無駄な堰堤
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/14 22:49



■オープニング本文

 北面には先んじられてはいたが、東房も同様に、稲の刈り入れが始まろうとしていた。初秋の風になびく黄金色の穂を眺めると、土地にかかわらず農夫たちは顔をほころばせるのだった。
 天候にも恵まれ、刈り取りも順調に進んでいるかに見えた。しかし、この地域の農夫たちの間では、ある懸念がまことしやかに噂され始めていた。この地を流れる、人びとの水瓶として重要な川があるのだが、それが次第に干上がっている、というのである。
 稲刈りには影響がなかったため、農夫たちは眉につばつけて、ことの推移を見守った。作業に忙殺されていたということもあり、みながこのことを真剣に考え始めるまでには、川の流量がわずかになってしまうのにじゅうぶん長い時間がかかった。
 旱魃というわけではなく、雨自体は降る日もあるため、彼らがすぐに生活の危機に陥るという可能性は低かった。しかし、降った雨は底の浅さもあってすぐ元に戻り、これがずっと続かない保証などどこにもない。来年の春に水量が戻っていなければ、田植えなど到底不可能である。
 農夫たちは、なりわいから来る持ち前の辛抱強さとのんびりさで、現状が好転するのを待った。しかし流れは回復せず、日に日になお水嵩を減らす川を及び腰で見るうちに、ようやく不安を抱くようになった。
 はたして、危機感に煽られあれやこれやと探りを入れているうち、農夫たちは奇妙な点に気がついた。川が干上がっているのは、この地域を流れる川ただひとつなのである。これは下流にて別の大きな川と合流するのだが、そちらはいつものように、ゆうゆうと水を蓄え流れているのだ。また、他の支流でもそのような異常な事態になっているという話も、どんなにがんばっても他の地域からは聞こえてこなかった。
 自分たちの土地だけがおかしい、という結論に至ってはじめて、ようやく農夫たちは解決に向けて一手を繰り出すことに成功した。流れの上流に、若い衆を派遣したのである。
 上流の高原には湿地林が広がっており、村のものが木材を調達するときにたまに訪れるのだが、若い衆が辿り着いたとき、鬱蒼と茂っていた林はそこにはなかった。
 若い衆は目を疑ったが、生えていた木はほとんど、根本から斧で乱暴に切り倒されたように、尖った切り口の切り株だけ残し、すべて失われていた。これだけの量の木を切るとなると相当な労力であるが、誰の仕業なのかは皆目見当がつかない。そしてそれらの木は、全て湿地から下流に向かう川をせき止めるのために、どうやらすべて無造作に積み上げられているようだった。
 そのため、湿地全体が水浸しとなってい、全体が大きな水たまりと化していた。これらは、本来は下流に流れ出るはずの水である。
 いったい誰がこんなこと、と若い衆は憤ったが、せき止められた流れは彼らにはどうしようもなかった。積み上げられた木屑と泥の堤を解体し、下流に再び水を流させるには、かなりの労力と危険が予想されたからである。
 こんな時こそ、開拓者の出番である、と農夫たちはこぞってギルドに助けを求めた。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
无(ib1198
18歳・男・陰
遠野 凪沙(ib5179
20歳・男・サ


■リプレイ本文

 天高く、という掛詞のとおり、東房の地を透き通った青空が覆い尽くしており、秋の到来をあからさまに主張し始めていた。しかし、秋空のさわやかさとは対照に、空気はいまだ蒸し暑く、夏の体をその場に留めていた。
 残暑にもめげず農夫たちは稲刈りにいそしんでいるが、これは例年の秋の風景であって、とくに珍しいものでもない。今年の光景を異様たらしめているのは、依頼の内容のとおり、村を流れる川である。旱魃でもないのに水がすっかり干上がり、茶色い川底を晒しているその様子はなんとも信じがたく、聞いていたのと実際に目で見たのはまったく大違いであった。
 開拓者たちは本来の川岸に立ち、なにも流れていないその溝を眺めていた。
 いったい誰がこんなことを。また、このまま放置した場合、被害は農作物だけで済むのだろうか? 皆目見当がつかなかったが、遠野 凪沙(ib5179)はその少ない判断材料から推理を始めた。誰が、なぜ――すなわち、このようなことをして得をするのは誰か、このような狼藉を働くとして、どのような理由が当てはまるか、である。その一助になることを期待して、彼はまた、同時に村の農家への聴き取りも行った。
「以前、上流へ遡ったときには、林は残っていたんですよね――それはいつ頃のことになりますか?」
 訊くところによると、梅雨のさなかに筍を採りに行って以来、上流に足を伸ばしたものはいないという。そのときは、まだ以上は見られなかった、ということだった。また、川の水は梅雨明け以降、平年よりも水量を減らしていったらしい。
 その証言を前提に考え、凪沙は以下のような結論を得た。夏の間こつこつと、なにものかがひっそり木を切り倒し、水をせき止めていったのではないか。時間がじゅうぶんにあることから、なんらかの組織でなくとも、このような規模の作業をすることは不可能ではない。ただ依然として、労力に対して結果が見合わないことを根気よく行う理由については、依然定かではなかった。
「ほかに理由があるのでしょうか‥‥」
「人間を犯人と考えるから、難しくなるんだろう?」
 行き詰まる凪沙に、羅喉丸(ia0347)は助け船を出した。労力に見合わない大工事、となると、人間の持つ物差しから逸脱したもの――ケモノや、アヤカシ――の仕業と仮定することも推理の上では有効である。川をせき止めた環境を好み、そこに住むものがいたらどうなるか。この仮説については、无(ib1198)が、ジルベリアにそのような動物がいるのを聞いたことがある、と補足の注釈をつけた。
 彼が思うに、おそらくは人間の仕業ではない。依頼の説明を受ける際、木が斧で乱暴に切り倒されたように、とあったが、斧でそのような倒し方は難しいはずである。尖った切り株とあればなおさら、書籍にある海狸(海に住むわけではないのだが、このような名付けをされている)に似たものである可能性が高くなってくる。この近辺に生息するという記録は見あたらなかったが、だからといって存在しない、ということも言い切れない。
 いずれにせよ、たとえつじつまが合ったところで、仮定は仮定であって、実際のところは見てみなければ始まらないし、ましてや解決にもならない。大まかな事態を想定し、開拓者たちはできるだけの用具を持って――堤を崩すのに使うのである――、川の上流へ向け出発した。
「自然の営みか、人の手か、それともはたまた‥‥。どれだろうね」
 无は懐に潜む尾無狐につぶやいた。自分の仲間のせいじゃないよ、とでも言いたそうな声が返ってきた。
 さて、開拓者たちは、そのまま川底を進まず、律儀に川に沿う道を進んだ。川底の足場が歩くのに悪いのはもちろんのこと、急に水流が戻ったときのことを考えての選択である。多少の遠回りになるにせよ、それは安全のため仕方のないことではあった。また、川には日差しを遮るものがなく、この残暑の中を進むのがはばかられるという理由もあった。
 道中、開拓者たちは具体的な方針を詰めた。まず周囲の調査をし、安全が担保されてから、犯人捜しに移ることで、おおかたの合意をみた。
「調査に効果的な方法は‥‥」
「堰堤内の水深が下がるようなことがあれば、堤を造ったものは修繕のため姿を見せるのではないでしょうか」
 凪沙の問いに、あくまで推測ですが、と言うルエラ・ファールバルト(ia9645)の提案で、現地を捜索する前に、下流に影響がないよう少しだけ堤を崩し、というよりは堤を切り開いて、簡単な水の通り道を造ることにした。ほかには、川を見ながら、无が増水を防止する簡易的な堤を下流に造る算段をし、うまい位置を見繕って杭を立てたり、必要な材料や人足の数を見積もったりしていた。
 しばらくの行軍ののち、周囲が山がちになり、また木々も増えてきたとき、唐突に堤は現れた。それは大小の木枝といくぶんの土からできており、乱雑に積み上げたにしてはかなりの水圧に耐えているように見えた。
 高さが1間ほどもある壁のような堤に、開拓者たちは驚きを隠せなかった。堤の上流側では周辺とまったく異なった景色が展開されており、静かな湖のようなその姿からは、切り倒されたあとの切り株などはすべて水没していることが考えられた。
 堤は長さが30間ほど、河原を全て横切って造られており、それは建造物と言っていいくらいの規模であった。しかし堤は、すでにじゅうぶんな水を蓄え、水面が堤の天端へと迫っていたので、天候によっては危険な状態にもなりうる、切羽詰まった状況下に置かれていた。
 さっそく一同は、堤が人の活動に耐えうることを確認すると、この処置も兼ねて水路の製作を始めた。水が流れるとその力で崩れる恐れがあるため、できるだけ泥が少ない箇所を選び、作業は慎重に行われた。凪沙はもしかして、この水を一気に流し、村を壊滅させようとしているのかもしれないと勘ぐったが、熟考すると今回のように露見する可能性が非常に高いため、有効な作戦とはいえなかった。
 天端を削った水路を通じて、水が流れ始めたが、折を見てさらに水路を掘らなければ水は途中で止まってしまう。そのため、その作業は凪沙があたり、ルエラと无が、周辺の調査と警戒、ふたりの護衛を羅喉丸が行うこととした。
 濡れた木で足を滑らせないよう注意し、凪沙は次々と堤防を削り取っていった。水流の圧力をできるだけ一定に留めるのは、口では簡単だが実際は困難である。木の大きさがばらばらなだけでなく、水を含んで重くなった泥も、彼の作業の邪魔をした。それにも負けず、苦戦しつつも彼は作業を続けていたが、ふと、流れる水があまり濁っていないことに気がついた。つまりこの水は、短期間の大雨などで急激に増水したものではないということである。彼の予想通り、この水は夏の間、少しずつ貯められていったものであろう。
 その水が抜けていくにつれて、造られた湖は姿を徐々に変えていった。水位が下がり、湖の周囲から少しずつ、かつての森の名残が姿を見せたのである。
 ルエラは、その下降する水面から、なにか塊が浮き上がってきたのを見、同時に直感が働いた。
「ほら、あれですね」
「ん――ああ」
 言われた无が目を向けると、今ではその塊は、大小の枝を集めて造られたものだということがはっきりとわかるようになっていた。それへ向けて、ルエラは意識を集中させ、无は符を放ち、その下に隠れているであろう湖の主を探ろうとした。
 ふたりの予測は当たっていた。しかし、先手を取ったのは相手の方であった。その枝の中に大きな瘴気、つまりアヤカシがいることをルエラが察知した刹那、その瘴気は勢いよく、堤へ向けて水中を移動し始めたのである。
「向こうへ行きました、戻りましょう!」
 作業を続けている凪沙に危険が迫っていることを、ルエラはふたりへ鋭く伝えた。知らせを受け、きびすを返し、羅喉丸と无は大急ぎで駆けだした。
 堤に残っていた凪沙は、幸いにも顔を上げた瞬間、何もない水面をこちらへ向かってくる尖った形の波が視界に入っていた。ただ、アヤカシかどうかまでは彼は判別できないため、まず、羅喉丸の借り受けてきた漁網を構え、襲来に備えた。
 波はかなりの速度で、堤に近づいていた。その速度を見誤ることなく、凪沙は動きに合わせて網を投げ入れた。捕まえた、と彼が手応えを感じた瞬間、網はとんでもない力で湖へ引きずり込まれた。危険を察知して素早く手を離したが、危うく彼は、それに巻き込まれ一緒に落ちてしまうところだった。
「そいつはアヤカシだ! 気をつけろ!」
 そこに、捜索に向かっていた羅喉丸の息の上がった声が聞こえてきた。それを受け、凪沙は堤上で戦うことが著しく不利であると瞬間的に悟り、用意した刀を抜きながら、岸へ向けて駆けだした。
「‥‥アヤカシの仕業でしたか。ならば容赦はしませんよ」
 アヤカシがそのまま、堤に対してどうこうしなかったのは、凪沙の挑発に対応したからである。それは網を引きずったまま、また泳いで彼のあとを追い、岸辺へ向かってくる。しかし、3人が戻ってくるのには、それは十分な時間であった。羅喉丸に少し遅れて无とルエラが戻り、開拓者たちは、アヤカシを迎え撃つ体制が整った。
 4人とも、岸に上がったそれが海狸だったのかどうかは、はたして最後までわからなかった。しかし、天儀の山椒魚を基本に、平たいくちばしをつけ、全身を毛並みで覆ったようなその姿が、この堤を造ったのだろうということには、不思議と合点がいった。
 そのずんぐりした姿とは裏腹に、アヤカシは素早くかぎ爪で襲いかかってきた。先手はとれなかったものの、凪沙はひるまず、返す刀で立ち向かっていく。羅喉丸は先刻走ってきた勢いそのままで、懐に飛び込み拳を打ち込んだ。撥水性の毛皮は厚く硬かったが、彼は拳が通じることを確信し、手を緩めず次の手を打った。
 ルエラは前に出ることを控え、アヤカシの攻撃を大きな盾で受け止めることに重きを置いて対処していた。とはいえ、隙さえあれば、精霊力をぶち込む準備はできていた。彼女のさらに後ろでは、无が式を遣る機を計り、その動きに集中していた。呼び出す式は羽虫の姿をしてい、その毒が相手の動きを奪うのだ。
 4対1で、戦いはしばらく膠着していた。お互いに有効な攻めができず、開拓者たちの表情には、少しずつ疲れの色が見え始めていた。経験の浅い凪沙は、慣れない長期戦に苛立ちを覚え、すこし攻め手を変えてみようか、と考えていた。しかし、ふたたび先に動いたのはアヤカシの方であった。その場で大きく回転し、太い尻尾と、その先の針状の器官で凪沙を狙い、大きく振りかぶった。
 凪沙はとっさに、刀と小盾を交錯させ受け流そうとしたが、勢いを殺せなかった残りの衝撃は、彼の全身をしたたかに打ち据えた。怪我こそしなかったが、疲労とあわせて彼の動きは、以降鈍った。
 ルエラと无は、大きく隙間の開いた背面を、相手の見せた隙を、しかし、逃さなかった。爽やかな香りが周囲に漂ったかと思うと、ルエラの放った白い光が、体勢を正面に戻そうとするアヤカシの背中に、すっと吸い込まれていった。続いて、无の毒虫式が振り向きざまのアヤカシの顔面を襲い、毒をその身に注ぎ込むことに成功した。
 毒がアヤカシの体に回り、戦局は大きく動いた。仕上げとばかり、羅喉丸は朦朧とするアヤカシの顔面めがけて、鋭い突きを放った。それが決め手となった。
 小さな龍ほどはあるんじゃないかと思われるその巨体を、湖の主は横たえ、瘴気となって現世から雲散した。その後4人は湖一帯をくまなく調べたが、やはりこの堤の原因は、あのアヤカシ1体の行動、ということで結論づけられた。
「君とはだいぶ違ったね」
 无がおそるおそる顔を出した友人に、声をかけた。
「あとは堤を崩すだけか‥‥もうひと踏ん張りといくか」
 羅喉丸の言うとおり、最後に残されたのは、大量の水と堤である。先ほどの作業を継続し、ある程度は水位が下がったが、それでもまだちょろちょろとした流れが精一杯で、下流に水の恵みをもたらすのには物足りない量であった。
 これ以上は、4人の力では無理があるとして、開拓者はいったん村へと報告へ戻った。本格的にこの堤を解体するのには、村の若い衆を集める必要がありそうだった。幸い、稲刈りを終え、少し余裕のできた人員がいたため、それに作業を手伝ってもらうことができそうだった。村人にしてみても、秋雨が降る前には、そのような危険は排除しておきたいものであって、アヤカシさえいないとわかれば、すぐに作業にかかりたいくらいであった。
 作業は1週間以上にわたって行われた。場合によっては、迂回して水を流す水路や、当初見積もっていた控えの堤が必要になるかもしれなかったが、すでにそれは村人たちに任せても心配なさそうだ。次の依頼のこともあり、開拓者たちは引き継ぎを済ませてギルドへ帰っていった。
 作って壊すとはなんとも無駄なものである。共同作業で得たものは、しかし、無駄にならずに、今後の村の運営で大いに役に立つことであろう。
 秋晴れの透き通った空の下、村には稲藁の香ばしい匂いが満ちていた。