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■オープニング本文 始まりはほんの些細な口論だった。 常連に開拓者が多いことで有名な都の酒場は、その日も酔っ払った開拓者たちで溢れていた。 そんな中、二人の男がギルドに所属するどの女性か魅力的かというくだらない話をしていた。 あの子は胸が大きいだの、あの子は男勝りな性格だの、好き勝手に言い放題である。 しかし、話題が特に意中の女性になった時、和やかな雰囲気は崩壊した。 運命の悪戯と言うには大袈裟だが、二人の好む女性が同一人物だったのである。 最初は「お前もか」なんて笑い合っていたが、その女性に纏わる話をする内に二人の笑顔が消えた。 いつの間にか、どちらの方が彼女を詳しく知っているかという話に変わり、次第に口論へと激化していく。 最初にどちらが手を出したか、というのはもうどうでもいい話だった。 気が付けば二人は取っ組み合いを始め、周囲はそれを囃し立てて騒いでいた。 そして二人の喧嘩は飛び火となり、いつの間にか酒場中を巻き込んだ乱闘へと成っていた。 こうなって一番被害を受けるのは勿論酒場の店主である。 何十人もの悪酔いした開拓者たちを宥める術を持たず、ただただ店が荒らされるのを見守るばかり。 今こそ精霊の力を借りたいと心底願って店主が外へ出た時、偶然そこへ数名の開拓者が通り掛かった。 これは精霊の導きに違いないと店主は悟り、泣き縋るように開拓者たちに事情を説明する。 やれやれと言った表情で、開拓者たちは事態の鎮圧に乗り込むのだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
小鳥遊 郭之丞(ia5560)
20歳・女・志
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●巻き込まれた者達 店主から状況の説明をされた開拓者達は、皆一様に呆れた様子だった。 特に風紀を取り締まるために見回りをしていた小鳥遊 郭之丞(ia5560)は、『憤慨』の二文字を表情で表していた。 彼女に同行していた八嶋 双伍(ia2195)は、「やれやれ」と小さく口にする。 何事も起こらなければ良いという希望的観測は、何故こうも容易く打ち破られるのか。 案外、何かしらの法則性があるのかもしれないな、と双伍はぼんやり考えていた。 すぐにでも酒場へ突入しようとする郭之丞を、朝比奈 空(ia0086)が制した。 何事にも前準備は必要だと主張する彼女に、荒屋敷(ia3801)が同調する。 そこへ双伍の宥めが加わり、仕方なく郭之丞はしばし猶予期間を設けることにした。 店から響く破壊音に顔を蒼白にさせる店主へ、空と荒屋敷が桶はないかと尋ねる。 店主はそれなら店の裏にあると言い残して、急いで店の裏手へと向かってしまった。 すぐに戻ってきた店主は、大小様々な桶を六つ抱えていた。 それら全てに水を入れようとする二人を、太刀花(ia6079)が声を掛けて止まらせる。 二つを自分のために残して欲しいという彼の提案はすぐに呑まれ、空と荒屋敷は協力して近くの水場で桶に水を汲んだ。 その後、荒屋敷が持っていた荒縄を店の入り口前を横切るように張り、外で待機するという双伍に番を任せる。 ようやく準備が整ったのと、郭之丞の苛立ちが頂点に達したのは同時だった。 さっさと酒場の中へ入っていく彼女の後に続く一行の中、キース・グレイン(ia1248)が呟いた。 「目が覚めるよう、少々恐い思いをして貰おうか。‥‥自業自得だしな」 ●荒れ果てた酒場 いざ中に進入してみれば、酒場の中は思った以上に悲惨な状況だった。 机が幾つか壊れており、食べ物や飲み物が地面に散乱していた。 その上で乱闘が繰り広げられているものだから、店の中の至る所が汚れていた。 まずは郭之丞が、先陣を切る。 「開拓者が民に迷惑を掛けて如何する。先ずは落ち着いて話し合おうではないか」 彼女の声は怒気を含んだやや大きめな声量だったが、それを聞いて動きを止める者は誰一人いなかった。 「‥‥おい。こら、私の声が聞こえぬのか?」 今度は先ほどよりも大きな声量だったが、やはり振り向く者すら現れない。 店の外で様子を見守る双伍は、郭之丞の心境を理解して苦笑いを浮かべるしかなかった。 いつ感情が爆発してもおかしくない郭之丞の隣から、空が一歩前に踏み出す。 そして、近くにあった湯呑みの中身が水であることを確認すると、最も身近な酔っ払いの顔に向けて思い切り中身を浴びせた。 これには浴びせられた者も、その光景を見ていた者も驚いて、空の方へ視線を向ける。 あと一押し足りないと感じた荒屋敷は、咆哮を発動させて店中に雄叫びを響かせた。 彼の読みは功を奏し、騒がしかった店内が一瞬にして静まり返り、酔っ払い達は初めて店の入り口に立つ荒屋敷達の存在に気付く。 「店が壊れてしまいますし‥‥喧嘩なら外でやって頂けますか?」 静かだが背筋を震わせる空の声に、酔っ払い達は顔を見合わせる。 酔っているせいで、うまく状況が把握できていないのだろう。 仕方なく、荒屋敷は再び空の後押しをした。 「やいやい! 騒ぐしか脳のないバカサムライども! 店ン中で暴れるなんて、おとなげねえ事してんじゃねーよ!」 火に油を注ぐような彼の発言は、まさに烈火を呼び起こした。 静かだった店内が再び喧騒で満ち、全ての矛先が闖入者達へと向けられる。 一触即発の雰囲気の中、それまで静かだった郭之丞が一際大きな声を発した。 「‥‥宜しい。ならば、実力行使だッ!」 散々無視されて彼女の堪忍袋の緒が切れるのと、酔っ払い達が襲い掛かるのは同時だった。 ●酔っ払い鎮圧開始 いくら全員酔っ払っているとは言え、同業者を十数名も一度に相手をするのは骨が折れるというもの。 それに、店内で暴れていては酔っ払い達と何も変わらない。 空達は一旦退くように酒場の外へ飛び出し、酔っ払い達が後を追ってくるのを待った。 先頭の酔っ払いが敷居を跨ごうとした所で、扉の陰に隠れていた空が合図を出す。 反対側の扉の陰に潜んでいた双伍はそれを聞いて、予め用意していた荒縄を強く握った。 結果、ちょうど脛ほどの高さで張られていた荒縄が強固となり、足元に全く注意を払っていなかった酔っ払い達が次々と転倒し始めた。 一度に半数以上の酔っ払い達を転ばせることに成功し、おまけに内数名は次々と上に圧し掛かる仲間のせいで気絶してしまっていた。 残りの半数以下の酔っ払い達は流石に罠に気付いたらしく、倒れる仲間の上を飛び越えて外へ出て行く。 その対処は他の仲間に任せ、空と荒屋敷は用意していた桶の水を持って倒れた酔っ払い達の前に立った。 「待った無し‥‥ですね。取り敢えず、受けておきなさい」 顔だけ起こして二人を見上げる酔っ払い達目掛けて、二人は桶の水をぶつけるように浴びせた。 まだ肌寒さの残る季節の冷水は応えたらしく、倒れていた者達は一気に酔いが醒めた様子だった。 一方、外へと流れ出た残りの酔っ払い達のほとんどを、郭之丞が引き受けていた。 横踏や篭手払を利用した当て身技で、襲い掛かってくる酔っ払い達を次々と気絶させていく。 たまに背後から彼女に抱き付こうとする不埒な輩が現れると、すかさずキースがその背後に回りこんで腕を捻り上げる。 「酔っていたら何をしても許されるとでも思っている訳じゃないだろうな」 キースの言葉を聞いて抵抗をやめる者もいれば、尚も猛反抗を続ける者もいる。 後者に対して、キースは更に腕を捻り上げた後、首の裏筋に手刀を入れて気絶させることにしていた。 しかしたまに、抵抗をやめたように見せて、キースの手から逃れる悪知恵の働く者もいた。 そういう者の対処は、郭之丞の信頼を預かる双伍の担当だった。 彼女に触れようとする卑怯者を呪縛符で拘束し、数匹の毒蟲をおまけしてあげる。 そうすると、大人しくキースに従っておけばと後悔するほど、卑怯者は苦しみ悶えるのだった。 いよいよ酔っ払い達の数が減り、騒動が完全鎮圧目前まで迫った頃。 二人の酔っ払いが、静かな足取りでその場を去ろうとしていた。 幸い、酔っ払いの相手をしているためキース達は二人の存在に気付いておらず、彼らは無事に争いの場から逃れることが出来た。 暗い脇道に入り、すっかり酔いが醒めた様子で一息付く二人の肩を、何者かが軽く手で叩いた。 何事から二人が振り返ってみると、微笑を浮かべた太刀花がそこに立っていた。 「あ」と声を漏らした時には既に遅く、太刀花の手が二人の頭を掴む。 そして微笑の表情のまま、二人の頭を前後左右に激しく揺さぶり始めたのである。 酔っ払いでなくても、この行為は充分に効果を発揮するだろう。 頭の中身が混ざってしまうのではないかと懸念された頃、ようやく太刀花は二人を解放した。 そして二人の目の前にゆっくりと先ほど貰った桶を置くと、静かにその場を立ち去った。 二人の残された脇道からは、盛大に嘔吐する声が響き渡るのであった。 ●それは嵐の後の静けさか? うるさかった酔っ払い達は僅か三十分足らずで全員静かになり、早々に目を覚ました者にはキースと郭之丞のお説教が待ち構えていた。 「お前等‥‥一般人が巻き込まれていればどうなっていたと思っている? 開拓者以前に人として道理くらい弁えろ。自制が利かないなら呑むな」 「酒の上とはいえ情けないにも程がある! お前達が慕っているご婦人が聞けば愛想を尽かそうというもの!」 特に、郭之丞は逃げ出そうとしていた二人に対して強く説教をしていた。 酔っ払い達の話によると、彼らが最初の喧嘩の張本人らしい。 お説教を喰らって慌てて二人が事の発起人だと言い出した酔っ払い達に、キースが喝を入れる。 「‥‥関わった奴全員だ。犯人押し付け合おうとするなよ」 一通りの者が起きた所で、後始末を終えた荒屋敷が酔っ払い達の前に戻ってきた。 「ほらぁ、後ろみてみろよ。店長サン迷惑してっだろ?」 彼の諭しが一番効果があったようで、それまで黙っているだけだった酔っ払い達が一斉に店主に向けて土下座を始めた。 彼らが暴れていた頃は泣きそうな顔をしていた店主も、必死に頭を下げられては怒り出せなかった。 一人一人の名前や住所を聞いた後、店主は酔っ払い達を全員家に帰してしまった。 良かったのかと問いたげな一行の表情に、店主は柔らかな笑顔で答える。 「あいつら、悪い奴じゃあねぇんだよ。 ちゃんと壊れたもんなんかは弁償させっから、勘弁してやってくれ」 一番の被害者にこう言われては、彼らにはもう何も口出しすべきことは何もなかった。 「今日は本当にありがとうな。 まだ散らかってるけど、店に寄ってってくれよ」 折角お礼をしてくれるということなので、一行は遠慮せずに再び店の中へと入っていった。 ●酒は飲んでも呑まれるな 一番被害の少なかった座敷の奥の席に座って一行が待っていると、店の奥から店主が現れた。 手には人数分の紙封筒を持ち、胸には数本の酒瓶を抱えていた。 「これ、少ねぇけどもらってくれ」 店主の言葉は謙遜ではなく、本当に紙封筒の中身は少ししか入っていなかった。 その代わり、この店で上から数えた方が早いほどという高いお酒をご馳走してくれるという。 太刀花がその代金の事を問うと、店主は声を潜めて答えた。 「こっそりあいつらの弁償代につけとっからよ、気にしねぇで飲んでくんな」 そうして意地悪そうに笑う店主を見て、普段は余り飲まない太刀花も今夜だけは飲んでみることにした。 なるほど、流石に上から数える方が早いだけあると、キースが酒の味を褒めた。 荒屋敷と太刀花も、「うまい」の一言を漏らす。 一人だけ飲まない郭之丞を見て、少しだけ頬を紅くした空が具合が悪いのか尋ねる。 郭之丞は具合が悪くないのではないと否定するが、相変わらず酒を飲む気配はなかった。 実は彼女、極端に酒に弱いのである。 だが性格上、それを素直に言うこも出来ず、ただ早く宴会が終わるのを待つしかなかった。 そんな彼女を知る双伍は、このまま何事も起こらなければ良いと希望的観測を抱いていた。 だがやはり、希望的観測は淡く消える末路にあるらしい。 店主が、 「今を逃すと中々飲む機会のないお酒ですよ」 と強く勧めるせいで、結局郭之丞は一口飲んでしまったのである。 ああ、やはり法則性があるのかもしれないな、と頭の隅でぼんやり考えながら、双伍は暴れ出しそうな郭之丞を抑えるために立ち上がった。 |