呼子
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/10 23:27



■オープニング本文

 ●もりのこえ
 「おかあさん。おかあさん」って、もりのおくからきこえてくるよ。
 「いたいよ。いたいよ」って、かなしいこえがきこえてくるよ。
 「たすけて。たすけて」って。
 でも、そのこえは──。

 ●こども
 いつの時代も子供というのは好奇心旺盛な生き物である。
 その日、村ではガキ大将で知られる男の子が仲間達にこう提案した。

「村の外れにある森で肝試しをしようぜ」

 ガキ大将の住む村は、アヤカシによる被害の少ない珍しい村だった。
 そのせいか、村の子供達の中には充分な危機感を持たず、アヤカシを軽視している者さえいた。
 ガキ大将がその最も足る人物の一人であり、彼の仲間も似たようなものだった。
 ただ一人、いつもガキ大将に召使いのように扱われる気弱な男の子だけが反対した。

「だ、だめだよ。あそこはとても危険な森だよ」

 いつもならば力尽くで少年を無理矢理連れて行くガキ大将だったが、その日は様子が違い、

「じゃあ、お前は残ってろよ」

 とだけ言い残すと、少年を置いて仲間と共にさっさと森に出掛けてしまった。
 いつもと違う反応に少年は戸惑いを隠せず、言い知れぬ不安を抱えて慌ててガキ大将を追う。
 森に潜んでいるかもしれないアヤカシよりも、遊び友達を失うことに少年は恐怖したのだった。
 ガキ大将が通ったと思わしき道を辿り、懸命に追い付こうとする少年。
 そして、とうとうどちらから来たかも分からなくなった時、少年の心に森に対する恐怖心が蘇った。
 昼間なのに鬱蒼とした森は薄暗く、風もないのに草木の擦れる音が聞こえてくる。
 半ば涙目になって少年がガキ大将の名前を何度か呼ぶと、森の奥から声が響いてきた。
 声色からそれをガキ大将だと推測し、少年は安堵のあまり涙を流してしまう。
 しかし、聞こえてきた言葉は再び少年を凍り付かせた。

「たすけて。たすけて」

 あの怖いもの知らずで、負けず嫌いで、いつも皆を振り回すガキ大将が助けを求めている。
 それはつまり、ガキ大将では敵わない相手が現れたということで、少年は足の震えを止められなかった。
 逃げたい。逃げ出したい。
 心の奥から自分の声が聞こえてきて、少年は迷わずそれに従おうとした。
 しかし、もう一度森の奥から声が聞こえてきた。

「いたい。たすけて」

 その言葉を聞き、少年は駆け出そうとした足を止めると、己の中での激しい葛藤に苦しんだ。
 その間も、森の奥からのガキ大将の助けを求める声は止まない。
 一分近くも悩んだ末、少年はガキ大将を救うために森の奥へ進むことにした。
 僕に何が出来る。もし相手がアヤカシだったら僕も食べられるかもしれないんだぞ。
 尚も心の底からはもう一人の自分が叫ぶが、少年はそれを無視した。
 森に潜んでいるかもしれないアヤカシよりも、遊び友達を失うことに少年は恐怖したのだった。
 そして、森の奥へ進んだ少年は──。

 ●よびこ
 夜になっても戻らない我が子に、村の親達は心配になって捜索を始めた。
 村中の家を回り、子供達の行方を聞いていると、一人の少女が有益な情報を持っていた。
 気弱な少年が森の方へ走っていくのを、少女は見ていたらしい。
 親達は自宅から松明と武器になりそうなものを持ってくると、急いで森の中へ入っていった。
 冷静に考えれば、開拓者を呼ぶなり村人総出で森を探すなり出来ただろう。
 しかし、その時間も手間も惜しみ、我が子を探すために親達は森の奥へと進んで行った。
 そうして森の入り口が見えなくなった時、暗闇の奥から声が聞こえてきた。

「こわいよ。こわいよ」

 「これは息子の声だ!」と、気弱な少年の両親が驚いて告げる。
 少年の両親は声に導かれるように暗闇に向かって走り出し、あとの親達もそれに続いた。

「おかあさん。おかあさん」

 聞こえてくる声は段々と大きくなり、近くに少年がいることを大人達は悟るが、少し様子がおかしかった。
 確かに声色は気弱な少年のものなのだが、語調や声の強弱に違和感がある。
 それに加え、悲痛な声の合間に、鈍い音、裂けるような音、液体の滴る音等が聞き取れるのだった。
 拭い切れない不安に胸が締め付けられるような思いで、大人達は森の中を探す。
 そしてとうとう、『ソレ』を見つけた。

「────ッ!?」

 松明の灯りが、目の前の地面が黒く染まっている事実をまず大人達に示した。
 そして、今こそ鮮明に聞こえる無数の謎の音。
 大人達が恐る恐る松明の炎を掲げると、黒い地面の先にぼんやりと子供の姿が浮かび上がった。
 親の勘は正しかったようで、その子供の着ている服から気弱な少年だと断定できた。
 本当ならすぐにでも駆け寄って抱き締めたかったが、両親にはそれが出来なかった。
 何故ならば、その少年に覆い被さるように、大人達よりも大きな影が動いていたからである。
 だからと言っていつまでも硬直している訳にはいかず、意を決して歩み寄る少年の両親。
 そうして暗闇からゆっくりと姿を現したのは、三メートルにも及びそうな巨大な人間だった。
 否。それは人間に似た形をしているが、人ではなかった。
 背丈以上に伸びた細長い両腕と、獣のように逆に曲がった脚の関節。
 骨と皮だけのように見える痩せた肉体とは裏腹に、頭部は異常な大きさをしていた。
 その特徴的な頭部でも特に目を惹くのが、犬のように突き出した口と、膨張した頭頂部だった。
 針で突けば破裂しそうな頭頂部には、不気味なことに無数の人の顔のようなものが浮かんでいた。
 皆、苦しそうな表情を浮かべ、頭の動きに合わせるように蠢く。
 その内の一つが口らしき部分を開いた時、両親は絶叫を禁じ得なかった。

「おかあさん。おかあさん」

 ●悪夢は終わりか始まりか
 森から半狂乱で出てきた大人達の言葉を聞き、村は一瞬で大騒ぎとなった。
 そんな中、老齢の白髭を生やした村長は冷静に事情を聞くと、すぐに開拓者ギルドへ報せを走らせた。
 こうして開拓者が村へやって来た頃には、間もなく夜が明けようとしていた。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
水津(ia2177
17歳・女・ジ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
鞘(ia9215
19歳・女・弓
千古(ia9622
18歳・女・巫
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓


■リプレイ本文

 ●怯える村
 アヤカシ退治の依頼を受けて村にやって来た開拓者達を、村長を名乗る老人が迎えてくれた。
 迎えたとは言っても歓迎という雰囲気ではなく、村長一人だけが表に出て開拓者の到来を待ち望んでいたらしい。
 村長の話によれば、他の村人達は皆自分の家に篭って出てこようとしないのだとか。
 開拓者の一人であるエグム・マキナ(ia9693)は、早速村長から事件の詳細を聞き出すことにした。
 こちらが確認している以上の被害者はいないか、今は誰も森に入ってないか等、慌てた様子の村長が落ち着けるようにゆっくりと訊いてゆく。
 最後にアヤカシについての事実確認を終えると、言葉尻に「私が直接見た訳ではないですが」と、村長は付け足した。
 喰らった人間の声真似をするアヤカシが実在することを改めて知り、開拓者達は表情を曇らせる。

「随分と悪趣味な相手‥‥ですね」

 朝比奈 空(ia0086)は、湧き上がった感想を素直に口にした。
 穏やかな性格の彼女が怒気を含んだ台詞を漏らすことは珍しいと言える。
 それだけ、アヤカシに対する怒りを胸に秘めていることが在り在りと感じられた。

「知能は高くないそうですが、それでもこの手口‥‥。
 やはり、アヤカシは厳然として人の天敵であると言うべきですか」

 感心したような口振りだが、志藤 久遠(ia0597)は無表情であった。
 普段から発言に抑揚のない彼女の内心を察することは難しいが、今回は別だった。
 感心したような口振りは、アヤカシは敵だと己に再認識させるためのもの。
 その行為が意味する所は、敵には一切の容赦が不要だという事実が悟らせてくれるだろう。

「ギャハ! 人間様の声を使うアヤカシねぇ‥‥ま、ぶっ壊す時にどんな声で鳴くかは楽しみか」

 久遠の隣、開拓者の中でただ一人だけ笑顔を浮かべているのはブラッディ・D(ia6200)。
 言葉の通り、彼女の関心は敵が死ぬ間際の断末魔の叫びにしか向いてなかった。
 彼女にとって、それ以外のことなど取るに足りないどうでもいいことばかりなのだ。
 いや、正確に説明するならば、断末魔の叫びすら彼女にとっては僅かな好奇心でしかない。
 依頼に参加した最大の目的であり最も重要な事実は、彼女が唯一懐いている久遠の存在だった。

「捕食者の能力としては、まぁ理解できるし評価もできる。
 だけど、胸糞悪い。頭では理解できても心が納得しない。最悪な能力だよ」

 真顔で怒りを露わにしているのは、鞘(ia9215)だ。
 だがよく観察すれば眉間には皺が浮かんでおり、余り表情を崩さない彼女にしては珍しい事態である。
 尤も、クールな口調の彼女がこれほど感情的な言葉を吐く時点で既に珍しいのだが。
 村長からの話を聞いて改めて開拓者達が作戦会議を開いていると、千古(ia9622)が一人輪を外れて村長に歩み寄った。

「アヤカシと遭遇した親御さん達と話をさせてもらえないでしょうか?」

 どうやら先ほど村長が言った台詞が気になるらしく、直接アヤカシを見た人物から話を聞きたいらしい。
 しかし村長は困ったような表情を浮かべると、首を横に振った。

「申し訳ないが、彼らはとても取り乱している。今はまともに話せるような状態ではないんだ」

 幾分か落ち着きを取り戻したとは言え、村長もまだ今回の事件に深く心を痛めている様子だった。
 それを見たエグムは、この村に残って村人達の護衛を務めることを志願した。
 万一森の中のアヤカシが村へ襲撃してきた場合を考えれば、一人でも村に開拓者がいることは充分に保険の効果を成し得る。
 幸いにも作戦会議の結果、一人抜けても問題ないことが判明し、エグムは村に残ることを許された。
 開拓者達は最後に自身の装備に異常がないか確認した後、数名が松明を掲げた状態で暗い森の中へと入って行った。
 それを姿が見えなくなるまで見送ってから、エグムは村長に向き直った。

「甘酒、持ってますか?」

 ●森の奥からの悲鳴
 鬱蒼とした森は薄暗い夜の中で更に暗く、松明を持っていなければ視界は全く利かないと言っても過言ではなかった。
 その松明も僅か周囲五メートルほどを照らすのみで、開拓者たちはせいぜい足元に注意するくらいしかできない。
 右も左も前も後も全ては闇に包まれ、まるで巨大な怪物の腹の中を移動しているような感覚を開拓者達は感じていた。
 そんな中、時折千古が樹の幹に傷を付けたり枝を折っているのを発見し、無月 幻十郎(ia0102)が尋ねた。

「そりゃあ、何の御呪いなんだ?」
「これですか? これは、帰りに迷わないように印を付けてるんです」

 言われて、幻十郎はアヤカシ退治に夢中になって帰路を失念していたことを思い知らされた。
 無事敵を倒せたとしても、帰り道が分からないのでは村人達に報告も出来ない。
 まだ開拓者となって日の浅い千古に、幻十郎は忘れていた基本を思い出さされて心の中で感謝を述べた。
 更に五分ほど森の奥に向けて足を進めた所で、千古が唐突に声を発した。

「おーい、アキラ君ー!」

 何事かと他の開拓者が振り返ったのを見て、千古は慌てて意図を説明する。

「す、すいません‥‥。
 親御さんの呼ぶ声にアヤカシが反応したと聞いたもので、呼び掛けてみました」

 どうやら村長から聞いた被害者の子供達の名前を、千古は全て記憶していたらしい。
 特に気にしてもいなかった他の開拓者達は、感心するような目を彼女に向けた。

「‥‥‥‥ぉ‥‥ぃ」
「‥‥んん?」

 微かに声が聞こえた気がして、水津(ia2177)が声がしたと思わしき方角へ視線を向けた。
 他の者達にも聞こえたらしく、一瞬にして全員が口を閉じ、聴覚に神経を集中させる。
 特に久遠は《心眼》を発動させて、闇に潜む敵の姿を探した。

「‥‥ぉ‥‥ぃ‥‥」

 木の葉の擦れる音に混じり、誰かが呼んでいるような声を全員が聞き取った。
 村長の話が正しければ、今この森の中には開拓者達以外の人間は存在しないはずである。
 となれば、必然的に聞こえてくる声の正体に思い当たった。

「ギャハハハ! 本当に反応してやがる!」

 ブラッディが思わず笑い出しても仕方ないほど、開拓者達は千古の作戦成功を喜ばずにいられなかった。
 本人に至っては、「ここまでうまく行くとは思いませんでした」と、かなり驚いている様子である。
 生憎と距離が離れていたせいか、久遠の《心眼》による索敵は失敗に終わった。
 しかし、おかげで敵の位置を大雑把だが把握することは出来た。
 一行は進路を修正し、時折呼び掛けながら森の更に奥へと進んで行った。

 ●先手必勝
 開拓者達が五度目の呼び掛けを実行した時、森の奥から聞こえていたはずの声はかなり大きくなっていた。

「おかあさん。おかあさん。いたいよ」

 いよいよ敵が間近に迫っていることを知り、開拓者達は気合を入れ直して慎重に移動することに努めた。
 その際に空が《瘴索結界》を周囲に展開させ、敵を早期発見できるように尽力する。
 久遠も再び《心眼》による索敵を行い、奇襲を仕掛けられないように警戒していた。
 周囲を闇に囲まれた状況下では、二人の用心深さが非常に有り難いものであった。
 そして二人が同時に、敵を発見した旨の言葉を呟く。
 二人が視線を向ける先に他の者達も目を向けてみるが、松明の灯りより先を見通すことは不可能だった。
 しかし、二人がそこに居ると言うならば、居るのだろう。
 二人の能力を信頼し、他の開拓者達はアヤカシまでの導きを彼女達に一任した。
 『前衛組が奇襲してアヤカシの意識を集中させ、その間に後衛組が側面に回り込んで攻撃する』。
 二人は手短に流れを仲間に説明すると、幻十郎とブラッディを連れてアヤカシがいると思わしき方角へ進み始めた。
 後衛組の三人はしばらくその場で待機し、仲間の安否を遠くから見守る。
 一分後、仲間の松明が激しく動き始めたのを目撃して、後衛組は一気に駆け出した。

 ●もう一つの戦い
 一方、村の護衛のために残ったエグムは、村中の家を回って声を掛けていた。

「どのような声が聞こえてきても、森に入ってはなりませんよ」

 既に家に篭って出てこない彼らには無駄なような気がするが、何事も入念にしておくのは悪い事ではない。
 その上で、エグムは被害者の遺族の家を見つけると、一軒一軒立ち寄って話をしていた。
 話題は専ら事件とは無関係なことばかりで、最初はどの家も彼を睨むだけで一言も喋ろうとしない。
 しかし元教師という経験のおかげか、彼は実に話し上手で、次第に遺族の人達も彼に心を開き始めていた。
 中にはうまくいかない家もあったが、彼は諦めずに話を続けた。
 村長から譲り受けた甘酒を武器に、彼も仲間達と同じように戦っていたのであった。

 ●最後の声
 前衛組が目前までやって来て初めて、呼子は自分の存在を脅かす者の存在に気付いた。
 それまでは新たな獲物がやって来ると思っていたらしく、どうやら闇の中では人間と同じように視界が利かないらしい。
 驚いた様子の呼子から先手を奪うことは難しくなく、幻十郎は持っていた火の付いた松明を呼子の足元に放ると、即座に刀に持ち替えた。

「さぁここからが本番だっ!」

 気合の入った声と共に幻十郎は刀を最上段に構え、呼子の懐に踏み込むと同時に《示現》を発動させて刀を振り下ろした。
 彼の初手は見事に功を奏し、いきなり呼子に大損傷を与えた。
 惜しむらくは、呼子の巨体と体勢のせいで、狙い通り頭部に攻撃を加えることが出来なかった点だろう。
 続いて、久遠が槍を振り回しながら呼子に迫る。
 しかし初撃をまともに受けた呼子はこれ以上の被害を抑えるため、必死で久遠の攻撃を抑えようとした。
 呼子の異様に長い両腕が、久遠を捕獲せんと彼女に迫る。

「子供らの声は‥‥アヤカシ『如き』が使っていいものではないと知りなさい」

 久遠はこれに対して《水仙》を発動させると、紙一重で呼子の手を潜り抜け、そのまま呼子の背後に回り込むなり振り回していた槍で攻撃した。
 疾風の穂先にある小さな鎌が呼子の背中の肉を裂き、呼子が不気味な悲鳴を上げる。
 同時に、呼子の頭部に浮かび上がる顔の一つが口を開いた。
 
「いたいよ。いたいよ。たすけて」

 それを聞いて、覚悟を決めていたはずの久遠の心が一瞬だけ揺らぐ。
 もしかして子供達はまだ生きていて、アヤカシの肉体に閉じ込められているだけではないのか。
 その思考が彼女の体を束縛し、僅かな間だけ動きを封じさせた。
 無論、これは呼子にとって絶好の機会となる。
 無意識に発動させた声真似が思わぬ結果を生み、呼子はその因果性を考える素振りすら見せず本能のまま久遠に襲い掛かろうとした。
 久遠を絶体絶命の危機から救ったのは、彼女を慕うブラッディだった。

「ギャハハ! こっち向けよ。よそ見してるとその体バラバラにしちまうぞぉ!」

 背後を振り返ろうとした呼子に向かって跳躍し、ブラッディは両手に握る双剣で《乱剣舞》を遂行した。
 空中で舞う彼女の表情はとても嬉しそうで、舞いの美しさの中に秘められた戦慄に似た不気味さが、彼女の本質を物語っているように感じられた。
 三度も続けて傷を負うと、呼子は自棄になって無闇に暴れ始めた。
 その内の一手が着地を終えたばかりのブラッディに当たりそうになったが、ブラッディは間一髪で《裏一重》を発動させて回避することに成功した。
 そのまま勢いを殺さずに後転して、呼子との距離を開ける。
 他の者達も暴れる呼子に警戒して後退したことを確認すると、空は意識を集中させて念じ始めた。

「精霊よ‥‥清なる炎で以て、眼前の敵を焼き払え‥‥!」

 最後に練成した念を解き放ち、それを《浄炎》という形で具現化させて呼子を包み込む。
 炎を纏った呼子は一層激しく暴れ始め、仕舞いには開拓者達から逃れようと森の奥に向かって走り始めた。
 暴れる呼子に巻き込まれないよう退いていた前衛組の者達は完全に出遅れ、走り去る呼子の進行方向先に視線を向けた。
 そしてその先へ偶然にも後衛組が回り込んでいたことを知ると、駆け出そうとした足を安堵して休めた。
 後衛組にとっては想定外の事態だが、呼子が故意的に後衛組を襲撃しようとした訳ではないので、対処は充分に余裕だった。

「あついよ。あつい。たすけて」
「その声はお前が使っていいものじゃない、還してもらう」

 子供の苦痛の声を聞いて鞘は明らかに不機嫌そうな顔をすると、呼子の足に向かって素早く矢を射る《速射》を発動させた。
 同時に《鷲の目》も併用して、確実に呼子の足を狙撃する。
 鞘の矢は見事に呼子の足を貫通し、バランスを崩した呼子は後衛組の目前で転倒した。
 こうなれば、あとは残りの後衛組の出番である。
 水津は《浄炎》で再び呼子に炎を浴びせ、苦しくて暴れる呼子を千古が《力の歪み》を発動させて大人しくさせる。
 遂には呼子の片腕と片足が《力の歪み》によって捻り折れ、《浄炎》が全身を包み込んでしまった。
 もがき苦しんでいた呼子はいつの間にか大人しくなり、ただ子供の声だけがいつまでもその場に響いていた。

「あついよ。あついよ。たす‥‥けて‥‥」

 ●鎮魂の儀式
 森から戻った開拓者達からアヤカシ退治に成功したことを聞くと、村人達は盛大に騒ぐことはしなかったが、安堵の息を漏らしていた。
 エグムの努力のおかげで、村人達は皆、個人差はあれど冷静さを取り戻し、開拓者の帰還を待ち侘びて出迎えてくれた。
 それでも我が子の命を奪われた親達は消沈しており、危うく森を焼きかけたと苦笑する幻十郎の話を聞いても無表情のままだった。
 ちなみに幻十郎の放った松明の炎が原因で、呼子討伐後、開拓者全員が協力して鎮火に当たったおかげで大事には至らなかった。
 意気消沈とした親達を村人達が元気付けようとするが、すぐに調子を取り返せるほど簡単な問題ではない。
 その状況を見て、千古は村長に盛大な葬儀を実施しないかと提案した。
 死んだ者には何もしてやれないが、生きている者には生き続けなくてはならない義務がある。
 突然のことで心の整理が付かないのは当然であり、死者と別れを告げる場が必要だと千古は説明した。
 村長は彼女の意見に賛同し、すぐに葬儀の準備をするように村人達に伝えた。
 ここまでやればあとはついでだと、開拓者達も準備の手伝いに参加する。
 仕方ないと言いたげな口調の者も居たが、全員が亡くなった子供達のことを気の毒に思っているのは事実だった。
 そうして準備を終えた頃にはすっかり夜が明け、朝の爽やかな天気の下で村人全員が参加する盛大な葬儀が行われた。
 手を合わせ、静かに子供達の魂が静まることを祈り続けていた時。
 ふいに吹いた温かい風が、千古の耳に声を届かせた。

「ありがとう」