幼き嘘
マスター名:へいず
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/23 23:08



■オープニング本文

●農村にて
「今日もいい天気だねぇ。ああ、周平からまた手紙が来ているよ」
 初老の男が手紙を持って、小さな家の玄関口に顔を出した。中では中年の女性が寝床から上半身だけ起こして、竹細工を作っている。
「ああ、村長さんかい。ありがとうね。そこに置いてもらえるかい」
「どうだい、彼は。頑張っているかい」
「この前の手紙で、もうすぐ開拓者ギルドに参加できそうだって言ってたからねぇ、じき立派な開拓者になるんじゃないかな」
「あっはっは、そりゃ楽しみだ」
 そういって笑いあう2人。女性にとって、彼の息子である周平は唯一と言ってもいい生き甲斐だった。
「彼が立派な開拓者になって村に来たら祭りでもしなきゃなぁ」
「よしてよ、そんなこと。そこまでしちゃ、逆に周平が困っちゃうよ。あの子はどこか、心配性で気が弱いからねぇ」
 そうして再び笑い合う2人。だが、その笑いも外から聞こえてきた大声で凍りつく。
「大変だ、村のはずれの畑にアヤカシが出たぞ! 鉄平がやられた!」


●とある道場の夕暮れ
 夕日が山の近くまで傾き、やや心許なくなってきた夕焼けの明かりの中、1人の少年が机に向かって書き物をしていた。集中しているようで、後ろから近づく人影にも気がつかない。
「ちょっと、周平。また手紙書いてるの?」
 周平と呼ばれた彼が振り返ると、やや気の強そうな、真新しい巫女袴に身を包んだ少女が立っていた。
「あ、ああ‥‥うん」
「うん、じゃないでしょう、うん、じゃ。またあること無いこと書いてるの? いい加減にしなさよ、まったく」
 言っている内容の割にきつい口調ではないが、それでも堪えたらしく口をつぐむ周平。
「気持ちは判らなくもないけど‥‥。お母さんに嘘の手紙書くの、やめたほうがいいと思うわよ」
「‥‥ほっといてくれよ、心配させたくないんだ‥‥」
 辛うじて言い返す周平。再度、何かを言いかけて、それでも溜息だけを返す少女。2人の間に沈黙が訪れる。
 その沈黙を打ち破ったのは、彼らの師が2人を呼ぶ声だった。


●依頼
「とある村からの依頼です。村のはずれにある畑にアヤカシが居着いたそうで、村にやってくるのも時間の問題、とのことです。このアヤカシの退治をお願いしたいのですが‥‥」
 そこまで話して、開拓者ギルドの担当者が横を見る。
「はじめまして、小夜と申します。師匠からの指示もあり、お手伝いさせていただきます」
 そこには先程、周平と言い争いをしていた少女が居た。そして、彼女は細かい事情を話しはじめた。
 ――アヤカシが出た村の出身である周平という少年と2人で、開拓者ギルドの開拓者達に同行するよう、師匠に言われたこと。
 ――周平は実力はまだ半人前未満だが、その村に住む母親に、立派な開拓者になりつつあると手紙で報告していること。
「周平はもうすぐこちらに来ると思いますので、到着し次第出発しましょう。‥‥未熟ながら全力で頑張りますので、よろしくお願いいたします」
 そう言ってぺこりと頭を下げる小夜。そこに開拓者ギルドの担当者が補足する。
「彼女たちの師匠は開拓者ギルドとも良い関係があってね、そのつてでこの事件を知ったらしい。色々大変だろうと思うが、若い開拓者達の指導も含めて、宜しく頼むよ」


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
卯月 黒兎(ia9474
13歳・男・志
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
花三札・猪乃介(ib2291
15歳・男・騎
花三札・野鹿(ib2292
23歳・女・志


■リプレイ本文

●虚構の重さ
「さて、見習いってんなら周平にも術の一つもきっかり使ってもらわねえとなあ」
 鬼灯 仄(ia1257)の言葉に、やや沈んだ表情で何か言いかけ、言い切れないまま溜息と一緒に飲み込む周平。少し後ろを歩く小夜が呆れと心配が混ざったような表情を向けているが、それには気がつく余裕はないだろう。
「まったく‥‥。駆け出しを実戦投入だなんて、とんだ荒療治ね」
 突き放すような口調で胡蝶(ia1199)が呟く。とはいえ、本心からそう言っているわけではないようで、どちらかといえば手を貸してしまう自分を歯がゆく思っているようにも見える。
「ま、良いんじゃないか? 是か非か、それをこれから決めるのはあ奴自身じゃ」
 一方、小野 咬竜(ia0038)は飄々とした口調で言う。技量や経験よりも、覚悟こそ開拓者として重要だと考える彼は、それ故に周平がこれからどうするか、を楽しみにしているようだ。
「‥‥な、周平。俺もさ、姉ちゃんたちに守られてばっかでさ、中々一人前になれなくてさ‥‥。でもさ、今回は頑張るよ。周平の嘘、ホントにしてくるぜっ!」
 熟練の開拓者に囲まれて少し固くなっている周平に、花三札・猪乃介(ib2291)が明るく話しかける。彼の姉である花三札・野鹿(ib2292)もその横で、少しは先輩として良い所を見せねば、と頷いている。
「強くなるのに急ぐ必要なんてない。自分のペースで強くなればいいんだ」
 仲間たちと周平のやりとりを聴いていた卯月 黒兎(ia9474)が、半ば自分自身に言い聞かせるように口にした言葉に、周平が考え込むように下を向く。
 周平にとって、先輩となる開拓者たちの言葉は正論ゆえの重みがあり、だからこそ、すぐ素直に受け入れられる類のものでもなかった。もっとも、簡単に受け入れられる程度の重みであれば、そもそも母親に嘘の手紙を出してはいなかっただろう。

「一つの嘘を隠すためにまた新たな嘘をつく、いつしかそれが重荷になっていく‥‥。良くある話だがな」
 周平から少し距離を置いて歩く琥龍 蒼羅(ib0214)の言葉に、近くに居た斉藤晃(ia3071)が、
「子供の嘘なんぞ親はまるっとお見通しやろうに」
 と、やや苦笑しつつ応じる。特に周平に聞こえないよう配慮したわけではないのだが、開拓者たちの会話で色々と思うところがあったらしく逡巡している周平には、既にその言葉は聞き流されていたようで、小夜だけが苦笑混じりに肩をすくめたものだった。

 晩春の、もう夏の予感を感じさせる日差しの中、肌に心地よい風が吹いてくる。これからアヤカシとの戦いがまっていることを考えると、あまり気を緩めるわけにもいかない。それでも、今の季節、晴れた日に外を歩けば、何か心躍るようなものを感じるのは、程度の差こそあれ皆、同じだろう。
 そして気がつけば、開拓者たち一行の進む道の先には、アヤカシが出たという村――周平の故郷でもある――が見えてきていた。アヤカシが居るのは村の反対側ということなので、今すぐ戦闘がはじまるわけではない。が、それでも皆、気を引き締め直すのだった。

●アヤカシを討つ
「皆、位置は大丈夫やな!? あとは開始の合図とともに、やな」
 知らない人が見たらアヤカシと間違えてもおかしくないような、太陽の光を反射して鈍く輝く髑髏型の兜をかぶった晃が確認をする。ちょいと攻撃を受けることになりそうだなぁ、と言いながら衣装を凝らした羽織を仄は脱ぎ、近くで心配そうに見る村人に預けている。
 まだ目を凝らさないとよく見えない距離ではあるが、前方の畑の中にそれは居た。
 ぱっと見た限りでは、ただのイタチに見えなくもない。だが、周囲にあるものと比べてみれば、大きさが全然違うのが判る。普通のイタチの2倍、あるいは3倍はあるだろうか。
 一般人にとって、アヤカシとは戦うべき相手ではない。逃げるべき相手だ。もちろん状況にもよるだろうが、普通は、アヤカシを自分が戦って倒せる敵とみなすのは、志体を持ち、戦う術も学んだ者だけだろう。
 故に、いくら開拓者として技術を学んでいても、はじめてアヤカシと戦う者の中には、その違いに戸惑う者も居る。今まではただ逃げるしかなかった存在が、いつの間にか自分の手で何とかできるかもしれない存在になっているのだから。こればかりは、心構えや知識でどうにかなる問題ではなく、慣れるしかない。
「だ、大丈夫かな、俺‥‥」
 周平が震えるような声で言う。彼自身の技術が、まだ開拓者としては駆け出しの域にすら達していないことは、彼が一番よく理解している。
 そして、己の未熟さを理由に逃げ出せないこともまた、彼は知っていた。それは、開拓者として戦うには技量が足りず、かといって一般人に比べれば力を持ってしまった中途半端な彼だからこその悩みかもしれない。
 そんな周平の背中を、咬竜がドンと叩く。
「どら、御前の初陣じゃ、せいぜい派手に戦ってみろぃ! はっはっは!!」
 突然のことに咳き込む周平に、胡蝶は苦笑しながら、
「斬った張ったは前に出た連中に任せて、アヤカシを観察しなさい」
 などと、実戦に向けたアドバイスをしていた。一方、猪乃介と野鹿の二人は、
「いいかい、鹿姉ぇ。今回は俺もいいトコ見せるんだからなっ」
「少しは先輩として良い所を見せねばな、なぁ猪乃介?」
 などと話している。
 だが、アドバイスや心の準備をしている時間の余裕も、既にあまり無いようだった。
「来るぞ」
 蒼羅が淡々と言う。成る程、イタチのようなアヤカシは開拓者たちをみとめたようで、結構な速度でこちらに向かって突っ込んできていたのだから。


 開拓者たちの取った作戦はシンプルなものだ。三方向から囲み、アヤカシの動きをある程度封じることで被害を減らそう、というものだった。
 畑の中で戦えば、それだけで作物に被害が出る。もちろん人命に替えられるものでないことを鑑みれば、たとえ被害が出たところで開拓者たちを非難する人は居ないだろう。だが、それでも被害が出ないにこしたことはないのだ。
 そんな開拓者たちの囲い混んでくるような動きを見て、アヤカシは左右にわかれ、それぞれが突破しようとしてくる。畑を守ろうという開拓者たちの意図までは理解していないだろうが、本能的に一点突破よりは攪乱のほうが有効だと踏んだのだろう。
 だが、開拓者たちもそれを素通しするほど甘くはない。胡蝶の放った毒蟲が吸い込まれるように片方のアヤカシの体に潜り込み、動きを鈍らせる。単純に動きを鈍らせただけでなく、ほぼ同じ速度で動けることを利用したアヤカシ同士の連携を断った意味でも、この効果はかなりのものだった。
「俺を、甘く見るなよ!」
 それでも突進をやめないアヤカシを見て、既に炎魂縛武による炎を武器に纏わせていた黒兎が、気合いと共に踏み込みながら巻き打ちを叩き込む。
 手応えこそあまりなかったが、その攻撃はアヤカシの体勢を崩すには十分だった。更なる追撃を辛うじて防いだアヤカシは、村への被害を減らそうという開拓者の思惑どおり、畑の外れに追い込まれていた。

 一方、反対側に回り込もうとしたアヤカシは、刀を持つ彼女を脅威と判断したのか、一直線に野鹿に襲いかかっていた。
 突進しながらアヤカシが飛ばした衝撃の刃は、直撃こそ避けたものの野鹿の肩に小さくない切り傷を作る。痛みのため、一瞬動きの止まる野鹿。
 だが、更なる一撃を、と構えたアヤカシの胴体に、猪乃介の放った大型の機械弓の矢が突き刺さる。とっさに飛び退いて更なる追撃に警戒するアヤカシに、
「ありがとう猪乃介、やはりいい男だな。愛しているぞ」
 などと言いながら、何とか体勢を立て直した野鹿が巻き打ちを繰り出した。追い打ちこそ避けたものの、こちらのアヤカシも結局は畑の外に追い立てられていたのだった。

 単純に一対一であれば、このアヤカシを倒すのは開拓者たちにとっても困難だっただろう。だが、周平と小夜もいれれば十人という数もあり、戦闘は開拓者たちにとって有利に進んでいた。
 開拓者たちはアヤカシを見事に畑の外に追い立てながら、包囲し、押さえ込むことに成功している。持ち前の速度を利用して何とか包囲から逃げだそうとするアヤカシだが、皆が作戦を理解し、適切な連携をとってくる開拓者たちにことごとく防がれていた。
 更に、一旦は突破を諦めたらしく、囲まれたまま体勢を立て直そうとしたアヤカシの視線が、晃に釘付けになる。彼の放った咆哮は、アヤカシにとって、とても無視できるものではなかったようだ。
「てめぇらがやったれや!」
 向かってくるアヤカシ二匹の攻撃から痛撃を負わないよう守りを固めつつ、晃が叫ぶ。それに呼応するかのように、中央に位置していた前衛の三人が一気にアヤカシとの間合いを詰める。
 蒼羅が鞘に収めていた刀を素早く抜き放ち、そのまま斬撃を加える。辛うじて致命傷こそ避けたものの、思わぬ一撃に腹部を切り裂かれ、動揺するアヤカシ。その時には既に彼の持つ刀は鞘に戻っている。
 炎を纏った仄の弓から放たれた矢が、白昼でもはっきりと見えるオレンジ色の軌跡を残しながら、片方のアヤカシが蒼羅の攻撃により手傷を負ったためか、逃げようとしていた、まさにその場所の地面に突き刺さる。
 強烈な威嚇が功を奏したようで、足を止めてしまった手負いのアヤカシにとどめを刺したのは、咬竜だった。彼の両断剣により頭から真っ二つに裂かれたアヤカシの体は、次の瞬間には灰が風に散るようにあっさりと消えていった。
 だが、その瞬間。油断や慢心とまではいかないにせよ、片方のアヤカシを討ったことに意識が向いていた開拓者たちの虚を突いた形で、もう片方のアヤカシが突然、前衛の横を駆け抜けるように飛び出す。
 偶然か、あるいは回復役を先に潰そうと思ったのか、野鹿の傷を癒すために当初より少し前に出ていた小夜を狙っていたのだ。
「きゃっ!?」
 突然目の前に現れた敵に動揺し、尻餅をつく小夜。とっさに咬竜が割って入ろうとするが、やや距離があったため間に合いそうにない。
 振り上げられるイタチの腕。誰もが一瞬、最悪の事態を予測する。だが、その瞬間、何か小さいものがアヤカシに向かって飛びつき、アヤカシの動きを鈍らせる。狙い澄ました、というよりは無我夢中で周平が放った呪縛符である。
「で、できた‥‥」
 戦闘前の胡蝶のアドバイス通り、これまでずっとアヤカシの動きを観察していたのが役に立ったのか、呪縛符が作り出した隙は、的確な動きでアヤカシに取り付いていた。式のせいで手元が狂った、とでも言うべきか、振り下ろされたアヤカシの攻撃は、未熟な小夜でも辛うじて避けることができる程度のものになっていた。
「やりゃあできるじゃねぇか!」
 晃が豪快に笑いながら、辛うじて飛び退いて攻撃をかわした小夜との間に割って入るようにアヤカシの前に立ちふさがる。更には胡蝶の手元から飛び出した、アヤカシの用いる攻撃にも似た斬撃符が、風を切る音と共に、吸い込まれるように反応の遅れたアヤカシに向かって飛び、左腕を狩り落とした上、大きく体勢を崩させる。
 そして晃の横から飛び出した黒兎が、体勢を立て直すために一旦、後ろに逃げようとしたアヤカシの首を鮮やかに跳ねとばしたのだった。


●数日後
「もう本当に夏だねぇ、家の中に居ても暑くなってきたのがよく判るよ」
 周平の母が手紙を読みながら、それを持ってきてくれた村長に言う。
「ああ、暑くなってきたなあ。じきに蝉が鳴き始める頃合いかね。ところでどうだい、周平のほうは」
 手紙には、あのあと周平が師匠に技術の習得が遅い自分の悩みを打ち明けたことや、技術の習得は過程に過ぎないのだから、それだけを目指すのではなく、どのような開拓者になりたいかを見据えるように、と師匠に諭されたことなどが書かれていた。
「何とかやってるみたいだよ」
 窓から差し込む光が強くなってきたためか、家の中はやたら暗く感じる。そんな窓から外を見れば、目が痛くなるぐらいに白い雲が見えた。
 手紙の内容だけを見れば、以前に比べると不安を感じさせるかもしれない内容、と言えるかもしれない。だが、周平の母から見れば、周平は前よりずいぶんしっかりしてくれた、と思う。
 そして、そんな機会を与えてくれた開拓者たちに、周平の母は感謝していたのだった。
 あの日、何人かの開拓者たちに連れられてきた周平は、色々と話してくれた。なかなか一人前になれなくて、心配をかけるのが怖かったこと。それでも、何とかアヤカシ退治で役に立てたこと、等々。

 周平と共に戦ってくれた開拓者たちの中には、本当に色々な人が居た。いかにも戦いを生業としていそうな筋骨隆々とした男もいれば、まだ年端もいかぬ少女もいた。風変わりな服装の男や、まるで恋人のような姉弟も居た。
 そして、人によっては突き放すような言い方だったり、ぶっきらぼうだったりもしたが、それでも皆が周平のことを気にかけてくれていたことが、周平の母にとっては本当にありがたかったのだ。

 アヤカシ退治の打ち上げということで、彼らは一部の村人たちと一晩中飲み明かしたらしい。参加した村人によれば、周平は先輩となる他の開拓者たちに恐縮してばかりだったという。それでも、以前の周平を知る村人は皆、こう言っていた。
「前よりは幾許か、大人の顔つきになった」
 と。

「はてさて、周平が後輩に頼られるような開拓者になる日は来るのだろうかねぇ」
 窓から見える空を眺めながら、周平の母は呟くのだった。――あの弱気な周平がそうなる、というのは少し想像できない。でも、それでも良い、と思っている。
「戦うだけが開拓者じゃないさ。親から見れば、無事でいてくれるだけで十分、立派なんだからね‥‥」
 いつの間にか、窓から見える空からは雲がなくなり、青一色になっていた。