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■オープニング本文 『今年も、この時期になればもう雪が大分積もっているだろうか。 この手紙を書いている時点で、相当の寒さを覚悟している。 だが、それ以上の思いのお陰で陰鬱な感情などはとうに吹き飛んでいる。 再び君に会う事が出来るのだから。 嬉しい、本当に嬉しい』 朝、郊外で一人の旅人が死んでいた。 その手には、一通の手紙が握られていた。 「こんな依頼、誰が受けるんだ」 野太い声で聞こえてきたのは、開拓者ギルドの戸口から。 見てみれば声の主は開拓者で、いかにも尊大な風体の男だった。 係員に「それほど難しい依頼じゃないと思うが」と言われれば男は「逆だ」と、返す。 「簡単で単純。そして報酬も少ない、つまらな過ぎる」 その依頼内容は、手紙の配達。神楽の都から二日ほど歩いた田舎の一軒家に一書届ける、これが依頼の全貌である。 「こんな依頼、誰が受けるんだ」 開拓者百人いれば百人の信条があるだろうが、この男の観点に限った話で言えば、こんなお使い依頼には魅力を感じないらしい。 途中、山道を歩いている時に野盗を相手取る事もあるかもしれないが、それにしても面白味に欠けた地味な依頼。 「……待てよ、実はこれは要人に届ける重大な密書であるとか言う――」 「残念ながら、その手の期待には絶対添えない私書以外の何物でもない」 男の言葉が語尾に達する前に係員が取り出して見せたそれは、本当に普通の、何の変哲も無い只の手紙でしかなかった。 男はがっくりと肩を落とし、その手紙を見つめる。まじまじと、それを見て何かに気付く。文字の形や手紙の包みの柄を見て……この男、勘だけは良い。 「!? おい、何をする!」 「依頼に関わる情報を事前に出来る限り集めるのは、開拓者としては当たり前の心掛けだろうが」 係員の手にあった手紙は、瞬きの間に男に奪われていた。え〜、何々……と前置きも短めに男はその内容を口にし出した。最低の人間である。 『――もう五年も経ったが、あの丘で見た夕暮れ時の美しい風景は、今もあの時のままだろうか。 君はあの時の夕日を覚えているだろうか? 僕は覚えていない。 あの時僕は、本当は夕日なんて見ていなかったからだ。 僕は、君しか見る事ができなかった』 「はっはっは! こいつは傑作だ、そして係員殿も人が悪い。こりゃあとんでもない密書じゃあないか!」 良い大人がやる事じゃあない。 「ついでにこの依頼主に会わせてくれ。そいつによっちゃあこの人が集まらなそうな依頼への参加を考えてやる」 「そいつは叶わない」 「ケチになるな」 「無理を言うな」 「?」 「依頼主は、もうこの世にはいないんだよ」 朝、郊外で一人の旅人が死んでいた。 道中にアヤカシか追い剥ぎにでも遭ったのか、浅くない傷を負っており、発見された時は氷のように冷たくなっていたとの事。 暫くして死体を火葬し、遺品を整理していた所、わずかばかりの金と、この手紙が見つかった。 この依頼は、その旅人の所持金に係員の私財を足して、そして係員によって張り出された依頼である。 『この五年間、ずっと想いは変わらなかった。 だから、今日それを形にしたい。 僕と、結婚してほしい』 |
■参加者一覧
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 開拓者ギルド。 その受付で、派手な平手の音が響く。 ニーナ・サヴィン(ib0168)が、受付にいた開拓者の頬を叩いたのだ。 驚きに目を見開く開拓者を、ニーナは橙色の瞳で冷たく睨む。 「人の想いを笑った、その事を反省なさい」 金魚のようにみっともなくパクパクと口を動かすだけの、最低な開拓者の手から、ニーナは手紙を取り上げる。 無粋な者に読み上げられてしまったそれを、ニーナは元通りに、大切に折りたたみ、しまいこむ。 「て、てめぇ、俺を誰だと思って……っ!」 はっと正気に戻り、野太い声を上げてニーナを殴ろうとした開拓者を、ルシール・フルフラット(ib0072)が止めた。 「誰だと思う、と聞かれたら、下種、とお答えさせて頂きましょうか」 殴りかかってくる開拓者の足を、ルシールはその十字剣であっさりと払う。 無様に転んだ開拓者に、周囲から嘲笑が浴びせられた。 「く、くそっ! 覚えていやがれっ!」 鼻を打ったのだろう、開拓者は鼻を押さえて逃げるようにギルドを去っていった。 「何処の野盗レベルなのかしら。……でも本当、綺麗なお手紙ね。詩人の素質があったんじゃないかしら」 ニーナは無粋な開拓者に呆れて溜息をつきながら、読み上げられて、図らずしも聞こえてしまった手紙の言葉に詩を想う。 「依頼人の、その最期の願い、確と届けましょう。……ギルドの係員さんもお人好し、ですね」 ふふっと優しく微笑むルシールに、係員は真っ赤になって俯いた。 ● 「……もう、かなわない願い、か」 事情を聞き、ラグナ・グラウシード(ib8459)は俯く。 普段なら、恋人という二文字には深い憎悪しか湧き上がらない彼だが、今回ばかりはそんな気にはなれなかった。 「……うさみたん、哀しいものだな。……相手の女性も、ずっとずっと待っていただろうに」 背中に背負った大切なうさぎのぬいぐるみに、ラグナはポツリ、ポツリと語りかける。 一緒に手紙を届ける事になった仲間達と、話す気力はなかった。 依頼人の、命をかけた思いは、ラグナには重すぎた。 (ありふれた話といえば、それまでだろう) 浪志組・藤田 千歳(ib8121)も言葉少ない。 この混沌とした世の中。 思いを伝えられずに散る者など、掃いて捨てるほどいるのだろう。 今この時にも、無残に命を奪われる者達がいるに違いない。 その全てを守りきれるほど、千歳は強くは無く、また、守れると思い上がるほど傲慢ではなかった。 それでも。 (今回の様な事が、可能な限り起こらない世の中にしていきたい) 浪志組。 その為に入ったのだ。 世の中に平和を。 理不尽な今の世の理を変える事を願って。 千歳は、足を踏み出す。 雪の積もった山道に、重い足跡が刻まれる。 「無念……やったやろうな」 央 由樹(ib2477)の足取りも重い。 手紙に詰まった依頼人の、5年分の思い。 以前の由樹なら、割り切れたかもしれない。 だが。 (大事な人が出来た) 依頼人と同じぐらいに、もしかしたら、それ以上に。 大事な人を思う強い気持ちが、今の由樹にはある。 (最期の最期まで、強く願っただろう。会いたいと、伝えたいと、生きていたいと……) たった一通の、手紙。 あった事もない依頼人に、けれど由樹は自分の思いを重ねずにはいられない。 「旅人さん、命を落とすその瞬間まで、その人のことを想っていたに違い有りません、さぞかし無念だったに違いないです」 超越聴覚で常に周囲の状況に耳を研ぎ澄ませながら、ルンルン・パムポップン(ib0234)は力強く、いっそ蹴るように山道を歩く。 怒りがこみ上げて、行動にでてしまっているのだ。 「旅人さんのその命を奪った原因、私絶対に許せないんだからっ」 彼女は、思いっきり語気を強めて雪を蹴る。 (手紙、受け取ってもらえるかしら。彼が亡くなった事も知らない……のかしら) ニーナもルンルンと同じように周囲を警戒しながら、ふとその事実に気がつく。 5年も前に、離れ離れになってしまった想い人。 (それを知らせるなら、慎重にしなければいけないわ) ずっと、彼女は彼を待ち続けているに違いないのだ。 迎えに来てくれる日を、ずっと、ずっと。 そしてルシールは、相手の女性について、別の可能性に思い至る。 (届け先の女性は、果たしてそのままで居るのでしょうか。或いは既に別の……) 5年。 愛を誓ったのは、もうそんなにも前の話なのだ。 決して短い年月ではない。 「ひとまず、集落についたら彼女の現状について少し情報を集めて、確かめてから届けましょう」 ルシールの言葉に、皆、頷く。 彼女が今どのような状況なのか。 まずは調べない事には始まらない。 そして。 招かれざる客が現れたのは、この時だった。 ● 「来るわね」 「もうわかりきってたんだからね、ぷんぷんっ」 ニーナと、ルンルンが戦闘体制を即座にとり、全員に緊張が走る。 身構える開拓者達の周囲で、木々が揺れる。 のそりと、木々の合間から現れたのは――。 「あなたはっ!」 ルシールの緑の瞳が、ありえない現実に凍りつく。 「何処まで堕ちれば気が済むのかしら……」 ニーナの橙色の瞳がそれを捉えるのは、二度目。 そう、目の前に現れた野盗と思わしきその集団、それは。 「ずいぶん恥をかかせてくれたじゃねぇか。なぁ、別嬪さんよぉ!」 開拓者ギルドで追い払った、あの男だった。 人を見下しきった態度は変わらず、男の周囲には似たようなならず者が集まっている。 開拓者でありながら、野盗と繋がっていたのだ。 (囲まれてはいないな) 「……おい、貴様ら。今の私は機嫌が悪いんだ。とっとと去れ」 背後にも気を配る千歳と、ラグナが一歩前に出る。 「まぁ、まてよ。取引しねぇか?」 「取引?」 今にも切りかかってきそうなラグナを鼻で笑いながら、男はいう。 「おうよ。お前達が持ってる手紙、そいつは本当は密書だろう? 恋文を模しちゃいるが、きっちり調べ上げれば、本来の意味を探せるはずだ。ただの旅人にしちゃぁ、あいつは随分金を持っていたからなぁ。なぁに、手紙さえ置いていけば命はとらねぇよ。なぁ?」 男はにやつきながら、仲間に合図する。 その知性の欠片も感じられない言葉で、誰がこの手紙の主を殺したのか、そのすべてが開拓者達に瞬時に伝わった。 「あなた達みたいな人たちが居るから、居るから……愛し合う人たちが永遠に別れることになっちゃうんです、愛し合う人々の天敵なんだから、私絶対に許さないもの!」 ルンルンが泣きながら叫び、時を止める。 一秒。 男の周囲にいた野盗を剣の背で思いっきりぶっ飛ばす。 二秒。 男の後ろにいた野盗の胸に、ルンルンは怒りの拳をぶち当てる。 ……剣で斬らずに殴ったのは、本当に頭にきていたからだ。 生身の拳で、渾身の力で。 三秒。 その隣にいた野盗を思いっきり突き飛ばす。 「うあ?! お前たち、いったいなんでっ……っ!」 ルンルンの夜の効果が切れて、動き出した時間と、一瞬にしてのびている仲間たちに、リーダーの開拓者崩れは地べたに這いつくばる。 ニーナの怒りを抑えた歌声は、まだ動ける野盗達の眠りを誘い、その闘争心を大きく奪い去り、赤熱した鋼の色のオーラをまとったルシールは、手加減を加えながら開拓者崩れをそこに押さえつける。 逃げようとする野盗仲間達も、千歳と由樹に縛り上げられた。 「答えて。旅人は、手紙の他にも、何かを残してはいませんでした、か?」 ルシールは剣を突きつけたまま、男に問う。 依頼人の想い人に、手紙の他にも何か残しているかもしれない。 そんな思いからのルシールの問いに、開拓者崩れの男は、何処までも腐っていた。 「か、金だろ? お前たちも金が欲しいんだろ、なぁ? あの男はよぉ、たんまり金を持っていやがったんだよ! そ、それと指輪だ! こ、これだよ! こいつをやるから、な? なっ?」 命だけは――。 そう言う男に、 「……彼の男も、きっと。『生命だけは助けてくれ』と言っただろうに、な」 ラグナが、感情を押し殺した赤い瞳で、剣を男に突き立てかける。 だがその剣が開拓者崩れに突き刺さることはなかった。 千歳が止めたのだ。 「なぜ」 光の消えた瞳で短く呟くラグナに、千歳が首を振る。 「法で、裁く」 呟く千歳に、ラグナはそれ以上反論せず、剣を納めた。 ● 「……すまない、気が、変わった。……私は、帰らせてもらう」 耐え切れなくなったラグナが、逃げるようにその場から走り出す。 いま来たばかりの道を、戻るように。 依頼人の想い人の家は、もうすぐそこだというのに。 けれど、誰も責めなかった。 うさぎのぬいぐるみを愛す、繊細な彼の事を。 (みんな、ごめん……) 走りながら、ラグナはみんなを、そして、手紙を受け取るであろう依頼人の想い人を思う。 泣き叫ぶのだろうか。 それとも、聞きたくもない事実を突きつけた自分達を、恨むのだろうか。 「耐えられない……」 背中のうさみたんの手が、ラグナを慰めるかのように、緑の頭にぽふりと乗っかった。 ラグナの瞳から、涙が零れ落ちる。 (俺には彼女へかける言葉も思いつかへん) 由樹は、依頼人の想い人の家の前で、足を止める。 依頼人の想い人の家は、すぐに見つかった。 ルシールの提案どおり、先に周囲の住民にそれとなく想い人の現在の状況を探ったのだが、これといって手紙を渡せない状況にはなかった。 つまり、彼女はずっと、一人で過ごしていたのだ。 もちろん、家族とは一緒だが、恋人や夫といった存在は皆無。 (彼女がそれを受け容れてくれるか分からんが……) 依頼人を想い、ずっと待っていた可能性が高い彼女に、依頼人の死を伝えるつもりでいる由樹。 隠し続けれるものでも、隠してよいものでもないその事実は、けれどあまりにも辛く。 「俺には、愛する異性というのは居ない。だが、大事な仲間は居る。最期に伝えたかった事を伝える事の大切さは、ちゃんと分かる」 千歳が頷く。 耐え難い空気の中、ニーナが意を決して、家の戸を叩いた。 何も知らない彼女が、返事と共に顔を出す。 容姿も既に住民たちから聞いてわかっていた。 間違いなく、彼女だ。 5人もの急な来客に、彼女は戸惑いを見せた。 「この、手紙を」 差し出された手紙を少しばかりいぶかしげに受け取り、そして、顔を上げる。 その瞳から、涙が溢れた。 開拓者達が事実を直接口にしなくとも、今ここに本人がいない事。 その事が、彼の死を雄弁に物語ってしまっていた。 「……きっとね。彼もずっと貴方の事を考えていたと思うの。きっと……最期の瞬間まで」 ニーナが彼女の肩を抱く。 「貴方の笑顔を、想っていたと思うわ。この手紙を書いている最中だって、きっと。だからね、いつか。いつか、彼がきっと好きだった笑顔を浮かべられるようになってね」 気をしっかりと持って。 野盗から奪い返した指輪を、ニーナは彼女へ手渡す。 雪を閉じ込めたかのように、白く輝く指輪。 彼が五年前、直ぐに彼女と一緒になれなかった理由。 それは今でもわからない。 彼女を励ますニーナの後ろで、ルンルンは涙が止まらない。 (なんでかな。なんで、こんな辛い事起きちゃったかな。時を止めるだけじゃなく、巻き戻せたらよかったのに) 巻き戻せたら。 時を止める事はできても、巻き戻すことは決して出来なくて。 でも、どうにかしてあげたくて。 ルンルンは、声を押し殺して涙をためる。 「会いたいと、伝えたいと、生きていたいと……この手紙に込められたのは……そんな強い想いだ。そんな気がする。おまえに忘れられたら、この男は本当に死んでしまう。愛したお前の、記憶の中からも。だから、決して、忘れないでくれ。この男の、想いを」 由樹が、手紙にこめられた想いと、自分の想いを、彼女に伝える。 彼女の涙は止まらない。 きっと、当分の間は、泣き暮らす事になるのだろう。 けれど、真実を知らぬまま、男の思いが伝わる事のないまま、消え去ってしまうよりは、きっと……。 (きっと、私は私の為にこの依頼を受けたのでしょう、ね) ルシールは、依頼人の思いが伝わったことをみて、そんな事を思う。 伝えれない思いを、何度味わった事だろう? 片思いはもちろんの事、亡くなった人を想ってしまったことさえもある。 そんなルシールだから、依頼人の気持ちは誰よりも解って。 絶対に、届けたかった。 「生きている人は、しっかりと生きるのがその務め、なんですからね」 亡くなった人の後を追うことなく。 与えられた生を、精一杯、生き抜く。 自分に言い聞かせるように、ルシールは呟く。 雪が降る。 ぱらり、ぱらりと。 彼女と、開拓者達の上に。 彼女の身体に触れると、雪は、淡く、儚く消え去って。 まるであの日の誓いの言葉のように。 淡く儚く消え去って。 それでも。 想いは心に残るのだ。 忘れない限り、ずっと、ずっと、ずっと……。 |