【陰影】忍び花
マスター名:姫野里美
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/16 04:35



■オープニング本文

●陰殻の法
 陰殻上忍四家――陰殻最大の氏族であり、多くの里を支配下に置く。
 彼等は、外敵に対して一致団結して戦う一方、陰殻における主導権を巡っては陰惨な争いを繰り広げていた。陰惨な――そう。派手さは無い、陰惨な争いだ。アヤカシとも戦わねばならぬ昨今、兵を動かして派手に争えば、それは国力の疲弊に直結する。
 然らば。争いは静かに。
 陰謀を、策を弄し、毒を伏し、極々少数の者達を犠牲に留めて行われる。
 シノビは、その地位を増すに従って里や氏族全体に対する責任を負い、一定以上の地位にある者は、時に、その抗争の因果を背負ってこの世を去る。
 戦はせぬ。
 恨んではならぬ。
 それこそが、上忍四家の間で合意された、陰殻の正義。ここ陰殻では『そういう事』になっている。そうでなくてはならぬ。そうでなくては、一族郎党、互いに殺し尽くして、後に何も残らぬ。
 だが‥‥時に。思いも掛けぬ気の緩みから、その均衡、掟が崩れる時もある。
「許して下さい‥‥」
 誰かの呟きが、暗がりに聞こえた‥‥。

●浮気者は誰ですか
 それからしばらくして、陰殻では、きな臭い噂が流れていた。なんでも、大きな里の長が何者かによって倒され、後継者が乳飲み子って事で、かなり揉めているらしい。
 詳しい事はともかく、里には大小さまざまな村がある。上忍4家と呼ばれる大きな流派もあるが、隅っこの方で細々と営業している里も多い。
 そんな里からも近い歓楽街、楼港「不夜城」――
 賭仕合の噂が流れるこの街は、慕容王が裏社会の顔役を務める一方、四大流派の影響下に無い中立的な街として知られている。
 酒場や遊戯店が並ぶ一方で、合法、違法を問わずに賭博が開催され、街のあちこちには天然温泉の湯気が立ち上る。高級な遊郭から場末の酒場まで、利用者も千差万別。一度足を踏み入れれば身分不問とするのが暗黙の了解でもある。
 そのお店の1つに顔を出す船長ことノイ・リーがいた。どうやら、前もって約定を交わしていたらしく、すんなりと奥へと通される。
「と言うわけでして。逃げたうちの連れ合いを探してもらいたいんですよ」
 気の弱そうな店の主人が、申し訳なさそうにそう申し出ている。
「俺ぁなんでも屋と違うんだけどな。まさかその女性に、酷い目にあわせたりはしていないだろうな?」
「と、とんでもない。実は、お恥ずかしい話ながら、ちょっと店の子にちょっかい出したら、浮気だと激怒されてしまって」
 シノビだと思われる口調で問いただされ、主人は首を横に振った。なんでも、亡くなった先代同士の約束で、主人の方が輿入れした為、店では奥方の勢力が強く、まぁ・・・・いわゆる婿殿の類で、色々あったらしい。
「なるほど。入り婿と言うのは、面倒なモンだなー」
「店のモンの手前、手前が浮気したからとは言えず‥‥。こうして頼んでいる次第で」
 ただでさえ肩身の狭い思いをしているので、おおっぴらには探せないそうだ。それで、船長に依頼をした模様。
「で、嫁さんの特徴は?」
「多少とうが立っておりますが、足が自慢で。あと、もしかしたら親戚の里に逃げている事も‥‥」
 生活しているのは、確かに店の奥だが、本店は別の場所にあるらしい。
「なんだ、ここが実家じゃないのか?」
「はい、こちらは独立した家なので。実際の里は山向こうのシノビ里になります」
 で、さらに一族のほかの者は、違う里に住んでいるとのこと。なにやら複雑な親戚関係をお持ちの奥方に、船長の顔が曇る。
「ひょっとして、嫁さんって、元シノビ?」
「ご明察の通りです。最近は上の方の里で何やら人を集めている様子で‥‥。うちのも、もしかしたら怒りをそちらへ向けているやも知れません。ただ、私では到底かなわない力量なので‥‥」
 そりゃあ、立場が弱い上に、多少なりともシノビの技を心得ているともなれば、一般人には手が出せまい。頭を下げ、手付け金を渡すご主人。と、船長は思い立ったようにこう告げた。
「そうだ、ご主人」
「なんでございましょうか?」
 怪訝そうに首を傾るご主人。
「里は山向こうって言ってたよな。龍、使わせて良いか?」
 空から探すことも視野に入れなければならないだろう。
「は、はい。ただ、なにとぞ危害を加えるような事は勘弁していただきたく」
 こうして、ギルドに募集の依頼がかかった。用件は、女性の捜索である。

『実家に帰っちゃったっぽい嫁さんを探せとさ。ただ、危害を与えちゃなんねーんで、その辺りはよろしく頼むぜ』

 だが、話はそれで終わらなかった。
「これで予定通り‥‥と」
 わたわたと若い衆が騒いでいる光景を見て、ほくそ笑む彼岸花の着物女性がいたとかいないとか。


■参加者一覧
静月千歳(ia0048
22歳・女・陰
天雲 結月(ia1000
14歳・女・サ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
鬼限(ia3382
70歳・男・泰
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
濃愛(ia8505
24歳・男・シ


■リプレイ本文

 浮気モノに死の制裁を! とか言うのは、絵草子の中だけかもしれないが、よりを戻すべく、開拓者達が奔走する事になっていた。
「とりあえず街か里を回る組と、奥方捜索の班に分かれましょう。私は街に行きたいわ」
 空気が合わないと言う割には、しっかり指示を行っている嵩山 薫(ia1747)。仲間や家族の絆は大切にしているのだろう。だからこそ、個を重んじるシノビの里は合わないと言ったところか。
「色々きな臭い‥‥怪しい感じがするのは‥‥気のせいでしょうかね」
「それを確かめてからでも、別れるのは遅くはないやろ」
 神楽坂 紫翠(ia5370)がそう呟いている。まずは、聞きだせる事を聞きだしてからでも良いだろうと言う判断を八十神 蔵人(ia1422)がしていた。
「まずは、依頼人夫妻の近辺から始めるのも、常套手段ですしね」
 探しモノはまず聞き込みから。そう答える薫。そんなわけで、情報収集班は、日暮れまでには合流する事を約束し、依頼をしてきた料理屋へと向っていた。
「と言うわけで、大人数やけど、ちょいと答えてくれへんか?」
 4〜5人で押しかける事になってしまったのを詫びつつ、そう切り出す蔵人。ご主人、少し驚いた様子だったが、素直に答えてくれた。
「え、えと。お二人の夫婦仲ってどうだったのかな?」
 単刀直入な天雲 結月(ia1000)の問いに、言葉を濁すご主人。
「あっごめんなさい、変な好奇心があるわけじゃなくて‥‥、変な術にかかった可能性はあるのかな、とか思ったから‥‥」
「気にするな。普段の様子や、最近奥方に何か変わった事がなかったか、教えて欲しいだけだ」
 申し訳なさそうに言葉を紡ぐ結月に、薫がフォローを入れる。と、ほっとした様子のご主人。彼によると、年の瀬のせいか、里のほうで何やらお家騒動があったらしく、しょっちゅう手紙が来ていた模様。その折に、怪しい御仁がいたかどうかは、確かめていないそうだ。
「昼間に喧嘩して夕方になってやっと出ていくなんて…普通なら、とっくに頭を冷やしている頃だわ。何かあったのか?」
 普通考えれば、すぐ出て行って、夕方には戻ってくるのが相場だと考えている薫。わざわざ時間を置き、恨み節もなく出て行った事に、違和感を感じているようだ。しかし、ご主人には心当たりがない様子なので、他の従業員や客に聞いてみる事にした。
「元々、色町と言うのはシノビとの関係が深い場所ですから、関係者や事情を知る人が居るかもしれませんしね」
 静月千歳(ia0048)も、それに同行していた。とりあえず旅支度に必要な物を扱う店に足を運ぶ。
「何か聞いていませんか? 事前に旅支度をしてらしたそうですけど」
 そう尋ねる千歳の意見は、薫とも一致している。と、よく奥方と世間話をすると言う店のおかみさんは、こう教えてくれた。
「呼び出されたとか言ってましたよ。代打ちなら、出張中の子を呼び出せば良いじゃないとか呻いてましたけど」
 どうやら、旦那に言っていない事も、時折こぼしていたらしい。代打ち、と言うと何やら賭け事っぽいが、どうやら何かの行事に名代として出なければならない事のようだったと、おかみさん曰く。場所は里じゃないようで、その前に用事であちこち行かなくちゃ行けないのが、面倒だとこぼしていた模様。どうやら、旦那の浮気云々は隠したまま、実家に戻る話はしていたようだ。
「向うのは、そこでかしらね」
「でしょうね。当ても無く探しても、埒が明きませんから」
 そんな事情で、周囲は奥方が旅支度をして、家から出て言っても、里への用事で帰るものと思い、止めなかったらしい。しかし、何らかの事情があって、旦那には浮気に腹を立てた事を理由にしていたようだ。
「奥さんの名前はまだ聞いてへんかったな。元シノビなら、実家はどこの派閥?」
 その理由を、蔵人は最近のご時勢と踏んだ。主人に尋ねると、基本的には『里の外』の人間である彼には、シノビの詳しい流派は教えてもらっていないらしく、うろ覚えな回答を寄越してくる。
「北條、と聞いてますけど‥‥。諏訪だったかな‥‥」
 ただし、どちらも今一番面倒な流派だ。
「たはー。よりによって一番やっかいな派閥になっとるやないか。奥さんの身内の名前とか、教えてくれへん?」
 住所と名前を出してくる主人。下手に対立派閥と勘違いされては困るので、蔵人はついでにとか言いながら、こう切り出した。
「わしらが旦那さんの使いと証明できるよう一筆したためてくれんか。あと奥さんへの詫び状もや。何はともあれ、旦那が謝らんとどうにもならんし」
 書状が多いので、少し時間がかかる。その間に、蔵人はさらに問うた。
「あと里の命令で帰れないとかの事情があったら、どうしよ?」
「その場合は、里の意向に従いますよ」
 それが、娶った時の約束だから。と、彼は悲しそうにそう言っているのだった。

 その頃、捜索組みは龍に跨り、空からの捜索を開始していた。
「これでよしと。望遠鏡みたいなのがあればよかったんだけど‥‥」
「んなモン買う金なんざねぇよ」
 かなりの高さまで上がれる龍。いやむしろ、低空飛行には向いていないので、結月はそう口にしたが、まだ小型船しかもっていない船長の財布では、己の腕と目に頼れと言うことらしい。
「忍術を使われても、シノビの技ならすぐにわかると思うがのぅ」
 そう言って、上空から見下ろす鬼限(ia3382)。何度か会った事もあるシノビの技。それは彼が泰拳士でも変わらない。
「見つけたらすぐに知らせてくれ」
「無論じゃ。良いか結、見付かれば一鳴きして伝えよ」
 濃愛(ia8505)もまた、龍に乗って反対側の方向へと飛んで行った。それに呼応した鬼限老、足元の龍『結』の首筋をいーこいーこと撫でている。短く鳴いて答える結龍。
「ともあれお姉さんは大きな胸で一目瞭然なんだね? よしっ!空からでも陸からでも根性で頑張って探すぞっ!」
 店を出たあとすぐ合流した結月が、ぐぐっと龍を降下させる。
「天雲殿、素早く動く単身の人影を探すのじゃ」
 そんな彼女に、鬼限はそう助言していた。シノビの里だ。動きに注意していないと、すぐに見失ってしまうだろう。
「左右だけじゃなくて、上下にも動かないとね」
 依頼で龍に乗った事のある滝月 玲(ia1409)が、時折遠くを見回していた。彼女もまた特徴に合いそうな者を、心眼を使って探すが、敵意を持っていると言うわけではないので、全く反応しない。
「中々見つからないですね‥‥」
「そうだな‥‥。追いかける方法も考えていたんだが‥‥」
 同じシノビとて、隠れ方はいろいろある。ただ空から探しても、思うようにはいかないようで、濃愛も玲も、それらしき御仁が見当たらなかった。
「もしかしてあれかな?」
 そんな中、結月が空から陸に移動していた。そして、その辺で農作業をしていたお姉さんの胸を、じーっと見つめている。
「ちょっと、何この子」
 怪訝そうな顔をされ、結月ははたと気付く。
「はっ!?僕が女の子じゃなかったら、まるっきり変態さんだっ!」
「おおう、申し訳ない。ちとある御仁を探しておっての」
 慌ててすっ飛んできた鬼限が、申し訳なさそうに頭を下げた。やった本人も、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「あ、いや。人違いなら良いけれど。気をつけてね」
「はーい。ごめんなさい」
 幸い、特に悪い事をしたわけじゃないので、事情を知ったお姉さんは、すぐに解放してくれた。再び、空へと戻る結月。
「やっぱり、闇雲に飛んでいたのでは、見つからないか‥‥」
「繰り返すしかあるまい。人探しはそれが肝要じゃ」
 出来うる限りの低空飛行で飛んでみた玲だったが、それらしき女性は見えない。そんな彼女に、鬼限翁はそう言って、繰り返し街と里を往復する事を進言するのだった。

 こうして、あっという間に2日がたった。その間に、蔵人達聞き込み組は、里の方に到着していた。目的地は、奥方のご実家である。
「なんや、喧嘩が原因やったら、まあええねんですけどね。ほら、今、色々とごたついてるから厄介事に巻き込まれたら大変ですやん」
「どこでその話を聞いた‥‥」
 念の為、対立派閥の争いに関わっていないかどうか、周囲で確かめて見たのだが、里の御仁が顔を引きつらせて居るところを見ると、思いっきり関わっていそうだ。
「向こうの家の近所ですが‥‥。里の方では、そんな噂はないんですか?」
「‥‥ここだけの話だが、な」
 一族だと思しき御仁は、声を潜めて、こっそりと教えてくれた。近々、里を上げての技量を競う場が設けられる。そこに、一族でも名うての者を送り込むのだと。
「ふむふむ。こりゃあ良い話を聞いたな。んじゃ、そろそろ日も暮れてきたし、戻るとするで」
「宿は、街と里の間でしたね」
 紫翠もまた、里で情報集めをしていたようだ。それによると、奥方は若い頃から、結構な腕前で、引退を惜しむ声が多かったらしい。他にも、引退シノビを集めている家があるそうだ。その話を手土産に、彼らは宿代わりにしていた、船長の船へと集合する。
「せっかく宿があるんだ。つかわにゃ損やろ」
「俺の船は宿じゃねェ」
 船長がぶーたれてるが、この際気にしない蔵人。早速、夕飯ついでに情報交換を開始する。
「うーん、実は彼岸花の女性が狐妖姫の様な誘惑術を持つ悪者で、ご主人さんが誘惑されて‥‥みたいな陰謀? さすがにそんな事はないかなぁ‥‥」
「それだったら、もっと直接的な手段にでるんじゃないでしょうか‥‥」
 結月が思い悩んで居る様子に、話を聞きに言っていた紫翠は首を横に振った。もし、ご主人が操られていたならば、こんなところにのんびりと宿は取れていない。
「ところで船長〜。なんや先日にアンタが出した依頼と状況被るねんけど。ブッキングしてるなんてこたあないわな?」
 と、その船長を、蔵人が締め上げていた。顔を明後日の方向にそらす船長。
「やー船長は色々と変な縁があるから。ほれ、前の狐とか」
「狐に化かされても、どうにかすんのが開拓者ってモンだろ」
 もし、奥方側に狐の姉ちゃんがまぎれていても、それを粉砕するのがお仕事だ。気にする事ぁねぇと、彼は言う。
「ともかく、奥方は、もう里入りしている可能性が高いじゃろう。明日は里の捜索じゃなぁ」
 話を聞いていた翁が、そう結論付ける。
「機嫌、悪くなっていないと良いけど」
 千歳に取っては、捜索に欠かせない龍が、へそを曲げていないかどうかの方が、心配なようだった。

 翌日、情報収集組も混ざっての捜索となった。
「この辺りに居るのは、間違いないんですよね」
「ああ。動けばすぐに分かるはず‥‥」
 既に捜索した部分に関しては、鬼限の案内で印を付けている。と、そこへ紫翠も自身の駿龍に乗りながら、こう言った。
「既に、探されているのに気付いているんじゃないでしょうか。慎重に飛んだ方が良いと思いますよ」
「これ、終わったら、ちゃんと綺麗にしてあげますから。大人しく飛びなさい」
 千歳の虚は今日機嫌が悪いらしい、山の土ぼこりでお肌が汚れてしまったのが、気に食わないようだ。
「元シノビだと言う話ですし、闇雲に探しても‥‥。追いかけっこ? いや、かくれんぼでしょうか‥‥」
「あの胸では動きづらかろう。さらしでかくされるやもしれんがな」
 低空飛行で隠れやすそうな森の周辺へと、目を光らせる紫翠と鬼限。
「この辺で、犬神の元に出入りしていた女性がいなかったかな」
 玲が、そう言いながら森の間を抜けようとした直後、ばさばさ遠い立てられたカラスがこちらへ向ってくる。見れば、周囲に瘴気が噴出していた。
「って、アヤカシが出てちゃいましたよ」
 魔の森は、こんな所にも出没していた。眼突鴉が縄張りを侵されたと勘違いしたのか、こちらへ向ってくる。
「…ま、わしはどの道ただ蛇拳を振るうのみじゃな」
 そう呟いて、鉄拳制裁を振るう鬼限。これがもし、他のシノビだったとしても、彼は同じ様に拳を振り下ろすだろう。
「あれ、お姉さんじゃないかなー?」
 と、そんな中、結月が眼下に数人引き連れた女性を見つけた。周囲にいるのは、配下のシノビだろうか。ここにも瘴気が噴出しており、取り囲まれている様子だった。
「下りるぞ!」
 玲が速度を上げた。言われるまでもなく、龍を降下させる結月。巨大な質量の生き物に、眼付カラスは形勢不利と悟ったか、逃げて行った。残ったのは、なんだかやたら胸のでかい、気の強そうなお姉さんと、数人の取り巻きと思しきシノビさん達だ。
「何奴!?」
「そんなに警戒せんでええって。お秋さんやな?」
 蔵人が口火を切ったのにあわせて、千歳が反対側から詰め寄る。
「風月屋さんの奥方さんですよね。ご主人がとても心配されていましたよ」
「どうか大人しゅう着いて来て頂きたい。夫婦なれば先ずは対話と相談で御座いましょう」
 鬼限も加わって、3方から取り囲む。
「あの人が、そんな事を‥‥」
「旦那さんから‥‥夫婦喧嘩と‥‥聞いてますが‥‥本当ですか? どうもお互い‥‥隠し事ありませんか‥‥?」
 いや、紫翠も加わったので、四方だ。逃げ場のなくなった事に、奥方は深くため息をつく。
「‥‥話さないと、返してくれなそうね」
「場合によっては、アヤカシのにおいがするのでな」
 濃愛がじろりと睨みつけていた。
「抵抗するとあらば、首に縄つけてでも引っ張って行くぞ」
 玲の手には、既に鎖分銅が握り締められている。まるで、罪人でも狙うかのような状態に、蔵人がまぁ落ち着けと手で制した。
「まぁそういきり立つなや。今、国がごたごたしてるから旦那さんも不安やねんて、わかってくれへんかのう?」
「‥‥ほうっておいてくれれば、そのうち帰ったのにね」
 ふうとため息をつく奥方。そして、ぽつぽつと事情を話す。どうやら、奥方の里は北條派で、隣の諏訪派の里と、賭け試合をする事になったらしい。そして、里では1人でも多い参加者をかき集めたんだが、里内部の事なので、旦那には迷惑をかけたくない。そこで、店の女性に頼んで『浮気』と言う事にしてもらったらしい。しかも、その里は、お得意様の遊郭で、遊女の出身里と言う噂だ。旦那に話しては、やりづらかろうと思った模様。アヤカシは、そうしたワケアリの御仁を無理やり戦わせる事によって、怨嗟と悲しみの声を増やし、食らおうとしたんだろう。もし、ほうっておけばお互いに倒れ、双方の家族達が悲しむ。そこへもぐりこむのに、さほど手間はかからない。
「粉砕、出来たんでしょうか」
「たぶん、やけどな」
 蔵人に頷かれ、ほっと胸をなでおろす千歳。
「虚、次もお願いね」
 龍のおめめが、返事をするようにすっと細くなる。綺麗に洗ってもらって、機嫌は直ったようだった。