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■オープニング本文 ●想い 薄曇りの空の下、青年が山に続く道を駆けていた。名を鉄二、と言う。 普段から農作業で鍛えているとはいえ、山道を、農具を改造して作った槍を手に握り、少しでも戦えるようにと厚い服を何枚も着て動きにくい体で駆け上がるのは楽ではない。 「――どうして、お燐なんだ」 村の近くの山に何十年も前から居るというケモノに、村人達は毎年1人、若い娘を生け贄として捧げてきた。生け贄を捧げなければケモノは村にやってきて暴れる。 昔はケモノを倒そうと、武器を持って山に行った者も居たらしい。だが、帰ってくることはなく、それどころかそのケモノは、報復とばかり村にやってきて暴れ、幾人もの死傷者を出したのだ。それ以来、村の中ではケモノを討ちに行くことは固く禁止された。 だが、鉄二は、少なくとも彼にとってはその掟を破るだけの理由があった。幼なじみであり、彼の許嫁である燐が、くじ引きにより今年の生け贄と決まってしまったのだから。 たった1人でケモノに勝てるかどうか。そして、たとえケモノを討つことができても、村人がどう思うか。頭に血がのぼって行動する前にそれを考えるには少し、彼は若かったのだろう。それ自体を悪いこと、と断罪できるかどうかは、人によって異なるだろうけれども――。 ●現実 「ケモノ退治を依頼したい」 開拓者ギルドにやってきた初老の男が口を開いた。村の長として、村を代表してきた、という。 ケモノは3体、すべて同じような見た目の、巨猿のような姿をしている。知能はそれなりに高い。日頃から人間を食べるわけではないが、年に1度は若い娘を供えないと暴れる、という。 もともと貧しかった村にとって、開拓者に依頼する余裕は本来無かった。だが、今年の生け贄が決まり、山の上にある無人の祠に供える前日、という時になって無謀な青年がケモノを討ちに行ってしまった。以前のようにケモノが村に下りてきて報復をすれば、被害は相当なものになるだろう。否、一歩間違えば村が全滅するかもしれない。 そうなるぐらいなら村人達で何とか金を出し合って、ということになったのだ。その代償に餓死者が出てしまうかもしれないという、それはぎりぎりの決断だった。 「1つ条件がある。村の掟を破った鉄二を、見殺しにして欲しい。結果として助かってしまえば、皆を危険に晒した者として罰さなければならなくなる。己の行動が村人の皆の命を奪いかねないことは、奴とて知っている筈なのだから。‥‥可愛がった甥だ、私とて殺したくはないが」 村長の出した条件に、戸惑いを覚えた開拓者達も少なくはなかった。村長の言わんとすることは理解できなくはない。だが、自分達がその青年‥‥鉄二を、見殺しにすべきかどうか。 とはいえ、悩んでいる時間は無い。依頼を受けた開拓者達は途中の道で相談することにし、早々に旅立つのだった。 |
■参加者一覧
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
支岐(ia7112)
19歳・女・シ
李 雷龍(ia9599)
24歳・男・泰
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
アルセニー・タナカ(ib0106)
26歳・男・陰
葵・紅梅(ib0471)
25歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●鉄二 「はぁ‥‥はぁ‥‥」 そこまで厳しい斜面ではないが、それでも武器を携え、重ね着により動きにくくなった身にとって山登りは楽なものではなかった。体が燃えるように熱い。膝が軋むような感覚を覚える。普段の彼なら、とっくに疲労を感じて休憩なりペースを落とすなりしていただろう。 だが、よく言えば真摯、悪く言えば無鉄砲な想いに押されて、彼は、やや朦朧としてきた意識の中、ケモノを討つ、ただそれだけの目的のために山を続けていた。だから、後ろから聞こえてくる彼を呼び止める声も、最初は幻聴か何かと思って聞き流していたのだが‥‥。 肩に手をかけられて、鉄二の動きがびくっと止まる。ケモノに背後を取られたのか、と恐る恐る振り向いた彼の目に映ったのは汐未(ia5357)の姿だった。その後ろには、数歩遅れて山を登ってきたアルセニー・タナカ(ib0106)、ザザ・デュブルデュー(ib0034)の姿も見える。 「手伝いに来た開拓者だ、驚いただろうが時間がない。まず話を聞いてくれ」 村全体が貧乏であるため開拓者を雇うようなことは今までなかったものの、鉄二も開拓者がどういった存在であるかは知っていた。そして、彼らが自分の存在を知っているということは、目的はケモノだろう。そう考えた鉄二は足を止め、急に襲ってきた疲労感のためにその場に座り込みながら開拓者の話に耳を傾けるのだった。 「あたし達は村長に頼まれてケモノを討ちに来たんだ」 鉄二の考えを肯定するかのようにザザが口を開く。そして、鉄二が頷いたのを見たアルセニーの説明がそこに続く。村長は鉄二を見殺しにするよう言ったこと、だが開拓者としてはそのまま別の村に逃げて欲しいと思っていること、開拓者達の作戦の概要などを。 「そりゃ、村の掟だ。わかっちゃいるけど、そっか‥‥」 冷静に事情を聞かされ、落ち込む鉄二。村の掟を破ったとはいえ、自分が死ぬべきだと思われている、という事実を簡単に受け入れられる人間など、そう居るものではない。だが、 「そうさせないために私達がいるのです。褒められることではないと分かっていても、私が鉄二様と同じ立場ならそうします」 というアルセニーの励ましもあって、何とか元気を取り戻したのだった。 鉄二をケモノ討伐に同行させるか、どこかに身を隠してもらうかについては開拓者達の間でも決めかねていた。安全を考えれば隠れていて貰うべき、という考えもあったが、結局、鉄二の希望もあって皆で行くことになった。そして3人の開拓者達と鉄二は、既に囮として山に登っている筈の別の開拓者達の身を案じながら道を急ぐのだった。 ●ケモノ 鉄二が開拓者と出会ったのと同じ頃。 森の中に立っている祠の前に一人、不安げにたたずむ支岐(ia7112)を、ザンニ・A・クラン(ia0541)は少し離れた茂みの中から見ていた。風に吹かれた木の葉がたてる音にも怯えるような仕草を見せている支岐を見る限り、ケモノに偽物の生け贄であることを疑われることはなさそうだ。それ故か、ザンニにとっては、 「‥‥支岐殿は、何故危険な偽装の生贄に立候補を?」 と、支岐の胸中のほうがむしろ気になるぐらいである。 一方の支岐はというと、お燐が鉄二をどう思っているのだろう、などと考えていた。色恋のことはよく判らないという彼女は、本当は直接、お燐から話を聞き出したかったのだが、すぐに山に出発しなければいけない上、村のしきたりや祠の場所を聞いておくことを優先する必要もあり、本人と話をする時間は取れなかったのだ。 周囲を警戒しながら待機するザンニの近くを、初春のまだ肌寒い風が吹き抜けていく。ふと、どれだけ待つことになるのかと一抹の不安がよぎる。 だが、じきに、そんな静かに過ぎていく時間を、ガサリという一際大きな物音が打ち破った。突然、暗い森の奥から大きな影があらわれたのだ。その数は3つ。普段は同時に行動しているとは限らないケモノだが、囮を立て、おびき寄せたことで一カ所に集めることができたのは開拓者達の作戦の功と言うべきだろう。 ケモノの出現にびっくりしたように装う支岐が、転ぶようにふらつきながらケモノの反対側に駆け出す。おぼつかない足取りながら、生け贄を捕らえようと無造作に振るうケモノの腕をぎりぎりで逃れてみせている。 とはいえ、そんな演技を長く続けるのはそう簡単ではないし、それも2人にとっては織り込み済みだ。突然、今までとは違うしっかりした足取りで少し距離を取り、懐から取り出した呼子笛を鋭く3回吹き鳴らす支岐。その音は周囲の仲間に3匹のケモノが同時に出てきたことを知らせるためだ。そして、ほぼ同時に草むらから飛び出したザンニは、最も近くに居たケモノとの間合いを詰め、フェイントを繰り出す。狙いは違わず、とっさの出来事に硬直するケモノ。思わぬ襲撃者に残りの2匹のケモノが色めき立ち、ザンニに殺到しようとするが、そのうちの1匹は支岐の繰り出した雷の刃に思わずよろめく。 当初こそほぼ完璧な奇襲に成功したとはいえ、その後の支岐とザンニの状況はだんだん悪くなっていった。単純に数の上ではケモノに分があり、もはや彼らに油断はない。そして、ある程度の連携をとりながら強力な攻撃で2人に迫ってくる3匹。痛撃は避けているものの、2人とも小さなダメージがだんだん蓄積していく。このままでは摩耗してしまうのも時間の問題、と言わざるを得ない。 目の前のケモノを相手にしていた故に生じたザンニの死角から、ケモノの腕が大きく振り下ろされる。とっさに気がついて一か八かの回避を考えるザンニ。だが、その前にザンニとケモノの間に割って入った人影が大振りの両手剣でケモノの腕をはじき飛ばしたのだ。そう、呼子笛を聞いてやってきたザザである。そして、少し遅れてやってきたアルセニーの治癒符により、2人の傷が癒されていく。やや離れたところでは鉄二を守りながら弓を構えている汐未の姿もある。ケモノが相手では鉄二を戦力として見ることはできないが、これで5対3。形勢は一気に逆転した。 「村を恐怖に陥れた報いを受けるがいい‥‥」 アルセニーの放った氷の式がケモノの脇腹を穿ち、その周囲を白く染め上げる。とっさに木の上に逃げようとするケモノだが、汐未が放った矢が唸りを上げながら木々の間を抜けて飛来し、ケモノの肩に深く刺さる。たまらず木から落ちたところを狙い打った支岐の手裏剣が止めとなった。断末魔の咆哮をあげながら巨躯を一度のけぞらせ、そのまま大きな音を立てて倒れ込むケモノ。これで残りは2匹だ。 さて、ケモノとて馬鹿ではなかった。仲間が倒れ形勢不利と悟るやいなや、即座に逃げだそうとしたのだ。そして、そのうちの片方は、偶然か、あるいは見るからに弱そうな鉄二を狙ったのか、汐未と鉄二のほうに向かうそぶりを見せる。 鉄二が攻撃を受ければ、一撃で致命傷になりかねないのは誰の目にも明らかだ。とっさにザンニとザザが割って入り、2人がかりで何とかケモノの動きを押さえ込む。更に、そこに残りの3人の攻撃が集中する。悲鳴すらあげずに立ったまま事切れ、それからゆっくり崩れ落ちていくケモノ。もはや動くこともない瞳が、開拓者達を恨めしそうに見上げていた。 とはいえ、2匹目を倒した余韻に浸っている暇はない。残りの1匹が逃げたのだ。最初に3匹と遭遇した、という合図を鳴らした以上、村の護衛についていた班の開拓者達はこちらに向かっているはずだ。入れ違いでケモノが村を襲ったら‥‥。そんな恐怖が開拓者達の間によぎる。山を下る方向のケモノの足跡を追って、開拓者達は追跡を開始するのだった。 ●お燐 太刀花(ia6079)の提案により、村に集められた村人達の様子を見つつ、葵・紅梅(ib0471)と李 雷龍(ia9599)が村の周辺の警戒をはじめていた。当初は鉄二を追うことも考えていた雷龍だが、流石に村の護衛が2人では心許ないことを考え、村に残ることにしたのだ。 そもそも、村人を集めること、それすら最初は難航した。彼らは畑仕事を中断して集まることを渋ったのだ。作物が取れなければ数ヶ月の後には餓死するかもしれない、と言う村人。彼らにとってはある意味、作物が取れないことによる飢餓も、ケモノの襲撃による被害も、同程度のものと捉えられていたのかもしれない。 ましてや、なけなしの金を開拓者を傭うために支出した今、彼らにとって生活の維持は何より優先すべきことだったのだろう。だから、ケモノの皮を売れば一時的にとはいえ金が村に入る、という開拓者からの提案がなければ、農作業などを中断して村人を集めることすらかなわなかったかもしれない。 そして、何しろ貧しい村である。村人すべてが入れるような頑丈な建物はなかった。とはいえ、村の周辺で農作業をしていた村人を村の中に集めているし、村はかなり小さく、その気になれば1人か2人でも警備できる広さだったのだ。そのため、鉄二との関係によってどう動くかを決めるべく、太刀花と紅梅はお燐の家に行くことにした。 お燐の家に入って2人が最初に受けた印象は、生気がない、だった。今日明日にも生け贄にされケモノに喰い殺される、などという事実を誰だって簡単に受け入れられる筈もないと考えれば、それは当たり前のことだ。だが、それでも座布団を用意し、突然やってきた開拓者をもてなそうとするお燐を見て2人は、芯の強い性格だ、と感じ、だからこそ、紅梅は単刀直入に、 「お燐ちゃん。鉄二君のこと、どう思ってる?」 と聞いたものだった。だが、絞り出すような声で返ってきたその答えは、2人にはやや想像外のものだったかもしれない。 「鉄二‥‥あんな奴、嫌いです。私が生け贄になるって知ってる筈なのに、会いにすら来てくれない‥‥」 そう、生け贄になると決まってから一人で身を清め、そして不安と恐怖に押しつぶされそうになっていた彼女は、鉄二が村の掟を破ってケモノと戦いに行ったこと、それ自体を知らなかったのだ。 そんな無茶をしなくていいから、せめて会いに来てくれればいいのに、と泣き崩れるお燐を見て、2人は鉄二とお燐が相思相愛であり、それゆえに行き違いが生じていたことを悟ったのだ。そして2人は、お燐に鉄二と生きたいか、と問う。しばらく悩んだお燐は、泣き疲れた、それでも強い意志を湛えた目で開拓者達を見据えてから、首を縦に振るのだった。 お燐に村から出る手筈を相談も終わる頃、雷龍が飛び込んできた。室内に居た二人には聞こえなかったようだが、山から呼子笛の音が3回、聞こえてきた、と。 あわてて飛び出す2人の背中を見ながら、お燐が呟いた 「いい人達、ね。それにしても、鉄二の馬鹿‥‥。無茶しすぎなのよ」 という言葉は、開拓者達の耳には届いたのだろうか。 ●再び、ケモノ 村の警護をしていた3人は、山の祠へ続く道を駆けていた。だが、突然、その道中で雷龍が、 「太刀花さん、危ない!」 と、叫ぶ。とっさに身を躱した太刀花の頭が一瞬前まであった位置に、巨大な手が風を切って通り過ぎていく。すぐに上を見上げる3人。言わずものかな、木の上には1匹のケモノが陣取っていた。本来なら、他のメンバーが3匹のケモノと戦っている筈である。それが1匹だけとはいえここに居る、ということは‥‥。状況が判らず焦りを感じる開拓者達だが、目の前に討伐対象の敵が居る以上、まずはそれを討つのが最優先である。 紅梅が合図のために横笛を一度鳴らす。呼子笛程ではないにせよ、これで他の開拓者が無事なら合図にはなった筈だ。それと同じくして、木から飛び降りてきたケモノの着地を狙って、大斧を構えた太刀花が斬りかかる。ぎりぎりのタイミングで飛び退くケモノには、よく見ると幾つかの傷がつき、血が滲んでいる。開拓者と戦ったばかりで消耗していることは明白だ。 ならば、と雷龍が一気に間合いを詰め、空気撃を叩き込む。しかしこれは辛うじて回避され、逆に反撃を受けそうになった雷龍はとっさに距離を取る。機に乗じて更に雷龍への逆襲を試みるケモノだが、それに呼応するかのように紅梅の咆哮がケモノの気を引きつけ、そこに生まれた隙を逃さずに太刀花が斧を横薙ぎにふりかざす。斧は狙い違わず、ケモノの腹部に切り口は浅いが、かなりの大きさの傷をつけた。鮮血を撒き散らしながら逃げようとするケモノ。先ほど戦った開拓者達と同等の能力を持つ3人を相手に戦って勝ち目はない。ケモノからすれば当然の判断であろう。だが、数歩歩いたところでケモノの動きが止まる。ちょうど逃げようとした方向から、笛の音を聞きつけた先ほどの開拓者達‥‥そう、囮班と鉄二を追跡していた班の5人が向かってきたのだ。図らずも挟み撃ちにされる格好になったケモノの動きが一瞬、止まる。 そして、その隙を見逃さず、もっとも素早く動いたのは雷龍だった。 「力無き正義は無力、であれば私がその力に‥‥」 一気にケモノに近づいた彼が放った骨法起承拳は、先ほどの太刀花がつけた傷口を更に深く抉り、一撃でケモノを絶命させたのだった。 そして開拓者達は合流し、ケモノ3匹を打ち倒したことを確認する。運良く村の護衛をしていた班が逃げてくるケモノに遭わなかったら、と考えると今更ながらにぞっとするものもあるが、何はともあれ無事に依頼を達成したことに違いはない。同行していた鉄二にお燐のことを伝え、待ち合わせ場所を指示した上で、開拓者達は報告のために村に戻るのだった。 ●村長 「そうか、鉄二は死んだ、か」 開拓者達の報告を聞き、アルセニーの差し出した、どす黒い血に染まった鉄二の服――実はケモノの血で染めただけのもの――を手に取りながら村長が呟いた。その表情から何を思っているのかを読み取るのは、少なくとも開拓者達にとっては容易なことではなかった。 「ときに、その死体はどうしたのだ」 一瞬、言葉に詰まる開拓者達。とっさに誰かが、山の中に墓を作って埋めた、と言うのを聞いて、少し怪訝な顔をする。 「ふむ‥‥」 顎髭を撫でながら何か考え込む村長。その時、村長の家に村人が突然入ってきた。手には紙切れ――太刀花がお燐に指示して書かせた、偽物の遺書――を握っている。事情を話し、遺書を村長に渡す村人。ある意味、最悪のタイミングかもしれない、と開拓者達が覚悟する。だが、村人を帰らせた村長は遺書を一瞥し、目を閉じて少しだけ考え込んだあと、真面目な顔で溜息をついてからこう言ったのだ。 「では、お主ら、帰りついでにお燐を見かけたらこう伝えてくれぬか。自殺など早まるでない、あと無鉄砲な旦那を持つならしっかり手綱を取るように、とな」 この言葉を聞いた開拓者達は、笑いをこらえるのに苦労したり、気恥ずかしい思いをしながらも、一様に安堵しつつ村を立ち去るのだった。 |