老人と遺志
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/04 23:59



■オープニング本文

 今日の仕事を終え、診療所の中は静かだった。あづちも老医師も、診療が終わってからはお互い言葉少なであったが、きょうは勝手が違っていた。
 こういうときする話は、重要な内容であろうことは、あづちも予測できた。しかし、この場合――つまり、自分の中では終わったことを他人に詮索されたとき――は、たいてい気分を害するか、不自然にうろたえるかのどちらかである。あづちは後者であった。
「このあいだのお客さん、いったい何だったんだい」
 老医師にそう問われ、一日の仕事を終え彼が自室で休んでいるときに、まさか来客のことなど気づくはずがないと思い込んでいたあづちは、答えに窮した。それはあの、と、そこから先が続かず絶句したあづちを見、彼は、察したような、あるいは気に留めもしないような、なんともいえない表情を浮かべた。
「開拓者の人かい。まあ、いいけど。また依頼なんだろう? 気苦労が絶えないね。いいよ、行ってきなよ。あたしひとりで何とかするから」
 いつも言いにくい気持ちを酌んでくれたのはありがたいのだが、今回はそれが災いし、あづちは、彼の予想を否定するのに負い目を禁じ得なかった。それは違います、と言われても表情を変えない彼に、あづちがおそるおそる子細を話そうとしたが、その前に急の報せが入り、それは実現しなかった。
 来客らしからぬ勢いで、その報せを運んできた使者は、あづちが見る限り、老医師と面識があるようだった。使者が老医師の耳元で口を動かすと、彼の表情が凍り付いた。それはあづちにもはっきりと視認できるくらい、鮮明な変化だった。話が進むにつれ、老医師の手はわななき、しまいには、両手で頭を抱えうなだれるまでに、彼の落胆は悪化した。
 もういい、と老医師は使者を帰すと、しばらく椅子に座ったまま、黙っていた。そしてひとしきり、医師ともあろうものが、年甲斐もなく、泣いた。あづちは、その空気の変化から事情を読み取っていたので、彼の気が済むまで、それを見守っていた。
 彼女の予想通り、それは訃報だった。気恥ずかしさからその場を取り繕うかのように、老医師は語った。
「すまないね。年を取ると涙もろくなっていかん」
 亡くなったのは、彼の息子であった。使者の話では、村がアヤカシに襲われたとき、武器を取り応戦したが力及ばず、ほとんどの村人とともに犠牲になったのだという。唯一残された息子と過ごした、数少ない時間を思い浮かべているのだろうか、彼はしばらく、思い出を反芻していた。
「馬鹿なやつだったが、それでもあたしの家族だからね。惜しいことをしたよ」
 あづちがこのような話を聞くのははじめてだった。彼は口調を改めると、姿勢を正し、あづちに向き直って、正直な気持ちを吐露した。もちろん、このような表情を見るのも、彼女ははじめてだった。
「おまえさんに頼みがあるんだ。‥‥開拓者に、忰の仇をとってもらいたくてね」

 少年は、その言いつけを頑なに守っていた。
 納戸に隠れてからどれくらいの時間がたったのか、暗闇の中では確かめるすべもなかった。まだ生きているということは、それほど時間はたってはいないはずだが、自分がいつ寝て、いつ起きているのかさえ、もう確証が持てなかった。
 いつになったらここから出てよいのかということを、少年は聞かされていなかった。明かりも食料も絶たれていたため、心身ともに限界は近づいてきていることを、少年は自分自身でもわかっていた。
 身を守るために、言いつけを聞くのはいいが、それで死んでしまっては本末転倒である。もし生き残ったら、俺の父を頼れ、という、名も知らない大人から告げられた言いつけの後半を思い出しながら、少年は何度目かの眠りの縁に落ちていった。まどろむ直前、彼は、次に起きたら、外へ出よう、と決意した。


■参加者一覧
月酌 幻鬼(ia4931
30歳・男・サ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
志宝(ib1898
12歳・男・志
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
御鏡 雫(ib3793
25歳・女・サ
藤堂 千春(ib5577
17歳・女・砲
ナプテラ(ib6613
19歳・女・泰


■リプレイ本文

 夏の訪れまでもう間もないことを示す風が、東房一面を覆っているかのような陽気とは裏腹に、開拓者たちは足早に野道を進んでいた。彼らがギルドから受けた依頼では、いま向かっている村が、アヤカシに滅ぼされた、ということだった。
 御鏡 雫(ib3793)ははやる気持ちを抑えつつ、自前の医薬品を抱え黙々と脚を動かしていた。話によれば、アヤカシに蹂躙されたとはいっても、命を賭してまで防戦にあたっていた村人たちがいたのだ。たとえ可能性が低くともそれが奏功すれば、生存者がいないとは言い切れなくなる。もしかしたら、怪我を負い物陰に隠れて、助けを密かに待っているものもいるかもしれない、と思うと、足取りが自然と速まっていった。
 同じく急ぎ足ではあったが、彼女とは別の理由で、月酌 幻鬼(ia4931)は村を目指していた。彼が気にしているのは、村を襲ったアヤカシが鬼だったという目撃情報である。相手が鬼とあらば容赦はしない、日々そう心している彼にとっては、この依頼も看過することができないものであった。鬼と名のつくものは、自分だけで十分だからだ。
 村の広さを地図で見、他の開拓者も身の引き締まる思いでこの行路にあった。村ひとつ、という規模からはアヤカシ――鬼の数も相当あるものと思われ、開拓者たちは、掃討のため慎重に段階を踏むことに決めていた。みだりに村に入り乱戦になってしまわないよう、先にあらかたの鬼を外へおびき出してしまうのだ。村の外であれば、周囲に気をとられることなく総力をぶつけることができるためであった。
 作戦も決まり、あとは村で実行に移すのみというときに、開拓者たちを早馬が捉えた。その馬の背に、赤鈴 大左衛門(ia9854)は見知った顔を認めた。
「おや、あづちさぁ」
 あづちが持ってきたのは、息子を失った老医師からのふたつの願いである。そのうちのひとつ、息子の仇を討ってほしいということについては当初の目的とも合致するため、何の問題もない。ただ、その証拠を持ってきてほしいというもうひとつの願いは、どうすればよいものやら、ひと思案が必要なものであった。
「思い出の品とか、どうかな。証文とか、そういうの」
 気をきかせて、ナプテラ(ib6613)が提案した。本人のものがあるのならば、それが一番ではあろう。ただ、実際に手に入るかどうかは、わからない。
「僕は鉄の看板とか、腐らないものを、と思ったんですけどね」
 志宝(ib1898)は逆に、証拠として残りやすい観点から考えていたようだ。また大左衛門は、アヤカシと相反する存在である精霊に関連するものを選ぼうとしていた。とはいえ、いずれにせよいまこの段階では皮算用に過ぎず、開拓者たちはしばらくああでもないこうでもない、と話したあと、ひととおり見つかったものから選びだそう、という無難な選択に落ち着いた。
 あづちと開拓者の一行は、いよいよ鬼の跋扈しているであろう村へと近づいた。開拓者たちはまずあづちを避難させ、地図の通り、村の外、街道沿いにある広大な空き地で、アヤカシを迎え撃つ手はずを整えた。
「一番槍ァ、ワシが仕るだス」
「おう、そうかい? んじゃ俺も負けてられねぇなあ」
 ことの悲惨さがそうさせたのであろうか、珍しく、大左衛門が先陣を願い出た。ただ、幻鬼も相手が鬼というだけあって、全部は譲れなかった。
「みんな、用意はいい?」
 鬼に重い一撃を浴びせるため、ヴィオロンの弦に弓をつがえ、琉宇(ib1119)は音頭をとった。彼は今回の仕事について、ただ討伐し、仇討ちを果たせばいいとは考えていなかった。この村に人が戻って、はじめてアヤカシに打ち克った、といえるのだ。
「私がお相手いたしましょう!」
 雄叫びによって、雫が鬼に呼びかけ、作戦が始まった。しばらくののち、鬼が村から現れ、開拓者たちに狙いを定めるのを見届けると、幻鬼と大左衛門は威勢よく斬り込んでいった。
「村ン衆の無念をワシらが晴らしに参っただス。さァ、掛かって来るだスよ!」
 大左衛門が気炎を吐くかたわら、幻鬼は鬼を模した面を被り、久々となる鬼退治の始まりを高らかに宣言した。鬼を相手にするのが、何よりの楽しみなのである。
「おお、いたいた。さあて――黒鬼だ、お相手願おうかい」
 藤堂 千春(ib5577)の銃、鳳珠(ib3369)の術、琉宇(ib1119)の音曲の支援をもってしても、アヤカシの数は、開拓者へ消耗戦を強いるのに十分なものであった。アヤカシは、餓鬼のような小さなものから、得物を振り回す大きなものまで揃えて徒党を組んでおり、そのばらつきが開拓者たちの応戦を慌ただしいものにしていた。
「このっ、どこからでもかかって、とは言ったけど!」
 群がる子鬼を前にし、ナプテラが悪態をついた。拳で戦う彼女は組み合うことがどうしても多くなってしまうため、それに比して打撃をもらうことが多かった。幻鬼も余裕を見せる余裕はあまりなく、すぐに愛用の斧を振りかぶらなければならない事態になっていた。
「生意気な鬼どもだな!」
「まずは、ひとつ‥‥ふた、つ‥‥みっ、つ‥‥。次は‥‥」
 千春も鬼と剣劇を交わす前衛が楽になるよう、1対1の状況をお膳立てしようとするものの、彼我の数の差はいかんともしがたく、槊杖をまともに握っている暇すらないほど、込めては放ち、込めては放ちを繰り返していた。弾丸がなくなってしまうのではないか、と疑ってしまうほどの射撃を、彼女は行っていた。
 群がる鬼どもに、雫は、本心では構っている余裕などなかった。いまも村には生存者が開拓者の助けを求めて待ちわびているかもしれない、という緊張感と常に隣り合わせていたのである。その焦りは、しばしばアヤカシと対峙する彼女の太刀筋を狂わせた。
「かなりの量のアヤカシですね」
 手傷を負い身を退いた志宝に、すかさず鳳珠が手をさしのべた。緒戦は結界を張り、アヤカシの動きを監視していた彼女だったが、予想以上に早く、傷の治療に切り替えなければならなかった。それほど、アヤカシの侵攻は苛烈だったものと思われた。
 この戦いにおいて、はたして、開拓者たちは決め手を得られなかった。鬼が数を減らし、自分たちに趨勢が傾くようになるまで、開拓者は泥沼の戦いを強いられたのである。白黒はっきりさせ、あたりが静かになったときには、みな息を切らしているか、怪我を負っているかのいずれかという有り様であった。
 怪我の応急処置は、雫と鳳珠が担当した。すぐに村へ入り、討ちもらしたアヤカシを追撃することになっていたのだが、この損害にもかかわらず士気は高いままであった。とくに幻鬼などは、まだ暴れたりない、としきりに体を動かしていた。
 村の広場では、開拓者は、琉宇の音楽によってアヤカシをおびき出そうとした。鬼の数は外の比ではなかったが、それでも大きな鬼が何体か残っており、もう1番、打ち合いをしなければならなかった。
「ここぞという時は、ガツーンといくべきね!」
「えと、ここは慎重に‥‥いえ、とどまっている余裕はありませんね」
 疲労をものともせず、ナプテラと千春が気勢を上げた。そうあっては、ほかの開拓者たちも引けをとるわけにはいかない。もともと数は少ないこともあり、今度は開拓者たちは優位を保つことができた。
 数の優位は、後方からの間接攻撃を有効なものにする。千春の放つ銃弾と琉宇の打ち出す音波は、先ほどとは打って変わり、驚くほど効果的に、鬼を追い詰めていった。
 引導を渡すため、鬼へ最後の一撃を浴びせたのは、受託時から鬼退治に息巻いていた幻鬼である。彼は斧の手応えを確かめると高らかに笑い、鬨の声を上げた。
「鬼が逃げては鬼ごっこにならんぞ? まぁ、ごっこではないがな」
 開拓者たちはその場で軽い休憩をとり、続いての調査に移った。4組に分かれ、村の隅から隅まで調べ尽くす手はずとなっている。アヤカシの残党はその都度対処すると決め、もしもの場合は助けを呼ぶことで合意を見たが、結果からいうと、それには及ばなかった。
「‥‥この近くには、アヤカシはいませんね」
 幻鬼と鳳珠が担当した場所は、それほど被害は大きくなかったようである。建物も健在なものが多く、復興は比較的難しくなさそうであった。
「ぼちぼち戻ろうかね。鳳珠殿、援護助かったよ。恩にきる」
「それほどでも。私は私のできることをしただけですから」
 幻鬼は、ちょうど付近に落ちていた、もはや誰のものか判断のつかない1文銭を拾い上げた。ここに人が住んでいたという、確かな証拠である。
 千春と志宝の班も、慎重な調査の結果アヤカシがいないことがわかると、老医師に持ち帰る品物の算段に入った。
「――これ、どうだろう」
「それ、なんですか‥‥? 仇討ちの証になるでしょうか」
 志宝ががれきの中から引っ張り出したのは、千春にはわからなかったが、火の見櫓の半鐘であった。耐久性は文句のつけようがないのだが、いかんせん持ち運ぶには重すぎたため、彼は断念した。
 村で被害が一番大きい箇所は、大左衛門とナプテラの班が訪れた。大風でも吹いたかのように、集落の家屋敷が丸ごと破壊されてしまっている様子に、ふたりは思わず息をのんだ。
「‥‥きっと、ここにはなにもないわ。戻りましょ。私の場合、無駄に考え込むよりパッと決めたほうが、うまくいくこと多いのよね」
「そうだスか‥‥。うん、ここからものを持ち出すのも、持ち主に悪いだスな」
 一通り生存者がいないことを確かめ、大左衛門は最後に、合掌した。
 異変があったのは、琉宇と雫の担当とする箇所であった。半分壊された土蔵の中から人の気配を感じ、琉宇は声を上げた。全員が集まり、内側から鍵のかけられている戸を力尽くでこじ開けると、中には少年が、ひとり横たわっていた。
「きっ、きみ、大丈夫?」
 大慌てで、雫は少年を介抱した。怪我はほとんどなかったが、栄養不足で衰弱しているようであった。アヤカシは完全に駆逐されていたので、開拓者は少年が目覚めるのを待ち、それから温かい食事を彼に提供した。
 現実を受け入れることができないのか、少年はやけに落ち着き払っていた。話を聞くと、襲撃の際すでに父母はアヤカシの歯牙にかかってい、村の大人からここに避難を命じられたとのことだった。そのとき、ここを頼れ、と渡された紙切れを、少年は開拓者に見せた。
 そこには診療所の名前が書いてあった。東房に診療所の数はけして多くないが、あづちを呼び寄せて尋ねたところ、依頼主の診療所に間違いないという。これで、雫はそれがなにを意味しているか、はっきりと悟った。
 ほどなく、少年が元気を取り戻し、開拓者たちは帰途についた。ギルドへの報告に先立ち、開拓者は老医師のもとを訪れ、村で助け出した少年のこと、少年に老医師を頼れと言いつけした人物のこと、そしてその遺志を伝えた。幻鬼の拾った1文銭は、とっさの機転で少年へ渡した。
「この少年が、息子さんが命をかけて守り、あなたへ託した幼い命です。きっと息子さんは、あなたの背中に、命を繋ぐ尊さを学びとったのだと思います」
 雫はそう話すと、老医師は何度も大きく頷き、そうか、そうかと繰り返し言いながら、少年を抱き寄せた。
「おまえさん、あたしの元で勉強しなさい。天儀を知るすべを教えてやるからね」
 今後、村が復興し少年が真相を知ったとき、それをどのように感じるかは、いまや何の保証もない。しかし、このできごとからなにかを得、後生にきっと活かしてくれると、老医師は固く信じていた。
 そうでなければ、自分の孫として育てようとはしなかったはずだから。

 開拓者ギルドで依頼の経費を精算し、あづちが建物から出てきたところを、ちょうど大左衛門が通りかかった。
「あ、あの‥‥どうもありがとうございました」
 明らかに彼女の視線は泳いでいた。困ったもんだス、と大左衛門は肩をすくめた。
「気にせんこったス。なンぞ秘密があったって、去年の田植えン時からあづちさぁはあづちさぁだスからな。付合い方ァ変わらねェだスよ」
 秘密、という語句が壱師原のことを指しているのはお互いわかりきっていた。あづちは笑顔のまま、申し訳なさそうに下を向いて固まった。
「いろいろ、すみません。お世話になります」
「なに、いいってこったス」
 彼女の口から聞こえてきたのは、か細い詫びの声だった。大左衛門は笑って肩を叩き、ギルドの中へ入った。どうやら、抱え込むのは得意のようである。彼は気を取り直すと、依頼の掲示へと視線を動かした。
 ――ちったァ頼って欲しいたァ思うンだスけどなぁ。