色は心を喰らう
マスター名:一二三四五六
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/06 19:42



■オープニング本文

 ちょっと大きな街ともなれば、夜であっても人の往来は尽きない。
 その男は、仕事帰りにちょっと一杯引っ掛けようなんて、馴染みの酒場に向かう途中だった。
「ちょっと、そこの人」
「ん?」
 かけられた声は鈴の転がるような女の声。振り向いた男は、おっ、と声を上げたきり立ち尽くす。
「お、俺か?」
「ええ、あなた様に御用がありますの」
 やや色白の肌に長い黒髪、都でもちょっと見られないような、絶世の美女。一体何で自分に、なんてまともな考えは、その美貌の前に吹っ飛んだ。
「お願い‥‥出来ますかしら?」
「あ、ああ‥‥」
 鼻腔をくすぐる甘い香りで、思考が満たされていく。男の瞳からゆっくりと光が失われていくが、男はそれに気付かない。
「ここではちょっと憚られます、こちらに来てくださいまし‥‥」
 まるで操られたかのように、男は女についていき。
 翌日、男の死体が発見された。

「ここ一週間、人気の無い路地裏で一日か二日に一人の割合で死体が見つかるようになりまして。それも男ばっかりね」
 ところ変わって開拓者ギルド。汗を拭きつつそう語るのは、街の顔役とでも言うべき男。
「その身体には、傷一つ付いてないってんだから不気味な話でして‥‥で、昨日の話なんですがね」
 町人の一人が、見た事もないような色っぽい美女に友人が連れられて路地裏に入っていくのを目撃した。
 慌てて追いかけたが、人気の無い上に入り組んだ路地、すぐに見失ってしまい‥‥そして翌日、その友人の死体が発見されたと言う。
「そもそも昨日死んだその男ってのがこいつはひょっとすると、アヤカシの仕業でしょう、って話になりまして。街のみんなで金子を出し合って、こうして依頼にやって来た、とこういう次第です」
「なるほど。美女のアヤカシですか‥‥」
 依頼書を書き付けながら、神妙に頷く職員。
「では、退治の依頼と言う事でよろしいですね?」
「ええ、ええ。もう、是非。その女が目撃された場所は分かってますんで、なんとか退治してくださいませ」
 こうして、ギルドにアヤカシ退治の依頼が張り出される。


■参加者一覧
紫夾院 麗羽(ia0290
19歳・女・サ
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
純之江 椋菓(ia0823
17歳・女・武
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
空(ia1704
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
鴇ノ宮 楓(ia5576
21歳・女・シ
胡桃 楓(ia5770
15歳・男・シ


■リプレイ本文

●誘い誘われ
 夜。日の光はなく、炎で照らし出された薄明るい街は、それでも人の往来が絶えない。その中に紛れるは、8人の開拓者達。
「男を惑わすアヤカシ‥‥か。女として捨て置けんな」
 影に潜み呟くのは紫夾院 麗羽(ia0290)。昼間に行った事前の調査によれば、目撃者は昨日の男以外には無い。1人でいる時にアヤカシと遭遇したのは確実だ。
 そのため囮役の男性が1人ずつ路地を歩き、それを目立たぬようで女性が1人ずつ見張るという布陣で、アヤカシが現れるのを待っている。
「女はもっと優雅に男をコロスものだ。そこら辺を取り違えているバケモノにはやはり灸を据えてやらねばならぬな‥‥」
 呟きながら見張る視線の先には、空(ia1704)。油断無く周囲に気を払い、アヤカシの姿を探す。
「ヒヒッ‥‥アヤカシが餌を取り易い様に工夫でもしたかァ‥‥?」
 浮かべるのは、口元だけを歪めやや芝居がかった笑み。やや胡散臭く思えるのは、彼の性分と言うものだ。
「男として生きている限り回避困難な罠‥‥だな」
 同じ頃、別の場所で囮をする香坂 御影(ia0737)がぽろりと漏らす。なるほど空の言う事は確からしい。
「絶世の美女がアヤカシとは、男として信じたくないものだ」
 溜息を漏らす彼を見守るのは純之江 椋菓(ia0823)。御影がそんな事を考えているとは思いもよらない。
「色香で惑わすアヤカシ‥‥私には真似できませんねぇ」
 素直な感想を漏らす椋菓。そもそも、真似したいとは思わないが。
「何にせよ、ただ襲うだけのアヤカシより手強いことは確か。気をつけないと‥‥」
 他班と離れすぎていないか、視線を御影から外し周囲に巡らせる。その視線の先には、微笑を浮かべる斎 朧(ia3446)。
「外傷がないのは、精力や魂を食らう類か‥‥いずれにせよ、厄介な事で」
 見張る相手は胡桃 楓(ia5770)。普段女の子に見える彼も、今日はしっかりと男の格好をしており、まるで‥‥。
「‥‥男装の女の子」
 ぽつり、と思わず呟いてしまう朧である。
(「探す相手も女の子、ボクを助けてくれる女性陣の皆さんも美女揃い‥‥『ああ、ボクの為に争うのは止めて!』を満喫できますネ!」)
 その上、アヤカシを待ちつつなんか凄いダメな事を考えている。
「ソコの可愛い彼女、ちょっとお茶シナイ?」
「‥‥はぁ」
 挙句、『より男の子に見えるように』とナンパしたりしているが、なんか微妙なので不発に終わっている。
(「今の所、それらしき者はいないな‥‥」)
 普段は牛の頭骨を模した仮面を被った王禄丸(ia1236)は、今は顔を晒して囮に励む。
 最も、変装を好む彼の『素顔』が本当にそれかどうかは、彼自身しか知らぬ所だが。
(「女を武器にした忍、でござるか‥‥」)
 それを見守るのは鴇ノ宮 楓(ia5576)。女である前に忍と己に課す彼女にとっては、いろいろ思う所のある相手だ。
「と‥‥王禄丸殿!」
 そんな物思いを打ち切り、王禄丸に声をかける鴇ノ宮。その視線の端では、椋菓が大きく手を振っている。それは予め打ち合わせておいたアヤカシ発見の合図だ。
「見つかったのか?」
「ああ。椋菓の合図という事は‥‥接触されたのは御影殿でござるな」
 そのまま合流する開拓者達。
「御影とアヤカシは?」
「あちらの路地裏に‥‥見失わないように急ぎませんと」
 言葉をかわす間を惜しむような麗羽の問いに椋菓が答えると、彼らは駆け出した。

●惑い惑わし
「さあこちらへ、どうぞ‥‥」
「ああ‥‥」
 アヤカシに手を引かれ、御影は路地裏へと向かう。鼻腔を満たすは甘い香り、思考を占めるのはこの女性に対する思慕の念。
 確かに女性が魅力的とはいえ、彼が今ここで抱くには不自然な感覚だ。
(「やはり、この手の力を持っていたか‥‥」)
 冷静さを保とうとはするものの、相手に危害を加える気にはどうしてもなれない。言われるがままに、人気の無い方へと連れ込まれていく。
「さあ、このあたりで‥‥」
 辺りに完全に人がいなくなったのを見計らい、彼女は振り向き、ゆっくりとその手を御影に伸ばし‥‥。
「待ちなさい! 不埒な所業、そこまでです!」
 だが、それが触れる前に、開拓者達が路地裏へと雪崩れ込む。先陣を切って女と御影の間に割って入るのは椋菓だ。
「あなた方は‥‥」
 咄嗟に繰り出された脇差を、後ろに飛んでかわす女‥‥いや、アヤカシ。腕を振ると、どこに潜んでいたのか鬼火が現われ、開拓者から己の身を守ろうとする。
「むぅ‥‥確かに美人さんデスが、ボク的には年下か童顔の人が好みデス!」
 その隙を縫って繰り出される、胡桃の手裏剣。その刃は的確に、敵の柔肌を裂く。
「つまり、ボクの好みから微妙に外れているのデス!」
「そんなことは誰も聞いていないと思うのでござるが‥‥」
 呟きながら鬼火に肉薄するのはもう1人のシノビたる鴇ノ宮。手にした脇差で敵を鋭く切り裂きながらその炎越しにアヤカシを見つめる。
「あやつの技にかかるならば、男としては本望でござろうが‥‥」
「ふむ。それは男と言う物に対する偏見を感じなくもないな」
 総鉄の長槍を振るいつつ、王禄丸。移動中にすでに、牛の頭骨を模した覆面を被っている。
 彼の豪槍の一撃は力強く、その重みに見合った威力で鬼火を吹き散らす。
「グ、ヒヒッ、逃がさねェよォ‥‥今そこに行ってやるからなぁ?」
 同じ羅漢の豪槍を振るいつつ、平突にて炎の核を貫く空。
「こんな炎じゃなくてさぁ‥‥てめぇの命を俺にくれよぉ!」
 どこか、狂気を宿した笑みを浮かべる空。夜闇に揺らぐ焔では、その足を止める事は出来ない。
「大丈夫ですか?」
「ああ‥‥気を落ち着かせれば、なんとかな」
 その間に後ろに下がった御影に、朧が声をかける。魅了には、完全に操るまでの強制力は無いようだ。
「私が祓えれば良いのですけど‥‥」
 彼女の使える解術の法はあくまで敵にかかった強化の術を解く物であり、味方の状態異常は祓えない。代わりに風の精霊へと祈りを捧げ、敵と闘う者達の傷を癒す。
「さて困りましたね、なかなか腕利きの方ばかり‥‥」
 鬼火を払い、肉薄してくる開拓者達の姿に困ったような表情を浮かべる美女のアヤカシ。その困惑の表情ですら美しく、色気の篭った流し目を送る。
「そんなに盛って‥‥わたくしの肌が恋しいのですかしら?」
「うわっ!?」
 その流し目を受けたのは胡桃。手裏剣を放とうとしていた手が揺らぎ、アヤカシではなく横にいた朧へと投げつける。
「きゃっ!?」
「あ、ごめんなさ、でもっ、あっ!?」
 流し目に心を揺らされると正常な思考が失われ、敵と味方の区別がつかなくなる。全てが敵のような味方のような、錯乱した状態に陥る胡桃。
「そちらの方も‥‥ほら、そう慌てないでも、よく見て‥‥」
「ぐっ‥‥!」
 次いで、王禄丸の視界を、アヤカシの白い肌が埋め尽くした。首を振り、なんとか正気を保とうとする。
「どうぞ‥‥素直になってくださいな。戦いなど忘れ、身を委ねて‥‥」
「ふん‥‥話にならんな!」
 誘惑を振りまき開拓者達の心を乱すアヤカシ、だがそこに鬼火を散らした麗羽が素早く肉薄した。
 宝珠を埋め込まれた阿見の薄刃を渾身の力で叩き付け、アヤカシの肌を深く切り裂く。
「きゃあっ!?」
「お前は男殺しの意味を分かっていない‥‥その身に教えてやろう!」
 矢継ぎ早に繰り出される、苛烈かつ美しき斬撃がアヤカシを切り裂く。苦痛の表情を浮かべたアヤカシは、麗羽を睨み付ける。
「ぐっ‥‥!?」
 途端、麗羽の身体を脱力感が支配した。心を鷲掴みにされ、魂その物を奪われるような感覚。
「邪魔です、あなた‥‥そこで干乾びなさい」
「なるほど、それがお前の『男殺し』か‥‥!」
 死体として見つかった男達は、皆傷一つ無かったという。おそらくこの視線を受け続ければ、麗羽も同じ命運を辿る事になるのだろう。
「その技があれば、拙者も苦しませずに殺せるでござろうか」
 呟き、一気に間合いを詰める鴇ノ宮。
「しかし、女の色香を武器にする等、拙者には考えられぬでござるな」
「そう。なら、その身体に教えてあげましょうか?」
 幻惑の香りが鴇ノ宮を包み、その視界を白き肌で埋め尽くす。
 たとえ同性であろうと‥‥アヤカシに性があるのかどうかはともかく‥‥術中に陥ればその心を揺さぶられ、隙を突かれ魂を奪われる。
「麗羽さん、鴇ノ宮さん‥‥」
 落ちそうになる膝を支えるのは、朧の神風。落ち着いた‥‥むしろ、張り付いたような、不自然なほどの微笑を浮かべ、神楽の舞で失われた生命力を癒していく。
「厄介なこと。そんなに忙しなく動かずとも‥‥」
 その朧を見て、次の術を放とうとするアヤカシ。
「こっちも忘れて貰っては困る!」
「!?」
 が、その足元から銀光が伸び上がる。地奔からの逆袈裟、大薙刀がアヤカシの身体に深々と食い込んだ。
「魅了を打ち払いましたか‥‥!」
「いつまでも、見蕩れている訳にはいかないからな‥‥!」
 成したのは御影。強烈な一撃が、アヤカシを大きく揺らがせる。
「こちらも、だな」
 が、その横合いから黒槍が突き出され、アヤカシの身体が大きくかしいだ。慌ててそちらを見れば、そこにそびえ立つは牛頭の志士。
「ククッ、ヒヒヒヒヒッ!」
 狂気をその表情に宿して笑うは空。それは彼の本性か、それともこれもまた嘘なのか。
「足を僕に腕を私ニ胴ヲ我ニクビヲオレニ‥‥!!」
「くっ‥‥!」
 平突がアヤカシの喉元に迫る。急所を避けるように動いたアヤカシは、しかし避けきれず血飛沫を上げた。
「そろそろ、終わりのようですね」
 息を荒げ、開拓者達を睨むアヤカシ。それを、椋菓は真っ直ぐに見つめる。
「あなたは、ここで討ち果たします!」
「させるものですか‥‥!」
 その身に纏う衣をはだけ、アヤカシはその身を晒す。途端、蟲惑の香りが一気に強まる。
「さあ、惑い、狂いなさい‥‥その本能のままにね‥‥!」
 この香りが、露になった肌が、アヤカシの術をさらに強くしていく。その視界を奪い、その正気を奪い、その戦意を奪い、その魂を奪う妖艶な術。
「その程度なら‥‥通用せんな!」
 が、その術を遮るように、羅漢の槍がアヤカシの柔肌にめり込んだ。身を纏う衣が無くなった分、より深い傷がアヤカシに刻まれる。
「な‥‥どうして‥‥!」
「この仮面のお陰で、匂いが届き難くてな。それに‥‥心の揺れなど、痛みで正気を取り戻せば良いだけの事だ」
 仮面の向こうから、アヤカシを見下ろす王禄丸。内頬を血が滲む程に噛み締め、その痛みで術に抗う。
「その焦りは、隙です‥‥巌流ッ!」
「くっ‥‥!?」
 己の術が効かなかった動揺、その隙をつき、脇差で薙ぐ椋菓。
「そもそも、術でどうにかしようと言う心が間違っているのだ‥‥!」
 麗羽もまた、その強き矜持で術を耐える。珠刀を握り締め、真っ直ぐに踏み込んで。
「美しく強い女の手本を見せてやろう‥‥生まれ変わる時に手本にしろ――!」
 渾身の一撃が、アヤカシの身体を裂いた。

●そして終わりて
「終わったな‥‥これでもう、男の死体が出る事も無いだろう」
 瘴気となり大地へと帰っていくアヤカシを見下ろし、王禄丸は槍を振るって返り血を払う。
「こやつが妖ではなく、人であったならば‥‥いや。そうであったとしても、やはりこやつはおのこを喰らっていたでござろうな」
 アヤカシの倒れていた場所を見つめ、鴇ノ宮は呟く。シノビとして、女として、彼女の思いは、簡単に結論の出る話ではないのかもしれない。
「まあ、例え人であるにせよ、このような真似を続ければ身を滅ぼしていただろうさ」
 私ならもっと上手くやる、と言わんばかりに笑みを浮かべるは麗羽。確かに、彼女ならば男を惑わせても喰らう事はないだろう。
「しかしちぃとばかり物足りなかったかもしれませんねぇ」
「ですが、心を操る力は恐ろしい物でした‥‥皆が無事で済んでよかったです」
 空の感想に、椋菓も言葉を重ねる。
「それにしても‥‥他の女の子をナンパしてた事がバレたら‥‥後で刺されそうデス」
「だったらナンパしなければよかったんじゃ‥‥」
 ブルブルと震える胡桃に、突っ込む御影。
「ま、男も女も、誘いは恐ろしいという事で」
 微笑んだまま、朧はそう締めくくった。