たれこみ
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/15 00:05



■オープニング本文

 不動寺宗務所の一室にて、二人の僧は、ある一枚の紙を俎上に載せ、顔をつきあわせていた。夕方の勤行をちょうど終え、院内にはしじまが広がろうとしていたが、この部屋にはすでに重苦しい静粛さで満たされていた。
「これは‥‥どうすべきかな」
 二人の僧は、自ら進んで何かを言おうとはしなかった。それもそのはず、この紙は国どうしの政治的な問題について、あまり外部から触れられたくないことについて言及されていたからだ。
「本当の話なのだろうか」
 二人は紙を間に挟んで座したまま、時の流れにこの場を委ねていた。その紙には、東房内に北面から間諜が送り込まれている、ということを暗に示唆する、匿名の手紙だった。その間者は、各地の村を転々としながら、堂々と、必要な情報を得ているというのである。
「間者、ですか」
「本当なら大ごとだ」
「だが、誰が書いたかわからぬというのでは‥‥」
「しかし、間者が‥‥」
 煮え切らない口調で、ふたりは不毛な議論を続けた。もちろん、今の時点でその手紙が本当のものかどうかを確かめるすべは、彼らにはない。しかし、もしこれが本当のことであれば、いち早く天輪王の耳に入れなければならない可能性はある。そうなると、あらかじめ定められた方法に基づいて天輪王は指示を出し、間者を捜し当て、それが見つかった時点で、大々的に公表するに違いない。そうなると、北面との関係の悪化は避けられない。
 ――仮にこれが本当だとしても、と、ふたりは思った。最悪の時期は過ぎたとはいえ、東房も北面も、いまだ国力が疲弊していることに異論はない。たしかに、北面を責めようとすれば、今回の件についてはできる話である。どう発表したとしても、北面志士の面子は丸つぶれになるだろう。
 しかし、それで体面上は満足したとしても、東房にはなにが得られるのか。相互の交流は再び滞り、ゆっくりと進めてきた発展の歩みを、元に戻らせることにしかならないのではないか――。
 それ以前に、当たり前の話ではあるが、この手紙が事実かどうか、あるいは、天輪王がこの話を聞き入れるかどうか、についてはまた別の疑義があった。嘘を鵜呑みにし、闇雲に報告していたのでは、天輪王の指揮もただ鈍るだけである。はたしてふたりは、物事を無難に収める道を選んだ。
「どうだろう、――」
「――それはいいですな」
 ふたりの意見は一致をみた。まず基礎調査として、事実の裏付けをすること。その後、正式な調査を行うこと。裏付けには、こういうとき便利な開拓者ギルドにお願いすることにした。事実と判明できるまでは、ふたりだけの秘密にしておきたかったのだ。もちろん、事実でなければそのまま握りつぶしてしまえばそれで済むのだ。この計画は、早速実行に移された。
 ふたりの部屋には、はや夕闇が満ちようとしていた。

「――おや、珍しい。どうした、風邪かね」
「いえ、大丈夫、なんでもないです」
 同じころ、診療所で派手にくしゃみをしたあづちに、老医師は声をかけていた。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
染井 吉野(ia8620
25歳・女・志
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

「ま、俺らにまかしとき」
 開拓者らしく、頼りがいのある返事を、天津疾也(ia0019)は依頼者であるふたりの僧へ伝えた。傍目からは、このやりとりが、ちょっとした調べ物の依頼のように映っただろう。しかし、疾也は内心では、どう進めようかの答えを出しあぐねていた。相手は匿名の手紙であり、差出人の方面によっては、開拓者ギルドでも手に負えない、高次の問題にもなりかねないのだ。慎重にいかんとなあ、と彼はつい、僧の前で顔をしかめそうになり、あわててそれを正した。
「さっそく仕事の話しだスが、まンずそン文ァ見せて欲しいだスな」
 同様に赤鈴 大左衛門(ia9854)も慎重な態度で、早急に事実を断定してしまうことは避けたかった。彼の申し出により、依頼者によって厳重に保管されているその手紙を、この場へ持ってきてもらうこととなった。
「間者のひとりやふたり、いてもおかしくありませんが‥‥どう思いますか?」
 僧が手紙を自室から持ち運ぶ合間に、染井 吉野(ia8620)がもう一人の僧に訪ねた。東房のとる態度と、開拓者のとる態度の差を意識しておくことは、繊細な問題を扱うときには重要とされる点のひとつである。依頼者の望まない報告は、時として双方の関係にひびが入ってしまうこともあるのだ。その僧は、慎重に言葉を選びつつも、率直に答えた。
「いないとは考えてはいません」
 やはり、と吉野が肯くと、彼はさらに続けた。
「ただ、いるからといって、すぐにどうこうするわけではないですね。追い出したとて、いまいちど送り込むのは、簡単ですから」
「そんなものなんだ」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)は、まるで自分でやったことがあるような言い方をする僧――どんな立場の僧なのだろう――に驚いたが、それを鋭く問い質すことは避けた。間者がどうこうと、茶飯事にように言うのも、まるで僧らしからぬ気がして、違和感を覚えていた。
「外から嗅ぎ回られることは、あまり気にしません。問題となるのは、われわれの内側から意図的に情報を漏洩させることです。これさえ起こらなければ、どうにでも対処できると考えています」
「‥‥ということは、間者が内部と通じているかどうかを調べればええんやな」
 疾也に僧が肯いたところで、匿名の手紙が部屋に運び込まれた。机に広げ、開拓者がいまいちど検分したが、それは、ありふれた1枚の紙に下手くそな筆運びで書き記されてい、文面以外は見るべきところがなかった。
 その文章はやたら詩的なもので、かつて北から彼岸花がやってきて、いまは人々の生活に根付いている、彼岸花はありとあらゆる道ばたで、ありとあらゆる会話を聞いている、という。東房の北は冥越や陰殻ではあるのだが、壱師原の名前を知っているものにとっては、たしかに、それらしい連想をさせるものではある。
 後ろの段落で、その彼岸花は、いずれ鶴がやってくる道しるべとなる、とあった。大左衛門と疾也は、先日の三輪崎砦であらためた、祁瀬川家の家紋が鶴丸紋であったことを思いだし、顔を見合わせた。
 しかし、思い当たる節があったとしても、差出人が匿名だというのは大左衛門の腑に落ちない点ではあった。わざと名乗らないのは、名乗れないほどの理由があるからである。つまり、この場合は東房の外、それも東房とあまり親交のないものであるということである。そして、その目的は、なんらかの形で北面に害を(東房にもその影響が及びそうである)なすことに違いない。

「雲をつかむような話だね」
 依頼の解決にあたり、城下の宿の一室で、開拓者たちは事前の打ち合わせをした。リィムナは心当たりに乏しく、国境に近い町をしらみつぶしに探すしかないのかな、とこぼした。
 ひとまず、それでええやろ、と疾也が後押しした。間者はお天道様のもと、堂々と活動しているらしいのだ。運がよければ、すぐに会えるかもしれない。それに、幸い、開拓者には報告に数日の猶予が与えられており、時間的な余裕も十分にあった。
「自分のことを口止めはしていないでしょうからね」
 吉野も全面的にその案に賛成であった。目立つことをしていれば、すぐに話は広まるのだ。場所さえ間違いなければ時間の問題である。逆に、よく東房の当局がいままで気づかなかったのかが不思議ではある。僧の言うとおり、あまり気にしていなかったのだろうか。彼女はぼそりと付け加えた台詞は、誰の耳に入ることもなかった。
「――間者が簡単に見つかれば、苦労はしませんが」
 この総当たりの方針に対し、大左衛門にも異論がないのを確認すると、さらに疾也は行商人に扮することを提案した。間者も同様の格好をしているのではないかとの予想からであったが、ものものしい雰囲気の開拓者がぞろぞろと聞き込みをするのも異様に思われ、併せて採用されることになった。それに、疾也は商家の出でもあり、その立ち居振る舞いは東房の民の警戒心を抑えることに少しは役に立つだろう。
 そうと決まれば善は急げで、知人の店から盗まれた骨董品を探しているのだ、ともっともな理由も付け加え、4人の行商人が急遽誕生した。これから数日間北面との国境に近いこの地域は、町や村、寺や神社に至る隅々まで、この行商人の訪問を受けるのである。
 建前の理由は、間者を調べるのにずいぶん役に立った。とってつけた話であるから、訪ねられた人間は決まってこう答えた。
「いいえ、そういった盗品の話は聞きませんね。お気の毒さまではありますが」
 ここで食い下がらずに、ああ、そうですか、といったん退き、ほかに最近、なにか変わった点があったらなんでもいいので教えてください、と付け加えるのである。そうすると、心当たりのある親切な人間はたいてい教えてくれるのだ。それもみな一様に、『手伝い人』のことについてであった。
「そういえば――、よそからいろいろ手伝ってくれる女の人がよく来てますね。たぶん関係はないと思いますけど。‥‥だれだれさんのお店でも、働いていました。いい子でしたよ」
 『手伝い人』の行動範囲が思いの外広かったが、ここまで来れば、難しいことはなにもない。開拓者たちは、2日目に訪れた町でこの回答を得、それがあづちという名前の人物だということが判明するまでには、さほど時間を要さなかった。そしてさらに2日後には、いまどこで『手伝い』をしているかの情報が手に入った。

 その日は、日がちょうど暮れるころ、診療所の患者が全員さばけた。老医師も自室へ休息に戻り、残って仕事の後片付けをしていると、門をたたく音がして、あづちは応対した。
「あんたがあづちさんやね? ちいと、話訊きたいことがあるんですけど。――ああ、怪しいもんじゃありまへん。開拓者ですわ」
 行商人が4人も雁首そろえて、なんの売り込みに来たのだろうか、と脳裏によぎりあづちは警戒したが、開拓者と聞きすぐに安堵した。また、その中で見知った顔を発見し、彼女は笑みを浮かべた。
「じゃあ、立ち話も悪いですから。――いま、お茶いれますね」
 茶を一通りごちそうになったあと、さっそく開拓者は本題へ入った。とはいえ、作った理由は通用しない。こちらの意図を悟られないように、設問は一言一句慎重に選び、用意してあるものを用いた。最初は世間話から、次第に本人の主義主張に絡む話を引き出してゆくのである。
 あづちはその話に乗った。手伝い人の仕事のこと、アヤカシのこと、なんども命の危険にさらされたこと。いままで聞き手がいなかったこともあり、このときのあづちはほんのちょっとだけ饒舌であった。
 しかし、話が進み、『くに』や『まつりごと』のことに触れると、彼女はとたんに言葉を失った。私の住むところとは違う世界の話です、そうぽつりとだけ語る彼女の無表情な横顔が、開拓者の印象に残った。
 彼女が話す間、開拓者はただ黙っていたわけではなく、間者やそれに類するものを想起させる単語をしきりに交ぜて探りを入れていたのだ。しかし、あづちはそれに引っかかるそぶりはひとつも見せなかった。
 あづちの名前が出たとき、吉野は、まさか彼女が間者だとは思っていなかった。考えて、偽装するためにわざとそう振る舞っているとも疑ってはみたが、話を聞いて、その気持ちは薄れていた。
 活動の中身もそうだが、アヤカシに襲われるたびに、命からがら逃げ帰り、涙をちょちょぎらせるのが間者というのは、普通に考えて無理がある。東房の民に対しても危険な活動をしている証言は得られなかったうえに、そのよくできた間抜けさは、当然、偽装の可能性も否定はできないが、今回の依頼では、そこまで判断する手段は与えられていないのだ。
「結局、あづちを間者と見間違えた、って感じなんかなあ」
 疾也が腕を頭の後ろへ回し、報告書のあらすじを吟味しだした。
「そうですね、手伝いで滞在している理由がもっとはっきりすればいいんですけど」
 吉野の言い分はもっともである。間者でないことの証明をするためには、間者以外のなにかであることを証明し、それを間接的に裏付けるほかないのだ。いまは『手伝い人』だが、もしも、万が一、本当に間者でないのならば、せっかくなのだから、診療所で勉強して医者にでもなってしまえばいいのに、と彼女は思った。

 はたして、開拓者たちは、間者の存在は確認できず、と回答した。
 通報者は、みだりに東房と北面の関係を悪化させようとする意図があるものと推量する。
 ただし、『手伝い人』と称する無宿人が滞在中である。通称名はあづち。人望を集めており、願わくは滞在手形を交付されたい。以上。
 こう付け加えておけば、あづちの処遇は今よりも悪くはならないだろう。もしくは、報告書が匿名の手紙と一緒に、闇へ葬り去られてしまうかもしれない。それはそれで、仕方のないことである。現状維持ならば、双方にとって特に問題となる点は生じないからだ。
 報告書を仕上げたあと、大左衛門は、どうしても東房の僧には伝えられなかった記憶を漁っていった。北面の邪魔、といえば、今回のほかに、祁瀬川景詮が神楽の都で襲撃されたことと、壱師原の砦が占拠されたことが上げられる。砦は確定しているが、これらすべてが木之下征景の差し金なのだろうか。それが事実だと仮定するならば、つまり、本来はあづちも、壱師原と何らかの関係を持っていることになるのである。
 しかし、彼には、今回のあづちの話が嘘だとは思えなかった。これらすべてが事実として矛盾しないようにするための、まだ見つかっていない事実が、きっとあるのだ。
 同時に、リィムナも北面にまつわることどもを思い浮かべていた。彼女には、神楽の都で景詮を護衛した夜のことが網膜に焼き付き、離れなかった。無抵抗の人間をあやめるのに、景詮は眉根一つ動かさなかったのである。その冷たい表情を思い出すたび、東房と北面の仲が悪くなってしまったら、と彼女は思わずにはいられなかった。いまでもあんなことができるのだ、彼女は、壱師原を守るためにはそれ以上に手段を選ばないだろう。あのような、凄惨な光景が各地で繰り広げられるのではないか、と想像するだけで、彼女の心は曇るのだった。
 それに、東房のひとはことを荒立てたくなさそうだったけど、北面はどうなんだろう――、と景詮のことを考えたリィムナの脳裏で、先ほどのあづちの横顔が、なぜか、それと重なった。

「――おや、お体に障りはござりませぬか」
「支障ない。心配は無用だ」
 同じころ、自室でつつましくくしゃみをした祁瀬川景秋に、久我綾継は声をかけていた。