度繰り返した。
 聞き違いではなかったことを知り、女性は微妙な困惑を覚えた。
 世間的に、開拓者と言えば『何でも屋』という解釈が大半を占めていることは理解している。
 しかし、開拓者は誰もがなれる訳ではない。
 家業の商売を手伝いしているだけで、商人と名乗れる訳がないのと同意である。
 選ばれた一部の人間のみが許された、生まれながらの『素質』を持つ者。それが開拓者。
 開拓者はアヤカシを倒したり、朋友と共に大空を駆け抜けたりすることができる。
 そんな開拓者が、地道に草刈りをする。
 偏見が含まれているとは言え、かなり想像の難しい状況である。
 しかし開拓者も千差万別。こういう依頼を好む者も少なからず存在するかもしれない。
 受付の女性は気持ちを切り替えると、笑顔で詳しい依頼の内容を老人に尋ねた。

「実は、わしは最近まで都でそこそこ大きな商店の主人をしておってのう。
 孫が店を継ぐことになったので、仕事を任せてこれからは隠居生活を楽しもうと考えておるのじゃよ。
 そこで、ばあさんと話し合った末に、都会から離れてのどかな山里の屋敷で余生を送ることにしたんじゃ。
 ‥‥ところが、この屋敷は永年放置したまんまでの。
 屋敷の中はわしら夫婦で何とか綺麗にしたんじゃが、庭が荒れに荒れ放題なんじゃ。
 この庭が中々に広くてのう。老人二人で掃除してたんじゃ、いつ終わるかも分からない。
 あまりお金は払えんのじゃが、開拓者様のお力をお借りできんもんじゃろうか、と思ってのう」

 そう言って老人が提示した金額は、とても少ないと言える額ではなかった。
 これならば、腕の良い庭師を雇うことも難しくないはずである。
 受付役の女性の訝しげな表情を察してか、老人は言葉を付け加えた。

「本来ならば、庭師に仕事を任せるのが妥当じゃろう。
 これは、老い先短いわしら老夫婦の戯言のような御願いでのう‥‥」

 受付の女性は、老人の寂しそうな表情を見て、無下に断る術を知らなかった。
 かくして、庭の雑草を刈り取るだけという、最も地味と噂される依頼が発足された。


■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
向井・智(ia1140
16歳・女・サ
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
春金(ia8595
18歳・女・陰
皇 那由多(ia9742
23歳・男・陰
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫


■リプレイ本文

 ●「これは庭ですか?」「いいえ、密林です」
「それじゃあ、お願いしても宜しいかしら?」
「今まで頑張ってきたおじいさん、おばあさんの頼みとあらば、地味な仕事なれど、この向井・智、全力を持ってやらせていただきます!
 こういう地道な仕事もまた人助けなのですっ。うむっ!」

 申し訳なさそうな潮カズ子とは対照的に、向井・智(ia1140)はやる気満満といった様子である。
 そんな彼女の姿を眺めて、カズ子は「あらあら」と言いながら笑みを浮かべた。
 開拓者達は潮夫婦に用意してもらった道具を借りて、今まさに草刈りを開始しようとしていた。
 だが、これから仕事を始めようという時なのに、彼らの表情が明るくない。
 その理由は、彼らの視線の先を見れば明白だった。
 彼らの眼前にはこれから仕事を行う潮邸の庭が広がっているのだが、その広さは平屋を数件収められるほどのものだった。
 広い邸宅だとは事前に聞いていたが、彼らの予想は希望的観測と成り果ててしまった。
 だからと言って、ここまで来て仕事を放棄するような中途半端な精神の持ち主は、彼らの中に存在しない。
 庭師ではなく開拓者に依頼した理由はこの惨状のせいではないかと推測しながら、彼らは作業分担について話し合った。
 広い庭での作業ならば、持ち場に分かれて遂行する方が効率的だと考えたためである。
 議論の結果、彼らは二人一組に分かれて草刈りを行うこととなり、すぐにそれぞれに任された持ち場へと移動を始めた。

 ●沈黙と陽気
 潮邸を囲むように並ぶ塀は背が高く、詳しい知識がなくとも、強烈な嵐を耐え切れるであろう丈夫さが窺えた。
 その塀に沿うようにして草を刈りながら移動しているのは、四方山 連徳(ia1719)と只木 岑(ia6834)の二人。
 のんびりと農作業用の鎌を振るう岑を横目に捉えながら、連徳は斬撃符を使用して一気に大量の草を刈ろうとしていた。

「ふふふ。これさえあれば、作業完了なんてすぐでござるよ!」 

 そう豪語して意気揚々と鼬に似た式を呼び出す連徳だったが、彼女は一つ勘違いしていることがあった。
 それは一度に刈れる草の量は雀の涙ほどで、鎌を用いて刈るのと余り大差がないということ。
 元来は敵一体を対象として使用する術式のため、広範囲の草刈り作業には不向きなのであった。
 この事実を知った連徳は驚きの言葉を漏らした後、まるで花が枯れたようにしょんぼりとした様子でぶちぶちと雑草を刈り始めるのであった。
 同じ頃、庭の中央より東側では、さきほど元気な様子をカズ子に披露した智と皇 那由多(ia9742)の二人が作業をしていた。
 作業開始直前にも、

「地道が一番! どんな仕事だろうと、全力でやり遂げてみせますよーッ!」

 と張り切っていた智だが、乱暴に草を刈るような真似はせず、無言で一つ一つ丁寧に雑草を抜いていた。
 その言動から、純粋に老夫婦のために尽くして上げようとする彼女の奉仕精神を垣間見ることができる。
 そんな智の心意気を目の当たりにして、那由多も、

「よしっ♪ 頑張りますよー!」

 と、気合を新たにする。
 懸命に仕事に励む智の姿が、仲間に良い影響を与えている証拠だった。
 一方、彼らの反対側──庭の中央より西側では、此花 咲(ia9853)と泉宮 紫乃(ia9951)が草刈りをしていた。
 咲は鎌と籠を、紫乃はたすきと熊手を潮夫婦から借りている。
 咲は雑草が再び生えないように綺麗に根から抜いているのだが、その実直さ故に仲間よりも少し作業が遅れていた。
 本人もそれを自覚しているらしく、彼女が苦労して大きな雑草を一本抜き終わった頃に仲間が大分進行しているのを見ると、

「むう‥‥仕事の丁寧さでは負けないのですよ!」

 と、誰も聞いていないのに言い訳をしていた。
 そんな咲の様子を見ると、紫乃は優しく笑みを浮かべ、

「頑張りましょうね。此花さん」

 と、声を掛ける。
 励まされた咲はやる気を取り戻し、再び丁寧に草を抜いていく。
 紫乃は咲の作業ペースに注意しながら、黙々と草刈りを再開した。
 その頃、屋敷に最も近い位置では、篠田 紅雪(ia0704)と春金(ia8595)が作業に集中していた。
 ちなみに春金はこれが人生で初めての草刈りらしいのだが、無謀にも彼女は農作業用の鎌ではなく、愛用の死神の鎌で草を刈っていた。
 尚、本人は至って真面目であり、死神の鎌の効果で草の根さえも死んでしまうかもしれないと、内心で考えていたらしい。
 一通り草刈りをして死神の鎌が青臭くなったことに気付くと、春金は小休憩を兼ねて紅雪に質問をした。
 どうしてこの依頼を受けたのかという春金の疑問に、紅雪は少し考える素振りを見せた後、

「時には瘴気を浴びることのない依頼を受けたくなることもある」

 とだけ返答して、再び作業に没頭し始めた。
 何とも素っ気無い態度だったが、春金はそれ以上紅雪の邪魔をすることはなく、のんびりと空を仰いだ。
 雲一つない快晴だが、やや日差しが強く、その日は平均よりもやや高めの気温だった。

 ●豪華な昼食と隠された真意
 連徳が「おなか減ったでござる‥‥」と、腹時計の音色を自重できなくなっていた頃。
 屋敷から出てきたカズ子が、開拓者達に昼食の準備が完了した事を告げた。
 腰を屈めて草を刈るだけの数時間。地味な作業だが、かなり辛いと開拓者達が痛感したのは立ち上がった瞬間だったという。
 衣服に付着した草や泥をなるべき綺麗に落とした後、開拓者達は昼食が用意されている茶の間に歩を進めた。
 最初に茶の間に到着したのは、待ち切れないと言った様子の連徳であったことは言うまでもない。
 彼女は茶の間に並べられた料理がいずれも一級品であると即座に見抜くと、静かに目尻に涙を浮かべた。

「‥‥まともな食事は久しぶりでござる」

 一体彼女の普段の食事がどのようなものなのか気になる所だが、それはまた別の機会に語ってもらうとしよう。
 続々と開拓者達が茶の間に進入し、皆が感嘆を漏らしながら各々好きな位置に座っていく。
 最後にカズ子と、今回の依頼人である潮一郎が二人で重そうに飯櫃を抱えて茶の間にやって来る。
 廊下側に座っていた咲と紫乃がすぐに二人から飯櫃を受け取り、大きな長方形の食卓の中央にそれを置いた。

「お待たせ申し訳ない。それじゃあ、頂こうかのう」

 そんな一郎の言葉を合図に、豪華な昼食は開かれた。
 ちなみに料理は肉あり、野菜あり、魚ありと、全て和風で統一されていたが、その種類はかなり豊富である。
 そしてその味は味噌汁一つであっても奥深く、かなりの手間と時間が必要であることは料理経験者なら理解できたであろう。
 開拓者達は口々に料理を賛美し、その味を何度も噛み締めた。

「うめえ! おかわりでござるー!」

 唯一、連徳だけが質より量を求めている様子だったが、カズ子はそんな彼女の食べっぷりをまた気に入っていた。
 食べ始めて三十分後には全員の食器が全て空になり、再び一郎の合図で食事は終了。
 その後、すぐに開拓者達は作業を再開しようとしたが、一郎の「もう少し休みなされ」という言葉に甘えて、まったりとした時間を過ごすことにした。
 そして、機会を窺っていた数名の開拓者達が、ここぞと言わんばかりに動き始める。
 ちなみに智と紫乃が食器を洗うのを手伝ったおかげで、既に卓上は綺麗に片付いていた。

「あの、窺いたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

 最初に手を挙げて問うたのは、台所から戻って来た紫乃だった。
 老夫は和やかな笑みで質問を許可し、紫乃はまず礼を述べてから、

「何故、今回は私達に依頼をされたのでしょうか?」

 心中に同じ悩みを抱える仲間を代表して、紫乃が当然の疑問を尋ねた。
 老夫は「ホッホッホ」と小さく笑い、開拓者達の顔を見回す。
 智と春金は紫乃に同意するように何度も頷き、咲が、

「やはり、少々気になるのですよ。差し障りが無ければ、教えていただけませんか?」

 と、付け加える。
 老夫が最後に妻の方へ視線を向けると、カズ子は何も言わずにただニコニコとしていた。
 その笑顔に安心したのか、一郎は落ち着いた口調でこう返答した。

「皆さんが想像されているような隠された真実など、ございませぬ。
 依頼をする時に説明したように、これは老い先短い老人の戯言じゃて」

 理由は不明だが、老夫は何か隠しているような雰囲気を醸し出していた。
 だが、それを疑って問い質すような真似をする無粋な輩は、開拓者達の中に存在しなかった。
 各々で「なんだー」とか、「左様でしたか」とか、納得したような言葉を漏らす。
 それで、この質疑応答の場は終了することとなった。
 時間的にもちょうど一時間を過ぎようとしていたので、開拓者達は改めて作業再開のために立ち上がる。
 その時、カズ子が手を打って思い出したように口を開いた。

「そうそう。皆さんのためにとってもおいしいオヤツを用意してあるんですよ。
 あとでお茶と一緒にお出ししますので、楽しみにしていて下さいね」

 『とってもおいしいオヤツ』の言葉に、部屋を出て行こうとした開拓者達の動きが停止した。
 これが、最後まで地味なままだと予想されていた草刈り仕事を一変させてしまうとは、誰も夢にも思わなかっただろう。

 ●オヤツ・ロワイヤル
 午後からの作業速度は、午前のそれとはまるで別格のような迅速さだった。
 その原因は、さきほどのカズ子の『とってもおいしいオヤツ』発言だ。
 あれほど豪華な昼食を振る舞うカズ子が賛美するオヤツに、開拓者達の食い意地はいとも容易く扇動された。
 そして、誰が言い出した訳でもなく、オヤツ争奪戦が開始される。
 最初に草刈りが終わった組が、最後の組からオヤツを奪えるというそれは、草刈りを加熱させるのに充分な褒美だった。
 中でも連徳はあれほど昼食を平らげたにも関わらず、一層のやる気を発揮していた。

「おやつおやつおやつおやつー!」

 やや狂気じみた連呼を繰り返しながら、明らかに午前とは違う動きを見せる連徳。
 そんな連徳の雰囲気に気圧されたように、岑が呆然と彼女のことを眺めていた。
 そのため、抜いた草の山を捨てようと振り返った連徳と目が合い、岑は彼女に睨まれてしまう。

「何をサボっているでござるか! そんな様子では一位になれないでござるよ!!」

 連徳に指を差されて叱咤された岑は、数少ない食欲で動かない人物であったため、彼女ほど燃え上がってはいなかった。
 そのため、

「‥‥別に最後じゃなければいいでしょう」

 と、反論してしまい、ますます彼女の怒りを買ってしまった。

「貴様! そんな甘い考えではこの先生きのこれないでござるよ! 粛清してやるでござる!」

 いつもの連徳とは明らかに口調が違う。恐るべきオヤツの魔力だった。
 やる気なさげだった岑も彼女の気迫に恐怖に似た感情を覚え、黙って従うのが得策だと本能で理解した。
 そんな二人のやり取りが聞こえてきたのか、智と那由多の組も意気込みを新たにした。

「‥‥向井さん、頑張りましょう!!」
「何事にも全力投球がモットー――ッ!」

 元々やる気満満だった智が、さらにやる気を出しているように見える。さながら大空を駆ける龍の如き勢いだった。
 まるで親の仇のように草を刈る智を尻目に、那由多はある考えを心中で展開させていた。
 一方、午前と余り変わらない様子で作業を続行しているのは、紅雪と春金の組だった。
 二人も食欲に煽られない数少ない人間かと思いきや、やはりよくよく観察するとその動きは午前より無駄がない。
 と、春金が渾身の力を込めて鎌を振るった時だった。
 春金の前方に聳えていた雑草が一瞬にして刈り取られると、その影から体長二メートル近くの蛇が姿を現したのである。
 春金は咄嗟に斬撃符を発動させそうになったが、そんな彼女を紅雪が手で制した。
 どうするのかと春金が見守っていると、紅雪はおもむろに蛇の正面に屈み込み、

「殺されたくなければ、おとなしく退くんだな」

 とだけ、小さな声で呟いた。
 春金からは見えなかったが紅雪の眼光は鋭く、彼と対峙していた蛇は、蛇なのに蛇に睨まれた蛙のような気分を味わっていた。
 その後、そろそろと蛇はゆっくり移動を始めたかと思うと、急に加速してどこかへ姿を消してしまった。
 去ろうとする紅雪に春金は礼を告げるが、彼は「大したことではない」とだけ返答すると、また元の作業体勢に戻っていった。
 その頃、草刈りをしていた咲と紫乃の組が、今まで輪郭すら見えなかった庭の池を発見した。
 水中から水草が大量に伸びていたため、池を縁取る岩の列に気付くまで、池の存在すら認知できなかったという。
 仲間が池に落ちないようにと二人は大声で池の存在を知らせようとしたが、時すでに遅し。
 作業に夢中になっていた岑が、岩に足を引っ掛けて今まさに池に飛び込もうとしていた。
 が、彼は咄嗟にもう片方の足を前に出し、ぎりぎりの境目で何とか踏み止まろうと努力する。
 しかし、そんな岑の様子を知った春金が、わざわざ全力疾走で彼の背後まで回り込み、死神の鎌の柄で彼の背中を押してしまった。
 おかげで彼の努力は水泡と帰し、ゆっくりと苔と泥で溢れた池の中へと落ちていってしまった。

 ●黄昏に積む草の山
「これで、よしっと」

 最後に集めた雑草の塊を放って、全身泥まみれの岑が手の平を叩いた。

「この草の山は‥‥埋めて肥料でござるかね?」

 その隣で、大きな山となった雑草を眺めながら、土に汚れた連徳が呟く。
 時刻は既に夕方。
 草刈り作業は終了し、間もなく清掃作業も終わろうとしていた。
 庭では咲と紫乃が道具を片付けており、他の者達はやり残した部分がないか確認を行っている。
 ちなみに、オヤツ争奪戦の結果は連徳と岑の圧勝だった。
 一足先に草刈りを終えるや否や、連徳は問答無用で最下位組の分のオヤツの饅頭を平らげてしまっていた。
 その後、最下位は避けたいと残りの組が奮闘するが、残念ながら咲と紫乃の組がオヤツのない組となってしまう。
 心底残念そうな表情を浮かべる二人だったが、那由多が自分の分を半分に分けて渡してくれたおかげで、完全に食べ損ねることはなかった。
 争奪戦の間は僅かに殺伐としていた気がするが、終わってみれば皆の表情は柔らかいものになっていた。
 最後の確認を終えた智と咲が潮夫婦に挨拶しているのを一瞥した後、紅雪は沈み行く夕日に視線を向けた。
 日中は少し厳しい陽気を放っていた太陽も、今はぼんやりと寂しげに見える。
 そんな夕日を眺めながら、紅雪はぼんやりとこう思うのだった。
 こういう時間も悪くはないな、と。