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■オープニング本文 東の大アヤカシの危機も去り、理穴西部平原には早くも長い冬が訪れようとしていた。首都、奏生から離れた山際近くの農村には雪がしんしんと降り始めている。 「今年はさすがにダメかと思ったけどねぇ」 囲炉裏の炎に照らされながら年老いた女性が服の綻びを繕っている。 「雪祭りのことですか?確かにそんなことをしていられるような余裕はなかったですからね」 答えたのは髭を生やした男だ。腰を下ろした隣にはさまざまな商品の入った木箱が置いてある。どうやら村と都市をつなぐ行商人らしい。 「そうさ。開拓者がいなかったら、今頃、わしが竹やり持って外に立っていたかもしれないねぇ」 くすくすと笑うその顔に、日々大アヤカシにおびえていた影はない。アヤカシの脅威はまだあるものの、ゆっくりと人々の心の中に平穏が戻ってきているようだった。 「それで、今年はどうするんですか?」 この村では毎年雪が降り始めたころに合わせて、雪だるまを作る祭りを行っている。優秀者には村の特産品である蜂蜜をもらえることもあり、外部からの参加者も多い。 「戦が終わった祝いにしようと思っているんだよ。みなの慰労になればいいんだけどねぇ」 「そうですか、うまくいくといいですね」 ささやかではあるが毎年そこそこ盛り上がっている。村人の中にも楽しみにしている人は多かった。 「そうだねぇ、そうなんだけどねぇ」 老婆の顔に困ったような表情が浮かぶ。 「祭りに参加する人が思ったよりずっと少ないんだよ」 大戦の後である。そんな祭りに参加するくらいなら、他の村の復興に出かけたいという人も少なくない。 「それは、そうでしょうなぁ‥‥」 行商人も道行く中、壊された家々などを目にしている。みな復興に心血を注いでいるのだ。 「いい息抜きになると思うんだけどねぇ」 「確かに、根詰めてばかりじゃ息がつまっちまいますからなぁ」 村の唯一の祭りだ。開催したいのは山々だった。 「せめて参加者が増えればいいんだけど‥‥」 愁いを帯びた瞳に諦めの色がまじる。 「‥‥ギルドで参加者を募ってみるのはどうでしょうかな?」 ぽつりと行商人の男が口を開いた。 復興に力を入れる開拓者もいるだろう。だが、重苦しかった合戦も終わり、落ち込んだ人々を盛り上げたいという人もいるのではないだろうか。 何も雪まつりで優勝しろというわけではないのだ。気軽に誰でも参加できるのもこの祭りの魅力の一つである。 村にはいい温泉もある。昼間に雪だるま作りを楽しんで、夜はゆったりと湯につかれば戦の疲れも癒されるだろう。 「開拓者の人々には世話になったし、そうだねぇ。ぜひ参加してもらいたいねぇ」 老婆は穏やかにうなづくと、行商人に少ない報酬を渡した。 「これで、依頼を出してきておくれ。開拓者の人たちが来れば雪まつりももっと楽しいものになるだろう」 付き合いの長い行商人は頷き、金子を懐に入れた。村から離れられない村人の代わりに、自分がギルドに依頼を出すことはよくあることだ。 「雪まつりまであと少しだ。少しでもたくさんの人に来てもらえるといいんだけどねぇ」 今宵もまた農村に雪がしんしんと降り積もっていた。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
紅蓮丸(ia5392)
16歳・男・シ
鼈甲猫(ia8346)
23歳・女・弓
山吹(ia8583)
21歳・男・シ
春金(ia8595)
18歳・女・陰
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰 |
■リプレイ本文 空は晴天。はく息は白く、寒さがつんと身にしみる。積もった雪がきらきらと太陽の光を反射している。村人に案内されたのは白銀の世界だった。 「おー!雪がいっぱいだ!自分の村と同じくらいだな!」 ジルべリア出身のルーティア(ia8760)が楽しそうな声を上げる。 雪だるまを作ったことのない紅蓮丸(ia5392)や俳沢折々(ia0401)はわくわくと期待に胸を膨らませていた。春金(ia8595)も久しぶりの雪だるま作りに顔を輝かせている。 鼈甲猫(ia8346)とともに早朝から買い出しに行っていた神鷹 弦一郎(ia5349)は自らの幼少時代を思い出していた。理穴出身の彼は先の大戦で故郷のためにその力を使った。開拓者たちの協力の上、大アヤカシ炎羅は倒され、理穴には緩やかな希望が見え始めている。だがその爪跡はこの寒村にも鋭く跡を残していた。 「ふむ……被害は軽くない、かねぇ」 そう呟くのは山吹(ia8583)だ。早朝から彼は村の被害状況と復興具合を見て回っていたようだった。 巴 渓(ia1334)の目にも厳しい理穴の状況が映っていた。この雪まつりで彼女は村人たちへ慰めを伝えたかった。 家族。大切な存在。 開拓者たちは大戦の終わりの象徴、来たる平和の象徴として家族を選んだ。 「よぉし、じゃあ雪集めから始めよっか!」 ルーティアは強力を使用し、一気に雪をかき集める。豪雪地帯で育ったため、雪には慣れっこだ。 開拓者たちの計画としてはかまくらと雪だるまの大家族を作る予定だ。かまくらは大会が終わった後も村の子供たちが遊べるように。 少し離れた所から雪を集めてきたのは紅蓮丸だ。他の班を邪魔しないようにと、お人好しな彼らしい。優勝を目指し、気合いが入っている。 かまくらを作るのは、主に渓と弦一郎、ルーティアだ。集めた雪を踏み固め、雪の山を作っていく。一見すると地味な作業だが、ここをおろそかには出来ない。穴を掘った後、かまくらが崩れてしまわないように真剣に作業を進める。 「まずは、だるま家族からだねぇ」 山吹はそう言いながら小さな雪だるまを作っている。子供の雪だるまだ。 折々が作るのは雪だるまの父と母だ。父は恰幅良く大きめに、表情は木や石を使って威厳があるように。母は父より少し小さく、穏やかで優しげな表情を。 「たくさん作るとはいえ、のっぺらぼうなのもつまらないもんね」 そう言いながら、表情を形づけている。その隣で雪だるまの祖父母を作っているのは紅蓮丸だ。 「お爺は髭を付けてちょっと頑固そうな表情で。お婆は杖を持って優しそうな感じにするでござる」 折々の作った雪だるまより少し小さめの雪だるまが二体出来上がる。どこか似ている雪だるまたちに二人は表情を和らげた。 子供たちは個性豊かだ。鼈甲猫が作った雪だるまにはお団子が付いている。他にも着物を着ているかのような模様をつけたりと、一つとして同じ雪だるまはない。折々がそれぞれに小さな個性をつけていた。 「元気でやんちゃな雪太郎、泣き虫な雪子、おませな雪美‥‥なんてね」 そんな設定が作れたら面白い。仲間とわいわい相談しつつ、雪だるまの家族が完成していた。 春金が作っているのは家族団欒の象徴、炬燵だ。炬燵の上には鼈甲猫が雪で作った山盛のご飯と一汁三菜が並べられている。 その隣にあるのは丸っこい雪のかたまり。実は春金が金魚を模して作ったものだ。金魚を売る商いを行うこともある彼女ならではである。 「やっと出来たー!」 ルーティアが歓声を上げる。ようやくかまくらが完成した。子供が五・六人入れる大きさとなると、なかなかの大きさだ。志体をもつ開拓者だからこそこの短い時間で済んだが、一般人がやろうとすればまる一日はかかっていたであろう。 渓が額に浮き出る汗をぬぐう。 「ふぅ、お疲れ様。俺は他に遊具でも作るよ」 そう言うと、渓は一人子供たちのために滑り台を作り始めた。孤高を好む彼女らしい。 完成したかまくらの外側に鼈甲猫はさくら模様をつけていた。 「冬ならではの…この大会ですが、心の中は春のように…」 まだ遠い春だが、せめて村の人々が温かい気持ちで過ごせるようにと。 ルーティアが作った雪うさぎたちも追加され、開拓者たちの作品はいっそう賑やかなものへとなっていた。 「さて、そろそろ審査される時間かな?」 そう弦一郎が呟きながら空を見上げる。太陽が傾き始めていた。 村長である老婆が村の老人たちとともにそれぞれの作品を見て回っている。 「あぁ、いつも参加してくれる武天と朱藩の班だね。どれどれ‥‥」 武天の班は国王の気質を表すように、豪快な作品だ。人の二倍はあろうかという巨大な雪玉がどんとかまえている。その分細かい造形まで手が回らなかったのか、雪だるまの表情は乱雑なものだったが、それもそれで味がある。 一方、朱藩の班は、大きさでいえば一般的なものだが、美しく装飾されている。特産の珊瑚や真珠などを飾りに使っており、華やかなものだ。ただ、この村の素朴な雰囲気の中では少し浮いているような気もする。 「ふむ、相変わらずというか‥‥。さて、それじゃあ初参加のあの班は一体どうなったのかね」 一行が歩みを開拓者たちの作品へと進める。そこに現れたものに皆の呼吸が一瞬止まった。 魔の森から離れたこの村からも有志が立ち上がり、儀弐王の助けとなるよう緑茂の合戦に参加していた。もちろん非戦闘員として輸送やけが人の介護が主な役割だったが、道行く途中アヤカシに襲われ命を落としたものもいた。 「家族‥‥だねぇ。これは」 老婆が小さく言葉をこぼす。目に映るのは雪だるまの子供たちが元気に雪うさぎたちと戯れる様。炬燵の上には食事が並んでおり、祖母と母は優しげに子供たちを見つめている。どっしりと構えた父親に、頑固そうな祖父。 家族の団欒がそこにあった。 感嘆のため息が老人たちの中からもれる。中には涙ぐむ者までいた。 「ふむ。皆の意見を聞くまでもないようだねぇ」 その言葉に、老人たちが頷く。今年の優勝者が決まったようだった。 その頃、その優勝者たちはというと。 飛び交う雪玉。舞う白雪。雪合戦に興じていた。 ことの発端はルーティアが冗談交じりに雪玉を仲間にぶつけてみたことからだ。村の子供たちや他国の参加者たちも加わり、楽しげな様が繰り広げられている。 祭りならではの一期一会。それぞれがこの時を存分に楽しんでいた。 「ふっふっふ、自分の『ごーそっきゅー』を受けてみろー!」 そう言いながら雪玉を投げているのはルーティアだ。周りの村人には迷惑をかけないよう注意を払いつつも、開拓者仲間たちに対しては全力で投げている。そして、その球の餌食になったものが一名。 「いやぁ、元気だねぇ。はっはっはっはぶっ……」 山吹である。彼は温泉が今回の目的であるため、雪合戦には参加せず皆の様子をにこにこと見ていた。そこを狙われたようだった。 鼈甲猫も集中して投げようとしたところを狙われてしまった。 「やはり、弓のようには…いきませんねっ」 楽しそうな声を上げ、雪の上にぽふりと倒れる。 「ふふふ、拙者を捕らえられる物なら捕らえてみるが良いでござるよ」 紅蓮丸は木葉隠を応用した雪隠れで仲間から姿を隠す。だが、鷲の目を使い命中を強化した弦一郎に惜しくも雪玉をぶつけられてしまう。楽しそうに弦一郎が声を上げる。 「フ…遠距離戦で弓術士に勝てると思うなよー!」 そこからルーティア、渓の猛攻を受け、紅蓮丸はあえなく雪の中へと身を沈めたのであった。 的にならないように精一杯よけているのは春金だ。小さな体をいかして雪まみれにならずに済んでいる。 折々は村の子供たちと仲良く遊んでいた。俳家でもある彼女は子供たちに問われて短歌を教えてやったりと楽しそうである。 銀色の世界が鮮やかな夕焼け色に染まっている。こほんと息をついて、村長は皆に呼び掛けた。 「さぁ、そろそろ優勝者を発表するよ」 ざわざわとしていた場が段々と静まっていく。子供たちの笑い声が遠くから小さく聞こえていた。 「今回の優勝者は初参加の開拓者の方々だよ。おめでとう」 ほほ笑みながら告げられた言葉に他国の二班が落胆とも感服ともとれるため息をついた。だが、僻むような声はない。おめでとうという言葉がポツリポツリとこぼれた。 「雪だるまの大家族‥‥。いい題材を選んだねぇ」 村長である老婆がにこにこと一人一人に褒賞を与える。蜂蜜の入った小さなつぼだ。 団子以外の甘いものが嫌いな山吹は、残念そうに肩を落としている他の二班にそのつぼを手渡した。驚いた顔が山吹を見つめる。 「いやぁ、甘いものが苦手でねぇ。よかったらもらってくれると嬉しいねぇ」 その言葉に武天と朱藩の参加者は口々にお礼の言葉を述べた。まさか、負けた自分たちが蜂蜜をもらえるとは思っていなかったのだろう。時の運に感謝である。 雪だるまにつかった野菜は皆にみそ汁としてふるまわれた。遊び疲れ冷えた体にはちょうどいい。鼈甲猫が嬉しそうに頬を緩ませた。今回の買い物は小さいながらも村の復興の力になったようだ。 「さぁ、日も暮れることだし、温泉に入ってゆっくりしなされ」 白い湯気が木々にまぎれゆっくりと空へとのぼっている。橙から紫へと色を変えている空には小さな星のきらめきが一つ二つと輝き始めた。雪がまたちらちらと降り始めていた。 「うわー、これが温泉かぁ」 声を上げたのはルーティア。初体験の温泉にきらきらと瞳を輝かせている。 鼈甲猫はぼんやりと舞い散る雪を見つめていた。村の人々に楽しんでもらえたかどうか。それが彼女には少し心配だった。 「滑り台や…かまくらも残るし…」 自問自答の末、小さく笑みをこぼす。きっと大丈夫。 「雪化粧を施した景色もいいものじゃが、次は春にでも来てみたいのぉ。また違った風情が楽しめるのじゃろうな」 温泉につかりながら春金は楽しそうに笑った。ひそかに楽しみにしていた雪見温泉に大満足のようだ。 一方、男湯にて。 「こんなに楽しい事に誘っていただいた村人には感謝でござるなぁ」 のんびりと湯につかりながら紅蓮丸は一人呟いていた。目指していた優勝もすることができ、褒賞の蜂蜜ももらえた。だがそれ以上に村人に喜んでもらえたことが彼は嬉しかった。 「なかなかいい湯だねぇ」 山吹の普段から閉じているような細い目が、満足そうにさらに弧を描く。念願の温泉に入ることができ、ほっと息をついていた。いくら入っていてものぼせることのない山吹に弦一郎は苦笑する。 「まぁ、皆と最後まで楽しく過ごせてよかったかな」 いつもは無愛想な顔が優しげにほほ笑む。 その冬、雪だるまの大家族が理穴の寒村を優しげに見守っていた。 |