雀蜂<鳩蜂<犬蜂<熊蜂
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/09 09:22



■オープニング本文

 油蝉が鳴きはじめ、夏の昼下がりを伝えたころ、老医師、向阪膳六の診療所に急患が運び込まれた。昼食を食べ終えたばかりの彼と助手の半丹丸は、午睡をするいとまもなく、診察に駆り出された。
 診察室にはすでに、運び込まれた患者が台に仰向けになり、うめき声を時折上げながら、膳六の診察を待ちわびていた。彼は患者を一瞥するなり、あまりの惨状に眉をしかめた。
「こりゃひどいね」
 患者は農夫で、彼の見立てには、上半身に刀傷のようなものが数多くつけられてい、また、何らかの液体を浴びた熱傷のようなものもあちこちに見受けられた。重傷である。
「やっこさん、いったいぜんたい、なにとやり合ったらこんな風になるんだい」
「へぇ、それが――」
 付き添いの仲間らしき男に膳六が尋ねたが、返ってきた答はなんと雀蜂であった。さらに驚いたことに、たった1匹の蜂によってこの大怪我を負わされたというのだ。雀蜂に刺されただけでも大変ではあるのだが、それが小さなことに思えるくらい、彼の怪我はひどかった。
「そいつがむぎもなく(常軌を逸して)いがい(大きい)んすよ。雀どころじゃない、鳩っこより、いや犬めらよりいげえ(大きい)蜂でさ」
 どうやって、と訊く膳六を遮りその男は続けた。男ふたりで抱えて逃げ帰ってきたというから、大きさからして、飛ぶことはそれほど得意ではなかったらしい。
 蜂もそれくらい大きくなってしまうと、もはや針で刺すという体を成さなくなっていた。針というより刃物と化した尻を振りかざし、注入するはずの毒はそのまま吹きかけるという荒技である。患者の熱傷は、その毒により皮膚が冒されたものだとわかった。尋ねてみたところ、連れて帰ったという付き添いの男にも、わずかながら同様の傷が見受けられたからだ。
「半丹、さらしを」
「――はい」
 患者の傷を検分すると、腕を組み、膳六は考えた。こういったとんでもないしろものの場合は、まずアヤカシが原因であることが多い。ただ、とんでもなくなってはいるが、アヤカシであろうとて、もとの生きものの習性から受ける影響は防ぎきれないはずだ。
 だから、と、彼は考えを進めた。雀蜂は巣を作り集団で生活をする。すなわち、彼を襲ったような蜂は1匹では終わらず、巣の中心にはアヤカシとなった女王蜂がせっせと子孫を増やしている――。
 傷の処置と化膿止めの薬を処方し、膳六は今日のところは患者を家へ帰した。そして、ひとり机へ向かい、開拓者ギルドへ宛てた手紙をしたためた。蜂のこと、患者の怪我のこと、アヤカシに対すること、そして巣について。書き終えた手紙は、半丹丸に届けてもらうが、彼がその内容を知ることはない。手紙にもそう要望してある。
 アヤカシで滅びた村から助け出されたばかりの半丹丸には、しばらくはこの話題から遠ざけようと彼はつとめていた。あくまで医者の助手であって、『手伝い人』ではないのだ。彼が自立するまで、それを枉げることは罷りならなかった。
 あづちなら――。手紙を書き終え、ふと彼は想像した。彼女ならば、そのまま開拓者と蜂を探しに行くに違いない。もしくは、身の危険を冒してまで先に蜂を探しに出かけるか。使命感からか、ついそうしてしまう彼女の性格には同情を禁じえなかったが、もしかして、これは彼女の天職なんじゃないか、とも彼には思えた。
 どうせ出自もわからない、身寄りのない手伝い人である。開拓者になったところで、それが裏目に出ることなどあるまい。逆に身元が保証され、この間のように、東房の僧に怪しまれて目をつけられるようなことも起こらなくなるのだ。
 診療所の周りはもう暗くなっていたが、灯りを頼りに、まだ蝉がうるさく鳴いていた。
 なってみればよい。もしも彼女に、武器を振るう勇気があるのなら。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
无(ib1198
18歳・男・陰
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
針野(ib3728
21歳・女・弓
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

 夜になっても蒸す夏の暑さと、開拓者ギルドまでの道のりの長さもあって、開拓者たちへの説明が終わると、膳六はどっと疲れが吹き出したように見えた。彼はどっかと椅子にのしかかると。加齢のせいか灰色がかった顔を両手で覆い、暑さや疲れ、そしていろいろな考えを拭い払った。
「情報が少なくてすまないね。それじゃ、頼まれてくれるかい」
 喘ぐようにこぼし、膳六は座ったまま天を仰いだ。手伝い人の仕事も、存外に楽な物でない。この老体が原因ではあろうが、これでアヤカシと退治しなければならないのは掃討に覚悟がいるのだろう。これで戦うようであれば開拓者と大差ないが、彼女はまたどこかで誰かの世話になっているのだろうか、彼女の夏はどうなるのだろうか‥‥。
 しかし、彼の思いとは無関係に、開拓者はきたる戦いに向け、着実に備えを固めていた。彼に対して、夜分にご苦労様です、あとは私たちにお任せ下さい、と珠々(ia5322)はねぎらいの言葉をかけた。
「なに、どうってことないよ。さて、あと、他になにかあるかい」
「念のため、終わったら看てもらいたい」
「それはおやすいご用。帰りにでも、みんなであたしの診療所に寄るといい」
 出発する直前、事後を見据え、无(ib1198)は依頼者にひとつだけ、頼みをきいてもらった。毒に対しても対応できる巫女の鳳珠(ib3369)も同道するので、大事には至らないと踏んではいたが、それでも、瘴気からくるアヤカシ以外の由来のものは、なんとなく彼には心許なかった。
 雀蜂。普段から人間にとって危険な生きものであるが、それがアヤカシともなれば、脅威はいかばかりか計り知れない。また、もしもの話ではあるが、女王蜂がいるのならば、それに辿り着くまで何匹の働き蜂を相手にしなければならないのか。
 縁起物とか魔除けとしてよく飾られる大きな雀蜂の巣から想像すると、无には、それはお世辞にも楽しいものとはいえなかった。群をなすとはすなわち、軍をなすことにつながるわけで、またずいぶん厄介な、と彼は懐で休む管狐のナイに小さく語りかけた。
 あまりいい予感は抱かなくとも、対策として、開拓者は蜂退治そのものの準備をした。まだ1匹しか蜂が発見されていないことから、まずは巣を捜し出さなくてはならなかった。
「単なる防衛本能で動いてんなら、守っている中心まで行けばいいだけだが」
「活動範囲を特定するには数が少ない。巣まで泳がせた方が確実だろうな」
 アルバルク(ib6635)の疑問に、巴 渓(ia1334)は普段の蜂退治と同じ方法を提案した。普通の蜂と同じ生態であれば、何ら難しいことはない。ただ、相手の大きさがちょっと違うだけだ。このように目論見を立てた開拓者たちは奇をてらわず、すでに蜂退治に確立された手法を用いることにした。
「なるほど。‥‥ところで、蜂が黒いのに寄ってくるのって、なんかヤな感じしねえかい?」
 真っ黒な渓の衣装を眺め、冗談交じりでアルバルクは指摘した。渓は一瞬だけ、別の色のものに着替えようかとも逡巡したが、逆に自分に向かってくるのを逆手に取ればよい、とすぐに考え直した。かえって便利と考えればよい。
 普段通り、ということで、巣の捜索する手段も、働き蜂が巣に戻るのを追跡するという無難なものに落ち着いた。巣に持ち帰ってもらう餌も、鳳珠(ib3369)が用意した。
「これくらいで大丈夫でしょうか」
 あとを追いやすくするため、匂いのあるものを考えていたのだが、彼女はちょうど鮫の肉を見つけ、ひとかたまりあまり買い出してきたのだ。包み紙を通してまでもわかるその刺激臭は、その目的にはたしかに合致するものであった。
「これなら‥‥うちのハチも追えるね」
 ハチとは蜂のことではなく、針野(ib3728)の相棒、八作のことである。追跡を確実なものにするために、目視だけでなく、八作に匂いをたどってもらうことになっている。ただ、この匂いは忍犬でなくとも、十分追って行けそうではあった。
 もうひとつ、追跡を助ける手段として、滝月 玲(ia1409)はとりもちをひと瓶、用意していた。蜂にぶつければ、動きを鈍らせることができるだろう。さらに彼は、狙われないよう白い布をかぶるつもりでいた。
 蜂はみずからある物質を放出し、仲間を呼ぶことができる。このため、蜂が集まらないうちに始末してしまうのが肝要である。彼は他にも弓矢や煙玉を用意し、様々な想定をして作戦に備えた。
 アヤカシでなければ、蜂の子を集めるのだけど。作戦を脳裏に思い浮かべながら、珠々(ia5322)は雀蜂との戦闘を考えていた。自分は地上にい、相手は空中にいる――つまり、素早く動かれては相手の針を避けきれない。相手の動きの優位を打ち消すよう、意識して立ち回りをしなければならない、と彼女は肝に銘じた。
 一方で、駆鎧を操る渓とニクス(ib0444)は、珠々とは別の戦局に備えていた。駆鎧の出る幕は、巣を見つけ、そこにいるであろう女王蜂を退治するときである。それも、動きで蜂に対抗するのではなく、強固な装甲と打撃で、蜂の群れをなぎ倒すのだ。それまでは、数を相手にすることは避けたかった。
 日を改め、それぞれ蜂と退治する準備を済ませて、開拓者とその相棒たちはまず蜂との遭遇現場へと向かった。他に目撃情報がない以上、まずはここから始めるしかない。みな長期戦となることは覚悟をしていたが、それでもまた現れる、と彼らは踏んでいた。
 全滅を目指す、とはいえ一度に多数の敵を相手にしたくはないので、開拓者たちはあたりの茂みに分かれて潜み、鳳珠とアルバルクはそれぞれ騎龍、光陰とサザーに跨り、空から監視を行うことになった。話の通りの大きさであれば、上空からでも十分判別できるからだ。また、玲と珠々が連れている鷹の火燐、嶺渡も、その支援をした。
 目当てのものが現れたのは、そろそろナイが无の懐で退屈し始め、八作が耐えかねて欠伸をし出すころであった。アルバルクがかざす望遠鏡の円形の視界に、特徴的な橙と黒の大きな蜂が、その姿をぼやかしつつも入ったのである。鳳珠の結界にも反応し、それがアヤカシであることがすぐ後に証明された。
「おう、調子はどうだい? ってな」
 蜂に悟られないよう、彼は遠くから静かに降下し、地上の開拓者たちに方向を示した。それから間もなく、何かを探しているように、しばらく飛んでは留まり、を繰り返す大きな蜂が眼前へ現れた。
「ひええ、あんな大きいかあ。故郷でもたまにじいちゃんが罠作って駆除しとったなァ。‥‥アヤカシともなると、危険倍増、か」
 故郷にいたころから蜂の恐ろしさを知っていたため、その大きさに針野はめまいがする思いだった。これを何匹も相手にしなくてはならないと思うと、彼女は身震いがした。
「とりあえず、できることをやっておきましょう」
 鳳珠が手に入れた鮫の肉を、珠々は蜂の近くに、こっそりと置きに走った。耳を澄ませていたが、どうも同じ羽音はこの周囲からは聞こえておらず、群は近くにいないようだった。
「あれを運ばせるのか。うまくいくのか‥‥?」
「蜂というのはそういうものだ。見つかるさ」
 駆鎧の収納具の革帯を握り、ニクスがことの経過を不安げに見つめていた。渓は悠々と、蜂が肉を持ち帰ろうとするのを眺めていた。彼女はアヤカシの動きを観察し、これまでに見たことのある蜂そのものの動きだと確信していた。そうしてくれなければ、出番もなく困るという思いも、あるにはあったのだが。
 蜂は、はたして、大きな肉の塊を軽々と持ち上げ、またしばらく逡巡した後、これまでとは反対の方角へ飛び立った。先ほどとは違い、飛び方に迷いが見られなかった。
「よし、あとは巣を見つけるだけだ」
 襲われたときのため、玲はずっと矢をつがえ構えていたが、蜂の背を見、力を落として弦を緩めた。これから追いかけるには、相棒の力が必要であった。
 開拓者たちの予想に反し、空からの目をもってしても、追跡は困難を極めた。森林やくぼみなど、開拓者から死角へ入り込むことが数多くあったからだ。その際は、針野の忍犬である八作の嗅覚に頼らざるをえなかった。もっとも、彼女のハチはその期待に完璧に応え、蜂か肉の匂いかはわからないが、しっかりと蜂の居場所を補足して離さなかった。
「よっしゃ、ハチ、こっち? 行こう!」
 もうすぐ日が沈むというころ、ようやく状況に変化が訪れた。巣に帰る蜂とは別に、小さな群れを開拓者たちは視野に入れたのだ。やはりこれらもアヤカシであることに変わりはなかったがさらに大きく、ちょうど八作と同じくらいの体長である。
「どうする? 手こずるとまた見失うかもしれない」
「挟まれるのは勘弁だ。数が少ないうちに早く仕留めなければ」
 无の助言で、玲はとりもち付きの矢をいまいちど準備した。先ほどよりも的は大きく、矢を当てることは、彼にとってさほど難しいことではなかった。
 上空とも連携を取り合い、開拓者たちは雪崩を打って飛び出した。まず針野と玲の放った矢が蜂の不意を突き、ついでたたみかけるような連携が、上空から行われた。
 玲のとりもちは、予想通り大きな効果を発揮した。羽を絡め取られた蜂は満足に飛ぶことさえできず、開拓者の攻撃を受け続けることしかできなかった。毒を撃とうにも出口がふさがり、有効な反撃はとれないようであった。
 しかし、それでも大型の蜂はもはや殻と呼べるくらい外皮が硬く、1度や2度の打撃では砕くことはできなかった。決め手となったのは、術や炎を軸として攻める相棒たちのひと押しである。程なくして3匹の蜂を退治し、開拓者たちは肉を持つ蜂を再び追いかけ始めた。
「よしきた、こっちね!」
 八作がまず肉の蜂を見つけ、それからほどなくして、開拓者は目的地、すなわち巣の意ある場所へと案内された。巣の位置は誰の目にも、蜂を探すよりは簡単なことのように映った。森の中でさえ、何十間も離れた場所から、大きな蜂どもが大量に群れている様子が見て取れるのだ。
 ようやく見つけ出した本陣に、渓はがぜん張り切りだした。それはいままで駆鎧を温存していたニクスも同じで、ようやく出せる開放感で、それぞれが腕を鳴らしていた。
 渓の乗り込む駆鎧、カイザーバトルシャインは長い時間をかけ接近戦に特化して整備したもので、身体の動きをできるだけなめらかに再現するよう調整されてい、この蜂だらけの中を突き進むのにはちょうどよいと、自負していた。改造が終わって初めての出陣には、十分な役である。
 対してニクスの駆鎧、シュナイゼルは、帝国が正式に軍用として採用されているもののうちのひとつである。量産されているものから特段の改良はなされてはいないが、その金色の威厳ある輝きを放つ機体は、蜂たちの注目を集めることは間違いなかった。
 駆鎧の準備が調うまでの少しの間、先行して无が魂を奥へ送り込んだ。蜂の数は膨大で、しかもさらに大きさを増していた。巣の中、もっとも蜂が密集している場所にはやはりこれも一目でわかる女王蜂が鎮座していた。その大きさたるや、ひとの背丈をゆうに超えるだけの大きさがあり、思わず彼は、これは大きすぎだ、とナイにぼやいた。
 作戦は当初の通り、2人の駆鎧を楔とし、蜂の巣へと侵攻し浸透する。そして後続が蜂たちに引導を渡していくという手はずである。
「出ろ! カイザーッ!」
「‥‥シュナイゼル、行くぞ」
 対照的なふたりのかけ声を合図に、開拓者とその相棒たちは、女王蜂めがけて攻勢をかけた。
「始まったか。さて、めんどくせえが俺たちも行きますか。へばるんじゃねえぞサザー」
「はい」
 地上の流れに呼応して、上空のアルバルクと鳳珠も一気に高度を下げつつあった。
 アヤカシと開拓者が、ぶつかり合う瞬間であった。
 蜂は数えることすら難しいくらいで、渓とニクスは駆鎧の表面の大部分を蜂で覆われるほどであった。これほどの数ではその駆鎧でも防御の隙を突かれ、関節部分など構造上脆い箇所に攻撃を受けることも少なくなかった。装甲の暑い部分でさえ、速度をもった蜂の体当たりを受け凹んでしまってさえいた。さらに蜂の毒が損傷箇所から流れ込み、戦闘が終わる前には、内部から悪影響を及ぼしかねないほどの損傷を受けていた。
 駆鎧が蜂の注目を一手に引き受けているあいだ、開拓者たちは陸と空から、次々と蜂を屠っていた。
「群れりゃいいってもんじゃないだろ!」
 玲は攻撃の傍ら、狼煙銃も交え、蜂の視界を奪うことにも集中していた。炎と煙で目くらましを受けた蜂は暴れ回るだけで、攻撃ができない間に腹側から退治される運命となった。また動きの素早い個体は、火燐との連携でまず羽を切り裂いた。
 蜂の羽を切り裂くことに関しては、同じ鷹との連携では、苦無や真空の刃を操る珠々のほうが一枚上手である。その特徴ある羽音は、音の大小にかかわらず、場所を特定するのは簡単だったからだ。聞こえた羽音めがけて苦無を打てば、それで十分なのである。
 无は剣を振るうかたわらで式を操りつつ、肩で奮闘するナイのことを気にかけていた。術は明らかに蜂には有効であったため、瘴気を吸収しているとはいえ彼はかなりの数の式を繰り出していたからだ。ナイの術においてもほぼ同じ状態であろうから、あまり無理していなければいいのだが。
 後方から援護をしていた針野は、想像以上の数と大きさに、矢が足りなくなるんじゃないかと不安に思うほどであった。開拓者の死角へ回り込んだり、瀕死で逃げたりする蜂を主に狙ってはいたが、それでも相当な数の蜂を、すでに撃ち抜いていた。
「うおっ、またわらわら出てきたし‥‥」
 高さの使えるアルバルクには、地上勢よりはまだ状況を確認できる余裕があった。実際、駆鎧が突入する際には彼が指示していたのだ。今も巣を低空で旋回しつつ、蜂を撃ち抜いたり、仲間へ指示を飛ばしたりを繰り返していた。
 同じく高い位置にいる鳳珠は、完全に支援に徹することとなっていた。駆鎧で様子はよくわからなかったが、それなりの負傷をしていることは間違いなく、そちらの手当に主に力をさいていた。また、毒液を浴びた開拓者に対しては、すぐに治療を行っていたため、蜂に対して攻撃に打って出る暇など彼女にはなかった。
 いつ終わるともしれない戦闘ではあったが、飛ぶ蜂の大部分が動けなくなると、急速に事態は収束を迎えた。開拓者の目の前にはうずたかく積み上がった蜂の山があり、この中におそらく蜂の巣と、女王蜂がいるのだろうと予測された。
「もういいだろう。あとは、女王蜂か?」
 満身創痍の駆鎧から渓が合図をすると、その山へ、珠々が焙烙玉を、无が蚊取り線香の入った蚊遣り豚を投げ入れた。みるみるうちに火と煙は広がり、動けなくなった蜂を巣ごと燻していった。完全に活動を止めた蜂は瘴気へ還っており、時間が経つにつれて蜂の山はその嵩を減らしていった。
 巣は地面の中にも作られていたようで、焼け跡に半ば埋まった形で、はたして、大きな蜂が1匹残された。この大きさの蜂は他に見あたらないため、无が事前に見たとおり、おそらくこれが女王蜂ということになるのだろう。周囲を働き蜂に強固に守られていたせいか、ほとんど身動きがとれなかったにちがいない。
「‥‥これで、終わりだな」
 渓がカイザーバトルシャインを使ってその巨体を引っ張り上げ、さらにとどめの一撃を頭部へ加えた。損傷の激しい駆鎧では、しかし、完全に有効な打撃とはならなかった。今回の幕は、玲と火燐によって行われた合体技で閉じられることとなった。
「我が魂と絆結びしものよ、炎帝が翼をはためかせろ!」
 全身に白い布をまとい、火燐を背に従える彼の姿は、別世界のものという印象を見るものへ与えさえした。ほぼ垂直に飛び立ったあとでの急降下で、太刀のひと突きが女王蜂へ与えられると、ぱっと火の粉が散るように瘴気が散り、あとには焼け焦げた巣の残骸が残されるのみであった。
 勝負はついた。損害は大きかったが、開拓者たちは最後の仕事、アヤカシが残っていないか点検を行った。一部焼けずに残った巣の中に、卵と幼虫がまだ健在であったが、それらはひとつひとつ丁寧に、開拓者たちが文字通り潰していった。
 日が暮れることには、鳳珠の結界にも、ニクスの視界にも、瘴気のかけらが映し出される様子はなかった。開拓者たちに浴びせられた毒も鳳珠の治癒術と時間により浄化され、これならば膳六の診断も、安心を裏付けるものでしかなくなってしまうだろう。
 蜂の季節は、ひとまず過ぎ去ったのである。夕暮れの時間が近づき、无はおもむろに、懐から短いひものようなものを取り出した。針野が気づき、それを尋ねた。
「それはなんさね?」
「線香花火ですよ。――やります?」
 思わぬ返答に彼女は面食らった。そのやりとりを横から見ていたアルバルクが、笑いながら无に促した。
「そりゃ、ちょっと早いんじゃねえか?」
 開拓者の夏はもう、残り少なくなってきている。