帰郷
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 普通
参加人数: 3人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/03 00:31



■オープニング本文

 東和平野での戦いが長引くにつれて、その影響は確実に壱師原にも及ぶようになっていた。幸いにも主戦線からは遠く離れてはいるものの、それでもアヤカシがしばしば流れ着くようになり、そのたび壱師原の住人は死の陰に怯えながら、撃退のため立ち向かってゆくのだった。
 領主の側も、手を拱いて見ているはずもなく、兵を差し向け応援にあたっていた。それでもなお、状況の把握に限界があり、被害を完全に抑えきることはできなかった。現状を打開するためには、人員だけでなく、あらゆるものが不足していた。
 この日家臣から報告を受けた祁瀬川景詮は、ひとつの策を考えつくに至った。
「東房を呼び戻せ」
 しかし、と久賀綾継は注釈した。東房とは、東房へ派遣した調査員、すなわち間者のことであるが、連絡が最近になって途絶えているのだ。それはなにかの事件に巻き込まれ、すでに命を落としてしまっている可能性もあることを意味する。
「私の知ったことか。開拓者なれば所在もつきとめられよう」
「ですが、呼び戻してなにを」
「あれなら北面の手のものとは思われまい。なにかしら役に立つ」
 珍しくあるじの計画が具体的に決まってないことに、綾継は違和感を覚えた。しかし、それは臣従の身、彼はそつなくその役割を果たすだけだった。眉一つ動かさず頭を下げ、彼は言った。
「では、開拓者をして呼び戻させましょう」
 真意を掴みかねている部下とは違い、裏付けこそないものの、景詮は『東房』の位置に目星をつけていた。ああいったよそものを長期にわたり保護できるのは、開拓者ギルドをおいてほかにない。アヤカシとの戦いの一方で、景詮はそのことを忘れてはいなかった。
 逃がすものか。彼女は脳裏につぶやいた。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 无(ib1198) / アルファルファ(ib7413


■リプレイ本文

 開拓者ギルドの支部に姿を見せた祁瀬川景詮は、相変わらずの風体を貫いていた。面談室に通されたときの景詮の私服姿は、これまでどおりといえばこれまでどおりで、初めて会ったわけではない羅喉丸(ia0347)も无(ib1198)にも、その感性にすぐ追随できるものでなかった。
 北面にいたときの服装は特段変なものではないのだけれど、と思いながら、服装については、羅喉丸はわざわざ指摘するようなことはしなかった。たぶん、日頃の執務でたまっているものがあるのだろう。書類だけの依頼でなく、こうしてギルドまでわざわざ足を運んでくるのも、そういう意義があるのだろう。
 景詮を始めて見るアルファルファ(ib7413)にも、その天儀とジルベリアを折衷した服装は奇抜というほかなかった。季節はすでに冬本番を迎えているにもかかわらず、夏とほとんど変わらないようなシャツ1枚は、彼女にはやせ我慢にしか思えない。けろりとした表情を見るかぎり、そうでなければ感覚が麻痺しているのかもしれなかったが、寒さで顔色がやや青ざめていることから、多かれ少なかれ、寒さは感じているのだろう。
「わざわざギルドまでご足労いただいて」
 3人の紹介もすぐ終わり、さっそく、无(ib1198)が話を切り出した。何度か依頼を受けたこともあるが、だからといって仲良くなるというわけでもない。逆に、こういう種類の人間とは、あまり親しく付き合うのも体面上問題があるのである。
「探し人とのことですが」
 先ほど、見知ったふたりの顔を認めたとき、景詮は口元を緩めたように无には見えた。
「人相書は読んだか?」
 3人の目を流し見し、景詮は訊いた。問いに対し一同は頷いたが、アルファルファを除くふたりには少し複雑な感慨があった。
 景詮の依頼の対象者とは、名前こそ明記されていなかったが、条件からするとあづちをおいて他にはいないのである。東房を転々としてい、しばしば開拓者ギルドの力も借りることもある少女。あづちと依頼を共にしたものなら、東房広しといえ、彼女がその条件にもっとも合致しているであろうことは自明のことであった。
「このかたと、連絡が取れなくなったのですね?」
 依頼の概要を記した書簡をみつつ、アルファルファは尋ねた。それに対し景詮が肯定したことは、あづちが開拓者になったことが、まだ伝わっていないことを示していた。
「どういう関係なんです?」
 羅喉丸がちょうどよい機会とばかりに、疑問点を打ち明けた。ほとんど交流のない北面と東房で、こういった人捜しは、普通に考えてめったにないことなのである。もっとも、あづちに対しては、北面の内通者として一時期あらぬ疑いがかけられたことがあり、それを知っている人間ならば、もしかして、と思うこともあるだろう。
 景詮の回答は、しかし、素っ気のないものだった。
「見ての通り、壱師原はいま大変でな。わが祁瀬川家にとって、これは重要なことなのだ。これ以上は深く訊かんでくれ」
 答をはぐらかしているのがほぼ明らかではあったが、深く突っ込んで真相を聞き出すのは、これ以上無理ではないかという鋭さで、景詮の視線は開拓者たちに降り注いでいた。扱いにくそうな人物であることは、以前からの開拓者たちの、共通の印象である。
「……では、最後よろしいですか」
 アルファルファの、このかたの名前はなんとおっしゃるのです、との質問には、景詮は無表情で答えた。開拓者と関わりがあるのであれば、すでに名前を知っているかもしれない――事実、そうなってはいるのだが――などの予断は、言葉尻からはまったく感じ取れなかった。ただ機械的に、あづち、と、景詮は発した。
「よろしゅう頼む」
 最後に、景詮は付け加えた。あづちのことを案じ、羅喉丸と无は、なにげなくお互いを見合った。その台詞だけ、妙に感情がこもっていたからだ。
 依頼人との面談は、すぐお開きとなった。依頼の全景は、あづちを壱師原に連れて行くことで、景詮はこれからすぐ壱師原へとって返すという。息抜きも兼ねてであろうが、北面が忙しい時期に領主じきじきに出歩くのは、それなりの事情があるのだろう。
 ただ、アルファルファにはその細かい事情まで見えておらず、ふたりの反応がとても奇妙に思えた。もちろん、壱師原の住人がアヤカシの侵攻の脅威にさらされていることには間違いはないのだが。
「あづちさんって、どういうおかたなのですか?」
 そのため、東房に出発する前、彼女は思いきってそのことを尋ねてみたのだ。質問をぶつけられたふたりは、どう答えていいものか、迷っているようだった。
「説明が難しいな……しかしまあ、いかがな因縁てものかねぇ」
 无は懐に同意を求めたが、中の狐がどこまでわかっているかは、ひと様にはなかなかわからない。これでは彼女への答としては十分ではないので、羅喉丸が補足した。
 話は少し長くなった。これまで東房で『手伝い人』を続けていたこと、最近、開拓者ギルドの一員になったこと。そしてその名前を、一見関係のない祁瀬川景詮が知っていた、つまり、あづちと景詮にはなんらかの関係があるのではないか、ということ。それを聞き、彼女はその変な空気に納得がいったようだ。
「あづちさんのことを重要とおっしゃっていましたし、たしかに奇妙ですね」
「そう。――そういうわけで、こちらもおいそれと答えられなかったわけでね。ただ――」
 无の表情がかすかに曇った。景詮とあづちの板挟みになる可能性が高いことを悟ったからだ。肩を軽くすくめて、彼は続けた。
「依頼は依頼だから、誤魔化しても仕方ないね」
 たとえふたりの間になにがあっても、しかし、開拓者は開拓者のやるべきことをやるだけだ。羅喉丸も、それには異論を挟まなかった。
「ああ、あづちさんには正直に話しておかないと」
 開拓者は、あづちを北面に連れて行く依頼であることを包み隠さず伝えることで合意し、東房の支部へと、彼女の居場所を探しに足を向けた。
 開拓者であるあづちの所在を掴むのは、大して難しいことではなかった。ギルドの受付に二言三言説明し、伝言の覚書を渡すと、その日のうちに反応が返ってきた。あづちはいわば営業として、東房を歩き回っているという。遠出ではないので、明日の昼過ぎにはギルドを訪れるだろう、と受付は楽観的に話した。
「急ぎじゃなければ待ったほうがいいでしょうね。依頼の関係ですか?」
 受付の何気ないひとことに、アルファルファはひとひねり加えて答えた。
「ええ、あづちさんにどうしても感謝したいかたがいるらしくて」

 翌日の午後になって、あづちは受付の予想どおり、ギルド支部へと顔を出した。依頼を受注して持ってきたのか、しばらく受付でのやりとりののち、頃合いを見計らい、アルファルファが声をかけた。
「あづちさん、でいらっしゃいますか?」
「はい?」
 戸惑いを見せたあづちであったが、アルファルファに丁寧に自己紹介されたことと、見知った顔を後ろに見いだし、あづちは表情を緩めた。
「私に、なにか」
「あづちさんと会いたがっているかたがいらっしゃるんです。北面に」
 穏やかに話し始めたあづちであったが、その台詞を聞いた途端、顔色が青を通り越して白くなった。ゆるんだ表情がいっぺんに硬くなっていくのが、傍らのふたりにも容易に見てとれた。
「立ち話も悪いですから、お茶でも飲みながらお話ししましょう」
 アルファルファがあづちを促した。彼女は取り乱しも逃げ出しもせず、それに素直に従った。彼女の背中は、一面冷や汗で濡れているにちがいない。肝を潰した体の彼女を見、羅喉丸はちょっとした罪悪感に苛まれた。
 无の予想どおり、あづちは事情をわかっているようだった。近くの飲食店の席に着くと、ショックからは幾分立ち直ったのか、彼女は自分から話し出した。
「祁瀬川景詮の差し金ですね」
 すぐ依頼人の名前が出たことは、開拓者の予感を裏付けるものとなった。
「やっぱり知ってるんだ。向こうもあづちさんの名前を出したから、驚いたよ」
「それなら話は早い。私たちは、きみを壱師原に連れて行くよう頼まれてね」
「壱師原で苦しむ人のため、ぜひ尋ねてくださいませ」
 3人の説得を前に、それっきり、あづちは押し黙った。その様子からは、景詮とあづちの関係が、あまり芳しいものではなさそうだということがわかった。
「行きたく、ない?」
 羅喉丸の問いに、あづちは無言で頷いた。ここまでくれば、この返事を予想することは難しいことではない。あづちの視点はどこにも定まっておらず、深く考え事をしているときのそれを呈していた。あづちが景詮のことをどう考えているかわからないことを注釈した上で、羅喉丸は言葉を重ねた。
「行きたくないなら仕方ないけど、いずれまた同じように連れ戻そうとするよ」
 景詮の性質から、それは容易に予想できた。今度は開拓者でなく、景詮の部下が来るかもしれない。乱暴なことはしないとは思うが、当たり前のことだが、未来のことについては可能性がないとは言い切れないのだ。
 それに、壱師原へ連れて行ったとしても、その足であづちをそのまま連れ戻すことが開拓者なら可能である。そのようなことはないと考えたかったが、无は最悪の事態を想定することを厭わなかった。景詮が、あづちに危害を加えようとしまいか――。
「開拓者を続けるにしても止めるにしても、いちど北面に戻って、しっかり話し合ったほうがいいんじゃないか。向こうもなにか伝えたくて依頼をしたはずだ」
 羅喉丸の説得が続き、あづちはなにも言わなかった。注文した料理と飲み物を給仕が持ってきたが、その場の空気を読み取り、なにも口を挟まず置いてゆくだけだった。
 注文の品に手もつけず、開拓者は根気強く返答を待った。次にあづちが口を開いたのは、熱かった緑茶が、ほどよくぬるくなってきたころだった。
「わかりました。でも時間をください。夕食のあと、ここへ来てもらえませんか?」
 紙に簡単な地図を書き、あづちは開拓者へ渡した。その場の緊張が解け、无は優しく語りかけた。
「ああ、わかった。なにか話があれば聞くよ」
「迷惑かけてごめんなさい」
 彼女は詫びたが、あとは本人の気持ちの問題である。納得いくまで、開拓者を使ってもらって構わない。そんなふうに、彼は答えた。
「構わないよ。同じ開拓者同士だからね」

 その晩、あづちが指定した場所は、町外れにある人気のない丘だった。白い息をまとって、彼女は開拓者を待っていた。3人の姿を認めると、あづちは身の上を語り出した。
「わかってるかもしれませんが、私は北面志士で」
 寒さにもかかわらず、彼女は饒舌だった。壱師原の地を離れることを許される代わりに、『手伝い人』に身をやつして、景詮の指示に従わなければならなかったこと。開拓者と出会い、共同作業と自由な気風に憬れたこと。そして、景詮に内緒で、開拓者になろうとギルドの門を敲いたこと。天高く星を仰ぎ、ここ数年の出来事を、あづちは独り言のように吐露した。
 あづちはここで、これまで抱えていた景詮に対するわだかまりを表に出した。今まで、何度も命の危険に晒されているのだ。開拓者になれる素質があったとはいえ、精神的な重圧はひどかったにちがいない。
「そうだったんですか。それを隠しおおせるのは、さぞかし大変だったことでしょう」
 同情の意を、アルファルファが示すと、あづちの声の調子は、少しずつ弱くなっていった。
「だから、私ってなんだろうって思って。私のほんとうにしたいことってなんだろうって」
 志体を持って生を受けたからには、その後の生き方がかなり狭くなるのを覚悟しなければならない。しかし、と羅喉丸は反論した。
「人助けって、あづちさんに向いていると俺は思う。だから、北面でも人助けできるように一歩踏み出せば、なにかは変わるはず。自分の未来のためにね」
 ありがとう、とあづちは言った。その一言で、つかえが取れたようだった。
「きみの志を通したいのでしょう?」
 そう。无の言葉を反芻するようにあづちは言った。志。私の志。あづちの助けを必要とする人びとは、東房に限ったことではないのだ。
「さ、歌を聴いていただけますか」
 言葉を交わす時間は終わりである。静かになったのを見計らい、アルファルファが手首につけた鈴を鳴らした。それは、アル=カマルに伝わる、進む道を枉げてまで帰郷し、そこで故郷を救う英雄となったものの言い伝えだった。
 進む道は一つではない。そう悟ったとき、あづちの双眸から涙がこぼれていた。その涙は、自己の願望が満たされない悔し涙でなく、現実を受け入れた、潔いさらりとした涙だった。
 翌日、あづちは開拓者と共に北面へ発った。
 道中は彼女の護衛を務めることとなっていたが、その必要がないと思わせるほど、彼女の動きは機敏であった。雪の積もっていた箇所では、雪に慣れないアルファルファが、あづちの手を借りるという場面もあり、そこからすると、彼女はもう落ち着きを取り戻しているように感じられた。
 その後は、いちどアヤカシと遭遇し、やむを得ず撃退したのだが、そのときも羅喉丸に引けをとらない素早さで、あづちはアヤカシに向かって短銃を放っていた。これまで、彼女の銃が火を放ったことは一度もなかったことからすると、まさに大きな変化である。腕前についてはまだ危なっかしい部分はあったものの、これまでに開拓者と行動を共にしたころとは、別人といっても語弊がない。
 ところで、あづちの火縄銃には、ある紋様が刻まれていたのだが、アヤカシと対峙していた羅喉丸はもちろん、式を操るのに集中していた无も、天儀に来たばかりのアルファルファにも、そのことには気づかなかった。

 国境に近い壱師原へは、それからほどなくして辿り着いた。さっそく屋敷に通された4人を、依頼人である景詮が珍しく、待ちかまえていた。
 今度は、景詮の前に立っても、あづちはひるまなかった。その堂々とした様子を見、景詮の表情がまた、和らいだのを開拓者は感じた。ふたりは言葉を多くは交わさなかった。ただ、交わす目線は、互いにしっかりと重ね合わせていた。
 あづちはまだ、開拓者に打ち明けられないことがある。それはきっと、今後もあづちと景詮の秘密であり続けるであろうが、それはしかし、逆にそっとしておいたほうがいい類のものかもしれない。
 彼女たちの新たな前途を祝福してか、冬の青空はどこまでも透き通っていた。