悪鬼の眼
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/08 22:12



■オープニング本文

●背景
 深く溜息をついた数名の開拓者、そこはとある集落の中央部でった。
 集落は、大きな河を中心にして二東西に分されていた。結ぶ橋は、一つしかない。しっかりとした作りで、大人2、3人は通れる横幅を持つ、全長10m程……なるほど立派な造りではあろうが何故に掛けられた橋は一本だけなのか。
 橋の見張りとしての依頼を受けた開拓者達は、現地に着くやその理由を知る事が出来た。
 両集落の仲が、悪い。兎に角、険悪なのだ。
 西は背に山を置き住んでいるのは凡そ30人。大きな穀倉庫等がある。
 東には40人前後。他の人里との交易路は東側から繋がっている。

 聞く話によれば、仲違いの理由は、集落の工芸品に纏わる利権問題らしい。
 東の地域には腕のいい職人が居る。西の地域では加工に適した木材が採れる。元は、農作物が採れない冬に生計を補助する形で始まった木工製作。利益は西側、東側で折半していたのだが、ある年、遊山に訪れた諸侯がこれをいたく気に入った。凡そ農作物の収入額に匹敵する程の額で売れた。ここまでは良い。
 だが問題は、その時に東側が、利益は半々ではなく多くの職人を抱える東側が多く受け取って然るべきとの主張をした事に始まる。
 言われれば西側も、その職人が働けるのも此方の木材があってこそと反論して譲らない。
 大橋以外の橋が取り壊されるのにも時間は然程も掛からなかったし、事実と流布が合わさっては互いを鬼畜のように思い合うようになるまで、そうは時間が掛からなかった。

 そんな村に開拓者がいるのは、橋の見張りを依頼されたからであった。
 普段は互いの地域の人間が端の両端につき見張りをしているわけがだ、年初めから暫くはどこも忙しい。そこで両地域の長がギルドに赴き橋守りを募集したのだった。
 開拓者は夜空を見る。山の間から陽光が伸び始め、朝の始まりを告げていた。あと一日で、この依頼も終わり。
 出来れば見張りなどではなく、東西の和解の依頼が張り出されてほしかった……そんな事を思う開拓者も居た。
 こんな不和が広がる村だ、もしアヤカシの攻勢に晒されたら終わりだろう、そんな事を思う開拓者も居た。


●譲り合い、助け合い
「……そういった経緯があって、この東西には不和がある。同じ人間だと言うのにな、しかし我々には都合がいい」
 村の過去を語るその声は、人間のものではなかった。
「じゃあ仲直りさせに行こう」
 返す言葉も。
「仲直り、だと?」
 二者、その存在をアヤカシと言われる者達であった。山伏衣装に背の黒大羽根、顔に黒嘴を付けた鴉天狗がその声を問う。
「みんな俺の腹の中に仲良く入っちまえば不和は解決だ」
 ばん、と己が腹を叩いてみせるその者は、大柄にして不遜、炎の様な赤色の眼を持つ、鬼。口の端を吊り上げては、その牙を見せる。
「お前はそういう都合の言い食料場を見つけた。だがそう言った面倒場な場所には往々にして開拓者が居る。頭のイイ烏天狗は苦労がしたくないから、鬼の一団に声をかけ、面倒事の始末をさせる……そんなつもりだろうが俺達だって腹は減るんだタダ働きはしねぇ。確りと食うもんは食わせて貰うぜ?」
「成程、てっきり只の戦闘狂の集団だと思っていて失礼した」
「そりゃあ俺だって、折角手に入れた得物を振り回してみたいとは思うけどよ……」
 鬼は、片手に担ぐ大太刀を見る。聞く話によると、主君の無念を呪いながら死んだ罪人が持っていた物らしく、罪人が首括りに処された際に処分されそうになった所、その鬼がたまたま襲撃したついで、掻っ攫った物らしい。持ち主の怨念かそれとも鬼の瘴気か、刀身には暗い影が虚ろに揺らいでいる。
「だが、減るものは減るんだ」
「わかった。食料は分けよう。我々の団は血肉よりも寧ろ、人間達の恐慌や不安と言ったものを味わう事を旨にするものも多い。肉は確りと半々に分ける。何なら働き歩合によっては、六割、いや七割の肉をそちらが持っていっても良い」
「乗ったぜ!」
 鴉天狗のそれに、鬼は快諾する。
「新米開拓者には負けないものの……凄腕のそれとなれば私達でも苦労するものでね。協力感謝するよ」
「膳は急げって言う人間の言葉がある。早速行こうぜ!」
「『善』など気にするな。では、鬼の一団、鴉天狗の一団、これらで東西両方から挟み撃つ形を成そう。ただ、我々鴉天狗は直接戦闘よりも支援や食料の確保に注力する。あとは近くの魔の森から呼びつけた亡霊達を戦力に宛がう。君達鬼の一団は障害の排除を念頭に置いてくれ」
「分かった。せいぜい働かせて貰うぜ」
 鬼の一団、その首領格は炎のような赤い眼をしていた。


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
コニー・ブルクミュラー(ib6030
19歳・男・魔
御凪 縁(ib7863
27歳・男・巫


■リプレイ本文

 開拓者達は、橋は守る事が出来た。


 周囲は冬の寒さに包まれていたが、コニー・ブルクミュラー(ib6030)は額を濡らす汗を止める事が出来なかった。
 西の山からは奇襲してきた鴉天狗、東からは鬼……要領良く包囲の陣を成す。アヤカシ達は空腹……ただ命を奪われるだけでは済まない。
 悲鳴が悲鳴を呼ぶ。
 頭が痛い。眩暈がしそうだ。こめかみの辺りを鈍く締められる様な嫌らしい痛みを感じる。
 開拓者達の動きが悪い訳ではない。只、敵の多勢に加え、村人達の軋轢が状況を悪くしている。
「……!! 切り裂け、疾風の刃!」
 村人を攫わんとする鴉天狗が見えた時、コニーは感謝的にその魔法を放っていた。
「橋の方へ逃げてください!!」
 コニーは東西を繋ぐその場所への避難を促す。
「あんたは!?」
「僕たちはここをおさ、押さえますっ!!」
 声を震わせながらも、彼は決意する。この頭痛を治す方法は、一つしかないから。

「畜生……っ!」
 御凪 縁(ib7863)が悪態づくのも無理は無い。彼は敵襲を第一に発見しては呼子笛を吹き、そして今は村人を救う為に動いている。
 だが、彼の働きに応えてくれる程、村人は賢く無かった。
 穀倉庫に数十人で籠って、事もあろうに開拓者に文句を言う始末だ。
「てめぇら、いい加減にしねーと殴るぞ!」
 銀雨(ia2691)は、今にも殴り込みにいっても不思議ではない。
「橋の方に行って何になるんだよ!」
 外は寒い、冷えてきた所だからそろそろ身体を動かしたい。そろそろホントにこいつ等ぶん殴っても良いんじゃないか、銀雨はそんな事を考えていた。
「橋の周辺には、どうせ東の――」
 文句が、悲鳴に替わる。飛んできた鴉天狗が穀倉庫の屋根を叩き壊そうとしているのだ。
 次の瞬間、銀雨は閂ごと倉庫の門を蹴破った。

 黒影走り、銀閃奔る。
 その鬼を斬れば流血にも似た瘴気の噴出。血の匂いにさえ錯覚する。
 走りながら避けながら斬りながら、野乃原・那美(ia5377)は安心していた。斬撃時のこの肉感、まるで人を斬っている様だ、これならきっと今までの鬱憤も晴らせる。
 あとはこの絶望的な状況を切り抜けるだけだ。
 己の倍以上の巨躯、自分達の倍以上の数。この、絶望的な状況を――
「――斬り抜けるのだ!♪」
 笑みさえ浮かぶ。
 一閃、二閃、切り裂かれ膝を付く鬼を、
「怨念よ。我が意を受けて化生せよ――吠えなさい!」
 苛むのは、髑髏の霊が吐く呪詛の響き。
 しかしこれで、川那辺 由愛(ia0068)は油断しない。四方から、己に近付く影が見えていたからだ。
「那美!」
 由愛が叫んだ時、既に那美は彼女との距離を取っていた。付き合いの長い二人だ、流石に意図を汲んでいる。
「来なさい、悲しき怨み姫」
 そして周囲を響かせる悲恋姫の悲鳴それ受けても……怯まない鬼がいた!
 鬼は、大柄に似合わぬ瞬発力で両者間の間合いを消す。由愛は咄嗟に身を翻すも、避けきれず浅からぬ傷を負う。
 その鬼が持つ大太刀は、刀身が錆びて使い物になら無そうな見た目に反し、身を抉る威力がある。
 刀身に浮かぶ影が揺らぐ。まるで由愛の血を浴びて歓喜している様だ。
「喜べよ」
 大鬼が、嗤う。
「人間達は、不安と恐怖に支配されているこんな状態でも、まだ確執を漂わせてやがる。良い空気だ。お前みたいな瘴気を統べて戦う者にとっても、最高の状況だろ?」
 雪切・透夜(ib0135)の声が聞こえた。村人達を諌めようとする彼の声、しかし、人々は……。
「全然楽しめないわ、こんなくっだらない状況。私はワザワザ人の不幸を喜びもしないし、戦闘狂でもないわ」
 聞くと、大鬼は眉を寄せて首を傾げる。
「そうなのか?」
「あんたと一緒にしないで頂戴」
「そうか」
 唐突に、大鬼は太刀を振り下ろす。
「残念だ」
 速度、威力、気迫。
 大鬼の剣撃には三拍子揃っている。とても、避けれる代物ではない。
「させません!」
 ならば受け止めるまで。と言わんばかりに、割って入って来た透夜は鉤薙斧をかざしてそれを防ぐ。
「変わった武器を御持ちの様だ。頂くには丁度いいか」
 鉤薙斧が、冷えた空気を貫きながら突き出される。穂先は大鬼に掠りもしない。しかし得物を即座に引き、鉤部を大鬼の鎧に引っかける。『こっち』が狙いだ。透夜は柄を握る掌に全力を込め、一気に腕を引く――が、相手もふんばり耐える。純粋な力比べは相手の領分らしい。
「しかし面白い事をする! そうだ、技を冴えさえ力を込めろ。互いが互いを葬る為だけの存在になれば良い!」
 斬り結び、大鬼は歓喜しながら叫ぶ。
「それでは只の化物だよ。僕は人間だ、化物じゃない」
「お前も充分に化物だよ。だが、お前達を殺しきれるやっと武器を手に入れたんだ。だからこいつは、渡せない」
「……何?」
 その声に構わず、大鬼は戦闘を続ける。
「くらいなァ!」
 集中力は相手に向けたまま、透夜。黒の双眸にその剣筋を見る。大振りな見た目に反して驚くほど早く正確に、刃の軌道は自分の胴に向かっている。透夜の両手は、既に鉤薙斧を引き戻す為に動いていた。が、間に合うのか? 迫る刃、受け防御、永劫にも感じられる刹那。
「っく!」
 衝撃を完全に殺しきれた訳ではない、無傷で済んだ訳でもない。が、防御姿勢は間に合っている、大太刀は確かに透夜に止められている。
 透夜は即座に踏み込み、攻め込む。
 聖堂騎士剣、得物に精霊力を乗せて放つ上級騎士の剣技。大鬼も大太刀でそれを受け止めようと――
「――!!」
 どういう訳か、大鬼の動きが一瞬止まる。理由は? 後回しで良い、この好機は逃さない。
 煌が一閃、大鬼を切り裂く。寒風に吹かれ、輝きながら白塩が流れた。
 と、突如大鬼は己の背後に向けて横薙に大太刀を振う。掠りながらもなんとかそれを避けた人影……那美。そうか、彼女の背後からの攻撃で、一瞬動きを止めたか。
「あはは、鬼さんこちら♪ そんな大ぶり当たらないのだ♪」
「こういう時は、手を鳴らすってのが礼儀だって聞いた事があるんだがなぁ」
 透夜の聖堂騎士剣は確かに直撃した、背後からも斬った……だが、この大鬼は倒れない。そしてあの太刀、次も必ず避けられるとも言い切れない。
「さあ、もっとあなたの斬り心地を教えてもらうよ♪」
 だが、那美は笑顔を崩さずにそう言放つのだった。

 鴉天狗の首領格……錫杖に似た得物を振って放たれたのは、瘴気で出来た刃。
 軋む四肢を無理やり動かすも、完全には避けきれない。天河 ふしぎ(ia1037)は、五体に走る痛みに歯を食いしばる。
 いや、感じたのは五体の痛みだけではない。
 逃げ惑い、いがみ合い、呻きと悲鳴が合わさった村人達の、声、声、声……
「どうした、貴様はもっと手練れに見えるが?」
 ふしぎが怪我をしている様子と知りながらトドメを刺そうともせずに、大鴉天狗は言葉を投げる。言葉も戦闘も、まるでいたぶっていた。
「く、……皆、せめてこんな時だけでも、助けあうんだぞっ!」
 不和の方が、自身の傷よりも痛い――ふしぎは声をあげて村人達へ協力を説く。
「ハハハハハ!」
 そこに、笑い声。
 誰だ?
 場違いなそれに一瞬ふしぎは誰の笑い声だか分からなかった。
 大鴉天狗。鴉天狗の首領格は大きく黒い羽根を、目一杯に広げて笑っている。
「こんな時くらい、遠慮はせずとも構わないんだろうさ。正直になるといい」
 何を言っているんだ?
「別に村人達の命など、どうでもいいのだろう?」
「何を言っているんだ! 僕は――」
「ならば何故、我々が現れるまでの間に何もしなかった?」
 大鴉天狗は強引に言葉を遮る。
「お前だけじゃない。此処に居る開拓者全てだ。不和と言う状況が芳しく無いのであれば何故、状況そのものをどうにかする為に何かをしようとしなかった? 少なくとも最後の一日は有る程度の自由が利いただろうに」
「……何が、言いたい!?」
「別に他人の命の事なんて、そこまで真面目に考えていないんだろう? お前達が救いたかったのは、他人の命ではなく『キレイな自分』だった、という――」
「ふしぎさん!」
 言葉の最中、コニーのホーリーアローが邪悪な存在を貫く。
「ぼ、僕達は、人間は……絶対お前の言う様な存在じゃない」
「上っ面に正義感を装うのは疲れるだろう。今、楽にしてやる。その後に村人は全員食い殺すが、きっと此処の愚物共は地獄に落ちる。心の御綺麗なお前達は天国にいけるだろうから、顔を合わせる心配も無いからその辺は安心すると良い。こんな連中、守るに値しないから」
「これ以上……喋るんじゃない!」
 普段の彼があげる事もなかろう怒声、その聲を聞き大鴉天狗は愉快そうにする。
「迷え、怒れ! 其の分こちらは心地が良い! 何なら目の前でもう一人二人食ってみせればもっと悲劇を気取れるか――」
 突然の炸裂音。
 大鴉天狗の語尾は、かき消された。
「こんなクソッタレな状況作り出している、てめェが言えた事じゃねェんだよ!」
「貴様は……」
 鷲尾天斗(ia0371)。撃ち放った魔槍砲を構え流血夥しいその姿のまま、咆える。
「コニィー、ふしぎィ! 俺達は絶対にあんなクソ野朗に諭される様な安い人生は歩んできていねェ!」
 その時、橋へ近付いてくる複数の声が聞こえた。
 村人達……だが、様子が少し違う。
 迫る鴉天狗に、少女が近くにいた男の足にしがみつく。その男、縁が力の歪みで隙を作ると、呼応して銀雨が踏み込む。敵の攻撃に掠りながらも一気に間合いを詰めて、鴉天狗の顔面にまず肘を一発、更に半歩踏み込んで裏拳。相手が後方へ下がろうとする所で、追い討ちの紅砲をぶち当てる。
 縁は少女の頭にポンと掌を置く。
「よく泣かなかったな。おい、お前達もこの子を見習っていい子にするんだな。さもねぇとアヤカシの餌に投げちまうぞ」
「縁さんの前に、まず俺がぶん殴ってやる。殴る口実は多いに越した事は無いからな」
 縁と銀雨が、西の穀倉庫に篭っていた村人達を連れていたのだ。
「で、これからどうするんだ縁さん」
「村人達の速度に合わせて橋の方向へ。纏まった方が、今よりもずっと守り易い」
「あの悪口天狗はどーする?」
「言わせとけ。俺達は村人達を守ると決めたから、守る。そうして俺達が連中が和解する切欠を作れれば良い」
 そうだろ?
 縁の声が聞こえた訳ではない……が、その揺らがぬ金の双眸を向けられたコニーとふしぎは、再び目に力が戻る。
「不和も恐怖も……悪い感情は僕が吹き飛ばしてやる、僕の風で!」
 負い身の体から練力を絞り出し、ふしぎは風神を放つ。致命の傷を受けた訳でもないのに、大鴉天狗はその顔を歪めた。
「村人の中に確り女子もいるんじゃねーか。こりゃあ、ちぃーっとマジで戦う理由が出来ちまったぜェ」
「傷を更に深めても、その口を開けたままでいられるか……試してやる」
 大鴉天狗が放つ瘴気の刃、天斗は舌打ちして歯を食いしばる。手負いの彼は、言動程の余裕が無い事のは、自分自身が一番分っている。
 が、退ける戦いでは無い事も解っている
「どちらかがぶっ壊れるまで踊り続けようってかァ!」
 歯を食いしばった面を凶笑……否、狂笑に変えて砲撃を繰り返す。
 そう、退けない。
 ここまで人間を、開拓者を――
「――コケにされたまま、退けるかってんだよォ!!」
「おーい、退こうぜ〜」
 まるで間が抜けそうなタイミングの、声。天斗から見て橋の向かい……大鬼の声だった。
「負の感情は充分味わえただろ? あとぁ食料が採って帰れれば大成功、って言うのがこっちのハラだろーう?」
 大鴉天狗は、天斗を視線から外さぬまま。
「ここで一人、弱った開拓者を屈服させてもう一人分、不安と恐怖を吸ってから帰る……と言う考え方もある」
 大鬼は、全力も以って透夜と那美を相手にしたまま。
「止めとけ、そいつはそんなタマじゃねぇ。きっと生首になっても嗤ったままでいるだろうぜ。それに真に屈服させるんだったら、そいつの体調が万全の時、打ち負かした方が良いんじゃねえの?」
「………」
 暫く押し黙った後、大鴉天狗は翼を広げ、上空へと飛ぶ。そして懐から出した小さな笛を吹くと、他の鴉天狗も一斉に翼を広げて飛び、撤退していく。
「よし、俺達も逃げるぜぇぇ、ちっくしょおお空飛べるって良いなぁぁ!!」
 鬼達は鴉天狗達よりも必死だ。何しろ頼れるのは自分の足だけだ。後ろからは由愛の呪声が飛んできて、那美が猛追してくるため大鬼はしんがりもしなくてはいけない。かたまっている所には透夜が斬り込んでハーフムーンスマッシュを放てば、鬼数体がなぎ倒されていく。
 が、追撃も深追いは出来ない。周辺には亡霊アヤカシが残されていた。取るに足らない下級アヤカシだが、これを始末しないと、村人達に危険が及ぶ。
 そうして後始末を済ませ、村を襲った悪夢に幕が引かれた。


 その場で被害に遭った者や、そのまま攫われた者……村の被害はやはり、少なくなかった。アヤカシ達は、食料と言う観点から大人を優先して狙っていた様だ……ふしぎは、改めて自戒する。
 しかし、不和が状況を悪化させたのは明白だった。流石に村人当人達もこの現状に気を沈めている。
 だが、
「こんな事になったのは……多分に向こうの地域に責任があるだろ」
 誰かが吐いた、戯言。本当に、只の戯言の筈……なのに、何故それが波紋を広げるのか。
(聞きたくない、聞きたくないよ、そんな言葉……)
 コニーは耳を塞ぎたくなった。そして俯くと、脳裏には大鴉天狗の声が響く。
『こんな連中、守るに――』
「次、襲われたら確実に此処は死に絶えるわね」
 突拍子も無く放たれた由愛の声は、刃の様な鋭さを以ってその回想を切り落とす。声色は冷気を帯びてさえいるのに、紅の眼は業火の滾りさえ漂わせていた。
「滅びたいなら一生啀み合ってなさい。貴方達の怨みは、あたしでも願い下げだわ……行くわよ、那美」
 那美は一回ちらっとだけ村人を見て、小走りに由愛の方へ行くともう振り返る事もなかった。彼女は、完全に興味を失ったのだ。
「この先、同じ様な事がないと否定できません。一時の大金よりも、世の中、助け合いですよ」
 透夜が、柔らかい言葉でフォローする。
「なるほどなぁ。アヤカシだって、利害が合致すれば協力したりする訳だ。で、この村の真の利害って何だ?」
「もうこんな事は御免だろ? いい加減噂話の尾鰭も取れたろ? 切欠も出来た。後は、お前達次第だ」
 銀雨が真を突き、縁が芯を説く。
 天斗はと言えば、助けた幼女を肩車していた。趣味というだけではない、片親を失った子供を純粋にあやせるのは、彼の様な人間だけだ。
 この子供達は今宵、何を見たのか。惨劇? それだけではない。もっと、多くの……多くのものを感じて、得た筈だ。
 変われない、古き人間がいようともこの仔達から変わる筈だ。そうすれば、東西の軋轢もいずれ解消する。そうして、絆を繋ぐ事ができれば……。



 開拓者達は、橋を守る事が出来た。