肉食蜂の森
マスター名:姫野里美
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/12 23:26



■オープニング本文

 空に憧れる物は多い。それは、ただ単に掃天の空間への思慕ではなく、その頬を撫でる風への恋歌でもあった。
「親方ーーー! 連れてきたにゃーーーー!」
 蒼色の広がる中、元気な少女の声が響く。それは、船乗りや荷物を運ぶ人足達、管理を行う役人達の声に負けず、港にいる船長の元へと届いていた。
「おう。随分時間かかったな。さっさと準備しろよ」
「わかったけど、その前にお願いがあるのにゃ」
 飛空帝の甲板から、そう答える船長ことノイ・リー。仕事を引き受けて、出航の荷物を搬入していたようだが、そんな彼に、言われた少女…雪姫は、連れていた少年を引き合わせる。
「初めまして。僕、どうしても頼みたい事があるんです!」
 自己紹介もそこそこに、自分の思いを言い募る少年。それを聞いた船長が、帽子の上から頭を抱えてみせる。
「空を、飛びたい? その辺の冒険者にでも頼めばいいじゃねぇか」
 ドラゴンフライに関わらず、飛空艇には、緊急脱出を兼ねた発着場が併設されていた。かなり大きな港であるそこは、これから依頼に向かう冒険者も多く、龍に代表される相棒達さえ行きかっている。中にはジライヤや土偶等、大型の相棒達も多い。
「だ、だって竜ってなんか怖くて…」
 それが開拓者達のものと言う知識さえなければ、野獣溢れる恐怖の光景だ。一般人はおびえるのが当然と言ったところだろう。
「親方、お願いにゃ。1人くらい乗せても、ドラゴンフライは落ちないと思うのにゃ…」
 そんな彼を、どこでひっかけたのか、雪姫はうるりらと瞳を濡らしながら、そう訴えてくる。他の飛空挺と違い、人員を少なくしても動かせる愛船を見回して、彼はこう諭した。
「そりゃあ、船は問題ねぇさ。だけど、今回向かうのは、素人が1人乗って耐えられる場所じゃないぞ」
「でもー」
 ぷうと口を尖らす2人。そんな少年少女に「ほれ、見てみ」と、船長は貰った依頼書を、木箱の上に広げてみせる。
「で、でっかいスズメバチさん…」
 少年の表情が引きつった。絵姿には、人の赤ん坊ほどもあるスズメバチが描かれている。それも、群れとなって。
「空アヤカシがその辺をふらふらしてる向こう側なんだ。空に行くのは構わないが、今回はまずい」
 何しろ中途半端に小さい大きさだ。普通なら、たたき切ってしまえば良さそうなもんだが、今回はサイズが小さいので、全てを避けきれない。
 と、少年は。
「わかりました。戦えばいいんですねっ!」
「おい」
 ぎゅぎゅっと手にした紐で、袂をたすき掛けしてみせる。そして、裾をはしょり、動き易い格好になって、自慢げに薄い胸をふんぞり返らせた。
「これでも、村のかけっこ大会では一番だったんです!逃げ足だけは自信があります!」
「役にたたねぇっつーの!」
 怒鳴り返す船長。空の上の足場は、船の上しかない。いくら走り回っても、限度は見えている。
「ったく、相変わらず面倒くさい依頼ばっかきやがるなぁ」
 えーと文句たれる少年少女に、彼はやっぱり頭を抱えたままで、そうぼやき、もはや何でも屋と化した開拓者ギルドへ連絡するのだった。

 一方その頃、神楽の都から遠く離れた海辺の港。数々の船が並ぶものの、活気が溢れているとは言い難い小さなそこで、並ぶ家に人々が集まっていた。
「まったく、たかが蜂なのに、なんでこう足止め食らうんだよ!」
 だんっと壁を叩いている船乗りらしき御仁。作りの悪い椅子にだらしなく腰掛けたもう1人が、穴の開いた天井を見上げながら、こう答える。
「仕方がないだろう。あんなでかい蜂なんだ。蜂の巣なんか輸送したら、食われっちまう」
「護衛の調達はまだなのかよー」
 外はまだ風が強いのか、時々小屋全体ががたがたと揺れる。時折、風にしては強すぎる衝撃が、突発的に襲っていた。その度に、びくりと震える空気。誰かがぽつりとこう言った。
「明日には到着するそうだ。それまで耐えないとな…」
「食料は充分にある。後は…お嬢様のご機嫌伺いか」
 深いため息が漏れる。その直後、荒くれだらけの現場にはそぐわない甲高い声が響いた。
「ちょっとー。まだなのー?」
「ほら、また始まった。へいへいただいまー!」
 一番年若い船乗りが、そのまますっ飛んでいく。お守りを押し付けられたらしい彼に、別室にいた声の主は、甲高いそれのまま、こう文句を付けてきた。
「まったくもう。これだから田舎は不便なんだからぁ」
 こんな小さな町にはそぐわない異国風の衣装。ジルベリアの流行を取り入れたと言う触れ込みのそれに、お世話係は顔を引きつらせながらも、頭を垂れる。
「申し訳ありません。しかし、空には今アヤカシが多くて…」
「そんなの関係ないわよ。いいから持ってきなさーい!」
 なんでも、甘いものが食べたくなったらしい。髪を2つに結い上げた彼女は、部屋に1つしかない布団を占拠して、怒鳴りつけている。何とか機嫌を直させようとした彼らの前で、女性はドレスを着たまま立ち上がる。
「もういいわ。私1人で何とかするからっ。まったく、役に立たないんだからっ」
「って、危ないですよ。お嬢様〜!」
 慌てて後を追いかける船乗り達。外にはまだ、魔の瘴気に包まれた風が吹き荒れていた…。

 その頃、森の奥では。
「やれやれ。姫様にも困ったものだな。急に甘いモノが食べたい等と…」
 アヤカシの領域である魔の森と化した闇に、人の声のようなものが響く。後ろに控えた幾つかの影が、言葉を挟む。
「例の甘味が村を出ました」
「予想した通りだな。これは狩がいがありそうだ」
 くくく…と、闇が嘲笑う。その先には、ドレスを着たままの女性が、興味深そうに森を覗いていた…。

 それからしばらくして…ギルドに船長からの通達が乗る。
「いいか。今回行くのは、どこぞのお嬢さんを拾っての護衛だ。行きと帰りに、蜂の巣がある。アヤカシの蜂なんで、人間の血肉が大好物だ。上手い事突破して、お姫さんと荷物を確保してくれ」
 急募、護衛。対象、街長の娘及び荷物。敵。超大型スズメバチ。
 だが彼らは、その護衛対象が、既に村から姿を消している事に気付いていないのだった…。


■参加者一覧
深凪 悠里(ia5376
19歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
アルゴラブ(ib8279
32歳・男・魔
草薙 宗司(ib9303
17歳・男・志


■リプレイ本文

 お姫様の護衛をして、安全に荷物ともども連れ帰ってくるだけの簡単なお仕事のはずだったのだが。
「‥‥これだから我儘なお嬢は嫌いなんだよ!」
 はぁぁぁと深凪 悠里(ia5376)のため息が増える。嶽御前(ib7951)の提案で、2班に分かれた方の片方は、森の奥へと足を踏み入れていた。特徴では、16歳くらいの女の子と言うことらしい。さすがに、そんな少女が可愛い服着て歩いていたら、嫌でもわかるだろう。だが、そうやって探していても、いっこうに見つからない。
「条件は姫さんと同じだと思うのですが‥‥」
「そうでもないみたいね。こっちの方が美味しそうだったのかしら」
 杉野 九寿重(ib3226)にそう答えるローゼリア(ib5674)。見れば、木々の向こう側に、かすかな羽音。
「出来れば戦闘は避けたいですね。そういう仕事じゃないですし」
「離れずにお願いします。羽音で何とか蜂の位置を特定出来ないでしょうか‥‥」
 草薙 宗司(ib9303)が首を横に振る。耳を澄ませば、羽音は徐々に近付いていて、こちらに向かっているようだ。
「どうやらやるしかないようです。僕が前に出ますので援護をお願いします」
「わかりました。皆様お願いいたします」
 宗司がすっと一歩前に出た。余り交戦はしたくはないが、降りかかる火の粉は払わねばならない。孤立分断されるのを恐れた九寿重が、他の面々にも声をかける。
「さっさと落としてしまいましょ。そうすれば、お嬢様も大人しく帰ってくれるでしょ」
 ローゼリアがそう言って銃を向けた。刹那、蜂達がこちらへと気付いた。中心にいるのは、ふた周りほど大きな蜂。群れのリーダーだろう。それを見た彼女は、周囲をちらりと見やると、木々を挟むように構えを変える。いわゆるクイックカーブだ。その弾丸は、狙い過たず蜂の群れへと突き刺さる。合図の笛が鳴り響く中、羽が狙われるものの、アヤカシ達も馬鹿ではないようで、中々弱点を狙わせてはくれない。
「まだ動くなら、こうですわっ」
 手負いの蜂にローゼリアが単動作で打ち落とした。その効果を見届け、獄が解毒と神風恩寵を施した頃には、2〜3匹しかいなかった蜂達は、あっという間に屠られる事となる。
「なんとかなりましたね、やれやれ」
 宗司が安堵の声を漏らす。念の為、蜂の死体の周囲を探して見たが、少女の気配はまるでない。
「もう少し探しましょうか。この辺りにはいないかもしれませんが」
 そう言って、獄は瘴索結界「念」を使う。しかし、引っかかってくるのは、アヤカシの反応ばかり。
「ふむ。どうです?」
「こちらには蜂だらけですね。外れのようです」
 九寿重にそう答える彼女。それでも、蜂達の動きはわかる。集団で行動する彼らは、わかりすぎるほどに行き先を変更し、巫女の術は、その動きを獄へと教えてくれる。その教えられた術を駆使して、獄は仲間達にアヤカシの位置と数、そしてどこで止まっているのかを伝えていた。
「少し戻りましょうか。他の所で見つかったかもしれませんしね」
 心眼で、周囲に姫が居ない事を確かめる九寿重。友人でもある彼女の弁に、ローゼリアも素直に従うのだった。

 その頃、A班でもエメラルド・シルフィユ(ia8476)が心眼を使い、周囲の状況を確かめる中、その二段策を悠里が埋めるように、お嬢の名を叫んでいた。
「この先に向かったのは間違いないんだが、周囲には居ないな。声を聞けば現れるとは思うが‥‥」
 結果、アヤカシはおらず、通った後がわかる。逃げたわけではないが、どうやらルンルン気分で彷徨っているようだ。
「お嬢の行動から何かわからんか?」
「村の世話係の話では、村で盛んだった養蜂の話を、鵜呑みにして居たみたいだな」
 エメラルドにそう答えるアルゴラブ(ib8279)。村で姫の特徴と行動パターンを聞いた所、やはりこの辺りの特産だった蜂蜜に興味をしめしていたようだ。女性と言うのは、とかく甘いものが好きなのだろうか‥‥と、アルゴは思う。
「なるほど。では、そのお菓子を用意すれば良いのですわね」
 と、そんな甘味を求める女性を理解したのは、同じ女性である鈴木 透子(ia5664)だった。
「何をする気だ?」
「私にいい考えがあります。確か、着ているものなどは分かっているんですよね」
 アルゴの問いに答える透子。逆に姫の情報を聞かれ、彼はその所持品や着ていた服の糸を告げる。それによると、やはり明るい色の小物を身につけているようだ。
「ならば、おびき寄せればすぐわかるでしょう。確保、お願いします」
 エメラルドが心眼の符を用意しながら心得た旨を答えると、彼女は持っていたカバンの中から、いい匂いのする物を取り出していた。
「これは‥‥なんだ?」
「ホットケーキです。バターたっぷりにしておきましたから」
 香炉にあぶられ、甘ったるい香が森の中に漂っていく。結構な数のホットケーキがカバンの中から取り出されていた。
「いつの間にそんなものを‥‥」
「雪姫さんと一緒に焼いたんですよ。ハチミツにはホットケーキが定番だそうです」
 村のおかみさんたちに台所を借りたものだ。レシピは神楽の都にあったものを参考にしたらしい。その香ばしい香が漂う先に、エメラルドが心眼を向けてみれば、何か動く人間の姿。
「反応ありかな」
「少しは時間がかかるでしょう。あとは‥‥これで」
 エメラルドが告げると、透子は何やらメモを取り出し、2人に見せる。
「あわせて下さい。お願いします」
 口裏を会わせようと言うのだろう。頷いたエメラルドに、透子はホットケーキの匂いを5割り増しにしながら、森の奥に向かって声を張り上げる。
「仕事は中止になりました〜。帰りましょう〜」
 刹那、森の奥でがさりと音がした。何かに躓いた音に、エメラルドは心眼を向ける。
「見つけた! あっちだ」
 アルゴと悠里がそちらへ向かう。と、声でバランスを崩したのか、木々の間で尻餅を付いている少女が居た。上品な着物に、色の薄い小物。聞いていた姫と同じ特徴である。
「あ、いた! 探しましたよ。姫様」
 宗司が駆け寄って、その無事を確かめる。怪我などはしていないようなので、彼はその姫にこう釘を刺していた。
「仕事が中止になったって本当!?」
「いえ、嘘です」
 目を輝かせて沿う尋ねてくる少女に、透子は即答していた。「え‥‥?」と落胆した声を上げる彼女に、透子はぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい。どうしても見つけなきゃいけなかったんで」
 ぷーっと頬を膨らませて抗議する彼女。納得はしていないだろう。そうなる事を予想していた透子は、申し訳なさそうな表情をしながら、言葉を紡ぐ。
「本当にごめんなさい。これは、お詫び」
 彼女が差し出したのは、今まで焼いて居たホットケーキだ。はちみちのたっぷりかけられたそれは、金色の輝きを放っている。
「ま、まぁこれくらいなら我慢して上げるわ」
 ふいっと目をそらし、さらに盛られたそれを受け取る少女。
「ここにいたら十中八九命がやばいのでついてきてください。命がいらないならここにいても構いませんが」
「そうですね。ほらあそこに」
 ほっと胸を撫で下ろす宗司に、透子が結界呪符「白」を貼り、魂喰の符を持ちながら、羽音の先を示して見せた。
「文句は安全な場所で幾らでも伺いますから、アヤカシの餌にされたくなければ、ここから即刻退去し、本来向かう場所へのご同行をお勧めします」
「ええ。蜂蜜ぅ‥‥」
 ぷうと頬が膨らんでいる。その姿に、悠里が苛立ちを隠せない。
「まったく。アヤカシに遭遇したならお嬢も大人しく‥‥帰ってくれるかなぁ‥‥と思ったけど、無理そうだな‥‥」
 嫌がっていても帰るつもりなんだが、彼女の態度を見る限り、そこまで深刻に考えていない。それが、帰って苛立ちを掻き立てる気がする。その姿にエメラルドが、気になって問うた。
「だいたい、何でいなくなったんだ?」
 曰く、窮屈な生活にストレスがたまったそうである。朝から晩まで監視付。それは、確かに息も切れようと言うもの。そのせいで、むしょーーーに甘いものが欲しくなったんだそうだ。
「‥‥我慢してくれ。護衛が終わったら好きなだけ言いつければいい」
 頭を抱えるエメラルド。と、そんな彼女に変わって、花を差し出したのは、アルゴ。アルカマルからジルベリアへと渡ったらしい彼は、ジルベリア風の女性の扱い方を心得ていた。
「フロイライン、大人しくしてくれたら、ジルベリアの茶会へご招待しよう。紅茶は静かに穏やかな気持ちで飲むのが一番良い楽しみ方だ。そうはおもわないかな?」
 まともに口説かれた事はないのだろう。その思わせぶりなセリフに、少女の頬が朱に染まる。
「はちみつの代わりにワッフルもつけますから、ここは大人しく引き上げましょう」
「そうだな。蜂の巣は、また今度でも良いかも知れないな」
 雪姫の土産はなしになったが、その程度で駄々をこねる娘ではないだろう。同じ姫でもよっぽど素直だと、悠里は深いため息をつく。
「わ、わかったわよ。その代わり、はちみつたっぷりじゃないと許さないんだからぁ!」
 そうは言うものの。その腕はアルゴから離れない。
「しかし‥‥お嬢、一回怖い目見た方が今後の為って気がするな‥‥。もちろん命にかかわらない程度に、だけど」
 そんな彼女の姿に、悠里は深々とため息をついて、呼子の笛を鳴らすのだった。

 だが、それから数時間後、もうすぐ現地と言う時になって、事態は危惧していた通りになっていた。
「お前、そこまでして空を飛びたいか? 空など人の身にとっては危険なだけでいい事などないぞ?」
 飛空船の中でおめめをキラキラさせている彼。その姿は、昔まだ出会ったばかりの誰かにも似て。
(‥‥とはいえ、好き好んで開拓者をやっている我々が言えた義理ではないか)
 ふっと苦笑する彼女。ややあって、少年の目を見て‥‥こう答える。
「わかった。一度だけだぞ? 君に空を見せてやろう」
 エメラルドが微笑みかける中、アルゴがとすりと釘をさしていた。
「但し、死は覚悟するよう。ここから先は遊び場でなく、生存競争の戦場なのだからね」
「戦闘では物陰に隠れている事。隠れるところがなければ私達から離れるな」
 エメラルドもまた、その辺に転がっている箱を指し示し、そう続ける。
「あのう、あそこに蜂さんが‥‥」
 その直後、甲板で船長の手伝いをしていた透子が気付いた。見れば、行き先の空に、黒くうす雲のように広がるアヤカシの姿がある。魔法や弓の届く距離ではないが、準備はできそうだ。
「少年、私の後ろに。戦闘中にうろちょろされると、迷惑なのよね」
「ぼ、僕だって‥‥!」
 ローゼリアがそう言った。が、彼女はやる気を見せる少年に、銃を手にしたままこう答える。
「後ろ、見ていてもらいましょうか」
 ぎんっとガン見する少年。その割には、おててが震えている所を見ると、やはり怖いのだろう。もっとも、アルゴは全く気にせず、蜂を見据えていた。
「巨大な蜂のアヤカシ。その毒のサンプルでも手に入れば嬉しいが、アヤカシではそれも叶わないか‥‥」
 なにしろ、倒せば何れ瘴気の固まりになる。陰陽師ならば、その瘴気を回収する術もあるのだが、透子、今回はその符を持ってきていないようだ。
「しかし、ここに私の求めるものはない。手早く済ませるとしよう」
 ないものをねだっても仕方がないと、アルゴは魔法を詠唱しはじめる。魔術師の彼が行動を終える前に、前衛となるべく悠里とエメラルド、そして九寿重がそれぞれの武器を構えていた。
「準備できたら突っ込むぞ。目指す島はその先だからな」
 少し後方で、船長が舵を切る。と、そこへローゼリアがやや後方からマスケット銃を構えていた。
「心得えましたわ。これでも早撃ちは一番得意ですの」
 狙いを定め‥‥まだこちらに気付いていない蜂達へ、その弾を発射する‥‥! 
 ぼしゅうっと煙が上がり、群れの中へと炸裂していた。狙い定めた一匹がふらふらと水面近くで瘴気に変わり、流石に気付いた蜂達がこちらへ向かってくる。その数、ざっと20。1匹あたりは赤ん坊ほどもあろうか。一撃で落とせそうな大きさだが、油断は出来ない。
「羽根さえ焼けば、ただの虫です。攻撃を集中させましょう!」
 九寿重がそう言って、少年と雪姫を後ろに見ながら、突出してくる相手を横踏で避ける。マスケットで焼かれ、羽を失って落ちてくる蜂へ、攻撃を集中させていた。
「んなこたぁわかってる! 蜂にはこいつって相場が決まってらぁ!」
 悠里がそう言うと、固まって飛んでいるところに、水遁の術をぶつけていた。水をかけられて地面に倒れ伏した蜂へ、トドメとばかりに八柄剣を突き立てる。
 しかし、蜂達も馬鹿ではないようで。空中に舞い上がった彼らは、そのまま包囲する様に距離を取っていた。そして、その羽ばたきでもって、風の魔法と同じ効果を生み出す。
「近付かせるわけには‥‥まいらぬ!」
 防御に決して得意な面があるとは言えないはずのエメラルドが前に立ち、間合いを計っていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「毒が‥‥」
 一撃を食らい、腕に鈍い痺れが走る。肌の色が変わっている所を見ると、蜂の毒にやられたのだろう。くらりとした感覚が、エメラルドを襲うが、そこへ獄が駆けつけていた。
「大丈夫です。何とかしますから」
 そう言って、解毒の術を使い、怪我を癒す彼女。何とか動ける様になる間に、アルゴが魔法の詠唱を組み替えた。
「動きはスズメバチそのままか‥‥。風は適さないな。だとすれば‥‥こっちか」
 降り注ぐ雷に、何匹かの蜂が落ちる。そこへ、銃を持ち替えたローゼリアが、トドメとばかりに銃を打ち込んでいた。
「思った通りだ。羽根の付け根を狙えば、いける!」
 アルゴがその攻撃箇所から、弱点を見抜いた。羽ばたきも噛み音もなくす気はないようで、盛大な音を立てて襲い掛かってくる。
「わかったわ。群れのリーダーがいるようには見えないけど‥‥これでっ!」
 それでも、弱点が分かってしまえばこちのもの。なるべく羽の付け根を狙い、ローゼリアの弾丸が飛んでいく。たたき落としたそれに、悠里がとどめを刺し、エメラルドの雷鳴剣が降り注いでいた。その結果、アヤカシ達の半数がたたき落とされ、アヤカシ達は体勢を整えようと言うのか、引き上げて行く。
「なんだか、ご迷惑をかけっぱなしみたいです。ごめんなさい」
「気にするな少年。君達の我が侭を叶えるのも、その結果必要になる責任を取るのも‥‥私達、大人の役割なのだよ」
 そう言って、アルゴはまぶしそうに目を細める。
「そうだな‥‥。次に会うときはまた一つ成長した君達の姿を望もう」
 いつか、立派な空の勇士として。もし彼が、志体持つ者ならば、いずれ手を携える事もあるだろうと、アルゴは思うのだった。