未知なる『恐怖』
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 不明
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/16 23:45



■オープニング本文

 それは僅か一夜の内に起こった惨劇だった。
 五行国内の山腹にある小さな村が、アヤカシの襲撃を受けて壊滅したのである。
 多くの家屋が崩壊。村人は一名を除いて全員殺された。
 生き残ったのはまだ若い青年だった。
 青年は片腕を失い、全身傷だらけになりながらも麓の村へ逃げ延びることが出来た。
 しかし、麓の村人へ襲撃事件のことを伝えると、青年はその場に倒れて絶命してしまったらしい。
 一切詳しい情報の分からない麓の村人は困惑し、山からアヤカシが降りてくるのではないかと恐怖した。
 麓の村人は早急に開拓者ギルドへと連絡を入れると、早くこの悪夢が終わることを祈り続けた。
 それから開拓者ギルドの調査団が到着するまで、麓の村人は全員家に篭っていたという。
 派遣された調査団は山腹の村の位置を聞くと、詳しい状況を調べるために現地へ向かった。
 だが、それから幾ら時間が経てども、調査団が山から降りてくることはなかった。
 この事態を知って開拓者ギルドは状況が想像以上に悪いことを悟ると、次なる手を打った。
 新たな調査員の選定と、護衛役としての開拓者の募集である。
 正体も数も不明の敵を相手にするのは、流石の開拓者達であっても容易いことではない。
 万全を期すため、ギルドは腕に自信のある開拓者を募ることにした。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
小鳥遊 郭之丞(ia5560
20歳・女・志
かえで(ia7493
16歳・女・シ


■リプレイ本文

 ●錯綜する思考
 山腹の村へと向かう前に、開拓者達は麓の村を訪れた。
 麓の村民達は、地獄に救世主が来たと言わんばかりの騒がしさで彼らを迎える。
 山腹の村を目指す順路として一度麓の村を訪れる事は自然だったが、それを強く希望した剣桜花(ia1851)は少し不自然だった。
 現に彼女は一人だけで村人達から聞き込みを行い、山腹の村の地理を教えてもらっていた。
 とは言え、その理由を尋ねて「夜間なので迷うといけないから」と説明されては、それ以上疑いようはない。
 仕方なく、他の者達は正体不明のアヤカシや今回の依頼について思考を働かせて時間を潰すことにした。

「私は、闇そのものや斧自体がアヤカシである可能性も考慮すべきだと思う。先入観に囚われ過ぎぬよう注意するべきだ」
 
 真っ先に意見を提出したのは、小鳥遊 郭之丞(ia5560)である。
 相手が全くの正体不明である以上、先入観や固定観念を持つことは危険であるという彼女の意見は、的を射ていた。
 今回の依頼で求められるのは、臨機応変な対応だと悟っているのかもしれない。

「まあ、未知とは言っても他の依頼だって大概はそうだぜ。
 今回に限った事じゃないさ。敵も味方も、戦う条件はその場限り。
 さすがに今回は謎だらけって事なんだがな」

 次に口を開いたのは、巴 渓(ia1334)。
 彼女も臨機応変さは必要だと考えてはいたが、それでも拭い切れない不安があることを述べた。
 話を聞いて、郭之丞は自分が『固定観念に縛られてはいけないという固定観念』に縛られているかもしれないと不安になる。

「それを調べるために来たんじゃ。今から不安を抱えても仕方ないじゃろう」

 暗くなりそうだった雰囲気を変えてくれたのは、調査員の一人である厳礼(ゲンレイ)だった。
 最近まで引退はまだ先と囁かれていた健康老人も、予期せぬ事故で腰を痛めて以来杖をつき、すっかり老けたように見える。

「斧を持ってるアヤカシかー‥‥。なんだかオイラ、ワクワクしてきたな!」

 厳礼の背後で歳相応にはしゃいでいるのは、調査員の柚子(ユズ)。
 麓村の沈んだ雰囲気を全く気にしておらず、自分勝手な理由で興奮していた。

「ゆ、柚子くん‥‥。もうちょっと落ち着こうよ。ね?」

 そんな柚子の傍らで彼を何とかしようと奮闘しているのは、調査員の秋奈(アキナ)である。
 しかし強く物を申すことが出来ない彼女の頑張りは、いつも逆に柚子にからかわれて水の泡となってしまう。
 何とも頼りない調査員三名だが、これでも開拓者ギルドの中では優秀な人材の部類に入るらしい。

「こりゃあひどい話ですなァ」

 改めて三人を見て、風鬼(ia5399)はまるで他人事のように呟いた。
 これから護衛する事になる対象への言葉とは思い難いが、それが彼女の本心だった。
 敵は正体不明な上、こちらは余計な荷物を抱えた状態。
 ハンデが大き過ぎる今回の依頼に参加したことを、もしかすると風鬼は内心で悔やんでいるのかも知れない。

「ま、そこを何とかするのが私達の仕事でしょう」

 風鬼の呟きを聞いて、かえで(ia7493)は苦笑を浮かべた。
 受けてしまった以上は、最後まで依頼は真っ当すべきだと言いたいのかも知れない。
 言われるまでもなく、風鬼は愚痴こそ溢すが、最後まで依頼を放棄するつもりは毛頭なかった。

「詳しい情報が何も無いのが不安ですが‥‥それをこれから調べに行くのだから仕方ないですよね。
 調査員の護衛に全力を尽くすと致しましょう」

 最後に八嶋 双伍(ia2195)がまとめ、今回の依頼の最重要箇所を確認する。
 今回の依頼の目的は、調査員を護衛してアヤカシの詳細情報を本部に持ち帰ること。
 ただし、双伍は内心で人命を最優先に考えており、無事帰還できるなら依頼を失敗しても厭わない考えを持っていた。
 そんな彼らのやり取りを遠目で見ながら、地理調査を終えた桜花は密かに考えていた。
 今回の依頼は絶望的だ、と。
 まるで彼女の思考を肯定するように、生暖かい不気味な風が村に吹いてきた。

 ●闇に潜む『恐怖』
 先頭を風鬼、その後をかえでが続いて先行し、開拓者達は山腹の村へと到達した。
 かえでより少し遅れる形で柚子が勝手に歩き回り、柚子を追うように渓、桜花、秋奈、双伍が一塊となって移動を行っている。
 後尾では郭之丞が歩みの遅い厳礼を背負い、遅れまいと勤しんでいた。
 申し訳なさそうな態度の厳礼に、郭之丞が気遣い無用と丁寧に断る。
 声色こそ普通のままだったが、郭之丞は確実に体力を消費していた。
 凡人以上の力を備えた志体と言えど、装備を身に着けて更に人を背負うのは骨が折れるらしい。
 だが、彼女はそれを持ち前の意地と誇りで覆い隠し、決して悟られないように努めていた。

「それでは、そろそろ本格的に参ります」

 桜花はそう合図をすると、意識を集中させて《瘴索結界》の構成を始めた。
 彼女の体が仄かに光り出して、瘴気を探知する結界が周囲二十メートル程に展開される。
 早速敵が感知されないかと開拓者達は身構えたが、桜花が特に何も言わなかったので期待が外れたことを知った。
 とは言え、気を緩めるような真似はせず、ここが既に敵地であると再認識して周囲の索敵を続行する。
 幸いにも月明かりで充分に見渡すことは出来たが、やはり夜間のため光の届かない場所は多く、油断は大敵だった。
 一歩一歩、足元を確かめるように慎重に移動し、少し進む毎に全方位に視線を走らせる。
 アヤカシが斧を使うという情報は本当らしく、道端に転がる死体や家屋の破損が、巨大な刃物状のものを連想させた。
 村の探索を始めて五分を過ぎた頃、桜花が全員に停止するように呼び掛けた。
 その言葉の意図に勘付き、開拓者達の間に緊張が走る。
 自然とそれは調査員の三人にも伝わり、秋奈はオロオロとし始め、柚子は目を輝かせ、厳礼は静かにその時を待った。

「あちらの方向に、強い瘴気の存在を感じます」

 しばしの無言の後、桜花は結界が感知した敵の位置を手を掲げて示した。
 桜花の導きに従って、全員で彼女の手が指す方向へ視線を向ける。
 郭之丞は背負っていた厳礼をその場に降ろし、背後に隠すように彼の前方に立ち塞がった。
 生憎と崩壊した家屋の破片のせいで、彼女が示した先は闇に包まれていた。
 
「ここは私の出番になるかな」

 そう言うと、風鬼は《暗視》を発動させて暗闇の方を見た。
 すると、影の中に紛れるように、巨大な黒い塊が蠢いているのが分かる。
 しかし風鬼には見えていても、調査員たちの目に見えないのでは仕方がない。
 アヤカシと思われる黒い塊を月下に誘き出すため、風鬼は闇に向かって足を進めた。
 かえでも彼女に同行しようとしたが、そうなると柚子の歯止めとなる存在がいなくなるので断念した。
 風鬼の様子を他の者たちが固唾を飲んで見守っていると、半分ほどまで接近した所で彼女が足元の石ころを蹴飛ばした。
 飛翔した石ころは崩壊した家屋に衝突し、静寂に包まれた村の中で一際目立つ音を発する。
 しまったと思った時には既に遅く、音を聞きつけたアヤカシはゆっくりと振り返ると、開拓者の群れを見てすぐに飛び掛かって来ようとした。
 闇の中から何かが飛び出したのを視認して、双伍はその正体を確かめる前に呪縛符で動きを束縛する。
 その判断力が功を奏し、闇に潜んでいたアヤカシの実態を月下に晒すことに成功した。
 大きさは人間より一回りほど巨大な程度だろうか。
 全身を黒い獣のような体毛で覆われた、まるで毛の塊のような外見をしていた。
 頭部と思わしき位置には、体毛と同じ色の奇妙な形の仮面が被せられていて、恐らくそこが顔面なのだろうと推測出来た。
 しかし、目印として考えられていた肝心の斧はどこにも見当たらず、開拓者たちは皆首を捻った。
 気が付くと、呪縛符によって動きが遅くなったアヤカシの前に、いつの間にか柚子が歩み寄っていた。
 かえでは慌てて彼を引き戻し、警戒を怠るなと注意する。
 だが、柚子はそれまで見せたことのない硬い表情で、

「ちょっとヤバいかも‥‥」

 と、満足に動けないアヤカシを注視していた。
 一方、普段の気弱さはどこへやら、敵の姿を描く時の秋奈の気迫に、双伍は思わず目を奪われていた。
 郭之丞も、地面に何かの数式を描きながらブツブツと計算を繰り返す背後の厳礼に、驚きを禁じ得ない。
 さきほどまでの頼りなさはどこかへ吹き飛んでいった様子である。
 調査員達の実力を垣間見た開拓者達は、彼らに対する認識を改める必要があると思い知らされた。
 しかし、いよいよ秋奈の絵が完成し、より正確な情報を厳礼が導き出そうとした時。
 それまで暴れるだけだったアヤカシが、突然奇妙な声を発し始めた。

「キ、キシャ、キ‥‥シャァァァァ!!」

 何事かと開拓者たちが不安を覚えると、予想していた中で最悪の部類の出来事が現実になった。

「キィシャアアアア!!」

 村のあちこちから、アヤカシの声に共鳴するように、似たような奇声が響いてきたのだ。
 その数、約三つ。
 眼前の敵と合わせれば、四匹も同じような敵が存在することになる。
 未だに敵の全貌が掴めない状況で、これを『恐怖』と呼ばずにいられなかった。
 そんな状況に追い討ちを掛けるように、突然月明かりが消失した。
 驚いて開拓者達が見上げてみると、浮かんでいた雲の一つが偶然にも月を覆い隠したらしい。
 これでは、《暗視》を持つ者以外に闇に紛れるアヤカシの姿が視認できない。
 一度悪化した状況は、更なる悪化の一途を辿っていた。

 ●絶望の始まり
 まずは正面の凶斧から倒そうと決断すると、風鬼は《早駆》を行使して一気に彼我の距離を詰め、装備していたバトルアックスで攻撃した。
 幸いにもまだ呪縛符の効果が利いていたおかげで、彼女の一撃は凶斧にダメージを与えることに成功した。
 直後、二匹の凶斧が開拓者の群れを挟むように飛来し、武器を構える。
 一方を渓と双伍が迎撃しようとしているのを見て、風鬼はもう一方の凶斧へ《早駆》をする。
 丁度そこへかえでが同じく《早駆》で参入し、凶斧の背後に回り込んで刀による不意打ちを仕掛けた。
 かえでの不意打ちは見事に成功したが、そのせいで姿勢が変化したため、風鬼の攻撃が余り効果を発揮しなかった。
 しかし、だからと言って足を止めている暇はない。
 今度は渓と双伍が足止めしている凶斧に向かおうとして、風鬼は三度《早駆》を行った。
 だがその直後、予期せぬ事態が彼女を襲う。
 最初に攻撃をした正面の凶斧の呪縛符が解け、移動しようとする彼女の前に立ち塞がったのだ。
 その動きは彼女の《早駆》の如く素早く、おまけに既に斧を振り上げ、今か今かと風鬼が近付くのを待ち構えていた。
 危険を察知した風鬼は即座に足を止めようとしたが、そこはもう敵の射程内。
 薙ぎ払われた斧は風鬼の懸命の回避も空しく、彼女の体に深く叩き込まれた。
 そのまま斧の勢いに乗せられ、風鬼の体は近くの家の壁を破壊するまで停止できなかった。

「風鬼さん!」

 双伍が必死に彼女の名前を呼んだが、返事を待つ時間は与えられなかった。
 斧の攻撃を紙一重で回避した渓の足が地面に着く前に、凶斧がいきなり突撃してきたのである。
 渓ならばそれも寸での所で回避出来たかもしれないが、彼女はそれをしなかった。
 渓が攻撃を避ければ、その後方に立つ双伍が突撃の餌食になる可能性があったからだ。
 それに、渓には《生命波動》のスキルもあった。
 多少の負傷ならば問題なく回復できるはずだった。
 気合を入れて衝撃を待ち構える渓に、凶斧の強烈な体当たりが直撃する。
 さながら、巨大な鈍器で横殴りにされたような破壊力だった。
 
「渓さん!」
「きゃっ!?」

 双伍が渓の名を呼ぶと同時に、かえでの悲鳴が上がる。
 驚いて双伍が視線を向けてみれば、遅れてきた最後の一匹が彼女を防御の上から弾き飛ばしている所だった。
 崩れないはずだった陣形が、いとも簡単に崩壊していく。
 秋奈は恐怖に腰を抜かしたのかその場に座り、流石の柚子からも余裕の表情はなくなっていた。
 厳礼は静かに目を閉じて腰を下ろし、その前方で郭之丞が槍を構えて凶斧を威嚇する。
 何故こうも敵の奇襲が連続で成功したのか。
 視界が悪いとは言え、桜花の結界が敵を捕捉していたのではなかったのだろうか。
 その事実に思い当たり、双伍は桜花の存在をすっかり失念していたことを知った。

「桜花さん!?」

 急いで彼女の名前を呼び、姿を探す。
 だが、今回の作戦の要である彼女の姿は、どこにもなかった。

(一体どこへ? まさか既に敵の手によって?)

 しかし、双伍の不安は最悪の結末を以って解消された。
 麓の村へ続く道へと走り去る桜花の後ろ姿を、目撃してしまったのである。
 《暗視》を持つ戦闘能力の高い風鬼が倒れた時点で、彼女は戦況は絶望的だろうと早急に判断し、単独で逃亡したのだ。
 その瞬間、双伍はこの状況こそが絶望なのだと思い知った。

 ●逃れる術はなし
 事前に麓の村人から聞いていた道を駆け下りながら、桜花は安堵の息を漏らした。
 彼女の先見の明は、結末だけを見るならば正しかったと言うべきだろう。
 結界による索敵機能を失った開拓者達は、闇に紛れる凶斧の襲撃を防ぐことが出来なかった。
 しかも他の開拓者が派手に暴れてくれたおかげで、彼女は無事に窮地を脱出することが出来た。
 退路に凶斧が立ち塞がった時は肝を冷やしたが、渓に迎え撃つように命じて何とか逃げ延びる事に成功した。
 あとはこのまま山道を下れば、麓の村である。
 桜花は《瘴索結界》の効果が切れたことを知ると、急いでもう一度術を発動させた。
 この結界がある限り、自分は大丈夫だと彼女は信じていた。
 しかし、前方から強い瘴気の存在を感じた時、彼女の考えは甘かったことを思い知った。
 村に潜んでいた凶斧は四匹ではなく、全部で五匹だったらしい。
 呼吸を荒くして下山する彼女の存在に敵は既に気付いているようで、瘴気が近付いてくるのを結界から感じた。
 最悪一度は敵の攻撃を受けてもいいと考えていた桜花は、必死で敵から逃れる手段を考えようとする。
 だが、凶斧が一瞬にして間合いを詰める素早さを保持していることを思い出すと、桜花は苦笑を浮かべるしかなかった。
 最初の一撃が回避できたところで、その次が回避できないかもしれない。
 その次が回避できても、凶斧の攻撃はその次の次も、その次の次の次も続くだろう。
 それを考えている自分が馬鹿らしくなって、桜花はただ凶斧が迫ってくるのを呆然と眺めていた。

 ●謎の失踪
 翌朝、何故か山腹の村から凶斧が撤退していることを知った開拓者ギルドは、重傷を負っていた開拓者達を全員無事に回収した。
 残念ながら調査員の三名は既に死亡しており、ギルドは優秀な職員の死を悼んだ。