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■オープニング本文 ●朝廷へ 酒天の部屋は、開拓者ギルドの最深部にあった。 形式的なものではあるが、一日中部屋の外に誰かが待機し、監視と用聞きを兼ねている。もっとも、それは前述の通り形式的なもので、酒天はちょくちょくと部屋を抜け出してはいるのだが。 その部屋で、大伴と酒天が向かい合って座っている。 大伴の隣には、職員見習いの少年が肩を小さくしていた。 「貴殿を迎えるよう、遭都より命が下った」 「へぇ、何だ。磔刑でも決まったのか?」 「しゅっ、酒天さま!」 素っ頓狂な声を上げた少年を手で制して、大伴は言葉を続けた。 「和議に向けた動きは進んでおる。修羅と天儀数百年のわだかまりを考えれば簡単なことではあるまいが‥‥の」 「そうだろうな」 が、和議を結ぶ為には酒天がおらねばならぬ。その為にも酒天の身柄は必要であり、これからはこれまで程に無断行動に目を瞑るわけにはいかなくなるだろう。一路遭都へ。移動は精霊門。陸路では時間が掛かる上に、安全面にも不安が残るからだ。 もっとも、酒天としては「船」に乗りたかったようだが。 騒乱の続く都に見切りをつけ、他の都市へと脱出しようとする貴族達も多い。アヤカシが引き起こした修羅に関わる乱れに、脱出を余儀なくされる者達がいた。 「修羅とは、和議を結ぶ事にしたそうですな」 もふらを繋いだ荷車に家財道具を積み、神楽の都へと向かおうとする一団は、扇で口元を隠しながら、こそこそと都に広がる噂話を口に上らせていた。 「ええ、しかし‥‥そのせいで、この状態では、反対派に味方する者が現れても仕方があるまい」 周囲を見回せば、アヤカシの襲撃で潰された長屋や避難所がある。多くは残った材料で何とか寝泊りできる場所を作ったり、比較的丈夫な建物に身を寄せていたりする。その状況に眉根を曇らせる貴族達が口にしたのは。 「伝承にある修羅との戦いと同じ‥‥。しかも、藤原殿がひたかくしにしているアレを、開拓者が知ったら‥‥」 「しーっ。誰が聞いているかわかりませんよ」 もう1人が口を閉ざす。この騒乱の遠因が、修羅との和議に反対している人々だと知れば、開拓者達が黙ってはいまい。 「全ては見ない振り。よろしくはないかもしれませんが、身を守るためには詮無き事」 「でしょうな‥‥」 振り返ったそこには、数々の書物が収められた図書の間が、静かにその威容を見せていた‥‥。 その頃。図書の間の裏へと迫る坂の上に、黒雲のようなアヤカシ達が集まっていた。 「よく集まっているな‥‥」 都の内部を巡回する開拓者達。時折朋友の姿も混じる彼らに、冷ややかな表情を浮かべる女性の姿があった。 「本隊は本隊で動くだろう。志体持ちの力、侮ってはならん」 「分かっている。だが、我が弓の腕も、やはり侮ってもらっては困るわ」 その手には、強弓と呼ばれる類の弓があった。もう1人は、射程は短いが、威力の高そうな銃だ。他に、機動力の高そうな蜻蛉達もいる。 「それでも、近付かれては困るだろうに」 「その為に、この子達を手に入れたのよ」 強弓持つ女性の足元には、見覚えのある大蜻蛉の姿があった。いつか、雲の関所を開ける時、その威容を誇った大蜻蛉‥‥その姿が。 「だが忘れるな。空の上には、龍が飛ぶ。それは、地上よりも難しいものだ」 「ええ、そうね。でも、そうして滅ぼしたら、あの村の二の舞いになるのではないかしら?」 おそらくは、それを使いやすくしたアヤカシであろうか。そんな小雲関蜻蛉に跨る彼女は、ふわりと宙へ舞いあがった。その下には、貴族達の住まう地域がある。その幾つかで、逃げ出す準備をしているのを、忌々しげに見下ろしながら、彼女はこう答えた。 「向こうがひた隠しにしている事実よ。あの子達もまた、私と同義の存在である事をね‥‥」 アヤカシ達と手を組む事。それを侵しているのは、今に始まった事ではない。そう言いたそうな彼女の名は楠通弐。 アヤカシと手を組みし弓術師として、賞金付き手配書の回っている女性である‥‥。 そして、それからしばらくたって。 「アヤカシが、現れたぞぉーう」 逢都北東にある建物の上空に、大量の空アヤカシが現れていた。 「馬鹿な。奇襲だと!? 何故こんな書庫に‥‥!」 見張りの報告に、慌しくなる詰めの兵士達。今いる場所は、戦略上重要な拠点ではない。ゆえに、様々な重要書類を収め、警護していたのだが。 「えぇい、犯人探しは後だ。まずは中にいる者達と書類の避難を!」 「総兵長! 城門が開かないそうです!」 顔色を変える責任者。本来ならば、重要拠点ではないそこは、有事の際には、中の重要書類と避難民を、防御しながら脱出させると言う算段になっていたのだが。「なんだって!?」聞き返すと、兵士が持ってきたのは一通の手紙だった。 【アヤカシの力借りし者達に死の制裁を】 城門に挟まれていたのは、そんな一文だ。だが、心当たりのない責任者さんは、頭を抱えてしまう。 「な、何の話だ!?」 「わかりません。もしかしたら、修羅との和議に反対する勢力の嫌がらせかも‥‥」 都の貴族達は、賛成に傾き始めている。特に意見を持っていない末端は、喧嘩さえしなければ良いんじゃないかとの考えだが、ひょっとすると、その態度が気に入られなかったのかもしれない。 「間の悪い時に‥‥。残っている兵を集めろ。相手は弓だ。大筒で迎撃して打ち落とすのだ!」 だが今は、そんな事よりも、目の前のアヤカシを打ち落とす事が先だ。急いで大筒を用意させ、迎撃と防御の体制を整える彼ら。 「出てきたわね‥‥。冥央弓、あなたの嘆き、聞かせてあげると良い‥‥。虐殺された嘆きし修羅の声をね」 その敵の中心部にいる楠通弐が、アヤカシの上でそう呟く。手にした黒い強弓の背を撫でながら。 【空アヤカシの襲撃を受けた。貴族達の怨恨妨害で、脱出の手段が整いきっていない。書類と避難民を脱出させるので、手伝ってくれ!】 ギルドに打診し、脱出の為の護衛を募ってきたのは、それから間もなくの事。 ただ、戦場の状況は、参戦する朋友への指示をしっかり行わないと、上手く動かないだろう。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
一心(ia8409)
20歳・男・弓
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
エレナ(ib6205)
22歳・女・騎 |
■リプレイ本文 砦は、蜻蛉に狙われた蜂の巣状態になっていた。雲母(ia6295)が煙管を燻らす中、皆は手分けして対応に当たっている。 「ああもう。アヤカシってば、こんな所にまで侵攻して、本当に困ったものよねー」 海月弥生(ia5351)が、天空を覆う空アヤカシを見上げ、深く溜息していた。あちらこちらの防衛の穴をついて、被害を拡大させるだけ拡大させている。人々の悲しみの感情を糧とする存在と言うのが、アヤカシの定説である。その為、海月達は休む暇もなく、奔走するはめになっていた。 「避難民を優先に。重要な書類であったとしても、それは人の命に代えられずにあらず。いいですな?」 兵士に、そう指示をする一心(ia8409)。何故にこの砦を狙うのか、それは分からなかったが、現実に狙われている民がいる。危険にさらされている彼らから守るのが、自分達の仕事だと。 「と言うわけだ。砦直近で敵を向かうつ迎撃組と、脱出する者を守る護衛組に分かれて対処してほしい。こっちは、迎撃組に回る」 風和 律(ib0749)がそう言いながら、空を見上げ、出撃していく。だが、朋友として龍を持つ者もいれば、そうでない者もいる。中には、対空能力の高くない者もいるわけで。 「やはり、戦力の低下は避けられんか‥‥」 空に、銀色のメッシュが入った黒髪が舞った。向かってきた蜻蛉型アヤカシの牙を、ソードブロックで受け止め、受け流す。そこへ、もう1匹の蜻蛉がぶっ飛んできて、挟み撃ちの格好になる彼女。高度を下げ、避けるが、それを繰り返していては、押されるばかりだ。 「くっ。地上の砦が目当てだと思ったが‥‥、さすがに空中で時間を稼ぐのは厳しいな‥‥」 「助勢します!」 その後を追った弥生、後から現れた方の蜻蛉を撃って行く。騎士である律の後ろを守り、そのカバーをするのも、自分の役目だと。そこでは、やはり時間稼ぎをしようとしている葛切 カズラ(ia0725)の姿があった。彼女の側では、人妖の初雪が、両手に書類の束を持って、右往左往している。どれが修羅の封印が施された時代のものか、読み込む暇はなかったが、どうやらそれを搬出する予定らしい。優先順位は、人、ものの順番だ。その為、弥生は空に向けて、自身の矢を放つ。時に狙い、時に早くうち、何とか時間を稼ごうとする。出来うる限り空中に止めておきたいと、矢を撃っていた彼女だったが、いかに共闘とはいえ、もう1人は地上なので、中々押さえきれない。 「ま、やれるだけやってやるわ」 人妖の初雪には、他の開拓者の指示を聞くようにも言っている。修羅関連と封印された時代の記録は優先するよう良い置いている。 「さて、最初は地道にやりますかねぇ」 そう言うと、カズラは早速自身の式を呼び出した。呪縛符が触手の形となって伸び、アヤカシを拘束しに行った。高度を下げたそこへ、斬撃符が鏃状に変形して、特攻していく。対空能力はさほど高くはないが、それでも降りてこようとするアヤカシを絡め鳥、地道に止めを刺していた。 「選ぶより前に、何とか開けてあげないと‥‥。まったく。何の因果か血をみる荒療治となったか…」 まるではかったかのようなアヤカシの襲撃。門を閉鎖した者もさぞ驚いたであろうな。と、エレナ(ib6205)は思った。反対派も修羅はアヤカシとは違うと和議が成ればわかってもらえるだろうと予想していたが、今はここで被害を抑える事が肝要だ。 「脱出路はどっちだ? どこを守れば良い?」 「裏門から脱出する手はずになっています。ここ、お願いします」 経路を確かめると、表門と対空で時間を稼ぐ間に、裏門から都の内部へ避難しようと言う策らしい。見れば、砦の内側では、避難をさせている真っ最中だった。 「落ち着いて、子供と女性から避難して下さい!」 乃木亜(ia1245)がミヅチの藍玉に子供を乗せ、女性の手を引きながら、裏口へと向かっている。怪我をしている者もいるが、閃癒で何とか回復させると、やっぱり藍玉に載せて運び出す。そうして、次々と中の避難民達を運ばせている中、初雪が書類の入った箱をんしょんしょと持ち出そうとしているのが見えた。 「大丈夫です?」 頷く初雪。持って貰うと、ご主人様に変わって深々とお辞儀をしてくれる。そんな初雪に、他に運ぶものがないかと尋ねて見ると、まだ結構な量が残っている。アヤカシは砦の入り口でなんとか持ちこたえているが、それもいつ崩れるか分からなかった。 「今のうちに、移動させないと。優先する重要な書類はどれ?」 首を横に振る初雪。人妖では、そこまで判断できないのだろう。皆大切そうに見えるらしい。それはそれで間違っていないので、ノキアは自分の目で確かめる事にした。 「戦略的にも重要でない砦を襲う理由が、どこかにあるはずなんだけど‥‥」 もしかしたら、狙いがわかるかもしれない。そう思い、書類を紐とく。本当に重要なものに関しては、地下に掘られた倉庫に入れており、後で掘り出す算段だそうだ。 「ふむ。その中に、もしかしたら興味がありそうな事が書いているのかしら?」 アヤカシを率いて人を襲うような理由が、その書物には書いていたのかもしれない。そう判断したノキアは、人々の避難誘導を藍玉に任せ、書物庫の方へと向かう。 「よう。お前も来たか」 作業していたのは、八十神 蔵人(ia1422)だった。話は、数刻程前に遡る。カズラと弥生が出陣し、ノキアが避難誘導をしている頃の話だ。 「さて、責任者さんや、ちと書類改めさせてもらってええか?」 じりっと詰め寄る蔵人。顔を引きつらせる責任者の文官に、彼はこう続けていた。 「こんな辺鄙な60万文の大物が来る。つーことはここにあるブツが目当てちゅー可能性が大や」 ぷるぷると首を横に振り、おめめをあさっての方向に向けている。その向けた先をぐいっと元に戻し、蔵人はにじりっと詰め寄っていた。 「じゃあ上司から絶対見るなとか、門外不出とかその手の類の書類は? 他に過去に修羅が活動していた時期や、弓弦童子に関する記録とかや」 「それはどうかわからんが、修羅が活動していた頃の古文書なら、保管されてる‥‥」 何とか誤魔化そうとしたのか、そう答える文官さん。 「そうかー…。なら、仕方がないな」 ぱっとおててを話した彼が向かったのは、書庫と書かれた部屋だ。当然のように大きな鍵がかけられ、関係者以外立入禁止の9文字が躍る。しかし、蔵人はまったく気にせずこう言った。 「あ、鍵が無い?よっしゃ雪華、ドリル出せドリル!」 人妖の雪華が、がしゃっと朋友用のドリルを持ち出し、閉ざされた鍵にぐりんと押し当てる。吹っ飛ばされる扉。雪華が『今ここ!』の矢印を出す中、蔵人はノキアと共に、書庫へと入っていた。 「ほほう、これは‥‥」 書庫はきちんと整理されていた。戦略上重要ではないので、整理する暇もあったのだろう。その中でも、比較的古そうな古文書が置いてある棚を、蔵人がひっくり返す。と、何やら封印の施された小箱が、いくつかあった。 「あった」 あっさり封印を破る蔵人。ノキアに見せたのは、かなり古い時代の古文書だ。 「これによると、修羅ってのは、大昔に朝廷に酷い目にあったらしいな」 「ええ、それはこの間の合戦にもありました‥‥」 実際に何をやられたか、それは合戦の報告書にはない。しかし、あんな形でやられたのは腹が立つ‥‥とは言っていた。 「それに加えて、ここ見てみ‥‥」 封印には、日記のようなものが収められていた。ある村の住職が、口伝を纏めたと前置きのあるそこには、朝廷から修羅を追い出すよう命を受けた何某が、どういうわけかアヤカシの力を得て、お約束の通り暴走を引き起こし、幾つかあった修羅の村を壊滅させたと伝えられていた。そして、その筆頭の名が、藤原の姓。 「こりゃあ、藤原一派が隠すのもわかるな。で、こいつの事があったから、60万の大物が出てきたってのが、妥当やろ」 もし、それが事実として好評されれば、反対派は一気に瓦解する可能性もある。まさか本人が指示したとは考えられないが、部下の何ものかがアヤカシに取りこまれた可能性はある。 「こちらでも、そう書かれていますね」 別の日記を紐解くノキア。いわゆる絵草紙の形で、鬼退治と銘打たれているが、鬼=修羅と言う読み方も出来る。 「これ、持って行った方が良いのでしょうか?」 「そうだなぁ。しかるべき筋に持って行った方が良いと思うで」 ノキアの問いに頷く蔵人。どうやら彼は、開拓者でわけで、それを持ち出す事に決めたようだった。 外へ出ると、アヤカシの群れは、既に視認が出来るほど、近くまで下がってきていた。 「八十神殿、アヤカシが来ます‥‥。急ぎましょう」 書類庫から戻ってきた二人に、一心がそう言った。避難している人々のうち、半分は既に逃げたが、残り半分は、まだ残されている。一心の迅鷹が見る限り、その一部を、蜻蛉が襲っていた。 「よし…雪華、わしが目立ってる隙にちいと人魂使って探りいれて来い」 こちらに向かっている蜻蛉に、雷鳴剣を食らわした蔵人。その派手な一撃に他の蜻蛉も寄り集まっている最中に、肩に乗った人妖の雪華に、術を使うよう指示をする。 「一体何を‥‥」 「そもそもおかしい話やろ。この非常事で警戒厳重な筈なのに城門に細工して手紙挟むとかよ。城門にんな怪しい奴おったら見張りが気付くやろ」 怪訝そうにしている一心に、彼はそう言った。なるほど、と思った彼、自分が警戒していた事を口にする。 「嫌がらせ、か…しかし…このタイミングでの不可解な奇襲はあまりにも…」 それまで、ただ無言で目と耳と相棒を活用し、中の避難民を誘導し、警戒に当たっていた彼だったが、兵士達の話を総合すると、何人か行方のわからない兵がいるらしい。 「大方あの賞金首は囮、砦内に避難民か兵士かは知らんが、アヤカシか和議反対派か、本命紛れてるぞ。お前は影から見張れ」 おそらく、その行方不明が犯人だろう。一心はぼそりと「…厄介な相手がいるかもしれないな…」と呟く。 「避難民に怪しい奴がいると大変だな。ちょっくらみまわってくらぁ。どこぞの重要人物がまぎれてる可能性あるしな」 蔵人はそう言うと、恵方巻と岩清水を片手に、避難民達の所へ向かった。 「‥‥陽動かもしれない‥‥」 空の上の律もまた、攻撃方法がまちまちになっており、後手に回らざるを得なくなっている。彼女には、それがどうしても囮のようにしか見えなかった。そこへ現れる蜻蛉達。心眼を向ければ、大きな蜻蛉に乗った方が何かを命じると、すうっと身を離す。そして、再び命じられ、今度は剣や槍を持った兵士へと襲い掛かっていた。 「やはり、予想通り脱出者を攻撃してきたか‥‥。足止めは終わりだ。動きを乱せっ」 確信した律は、砦鹿に命じて、突っ込んで行く。群がろうとする蜻蛉を避けつつ、地上へと降下する律。 「‥‥来い、天藍!」 それを見て、ここが使いどころだろうと判断した一心は、呼び寄せた迅鷹を、己の体に同化させる。一心の弓に翼が生え、光に包まれていた。 「ああもう。抑えきれない!」 「弥生さんこっちへ! 地上で食い止めましょう!」 弥生もまた。そう判断し、釣られる用に降下して、地上で戦う事にしたようだ。そこでは、エレナが地上で護衛と迎撃に赴いていた 「あれを落とす、やるか?」 「心得た! 朋友、壁に!」 エレナの指示に、ヤヨイが壁となる。炎龍の影へと彼女を引き入れると、影から矢を打ち込んでいた。そうして、怯んだ蜻蛉の懐に、エレナが飛び込んで朱色の苦無で切り付ける。いわゆるスタッキングと言う技だ。 「この統率された動き‥‥。中に親玉がいるはず‥‥」 その‥‥乱雑に見えて、グライダーを操るかのような動きに、律は周囲を見回した。と、そこには、お手配書きにあった楠通弐の姿が見えた。足元にいるのは、雲関蜻蛉によく似た大型の蜻蛉である。 「‥‥ひょっとしてあれか? 60万の親玉!」 「私が行こう」 ノキアの前へ、すっと出る雲母。相変わらず、ゆったりと煙管を燻らせたまま、である。 「藍玉お願い。この人達を守ってもらえる?」 連れているミヅチの藍玉に、雲母を守るよう指示するノキア。カズラが白狐の符を出し、律が立ちはだかる。頷いた藍玉がしゅるりと動き、蜻蛉との間へと動いた。 「ふん。私が姿を見せたとたんにこれだ。そんなに私にかけられた首が欲しいか」 数多くの開拓者に立ち塞がれ、そう言う女性。携えた弓は、禍々しい気を放っていた。一心が、人の身でアヤカシに味方している事に、疑問を投げかける。 「何故……あなたは一体何を……」 「知れたこと。この弓に、嘆きの血をすわせる事」 ちゃきり、と弓を向ける。その鏃は、まるで何かが同化したかのように暗黒の色に染まっていた。ノキアが息を飲む中、煙草を燻らせていた雲母は、その身にまとう鎧とおなじように、クールに言い放った。 「だから、どうした」 「ほう?」 楠が面白そうなものを見るように、そう言った。ただし、表情は変えないまま。 「何だ、実物は弱そうだな‥‥何でも粋がっているらしいじゃないか、なぁ」 煙管吹かして、楠を眺めている。 「幾らだったかな‥‥確か60万文か、だとすると私は幾らになると思う?」 くすくす笑いながら尋ねる雲母に、楠は。 「さぁな。金銭など、我らの存在とやらを決める物ではない」 「ならば、その価値を。威厳と強大さを教えてやる」 ぽん、と火種が舞った。そして、持っていたレンチボーンを引き絞る。動物の骨を加工した強弓は、主の膂力を受けても、折れることなくしなる。 「いかほどのものか、見せてもらおうか」 ばしゅうっと矢が放たれた。かなりの精度を持つその矢は、ひゅうと狙い過たず、楠まで飛んで行く。だが、彼女の動きはそれよりも早かった。まるで、子供のとび縄遊びのように、すれすれで避ける。 「なるほど、舐められたものだな」 おそらく、自身の力より上の回避力を持っているのだろう。そう知った雲母は、握ったままの煙管をしまい、その精神力を、己の矢へと注入する。 「さぁ、可愛がってあげよう」 一種のトランス状態に入った雲母は、そのまま矢を撃った。薄緑色の気をまとって飛んだ矢は、その鋭さを増し、蜻蛉の無視して飛んで行く。 「やったか?」 ばしゅっと、何かに当たった音。見ればそれは、そのあたりを飛んでいた蜻蛉。バーストアローを使い、数を減らしていたつもりだったが、まだ残っていたらしい。 「‥‥目的は達した」 そう言うと、楠は上空へと上がった。グライダーでは追いつけない距離だ。 「貴様はこれから私以外を見るなよ、ずっと、そう死ぬまでずっとだ」 そんな彼女へ、別れ際に言う雲母。 「覚えておいてあげる」 その視線が絡み、独特な雰囲気を産んだのは、言うまでもない。 |