霧に潜む
マスター名:へいず
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/21 00:31



■オープニング本文

●放棄された村
「ここがその村か‥‥。あまり何も無さそうだな」
「噂通り霧が出そうだな。長居はできないか」
 不自然なほどに人の気配がない村の中を、2人の男が歩いていた。世間は彼らを、探検家と見ている。だが、どちらかというと彼らの専門は、遺跡の類ではなく、たとえばアヤカシの襲撃など何らかの理由で放棄された村をまわり、金目の物を探しているのだ。
 ちなみにこの村はというと、近くの鉱山で働く人や、産出した鉱石を運ぶ商人の休憩所などとして作られた小さな村だったという。
 だが先日、その鉱山も掘りつくされてしまい、これ以上の鉱石の産出は望めなくなってしまった。それにより村の存在理由がなくなったため、住人は他所へ旅立っていき、誰も居ない十数軒の家や宿屋の跡などだけが残った、ということだ。
「裕福って程でもなかったらしいから仕方ないか‥‥。ん? 今、何か動かなかったか?」
「気のせいだと思うが‥‥いやまて、あれは‥‥」
 2人が凝視する先には、数匹の人影が地面に座り込み、たむろしていた。鎧を着込んではいるが、その継ぎ目から覗く部分は、人間にしては細すぎる。まるで、骨だけしかないかのように‥‥。
 仕事柄、アヤカシとの遭遇は何度かは経験している。彼らは一瞬、お互いの顔を見合わせると、なるべく音を立てないように早足で廃村から逃げ出したのだった。

●依頼
「アヤカシ退治の依頼です。今のところ犠牲者は出ていないようですが、放置もできません」
 ギルドの担当者が集まった開拓者たちに説明をはじめる。
「既に誰も住んでいない廃村にアヤカシがたむろしているようです。こちらで調査したところ、問題のアヤカシは16体のようですが、中に1体だけ、他より一回り大きいのが混ざっていたそうです。指揮官というわけではないようですが、おそらく他の15体より強いので気をつけてください」
 そして、問題の村には既に人が居ないこと、おおまかな地図は既に入手済みであることを開拓者たちに告げる。
「それから‥‥。今の時期は、問題の村のあたりは濃い霧が出やすいそうです。霧が出るとしばらく消えないこともあるそうで、霧が消えるまで待つのは難しいでしょう。近くには人が住んでいる村もあります。アヤカシが移動するとどんな被害が出るか判らないので、厄介かもしれませんが、廃村に居る間に仕留めてください」
 そう言って担当者は開拓者たちを送り出すのだった。


■参加者一覧
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
汐未(ia5357
28歳・男・弓
からす(ia6525
13歳・女・弓
ネネ(ib0892
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●白の中へ
「楽かしんどいか確率的には半々よね〜‥‥、と思ったけど、しんどい方かぁ」
 葛切 カズラ(ia0725)の言うとおり、問題の村へ続く道を歩いていた開拓者たちの周囲には、既に薄い霧がかかっていた。道を歩くことにまったく支障はないが、だんだん濃くなってきていることを考えると、戦場となる村は深い霧に覆われているのだろう。
「霧の中の戦闘になるか。危険と隣りあわせの状況ってのはぞっとしねぇな」
 危険がなければまわりが見えなくても、霧の風景は嫌いじゃない、という汐未(ia5357)に、志藤 久遠(ia0597)が、
「なによりも、他所へ大きな被害を及ぼす前に発覚したのはよいこと、なのでしょう」
 と応じる。条件としては不利だが、今の段階では暫くは犠牲者が出ないであろうことも確かだ。その言葉に無言のまま頷く羅喉丸(ia0347)も、どうやら同じ意見であるらしい。
 もちろん、晴れている時に戦えればそれに越したことはないが、常に良い条件で戦えるほど世の中、甘くはない、というのが共通の認識だろうか。
「見えない、って、危険ですね‥‥」
 まだ足下がおぼつかない程の霧ではないが、村に近づけば近づくほど濃くなってきているのも確かだ。だからといって、戦闘中に転べばそれだけで危険なのは言うまでもない。ネネ(ib0892)は、十分気をつけなくっちゃ、と自分に言い聞かせる。
 そんな皆の言を聞きながら、からす(ia6525)は、
「視覚ばかりに頼ってはいられない」
 と呟いていた。遠くを見通し遠方から矢で射抜く、という弓術師の一般的な戦い方ができるような状況ではない。だが、それでも彼女は動じず、ただ淡々と仕事をはじめようとしていた。

 いよいよ村が近づいてくる。霧もかなり深くなってきており、同時に、いつの間にか開拓者たちは温かいような、冷たいような不思議な感覚を覚えるのだった。
「予想以上の霧の深さだ‥‥」
 事前に霧が深いとは言われていたものの、緋炎 龍牙(ia0190)の言葉に幾人かが頷く。地形や、その他の要因によって霧が出にくい場所もある。住んでいる場所によっては、これ程の霧はそうそうない。はじめて見た、という開拓者が居ても何ら不思議はないのだ。
「ほいじゃあ、行くかの」
 高倉八十八彦(ia0927)が味方に加護結界をかけながら言う。なまじ知恵がないアヤカシだからこそ、どんなタイミングで襲ってくるか判らない。アヤカシにとってここで攻撃するのは得策でないから大丈夫なはず、という思いこみは捨てて行こう、という彼の言に皆は頷いたのだった。


●静かなる白
 村の中は予想以上に静かだった。霧のため鳥が寄りつかず、また、風がまったく吹かない場所だからだろう。
 開拓者たちは龍牙と羅喉丸を先頭に歩いていく。何も見えないところをむやみに歩き回っていては埒があかないが、開拓者たちにはアヤカシを探す術がある。
「我が弓に応えよ」
 目を閉じたからすが藍色の弓を軽くかき鳴らす。弦から奏でられる音が周囲に響くが、それは注意していてもそう簡単に聞き取れるようなものではない、非常に低く鈍い音だった。
「‥‥左、すぐそこ。右斜め前、かなり先」
 音の反響からすぐ近くに敵が居ることに気がついたからすが、やや小さな声で言う。
「‥‥たやすく背後を許した不利を知れ」
 言われた方向に目を凝らした羅喉丸が、物音を聞きつけたのか、すぐ近くで開拓者たちを探すそぶりを見せていたアヤカシの後ろから一気に間合いを詰め、骨法起承拳を叩き込む。
「急ぎて律令の如く為し、万物事如くを斬刻め!」
 鎧を着ていない部分に痛撃を受け大きくバランスを崩したアヤカシに、追い打ちをかけるかのようにカズラの斬撃符が襲いかかり、無数の細かい傷をつける。更に汐未が放った矢が直撃し、アヤカシはよろめいて倒れると、そのまま霧の中に霧散していった。
「まずは1匹、ですね」
 全部倒せたかどうか確認することが困難な場所であることを考え、ネネは倒したアヤカシを数えることにしていた。確認のために発した言葉に皆が頷く。
 一方、龍牙は前方から襲いかかってくるアヤカシの対処をしていた。どうも先程放たれた鏡弦では見つけられなかったアヤカシのようだが、正面から突っ込んできたため、問題なく的確に迎え撃つことができたのだ。
「緋炎流奥義‥‥壱の太刀、龍刃!」
 一般には直閃と呼ばれる大きく踏み込みながらの必殺の突きは、狙い違わずアヤカシの頭部を穿った。人間なら即死している部位ではあるが、人ならざる存在であるアヤカシにとっては、痛撃ではあっても致命傷にはならなかったようだ。
 だがそれでも、頭部を穿たれた痛みなどまるで無いようで、お返しだ、と言わんばかりにアヤカシが無造作に刀を振るう。龍牙は咄嗟に刀で受けようとするが、流石に距離が近すぎたためか間に合わず、アヤカシの振るう刃先が鎧に当たる。
 鎧のおかげで傷にはならないとしても、志体を持つ開拓者とて刀で殴られればそれなりに痛い。だが、龍牙は一瞬息がつまるような感覚を覚えた程度で、それもすぐに無くなる。八十八彦の加護結界の効果だった。
 龍牙が戦っているアヤカシに気を取られていた開拓者たちに不意打ちをするかのように、突然、開拓者の斜め後ろから現れたアヤカシが刀を振り上げ、近くに居たネネを狙って正面から振り下ろす。
「‥‥油断はできません‥‥っ」
 すんでの所で気がついていた久遠が割って入り、刀で攻撃を受け止める。そこに羅喉丸の追撃が入り、動きが鈍ったアヤカシにも、先程と同じように矢が刺さる。
「攻撃に専念させてもらうぜ」
 次の矢を装填しながら汐未が言う。索敵はあまりせず、打撃を与えることに専念していた彼の攻撃は素早かった。
「増援がくるぞ。かなり遠く、真正面だ」
 淡々と言いながら、からすが先即封を放つ。倒してはいないようだが、手応えを感じた彼女は幾分、満足そうだった。
「2匹目です」
 アヤカシとの戦いで追った龍牙が負った傷を癒しながら、龍牙が倒したアヤカシが塵のように散っていくのを見たネネの言葉は少し嬉しそうだった。
「行けそうじゃの」
 他に近くに敵が居ないか確認するため、瘴索結界を使いながら八十八彦が言う。開拓者たちは確かな手応えを感じていた。――今の段階では。


●晴れぬ霧
 転機が訪れたのは、開拓者たちが眼前の敵への対処‥‥前衛と後衛、攻撃と防御、といった役割分担が安定してきたときだった。
「‥‥っ!」
 突然の仲間の叫び声に振り向いた開拓者たちが見たものは、膝をつく汐未だった。その後ろには、穂先が血に濡れた槍を持ったアヤカシが立っている。
「汐未さん!」
 咄嗟にネネが呼び出した風の精霊が汐未を包み込む。効果は本人にしかないが、霧の中に長い間居たため濡れている皆の近くを、心地よい温かい風の片鱗が通り過ぎる。とはいえ、それを楽しんでいられる状況でないのも確かだ。
 運悪く別方向の警戒に当たっていたとはいえ、後衛を守りやすい位置に居た久遠が咄嗟に、汐未とアヤカシの間に割って入る。尚も槍を振るい、アヤカシは更に攻撃をしようとする。だが、彼女はそれを許しはしなかった。
「させるわけには、いきません!」
 鎧のもっとも硬い部分に、しかも斜めに槍の穂先を当てることで完全に攻撃を防ぎきる久遠。 致命傷ではない。が、深手であり、すぐに治療を施さなければならないのも事実だ。八十八彦も続いて神風恩寵を使い、何とか傷を癒していく。
「これはちょっと、見えない所からイキナリってのは笑え‥‥っ!」
 近くに居た仲間がいきなり攻撃を受けたこともあり、あらためて周囲を警戒しはじめたカズラは、その瞬間に殺気を感じて飛び退いていた。ほぼ同時に、彼女が居た場所を剣閃が走る。
 量としては僅かだが、白が圧倒的に多い色彩の中、血飛沫が一瞬霧を染め、そして消えていく。完全に回避するには一瞬遅かったが、それでも、致命傷を受けずに済んだ、という点においては十分、的確な回避だったと言えるだろう。もっとも、彼女の傷もまた、放置できるようなものではなかったが。
「こりゃ‥‥まずいかの‥‥」
 不利な状況にありながらも何とか冷静さを保っていた八十八彦の呟きは、口に出してこそいないものの、開拓者たちの共通認識だった。カズラに奇襲を仕掛けてきた相手は、見るからに他のアヤカシより一回り大きかったのだ。依頼の説明であった、1体だけ強いのが居る、というのが目の前にいるアヤカシを指していることは一目瞭然だ。
「くっ‥‥!」
 一方、正面から来た2匹のアヤカシと相対していた羅喉丸と龍牙は、押されているわけではないとはいえ、流石に、易々と目の前の敵を放置して後衛を助けに行ける状態ではなかった。
 ――気がつけば、開拓者たちの陣形は大きく崩れている。紛れもなく危険な状態だった。
 それぞれが警戒する方向に偏りができてしまっていたため、そこから大小2匹のアヤカシが斬り込んでしまったこと。運悪く探知できなかった敵が複数近くに居たこと。それ以外の小さな理由も含めて、様々な要因の結果、としか言いようがない。
「さぁ、どうしよう」
 近くにいたからすが、辛うじて大きなアヤカシの攻撃を避けながら呟く。偶然近くにいたために狙われてしまった彼女としては、本来は距離を取って立て直したいところだ。だが、そうすると今度は仲間からも離れることになり危険である。
「‥‥これは、一旦、引いたほうがいいかも」
 彼女の出した答えは、あるいは皆、多かれ少なかれ内心で思っていたことなのだろう。このまま無理に戦い続ければ、後衛の被害が増えるばかりであり、それはそのまま、前衛の崩壊にも繋がる。
 こう視界が悪い状態では、期を逸したら犠牲を出さずに撤退することすらおぼつかないのは誰の目にも明らかだった。
「ここは私が耐えます! 皆さんは体勢の立て直しを!」
 久遠の言葉に龍牙と羅喉丸が頷き、二人が先頭に立って撤退を開始する。まだあまり奥まで来てはいなかった上、一本道を来ていたため、撤退の道のり自体はそう困難ではない。その上、強烈な霧の中である。一度振り切ってしまえば、アヤカシとて簡単には追って来られないだろう。
 隊列を組み直す僅かな時間とはいえ、久遠の防御は完璧といえただろう。4匹のアヤカシの攻撃を一身に受けながらも、辛うじて致命傷を避け、仲間がなんとか隊列を立て直す時間を稼いでいた。
 踏みとどまって戦闘を続行するのが困難になっているとはいえ、体勢さえ立て直してしまえば、そうそう開拓者たちも負けてはいない。撤退が目的であっても、単純に逃げるより牽制しながらのほうが安全なのは明白だ。
「弓術師を、舐めるな」
 からすの放った矢がアヤカシの足を射抜き、バランスを崩す。そして、
「秩序にして悪なる独蛇よ、我が意に従いその威を揮え!」
 カズラの召還した異形の蛇が、尚も開拓者たちを追撃しようとするアヤカシに襲いかかる。突然目の前に現れた蛇の攻撃に虚を突かれながらも、横に飛び退いて回避する姿を見ながら開拓者たちは後退していった。すぐにアヤカシは体勢を立て直したのだろうが、その姿はもう霧の中に隠れている。むろん、アヤカシの側にとっても同じだろう。

 足止めが功を奏したようで、少なくとも視界の中には追ってくるアヤカシは居なくなっていた。
 村から一度離れてしまえば、アヤカシに後ろから討たれる心配はない。それでも暫くの間、皆はほぼ無言のまま後方を警戒しつつ、早足に後退していった。
 やがて霧が薄くなるとともに、初夏の陽光に照らされた山が見えてくる。アヤカシを半分以上、討ったとはいえ全てではない。とはいえ、今から引き返して再度戦いを挑むには、開拓者たちは消耗しすぎていた。

 やたら遠く感じる開拓者ギルドまでの道のりを、皆、淡々と歩いていくのだった。
「‥‥なんか切なくなっちまうな‥‥」
 汐未が振り返りながら呟いた声に、何人かの溜息が重なる。遠くから見た山の中にある村は、そこで起こった出来事を包み隠そうとしているかのように、未だに霧に覆われていた。