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■オープニング本文 それは、嵐で増水した川がもたらした恵みと被害だった。 上流に降った大雨が、ざらざらと濁流を増やし、豪音を響かせて、その先にある入り江へと流れこんで行く。 魚達もそんな嵐の日には、岩の陰へ隠れてやり過ごすのが、自然の理だ。 間の悪いことに、嵐は闇の理さえ運んできた。風は黒く、川縁の木々を黒く染めていく。吹き出した瘴気は、嵐の世界を緑の理から切り離し、風と濁流だけの世界へと変貌させてしまっていた。 ばしゃり。 ばしゃばしゃり。 その、風と濁流しかないはずの川で、何か大きな物が跳ねる。そう、嵐は同時に、余計なものまで流しこんでしまっていたのだ。 流木や流石、どこかの桟橋から流れてしまった小船などならまだしも、そうじゃないものまで。 その川からさほど遠くない村は、大雨によってあふれた川の水に、膝から少し上くらいまで浸かってしまっていた。場所によっては、太股ほどもあるだろう。外に置いてあった空の木箱や樽がぷかぷかと浮き、家の壁にぶつかっては、派手な音を立てている。村人が、数日もすれば、水も引くだろうとたかをくくり、村に唯一ある二階屋である尊重の屋敷や、高台の寺に避難する中、それはやってきた。 ざぁぁぁ‥‥。 膝丈の水面に、黒く長い背びれが泳ぐ。濁った水面で、その姿までははっきりしない。しかし、水面へと突き出た背びれは、まちがいなく魚のものだ。 しかも、相当大きな。 ざぁぁぁぁ‥‥。 その数、ざっと10はあるだろう。餌を求めているのか、不安におののく人々のいる村長の屋敷へと向かって行く。だが、その前には寺の入り口がある。 刹那、背びれが大きく水中へ潜った。 ばしゃぁぁぁぁぁんっ! 直後、水面から跳ね上がったのは、体長2mにも及ぶ鯉だった。それがもしケモノなら、ヌシと言って良いサイズだろう。しかし、寺に体当たりしてその入り口を乗り越えたのは、ぎらりと牙の生えたアヤカシだ。 「わぁ、でっかい鯉がいる!」 体当たりの余波は、屋敷の土嚢を決壊させる。2階に避難していた子供が、悲鳴を上げつつも好奇心そのままに、鯉を覗く。大人が慌てて中に引っ張り込む中、鯉達は縮尺を間違った玩具が、屋敷の入り口を叩き壊し、その奥へと遡上していこうとする。 「まずいな。川の水が引くまで待っていられそうにないか‥‥」 「長殿、ここは早急に救助を要請するべきではないかのう」 住職の助言に従い、危機を感じた村長が、引き上げておいた風神機を作動させたのは、それから程なくしての事だ。 【増水した川から避難していたら、アヤカシ鯉が現れました。何とかして下さい】 開拓者ギルドに、依頼がぺたりと張り出された。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
羽紫 アラタ(ib7297)
17歳・男・陰
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
空神 銀河(ib7844)
18歳・男・泰
ゼクティ・クロウ(ib7958)
18歳・女・魔
リュウナ・シー・ローラ(ib7968)
16歳・女・弓 |
■リプレイ本文 その村は、右を向いても左を向いても水が流れていた。 既に雨こそ降っていなかったが、かつての村の大路には、そこかしこに水が流れ、まるで水没した都市のようになってしまっている。 既に避難は済み、積み上げた筈のカラ箱が、ぷかぷかと流れて行く。そんな濁流の町に、普段ならば村の中には入ってこないものが進んでいた。 「村人さんたちはー、二階建ての村長屋敷やぁ、高台のお寺にぃ、もう避難済みにゃんすねー」 そう言ったにとろ(ib7839)が乗っているのは、葛切 カズラ(ia0725)と仁志川 航(ib7701)が用意させた小舟だった。本来は近くの川を渡る者だったそれを借り、今こうして村の中心部へと向かっている。 「天災で仕方なくなんだけど、避難しといてよかったよね。あ、にとろにこれ渡しておく。応援が必要なとき吹いてね」 「わかったでにゃんすぅ。現れちゃった5匹はぁ。たぁい治するぅにゃんすー」 そんな航に、呼び子笛を渡されたにとろが、ぐっとその笛を握り締めて見栄を切っているが、そもそも数が半分になっている。 「10匹じゃなかったっけ。まぁ、全部撃破すれば良いかしら」 「被害が出ると面倒だからサッサと始末しましょ」 ゼクティ・クロウ(ib7958)にそう答えるのはカズラ。リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)曰く『龍になっても困るし』こと。見れば、びちびちと鯉の王様が遡れそうな滝も出来上がっている。 「鯉アヤカシって、進化して龍アヤカシになったりはしないのかしらねぇ」 「むしろあいつらのボスが龍アヤカシの可能性はあるな。どっちにしろ、倒すだけだが」 世界のどこかでは、瘴気を溜め込んだ鯉アヤカシが、龍と化す事例はある為、あながち可能性は捨てきれない。そう言いたげな羽紫 アラタ(ib7297)。自身の呪縛符をそっと撫でる。同じ鱗持つモノを使う身だが、その力は発揮出来るだろうか、と。 「さて、俺に出来ることはやるが…どうするかな…」 そんな羽柴と同じ舟に同乗し、チームを組む空神 銀河(ib7844)が、自身の武器である霊拳のついた手を握り締める。月に吼える銘を持つその拳で、粉砕するべき敵は既に水面下へと潜んでいるのだ。 「警戒点から撃てるかしら。私の弓が少しでもお役に立てれば良いのですが…」 天の弓を用意しているリュウナ・シー・ローラ(ib7968)。周囲に人の気配はないが、それが不気味な雰囲気を否が応でも上げていた。 「私のサンダーがどこまで活用できるかってとこかしら?」 曇り空は、ゼクティの雷を降らせるのを、予期しているかのようである。 「災害の被害が大きい上に、こんなアヤカシまで…。きっと、村に非難されている方たちも、とても不安でしょう…。一刻も早く村の復旧が開始できることを願って…。私も精一杯、戦わせていただきますわ!」 「その前に、これ運びなさいよー。せっかく経費で搬入許可取ったんだし」 が、決意を示すリュウナに、カズラはそう言って、船に山積みした水や食料などの援助物資を運ばせるのだった。 小船に分乗した開拓者達は、二手に分かれて進む事になった。もっと言うと、羽柴組とそれ以外の面々と言う分け方である。 「さぁて、まずはお寺にいかないとねぇ。ゴールは村長さんちでいいかしら?」 寺を後ろにしたカズラが、村長宅へ向かう道を指し示す。水没したそこには、ばしゃばしゃと水音が激しく聞こえていた。 「構わないわ。私も寺のほうに回りたいし」 「同じく」 符と術を使おうとしているのはリーゼとゼクティだ。そこへ、匂いでもかぎ付けたのか、魚の背びれが3つ見えた。 「こんだけアヤカシがうようよしてたら、水中には他の生物はいられなさそうだな」 他に生命の気配がない。瘴気は漂ってはいないが、これだけ大きいアヤカシなのだから、近所の生き物は駆られつくしていると考えておいたほうが良いかもしれなかった。 「どっちにしろ、片っ端から撃ち落とすだけよ」 舟はすぐ近くに係留してあり、ちょっとした足場には出来る。こちらから近寄るには、道が悪すぎる為、カズラはそう言って、不安定な船の上へと陣取っていた。 「色んな物も浮いて漂ってるし、このあたりの水際が限界かなー。これ以上深くなると足元不安定になるだろうし」 航は、水際くるぶしギリギリの所にいる。水の抵抗は思ったよりも激しいものだ。そう判断しての事で、リーゼは頷いて船の上へと飛び乗る。 「そうもいってられないし、あのあたりから攻めるのが良いと思うわ」 それを足がかりにして上ったのは、沈んでいない小屋の屋根だ。バランスは取りづらいが、上からアヤカシ鯉の全身図がとてもよく見える。 「おっけー。さっさと蹴りをつけてやろうじゃないの」 ゼクティが、村長の家の方を見て、そう言った。目撃情報では10匹。あと7匹は倒さねばならぬ計算だ。もたもたしてはいられない。ちょうど、背びれは寺のすぐそこまで迫っている。 「飛び道具だのみでぇ、当たらない遠距離やるくらいならぁ」 「ちょ、にとろさん!」 航が止める暇もなく、ばしゃばしゃとにとろが水の中へと入って行く。そこへ、鯉が水面へと現れ、彼女の方へと向かってきた。 「げげげの飛空下駄の威力をー、タップリとー、喰らわせるにゃ〜んす!」 降りは百も承知だ。それでもなお、彼女は鯉のどてっぱらに向かってその一撃を食らわせていた。飛空下駄が空を舞い、その鱗にぐっきりと二の字をめり込ませる。その勢いのまま、足元に戻ってきた下駄と入れ替わるように、リーゼが魔法を詠唱する。 「仕方ないわね。出来るだけ近くに落とすわ。感電してくれれば御の字よ」 敵はいまだ水中だが、構わずリーゼはアークブラストを放った。にとろを狙い、充分に近くなった鯉は、威力を維持したままの雷を、その身に浴びる事となる。感電と言うわけではないだろうが、そのダメージで瘴気と化す鯉。 「ほらほら、こちらですよ」 そこへ、航がばしゃばしゃと水音を立てながら、他の鯉達を誘っていた。あまり頭のよろしくない鯉が向かってきた所で、自身の矛を振るう。飛び上がったアヤカシを払うが、その鱗は存外硬い。 「しびれるような雷をふらせよ!サンダー!!」 そこへ今度はゼクティがサンダーを落とす。さすがに切り身に雷を落とされては、いかなアヤカシでも黒こげなる。しかし、水を通してダメージを与えられるわけではなかった。 「いまでやんす!」 一方で、水中から向かってきた鯉に、屋根上からにとろが下駄を飛ばしてくる。身をくねらせる鯉に、ばしゃあああっと水音立てて踏み込むにとろさん。練気法の力によって、その拳は正確に鯉を捉えている。 「アヤカシにぃ、今日を生きる資格は無いにゃんすー!! 秘奥義直斗一烈拳!」 どぉぉぉんっと強烈な正拳付きが鯉のどてっぱらに決まった。 「この私をあまり怒らせないほうがいいわよ」 2匹目にトドメを差した所で、ゼクティがそう言っている。 「見た目がー、どんなに綺麗に見えるデカい鯉でもー、牙が生えてる狂暴屋さんの鯉はぁー、御呼びじゃないにゃんす」 ぷっかぁぁぁと一種コメディのように流れて行きながら瘴気に還る鯉。 「屋敷の方はどうなっただろう。確か、羽柴さん達が向かったはずだけど‥‥」 その2匹以外に、鯉の姿は見当たらない。水中にいるにとろも、まだ大丈夫そうだ。気がかりな航は、村長の屋敷へ向かう事を提案する。 「上を通っていきましょ。水の中で魚と戦いたくないし、この季節水も冷たいだろうし、そもそも濡れたくないもの」 上を指し示すリーゼ。確かにその上は、為れぬ小船の足よりは早そうだった。 一方、羽柴チームは屋敷周辺から迎撃を開始していた。 「こいつはひでぇな…被害もこれ以上出させてたまるか」 ばしゃばしゃと音を立てて、我が物顔で村を泳いでいる鯉に、羽柴は気に入らないと言った様子で、そう言った。 「戦う舞台はこのあたりでしょうか」 「ああ。ここからでも、美味く狙えそうだな…動きは数匹だが見えてはいる…」 屋敷からこちらを伺っている避難民がいる中、羽柴はリュウナに頷いて、眼下に広がる水浸しの村へ目を凝らす。と、こちらに向かってくる鯉が3匹。 「よし。羽柴組はこのあたりで戦う」 「ご一緒させていただきますわ」 呪縛符を取り出す羽柴。リュウナが弓を構え、空神が2人をかばうように前へ出た所で、水面をはねる鯉。 「本当に大きな鯉さんなのですね〜…」 「しかし、でかいな…。でかさも無駄じゃなさそうだな、あの破壊力なら…」 感嘆の声と、冷静に様子を見る空神。鯉の出した波は、浮いていたカラの樽を粉々に粉砕している。 「援護するタイミング逃すなよ! 急々如律令」 羽柴がそこへ呪縛符を投げつけた。黒蛇の姿を模したその式は、水面を滑るように走って行き、鯉の胸鰭へと絡みつく。推進力を取られたと判断したそこへ、空神がその拳を振るう。 「今だ! 骨法起承拳っ!!」 ばしゅうっと空神の足が速まった。疾風脚で距離を詰め、その拳で鯉の鱗を粉砕する。ぎしゃああっと悲鳴じみた牙が自身に向けられた刹那、空神は後ろに向かって叫ぶ。 「やれ!羽紫、リュウナ」 「今のうちですわ! チャージ・サクゲツ!」 リュウナの矢が、そのダメージを受けた場所に深々と突き刺さる。そこへ、羽柴の斬撃符が、鯉をナマスに切り裂いていた。 「素晴らしいですわ! この調子でどんどん叩いて攻めましょう」 おめめを輝かせながら、リュウナがそう言う。その手には、既に2本目の矢が番えられており、見る間に瞬速の矢が放たれていた。 「勿論だ。1匹たりとも生かして返すな!」 向かってきた鯉に呪縛符を放ちながら、そう指示する羽柴。主たる迎撃力は空神がたたき出しており、寺チームがたどり着いた頃には、3匹ほどが瘴気と化し、他のアヤカシは村から手を引いて行ったところだった。 「にしても、見事に水浸しねぇ…。片付け大変そうだわ」 「気をつけてはいたんだが、鯉の動きの方が大きかったようだな」 リーゼが苦笑する。彼女も羽柴も、これ以上被害を出さぬよう勤めていたのだが、アヤカシにはそんな思いが伝わるわけもなく、家の扉が予期せぬ体当たりで壊れてしまっていたりする。 「おつかれさん。連携、たすかったよ」 航がそれでもねぎらいの言葉をかけてくれた。ところが、そんなおつかれさまムードの中に、カズラがどかどかと木箱を放り込む。 「その荷物は寺に運んで頂戴。ささやかな援助物資よ」 「怪我人がいたらこっちねー」 リーゼも、村人の怪我人を閃癒で直している。足りない錬力は、さっき鯉をバラした瘴気でリサイクルしたので、まだまだ余裕があった。 「ほれほれ、お前等はこっちだよ。押し込まれて退屈だったろう?」 一方で航は、援助物資の搬入は他の面々に任せ、子供達に笛を吹いている。閉じ込められていた子供が、興味を惹かれたのか、何人か寄ってきては、曲をせがんでいた。 「村の復旧ってことで、後に正式な依頼として申し込めないか考える必要もありそうだな…」 雨上がりの空に、子供達の歌声と、大人の笑い声が響く。その様子に、願わくば、好むらが元に戻るよう願う羽柴だった。 |