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■オープニング本文 ●登場人物の背景に関係するお話(読まなくても問題の無い部分) 都内某所、雑貨店・保浦屋にて今日もダラダラと働いている男と、その具合を見るたびに埃たたきで頭をポンポンするのは、幼い容姿に見える女子‥‥十以上も齢離れた二人に見えるも、これが丁稚と店主の関係と言うのだから、世の中分からないものである。 「そう言えば、そろそろこの都回りの山も紅葉の季節ですわね」 その少女店主――姓と名を、保浦鈴音と言う――の声は唐突だった。 「陳列は、ここでいいか? 適当に並べとくぞ」 その丁稚野郎――鰓手晴人と名乗る男――は、何となく振られた話に触れないでおいた。嫌な予感‥‥直感的なそれが働いたのだろう。 「紅葉に行きたいのですよね。はい、分かりましたわ。そんな晴人さんに都合の良いお仕事を、実は考えていたところなのです」 銀の髪を揺らし、喜々とした面で鈴音は言う。何と言う悪気も屈託も無い笑顔だろう、言っている事は強引な仕事の押しつけでしかないのに。 「‥‥何だ、その仕事っていうのは」 無視を続けても何かと不利になるだけだろうと、晴人は鈴音にそれを問う。 「面倒事は勘弁だぞ」 「いえいえ面倒な事なんて‥‥只、ここから近くの山へ行って紅葉を見て来て頂き、ちゃんと帰ってくれば良いだけの話です」 言いながら、鈴音は地図を出して指差す。 「おいおい‥‥ここの辺りは、確かまだ染まり出しだ。絶好の紅葉時季って訳でもないぞ」 寒冷の地帯では既に落葉、比較的北方の地域では紅葉時季も折り返しに入った所だろうが、都周りの山ではまだ紅くなりきっていない場所もある。まさしく只今、鈴音に指差されている地図の山がそうであり、晴人は不満を言い出す。 「それはそうです。染まり出す前に行ってもらわなくては仕事になりませんもの」 「あ‥‥?」 「先述の通り、これは仕事なんですから」 鈴音は、次のように語る。 保浦屋は近く、都付近の山を舞台にした紅葉巡覧を計画しているのだと言う。 「観光案内なんかで金がとれるものか」 「いえいえ、そこで儲けをとろうなどとは考えていません。案内は無料で行う予定ですわ。只、紅葉とは冷え頃に成るもの。つまり寒さ見越して小粋な外套を紹介したり‥‥また、山歩きもすれば小腹も空きましょう、と甘味を勧めたり‥‥風流を肴にするのが真の伊達男の趣向です、とお酒を薦めたり‥‥赤々とした紅葉の元で恋人同士、二人の燃えるような二人の愛を語らってみては! とか‥‥」 おーい戻ってこい、との晴人の声を聞き、一つ咳払いしたの後に鈴音は言葉を続けた。 「そう言った形で皆さんに紅葉を楽しんで頂きながらも、我が保浦屋としても色々な物を売り込もうと言うお話なのです」 「興行に託けて、商売する訳だ」 「私は、皆様に秋の紅葉を楽しんで頂きたく思っているだけですわ」 何と白々しい。が、ここでツッコミを入れても話は進まないので晴人はその辺には触れないでおいた。 「で、その山道案内の為、山師か誰かは雇ったのか?」 「生憎山師の方々は、季節の変わり目で体調を崩されまして‥‥ですのでそこで晴人さんの出番と言う訳です。山を歩いてきて、道順や景色の良い地点などを記録してきて下さい」 サっと筆記用具も取り出し、鈴音は溜息を付く晴人にそれを渡した。 「はぁ、やっぱりそうなるのか」 「もしかしたら、山の一部では既に葉を染めている所もあるかもしれませんわ。そういうのを探すのも、楽しいかも知れませんよ?」 「まぁせいぜい、頑張ってくる」 「あと、最近目撃情報は無いですが‥‥冬眠前の熊などが山にいるという可能性も無い訳では無いです。晴人さんなら大丈夫だと思いますが、注意だけは、しておいて下さいね」 「そうだな、山も広いし‥‥一応、ギルドで人を集めておくか」 郊外某所、とあるシノビの隠密拠点。あまり隠密していない風なシノビ達と、それらからの話を聞き流す、上忍風の男がそこにはいた。 「上忍殿、上忍殿!」 「例の極悪非道の無精髭面、我ら部隊が追跡している鰓手晴人の最新情報が入りましたであります!」 「で、あります!」 「あ、そう。それは凄い」 絶対に凄いとは思っていない、この人。 「光栄であります!」 「ですのでつきましては奴を討つべく、自分たち出動の許可を頂きたく思う所存であります!」 「お願いします」 やけにピンとした姿勢の三人。正直忍んでいない口上であるが、上忍の男もその辺ツッコミはいれないでいた。今更なのだろう。 「ところで君達、その晴人って奴がどういう理由で追われているのか、知っている?」 「自分は、理由は良く分かっていません! 只、命令は絶対であります!」 「それに、こんな無精髭面の野朗です。きっと悪い奴に違いないのであります!」 「そうであります!」 「そうか。じゃあそんな君達になら、安心してこの任務を任せられるな」 「「「光栄であります!」」」 上忍は、別の意味で安心していた。 「では早速――」 「あ、待った。折角だから、こう‥‥変装とかした方がより見つかりにくく出来るんじゃないかな? ホラ、野生動物とかのフリをしたりしてさ」 どこから持ってきたのか、上忍の男は熊の着ぐるみを取り出した。 「こ、これは!!」 何と言うか‥‥チープな作りのクマの着ぐるみである。色味などは熊の毛そっくりだが、目は大きく黒丸で書かれ、口がダラリと開いて(多分ここから顔を出すのだろう)いる。中には、何故か頭に細い角らしき物が生えているものもある。 「これは――」 (さすがに、やり過ぎか。幾ら彼らでも、そこまで馬鹿じゃないか?) 「――素晴らしい! 偽装は潜入作戦の基本! 流石、上忍殿であります!」 「‥‥はい、じゃー頑張ってきてね」 ●依頼内容はここから ギルドに今、張り出された依頼。それは秋の山を散策に行こうという、比較的気楽な依頼であった。 「なるほど、道順の整理や見所を探してくるって訳か」 雑貨店『保浦屋』丁稚、鰓手晴人はギルドの係員に説明する。 何でも、保浦屋が商品売り込みの一環として秋の行楽、紅葉巡りを企画している為、その事前準備として山に入って来て欲しいとの事だ。 「山はそれなりの広さだからな、ある程度の人手がいる。それに熊なんかが出て、それも複数出たりしたら少し厄介かもしれねぇ」 「熊が出たって話は最近聞かないが‥‥まぁ危惧は尤もだ。依頼を受け付ける。それに昨今、慌ただしい世情だ。たまには紅葉を狩りに行ってもバチは当たらないだろう」 「ま、この山は今が完全に見頃って訳ではないんだけどな」 「山だって、全部が全部、足並みそろえて赤くなるって訳でも無いだろうさ」 若干の会話を重ねたあと、その紅葉狩りの案内は依頼としてギルドに張り出された。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ |
■リプレイ本文 ひとひら、葉は枝から放れ、そして川に落ちてはゆったりと流れていった。 川辺へ‥‥小さな影が近付いて来る。土を踏む音さえ聞こえない位の、小さな兎だった。 その兎を追いかけるのもまた、小さな人影。揺れる白髪と小動物的な仕草から、その少女もまるで仔兎の様な印象を受ける。 少女は兎に追いつくと、屈んで、その小川の様子を見る。水面を少し、触ってみる――やっぱり冷たい。 「水月さーん」 後方からの声に水月(ia2566)と呼ばれたその少女は、振り返った。金髪青眼、明朗な表情の巫女が見える。 「どうです、何か見つかりましたか?」 「愛弓さん‥‥はい、澄んだ水の川が此処に」 水月が指差すそれを見ると、雷華 愛弓(ia1901)は面に更に喜色を浮かべて言う。 「流石、水月さんお手柄です。そうしてこの川が『願いの池』に繋がるという訳ですね」 「そこまでは、分からないの」 しかし愛弓、言葉を続ける。 「いえきっと、想いかもしれない『願いの池』や、その木の下で女子から告白を受けると幸せなカップルが誕生するであろう『伝説の樹』とかがあったりするのです」 「そ、そうなの‥‥?」 「間違いありません」 愛弓は言いきる。 「そうですよ!」 話に乗ってきたのは、ルンルン・パムポップン(ib0234)だった。花のニンジャ、年頃の乙女となれば矢張その辺の話には惹かれる。 「パワースポットや花忍お勧めのラッキーアイテム‥‥ニンジャの力で見所沢山見つけちゃうのです!」 「それって、ニンジャの力を使うのか?」 「勿論です!」 「そうか」 ツッコミを入れてみた劫光(ia9510)であったが、まさか此処までキッパリ返されるとは思っていなかった。 山に入った開拓者達は、現在二手に分かれていた。人魂を使える陰陽師を分けて、範囲を広く見ようと試みている。勿論見所もそうだが、道順の整理―― ――パキ 枝が折れた音か何かに、水月は小さく肩を揺らす。熊や猪、獰猛なケモノがいないかも確認する必要がある。 「こんな時は、ルンルン忍法地獄耳! もしやこれは、ケモノの気配!?」 ルンルンはシノビの術を用いて聴力を研ぎ澄ます。 「‥‥なーんて事はなかったのです、一瞬驚いちゃいました」 「自然に枝が落ちたとか、だろう」 ルンルンと劫光の言葉を聞くと、水月はホっと肩を落とす。と、そんな彼女の目の前にふわりと何かが飛んできた。 小型の龍だった。がーっと口を開いている。 「〜〜〜!?」 「すまない、驚かしてしまったみたいだが安心してくれていい」 人魂、劫光のだ。 「俺の式は大体龍をイメージするんでな。どれ、その『願いの池』までの道のりを確認してみるか」 白い子龍は尾を靡かせながら、周辺を見るべく飛んでいった。こう見てみれば、意外と可愛く見える‥‥かも? 「ところで、モミジってのは弱いのか」 一人ごちる銀雨(ia2691)。それが聞こえた愛弓は、首を傾げながら銀雨を見る。 「だってさ、誰も出発前に相談したりしなかっただろ? つまり、そのモミジってアヤカシは相談する必要も無い位に弱い敵って訳だ」 ああ、そう言う事か‥‥と愛弓は理解した上で。 「いえ、そうではないかもしれませんよ」 「どういうこった?」 「相談する事が無意味な程に強靭、無敵、最強☆ と言う訳なのかも分かりません。つまり皆さんの力を以ってしても、既にお手上げ状態なのですよ」 「な、なんだってー!」 銀雨には、是非依頼終了時までこのテンションでいて頂きたい。 とは言え彼女も只、騒ぎに来ている訳では無い。自薦して二人目の荷物持ちをしている所を見るに、根は真面目なのかも知れない。 因みに『二人目の荷物持ち』と言う事は当然一人目もいる。 「荷物、こんなに必要な物、あったか‥‥?」 まるで大袈裟な背嚢を背負いながら、鰓手 晴人(iz0177)。愚痴る彼の横にヒョコっと顔を出した野乃原・那美(ia5377)は、楽しそうな表情で言う。 「真面目にお仕事するって言ったよね? 確かに言ったよね?」 「ぐっ‥‥」 酒を片手に仲間と紅葉巡りの構えである那美は、事実、楽しいだろう。晴人は奢りをかけて真面目に仕事すると言った手前、飲酒は出来ない。 「そうそう。奢って欲しければ、しーっかりと働くのね?」 川那辺 由愛(ia0068)の言葉に嘘は無い。真面目に働けばと、事前に約束をしている‥‥査定は非常に厳しいものだろうが。 「でも、ちょっと位な――」 「さっさと仕事終わらして、それから飲んだ方がええやろ」 言葉半ばの晴人の肩を叩き、そう言ったのは央 由樹(ib2477)。もの言わぬ橙瞳に凝視されて、晴人も結局折れる。 「‥‥わ〜かったよ」 「依頼の後に飲むんやったら俺も付き合うで。少しだけなら」 「‥‥大丈夫、なのか?」 「少しだけなら、大丈夫やろ」 由樹は確か、あまりお酒に強く無かった筈だが、はて‥‥。 「紅葉を肴に飲むって言うのもなかなかだと思うけど‥‥いやー晴人さん、今は飲めないなんて残念なのだ♪」 「本当、残念ね‥‥」 那美の後に呟く、由愛。 一行は緩い傾斜を歩いて山道を進む。側には川を挟んで岩肌が見えるこの風景、現在でもそれなりに見栄えの宜しいものだが―― 「晴人、地図を」 「何だ? 此処は一本道だろ」 「足場に気をつける様に書いておいた方がええやろ、念の為。岩壁眺めながら足元崩れて川側に滑り落ちたりしたらシャレにならん」 ――周囲の葉が染まれば、尚、趣のある景観になるだろう。その時にもまた眺めてみたい、そんな事を思いながら由樹は地図に山道の諸注意を書き込んでいく。 そう、紅に染まりきった風景を眺めてみたい。その時は、傍らに歩く『あいつ』は‥‥喜んでくれるか、笑ってくれるか‥‥ 「おい」 晴人の声で、現実に意識を戻す由樹。 「なんや」 「何ニヤけてやがる」 「‥‥ニヤけて無い」 「いーや絶対ニヤけてた、賭けてもいいぜ!」 子供か、晴人。 「少なくとも、『ニヤけて』なんて無いわ」 「何だと!」 何故かムキになって由樹の頬を引っ張る晴人と、いつもの表情で晴人の頬を引っ張り返す由樹。 「元気だね〜」 見た目の年長者は晴人だが、杯片手にそう言う那美の方が余程大人に見える。 「こない良い風景みたら、笑ろうても不思議ないやろ」 「いや、何かそういうのじゃない! 何と言うか、もっと妬ましい何か――」 「さーて探索用に人魂でも練ろうかしら。大型の蛾の姿で」 由愛の声でピタリ、晴人が止まる。 「それは‥‥勘弁してくれ」 「冗談よ。元から赤蜻蛉を飛ばす予定だったし、晴人も真面目に仕事しなさいよ」 そう言えば奢りの話が掛かっている事を思い出すと、晴人はそれなりにやる気を取り戻した。 「よしアレだ、どうせなら近道とかも探そうぜ」 「まぁ、無理しない程度にね」 由愛が人魂を成し、紅のあきずが渓谷へと飛んでいく。 先頭を歩き周囲を見渡しながら、銀雨。 「モミジ、出てこないな」 「はい」 「気配さえ見せない、本当に現れるのか‥‥」 「はい」 「‥‥‥」 「どうしました?」 「いや」 愛弓は誤魔化しているものの、流石に銀雨も勘付いてきている。そして考える‥‥モミジ狩りは無理だとしても、せめて何か強いケモノでも出てきて欲しいと。 「私達以外の足音、です」 その時、二人に激震走るっ。 銀雨はグッと握り込み、拳を作る。愛弓はまさかと思ったが警句を発したのはルンルンだ、聞き間違いと言う事もあるまい。彼女の指差す方向を見ると、確かに何かが茂みをモゾモゾと。 銀雨は駆け出す。足の裏で地を乱暴に弾き、生じた瞬発力でそれへの間合いを一気に縮めた。 腰を捻り、既に打拳の構え。 「先手必ッ――晴人!?」 「うおっ、何だぁあ!?」 拳を振りはしなかったものの、急に体に乗った勢いを殺しきるには至らず‥‥二人が揉みくちゃになったまま側の小坂を転がっていった。 「何だってんだ、俺は巴投げの練習なんてしたかぁねーのになー」 「俺だって投げられたくなんてねーぜッ。組手なら‥‥うっ!?」 何やら殺気を感じる! 晴人が振り返ってみると笑顔の由愛、笑顔だが‥‥笑顔だからこそ尚更何か恐い! 「あらー無理矢理に獣道を先頭切って進んでいったのは誰だったかしら〜? それに、いつまで『そうしている』つもりなのかしら〜?」 晴人は矢鱈急いで銀雨から離れる、何と余裕の無い表情。しかしこう言った色々とおいしいシーンを那美が見逃す訳もなく。 「はい、と言う訳で減点1なのだ」 「い、今のは事故みたいなモンだしノーカンで頼む!」 「言い訳で更に減点1☆」 「‥‥ッ!!」 この野乃原那美、容赦せん。 「鰓手さんの周りには美人が多いですね」 何か良い笑顔で愛弓は言う。間違った事は言っていないのだろうが、晴人、表情が非常に苦々しい。 「鰓手さんは惚れてる女性とか恋人とか愛人とか奥さんは居るのでしょうか? あるいは物語の様に胸に秘めた片思いのまま‥‥みたいな」 「それより、この状況の抜け出し方を教えてくれ」 愛弓に返す晴人の言葉、本気か冗談か。 「まぁ、加点減点の話をするって言うなら、この景色を見つけるきっかけになって言う所は‥‥点数つけてもいいんじゃないか?」 杯を取り出す劫光を、晴人は訝しげに見る。どうやら晴人は気が付いていないらしいので、劫光は言葉を続けた。 「肴にさえなる。葉が染まった頃にもまた、見にきたいもんだ」 滝がそこから見えた。これが川の元の様だ。晴人が転がってきたその場所から見える滝は、弾けた飛沫が薄く虹を作る絶好のスポットであった。周りの樹木は枝葉を広げており、これなら葉が染まった頃には尚、見栄えが良くなるだろう。 「こりゃ奢りに一歩、近づいたぜ!」 そう晴人が嬉しそうにしている所、劫光と水月は、敢えて黙っておく事にした。水月は因幡の白兎をぎゅっと抱く様にして己の外套に隠し、劫光は子龍の尻尾をくっと掴んで、それを消滅させた。 二つの班が合流し、観光スポットも見つけた。一行はこの辺で一度、落ち着く事にしたのだった。 景色を眺めながらのんびりと。水月は手頃な岩に腰をかけ、ふー‥‥っと、一息。地に着かぬ足をパタパタと動かしながら、目の前の滝を眺めていた。 彼女の傍らには中身がぎっしりと詰まって『いた』重箱弁当。晴人がそれを見て「あの小柄の、どこに収まるんだ」呟きと俄に信じがたい風であるが、目の前でそうなってしまったのだから信じる他無い。 「あぁっと、この虹は!」 同じく滝を眺めていたルンルンのその言葉に、水月は首を傾げる。 「どうしました?」 「きっとこの虹は二人を結ぶ恋の掛け橋!」 目をぱちくりさせる水月をヨソに、ルンルンは続ける。 「即ちここで恋愛成就を祈ると恋が実るって、ニンジャの勘が告げてます☆」」 乙女心に恋心、斯も昂るものであろうか‥‥疎いのか早いのか、水月は、そう言う気持ちが分からなかった。しかしルンルンと愛弓は、この滝の虹が、この花が、この形の広葉が‥‥と、話をどんどんと膨らませる。 「‥‥あ、何してんだ?」 「ち、ちょちょちょっと! 何よ、何もしてないわよ!?」 晴人に言われ、何故か慌てているのは滝の方にいた由愛。彼女らしからぬ慌てた口調であった。 「探索用の人魂を作っているのよっ、別に何も祈ってなんていないわよっ!!」 「‥‥? そ、そうか」 「そうよ決して――! ん、この影は‥‥」 由愛が人魂から見えたそれは、三つの影だった。向こうから来る、二足歩行の三固体‥‥何者か。 「熊、かしら。それにしても‥‥」 どんどんと、此方に近付いてくる。 「どうすんだ。熊がいたんじゃ客呼べねーだろ」 つまりヤるしかない、銀雨が真に言いたい事はそういう事だ。 「ルンルン、この距離まで足音聞こえへんかったか?」 「ぇっと‥‥ご、ごめんなさい! あの滝にばっかり意識がいっていて、気が逸れていたの‥‥かも」 返され、由樹は思う。もし彼女の気が逸れていなかったとしたら、それは相手が足音を消す術を持つ者‥‥つまりシノビ、晴人の追手。厄介な事になる。 そしてそれらは、一気に駆け出した。 瞬く間に此方との距離を詰めてくる。この身のこなし、やはりシノビか。 「わわ熊です、皆さん早く忍法しんだまねを!」 「多分、通じる相手やない。俺の後ろに下がるんや」 切迫した表情で、苦無を構える由樹―― 「そこの無精髭面の野朗を渡すでありますクマー」 ――の顔が、急に拍子抜けた。 しかし銀雨とルンルンは何故か真顔のまま。 「喋った」 「よく見たらあの熊、角とか生えちゃってるのがいます、もしやその手のアヤカシ!?」 「ただもんじゃねーとは思ってたが、喋る熊とはな」 一方、由樹はいつもの表情で晴人を見る。責める様なその目に、晴人は向き合う事ができない。 「そうだクマー」 「渡すクマー‥‥って、ハっ!」 と、ここで三人のクマは気がついた‥‥異様な雰囲気を漂わせている二人に。 「うふふふ、ボクは熊より人の方が斬れるなら嬉しいけど‥‥ね、斬っていい? いい?」 一人は那美。何やら由愛と話してはいるものの、既にその赤の鋭眼には既に怪しい光が浮かんでいる。 「お、こりゃ丁度いいや。今日は鍋だな」 もう一人は、にやりと笑いながら拳を鳴らす劫光。只でさえ前衛クラス並みの威力を持つ彼の拳打が、今なら霊青打による威力強化のおまけ付き。しかもヤケにノリが良い。酔っているのか? ちなみに愛弓はせっせと鍋の準備をしている。晴人が背負っていた大荷物の正体はこれか。 もっと派手に登場しようとした三人熊だが、既に蛇に睨まれた蛙。 一歩一歩、間合いを削っていく銀雨、那美、劫光。じりじりと後ずさる三人熊‥‥。 今! 踏み込んだその時、轟音響く。 「けんかはだめなのーっ!」 両者間のその上空に、水月が重力の爆音を放ったのだ。三人熊は、聞いているこっちが恥ずかしくなるような情け無い台詞を叫び散らしながら撤退。暫くして一帯には再び、滝の打つ音、川の流れる音のみが響く様になった。 愛弓がコホンと咳払いしたのち、水月に告げる。 「なるほど、中の人の為に逃がすきっかけをつくるとは流石です」 「熊さん‥‥きっとおなかを空かしていただけなの」 「‥‥そうですね」 水月、気がついていなかったのか。 一騒動あったが、当面の目標を満たし一行は帰路についた。 あの後、地味に仕事をしてた晴人は、約束通り奢りにありつけたのだが、しかし‥‥ 「おい、ちょっと由樹が潰れて寝たぞ。看病、誰か俺以外でも‥‥おーい、誰かオーイ!」 銀雨は『モミジ』を見つけられなくてまだ悔しがって、最年少の水月に頼るのも気が引けるし、那美は当然の如く笑顔でスルー、由愛は何故か拗ねている、劫光は相当飲んで楽しい状態になっているし、愛弓とルンルンは恋話に夢中になっており取り付く島も無い。 「おいおい、これって‥‥」 晴人は、勘定以上の労力を‥‥強いられているんだ! |