水路で釣れると言えば
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/26 09:23



■オープニング本文

 開け放した御簾の向こうから、縁側を越えて眠気を誘う風が舞い込んでいた。身体にとろりと絡みつく夏の熱気は、春以上に午睡を誘うものである。暑さにより疲労がたまりやすいことと、体温が上がっているため、何もしなくても布団にくるまっている状態に近いことが主な原因、であるかもしれない。この屋敷の持ち主、つまりここ壱師原の領主である祁瀬川景詮にとっては、さらに寝苦しいことによる不眠がそれに拍車をかけていた。
 ふたたび吹き抜けたひとすじの風が、茵に座り、脇息に肘を置きもたれかかっているあるじを撫でた。しっとりと汗を吸った肌着の小袖が、意外にも柔らかく心地よかった。暮れ方前の、家臣が報告に集まるまでに、少し――休んで――。――殿、との。
「‥‥久賀さまのお見えにござります」
 座敷の外に侍る小姓の声が、睡魔と戯れる景詮をうつつに呼び戻した。はっと直ると、通せ、と景詮は答えた。
「舟を漕ぐには、いい風ですね。夜はよくお休みになられてますか」
「綾続。挨拶はいらん。すぐ話せ。いったい何があったのだ」
 皮肉をもって景詮の時間を邪魔したのは、家臣の若き志士、久賀綾続である。彼はあるじの前に腰を下ろすやいなや、単刀直入に話しはじめた。わざわざこんなときに駆け込んでくるということは、悪い情報であることには間違いなかったから、どんなに気に食わなかろうが、景詮はその話に耳を傾けるしかなかった。
「端的に申し上げますと、アヤカシです」
「――おい。盗人が片付いたと思うたらそれか。もう少しましな話を持っておらんのか、おぬしは」
 アヤカシという単語を聴き、景詮は不満を隠さなかったが、私の責任ではありませんから、と綾続はサラリと流した。景詮としても、別に彼にけちをつけて当たることが本意ではないため、気にせず報告を促した。もし、綾続が悪い報告を好かない主君のもとに仕えていたのならば、彼の首は、とうの昔になくなっていたことだろう。
「それで、場所と具合は」
「倉川新田の用水にて、人足が襲われ、普請がはかどりません」
 被害の場所として、全長5里にも及ぶ人工の河川を綾続は挙げた。水路は半分ほどがまだ掘り進んでいる最中だが、これは農民にとっても領主にとっても、重要な幹線になるはずである。
 水源に乏しいこの地にとって、川から水を引くための水路を掘り進める灌漑工事は、先代から引き継いだ急務であった。工事の完了なくしては、倉川流域は水田をこれ以上増やすことは至難の業であったからだ。このほかの手段としては、より大規模な工事をもって湖沼を埋め立てるか、あるいは、山腹に棚田を設けるか、そうでなければ隣から奪うほかない。もちろん奪うなどということは今の世ではもってのほかだが、この工事は非公式ではあるものの、東房から多数の出稼ぎを受け入れていた。彼らは蒼yの荒廃によって、耕すべき土地を失ったものたちである。
「われらも舐められたものだな。よりによってあんなところに。――確か、あの水路は、東房からの人足も雇うておったよな」
「ええ。安積からの接触を待ちますか」
 人ほどもある大きな蜊蛄が水面下から現れた、と人足が証言していたことを綾続は付け加えた。景詮はいったん額に手を添えて息を吐いたが、先程まで眠かったことなど忘れたかのように、すぐに考えを巡らせはじめた。今までは領民に任せきりだったが――こちらから開拓者ギルドに働きかけるには、またとない機会かもしれなかった。
「待たずともよい。仁生とは連絡がつくのか」
 現場の機転と運の助けもあって死傷者を出さなかったことは、事態の悪化を食い止めるのに十分な働きをしていた。人足は平静を保って避難しているだろうから、その伝手から、東房の冒険者ギルドへ依頼をするよりも早く、自分たちが問題を解決できると景詮は目論んだ。新田開発の工期を遅延させ、無闇に目立ちたくないとの思惑が働いていただけでなく、今回は、場合によっては微妙な問題を孕むことになる、非公式に国境を越えて働く人足の扱いを、この領主は気にしていた。
「私が早馬で参ります」
「頼むぞ。普請は元綱に補佐させておく。‥‥ところで、開拓者とやらはどうだ、おぬしの見立てでは」
 去り際、あるじからの問いに、盗賊退治の際に接した開拓者たちの姿を思い出し、綾続は口を開こうとした。しかし、自由な気風で素晴らしい、自分も一度でいいからなってみたいものです、と言ってみてもそれは土台無理なことであり、くわえて自分以上に景詮もそう思うだろうと分かっていたので、彼は口をつぐんだ。ついで綾続が発したのは、思慮深く、よく場をわきまえた、忠誠心厚い部下の進言だった。
「どうでしょう。ご自身が目にされた方が、よろしいかと」
「――ふうん、なるほどな。いずれそういたそう」


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
久悠(ib2432
28歳・女・弓
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰


■リプレイ本文

 仁生の支部に限らず、久賀綾続が開拓者ギルドを訪れたのは、今回が初めてのことであった。彼は建物の各部を眺めながら、自らの勤めるあるじの城との違いを吟味し、感心しきりだった。ギルドの建物は開放的でひとの出入りが多く、それに輪をかけて高い天井は、明るい雰囲気を感じさせるものである。ただ、ひとの動きが激しいことは落ち着きのなさに繋がることは否めず、こういう場所は、と彼は思った。我があるじは苦手かもしれないな。
 相談のために通された個室でしばらく待つうちに、依頼を受けることになった開拓者が部屋へ案内された。綾続はその中に見知った顔を認めると、彼女たち――久悠(ib2432)と鳳珠(ib3369)――の会釈に、左手を動かしてさりげなく返礼した。全員が揃い、綾続は前回と同じように軽く自己紹介をした。そして開拓者たちの名前と顔を一通り(もちろん、さきのふたりはもう一度)覚え込むと、さっそく依頼の説明を始め、その半刻後には、もう壱師原に向かって開拓者たちを導いていた。
 アヤカシの退治に向かう前に、赤鈴 大左衛門(ia9854)の要望もあり、まず人足に話を聞くため、彼らの宿舎に立ち寄ることとなった。宿舎はまだ開墾されていない荒野の一角を切り開いた、いわば小さな集落で、このように人足を囲い込むことに対し、鈴木 透子(ia5664)は、なぜひとびとをここまでするのだろうと訝しがっていたが、どちらかというと怪しんでいたのは逆に人足の方であったようだ。どうやら開拓者たちのことを、東房からひとを寄越し、捕らえて連れ戻しに来たものと勘違いしていたらしく、綾続の説明を受けると、今まで彼らに満ちていた緊張感が、一気にほぐれたように一同には感じられた。では、ここから先は、と綾続は開拓者たちに伝えた。開拓者のみなさんにお任せいたします。
 人足の中から、アヤカシを見たものを募ると、名乗り出たのは20人ほどであった。どういった状況だったのか、大左衛門が問うと、アヤカシは昼間から目撃されてはいたが、日暮れ後、遅くまで居残りで作業をしていたときにようやく襲ってきたのですと、そのうちの一人がおずおずとかなりの訛りを付けながら答えた。
「したっけ、はー、いびかにが、急によじ登ってきたべ? 足ゃあ速くねがったんでいがったぺけども、あんの鋏はやろらーみんなおっかねえちけ(そうしたら、ええ、エビガニが急によじ登ってきたでしょう? 足が速くなかったからよかったですが、あの鋏について、野郎どもはみな恐ろしいと言っています)」
 彼らのうち数人がアヤカシに襲われ、怪我を負っていたため、綾続の目を憚ることなく、鳳珠が黙々と治療を続けていた。綾続の話では、本来ならば、労務管理のため、規定の時間以外に作業してはいけないのだが、アヤカシに襲われた不幸もあって、今回はお咎めなしになったということである。人足にひとしきり質問をし、訛りとの格闘の末じゅうぶんな情報を得たところで、開拓者たちは新田へと向かった。その際水を抜くかどうか話し合ったが、いま頃は稲も実り始め、刈り取りのために田から水を抜き乾かさなければならないから、用水の水を田に流すことはやめてほしいとの申し入れがあった。ただ、彼らによると、いまはもともと水を汲み上げていない時期のため、水路の水量自体は少なく、深くても腰まで浸からない程度だろう、とのことである。
 川岸を歩いてゆくと、小高く盛り土がされた水路と、その水路と川を繋ぐ真新しい水車が、一行の前に姿を現した。およそ南北に流れる倉川から、東へ水路は延びてい、堤防から水路の下流を眺めると、黄色く色づきかけた稲穂の海が風を受けなびいているのを、この高さからでもかすかに見て取れた。
「これで、2里ですか。かなり広いですね」
 この水路からアヤカシを探すのは、人足の証言が活かせなければ、かなり大変な作業になるだろう、と透子は思った。相談時に鳳珠が言ったとおり、舟を曳いて持ち込むことができれば移動は楽になったのだが、直接川と繋がっていないので足を使うしかない。その中で川幅が一定であることと、枝分かれしていないことだけが気休めであった。隣では大左衛門が、水路ではなく田を眺めていた。
「開墾かァ‥‥結構、見渡せるもんだスな」
 さわさわと周囲に響く風の通る音を聞き、灌漑によって作り出されただだっ広い耕地を目にして彼は、故郷の田ンぼも広くなったらいいのになあと物思いに耽っていたが、アヤカシのことを思い出すと、はっと我に返った。稲は水が命なのだ。それを邪魔するとは‥‥。
 そうですよね! 彼には橘 天花(ia1196)が暑さに負けないくらいの勢いで同調した。暮しを良くする為の実直なご尽力を阻むアヤカシは、必ず討ち果たします。――が、開拓者には、別なことを考えているものもある。
「子供の頃を思い出しますね」
 釣り上げる振りをしながら、劉 星晶(ib3478)は蜊蛄で遊んだ幼い頃の記憶を辿っていた。餌と糸さえあれば、どこでも釣れたものだ。三笠 三四郎(ia0163)はそれを聞くと、両手の指4本を使ってちょうど掌くらいの差し渡しを示した。そして、彼は癖のある泥臭さとさっぱりした身の味を思い浮かべ、ついのどを鳴らした。
「私もよく捕ったものです、このくらいの蜊蛄を茹でたり焼いたり‥‥わさび醤油で‥‥」
「へえ、そうやって食べるんですね?」
「ヤー、『エビガニ』というアーンミーヤ、ナァム、ジャラードゥンナホル‥‥方言で言う蜊蛄のことでよかったんですね?」
「はい。殻がきれいに赤くなるんですよね、火を通すと」
 モハメド・アルハムディ(ib1210)には、故郷から遠く離れた天儀の方言はあまり使い慣れていないため(これは仕方のないことだが)、人足の話を理解するのに大変難儀しただけでなく、蜊蛄にまつわる星晶と三四郎の四方山話は、昼間の彼にするにはちょっと酷ではあった。故郷の氏族の言い伝えにより、今の時期は太陽が出ている間、彼はすべての食事を絶っているのだ。水すら口にしないという徹底ぶりである。夜間は食事ができるので体力には問題ないとはいえ、昼間のうちの多くの時間は、空腹を耐え忍ぶことになるだろう。
「ほらほら、アヤカシだら、どンだけデカくて太っとってもしゃァねェだスよ」
 ジルベリアの依頼にて賞味したばかりであったが、料理の誘惑を断ち切るかのように、大左衛門の指摘が割り込んだ。彼の言うとおり、相手はアヤカシであり――誰にとって残念なのかは定かではないが――食べることは端から諦めなければならない。

 証言から、すでに供用されている区間にアヤカシがいる可能性はそれなりに高かった。この夏の日差しの下、2里もの距離を考えるとそれだけで参ってしまいそうな暑気ではあったが、まず開拓者たちは人足が襲われた場所へ足を向けた。
 その場所は水路が方向を変える曲がり角で、ちょうど堤防の切れ目になってい、今後耕地整理がされる部分とまだ区別の付いていない広い土地だった。ここは水から上がってすぐ、自由に動きまわることができるうってつけの場所である。堤防の脇に寄せ集められた、人間より大きな規模でたたき壊された大八車の残骸がアヤカシの暴れぶりを物語っていたが、いまは何の気配もなく、ただ風が通りすぎるだけだった。
 モハメドがアヤカシのためにリュートを奏でたが、それでも呼びかけに応えるものはいなかった。水中では聞こえにくいのかもしれない、という透子の疑義があり、試しに符を川魚にして水路に放ったが、確かに聞き取りにくいものの、全く聞こえないわけではないということが分かった。その後しばらくの間、周囲を泳がせてみたが、それらしい影は魚の視界には入らなかった。
「ここにはいないみたいですね。それにしても、あっついなあ‥‥」
 水路に魚を遣るうち、流れがほとんどないため、澱んだ水路の水はかなり温かくなっていることに彼女は気がついた。アヤカシも、うだるような暑さは苦手なのだろうか。そんな話は聞いたことはないのだけれど。
「茹で上がらないようにしているのかも、しれませんね?」
 何気ない星晶のひとことに、透子の中にある考えが浮かんだ。アヤカシが現れるのは、当然ひとを襲うためであるから、ひとの来る可能性があるところだ。アヤカシは暑さが苦手だとは思わなかったが、心当たりとしてもうひとつ、綾続や人足の話から、アヤカシが現れそうな、しかも炎天下よりは涼しい場所に思い当たった。獲物、すなわち人足が行きやすい場所に目をつけたのだ。
 水路の先からさらに歩き、まだ工事が途中の場所に、それはあった。用水路の経路上にちょうど、岬状の台地が足を伸ばしていたために、これをくりぬいて暗渠とする作業が、まさに行われている場所だ。もちろん今は誰もいないが、狭い坑内は待ち伏せには格好の場所のはずだ。水はまだ引かれていなかったが、アヤカシが過ごすための湿気は十分に思えた。
 もし見当違いであっても、天花だけはそれをさほど気にしていない様子であった。志体持ちなんですから、駆け足で戻ればいいんです。走って、という彼女の提案に、一同の脳裏に『熱あたり』の単語が浮かんだが、幸いにも、その心配は無駄に終わった。鳳珠、天花、久悠の心の目に、暗渠の奥で犠牲者を待ち構える、大きなアヤカシがはっきりと見えた。その数2体。アヤカシが複数いるのならば、共食いになってくれればとモハメドは考えていたが、そこはアヤカシの都合のいいように変えられているらしく、どこまでが天儀の生物の習性を保っているのかをはっきりさせるのは、思っていたよりもずっと難しいようだ。
 そのことは仕方ないが、今は自分の出番だ。アヤカシと対峙しないものを堤防の天端に配し、満を持して、ふたたびモハメドがリュートをかき鳴らした。同時に、三四郎が奥に向かって咆える。一度に相手せざるを得ないのは割り切り、堤防の高さを活かして彼は戦うつもりだった。
 三四郎の雄たけびが石の積まれた水路の内部で乱反射し、細かな木霊となって何回も返ってくるのはちょっと可笑しかったが、そんな感慨を抱いている暇はなかった。鳳珠が、2体のアヤカシの急接近を告げると、開拓者たちは水のない水路の出口に意識を集中させた。
「アルアーナ、今だ!」
 モハメドと久悠の先手が決まった。出口に叩きつけられた音の衝撃により、アヤカシの動きが鈍り、久悠の放つ矢が吸い込まれるように、その頭へと突き刺さった。水路から出てきた最初の1体はそのまま三四郎が引きつけ、もう1体を大左衛門が相手することになった。そして星晶と武器を取ったモハメドが、それぞれ2人の援護を行う。動きが鈍っていたために、2体を引き離すことができたのは、後から考えてみれば幸いだったといえる。
 アヤカシの持つ左右の鋏は、刃渡りが人間の肘から指先までよりも大きく、胴体さえぶつ切りにできそうな威圧感のために三四郎が間合いを詰めるのをためらわせさえするほどだった。長柄を持つ三四郎と大左衛門にとっては、固い殻を持つこのアヤカシは相性が悪いようで、体重をしっかりかけて突きを食らわせなければ殻を貫けず、またあまり踏み込みに時間をかけてしまうと、三四郎の威圧で動きが鈍ったとはいえ、後方に素早く飛び退かれ勢いを削がれてしまうのだ。援護にあたったふたりの忍拳と剣も同様で、しばらくは、大左衛門の放つ雷くらいしか効果的な打撃が与えられずに、それぞれが一進一退の攻防を繰り返すばかりだった。鳳珠の神楽舞をもってしても鋏に切り込まれ、鳳珠と天花が傷の治癒をしなければならないようになるほど、開拓者の消耗は激しかった。
 この堂々巡りに終止符を打ったのは、透子が虚空から呼び出した大きな白い壁である。ハの字型に配置されたそれは、アヤカシの後退する巨体をしっかり受け止め、打撃を集中させるのに大いに役に立った。どんなに堅い守りも、動きがなければいずれ破られるのは明白である。小さな傷から広がった殻の割れ目を狙いうちする開拓者の前に、アヤカシは耐えきれずくずおれ、その身体を地に落とした。
「魔を断つ力を、どうかここにお与え下さい!」
 それらに引導を渡したのは、天花の神楽舞に後押しされ、蜊蛄の殻ごと縦に割った大左衛門と、駄目押しで火遁の術を放った星晶である。炎を受け赤く変色した殻を見、星晶は急になぜか、蟹が食べたくなった。

 依頼の目標は達成された。一同は再び倉川まで戻ったが、あらゆる手を尽くして調べ回っても、水路からアヤカシはもう現れることはなかった。人足の宿舎に戻り報告するのを、東房の人足は綾続に先んじて出迎え、感謝の意を表した。仕事の後はいつも変わらない、開拓者冥利に尽きるひとときである。
「有り難うございました。では、仁生に戻りましょうか」
 道中、また一同を先導する綾続に対して、ギルドに着く前に、久悠はどうしても訊いておきたいことがあった。久賀殿。綾続を呼び止めると、彼は歩きながら、久悠に向き直った。その表情には、予断も警戒心もなかった。
「もう一度訊きます。現状をどうお考えですか。あなたの主君については?」
 僕はこれでいいと思っています。急になされた質問にも、綾続は表情ひとつ変えずに答えた。
 彼女は思った。内部に膿を抱えては、どれほどの努力もいつか虚しく腐り落ちるだけである。綾続のような実利的な人間をそれぞれ集め、北面と東房を組織の下から繋ぐことができれば、2国間の関係はよくなるのではないか、少なくとも彼の主君の外交手腕に任せるよりはずっと――その意を酌んだかどうかは彼女には分からなかったが、その北面志士は静かに語った。我が殿には、芹内王やあなたがた開拓者のように、この天儀世界を動かすような器などありません、と。さらに彼は続けた。
「――ただ、僕らのような駒を多数操る器を、持っているだけです」