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■オープニング本文 「籠る」 「は?」 「研究房に引き籠ると言っている」 おめでとう! 五行国王は『軽度の引き篭り』から『重度の引き籠り』に進化した! 「馬鹿殿――じゃなくて、馬鹿な事を言うのは止めて下さい!」 「重要な研究なんだ」 「重要な政はどうするおつもりなのですか!?」 付き人の血相などお構いなし、と言わんばかりに架茂王の声は淡々としたままで。 「何か勘違いかをしているらしい。我も人の身だ、要所要所では外へ出る。五行の国政と自身の健康の管理を失念する事などない」 裏を返せば、それ以外は自分の部屋から出てこないと言う事だ。 「何、暫しの間の事」 「ですが……!」 架茂王の『暫し』ほど、信じられぬものはない。尤も、幾時幾年の研究でさえ、架茂王にとっては一時の出来事であると錯覚されているのであろう。 一研究者としては良かろう、だが、架茂 天禅(iz0021)は五行の国王。 付き人は考える。この穴熊囲いから王を引き摺り出す手段を。 名誉? 危機感? 富? 強迫? 希望? 絶望? 駄目だ、どの手も詰みには至らない。 「……青龍寮!」 「何?」 一手、刺さった。この引き篭もりを外に出したい一心で、付き人は手を進める。 「そう、青龍寮生達です! 技あり義あり、清く正しく、開拓者としての場数も踏んだ寮生の――」 「これを」 付き人の声を遮る、架茂王の声と、手。その指には、一通の文がある。付き人が手紙を受け取るぴしゃり、とが閉められた。 「我が知己へ宛てたものだ。然るべき便を頼るといい、その者が臨時講師となるだろう。名を、丹波円一(たんば まるいち)と言う」 付き人は、それを受け取る。内容を見るに、その者の特徴なども書かれている。 「彼の住所と人となりは、書いてある通り。以降、青龍寮の采配は彼にまかせる事とする」 王に手は届かなかった。 そしてその手紙を出したのが数日前。王に引き篭もられた所為で役も無い付き人は、朝方一人、街中を歩いていた。 そこで見かけたのは、通りを歩く一人の少年……齢10〜12頃だろうか。物心はついていようが、まだ幼い。小奇麗な単衣を纏い、小柄ながらも両手に書籍を抱えるその姿は、いかにも勉強熱心な学者の卵と言った所か。 (架茂王にも、あんな少年時代があったのでしょうか) 彼の付き人は、少年を見ながらフと思う。 幼きを恥じる必要もなく、幼きに疚しさを覚える必要も無く。未熟とは、熟すだけの伸びしろを有していると言う事。 そう、未熟とは無限―― 「そう、未熟とは可憐! 可憐そのもの……っ!」 道の脇から聞こえた、震える声。付き人は、その声の方向を――嫌な予感がどうか当たらない様に祈りながら――見る。 影に身を潜ませ、一人の男が望遠鏡を覗きがなら肩を揺らしている。心なしか、息も荒い。 「ハァ、ハァ。幸哉くんかわいいよ幸哉くん! 今日もキミは最高に愛らしい。まるで天から舞い降りた精霊のようだっ」 なんで名前を知っているんだ。それに『今日も』って……。 変 態 だ ! 付き人は理解した。 間違いない。変態に間違いないこの男。 「ん?」 その男の顔が、まるで不自然なタイミングで付き人の方へ向く。 気付かれた。 「そこのキミは、もしや!」 やめろ、近付かないでくれ。 「おお! キミ、架茂の付き人クンだろ? 話は聞いているぞ!」 「ち、違います」 「大丈夫、瘴気の匂いで分かる! あと、架茂からの手紙も読んでいる」 「貴方が、丹波先生……」 「紛れも無く!」 付き人の落胆などお構いなしに、いい笑顔のその男こそ、丹波円一先生その人。 付き人は、祈りなんて言うものが全く役に立たない代物であると言う事も理解した。 「早速だが、寮生を手配してくれたまえ。式の扱い方の実習訓練だ!」 何をしようと言うのだ。 「あの幸哉くんと言う少年、塾通いで毎朝この道を通る。この、人通りが少ない道を必ず通る」 そこまで調べているのか。怖いこの人。 「寮生にはここで、式を用いてニセモノのアヤカシを作り上げて欲しい。いや、明確にアヤカシなどと分かるものでなくてもいい。とにかく、『何だか恐ろしいモノや雰囲気』を作り上げて欲しい」 貴方の変態さの方が恐ろしいです、との言葉が付き人の喉下で留まる。 「異形の存在に怯え竦む幸哉くん、そこに颯爽と僕☆参上! 適当に式を払ってあたかも僕がアヤカシを倒した様に見せかける!」 一方的に話す丹波先生に、付き人も怯え竦んでいた。 「そして命の恩人である僕に幸哉きゅんが駆け寄り、言うのだ。『……ありがとう、お兄ちゃんっ』と。言うのだ、上目遣いで! 嗚呼!」 鼻血を拭きだし倒れ込む、丹波先生。 付き人も眩暈で倒れたくなった。 その物陰で、揺らめく瘴気にこの時誰が気付けただろうか。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
樹咲 未久(ia5571)
25歳・男・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ |
■リプレイ本文 「ねぇ」 うん? と、丹波丸一が振り返るとカンタータ(ia0489)の顔があった。 彼女は金の髪を揺らしながら。 「本当に大丈夫なんですよね? こんな事して。後で色々と疑惑になったりしない様に……きちんと責任とってくれるんですよね?」 「せ、責任!?」 すると丹波先生、何か慌てた様子。取り乱しながら、何か撒き散らし始める。 「疑惑、それに責任!? いやそんな……僕も分別のある大人だ。幾ら幸哉くんが愛くるしい少年だからと言え、その辺は弁えているつもりではあるんだが……」 「……?」 お前は何を言ってるんだ? 「いや、でもきっと愛があれば年齢や性別なんて関係ない、のかも。そうなのかもしれないね。そうもなれば――」 「いやいや丹波の先生殿。恐らくカンカータ君が言わんとしている事は違うと思うぞ」 丹波が語尾を言い詰める前にそれを遮ったのは成田 光紀(ib1846)。 「特に陰陽の術式をこう言う形で利用した事が表沙汰になれば、諸問題が起こりうるだろう」 「あ」 「もし丹波先生が、以降青龍の寮長さんになられるかもしれない方ならば、それは尚更の事……と言った所で合っているかな、カンカータ君?」 「はーい、そういう事でーす」 「なんと」 そうとも、彼らは歴史ある陰陽寮の青龍の子ら。下手な流れの陰陽師の異質性癖者よりも、余程その辺の自覚がある。 「其の辺りは心配後無用。だからどうかこの実習に尽力して欲しい」 と言う丹波の言葉を聞いても、それを白い目で見るのが普通の反応だしそもそもこんないい加減な人間が自分達の講師とは……その場の誰もが大なり小なり、丹波にそう思わざるを得ない。 「ふむ、丸一センセは幸哉君が好きで…」 何かを再確認する様に、モユラ(ib1999)。 「幸哉君は十歳位で…え? センセも幸哉君も殿方で…え?」 何かが色々と合致しないし合致してはいけない様な気もする……モユラは何度も丹波を見る。その視線に気が付くと丹波は笑顔でピースを返す。駄目だこいつ。 「丹波様も相当に変た……変わった御趣味をお持ちだ」 氷海 威(ia1004)も意を共にする。 「……が、陛下の御知り合いなら確かな実力を御持ちの方に違いない」 威は講師への敬意を失わぬ様に、自らへ言い聞かす意味も込めてモユラにそう話す。勿論、それは彼の本心である。だが同時に、やけに『砕魚符』を放ちたくなったのもまた本心。 「…とりあえず実習をこなそう、うん」 モユラは符を構えながら言う。その符は架茂王が青龍寮生の為に作った碧符、それを持っているのはモユラだけではない。 そう、あの架茂王の知己とあるならば只の変態ではない筈。 裏を返せば、丹波がこの場で唯一信頼されている要素は『架茂王の知己』という部分だけである。 「何この残念な人! 新手の陰陽術使いでござるか!?」 「いえ、この方が臨時の講師と言う事には間違いなさそうです」 微妙に声に喜色を滲ませながら言う四方山 連徳(ia1719)に、鈴木 透子(ia5664)は「俄かに信じられませんが」と付け足した上でそう返す。 「そこ、聞こえているよ! ぇえと確か……四方山くんに鈴木くん! 思い、愛と言うものは例外なく尊い! 残念なんて事は、きっと無い!」 丹波がビシっと連徳と透子の方を指差し、言う。説得力は、微塵も無い! 「やっぱり犯ざ……いえ、残念な人である事には間違いなさそうです」 「幸哉少年を騙して手籠めにしようとかちょっと愉快すぎるでござる――ハっ!? よもや!」 「?」 首を傾げる透子。その傍らの連徳が、己の顎に指を当てて何かを推理する様な仕草を見せる。 「ハッハーン。さては拙者達を試してるでござるね! 見た目・言動からは見えない物を推し量る力とか…拙者達の器を試されてるに違いないでござる!」 なるほど、透子が抑揚の無い声で呟く。 丹波はビシっと連徳を指差し声を張る。 「大丈夫、安心してくれ給え! 僕は本当に年頃の少年を愛しているだけだ!」 (ウヒョー! やっぱり青龍寮の講師に思えないでござる!) これには連徳も思わず苦笑い。 「しかし先生。そうも騒いでしまっては、こうして私達が身を潜めているのも意味がなくなってしまうのでは?」 「あ……確かに。流石に聡明だ。名前は、ええっと――」 丹波が手帳を広げながら探している間に樹咲 未久(ia5571)は、自ら名乗る。 「姓を樹咲、名を未久と言います。以後、どうぞお見知りおきを」 「ああ、こちらこそよろしく」 控えめな挨拶を交わしていたその時、道先に見える人影。 「!!」 「あれは……」 小柄なそれは童の身丈。その外観を見て……間違いない。未久は確信する。 「どうやら、件の少年に見えますが」 「これは! くんくん……」 突然、鼻を鳴らす丹波。 「これは間違いない、幸哉くんの匂いだ!」 これは間違いない、丹波先生は変態だ。 「それじゃあ皆、手筈通りに頼むよ!」 丹波は特に合意も取る様子無く駆け出したものだから、透子と連徳が慌てて瘴気の霧を使う羽目になる。 威、光紀、モユラ達が式を練る。人魂に毒蟲、神経蟲……ここまで不気味な虫の造形を揃えれば、流石に効果がある。 未久は、溜息をつきながら呟く。 「善良な少年をこういう形で騙すというのは良心が痛みますねぇ」 彼の手にもまた、碧符が握られていた。 「え……?」 突如、沸いて出てきた濃霧に、恐れと戸惑いに声を漏らす少年の名は幸哉。 そして霧の先から現れたのは、蜘蛛、蚰蜒の蟲々。 思わず逃げようとした幸哉だったが、眼前に迫るは黒色の蛾。大袈裟に羽ばたきながら少年に纏わり付く。 そこに、丹波丸一が何とも都合の良いタイミングで参上! ここで彼に襲い掛かる巨大な龍。丹波がこれに一撃見舞って倒した――様にみえるも、実際はカンカータが放った大龍符。元より実害の無い式だ。 「ふっ、幸哉くん。僕が来たからには安心してくれ。このアヤカシ達は僕が倒――」 と、丹波の台詞が語尾の前で止まったのは、突如その視界に新たな蟲が見えたから。 (仮にも架茂王様に選ばれる人なんだ…少し、試させて貰うよ) 神経蟲、モユラの式。 件の口上が確かであれば、只その式を受けてなすがままなどと言う事もあるまい。 「ぐわぁぁぁ!」 あれ? 「な、なんだこの蟲の毒は!」 この悶え苦しむさま、演技にはとても見えない。 (普通に食らっちゃったんだけど) 苦悶する丹波の姿に、流石のモユラも当惑気味。 「ふむ、そして立ち上がったと思ったら普通に逃げ出したぞ」 「え!?」 モユラは、光紀が指差す先を見る。丹波はよろめきながらも体を起こし、逃げ出していた。 「しかも、幸哉君を抱きかかえての逃亡だ」 「ええ!?」 丹波は幸哉が状況がよくわからず困惑気味なのを良い事に、彼をお姫様だっこしてなんとそのまま逃亡を図ったのだ。 「丸一センセ、なんだか凄い勢いで逃げて行ってるんだけど、なんで……」 「恐らくはこれ以上、モユラ君の神経蟲を受けたくないから射程から逃れる為に――」 「つまりは愛の逃避行でござる!」 「「えっ?」」 力強く断言する連徳に、モユラと光紀は異口から同音を発する。 「きっと昂ぶりを抑えきれず、ついカッっとなってやってしまったんでござろう。そして二人っきりになったらあんな事やこんな事を……けしからん!」 連徳の目が妖しく光った気がしないでもない。 「しかるに! 拙者が幸哉少年を貰いうけ、善良な少年を保護して然るべきでござる!!」 「察するに及ばないが、とりあえず岩首を落としておこう」 光紀が、凄く冷めた声で言いながら岩首を放つ。何か悲鳴みたいなものが聞こえはしたが、それでも丹波は逃走をやめない。 「いやぁ、全く足を止める様子もないですねぇ。流石です」 「もしや、その丈夫さを陛下から御推薦されたのかもしれないな。やはり、斬撃符や砕魚符を用意してくれば良かったか」 未久は面の色を変えずに言い、威は指を顎に当てながら何か頷いていた。 「未久さんも、威さんも、妙に納得していないで早く丹波先生を追いましょー!」 カンカータは、二人の袖を引く。 「そうだな、カンカータさん。余り疑いたくは無いが二人だけにすると何か危険な雰囲気が――」 「これだけ離れられると、大龍符の射程からも外れるのです」 「……そうか」 「ともかく、追った方が良さそうではありますね」 はぁはぁと息を切らす丹波。息が乱れる理由は、慣れない駆け足の為……と思いたい。 「ふぅ……ここまで来れば多分大丈夫なはずだ、幸哉くん」 場所は通りからやや外れた裏路地。塀などに陽が遮られやや薄暗くも感じる。 「……おにいさん、だれ?」 「おおっと失礼名乗り忘れていたね。キミの迫り来る魔の手から救った僕の名前は、丹波――」 ごちーん! 「ぐっはあぁ!!」 「うわぁ!?」 岩石型の式が、丹波の脳天直撃。その鬼瓦の様な、いかめしい顔つきのそれに幸哉も思わず声をあげた。 (何だか色々と、申し訳ないです) 岩首を放った未久が、胸中呟く。 丹波に追いついた彼らは、物陰に隠れながら丹波の様子をうかがっていたのだ。 「あれ、丹波先生。蹲ったまま動きませんねぇ」 カンカータの言う様に、丹波は動かない。 岩首が効いたらしく、頭を抑えながらくねくね悶えている。気持ち悪い動きだ。変態の上にこの気持ち悪さとこの脆さ、丹波丸一いいトコ無し! 「いや、演技かもしれない」 煙管をくるり回しながら、光紀。 「仮にも講師として召還された人物ならば、猫の被り方程度は心得ているやもわからんぞ」 「ならば拙者にお任せあれ! 混沌の使い魔改め、お仕置き肉塊くんで化けの皮も色んなものも剥いでやるでござるー!」 陰陽甲を構える連徳。何やら唱えようとしてる、おぞましい何かを呼ぼうとしている――堪らず、モユラは声を掛ける。 「あの、連徳さん。いくらなんでも、混沌の使い魔は強力過ぎるんじゃ……」 「一つのネタを不要に引っ張るのは良くないでござる。オチは任せろー」 「やめて! ……って、あれ?」 バリバリ術を使おうとする連徳を止めようとするモユラだったが彼女はその時、大気中に蠢く何かを感じた。 見れば、鬼火の様にぼんやり宙に浮く灯火や、地を這う大型の百足が数体。 「そうそう、人魂とか蟲の式とか此れくらいで……って、あれ? 誰か、何か使った? ちなみに私は何もしていないんだけどサ」 光紀も透子も、首を横に振る。そしてあの百足、毒蟲や神経蟲にしては大き過ぎる。 「アレは誰の式でもありませんねぇ」 未久の言葉を聞くと、カンカータは碧符を取り出しながら言う。 「まさか本物のアヤカシ!? 緊急事態〜アヤカシが出ました。演習は一時停止で対応しましょう」 「しかしどうしましょう、講師殿の茶番劇である事をバラさぬ様に何とかしないといけませんねぇ」 「あ……」 丹波は頭を抑えながらまだ悶えている。 じりじりとアヤカシ達が迫る。 少年の顔に広がる、恐怖と絶望と色……。 パシィィィ! 甲高い音が裏路地に響く。 何の音だ? 術、では無い。 「威、さん」 カンカータの栗色の両眼に映っているのは、威だった。 (……やらせはしない) 血茨の鞭をアヤカシに打ちつける威だったのだ。 (もうこれ以上、俺の目の前で誰も……ッ) 百足のアヤカシ、その一撃にしとめられはしなかったものの其処でじりりと歩みを止める。 「あ、ありがとうございます! 貴方は?」 幸哉は、見上げながら威に言う。 「俺は……」 「彼は陰陽寮、青龍の陰陽師です!」 その声は、頭をおさえながら言う丹波のもの。 「この通りの突き当たりに陰陽寮があります」 意図してか偶然か、確かにこの場所は陰陽寮から遠くない位置。 「恐らく運良く通りかかったのでしょう。他の寮生も来てくれるかもしれません」 「……ふむ、お膳立てはそれなりに出来るらしい」 光紀も既に、碧符を取り出している。 「それじゃ、遠慮なく行かせてもらう……よ!」 モユラは語尾を強めて言い放つと同時に、明山の拳石を投擲。 「ではでは戦場にのりこめー、でござる」 良い笑顔で連徳が言う。 つい一刻前まで静かだったこの路地も、賑やかになりそうだ。 「あの……大丈夫ですか?」 「いや〜災難だった。まさかアヤカシに教われるなんて。この丹波丸一、一生の不覚だよ」 さて暫くして、路地はまた静寂を取り戻した。結局沸いて出てきたアヤカシは下級のそれ。 集まった面子を見れば、述べるも追いつかぬ圧勝であった事は誰の想像を以ってしても難くない。 「しかし、青龍の寮生達がたまたま通りかかってくれたお陰で、事なきを得た。いやぁ、君達には感謝してもしきれないよ」 うーんなかなか白々しい、と喉元まで出かかったそれを、カンカータは何とか押さえ込みながら。 「強大な力を持つ相手じゃなくて助かりましたが、中々見た目がおどろおどろしい相手でしたね〜」 「そうだね、恐怖心を煽る様な……しかし、勇を為すには恐を知る事も時には必要さ。対極にあるもの理は別離している訳でなく常に表裏一対……尤も、君達はもう充分に強く、そして聡い。既に心得ている事かもしれないけどね」 言わんとしている事は分からなくもない。 だが、これは陰陽寮の授業の実習だ。ここにいる寮生達は、抽象的な道徳の授業を受けに来た訳ではない。 (でもまぁ) 一つ、溜息を吐きながらモユラは、 「お姉さんたち……助けてくれて、本当にありがとうございますっ」 お辞儀をする幸哉の頭を優しく撫でながら思う。 (たまにはこういうのも、悪くはないかな。たまには、ネ) 「では、我々があまり心得えていないものを講師殿にお伺いするとしよう」 ここで光紀がすっ、と丹波の前に出てきて問うた。 「氏曰く、少年愛とは?」 「少年愛とは!」 ぐぐっと拳を握り、両目に怪しい光を携えながら、丹波は吼える。 「この湧き上がる思い、それは保護欲でありすなわち独占欲! 劣情であると同時に烈情で――」 「いたぞ、奴が丹波丸一だ!」 突如、何か黒子みたいな人達が現れた。オチ回収要員……じゃなくて、陰陽寮の治安を取り締まったりする要人だろうか。 「架茂様の知己とは言え、陰陽術を私利私欲の為に……挙句の果てに有望な寮生を引き込むとは気に食わん。イタメツケテヤル!」 丹波は一転、血相を変えて逃げ出す――が、 「あ、そこには……」 威が念の為に仕掛けていた地縛霊が、丹波の足を止める。 「遁走と試みるとはつまり何かやましい事があったという事! しからば拙者のお仕置き肉塊くんでエクストリーム尋問でござる!」 うわ、にくかいくんえぐい。 「……結局あの人は、何だったのでしょうか」 ぎゃー! と間抜けな悲鳴が響く中で、複雑な表情を浮かべる幸哉に、未久は微笑を浮かべたまま、 「いきなりこんな事に巻き込んですみませんでしたね」 言うにはそれだけに留まり、胸中では色々な意味で謝らずにはいられなかった。 |