【神乱】反乱と革命
マスター名:姫野里美
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/09 20:37



■オープニング本文

 どこの世界も、帝国と名前が付けば、悪役独裁国家と言うレッテルがつけられるのは、あまたの物語が証明している。実際の帝国はさほど悪くはなかったり、皇帝と呼ばれる立場の人々も、名君仁君は多いのだが、人の噂は一人歩きするものだ。
「反乱か‥‥。でも、自分が気に食わないからって、酷い目にあわせるって言うのはねぇ」
 ヴォルケイドドラゴンが現れ、反乱軍に加担しているという噂は、少し離れたとある城にも聞こえてきていた。中程度の町並みで、領主の住まう屋敷と、それなりの人々が暮らしている。しかし、その人々がもっぱら口にするのは、領主の雇い主である帝国の非道を嘆く声だった。
「聞けば、そのリーダーは、かつて帝国によって、幼い頃に両親を奪われたそうじゃないか‥‥」
 コンラッドの事だろう。南からの行商人も多いらしく、そんな話があちこちで聞かれている。
「可愛そうに‥‥。何があったか知らないけど、そんな若い身空で苦労している子をお助けしようって高潔な騎士さまを、何で帝国ってのは、酷い目にあわせるのかねェ‥‥」
 流れ者の吟遊詩人が話す内容は、幼いコンラッドが体験したと言う悲劇の物語だ。その中では、コンラッドは反帝国のヒーローであり、ヒロインでもある。それが事実かどうか確かめる術のない民衆は、話を聞いてすっかり帝国を悪役に仕立ててしまっていた。
「気に食わないからじゃないのか? 隣村でも、そんな話聞いたし」
「ただのいじめっ子じゃないか。酷い話だよ」
 だからと言って、どうこう出来るわけではないのだが、それでも人々の意識は、反帝国の気分だけが薄くわだかまっているようだった。
 事件が起きたのは、そんな城下で流行していた物語を知る由もない領主の館、である。
「捕らえた反帝国の騎士達?」
「はっ。偶然にも捕らえました!」
 警備の騎士は10名くらいと、さほど多くもない屋敷に、そんな報告がもたらされた。なんでも町の宿に逗留していたらしい身元不明の騎士達を捕らえてきたらしい。これが普通の領主ならば、ちょっとした注意と反省タイムくらいで放り出すものだが、この領主はそう言った反帝国の者達が嫌いだったようで、こんな命令を下していた。
「よくやった。これで帝国からの覚えもめでたくなるだろう。どこのどいつかしらないが、地下牢へ放り込め! 帝国への手土産にその首ひっくくってくれる!」
 じゅるりと、まるでアヤカシのように舌なめずりをする領主。普通なら誰かが諌めそうなものだが、ここの警備騎士は同じ穴の狢と称されるタイプらしく、あれこれと酷い目にあわせる算段を練り始めた。
「た、大変だ‥‥」
 戸惑ったのは、下働きの一般市民その1さん達である。通いで食事や身の回りの世話などをしている彼ら、仕事を終えた楽しみに、吟遊詩人の話を聞く事も多く、身元不明の騎士達が決して反帝国の悪者ではなく、ただ修行中の騎士殿である事を知っているのだ。
「でも、あの屋敷って、領主が代替わりしてから、集めた武器防具が山積みって聞いたぞ」
「あたしがちらっと聞いたんじゃ、最近やたらと天井の工事してたって‥‥」
「地下牢の拷問部屋の工事にも手を入れてるって、聞いたよ。前はそんな事なかったのに‥‥」
 大騒ぎである。一方、囚われた方の騎士達は。
「町の衆に迷惑をかけてはいけないと思ってわざと捕らえられたが‥‥まさかこんな趣味を持っているとはな‥‥」
「なんとでもほざけ。叛意を抱く方が悪いのだ」
 くくくっとほくそ笑むのは、金髪の美形。その口元からは、鋭い牙が覗く。後ろに控える領主は、にやにやとその光景を眺めていた。既に、足元には武装を外され、ぐったりと力なく横たわる数人の姿がある。
「まさか帝国にも、アヤカシに囚われた者がいると知ったら‥‥非があるのはそちらになるな」
「そうかな。死人にくちなし。たっぷりと可愛がってやるよ。手土産にしたら弄れなくなるのでな」
 緊迫した空気が立ち込める。その空気が流れ出す明り取り用の小窓の下に、これまた吟遊詩人が竪琴を爪弾いていた。
「これまた予定通り‥‥。一石二鳥かな」
 ふっとその秀麗な顔に、笑を浮かべる彼。その上空には、まるで危急を告げるかのように黒い大きなカラスが舞い飛んでいたと言う。

 そして。
「この間の騎士さん達、とうとう処刑が決まったらしい」
 中央の広間に、処刑の告知が行われていた。そこには、数日後に公開処刑と書いてある。罪状は‥‥反逆罪だ。
「あんな良い人が‥‥。ただ主君がいないってだけなのに‥‥」
「ひょっとして、帝都でもこうなのかな‥‥」
「誰か何とかしてくれないかねェ」
 ざわめく街の人。と、広場で手をこまねいている彼らの中に、ぽろんと竪琴の音が響いた。
「‥‥ギルドに相談してはいかがでしょうか」
 見れば、先ほど地下牢の外にいた吟遊詩人である。怪訝そうにしている街の人々に、彼はにこやかに笑みを浮かべながらこう告げる。
「そうすれば、きっとどうにかしてもらえますよ」
 開拓者は、金を払えばどんなお師ごともしてくれる上、その町にも帝国にも属していない。中には一族内で非道を働いてもなおお咎めなしとも言う。中立な存在だろう。
「よ、よし。早速風神器を‥‥ダメだ。領主のは使えないしっ」
「隣村まで行って借りてくれば良いだろ!」
 ばたばたと隣村までひとっ走り行ってくる町人。程なくして、ギルドに依頼が乗せられた。

【わがままな領主のせいで、通りすがりの高潔な騎士殿が酷い目に合っています。処刑されるのは町の住民の本意ではありません。何とか助けて上げてください!】

 その字の崩れた加減は、町人達の切羽詰った思いを表現しているのかもしれない。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
緋室 蓮耶(ia0360
24歳・男・サ
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
周十(ia8748
25歳・男・志
ヴェスターク・グレイス(ib0048
24歳・男・騎
アルセニー・タナカ(ib0106
26歳・男・陰


■リプレイ本文

 大人数で嗅ぎ回っては、怪しまれる。そう判断した志体持ちの面々が、泊まる場所もバラバラに、村へと潜り込んでいた。
「それじゃ、いざって時の逃げ場所を探すとするか‥‥。探しておいて損はねぇだろ」
 周十(ia8748)は、観光に来た旅人と言った風情で、町の中を歩き回っていた。建物の場所や大通りの流れ。広場の位置や人通り。2階立てや窓のありかを頭の中に入れて行く。
「あの周囲に潜むと良さそうだな」
 ヴェスターク・グレイス(ib0048)も、大通りを散歩中だ。阻止する為に、飛び出しやすい場所、タイミングを合わせやすそうな場所を下見している。鎧姿が目立つのか、人々が時折気にしているが、彼の心は動じない。
「救出に関しては、掛け合ってみる奴が居るようだ。任せとくか」
 緋室 蓮耶(ia0360)が、村の外から聞こえてくる龍の鳴き声にそう呟いていた。交渉は得意じゃない故に、彼もまた下見に余念がない。いわゆる最終手段の準備と言う奴だ。
「正直どうすっか迷っちまうなァ。手当たり次第は無しにして、処刑を快く思ってなさそうな奴に聞くか」
 依頼主は町の人と言っていた。こんな昼日中に酒場が開いているとは思えなかったが、食事をする場所や、材料を買い求める場所なら開いているだろう。そう思い、周十はヴェスタークと共に、食事を提供してくれそうな店へと向った。
「確かにありゃあ、他に手を引いてそうなタイプだ」
 昼間なので、まだ酒は殆どないと言って良いだろう。せいぜい、気の抜けた水がわりのエールと言ったところだが、提供する側が熱心に仕事しているのを見て、周十が頭を抱えている。
「確かに結託してそうな感じはするな。あの演説を見る限り」
 その隅っこに席を取ったヴェスタークは、中央で簡単な朗読劇を上演している詩人を、そう指摘する。声を張り上げる彼の弁は、コンラートを擁護するようなものだった。
(この言い方なら、拷問師が領主を唆し非道を働かせ、それを吟遊詩人が帝国の非道として歌い、町人達の不安や反感を煽る図式も描けるな)
 ヴェスタークはそう思ったが、さすがに人の多い場所で言うわけには行かず、周囲の状況を探るだけで終わってしまう。
「もう少しこいつを見張っていた方が正解だな。夜になったら、待ち合わせ場所に向う」
 人通り聞き終えると、周十と共に、指定された場所へと向う事にするのだった。

 その頃、北条氏祗(ia0573)と秋桜(ia2482)は、村から離れ、別の場所へ向っていた。目的地は、リーガ城。その城主であるクラフカウ辺境伯に、ことの次第を伝える為である。
「この事件は、騎士達を解放させるばかりが解決の道ではないからな‥‥。クラフカウ伯ならば、この次第、聞き入れてくれる善人だと聞き及ぶ。何とかしてくれるだろう」
 依頼の写しを手に、龍を飛ばす北条。是正しなければ、同じ様な事件はまた起きる。根本的な問題を解決する為に、帝国側でもこのような非人道的行いは、是非とも通知しておきたいと言うのが、2人の一致した見解だ。
「やはり、会うのは難しいですわね‥‥」
 戦中ゆえ、覚悟をしていたが、秋桜は悔しそうに城を見上げていた。いかに開拓者とは言え、突然尋ねて合ってくれるほど、有名人は甘くない。だが、面会を求める者を無碍にする気はないようで、城の入り口には受付が設けられ、係の者が書状の出し方等を商人達に説明している姿が目に付いた。その係の人に、急ぎである旨を伝える秋桜。そう言った速やかに何とかして欲しい事は、一度や2度ではないのだろう。慣れた手つきで急ぎの手続きをしている係の人が、大雑把な内容を尋ねてくる。
「事の次第が書いてあります。騎士殿の身柄、こちらにて預かっていただきたく存じます」
 依頼の写し、領主の異変。民が不安がっている事や、身元不明の人物が出入りしている事、そして肝心なのは、捕らえられている騎士が反乱に加担している確証が持てない事を理由に身柄をリーガ城に移して欲しい旨だ。
「ふむ。間に会うかどうか分からぬが、必ずや届けておこう」
 係の人はそう言って、『急ぎ』の印を押してくれた。後は、その手続きが行われる前に、騎士達を救出すれば良い。龍に飛び乗った秋桜と北条は、件の村へと取って返すのだった。

 その頃、青嵐(ia0508)は蓮耶の導きで、騎士団が泊まっていたと言う宿を改めていた。開拓者と言うのは、ある程度の捜査権限を持つらしい。理由は色々つけたが、荷物が残っているかどうかを聞くと、存外あっさりと見せてくれた。
「騎士団が泊まっていた宿ってのはここですか‥‥。荷物が残っていれば良いのですが‥‥」
 青嵐がそう言いながら、2階へと上がる。下見、と言う名目で使っていた部屋へ上がる。宿屋側も、うっかり手をつける訳にも行かず、渡りに船と言うところだったらしい。
「領主は以前は理不尽な奴じゃなかったんだっけ。何かあったんかね」
「さぁ。その辺は聞いて見なければわかりませんが、とりあえず先に荷物を改めさせてもらいましょうか」
 そう言って、蓮耶と手分けして荷物を開封して行く青嵐。遠慮なく背嚢のひもを解いて行く姿に、蓮耶は「いいのかなー」と困惑気味だ。
「貴族の家の事は、貴族に任せるのが一番ですよ」
 なので、その貴族の身分が分かるようなものがあれば‥‥と探しているらしい。殆どは身の回りのものばかりだったが、そのうちの1つ。薬の入った小さな木箱を見つける青嵐。
「何か、あったか?」
「ええ、これは多分主家の紋章だと思いますが‥‥。実家に危急を知らせる位はできそうですね」
 天儀で言うところの印籠のようなものだろう。刻まれた紋章は、この村の屋敷についていた物ではない。反乱軍に連なる家々の紋章かどうかは分からなかったが、追いかける事は出来るだろう。
「内部事情となると、面倒そうだがな。領主の館に金髪野郎が出入りしてるんだっけか」
「拷問師のひとでしょうね。ちょっと聞いてみましょうか」
 必要になりそうなものを、いくつか回収した青嵐は、それを人形の小道具のように見せかけると、1回の食堂へ下りてきた。そして、材料を納入しに来たらしい八百屋のおっちゃんに、屋敷に逗留している金髪野郎の事を尋ねる。それによると、奴は屋敷の一室を与えられ、客人扱いになっているようだ。
「ふむ。他にだれか‥‥例えば、吟遊詩人とか」
「そう言えば、あの人がどこに泊まっているかわからないな」
 怪しい吟遊詩人の行き先の方がわからないそうだ。もし、それが普通の詩人だったのなら、酒場かその近所に逗留が相場だろう。しかし、宿屋ではその気配はなかった。
「なるほど、他の協力者と言った所ですね。どうも、ありがとうございました」
 ぺこり。と人形と共に頭を下げる青嵐。そしてそのまま店を出ると、表通りへと向った。目指すは公共掲示板だ。
「処刑場所を調べようと思ったんですがね」
「ふむ。公開処刑っていうんだから、広場かどっかでやるんだろ」
 蓮耶が下の方に書かれた場所を指定する。日付と共に、村の一番広い場所で行われる事が記してあった。村に限らず、公開で何かやる時は、人の集まる場所が相場と言うもんだ。
「なるほど、それは良い事を聞きました。あ、ちょっと手を貸してくださいな」
 納得した青嵐が、広場の地面を確かめる。踏み固められてはいるが、土が露出しており、足先でつつくと穴が開いた。どうやら、鋭い木で穿り返せば、穴くらいは開きそうだ。そう判断した青嵐は、蓮耶に同じ様な太さの木と、かみそりの刃先を渡す。
「準備は周到に、ってところだな」
 上に落ち葉をかぶせ、見咎められないうちに撤収する2人だった。

 暗くなった頃を見計らい、六条 雪巳(ia0179)とアルセニー・タナカ(ib0106)は、女中から聞き出した地下牢の明り取りを目指していた。巧妙に隠されたその窓を見つけた雪巳は、まず瘴索結界を発動させる。と、詳しい場所はわからなかったが、屋敷の効果範囲内に、敵意を持つ存在がいるようだ。
「見てきてもらいましょう」
 タナカの符から、ふっと人魂が浮かび上がる。周囲を警戒する雪巳。しかし、屋敷にあかりは消えたばかりで、人のくる気配はない。
「これでよしと、地下牢の入り口は1つしかないようですから、お願いします」
 なのでタナカは、人魂を蛙に変化させると、1枚のメモを加えさせた。そして、窓の隙間から、するすると下に降ろす。
「まだ生きているようです」
 ほの灯りの中で、うめき声が2つ。心配する言葉が続き、悔しそうに身を寄せる音。どうやら、諦めているわけではなさそうだ。そう判断したタナカ、蛙を一番元気そうな音を立てている御仁へと近付かせる。
「メモは届いたようです」
 がさがさと小さく開く音に、タナカはそう雪巳に告げた。その耳に聞こえたのは、自らの脱出策を練るふりをして、告げられた状況だ。
「まず整理しよう。見張りは2人だが、交代で監視されている‥‥。拷問師の取調べはついさっき終わったが、目がやられているので、気配しかわからんが、嫌な殺気が出ていた‥‥。領主は最初に姿を見せたきりで、その後は姿を見てない。何やら人あらざるものの気配もする‥‥。こちらは4人だが、2人は動けない。武器の類は領主が持って行ってしまった。処刑は広場で縛り首だと宣告された‥‥と言った所だな」
 どうやら、残り2人は自衛くらいは出来そうだ。それに、拷問師と領主に、アヤカシの瘴気が取り付いている事を確信する。これは、遠慮などしなくても良さそうだ。そう考えたタナカは、再び蛙を送り込む。必ず助ける‥‥と。
「天の恵み、か。ありがたい事だ」
 礼を言う声が聞こえた。なにやら耳元でささやくような音が聞こえたのは、動けない仲間を安心させているのだろう。
「‥‥どうです?」
「やはりあの拷問師とやらがボスのようです。領主はおそらく取り付かれているか、ただのダメ領主の可能性が高いですね。食事後に紫の瘴気が出てきたかというのは、こちらからはわかりませんが、ほぼアヤカシと見て間違いないでしょう。嫌な殺気は、おそらく瘴気でしょう」
 当日は拷問師をメインに相手するのが得策かもしれないと、タナカは雪巳に告げるのだった。

 翌朝。屋敷を黒塗りの馬車が出発し、その荷台部分に、拘束された騎士が4名乗せられている。うち2人は、既にぐったりと気を失っていた。襲撃するなら、今しかないと、雪巳が言う。
「一般人を巻き添えにしてはいけないので、人踊りの少ない場所を狙いたいのですが、厳しいですか‥‥」
 タナカは既に符を取り出し、領主の姿を探している。雪巳と共に聞き出した限りは、警備の数は10名弱だと言う話だ。その後ろから紋章の付いた豪奢な馬車が目に付いた。おそらく、それが領主のものだろう。
「頭の悪ィ領主相手とはいえ、さすがに街でドンパチやらかすのは気が引けるぜ‥‥」
 気の進まない周十。このままだと、襲撃して救出と言うパターンだが、あまり被害は出したくない。だが既に、見守る人々が集まり始めている。これが極悪非道の大罪人とか言われれば、さもありなんという状況だが、見守る人々の顔は、相手が若い騎士で、なおかつ無罪の可能性が高い事を知っているので、同情しきりだ。
「俺が時間稼ぎをする。後は頼む」
 ヴェスタークが元々脱がない鎧の兜を被りなおす。辺境伯からの返答が届くのがいつかは分からないが、早々待ってもいられなさそうだ。
「牢から出された時が狙い目だ。いくぞ」
 蓮耶もその襲撃に乗った。頷いたヴェスタークが、しゃきんと剣を掲げ、天にいる筈の心の主に、己の正義を誓う。
「いざ、我が剣と共に!」
 だっと駆け出す彼。ちょうど、広い通りに出たところだ。馬が驚いて立ち止まる中、2階のベランダから飛び降りた蓮耶は、こう叫ぶ。
「ちょっと待ったぁ!!」
 先手必勝。地断撃を食らわす。ざしゅうっと地面に盛大な溝が走り、後ろの警備陣と護送馬車を切り離した。突然の襲撃に、警備陣がうろたえている。
「よし、始まりましたね。いまのうちに‥‥2人は動けないようですが、せめてこれだけでも」
 その隙に、青嵐が仕掛けておいたかみそりと、そして斬撃符をつかって、枷とロープを引き剥がした。しかし、うち2人は足腰もやっとの状態だ。
「仕方ねェ、全員おねんねさせるしかねェな!」
 蓮耶がそう言って、溝を越えてきた兵士を蹴飛ばす。
「戦える方は、ご協力お願いします!」
「俺が相手だ! 掛かってきやがれ!!」
 北条が、群がる警備兵に向って咆哮を放つ。そのまま引っ張られる警備兵に、領主がイライラしたように叫んでいた。
「おのれ! ここでそいつらを奪われたら、俺の立場が危ういだろうが!」
 交代したばかりで、まだ若い。と、そんな領主の横で、黒服に金髪の美形が、にやりと笑う。どうやら、事態を楽しんでいるようだ。血が流れるのは、味方でも構わないと言った風情の態度に、タナカが氷柱を唱える。
「奴を倒せば、領主も騎士もまともになるはずです」
 雪巳が神楽舞・防を踊っていた。力を付与されたタナカ、そのまま氷柱をぶつける。
「乱暴だな。品のないことだ」
 くすくすと笑って、その手に氷柱が受け止められた。周囲から紫の瘴気が立ち上る。
「やはり、アヤカシか‥‥」
「ふん。どうやら遊びが過ぎたようだな。まぁいい、楽しんだ事だし、ここは退いてやろう。充分血は頂きましたしね」
 びゅい、と口笛を鳴らせば、遠くの空からばさばさと音がした。見上げれば、やってきたのは巨大なこうもりだ。驚く領主の目の前で、彼は悠然と空へ去って行く。
「お、おのれ! こうなったら、狼藉ものもまとめて始末しろ!」
「己が保身のために他を犠牲にするなど、上に立つものとしては失格ですよ」
 気を取り直したらしい領主が草命じている。雪巳の端正な面立ちに、わずかな怒りの表情が浮かぶ。それは、青嵐も同じだった。
「随分と良い趣味になられたようで、民の信頼すら失った貴族のなりそこないの分際でね」
 斬撃符が宙に浮く。自ら考える事を放棄し、良心を捨ているのなら、人の姿をしていなくてもいいものと、その符は領主の腕を切り落とす。噴出す瘴気。
「やはり、アヤカシに操られていたようですね」
 ぶっ倒れる領主に、雪巳がそう言った。振り返れば、気を失った警備兵が、蓮耶の一撃で、ばたばたと倒れている所だ。と、その時である。遠巻きにに守っていた人の中から、書状を携えた1人が割って入る。どうやら、間に合ったようだ。
「お前ら、助かった命、無駄にすんじゃねェぞ‥‥今回は運が良かっただけなんだからよ」
 周十がそう言うと、頭を下げる騎士だった。