磯撫で
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/31 18:49



■オープニング本文

 五行の南に広がる海原で、二隻の小舟が並んで波に揺れていた。
 それぞれの舟に二人ずつ人間が乗っており、その日の漁の成果を報告し合っているようだった。
「吾助(ゴスケ)、そっちの方はどうだ?」
「大量とは言えねぇが、昨日よりは多く獲れたな。そっちはどうだった?」
「こっちは逆だな。昨日よりも少ねぇみたいだ」
 それを聞いた吾助と呼ばれた男はニヤリと笑みを浮かべた。
「これで十二勝九敗三分だな。勝海(カツミ)」
「ちくしょう‥‥。昨日と餌を変えたのがマズかったか」
「何事も安定が一番だ」
 勝海と呼ばれた男は悔しそうに頭を掻いた。
「そう言う吾助さんだって、今朝は『昨日とは別の餌にしてみるか』とか言ってたじゃないッスか」
「こら、吉也(ヨシヤ)! 余計なことを言うんじゃねぇ!」
 吾助に雷を落とされ、まだ幼さの残る顔立ちの吉也と呼ばれた男は身を竦めた。
「ガハハ! まぁ、いいじゃねぇか吾助。どうせ今日のお前の勝ちはもう決まったんだ」
「ん‥‥そうだな。今日は勘弁してやるか」
「吾助さんの寛大さにマジ感激ッス! それから勝海さん、ナイスフォローッス!」
 三人のやり取りを黙って見ていた最後の一人が、フッと微笑を漏らした。
 ちなみに彼は勝海の息子で、和波(カズナミ)という名前らしい。

「‥‥親父、そろそろ」
「ん? もうそんな時間か。分かった」
 和波に促されると、勝海はすぐに帰還を承諾した。
 彼は自分より息子の方が頭が良いと考えているので、息子の判断を疑うことは余りしない父親だった。
「吾助、俺達はそろそろ帰るが、お前等はどうするんだ?」
「もう少し魚がいねぇか探ってみるから、先に帰っててくれて」
「お疲れ様ッス。和波さん、勝海さん!」
「おう。吾助に怒鳴られねぇよう頑張れよ」
 律儀に頭を下げる吉也に軽く手を振ると、勝海と和波の舟は帰路につき始めた。
 彼ら四人の住む小さな漁村と現在地はかなり離れているため、舟を漕いで移動する場合は、かなりの労力を要する。
 勝海がどのタイミングで和波と漕ぎ手を交代してやろうかと悩んで間もない頃だった。
 突然ジャボンという音が辺りに響き、続いて吉也の大きな声が聞こえてきた。
「吾助さん! 吾助さん!!」
 同乗者の名前を必死に呼ぶ吉也の声に、勝海と和波が慌てて振り返ると、蒼褪めた顔の吉也と目が合った。
「勝海さん、大変なんです! 吾助さんが突然海の中に──」
 吉也は急いで状況説明をしようとしたが、残念ながらその機会は失われてしまった。
 何故ならば、彼の背後の海中から大きな魚の尾ビレが現れ、まるで撫でるように彼に触ると、誘われるままに彼は背後の海へと落下して、それから二度と海面に顔を出すことはなかったからである。
「吉也! どうした、吉也!」
 浮かび上がってこない吉也を心配して勝海が怒鳴るように呼びかけるが、反応は無い。
 和波は舟に近付こうと急いで旋廻し始めたが、
「危ねぇ!」
 突然勝海に殴り飛ばされ、小舟の真ん中に隠れるように倒されてしまった。
 いきなりの暴行に驚いて顔を上げた時、二人の小舟の脇からそいつは姿を現した。
 間欠泉が噴き出したような勢いで海中から飛び出してきたのは、全長五米にも及ぶ巨大な魚だった。
 背ビレ側は黒く、腹側は白いその魚には、他の魚には決してない赤い隈取のような模様が体中に浮かび上がっていた。
 更に大きく開かれた口には鋭い歯が鋸の如く並び、その獰猛さはまるで肉食獣のそれだった。
 そして、その鋭い歯は今、息子の危機を間一髪で救った父の体を捉えていた。
「和波‥‥」
 最後にその言場だけが残ると、勝海は巨大な魚と共に海中に消え、そして吉也や吾助と同じように、二度と海上に顔を上げることはなかった。
 目の前を通り過ぎた信じ難い光景に、和波は時が静止したように呆然とする他なかった。
 いつ巨大魚が彼を襲ってもおかしくない状況だったが、不思議なことに巨大魚の影は舟の周囲から消えていた。
 その事実に気付き、父親と漁師仲間を失ったと彼が思い知るのは、もう少し後の話だった。

 夜になってようやく村に戻った和波は、すぐに巨大魚に襲われたことを開拓者ギルドに報告した。
 それからギルドの調査役が到着するまでの間、彼は狂ったように泣き、叫び続けたという。
 普段は寡黙で温厚な彼が、終始顔を醜く歪ませて暴れていたため、村人達は皆、近寄ることを躊躇するほどだった。
 この時のことを、深い哀しみと怒りがまるで津波のように自身の内に暴れていたと、後に和波は語った。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎


■リプレイ本文

 空から降り注ぐ夏の日光と海面から上る水気に挟まれれば、どんな人間でも汗が垂れ落ちるもの。
 志体を持つ者でも例外ではなく、襲撃を受けた海域に彼らが到着した時、その場に居る全身に汗を浮かべていた。
 特に瀧鷲 漸(ia8176)などはその豊満な肉体故か、最も肌の露出率が高い割には汗で肉の密着面が蒸れるのが気になる様子である。
 同じく官能的な肉付きをした葛切 カズラ(ia0725)は、胸の谷間に流れる汗を感じながら、相棒の鉄葎に持っている縄を放すように指示していた。縄の反対側は小舟の先端に結われている。
 状況再現の意味も込めて、今回は二人の人物が囮役として小舟に乗っている。彼女はその移動の手助けをしていたのだった。
 大人二人が乗れば限界の小舟に相棒と同乗する玲璃(ia1114)は、転覆しないように注意しながらカズラの先導に感謝の意を告げた。
 同じように小舟を引っ張ってもらったオドゥノール(ib0479)も謝辞を口にする。彼女の体は頭上を飛ぶ相棒と荒縄で括られているため、傍から見ると少し可笑しな光景だった。
 今回の作戦は至って単純。『囮に誘われて敵が出てきた所を叩く』。
「海に潜む相手‥‥さて、どう対処した物でしょうね」
「水飛ばしてきたりしそうだもんな‥‥」
 鷲獅鳥の背の上で村から借りた魚用の餌を準備しながら、脳内で場面を想定して対策を練る朝比奈 空(ia0086)と、奇襲を防ぐために周囲に視線を走らせるルオウ(ia2445)の二人は、仲間達よりも少し高い位置に居た。
 敵の気配は微塵も感じられないが、既にここでは三人もの人間が沈んでいる。彼らの警戒を心配性と揶揄する者はいなかった。
 時刻は間もなく昼を越えようとする頃、玲璃が相棒に指示を出した所で、静かだった海原が牙を覗かせた。

 玲璃の駿龍が肉人形を海に放ると、人の形をしていた皮袋は衝撃で破れ、その中身を海中に散開させた。
 皮袋に詰められていたのは、市場で購入した動物の内臓や血肉。少ない出費ではなかったので、簡単に形が崩れてしまったことが少しショックだった。
 人の形が徐々に失われ、人形を中心に濁った赤が空よりも濃い青に広がっていく。その瞬間に合わせて、空は相棒の黒煉に周辺の旋回を命じて、魚用の餌を撒いた。
 餌がゆっくりと海底に向かって沈んでいくのを眺めながら、玲璃は精霊の力を自身の体に集中させた。ぼんやりと微かな光が体を包んだかと思うと、次の瞬間にはその光は四方八方へと飛散していく。その現象が瘴索結界を発動させた際に生ずるものであることは百も承知なので、邪魔をしないように仲間達は黙って彼の言動を見守った。そんな仲間の視線に期待を感じてか、玲璃はすぐに第一回目の報告を開始した。
「‥‥周辺にアヤカシの気配は感じられません」
 落胆したような安心したような仲間達の気配に微笑を浮かべると、玲璃はそれから一定間隔毎に索敵結果の報告を続けた。
 その後も四回、五回と同じ内容の報告を続け、そろそろ報告の仕方に変化を付けようかと考えていた頃、もやもやとした不気味な存在が結界の中に侵入してきたのを感じた。
「──来ました! すごい勢いでこの舟に向かっています!」
 玲璃は仲間達に敵の襲撃を告げると、即座に相棒の背に乗って上空への飛翔を命じた。一直線に迫ってくる気配の動きから、自身が狙われている可能性を考慮しての行動だった。
 そして、その判断は正しかった。玲璃が空へと逃走して間もなく、海面が大きく盛り上がったかと思うと、まるで風船が破裂したような盛り上がった部分が弾けた。
 刹那、生物の中でも大きな部類に入る龍よりも更に一回り巨大な魚影が、海中よりその姿を現した。
 全身に赤い隈取のような模様を浮かべたその巨大鮫こそ、今回の騒動の原因であり、依頼の目的として定められているアヤカシ──『磯撫で』。
 磯撫では間一髪で空へと逃げ果せた玲璃を憎々しげに睨み付けた後、その巨体を再び海の中深くへと沈めて行った。
 当然、それだけ巨大な物体が着水すれば、相当の波紋──大波が起こり、逃げ遅れたオドゥノールは小舟にしがみ付いて転覆しないようにバランスを取るので必死となる。
 そんな彼女が次の標的として選ばれることは、彼女自身も含めて誰もが予測していた。
 磯撫でに人間の思考を読み取る能力があったのは分からないが、結果から伝えるならば、アヤカシの攻撃対象は彼女ではなかった。
 オドゥノールと荒縄で結ばれた相棒のツァガーンは小舟の上下に引っ張られていたため、平時よりも少し高度が下がっていたのだが、その差異を真っ先に察知したのが磯撫でだった。
 次に海面から磯撫でが姿を現した時、巨影は空中で華麗な宙返りを披露すると、その尾ビレを鞭のように振ってツァガーンを打った。
 それだけで終わりならばただの格闘攻撃なのだが、事前に磯撫での特性を聞いていた開拓者達はこれから展開されるであろう惨劇を想像して、顔を青白くさせた。
 磯撫での全身にはまるで下ろし金のように強固で鋭利な凹凸が無数に並んでおり、その肌で撫でられたものは容易に脱出を許されない。
 つまり、横腹に食い込んだ磯撫での表面の突起のせいで、ツァガーンには巨大鮫から体を離す術などなかった。
 それは同時に、磯撫でと一緒にツァガーンが海中に引き擦り込まれた場合、荒縄で結ばれたオドゥノールも海中へと招待されることに繋がる。
「やらせませんっ!」
 絶体絶命の危機を救ったのは、空の咄嗟の機転だった。
 威力の高いララド=メ・デリタを詠唱していては間に合わないと判断すると、彼女はすぐに頭を切り替えてアークブラストを詠唱していた。
 強い日差しの中では視認が難しかったが、放たれた雷撃は二つ。その内の一つが磯撫でに命中し、雷に打たれたかのように磯撫での体が震えた。
 ツァガーンはその一瞬の隙を逃さず、覚悟を決めて渾身の力で磯撫でからの離脱を試みた。
 ブチブチと皮と羽毛が引き千切れる音と、鷲獅鳥の悲痛な叫びが周囲に響き渡る。
「ツァガーン!」
 相棒の心配そうな呼び声は巨体の入水音にほとんど掻き消されたが、絆で繋がれた鷲獅鳥にはしっかりと届いていた。
 磯撫でが海中に戻る寸前でツァガーンは自身を顧みずに脱出を果たし、相棒が襲撃を受けないように再び空高くへと飛翔した。
 オドゥノールは急ごうとしながらも相棒の体に負担がかからないよう細心の注意を払い、荒縄を辿って登って行く。その間、勇気ある行動を示した鷲獅鳥には玲璃からの精霊の唄が送られていた。
 しかし安心する暇もなく、再び海面が割れ、最初から大きく口を開けた磯撫でが彼女の体を丸呑みにようと迫る。だが、その行動は開拓者達の想定の範囲内だった。
「大人しく、海に戻れ!」
 背ビレが海面から飛び出してきた所で、巨斧槍を構えた漸が吼える。
 まずは無防備な磯撫での腹に相棒のゲヘナグリュプスが鋭い爪を滑らせ、続いて全身に気を集中させて攻撃力を増強させた漸の強烈な一撃が振り抜かれる。
 鷲獅鳥の攻撃は軽傷で済んでしまったようだが、漸の桁違いな破壊力は磯撫での腹を引き裂くには充分だった。
 臓物の代わりに紫色の濃い煙を傷口から零した後、海面に倒れると同時に磯撫で自身も気化して、ゆっくりと空気中に霧散してしまった。
 まずは一匹。アヤカシの絶命を確認すると、ルオウは玲璃の方へ視線を向けた。
 目撃された磯撫では一匹だけのようだったが、他にもアヤカシがいないとは限らない。玲璃に瘴索結果でもう一度確認してもらおうと考えていたのだが、見れば彼は既に瘴索結界を発動させていた。
「まだ先ほどのアヤカシの瘴気が残っているので特定が難しいですが、恐らくこの近くに二匹は潜んでいるはずです」
 報告が終わるのを見計らったように、再び磯撫でによる奇襲が仕掛けられる。
 それまでの荒々しい動きから一変、新たに現れた磯撫では海面からゆっくりと頭部だけを浮上させると、口の奥から水の砲弾を三発も一気に吐き出した。
 事前の調査では確認できなかった予想外の攻撃方法に、慌てて回避行動を取る開拓者達。
 全員がギリギリ回避できるかと思われたが、更にもう一匹の磯撫でが海面よりゆっくり現れて、水の砲弾を三発も追加した。
 初撃は回避できたゲヘナグリュプスだったが、回避後の隙を狙われた二撃目には対処できなかった。
 水で構築されているにも関わらず鉛の砲丸並の硬度を誇るそれは、まだ経験の浅い鷲獅鳥から飛行能力を奪うには充分な威力だった。
 同じように水の砲弾を受けたルオウの炎龍──ロートケーニッヒも体勢を崩したが、海面に触れると同時に再び空へと舞い上がることに成功した。
「ゲヘナ!」
 海上に叩きつけられた相棒の名を、心配そうに叫ぶ漸。だが彼女の心配は、次の瞬間には己の身の心配へと移り変わった。
 先ほどまで顔を出していた二匹の磯撫でが、いつの間にか姿を消している。それは、次の行動を開始していることを示していた。
 羽が濡れたせいでうまく飛び立てない相棒に落ち着くよう諭すため、背中を優しく撫で続ける漸だったが、彼女の全身にはこれまでとは違う汗が浮かんでいた。
 ようやくゲヘネグリュプスが冷静を取り戻し始めた頃、磯撫でも同時に攻撃を再開した。
 今度は一匹が海面から尾ビレを突き出し、オドゥノールの時と同じように尾を鞭のように振って、漸諸共打とうとする。
「させるかああああああああ!」
 その動きを制したのは、ルオウの大気を振動させるほど大音量の咆哮だった。
 余りの力強さに海面に大きな波紋が広がり、それが磯撫での体勢を崩したことで、漸に対しての攻撃がキャンセルされた。
「くらええええええええ!!」
 体勢を整えた漸とその相棒が無事に空へ戻ってきたことを確認すると、再び海中へ消えようとする磯撫で目掛け、ルオウは相棒に急降下を命令した。
 炎龍は彼の意思に応じ、素早く体を旋回させると、一気に高度を落とした。
 その時を狙っていたかのように、もう一匹の磯撫でがゆっくりと海面から顔を出して、再び水の砲弾を撃ち出す。
 だが放たれた砲弾はルオウの相棒に命中する前に、カズラの甲龍によって全て防がれてしまった。
「残念だったわね」
 相棒が無事であることを確認すると、カズラは妖しく微笑んで磯撫でを見下ろした。
 彼女の体に絡みついていた触手のような式が何本も集まり、更に束になった式が他の束を纏めて更に大きくなり、最終的にそれは巨大な蛇へと転じた。
 蛇神の名に相応しい形態を持った彼女の式は、海面から顔を出したまま動けないでいる磯撫での体に、その鋭い歯を突き立てる。
 この時、蛇神と磯撫での目が交差したのだが、磯撫では蛇神の瞳の中から黄泉の奥底に沈む『何か』の存在を感じた。
 直後、体内で何かが暴れているかのような激痛が全身に走り、水中に沈んだ磯撫ではしばらく悶えるように暴れていた。
 カズラがもう一匹の磯撫での様子を窺ってみれば、丁度ルオウと彼の相棒による連携攻撃を受けている所だった。
 まずはロートケーニッヒの急降下速度に任せた攻撃。獣騎槍が磯撫での胴体を貫通することはなかったが、鋭い先端で背中側の肉を大きく削ぎ落とした。
 次に、腰を落として最上段に構えたルオウが杓文字状の両刃戦斧を全力で振り下ろす。幸運にもその刃は磯撫での芯を捉え、甚大な損傷を与えることが出来た。
 ルオウの攻撃が致命傷となり、最後の悪足掻きも許されぬまま磯撫では絶命し、瘴気に戻って消えた。
 気がつけば負傷した仲間を癒すために精霊の唄を歌い続けながら、攻撃を受けた仲間に再び加護結界を施そうと玲璃が奔走していた。
 これでアヤカシは全部か?──そうルオウが再確認しようとした時だった。
 深淵に身を潜めていた最後の一匹が、仲間の無念を晴らすかのように、突然海面から大きくジャンプして現れた。
 標的となったのは歌声の主──玲璃とその相棒の夏香である。
 不運にもこの時、玲璃の瘴索結界は丁度効果が切れたばかりで、磯撫での襲撃を察知することが出来なかった。
 妖精の力で多少は回復したとは言え、漸も相棒もまだ本調子ではなく、ルオウもカズラも行動を終えたばかりですぐには動けない。
 再び絶体絶命の危機かと思われたが、オドゥノールが一足先に動き出していた。
 玲璃と一緒に夏香も丸呑みにしようと口を広げた磯撫での隣にツァガーンが並んだ時、既に龍の牙は巨大鮫の眼球に向けられていた。
 オーラに包まれた彼女のピンポイントアタックは、磯撫での片目を刳り貫き、更に流し斬りで頭部に傷を負わせたことで、先ほど相棒が受けた傷の返礼を遂げることが叶った。
 片目を失った磯撫では傷を負いながらも攻撃を続行しようとしたが、標的の位置を見誤ったため、虚を突かれた夏香でも紙一重でかわすことに成功した。
 そして、そのまま磯撫でが海中に戻るのを黙って見送る開拓者達ではない。
 結局、最後の一匹は玲璃とオドゥノール以外の全員から総攻撃を喰らい、次に海面に浮かんだ時には死体と化していた。

 再び海面に波紋を起こすほどの獣の如き咆哮を上げた後、ルオウは期待を込めて玲璃に視線を送ったが、彼は静かに首を横に振った。
「全部で四匹生息していたことは間違いないと思われますが、やはり周辺からはその気配は窺えません」
 最後の一匹を仕留めた後、玲璃は引き続き瘴索結界による索敵を行っていた。
 彼の推理通り、この海域に生息していた磯撫では全部で四匹。しかし戦闘後、落ち着いて振り返ってみれば、死亡を確認したのは三匹だけだった。
 第二波として現れた二匹の磯撫での内、カズラに重傷を喰らわされた一匹の消息をまだ確認していない。
 しかし気が付いてから何度か瘴索結界で確認したり、ルオウの咆哮で注意を集めてもらったが、結局その行方は掴めなかった。
「ごめんなさいね‥‥」
「まぁ、あれだけの深手を負わせてやったんだ。ここから逃げたのなら、しばらくは帰って来ないだろう」
 自分の失態だと申し訳なさそうにするカズラに、ぶっきらぼうな口調で慰めようとする漸。
 そもそも依頼の目的が傷を負わせて海域から追い出すことだと漸が説明すると、ようやくカズラの顔が少し上がった。
「兎に角、逃亡が確認出来たのならば、一度村に戻りませんか?
 そろそろこの子達も飛び続けていることに疲れていると思われますので」
 黒煉を労うように撫でる空の言葉を受けて、開拓者達は村に戻って事の顛末を報告することに決定した。
 最後に改めて周辺を再確認した後、村に向けて飛行を開始する開拓者達の中で一人──オドゥノールだけが振り返った。
「仇は討った。‥‥魂よ、やすかれ」
 亡くなった三人の漁師に向けて呟かれたその言葉は、潮風に乗ってどこかへと運ばれていった。