【人妖】300
マスター名:姫野里美
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/24 21:15



■オープニング本文

●人妖
 人妖とは高位の陰陽師が空中の瘴気を練り上げ、人間としての知能と意思を持たせたものである。
 自らと似たような意思生命体をつくりあげることは誰しも憧れるものであるが、専門職につく高位の陰陽師といえども瘴気に意思を持たせることは並大抵のものではなく、大半は自らの姿を自覚することなく崩れ去る失敗作か、ともすれば敵としての『アヤカシ』をつくりあげてしまう。
 その中で、稀有な確率を乗り越えて人としての意思と思考を持ったものが人妖である。
 貴重性は非常に高く、商店にも殆ど出回らない。
 美しい人妖の中には所有権を巡って里間の戦争を引き起こしたものまで存在している。

 ‥‥ギルドに乗っている人妖の説明は以上であり、開拓者であればいずれも知っている知識ではある。
 人妖をつれる開拓者の姿も昨今、あまり多くはないものの見かけるようになった今、その姿を見て特別視をする者も少なくなってきた。
 いずれの人妖もそれをめぐって小競り合いなどは起きようとも、戦などを目にすることは少ない。愛らしい姿を見るには喜ばしいが、その姿は小さく、里を賭けるほど熱をあげる里長はあくまでごく稀。
 数百年に1度の、偶然が重なった場合しか起こりえぬ事態であろうと誰もが、誰に言われるでもなく思っていた。

 ‥‥かの人妖が『妖』の名の通り、アヤカシの一種であることを忘れれば。

●アヤカシの元なれば
 蕃都の西‥‥。峡谷に挟まれた川。膝丈から、身を沈めるほどに水深変動のある両側には、草木のまばらにしか生えぬ崖がある。道は十重二十重に分岐し、上から見るには、乾いた水路、下から見上げるは巨大な迷路にしか見えぬ谷。その峡谷の入り口に、未綿の兵達は陣を敷いていた。
「ふむ。砦の様子はどうだ?」
 その数、凡そ1000。それは、忠恒率いる未綿の里の兵達だ。かの里長に何があったかは、知るべくもないが、蕃都の砦に攻撃をかける為、弱体の進むこの砦に、陣を張ったとの事である。
「沈黙を守っております。何しろ、貴族の子弟ばかりが集まる砦。少し脅してやれば、簡単に放棄するものと思われます」
 陣の中心部には、この谷を正確に写し取った地図があった。赤い×印は、既に落とされた詰め所、そして、もっとも蕃都に近い場所に、建物の記号が記してある。そこには、『三百』と数が書かれていた。
「だが、窮鼠猫を噛むとも言う」
「ならば、策を弄しておきましょう。何しろ、まだ若き感情を持つ者達。矛先を向ける相手がいれば、誘導も出来ましょうぞ」
 上役らしき将軍に、そう言って、部下の1人が取り出したのは、灰色に染め上げられた2寸程の人形だった。皮袋に詰められたそれは、陰陽師が式を呼び出す時に使う魔道人形のようである。その見かけは、里の長である忠恒が連れ歩く美貌の人妖に、酷似していた。
「‥‥更紗様の人型を使うか。ならば、目立たぬようにやれ。密偵を送り込むは上策なれど、あまり表立てば、やっかいな対応も出てくるであろうしな」
「かしこまりました」
 頭を垂れる将軍。その灰色のお守りは、忠恒が持つ人妖『更紗』を忠実に模したものと伝えられ、兵の主力を勤める男性兵の約半数に配られ、士気向上に貢献していたと言う‥‥。

●峡谷の砦
 アヤカシの襲撃に晒されているのは、辺境の地ばかりではない。藩都もまた、いつ現れるかもわからないアヤカシに怯え、その対策の為、都の周囲に砦を築いていた。
 その1つ、西の峡谷に設置された砦には、300の兵が詰め、日々警護に当たっている。通例では、各氏族に連なる血族の1人が、修行を兼ねてその長につき、戦略や集団戦闘の技法を学ぶ‥‥となっていた。いまだここまでアヤカシが現れるには時間がかかる為、半ば研修所的な役割を担っていたのだ。
 だが、その時は少し状況が違っていた‥‥。
「無理! 絶対無理だって!」
 砦に詰めている、いわゆる『良家の子弟』の1人は頭を抱えている。総勢10名程だろうか。何れも状態の良い服を着ている10代の子供。中には女性もいて、射窓から見える光景に、顔色を青くしていた。
「でも、ここで食い止めないと、本隊が動くって聞いたし‥‥。それに、そう言う指令だったんだろ?」
 同級生とも言える隣の少年に頷く伝令役。なんでも、今のうちに首謀者である里長の暗殺に向うので、時間を稼ぐ為、ひきつけておけとの指令を渡されたそうだ。
「しかも、だめだったら、本隊が殲滅しに行くって言われた‥‥」
 この砦が役に立たなければ、都の上層部は、本隊で取り潰しに行く‥‥と。
「だからって、寄せ手の数はここの3倍以上なんだよ!? どうやって食い止めろって言うんだよ」
 問題は、その後である。
「半分以上は、半農の雑兵みたい。村人総出で攻めてきたって所みたいだし‥‥」
 千人規模の兵だが、その半分はただの村人だ。しかも、各氏族の子弟が集まっているこの里には、その相手の里に、親類縁者友人も多い。
「って言うか、俺、未綿の里に友達がいるんだけど‥‥」
「こっちは従兄が結婚して、奥さんと暮らしてる。この間、子供が生まれたんで、見に来いって手紙貰ったばっかりだよ‥‥」
「私だって、研修終わって里入りしたら、未綿の婚約者と祝言って聞いてるのにー!」
 それぞれに事情があるようで、砦は混乱しきっていた。その為、詰め所となっていた筈の、谷のそこかしこには、撤退の二文字が躍る。
「まずい。手が出せない‥‥」
「かと言って、ここ放棄して逃げるわけに行かないだろ。本隊の奴ら、向こうが友達だからって、容赦するとは思えないし‥‥」
 本人達も、それが自分達の都合でしかない事は、重々承知だ。何とか、その都合と指令の折り合いを付けようとして、悩んでいると言った所だろう。
「なぁ、今いる開拓者の人に召集をかけて、何とか傷つけないように抑えてもらおうよ」
 と、その1人がそう言い出した。だが、子弟研修とは言え兵士の1人。それは気がひけると言うもの。
「いいのかなぁ。兵士が開拓者に助力なんて‥‥」
「だってあれ‥‥人じゃないじゃん!」
 1人が指し示した先には、明らかに人の理性を失った兵士姿の人々が見える。それを指揮しているのは、やはり人の意思を宿さぬ将軍達の姿だ。その何れにも、灰色の人形が懐に見え隠れしている。まるで、相手を操るかのように。
「まだ、アヤカシって決まったわけじゃないよ。ただ操られてるだけかもしれないし‥‥」
「とにかく、いる開拓者を集めよう。わたわたするのはそれからで良いと思うんだ」
 少年少女達に、生き残る術はあるのだろうか。

【3倍のの猛攻から、峡谷の砦を守りぬけ! 出来るだけ、相手に被害を出さないように! これは時間稼ぎだ!】

 味方の数は、300しかない‥‥。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
盾男(ib1622
23歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
久悠(ib2432
28歳・女・弓
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔
八十島・千景(ib5000
14歳・女・サ


■リプレイ本文

 一本しかない道の上に、砦と言うには心もとなさ過ぎる塀と、見張り台を兼ねた平屋。地図によれば、その先に未綿軍が展開できる谷間があるらしい。
「出来るなら、昇降装置を破壊しておきたいのだが、煙球程度では難しいな‥‥」
 砦の将兵‥‥とは名ばかりの子息達に、久悠(ib2432)が行動阻害用と申し込んで出てきたのは、めくらましの煙玉だった。危害を加えられそうなものは、イクス・マギワークス(ib3887)がトラップに使うそうなので、今回は使わないつもりだった。
「もがくついでに、人形とやらを落としてくれれば良いんだがな」
 龍に乗って偵察に出た久悠がそう言うと、下の部隊に向けて、網と香辛料を投げつける用に落とす。だが、速度のある龍から落としたそれは、風に紛れて、広範囲に散ってしまい、もがくまでには至らない。せいぜい。振り払う程度だった。
「わわっ。見つかってしまいました〜」
 逆に、上空から何か仕掛ければ、龍は目立つ。弓術師と巫女の朝比奈 空(ia0086)が、元々連れてはいけない場所へ、龍を持ち込んで、目潰しをばらまいているのだ。近づいた刹那、弓が放たれてしまう。慌てて、上空に避難する龍。
「手もこちらと余り変わらない腕前が半分、残り半分はベテランと言った所だろう。ちょっと試して見る」
 鏡弦を使う久悠。アヤカシが近くにいれば、反応があるはずだ。弓に共鳴させるそれを使うが、いくら射程の長い弦月でも、距離には限界がある。
「人形を持った者と分布を比較したいが、そう上手くは行かないか‥‥っ」
 何しろ、人形を壊し、近付こうとしても、そこまで近寄れないのが実情だ。それでも、弦の音色は、人形が怪しいと伝えてくれる。それを確かめた久悠は、一度砦へと戻る事にする。
「遠い場所には簡素な物を。砦に近付く程に、手をかければ、なるべく多くの兵の足を止められると思いますよ」
 砦では、八十島・千景(ib5000)がそう言って指示しながら、準備が進んでいた。ただ、丸太や大きな岩を素早く運ぶと言うわけには行かず、まずは抱えられる大きさの丸太と枝を、周辺の土砂と共に積み上げ、その下に溝を掘らせていた。
「後で援軍が来ますから。それまで持ちこたえれば良いんですよ。頑張ってくださいな」
 引き合いに出して元気付ける彼女。幸せの配達人と称される彼女に励まされ、力のある者達を中心に、門の内側に廃材を積み上げ、容易には突破されないよう、工作していく。その他にも、落とし穴や塹壕を掘り、城壁には鎧らしき案山子を立てて偽装して行った。
「昇降装置は、射線が通りづらい場所にあるわけではないか‥‥。足止めじゃ難しいか?」
 装置を壊し、上がれないようにして弓を撃つ事を考えたが、防備を完全にしてから、考えた方が良さそうだ。茅の束を積み上げ、防備用の目隠しを用意しつつ、急襲の算段を練る彼女。
「そっちから見てどうですかぁ?」
「大丈夫です。壁、あとどこでしたっけ?」
 朽葉・生(ib2229)が砦の正面で、アイアンウォールの位置を確かめていた。おかげで、持っていた節分豆ががりがりと減って行ったが、仕方がないと言ったところだろう。その他にも、必要に応じ、堀と策を設置していく。だが、かなり広範囲にわたるその作業は、時間がかかる事は明白だった。
「後ろの一部を書いた石、前線に配置したらどうアル? それなら、アル程度出来上がってるから、簡易防壁になると思うアルよ」
 その解消法に、盾男(ib1622)が提案したのは、平屋の一部を解体し、砦前の前線に配置する事だった。正面からの攻撃を軽減すると共に、簡易な防壁にする為だ。
「ふむ。確かに襖とかはそれで良いかもしれないかもです」
「後、香辛料の袋は、この辺に設置すると良いアル。上のほう過ぎるとバラけるみたいだから、この辺に置いておくと良いアル。近付いたら、破こう」
 先ほどの偵察では、風の影響がある事が見て取れた。ならば、なるべく影響の少ない位置から、確実に命中するように流せば良いだけだ。
「さて、上手く行くか‥‥」
 付け焼刃の感はあったが、やれるだけの防備は施した。それが、上手い方向に転ぶ事を願わずにはいられない、イクスだった‥‥。

 さてその頃、砦より少し離れた地上では、カンタータ(ia0489)と霧崎 灯華(ia1054)が、抱え大筒を持った数人と、弓を持った数人の班を連れ、偵察に赴いていた。不安そうに従っている『良家の子弟』達を見て、ニヤリと笑う。
「あんた達がここで踏ん張って喰い止めたら英雄になれるわよ。大丈夫、あたし達開拓者も居るんだから負けないわ。だから、力を貸してくれないかしら?」
「都を守る砦なんだからね。地図だと、このあたりが進軍ルートだと思うよ」
 広げた地図を元に、周囲を示してみせる灯華とカンタータ。敵が進軍しているであろうすぐ近くまで進む。
「さて、時間稼ぎはここからだね」
「とりあえずは様子見かな。なんか、死人が操られる疑惑もあるし」
 頷いたカンタータ、人魂の術を唱えた。符から生み出された人魂達が、ふよふよと状況を教えてくれる。
「いた‥‥!」
 そこには、未綿の旗印を掲げた人々が、幾人かのグループになって、野営していた。どう見ても、一般人にしか見えない姿の者達も混ざっている。ある程度は訓練も浮けたらしく、歩哨の姿も見える。だが、警戒を敷いているだけと言った風情の光景に、灯華は疑問を感じた。
「統率具合はどうなってるかしら‥‥」
「確かめてくる。甲班はボクと、乙は砦まで下がって。丙班は右でイクスと合流」
 移動の出来る面々を釣れ、カンタータは峡谷の谷底まで降りて行った。灯華が随行し、先行する。
「行くわよっ」
 まだ、だいぶ後ろにいる状態で、持っていた死神の大鎌を振り回す。ぶぅんっと空気を振るわせる鎌には、血の匂いが混じっていた。とたん、蜂の巣をつついた騒ぎとなる前線。その兵達の動きを見て、灯華は砦よりは劣るものの、統率力はある事を知る。
「っとと。中央突破までは、割と壁が厚いって所かしらっ」
 一般兵士の攻撃は、彼女の回避力を持ってすれば、労せずして避ける事が出来た。だが、10人に1人か2人の割合で、こちらへ迫る兵士がいる。防御の薄い彼女へ、その刃を振り下ろす彼らの胸や腰に、灯華は見慣れない人形がぶら下がっている事に気付いた。
「灯華さん、そんなに突出しないで! こっちへ!」
「わかってるわよっ。ああもう、人形持ちがっとおしいっ!」
 カンタータが、後ろから援護の符と、弓を撃たせている。ぼんぼんとは言え、それなりに訓練は受けている者ばかりを選んだおかげで、一般兵の前に、正確に矢をいる事が出来ていた。おかげで、灯華はなんとか引き返すことに成功する。
「おかえりなさい。大丈夫です?」
 それなりに怪我をしている灯華に、空が手当てを施してくれた。自分でも、血を止める手段を心得ている灯華は、止血剤を使い、手当てする。
「ええ。止血剤は無駄に持ってるから。ああ、残りのこっちは、皆に配って」
 残りの止血剤は、砦の皆に渡していた。あの攻撃なら、大丈夫。そう確信し、より必要となる方へと流す事にしたようだ。
「巫女の2人もいるし、なんかあったら手当てしてね」
「だと良いのですが‥‥」
 自信たっぷりに言った彼女だが、空の胸からは、何か嫌な予感が消えないのだった。

 そして、時間がたった。
「これでなんとか、退いてくれれば良いのですが‥‥」
 既に、食事を3回はこなした。不安そうな空気を拭い去れないまま、交代する空。
「持ちこたえるしかあるまい。頑張って炊き出してもらってるし」
 カンタータと久悠を始め、複数の開拓者がくみ上げた交代制で、暖機と炊き出しと急速を行っている。緊張の糸を張り詰めたままでは辛いから。そうして、開拓者達が砦の防御力を上げ、少年少女達が研修から兵士として、心構えをしっかりと植えつけた後の事だった。
「来たアルよ!」
 部隊を幾つかに分け、文体にして巡回していた盾男が、呼子笛を鳴らして、知らせてきた。
「ほぼ、時間通りだな」
 見張りから立ち昇る狼煙を見て、そう呟く久悠。準備を始めてから、1日と半分。予想通りの時間で、砦の正面に、黒い雰囲気を漂わせた、未綿の軍勢が、姿を見せる。その姿を確認した朽葉は、指示された通りの場所へ、アイアンウォールを唱える。
「迷宮へ誘われて下さい!」
 陣図のように張り巡らされた防備の策へ誘導する為、分厚い鉄の壁が、未綿軍の前にそそり立つ。
「敵軍、二手に分かれました! 尖兵が、こちらに来ます!」
 その動きを報告する朽葉。指揮官、もしくは隊長と思しき者が、回り込むよう指示されている。死んだ魚のおめめをしているようにさえ見えるのは、人形持ち達ばかりだ。
「第一防衛ライン、発射ー!」
 そこへ、カンタータが合図をし、矢を発射させている。配下の人々が悲鳴を上げ逃げ惑う姿を見て、千影は弓持つ人々にこう指示していた。
「なるべく足を攻撃してください。鎧を着ているのは、私がやります!」
 まだ、数は向こうの方が多い。案山子で偽装はしていたが、さすがに指揮官ともなると、そんな小細工は避けてしまうようだ。既に、策はバレてしまったのかもしれない。もう1人の後衛、空は幾つかの防衛ラインを構築しており、撒菱を巻いている。それを抜けた先には、残り雪を固めて人口的な岩壁を作っていた。
「後は、前衛の人次第ですね。怪我がないと良いのですが‥‥」
「ええ。この戦、この砦の者に、1人の死者も出すつもりはありません‥‥!」
 砦から遠く立ち上る鬨の声。砦に篭る人々には、恐怖の対象にさえ聞こえる声に、千影はきっぱりとそう宣言する。
「さて、死なず殺さず敗北せずデスカ。なかなかキビシイデスネ」
 そんな前線では、瓦礫を積み上げた砦の入り口付近に、盾男の姿があった。既に、朽葉のアイアンウォールで行動を阻害されているが、それでも超えてくる気は満々のようだ。
「では、迎え撃つとしましょうか。人形が怪しいみたいですから、まずそちらを狙ってください」
「了解アル」
 彼女の合図で、盾男は香辛料を詰め込んだ袋を破る。瓦礫でバランスを崩したそれは、あっという間に転げ落ち、未綿軍の上空へと降り注いでいた。
「く、さすがに多勢に無勢と言う奴か!?」
 しかし、一般兵は咳き込むものの、残り3割は割と兵器だ。それを見た盾男は、兵士の残りを下げ、咆哮の声を上げる。反応したのは、やはり人形持ちだった。
「皆、人形を狙って下さい! それで大半は無力化出来る筈です!」
 朽葉が、ホーリーアローで攻撃する。アヤカシにダメージを与える術だが、人形には効果がないようだ。
「アヤカシそのもの、ではないようですね」
「憑依されている可能性があるな。木製では、威力がたらんか?」
 急所を外す為、鏃を木製にした矢を放ち、兵を牽制していた久悠も、アヤカシに取り憑かれている可能性を指摘する。人形によって。
「いや、人形はさほど丈夫じゃない。狙えば行ける!」
 朽葉が、眠らせるアムルリープを使い出した。ばたばたと眠るそれから落ちた人形が、瘴気を撒き散らす。それを確かめた久悠が、普通の矢をアヤカシ人形に向ける。ぶしゅうっと貫かれた人形が壊れ、無力化されていく。
「どうやらやはり、あの人形と指揮官がまずいようだな」
「させないアル。食わせるタンメンはないのである!」
 茅束の影で、指揮官を狙う久悠に合わせるように、盾男が咆哮する。バーストアローがお見舞いされ、次々と無力化されていた。だが、その時である。逆側に回りこんだ未綿軍が、配備していた面々と接触したようで、呼笛と矢が盛大に鳴り響いた。
「抜け道には、カンタータさんが行ってるはずです!」
「ここは俺が引き受けます。いまのうちに、反対側を!」
 既に、指揮系統を寸断されている状態なので、何とか抑えられるだろう。後方から白霊弾が狙い撃たれ、八影率いる弓部隊の矢が降り注ぐ中、反対側の抜け道に回ったのは、灯火、カンタータ、イクスの3人だ。
「おいでなすったわね」
「向こうにも土地勘のある人がいるって言う感じだね。抱え大筒の隊はこの上から射撃して!」
 灯華かが下に降りて行く中、カンタータが抱え大筒を持つ少年少女達に合図した。
「ここはあたしが喰い止めるから、後は任せたわよ!」」
「援護を! 大筒隊、前へ!」
 おたおたとしながらも、カンタータの命により、点火が行われた。ばしゅうっと煙を上げて弾が降り注ぐ中、灯華が符を構えている。
「ふふん。だぁれに喧嘩を売ったか、おしえてあげるわ!」
 威力を落とした悲恋姫。人々に精神的なダメージを与える術。だが、元々の力が高い彼女が使うと、威力を落としてもパニックを起こしてしまう。非物理の攻撃は、人形を直接壊せるわけではなさそうだ。
「このぉぉぉ! 後ろからちょこまかっとっ」
 200人程に取り囲まれれば、いかにスーパー陰陽師とは言え、多勢に無勢。まぐれ当たりから、確実に当ててくる者も合わさって、彼女の体には、徐々に血の跡が増えて行く。
「狼煙はまだか‥‥」
 準備が整えば、砦から狼煙が上がる筈。何人かが見て来てくれたが、まだ機会は訪れていないようだ。
「人数が多すぎるよ! 大筒隊、弾幕薄いよ!?」
「やってるってばぁぁぁ!」
 カンタータの激に応じて、もはや敬語を使う余裕もない様子の少年少女達。それも仕方がない事だろう。それを、千影が叱咤する。引き合いに出せば、何とか元気が出るだろうとの思いだが、不安は拭いきれないようだ。
「今だ! 岩を落とせ!」
 未綿軍が最後のアイアンウォールを越えた刹那、油を満たした壷が蹴倒された。その上、空が仕掛けていた杉の木の枝が振り下ろされる。燃えやすい物が落ちたその先に広がるのは、先ほど敷き詰められた黒い色の地面。
「よし、いまだ。抱え大筒隊、発射!」
「火矢を!」
 イクスが合図をし、伸びた紐に点火する。同じ場所に、火のついた鏃を、空が放たせた。しゅるしゅると急速に燃え尽きる紐と矢が、黒い地面に突き刺さった直後、盛大に爆音が響き渡る。
「第3エリア、突破されました!」
「まだです! 城門は、そう簡単には壊れません!」
 と、同時に未綿軍が取りでの入り口に取り付いた。バリケードで内側を覆ったその扉は、目潰しと衝撃を食らい、足元を撒菱で不安定にした上、人数を大部減らした破城槌では、砦の入り口は破れない。
 煙が、晴れて。
「止ま‥‥った?」
 砦の内側で、へたり込む少年少女達。王暗殺の狼煙が上がったのは、その直後の事。
 こうして、砦の危機は去った。だが、疑問は残る。誰が人形を配り、そして何を目的としていたのか、それはまだ謎のままである‥‥。