影鰐
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/12 06:40



■オープニング本文

「鋭い牙に大きな口のアヤカシだって?」
「ええ、そうなんです。まるで業物の刀みたいな歯で、頭のほとんどが口で占められてるんです」
「そりゃあ怖いな。ちなみに、他に特徴はないのか?」
「あります。奴らは全身が真っ黒で、暗い所だとどこに潜んでいるのか全く見分けがつかないんです」
「それなら、灯りを持って行かないとな」
「ところが奴らも馬鹿じゃないようで、灯りを持った人間を真っ先に襲うみたいなんです」
「それじゃあ、灯りなしで退治するしかないか」
「それだと、常闇屋敷では全く視界が利きません」
「常闇屋敷だって? 何だそりゃあ?」
「あれ? 説明してませんでしたか?」
「覚えがねえな。教えてくれ」
「失礼しました。──常闇屋敷というのは、アヤカシが潜んでる屋敷の名前です。
 正面玄関以外の門戸や窓は鉄扉のように強固に閉じられていて、ぴくりとも動かないんです」
「となると、当然中は──」
「灯り一つない真っ暗闇な訳です。だから、常闇屋敷なんて呼ばれてるんでしょうけど」
「なるほど。合点がいった。──ん? となると、腑に落ちないことが一つあるな」
「はぁ。何か私の説明に不備がありましたでしょうか?」
「確か、アンタの息子がその屋敷に入ったきり出てこないから、探しに入った訳だよな?」
「その通りです。愚息のために三人もの方がお供を申し出てくれた時は、感激で涙が出そうになりました」
「そして、アンタを含む四人で屋敷を探索した、と。──その時、灯りを持っていたのは?」
「お恥ずかしい話ですが、私共は提灯も惜しむほど貧乏なので、お供の方だけが持って入りました」
「なるほど。そして、アヤカシに襲われた訳だ」
「奴らは気配を消す術に長けてました。気が付けば一人、また一人と姿が消えてしまったんです」
「最終的にお供の三人は全員殺されて、アンタだけが残ったってことか」
「真っ暗な屋敷の中に残され、私は息子の安否も確かめることも忘れて走り出しました。最低な父親です」
「そして、玄関まで僅かの所で、アヤカシに襲われた、と」
「思い出すだけでも震えが止まりません! あんな恐ろしい怪物から逃げ切れたのは、奇跡としか言いようがありません」
「‥‥そこなんだが、玄関の扉は開いていたのか?」
「いいえ。しかし、扉の隙間から差し込んだ月の光が見えました」
「それじゃあ、その周りは明るかったのか」
「何を仰ってるんですか。常闇屋敷ですよ? その程度の明かりでは玄関扉の位置くらいしか分かりません」
「それじゃあ──どうしてアンタは、そんなにハッキリとアヤカシの姿が見えたんだ?」


■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

 妙な男に連れられて、集められたは六人の男女。
 先刻まで夜空で輝いていたはずの三日月は面妖な形の雲に隠され、今や地上は怪の好む闇一色。そんな夜陰よりも更に暗く深い闇を宿した常闇屋敷は、口を広げて彼らの来訪を待ち構えていた。
 まるで全てがお膳立てをされていたかのような不気味さに、百戦錬磨の開拓者達の足も自然と止まっていた。
「胡散臭さが半端ないっすねぇ‥‥」
 最初に静寂を打破したのは、以心 伝助(ia9077)が漏らした言葉だった。
 それは、その場に居る誰もが覚えた感想だったが故に、誰もが口にするのを憚れたものだった。口外することで仲間の沈痛が増すかと思われたが、幸いにも彼の行動は好機を掴んだ。
「依頼人も屋敷も怪しさだらけですが‥‥そこに人を助ける可能性があれば行かざるを得ないですねぇ」
 そう言って一歩前に出たのは、長谷部 円秀(ib4529)だった。
 続くように、彼の傍らに居た笹倉 靖(ib6125)も歩み出る。
 円秀は靖を横目で捉えて微笑んだ。
「いつも通り背中は任せます。後ろにいてくれるだけで無理ができるので」
「‥‥おう、俺も信頼してるかんな」
 最初は頬を掻いて照れ隠しをしていた靖だったが、その後、円秀の肩を軽く叩いた時には彼と同じ笑顔を浮かべていた。
 彼らの友情に勇気付けられたのか、止まっていた開拓者達の足が再び動き始める。
「とりあえず、この扉はぶっ壊しておきますか」
 漂う不安感を吹き飛ばすように、無月 幻十郎(ia0102)はやや大袈裟な動きで玄関扉に歩み寄った。そのまま仲間の返事も待たずに扉を掴んで力任せに取り外そうとするが、ミシミシと音が鳴るだけで一向に外れる気配はない。
「俺がやりましょう」
 幻十郎に休むよう促し、今度は竜哉(ia8037)が蝶番自体を分解しようと試みる。固定用の金具は錆付いているせいか動く気配はなく、諦めて破壊しようにも、表面が削れる程度しか変化しない。
「疑うなら屋敷から、か」
 開拓者の力を行使しても破損する気配のない玄関扉に、竜哉は納得したように独り言を呟いた。
 結局、玄関扉を排除することは諦め、伝助の提案で扉が閉まらないように彼の飛苦無を楔として打ち込むことになった。
「‥‥愉快だな」
 仲間達の事前準備を眺めながら、一人だけ離れた所に佇んでいたマハ シャンク(ib6351)は口の端を歪めた。竜型の純血獣人である彼女の目には、彼ら人間の行いが恐怖心を緩和しようと必死に抗っているように見えていたのだ。
 しかしそれ故に、自身の内に小さく芽生えている畏怖の念を、人間共とは違う全くの別物だと結論付けて誤魔化そうとしていたようだが。

 屋敷近くの立ち木に荒縄を結ぶと、竜哉はその反対側を己の胴に巻き、松明を持って仲間達の最後尾を歩いていた。
 先頭を進む伝助も彼と同じ松明を。その隣を歩く幻十郎はシャッター付カンテラで行く先を照らしている。
 彼らに挟まれるように円秀、靖、マハの三人が中衛を務めており、靖も松明を掲げて周囲を明るくしていた。
 既に屋敷に侵入してから約十分。
 靖が玄関前で瘴気結界を発動させた際にはアヤカシの反応を一匹分だけ感知したが、まるでそれを悟ったようにすぐに気配は消えてしまった。それ以降、怪しい雰囲気を漂わせながらも、アヤカシらしき存在を彼らが認識することはない。
「仕事だから今回は守るがな‥‥」
 露骨に不満そうな態度を示しながら、マハは隣の靖に彼を守る理由を説明していた。
 何やら二人は過去に一悶着あったようだが、当事者の一人である靖にはその原因は思い至らないらしく、
「依頼じゃなくても俺は回復すんよー?」
 と発言して、彼女を益々不愉快にさせていた。
「ちょっと待ってくれ」
 先兵役の一人、幻十郎が手を肩上まで持ち上げ、仲間に停止するように指示する。
 即座に仲間が対応したことを確認すると、彼は隣の伝助と頷き合ってから周囲に古酒を撒いた。同じように伝助も持参した岩清水を散布し、最後尾の竜哉も岩清水を使用する。
 彼らは遊び心で屋敷を水浸しにしようとしている訳ではなく、アヤカシの接近を素早く察知するために対策を施しているのだ。
 同じく、時折伝助が白墨で壁に落書きをしているのは、迷子防止のために目印を付けているからである。
 こうして警戒を怠らないまま、たまに天井に敵が張り付いていないか確認しつつ、開拓者達は更に屋敷の奥へと進行していった。

 廊下の角を三度ほど曲がり、ボロボロの障子と埃塗れの襖を四度ほど開いた先で、開拓者達は十畳ほど敷き詰められた部屋に辿り着いた。
 その最奥──本来は花瓶や掛け軸が飾られていたであろう床の間に、二つの骸が寄り添うように倒れていた。
 幻十郎と伝助が灯りでそれらを照らしてみると、既に死体は白骨化しており、衣服がボロ布と朽ちていることから、死後長い時間が経過していることが分かる。
「これは‥‥」
 死体の状態を観察していた靖は、思わず声を漏らした。
 骨の大きさから、一人は大人で、もう一人は子供だったことがすぐに判明したが、いずれも人体の一部が欠けていた。
 子供らしき死体には頭蓋骨と首の骨の上半分が無く、大人らしき死体からは両足と左腕が消えている。残った骨の破片から、それらが力任せに千切られたものだと察することが出来た。
(おや、この布地は──?)
 大人の白骨体が纏っている布切れに見覚えがあるような気がして、マハが屈み込んだ時だった。
「‥‥やられました」
 唐突に竜哉が力ない声で呟いたので、一同は慌てて彼の方に振り返った。見れば、彼は腰に巻いた荒縄を手繰り寄せ、その端が切断されていることに注視していた。
 刃物で斬ったような綺麗な断面ではなかったが、それに準ずるほどの切れ味を持った『何か』が振るわれたことを物語っていた。
 敵が来る──本能で襲撃を予感した開拓者達は、武器を握る手に改めて力を込めた。
 暗闇に目が慣れてきた幻十郎は屋敷に入る前から閉じていた片目を開き、隣の伝助は奇襲を防ぐために超越聴覚で廊下の水音に意識を向けつつ、暗視で周囲に視線を走らせていた。
 荒縄を腰から外し、短銃を構える竜哉。刀を鞘からゆっくりと音を立てずに抜く円秀。ニヤリと不適な笑みを浮かべ、構えを取るマハ。
 仲間達の目となるため、靖が瘴索結界を発動させ、彼の体が微かに光を発するか否かの刹那──。
 ピチャリ、ピチャリ、ピチャリ。
 廊下に撒かれた液体を、何者かが踏み散らかす音が響き始めた。
 その足取りはまるで勿体付けるかのように鈍足だったが、確実に彼らの方に向かって進んできていることが窺えた。
 ピチャリ。ギシ。ピチャリ。ギシ。
 足音が更に彼らと距離を縮めると、床が軋む音も混じり始めた。
 そろそろ姿が見える頃だ──そう思うと、灯りを持つ開拓者達の手には自然と汗が滲んだ。
 ピチャリ。あと数歩。ギシ。もうすぐ。ピチャリ。そこまで来ている。ギシ。姿が見える‥‥!
 誰もが正面からの登場を待ち構えていた時、靖は結界側から何かが一瞬で接近して来たことに気付いた。
「足元!」
 靖が叫ぶと同時に、畳の一つが下から突き上げられ、そこから黒い物体が飛び出して来た。
 そいつは疾風のような速さで一気に懐に潜り込むと、驚く幻十郎の瞳を覗き込むように一瞬だけ顔を寄せた。絶対零度のように凍て付いたそいつの眼光が、幻十郎の動作を瞬きほどの間だけ遅らせる。だが、払った左腕が彼の脇腹を捉えるには充分な時間だった。
 体の内側でミシミシと軋むような音が聞こえ、押し出された肺の空気と一緒に、「ぐおっ」という声が漏れる。咄嗟の機転で不動を発動させたため、彼の体は数歩後退するだけで止まったが、本来ならば障子を破って廊下に出ても不思議ではない一撃だった。
 幻十郎に体勢を整える隙を与えまいと影は更に右足を踏み出したが、竜哉の弾丸がそれを撃ち抜いた。
 油断をつかれた影は怯む。その不覚を見逃さず、竜哉は短銃から太刀に武器を持ち替えると、即座に接近して刀を水平に薙いだ。
 常闇の中で距離感を見失ったのか、彼の一撃は影を仕留めるには及ばなかったが、松明のおかげで影の正体を皆に知らしめることは出来た。
 真っ黒な鱗で全身を覆い、鰐のように巨大な口を持ちながらも、人のような体型をしたその奇怪な容姿は、開拓者達の心に謎の不安定感を与えた。
「これで一丁上がりでやす!」
 それが杞憂だと払拭するように、竜哉の攻撃でよろけた影鰐を足払いで転ばせると、伝助は忍刀を逆手に握り直して更に斬り付けた。
 偶然にも彼の一撃は竜哉の付けた裂傷を逆になぞるような形となり、影鰐に致命傷を与えることとなった。
「キィィィャァァァァァァッ!」
 影鰐の断末魔の悲鳴は、まるで黒板を爪で擦ったような不快感を含んでいた。
 まずは一匹──彼らは決して油断していた訳ではなかったが、事実確認のために視線が影鰐の亡骸に集中したことが次なる襲撃を許した。
 最初の奇襲からそれまで存在を潜めた廊下側の影鰐が、激浪の如き勢いで彼らの前に現れ、背中を向けていた伝助に体当たりを仕掛けたのだ。
 瞬時に伝助は回避を試みたが間に合わず、まともな防御もできないままに弾き飛ばされてしまった。
 彼の体は襖を倒し、隣の部屋に置かれた大きな机に激突した挙句、壁に叩き付けられてようやく停止する。そのダメージ量は、彼がすぐに起き上がれないことから容易に測ることが出来た。
「しっかりせぬか、伝助!」
 マハは激励を飛ばしながら、彼を弾いた影鰐を討とうと一歩踏み出す──が、 
「下からまた来るぞ!」
 靖の言葉を聞いて慌てて二歩目を中断すると、先ほど破壊された畳の下から新たなる影鰐が口を広げた状態で出現した。
 大口に並ぶ業物の刀のような歯が眼前まで迫り、それだけで彼女は自身の心が折れそうになるのを感じて驚いた。
「‥‥認めんっ!!」
 自身の内に覗いた弱気な自分を殴り飛ばすように、マハは影鰐の顎に渾身の力を込めて拳を放つ。起死回生の一撃は急所を完全に狙うことはできなかったが、影鰐を後退させる狙いは成し遂げたられた。
 これぞ形勢逆転のための絶好機だと判断すると、拳を握るだけにも全力を込めて、目前の敵に百虎箭疾歩を叩き込まんと体の内で気を練り始めた。
 仲間の窮地を察したのか、伝助を攻撃した影鰐が次の標的を彼女に定めたが、その時には既に円秀の刀がアヤカシの体に触れていた。
 撫でるように胸から腹へ袈裟に斬り付けた後、円秀は刀に桜色の燐光を纏わせて追撃を放ち、更にもう一度燐光を舞い散らせながら影鰐の鱗を裂いた。
 一太刀目以外は何とか防御した影鰐だったが、自身の生命力が微量しか残っていないことを悟ると、傷口を庇うようにその場でうずくまった。
 円秀はアヤカシが逃げ出す前に最後の一撃を浴びせようとしたが、不意に顔を上げた影鰐の目にまだ敵意が宿っていることを知って虚をつかれた。
 鋭い爪を振り上げて自分と同じような傷を円秀に負わせると、影鰐は天井に穴を開けてその場を逃げ出そうとした。
 しかし、紙一重で深く肉が削がれることだけは免れた円秀の雷鳴剣によって、二匹目の影鰐は天井へと跳躍した途中で、霧となって消えてしまった。
「まだまだ、終わりではない!」
 その声を聞いて円秀が視線を転じてみれば、マハが泰練気法・弐を発動させて、更なる連打を影鰐に打ち込む瞬間だった。
 最初の百虎箭疾歩から始まり、一度目の泰練気法・弐で脇腹、側頭部、顔面と股間へ拳を打ち、今回の泰練気法・弐で膝関節、脇腹、膝へ蹴りをお見舞いするマハ。
 痛烈な一撃一撃を連続で受け、瞬きほどの間に瀕死へと追い込まれた影鰐だったが、彼女の攻撃が届くということは、今は自分の攻撃範囲でもあることを理解していた。
 ふらついたような動きで後ろに体重を移動させながら、もっと連打を浴びせようと踏み込んだマハの腹に左足を添えると、影鰐は全身全霊で彼女を蹴り飛ばし、その勢いで空中で一回転して体勢を整えた。
 壁に叩きつけられたことよりも距離を開かされたことに驚きの表情を隠せないマハを一瞥すると、影鰐はすぐに背を向けて闇の奥へ身を隠そうと走り出した。
 元々素早い影鰐の逃げ足はより一層速く、あっという間に障子の向こうへと回り込まれてしまったが、そんなことは幻十郎に関係なかった。
 まるで全身でぶつかるような怒涛の勢いで、「応!」の掛け声と共に障子ごと影鰐を切り捨てる幻十郎。影鰐の足は廊下の角までそのまま駆け抜けたが、壁にぶつかった際に上半身が消えていることに気付いて、ゆっくりと倒れた。
「立てますか‥‥?」
「な、何とか大丈夫でやす」
 靖に閃癒を施されたおかげか、伝助はフラフラとしながらもゆっくりと立ち上がれた様子だった。
 彼がまだ万全でないことはすぐに理解できたが、靖には他の負傷者の治療も行う役割があったため、名残惜しみつつも彼の元を離れた。
 だが、靖が竜哉達が居る隣の部屋に戻った時、その日最後の大波乱が幕を開けた。
 不幸なことに、靖の瘴索結界の効果が切れたまさにその瞬間、天井裏に潜んでいた最後の影鰐が、丁度彼の頭上の天井を突き破って現れたのである。
 回復役である彼がこの奇襲によって痛手を喰らったことによって、開拓者達の最後の戦闘は予想以上の苦戦を強いられることとなった。

 夜が明け、東の山の向こうに太陽が昇り始めた頃。
 闇に包まれた屋敷の中から、六人の男女がボロボロの状態で這い出すように歩み出てきた。
 眠気と痛みと空腹で満身創痍だったこの時の彼らの記憶は、誰一人として鮮明に覚えている訳ではなかった。
 しかし、薄明るい空の下で親子らしき二人の人物が彼らに頭を下げ、大金の入った袋をその場に残して消えたことを、誰もがぼんやりと覚えているのであった。