商店、お守りと御守り
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/28 01:47



■オープニング本文

 都の一片に存在する雑貨商店、保浦屋。
 当店の用心棒兼使いっ走り兼面倒事その他諸々雑用担当の鰓手 晴人(iz0177)はその日、機嫌が悪かった。
「まぁいつも機嫌と顔立ちは良く無いですが、一応理由を聞いておきますわ」
 雇い主の小柄な女性、保浦鈴音に問われて晴人はムっとした表情を更に深める。
「顔立ちは悪くないだろ!」
「その無精髭で言いますか」
「………」
「聞くだけなら、タダで聞きますよ」
 晴人は、店を見渡しながら言う。
「ったくよう……何で最近の客、こんなに女子が多いんだ!?」

「これこれ、この染め模様!」
「あの役者さんと同じ柄でしょ。私もずっと、きれいだと思っていたんだよね」
 きゃっきゃ、
「この団扇の絵、可愛い……」
「えーでもこっちの魚の絵の方が絶対良いよ」
 わいわい。
「私、今度の例祭をあいつと一緒に行く事になってさぁ…」
「本当に!? じゃあもうちょっと、可愛い浴衣選んじゃおうよ!」
 おお、似合っているじゃん!
 とりあえず、これが無難でしょ。
 めがねも、ちょっとお洒落にしたいなぁ。
「ったくおめーら、買うのか買わねーのかハッキリしろよ!」
 晴人の声に、店の女性客は冷ややかな目線を向ける。
「何あの店員さん……ちょっと目付き怖い」
「あー。気にしなくて良いよ、あの人いっつもあんな感じだから〜」
「そうそう、あの人。絶対彼女とか出来ないタイプだよね」
「言えてる!」
 言われ、ぐぐっと堪える晴人の表情は渋面そのもの。
 買うのか買わないのかハッキリせず店でお喋りを続ける女性客にはうんざりだ、と晴人はその心情を露にして憚らない。
「年頃の乙女の姦しさを許容するのも、殿方の心得と言うものですよ。晴人さん」
「なんだよそれ」
 晴人に対して諭すように、鈴音。
 しかし去年の秋頃を境に、何かこの保浦屋の小物に色恋沙汰の験担ぎをする女性客が増え出した。嘘か真か定かでないが何かのきっかけで、この店の品物に恋愛成就の御利益ありとの噂が出回ったのだ。
 そして、これからの夏……花火や各種行事、例祭などを控えている神社もある。この機を逃すまいと意気込む女子が増えるのも不思議ではなかった。
「ったく、買うのか買わねーのかハッキリしやがれってんだ――ん?」
 溜息をつく晴人の視界に、一人の少女が映った。
 地味……いや、物静かな印象と言うべきか。控え目な人となりらしく、他の娘達の様に何かおしゃべりに熱心な様子もない。いかにも大人しく、しおらしい町娘と言ったところか。
 ただ、見ている商品は革紐や輝石。それは、お守りや装飾品の『材料』となるものだった。
 鈴音は、彼女が選んでいる輝石の種類を見る。生命、武運、名誉……これは、彼女自身の為のものとは思えない。
(なるほど、意中の殿方は剣を手に取る方の様ですわね。その彼に、手作りのお守りを贈りたい訳で――)
「おい、お前」
 鈴音の思考を遮る、晴人の声。
「は、はいっ?」
 高く澄んだ女性の声色は、かったるそうな晴人の声と対照的だった。
「お守りだったら、材料買うなんて面倒臭ぇ事する必要ないだろ。確かこの辺の棚に、お守り関連の――ぅぐ!?」
 襟元を鈴音に引っ張られ、晴人の声はそこで止まる。
「ちーちゃん、そろそろ帰るよー?」
「あっ、うん……。すいません私もこの辺で……また、来ます」
 そして、女子ご一行が帰ると、急ぎ足でその少女も一緒に店を出て行ったのだった。


 日も沈み店が閉められた後、晴人は鈴音の前で正座させられていた。
「何で正座させられているか分かりますか?」
「すまん。マジでわからん」
「………」
 これは困ったと鈴音は呆れながら、ただ黙るしかなかった。
 男には、店の商品を色々と眺めながらお話する楽しみと言うのが分からないのか。
 加えて、あの少女……お守りの『材料』を物色していた。もしも、手作りのお守りを作りたいのだとしたら、その辺の手助けもしてあげたい。
「仕方がありません、晴人さんに乙女心を理解して頂くと言うのも、どだい無理なお話なのでしょう。近く、お手伝いに開拓者を呼びますわ」
「そうしてくれ。俺じゃあ女どもの心情慮る事なんてできねーぜ」
「たまには慮って下さいな」
「なんで?」
「それは男として……いえ店員として、当たり前の心得ですわっ」
「なんだよ、それ」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
渥美 アキヒロ(ib9454
19歳・男・ジ
ギイ・ジャンメール(ib9537
24歳・男・ジ


■リプレイ本文

「この総柄、どうかな?」
「そうですね。流行柄はそちらですけど……お客様の場合なら、こちらの飛び模様は如何でしょう?」
「うーん……地味、とか思われたりしないかな?」
「貴女自身、華やかな御方です。お召し物は引き立て役くらいが丁度良いと思いますよ」
「本当!?」
 喜色に満ちた娘の声が、保浦屋に響く。
「凄くお似合いですよ。これで貴方の想い人も振り向きます。ボクが保証しますよ」
 それに笑顔を返すのは渥美 アキヒロ(ib9454)。いかにも人の良さそうな顔をしている。
 彼が旅芸人として流浪の時を過ごした時に、芸能の技だけではなく、多文化を跨いだセンスや対人能力も自然と身につけていったのだろう。
「………」
 一方こっちは、への字で口元で固めている何とも愛想が無い男、鰓手 晴人(iz0177)。
「接客業って本当神経使う仕事だから……晴人さんは苦手そうだね、そういう事」
 柔らかな声で言うのは、ギイ・ジャンメール(ib9537)。晴人は彼に頷く。
「おう、分かってるじゃねーか。良いよなぁ、あーいう事が出来るっヤツてのは――ぃてて!」
「出来る出来ないじゃなくって、やるのよ。全く、子供じゃないんだから」
 不貞腐れる晴人の耳を引っ張る川那辺 由愛(ia0068)。
「ボク達お手伝いに来たは良いけど……晴人さんがこんな調子じゃ鈴音さんも大変そうなのだ」
 そして由愛の傍らに、野乃原・那美(ia5377)。彼女に言われると、鈴音はホロリ流れる涙を袖で拭って那美に寄り添う。
「そうなのです、晴人さんの接客の悪さで最近は客足も遠退いて行きまして」
 んな訳ねーだろ! との晴人の声は当然無視。
「うーん、そーなのかー。折角晴人さんの無精髭を綺麗にしてあげたのに……」
「鈴音も、苦労しているのね。これ、私から気持ちだけだけど」
 腕組しながら唸る那美と、金運の白蛇像を差し出す由愛。
「お二人とも、お気遣いありがとうございます。ですがまずはそのご厚意賜る前に、抜本的な解決が必要と、私は思う次第ですわ」
「そーなのだ、やっぱりここは晴人の調きょ――もとい、訓練が必要なのだ♪ 接客に客引き! 今まで疎かにしていた店員としての、基礎の基礎を叩き込むのだ♪」
「でも人間、やっぱり目標が無いといけないわ。……そうだ、何か問題を起こした際の罰則を今から考えておこうかしら。どの蟲で攻めるか、迷うわ〜」
 事態は確実にまずい方向に進んでいる、晴人は周囲に救いを求めた。
 まず近くにいたギイ……駄目だ! 那美、由愛、鈴音のペナルティ大会議の輪に混じって話をしている。
 しかしこのギイと言う男、微笑の裏に何匹分の猫を被っているか分からない。
 ならば次に救いを請うべく晴人は、鞍馬 雪斗(ia5470)とルンルン・パムポップン(ib0234)の方へ目をやる。
(晴人さん……こっ、怖い!)
 目が必死すぎて、ルンルンには何か勘違いされたようだ。
 そして雪斗は、現在接客中。黒のミニスカ巫女服が似合い過ぎて、女子達が警戒せずに話しかけてくる。
「あー、性分じゃねーけどやるしかねぇのか……」
(何だか、やる気出したみたいだ。ようし! 一緒にがんばろうっ晴人ちゃん!)
 晴人の様子を見ていたアキヒロは、自分も負けじとグっと拳を握る。晴人は、彼の爪の垢を煎じて飲むべきである。

(行ってしまった……少し、話したい事とかあったんだけどな)
 客引きの為に店に出て行く晴人の背中を見ながら、思う雪斗。
「雑用までして頂き、申し訳ありませんわ」
 棚出し等の作業は、鈴音に教わっている。
「これくらい、訳無いよ」
 雪斗がこうした雑用を受け持つのは、晴人の退路を絶つ意味合いもある。
「晴人さんと比べて器量良しで物覚えも良い。こんな御嬢さん、保浦屋に一人は欲しいですわ」
(御嬢……ではないんだけどね)
 鈴音の賛辞に複雑な表情の雪斗。しかし、服装が服装なので致し方なし。
「じゃあいっその事、交換してみるかい?」
「えっ?」
 雪斗に問われ、鈴音は素っ頓狂な声を出す。
「いや、女子のお客が多い限定された時期だけ女中さんを雇ったりとか。出稼ぎ‥‥じゃあないけどその間、晴人さんは別口で働くと言う感じで」
「あ、いえ……それは――」
「晴人さんも志体持ちなら、ギルドで依頼も受けられるだろうし」
「い、いえいえですが……」
 それほど親交に深くない雪斗にも分かる程、珍しく動揺した様子の鈴音。
「まぁ晴人さんも、根は悪い人みたいだし、その力を活か――」
「雪斗さん、雪斗さんっ」
 雪斗の肩を叩いたのは、ルンルンだった。何やら、思う所があるらしい。
「ああ、ルンルン。きみもお疲れ様。こっちが一通り片付いたから、すぐに接客に行くよ」
「そうじゃなくって!」
「そうじゃないのか」
「さっきの、鈴音さんとの会話!」
「ああ、そうだ訂正し忘れていた。僕はお嬢さんじゃないし、器量の良いお嬢さんって言うのはきみみたいな――」
「そっちじゃなくって!」
「……?」
「も〜雪斗さん、乙女心的に考えて、もっと別の事があるでしょ!?」
「………すまない、専門知識外なんだ」
 嫁が居たって……わからないことぐらい……ある……。
「ちょ、ちょっとルンルンさん雪斗さん。とんでもない考え違いをしていませんか?」
 駆け寄る鈴音に、ルンルンは、だいじょーぶ鈴音さん! 言わなくても分かっているから! と掌を翳す。
「私達、色々と頑張るから仕事の事は任せて! はい、それじゃー雪斗さん、こっちこっち!」
「何か失礼を及んでいたらすまない、鈴音さん」
 ルンルンに引っ張られていく雪斗を見ながら、鈴音は一人ごちる。
「本当に、そういうのじゃないのに……」
「本当に、そういうのじゃないの?」
 ぴくり、細い肩を揺らす。振り返った鈴音の瞳に映ったのはギイだった。
「別にそうでも、良いと思うんだけどね。俺は」
「ほ、本当にそういうのじゃありませんの! ただ……」
「ただ?」
 ギイの微笑と青の眼が不思議な位に妖しい。
 だか、そのゆったりとした口回しがやけに心地よく聞こえるのは……ギイの眼が、表情が、『言いたい事を言っていいよ』と鈴音に語りかけている様に、感じられたから。
「晴人さんみたいな兄君がもし私にいれば、色々と、楽しいんじゃないかなって……時々そう言う事を思ったりしてしまうのです」
 恋愛感情では無い、が説明しがたい感情……。
 思慕、と言うものか。
「ああ言うお兄さんがいたら、妹さんは苦労しそうだね。しっかりしなきゃいけないから」
「大丈夫です、私はしっかりしていますわ」
「自分で言っちゃうんだ、それ」
 はい、と胸を張る鈴音がどこかおかしくてギイは笑みを溢す。
「でも妹さんの苦労ばかり増すのも忍びないから……晴人お兄さんにも今日は勉強して頂こう。言い方とか表現の仕方が重要って事が分かって貰えたらいいかな」
「ええ、それはそれでビシバシお願いします」
「でも正直、姦しい相手にイラっとしちゃう晴人さんの気持ちはすごく分かるんだよなぁ」
「ギイさん、お猫の面が取れかかっていますよ?」
「おっと、流石のしっかり屋さんだ。これは迂闊な事が言えないな」
 とその時、ギイと一人の娘の視線が合った。
 小柄で、清楚……地味とも感じ取れる印象の女子。
 ギイは何を思うでもなく反射的に笑み返すが、娘の方は目線を外して何かもじもじしている。
「どうやら姦しくないご婦人もいらっしゃるらしい」
「そう言えばあの方……」
「覚えがある?」
「ええ。以前からお店にいらっしゃっていて、装飾品の材料を見ていた方ですわ」


「いらっしゃいませ〜♪」
 無邪気な笑顔を振り撒き、通る人々に声を掛けているのは那美。
 こちらは店の外、那美、由愛、晴人。店の前で客引きをしている。
「さ〜ぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃいなのだ〜。着物に飾り物、生活雑貨と一通り揃っていて大安売りだよ、見なきゃ損々〜♪」
 今はまず、那美がお手本を見せている所。後ろで晴人がその姿を眺め、呟く。
「何て言うか」
「何?」
「那美って普通にしていれば、普通に可愛く見えるな」
「ちょ、ちょっと晴人あんた!?」
「い、いやそういうのじゃなくってだな!!」
 組みかかりそうな勢いの由愛を静めるべく、晴人は言葉を足す。
「いや、異国服も似合っているし、こう見ているとなんか……とても普段、忍刀を振って返り血を浴びてる人間には見えないよなって、那美も普通に見れば普通の娘なんだなぁって……俺が言わんとしているのは、そういう事だから!」
「当たり前でしょう。そんな事」
 ハァ、と溜息を付きながら、由愛。しかし全く、言葉の端々にデリカシーの欠片も無い。今日もこれから、何度も世話焼く事になりそう。
(……だから気になるのよ、全く)
 由愛は胸中呟き続ける。
(ホント此の禄で無しは。女心がぜーんぜん解って――)
 くんくん
(……?)
 くんくんくん
「……ぅわぁぁぁあ!?」
 近くに、くんくん鼻を鳴らす晴人の顔があったのだから、由愛が声を上げるのも無理は無い。
「な、何あんた――」
「いや、嗅ぎ慣れない白粉の香り……何かと思ったら由愛、お前だったか」
 由愛も接客用の身なりをしている訳だ。
「こ、此れ位は当然よ、とーぜん!」
「その方が良いな」
「え」
「その方が良い。髪も、肌も」
 客商売をするんだ、問答無用で人様の髭を剃った手前、お前も刺青を隠す為に化粧をしたり、目の見えるように髪を結い直すくらいはしなきゃな!
 と言う所な訳だがこの鰓手晴人と言う男、何分言葉が足りない。
「………」
「おーい、髭の兄ちゃんが髭を剃られているぞー!」
 子供だ、男児の声。
「誰?」
「所謂悪ガキ共ってヤツだ、近所のな」
「となりのお姉ちゃんと同じ前かけしてらぁー!」
「おそろいを付けてらぁ! けっこんでもしたのかよー!?」
「な、何ぃ!?」
「やーい、二人ともけっこんしてらぁー!」
 多分、この子供達は結婚と言う言葉の意味を良く分かってはいないだろう。が、大人気ない晴人は言い返してやらないと気がすまない。
「悪ガキ共がー!」
「わーい帰って先生に言いつけるぞー!」
「俺は父ちゃんにだ、保浦屋の兄ちゃんにどやされたんだー!」
「ガキが言う事じゃないんだよ! おい由愛! お前だって言われっぱなしで許せる心境じゃないだろ、言い返してやれ!」
「う……うん」
「え!?」
 あれ、由愛……由愛さん? 何時もみたいに言い返さないので?
 なんで俯いたままで、そんな……それにあれ?
 由愛……白粉は頬にも塗っていた筈だよな、確か。
「お客さんにあの態度は、ペナルティなのだ〜」
 二人の間に、にょきりと顔を出して那美は言う。
「ちょ、あいつら絶対に客にならんだろ!!」
「子供から親や近所に評判が広まるかもしれないのだ。男子三人居たから減点3、まずは奢り一杯頂くのだ〜♪」
 晴人の訴えを笑顔でスルーしながら、那美は横目に由愛を見ながら思う。
(晴人さんも由愛さんもまだまだ苦労しそうなのだ、ね?)


「それなら、この柄の小物とかピッタリじゃないかな? 花言葉も、素敵な出会いなんだからっ…ああ、そういう時は、この香水で素敵な恋のお呪い(?)を……」
 同じ女子であり、年齢も近く、しかも夢見る乙女のルンルンは、訪れる女性客と嗜好がかなりマッチしている。自然と、彼女の周囲には女性客が多く集まってきていた。
「間違いなく、ルンルンちゃんが今日一番の働き手だね」
 アキヒロと雪斗は、手を休めずに話す。
「それは自分も同意だな。性格の適正も勿論あるが……年頃の乙女を一番分かっているのは、年頃の乙女に他ならないだろう」
「それだったら雪斗ちゃんも、じゃない?」
「………」
「どうかした?」
「いや……」
 自分は乙女じゃない……と言おうとしたが、最早今更。敢えて言うまいと雪斗は口を閉じた。
「その乙女達の力を貸して欲しいんだけど、今、大丈夫かな? ルンルンさん、雪斗さん」
 ギイの声だ。やっぱり言った方がいいか。雪斗はその声に振り向きながら。
「自分は乙女じゃな――ん? その女の子は?」
 ギイの隣に、一人女子が居た。いかにも落ち着いていて、少し消極的な印象を覚える。
「あ! あの私は……ぇっと、その」
「千歳さん、って言う名前らしい。何かお困りのご様子だったので連れてきたんだけど――」
「え、何か困っている事があるの?」
 ギイの声を聞いたルンルンは、いつの間にかそこに居た。
「何々? 良かったらお話、聞かせてくれないかな? オススメ商品から恋話まで、何でも相談に乗っちゃうんだから!」
「あ、はい。そのちょっと……想っている人がいまして……」
「うんうん」
「その、今度の花火祭、彼と一緒に行く事になったんです」
「うんうん!」
 まるで自分の事の様に喜色を浮かべるルンルン。千歳、と言う名の少女は話を続ける。
「その時に、貴石造りのお守りを渡したいと思っているのですが……私、石が持つ意味とかが分からなくて――」
「ええっと、ターコイズとか……あったかな」
「えっ」
 雪斗は、引き出しを引きながら、石の在庫を確認する。大体、何処の棚に何が入っているかは覚えていた。
「瑠璃の色も涼しげで良いけど、決断力や積極性って言う観点から、虎目石って言う選択肢も無くは無い、かな」
 石は様々な色と模様、そしてそれぞれに意味がある。サイズやそれらの組み合わせ等を……全くの無知のまま取り掛かるとあっと言う間に半日程は過ぎてしまいそうだ。
「専門知識外だが、力になるよ。何かタロット占いの知識を応用できるかもしれないし」
「あ、ありがとうございますっ」
「沢山の色があるから、これなら七つ花のお守りが出来そう!」
 雪斗、千歳、ルンルンは、鈴音に案内されて作業場へ行く。
「あ、でも私、こういうの結構悩んじゃうから、それでも相当時間掛かっちゃうかも……」
「時間、掛かっても大丈夫だよ」
 不安げな面持ちの千歳に、アキヒロは話す、
「気持ちを込めて作る物なら、その悩みも含めてキミの気持ちだろうから……だから、中途半端に近道しちゃ駄目だよ」
 ウインクを交えながら。
「どんなに時間を掛けても、ボク達は待っているからさ」
 アキヒロに、千歳は力強く頷きそして作業場へ入って言った。
「それにしても、小物一つで恋愛成就するんだったら誰も苦労しないよな……女の子って不思議だ」
 千歳の背中を見送りながら言うギイに、アキヒロは微笑を向ける。
「不思議なものにこそ、惹かれたりしない?」
「……フフ、どうかな」
 ギイは少しだけ頬を緩めて言うと、仕事に戻る。そういえば客入りが、多くなった気がする。店先の客引きに効果が出ているのだろうか。
「よ〜〜っし」
 一度、アキヒロは大きく背伸びをして見せて、そして接客に戻っていった。

「ボクもまだまだ、頑張っていくよ〜〜!」


 そこは保浦屋と言う、何て事の無い商店。
 何て事の無い商店の筈なのに、何とも不思議な事ばかり。

 不思議な一日は、まだ始まったばかりだ。