【大掃討】前夜
マスター名:へいず
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/27 21:05



■オープニング本文

●発端
 山奥に、近くの石切場から取れる良質の石材を彫り、装飾品や印などを作る職人の村があった。住んでいるのは職人とその家族、あとは木こりと村の雑事をする女中だけ、20人程度の小さな村だ。
 それでも、他ではあまり出ない独特の模様を持ち、その上、代々伝えられてきたという西方で作られた装飾品は結構な値で売れたから、村の生活はかなり良い部類だった。
 定期的に、職人たちの信頼を得た何人かの商人が、職人の機嫌を取ろうと良質な食品や衣類などを持ち込み、かわりに工芸品を買い取っていたのだ。

 その村に行くには2つのルートがあった。1つは近くの小さな山の中腹を通る山道、もう1つは山の麓を流れる川の横に、自然にできた岩場を通ることだった。多少歩きにくくはあるが、上り下りが無いこともあり、商人たちは後者のルートを使うのが常だった。
 ところが。つい先日、何かのはずみで川の横にできていた岩場が崩れてしまい、川沿いの道はとても人や荷車が通れるような場所ではなくなってしまった。仕方なく商人たちは山沿いの道を使うようになるが、そこでとある商人が、山の森の中を徘徊するアヤカシらしき影をみかけた、というのが事の起こりである。それも、かなりの数だった、というのだ。

 職人たちにとって、すぐ近くの山の中にアヤカシが居るかもしれない、と言われれば心穏やかで居られる筈もない。幸いにも、彼らはそれなりに金を貯め込んでいたこともあり、開拓者を傭って周辺の山も含め、アヤカシが居るようなら一掃してしまおう、と考えたところから、この話ははじまる。


●依頼
「依頼です。最終的な目標はアヤカシの討伐になるのですが、現状では数も強さもまったく判りません。なので、まずは偵察をお願いします」
 ギルドの担当者から説明を受けた開拓者たちは顔を見合わせた。偵察だけ、という依頼は実はそう多いものではない。
「偵察する範囲は、小さな山が3つ。その全体となります。どの山も大きさや地形はあまり変わらず、ごく普通の森になっているそうです。開拓者の足なら、何も考えずに山の反対側まで行くだけなら片道で3時間、といったところでしょう」
 但し、そのうちの1つの山‥‥問題の村に通じる山ではアヤカシが見られたという。他の山にも居る可能性があるので、今回の討伐の対象となったとのことだ。
「まずは少人数で問題の地域を探索し、具体的なアヤカシの特徴や数を調べてきてください。もちろん倒すのも構いませんが、目撃証言だけでも複数あり、全て倒すのは難しいと思われます。戦って勝つことよりも、多くの情報を集めて帰ってくることを最優先してください」
 そういってギルドの職員は、依頼を受けた開拓者たちに渡す簡単な地図の用意をはじめたものだった。


■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
柳ヶ瀬 雅(ia9470
19歳・女・巫
不知火 虎鉄(ib0935
18歳・男・シ
シア(ib1085
17歳・女・ジ
バルベロ(ib2006
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●初夏の山村にて
 住人は少なく、訪れても歓迎される者はごく限られている。そんな山奥にある山村に、6人の開拓者たちが到着したのは、これから本格的な夏がやってくることを予感させる、早朝であっても、その強い日差しのおかげで、少し屋外を歩くだけで汗が出てくるような季節だった。
「成る程、人のような姿のものが2体、猪のようなものが1体でござるか」
 不知火 虎鉄(ib0935)が村人や、丁度泊まり込んでいた商人たちから聞いた話を確認する。それ以外の目撃者は、物影を見ただけ、あるいは必死だったから姿まで覚えていない、とのことで、具体的な特徴や数までは判らなかった。
 だが、少なくとも数匹か、それ以上のアヤカシが村の周囲に居るらしい、ということにははっきりしている。また、どうも同じ種類ばかりではなく、
「猪型のアヤカシは報告で聞いたことがあるけど、人のような姿、というのは色々ありすぎて、ちょっと判らないわね」
 シア(ib1085)の言葉に柄土 仁一郎(ia0058)が頷く。それに付け足すように、
「あとは先程の剣狼ですね。同じものが他に居るかどうか判りませんが」
 巫 神威(ia0633)が言う。村に至る道の途中で開拓者の一行は既に、背中に剣を生やした狼のような姿のアヤカシ一匹と出くわし、これを討ったのだった。
「穏やかでいられる話ではありませんわね。一肌脱ぐと致しましょうか」
 柳ヶ瀬 雅(ia9470)が、少し緊張したような面持ちで言う。
「確かに、さっきのアヤカシも村人や商人と出会った可能性もあるんだよな。そう考えると、怖いものがあるな」
 答えた仁一郎だけでなく、それは皆、感じていたことだろう。早急にアヤカシの情報を集め、対策を考えなくてはならない。判る範囲で教えてもらった周囲の地図を書き写したり、持っていくものの準備を皆、手早く進めるのだった。
「このような村がアヤカシに襲われればひとたまりもナイな‥‥。確実に、始末せねば」
 準備を整え、先程通ってきた山に戻る道を歩き始めたバルベロ(ib2006)は振り返りながら言う。
 如何ほどのアヤカシが周囲に潜んでいるのかは判らないが、危険な状態にあるのは確かと言えるだろう。少し離れると幾つかの屋根しか見えないその村は、周囲の山々に比べて、とても小さいものに見えたものだ。

「これでよし」
 額の汗を拭いながら満足したように言うシアに、虎鉄も釣られて微笑する。
 開拓者たちが最初に向かったのは山の中ではなく、村からかなり離れた場所、今までは道として使われていた川の近くだった。
 ここに開拓者たちは野営の設備を整えていたのだ。といっても、そこに本当に野営するつもりではない。アヤカシがそこを襲ってくれれば、攻撃の痕や知能などが推測できる、という考えからだ。
「では、本格的な捜索に入りましょうか」
 自分自身の匂いを消すことでアヤカシに発見されにくくするため、周囲の草を包帯にこすりつけて匂いを移していた神威や、周囲に森の動物の死体がないか探していたバルベロも頷き、行動を開始するのだった。



●刃を交えぬ戦い
「‥‥居るでござるな」
 低木が集まっている藪の後ろに身を隠したまま、虎鉄が小声で呟く。何かがうごめく音を超越聴覚により認識していた彼の言うように、開拓者たちからやや離れた木の下に3つの影がある。
 今は特に獲物を求めているわけではないようで、じっと動かない巨大な蜘蛛が木の下に居たのだ。しかも、よりによって3匹も。
 開拓者たちの中から息を呑むような気配が伝わってくる。そう、虫が苦手な人にとっては反射的に目を背けたくなるような敵だが、開拓者である以上、そうも言っていられない。
 雅が瘴索結界を使い、他のアヤカシが近づかないかの警戒にあたる。そして神威や仁一郎はそれぞれ手にした地図や手帳にアヤカシを見つけた場所を記録していった。
 一方、バルベロの視線は、たむろしている蜘蛛からそう離れていない地面に向いていた。そこには鹿と思われる動物の死体が残っていた。おそらくは蜘蛛が持つ噛みつかれた痕だろうか、複数の傷があるのが見てとれる。更によく見れば、傷口が変色していることから、何かしらの毒を持っているのかもしれない。
「攻撃方法もおそらくは噂通りなのだろうな」
「そして、おそらく群れで行動している」
 バルベロに続いてシアも、アヤカシがどれくらいの密度で居るか、という視点で観察していた。これもまた、軽くはない情報だ。群れで行動する性質があるということは、そのアヤカシを発見したら注意が必要なのだから。
 彼らが山の調査を開始したのは、まだ太陽はあまり高く登ってはいない、朝の静謐な空気の余韻を感じさせるような時間帯だったが、今はもう太陽はかなり高い位置に来ている。そして、既に開拓者たちは10匹以上のアヤカシを発見し、だいたいの位置と特徴を記録していた。
 今のところ、開拓者たちの間で知られていないアヤカシは見つかっていなかった。それはつまり、見つけたアヤカシについては、相手の強さもある程度想像がつく、ということだ。もちろん実際の強さは判らないが、いちいち戦ってみるわけにもいかない以上、それは致し方ないだろう。
 今は獲物を探し回る気配はないとはいえ、蜘蛛がいつ行動を再開するかは判らない。開拓者たちはなるべく音を立てないよう気をつけながら、その場を後にした。


「‥‥うわっ!?」
 上からの斬撃をとっさに防いだ雅が思わず声をあげる。木の上に潜んでいた、巨大な蟷螂のアヤカシが上から落ちてくるかのように斬りつけてきたのだ。頭上にも注意を払っていた彼女だからこそ回避に成功したのは否めないだろう。
 もっとも、目があってしまったため、アヤカシの側が発見されたことに気がつき、焦って襲ってきたのかもしれない。あるいは、彼女のつけていた、やや目立つアクセサリーが原因だったのかもしれない。
 だが、そうだとしても結果としてはそれが開拓者たちにとって幸運に働いた。奇襲による被害はなく、周囲にも特にアヤカシは居ないように見受けられる。ここは戦って、この蟷螂を倒しておくほうが得策だ、と皆判断したのは自然なことだろう。
「ちっ、アヤカシ風情が」
 見慣れぬものが見たら虚空から剣を取り出したと勘違いしかねない、不思議な軌跡を描いてバルベロの剣先が正確に蟷螂の胴を穿つ。命中率を優先した技のため威力は劣るが、それでもアヤカシには結構効いたようだ。
 更に追い打ちとばかり、仁一郎と虎鉄がほぼ同時に繰り出した攻撃により蟷螂は斬り倒され、そのまま灰のように散っていく。わずか一瞬の出来事だった。
「戦った感触も、情報にはなるか」
 仁一郎が言う。もっともその後には、普通の大蟷螂だったとしか言いようがないな、と続いたのだが。
 何はともあれ、騒ぎになったらどれだけのアヤカシがやってくるか判らない。開拓者たちは早急にその場を立ち去るのだった。

 そして開拓者たちは、昼過ぎには1つめの山の調査を終わらせ、合計で17匹のアヤカシを発見した。既に周囲に居るアヤカシが少なからぬ量であることははっきりしたが、まだ捜索すべき山はあと2つある。
 彼らは今までの調査の結果を生かしつつ、効率をあげるために2つの班にわかれての行動を開始するのだった。


●獲物を捜す者、アヤカシを捜す者
 二手に別れた開拓者たちの片方、雅と神威、そしてバルベロは、村の北東にある山の探索をしていた。
 決して高い山ではないが、斜面の角度によっては既に太陽の光が当たりにくくなっているため、やや薄暗く感じる。森の中とはいえ風通しは良いほうで、先程から涼しい風が吹いてきているのが、開拓者たちにとっては有り難かった。
「‥‥近くに何か!」
 緊迫した声で、辛うじて声量だけは抑えながら雅が叫ぶ。神威とバルベロが身構えるよりも早く、何かが彼らの横を駆け抜けて行った。同時に衝撃を感じるバルベロ。深手ではないが、すれ違いざまに攻撃を貰ってしまったようだ。
「カマイタチ‥‥。どこにでも湧きますね、アヤカシは」
 開拓者たちの横をすり抜けたあと、そのままUターンして戻ってきたイタチ状のアヤカシの斬撃を辛うじて防ぎきり、同時に漆黒に染められた苦無をアヤカシの背中に投げつける神威。よろめいたアヤカシにバルベロの一撃が突き刺さり、バランスを崩すアヤカシ。そこに神威の棍が風を切って襲いかかり、そのままイタチの姿をしたアヤカシの小さな頭部を吹き飛ばす。
「練力があるうちで良かったです‥‥さて、ここは立ち去ったほうがいいですね」
 度重なる瘴索結界の使用で、雅の練力は尽きかけていた。が、それに見合うだけの結果も出ている以上、失策とは言い難い。
「このあたりはだいたい探したか‥‥あと少しだな」
 戦闘そのものを好むようなふしのあるバルベロにとっては、できるだけ戦闘を避け、探索に徹するということ自体にやや不満はあるようだ。だが、それも将来の確実な勝利のため、と考えれば割り切ることはできる。
「とはいえ、長居は無用ですね‥‥行きましょう」
 神威の言葉に、あとの2人も戦闘の痕跡を隠すように足跡などを消しつつ、黙って歩き出すのだった。


 一方、もう片方の班‥‥仁一郎、虎鉄、シアのほうは若干、厳しい状況に陥っていた。といっても、手傷を負ったわけでもない。それどころか、アヤカシに発見されたわけですらなかった。
 ただ、アヤカシたちが彼らの存在に気がつかないまま、そこそこ離れた位置を移動していたため、結果的に彼らを包囲してしまっていたのだ。今のところ開拓者の存在を認識しているわけではないから包囲を狭めてきたりはしないが、どうなるかは判らない。
「この数だけなら突破はできなくはないでござろうが、騒ぎになって増援が来たら厳しいでござるな‥‥」
「さっきより私たちの人数が減っているものね、やり過ごすほうが良さそう」
「確かに。さて、あれは何と言ったかな‥‥あっちは剣狼だな」
「犬神でござるな」
 結局、そんな会話をしながら一刻ほどの時間が過ぎ、気がつけば後方を徘徊していた化猪は居なくなっていた。入れ替わり立ち替わりあらわれるアヤカシの種類をきちんと記録できたのは大きな成果、と言うべきだろう。
 そしてどうも、この山に住むアヤカシたち同士は一定の縄張りがあり、その中をうろうろしているようだ。開拓者たちが隠れていたのは、ちょうどその中間だったのだろう。獣の姿をしたアヤカシだからか、あるいはただの偶然か‥‥。
 シアが皆に囁く。
「そろそろ撤収したほうがいいわね、暗くなってきた」
 太陽はまだ沈んでは居ないが、山の陰になる側は暗くなってきている側は既に暗くなり始めている。明かりをつけて移動することはできない以上、暗闇の帳が降りる時間帯になるまで残るのは自殺行為だ。
「それにしても‥‥既に30近い数のアヤカシ、か。あちらの班の分もあわせると‥‥これは大事、だな」
 仁一郎の呟きは、他の2人と――そして、離れた場所で探索を続けている3人にとっても、既に共通の認識になっていた。

 開拓者たちの調査の成果として、完全ではないにせよアヤカシのある程度の分布と、そしてアヤカシの数は見当がついた。今のところアヤカシは気付いて居ないのだろうが、村がアヤカシに囲まれている、という状況は軽視できたものではない。
 やや曇った空から射す、鈍いオレンジ色の光を浴びながら開拓者たちは集合場所である村へ急ぐのだった。