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■オープニング本文 ●蟲の置き土産 森の中、アヤカシが草木を揺らす。 木々の付け根には、白く丸い物体が多勢並んでいたり、繭に覆われた物体が張り付いていたりする。じわりと空気が重くなった。周囲に暗き気配が漂いはじめる。 やがて、その一角を食い破って現れた蟲は、がちがちと歯を噛み鳴らして鳴いた。 アヤカシの卵――瘴気から生ずる筈のアヤカシの卵。面妖である。何故かは解らない。どのような妖術を用いたのかも。しかし眼前に突きつけられた事実は覆しようも無い。 ひときわ大きなどす黒い卵が、どんと脈動した。 ●危険な卵 武天の戦いは、思わぬところにも余波を落としていた。 「ヤバい荷物捨てて来いってかい」 「はい。平たく言うとそう言う事です」 武天の一角に設けられたギルド出張所。腕に覚えのある面々が集っているそこで、依頼を受けている船長がいた。 「何で俺の船で、そんな危ない橋をわざわざやんなきゃいけねーんだか‥‥」 「新しい船だからですよ。強化もされていると聞きます。船足も早くなったと聞いていますし、それならばこの卵を早く投棄できると判断したからです」 まるであらかじめ決められていたことのように、さらりとそう答える受付の人。確かに、修復されたばかりの船は、それまでのノウハウが詰め込まれているせいで、今までの船よりも壊れにくくなっているだろう。上で、多少暴れても問題ないと判断した言うわけだ。 「俺の船の能力を買おうってかい。そりゃあ、速度も装甲も3割増しにはしてもらったけどよ。その分おぜぜは倍だぜ?」 「わかっています。輸送費は既に頂いているので、所定の手数料を頂いた上で、そちらにお渡しします」 報酬は、武天から既に出ているらしい。それならば、普通の運搬依頼と、なんら変わらない。ただ、運搬先が少し危険で特殊なだけだが。 「わかった。まぁ、こいつを見る限り、海の底にでも捨てちまった方が、後腐れねぇしな」 絵を見る限り、最近武天でいくつも発見される化け甲虫の卵‥‥と言う名の半分アヤカシのようなものだ。 「それで、いくつくらいあるんだ?」 「ノイ様への振り分けは30個です。大きさは、ガチョウより少し大きいくらいなのですが、少しでも瘴気に触れると、孵化してしまいます。運搬と廃棄には、慎重なルート選びが必要になるかと」 多いような気もするが、大きさを考えると、さほど影響があるわけではなさそうだ。 孵化しない限りは。 「わかった。そう言う依頼なら任せとけ。だが、俺1人で空アヤカシは少し厳しい。念の為、何人か護衛を頼む」 「心得ました」 頷く受付。何も、彼一人に頼もうと言う気は、元々無いらしい。 ●小雲関蜻蛉 だが。 「いやー、酷い雨だ。こんなんで、出航できるのか?」 東房の南にある発着場では、ここしばらく雨が降り続いていた。外から戻ってきたらしい係の者が、不安そうに窓を見ていた。鎧戸の下ろされた窓では、激しく叩きつけられる音が、ひっきりなしに続いている。 「普通はお休みだが、今回は特別便だ。これくらいの風でちょうど良いってモンさ」 「しかし、この天気だと、当然アレが出てくると思うんだが‥‥」 出航するのは、この辺りに週1でやってくる定期船ではないので、村人もそれほど気にかけてはいないようだ。むしろ、時折雨の音に混じって聞こえる、叫び声のような者が、詰め所にいた人々を震え上がらせている。 「門が空いてしばらくたつのに、いっこうに減りやがらねぇもんなぁ‥‥小雲関蜻蛉」 「まぁそのへんも、来てくれればちったぁ減るかもしれねぇけどな」 かすかな期待の思いを膨らませつつ、村人はそう呟くのだった。 ●壁に向かって そして。 「と言うわけで、出来るだけ少ないルートを選んだつもりだ。けど、瘴気ってぇのは、どこから吹いてくるかわかんねぇ。おまけに、アヤカシを粉砕した瘴気でも、アヤカシになっちまうってんだから、油断なんねぇ」 開拓者達に、依頼の内容を説明する船長。その背後には、今回進むルートが記されている。直近までは、精霊門で移動し、天儀本島から飛び立ったあたりで、廃棄すると言うのが大まかなルートである。 「ともかく、この卵を大陸から遠く離れた雲の中へ捨ててくるのがお仕事だ。よろしく頼むな!」 久々に、船らしい依頼で、船長が張り切るのも無理はない相談だった‥‥。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 耳元で風邪が唸ると言うのは、よく聞く話だが、この場合、そんな温いモンではなかった。錬力も魔法も使っていないのに、自分の回りに風の結界が出来上がり、傘は雨を防ぐ役には立っていない。そんな状況にも関わらず、港では出航の準備が整えられていた。 「ご無沙汰しています、船長」 嵐が吹き荒れる中、相棒の忍犬・遮那王と共に、ぺこりとおじきする鈴木 透子(ia5664)。 「おう。ずいぶんだったな」 何度か共に仕事した事のある彼女に、作業しながらそう答える船長。ぐりぐりと、特殊ロープが結ばれていく。その傍らには、籠に入った卵が置いてあった。 「遠くまで行って卵を捨てて来い‥‥と。そういえば、空へ出るのも久しぶりですね‥‥」 朝比奈 空(ia0086)が船を見回しながら、物思いにふける。どこか精霊の雰囲気を漂わせる彼女が見上げるのは、一回り大きくなった船だった。どこから資金調達して来たのかは定かではないが、雪姫が背中に『借金王』とか書いた紙を貼り付けよーとしている辺り、分割払いなんだろう。 「また背が伸びました?」 「これ以上伸びてたまるかいっ」 その船長はと言えば、エルディン・バウアー(ib0066)に頭を撫でられて困惑している。もう充分に大人の船長だが、相手は輝く神父スマイルが得意技の御仁なので、うっかり手を出せないでいるようだ。 「‥‥というのは冗談として、あの仔もふらは一緒じゃないのでしょうか?」 「いや。あそこにいるぜー」 そんな彼の態度に、くすくすと笑いながら、ぷらぁとの行方を尋ねると、マストの台に、雪姫と共に上っていた。「もふ?」とおててを振ってくれる。 「あらら、ずいぶん高い所にいらっしゃるんですね」 「俺が昇るよりはいいからな。お雪ももともと軽業やってたから、のぼらせてんだ」 雪姫は、高い所は平気なのか、軽々とロープを持って走り回っている。 「危なくないんですか?」 「アヤカシの相手させるよりはマシだわな」 エルディンの問いに、足元を示す船長。そこには、安全用の網が張ってあった。これなら、万が一落ちても大丈夫だろうと、納得する彼。 「そうですか。なら、あとでもふもふさせて下さいね。いきましょうか、ヨハネ」 ごろごろと喉を鳴らす駿龍。名前が違う事に、怪訝そうな顔を浮かべる船長。 「おめー、前クリスタじゃなかったっけか?」 「洗礼したついでに改名したんですよ。ねー?」 こくこくとヨハネが頷いていた。ただ、龍をつれているのは彼だけで、他の面々‥‥透子以外は、全員グリフォンという気の荒い集団なのだが。 「って、和奏! そこもっとしっかり結びつけとけっつったろー! ばっらばらになんぞ!」 いや、気が荒いのは相棒達だけで、飼い主の和奏(ia8807)は、船の出発準備を手伝いながら苦笑している。 「いやー、遠慮なくとはオーダーしましたけど、本当に容赦も遠慮もありませんね」 「んなことして死んだら損だろーが」 出来る事があれば、と申し出た彼に、船長は次から次へと用事を押し付けてくる。 「気がたってますね、船長」 「新品みたいですしね」 顔を見合わせる透子とエルディン。空も、これは錬力が尽きるまで、お手伝いは自重した方がよさそうだ。 「うし。これでいいな。おい、おまいら相棒ども積み終わったか? すぐ出航だ」 と、ほどなくして、船長が相棒の騎乗スペースを指し示す。まだ天空は暗雲立ち込め、酷い風と雨が吹きつける状態だが、もう飛ぶつもりらしい。 「早い方がいいって言うんでな。わりぃな、あんま構えなくて」 「いえいえ。その代わりに、船内を見物させていただけませんか?」 申し訳なさそうにそう言う船長に、首を横に振る透子。と、彼は彼女の申し出に、快く甲板から続く扉を指し示す。 「ああ、かまわねーよ。ただ、ガイドは出来んが」 「気にしません。お供は居ますから」 操縦に忙しい彼の代わりに、遮那王が任せろと言わんばかりに「わふ」とひと鳴きするのだった。 船は、その酷い天候にも関わらず、空へと上がってくれた。しかし、普通の船が嵐に揉まれるのが道理。飛空船も同じく、激しい揺れを伴っていた。 「酷い嵐ですが‥‥。晴天が続けば、小雲関蜻蛉は出ないのでしょうか」 「今まで出た試しがねぇって話なだけだがな」 エルディンにそう答える船長。船酔いは何とか押さえ込んでいる様子の開拓者達だったが、この揺れが続くと、アヤカシが現れた時に危険かもしれない。そう考えたエルディンは、何とか晴れさせようとする。 「でしたら、てるてるもふらを吊るしましょう」 彼が取り出したのは、もふらの頭をしたてるてる坊主。 「可愛いのにゃー」 「あげませんからね、貸すだけですからね」 雪姫が手を出すと、エルディンは何度も念押ししつつ、てるてるもふらを渡している。きゃっきゃとぷらぁとと比べている雪姫を、転げないように抑えつつ、船長はそんな彼らにこう言った。 「もう1匹いるからいいっつーの。他はちゃんと退避してるか?」 「ええ」 彼のヨハネも、他のグリフォン達も、しっかり捕まっている。透子は船室を探検中なので、遮那王の心配はせずともよいだろう。 「うし。なら突っ込むぞ」 「じゃあちょっと人生相談でも。人生の道に迷える子羊はいませんか?」 雲を両側にすると、風が勢いを増した。する事のなくなってしまったエルディンは、その間に自分の本業を進める事にする。 「一番迷ってる人が運転中です」 空が指し示したのは船長だ。 「なるほど。ではちょっと聞いてみましょうか。今一番悩んでいる事はなんです?」 「‥‥足の綺麗なおねいさん。この場合男の子でも‥‥って何言わせる!!」 運転に気を取られて思わず本音を漏らす彼。微妙な空気が、風に流れていく。 「あはは。まぁ用事があれば呼んでくださいねー」 エルディンは笑ってその風を受け流したが、空には「にゃろう‥‥。いつかひんむいてやる」という物騒な単語が耳に入ってくるのだった。 その頃、『居住区』と呼ばれる船員用の部屋では、透子が構造を把握するべく一周していた。 「めっ ナワバリにするのはダメ」 その辺の柱にマーキングしようとする遮那王を叱る彼女。飼い主の責任は果たそうとしているらしく、「きゅうん」としょんぼりする遮那王にも動じない。 「きゃっ。ずいぶん揺れますね‥‥」 もっとも、乱気流に巻き込まれたりで、思わず遮那王に抱きついてしまったりもしていた。「わうん‥‥」と心配そうに遮那王が鳴く中、彼女は船倉に収められた卵の様子を見に行く。 「嵐がやむ気配がない‥‥。卵は、まだ無事のようですけど‥‥」 出発前から綺麗に掃除されたそこには、整然と卵が並ぶ。外側にまどが取り付けられた場所からは、反対側に設置されたそれを、興味深く観察する透子。 「これ、どうなってるんでしょうね。えぇと、瘴気を吸収すると、アヤカシになるって言ったんですけど‥‥」 卵はどうみても卵に見える。これがちょっとした小屋程の大きさになるなど、見た目では分からない。持ち上げて、ぺたぺたと触ってみもするが、やはりどうみても卵にしか見えない。人の気配にもおびえることなく、体温も感じられない。料理屋に並ぶ卵と全く同じだ。 「わう」 遮那王が咎める様に鳴いた。見れば、人魂の符を懐から出したところだ。 「いけないですよね。これは」 慌ててしまう彼女。しばし考えていたが、ややあって、その卵を胸元に寄せる。 「わう?」 「好意的に接してみたらどうなるんでしょうね。これ」 卵は、瘴気を吸収して大きくなるという。ならば、愛を持って接したらどうなるか‥‥と、大切そうに手のひらで包み込んでみる透子。よしよしと撫でまわしても見る。 が、反応はなし。卵は卵のままだった。 「わうわう」 「ああ、ごめんね。遮那王。よしよし☆」 自分も! と頭をこすり付けてくる遮那王に、透子は拗ねないようもふもふとなでさする。どうせ誰も見ていないので、いくら鼻の下を伸ばしても平気だろうと。 ところが。 「あのー」 「わぁっ」 入り口の方から声をかけられて、はっと我に帰る彼女。見れば、和奏が訳知り顔でこちらを見ている。 「お手伝いの内容を教えていただければと思ったんですが、お邪魔だったですか?」 「‥‥ノックくらいしてください」 耳まで真っ赤にしたながら、不満そうにいう透子。この後、和奏が彼女にこき使われていたのは、いうまでもない。 事態に変化が起きたのは、嵐の中をだいぶ進んでからの事だった。 「風が強くなったと思ったら、現れたようですね‥‥」 見張りに出ていた空が、突如現れた巨大な蜻蛉を見付け、そう言った。雪姫に、船倉へ退避するよう告げると、彼女はついでに卵の所にいた透子を呼びに行く。 「透子おねーさぁぁぁん。出てきたにゃーーーー」 「はい、今行きます」 観察記録らしきものをつけていた彼女が、甲板に人魂を浮かべ、その錬力を半分にしていた。ふよふよと浮き上がるそれは、彼女の周りを仄かに照らす。 「さて、それじゃあ一仕事するとするか」 ゲヘナを引っ張り出す瀧鷲 漸(ia8176)。彼女が所属する小隊長でもある セシリア=L=モルゲン(ib5665)もまた、優雅に胸をたゆませて、ジャラールへと飛び乗る。 「どこもかしこもアヤカシはいるのよねぇ。とりあえずは卵を安全に投棄する為には引き離さないとねェ。ンフフ」 卵を安全に投棄する為には、瘴気を吐く蜻蛉と言うのは、厄介極まりない。それを見た空は、黒煉に跨り、出来るだけ船から引き剥がすよう告げる。 「後々に面倒を抱え込むのも厄介ですし‥‥。ここで始末させて頂きますよ」 相手は10匹近くいた。集団だ、と判断した彼女は、メテオストライクの使用を決める。 「瘴気回収の準備出来ました。いつでも大丈夫です」 透子が、符を用意していた。準備が整ったなと判断した鷲瀧は、すうっと息を吸い込んでいる。 「よし。吼えるぞ!」 力ある咆哮を放つのは、サムライの役目だ。しかし、全てが引っかかるとは限らないのが世の常で、蜻蛉の中には、こちらへ来ないものもいる。 「来るのと来ないのが半々だな」 「では、前の方はお願いしますね」 グリフォンから、真空の刃が放たれる。戦闘が始まったのを見上げ、船長は船に取り付けられた時計を見て、残り時間を告げる。 「やるのはいいが、あんま時間ねぇぞ。卵の投棄ポイントまであと少しだ」 時間にすれば、小半時と言ったところだ。纏めてやられないだけの知恵は回るらしく、空のブリザーストームは中々タイミングを望めない。蜻蛉の攻撃もそれほど当たらないので、ダメージは少ないのだが、長期戦にはしたくなかった。 「取りこぼしはこちらで引き受けます。悪戯に瘴気を振りまくのは避けたいですしね‥‥」 それでも、船へ向かってくるものもいる。甲板の上から雷鳴剣が飛んで行き、蜻蛉の装甲を削る。しかし、攻撃を受けた瞬間、蜻蛉が高い音を打ち鳴らした。 「くっ。仲間を呼び始めたか‥‥」 見れば、遠くの方から、再び蜻蛉の姿が見える。みるみる近付く蜻蛉達は、30秒もすれば合流してしまうだろう。幾匹かは落とし、透子が回収していたが、それでも5割り増し位になったのは間違いない。 だが、蜻蛉達は船ではなく、その上にいる透子達の方へと向いた。 「そうか。お前等! 卵に気を取られ過ぎるなよ! 奴の目的はそっちじゃない」 船長が気付いたように、甲板で叫んで舵をきった。大きく傾くそれに、バランスを崩しながらも、和奏が「どう言う事です?」と尋ねてくる。 「アヤカシってのは、生きてるモンを狙うだろ。卵より俺らの方が美味そうって事さ」 確かに、アヤカシが卵を狙う義理はない。つまり、襲ってくるのは、自分達がいるからで。しかし、和奏は首を横に振る。 「なるほど。でもあれはどう説明します?」 和奏が問うた。見れば、生き物でないにも関わらず、蜻蛉達は卵のある船室へも近付こうとしている。 「どこかで糸を引いてる奴でもいるんだろっ」 「なるほど。単体ではない、と言う事ですか」 ばしゅっと雷撃が煌く。しかし、追いつけない。 「急いで運びだしてください。遮那王、あなたも手伝って!」 「わうわう!」 ぱたぱたと、透子と遮那王が、卵を運び出す。しかし、それも全てではなく、一部が窓際の瘴気に当てられ、孵化してしまう。現れたのは、外の蜻蛉と同じ姿をしたアヤカシ。 「透子さん、こっちにも回してください」 「はいっ。じゃあお願いします」 透子が魂食を蜻蛉に食らわせる。生まれたばかりのそれは、充分に落ち、その瘴気を、空が白梅香で浄化する。しかし、元々いた蜻蛉まで手が回らない。その分は、エルディンがホーリーアローを食らわせていた。 「なるほど。孵化しちまったほうが早いってかい」 「生まれるものが生命であれば聖職者として祝福しますけどね。まったく残念!」 孵化させた直後は、それほど強くないのを見て、さっくり退治する気になったらしい。アヤカシに容赦のないエルディンを見て、船長が「こえー神父サマ」とか何とか言っているが、聞こえないふりだ。 「そっち行ったぞ!」 「任せてぇん」 瀧鷲の咆哮で寄って来たアヤカシは、セシリアの風神と蛇神が食らう。それでも残ったのを、瀧鷲が回転切りしていた。 「凍てつく神の息吹よ、我らが敵を散らし、瘴気の塵と変えたまえ」 「一網打尽、ですわ」 そこへ、エルディンと空がブリザードストームと、メテオストライクを食らわせた。直後、強くなった風に、吹き散らされる一堂。命綱がなければ、即死していた所だ。 「門が見えたな。風邪が強くなるから、気をつけろよ!」 その理由は、見えてきた転移門。しかし、その近くにも蜻蛉はいる。ここからは、耐久力と速さの勝負だろう。 「駿龍の翼にもひけをとらぬグリフォンだ。風の申し子が、風に負けてどうする」 「そうよねぇ。こんなのも使えるわけだしぃ」 ゲヘナを滞空させる瀧鷲。気功波が蜻蛉へ放たれる。その間に、血の契約を成したセシリアが、蛇神を食らわせる。また1匹、落ちていく蜻蛉。 「ほらほら、こっちですよ!」 「距離をそれ以上はなさないで下さい。近付きすぎるのもダメです!」 エルディンが、和奏のアドバイスを受け、何とかヨハネで蜻蛉達を押し出そうとしている。瀧鷲とセシリアも、蜻蛉達の間に、自身のグリフォンを割り込ませていた。 「わんわん!」 「遮那王、がんばって!」 その間に、透子は自身と遮那王で、卵を窓際からぽいぽいと捨てている。蜻蛉が近づけない今のうちに。 「そろそろ、相棒達にも厳しい頃です。振り切って下さい!」 和奏が警告を告げた。見れば、門がだいぶちかくなり、蜻蛉達も、次第に吹き飛ばされている。越えられるほどの力はないのだろう。 「相棒どもは、マストに命綱つけたか?」 「無論ですわ」 足を踏ん張って、踏ん張って操舵に集中船長に、空が頷いてみせる。 「よし。しっかり捕まってろよ!」 と、彼はそんな彼女を支えつつ、舵を切った。大きく傾く船体。上に乗ったものが片側に傾くが、後方に付いた宝珠が輝き出す。 「何かお手伝いは‥‥」 「こっちの宝珠に力を入れてくれ。何しろ倒れるぎりぎりだからな‥‥」 空が思わずそう申し出ると、彼は押し殺したような声で、練力を注ぎ込む事を告げる。彼女が言う通りにすると、後方の宝珠が風を集め、何とか船体を安定させる。 「今ですね」 動きが止まった事を見て取り、透子が窓から卵を投げ捨てる。ちょっぴり寂しそうなのは、貴重な研究材料を捨てるせいだろうか。が、そこへ突風が吹き込む。たまらず、よろめく透子。 「あ‥‥!」 「漣李!」 それを、曲飛の要領で、和奏が受け止める。 「大丈夫ですか?」 「ええ。急に風が‥‥皆様、吹き飛ばされないで下さいね」 漣李の爪に引っかかりつつ、遮那王を抱きしめる彼女に、船長が怒鳴り散らす。 「耐えろっ。船だって頑張ってんだからよ!」 ぎしぎしと軋む船体。しかし、船が根を上げないのに、上に乗る人様が根を上げてどうすると、耐える透子。その間に、和奏が変わりに卵を投げ捨てる。 「精霊よ。どうか力を‥‥」 エルディンが船で祈りを捧げていた。アヤカシが襲わない今、非力な彼が出来るのは、無事を願う事だけだ。 「船長! 投下終わりました!」 直後、和奏がそう言った。見れば、空っぽの籠が並んでいる。 「おっし。引き返すぞ!」 船長が船をまっすぐ戻す。噴射に空が力を貸した。他の面々は、命綱を手繰り寄せ、帰りにも待ち受けているであろう蜻蛉アヤカシに備えている。 船体が門から引き返したのは、それから間もなくの事だった。 港に返ってくると、てるてるもふらの効果か、珍しいくらいの快晴だった。 「遮那王。よく頑張りましたね。船長も、ありがとうございました」 いっぱい褒めて撫でまわしながら、礼を言う透子。と、船長はにっと笑って手を振っている。 「どうって事ねぇよ。俺も、てめぇの目的は達成できたしな」 「え?」 怪訝そうな顔をする透子の前で、彼はこんこんと軽く船体を叩いて見せた。 「こいつの耐久テスト。門の向こうと取引するには、アレでばらばらになっちまったら困るってもんさ」 自分の目的の為に、依頼を利用する。透子は、船長の意外な一面を見たような気がしたのだった‥‥。 |