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■オープニング本文 所は冥越、魔の森の中。 そこは、周辺に居るアヤカシは勿論だが、地に茂る草木でさえ瘴気を漂わせている、瘴気の濃い森だった。 辺りは昼間だと言うのにどこか薄暗い。瘴気の所為もあるのだろうが、林野の中に点在する大木‥‥超高木。これが陽光を遮る為に、森の中は仄暗い空気が漂っていたのだ。 巨大な立ち木、それらの間を縫う様にして、一機の小型飛空船が飛んでいる。 「‥‥流石、魔の森の本場って言ったところかな」 見上げながら、少女は呟く。所々、上天へ伸びるそれらは、まるで魔の森と言う要塞を支える支柱に見えた。 飛行船の舵を切るその者の名はハジメ(iz0161)。冒険家の空賊、と言われる志体持ちである。 彼女の持つ宝の地図とやらに示されたルートを信じるならば、この林野一帯を抜けた先に『尊き清らかなもの』があるらしい。宝について仰々しく書かれてはいるが、その実、大した物ではないというのが、この地図の慣例である。 さて、何はともあれ彼女の小型飛行船は森を進む。 巨木を避けながらなので、速度は遅い。地上にて馬でも走らせた方が速いだろうが‥‥地上には植物達が吐きだしているらしい濃い瘴気が漂っており、並の馬ではとても健全な状態は保てない。 「うーん、この雰囲気‥‥このまま何も出なければいいけど――」 などと、言っている最中にハジメは敵の気配に気が付いた。 アヤカシだ。 アヤカシの影を感じる。 (飛んで近付いて来る何かがいる。勿論アヤカシだろうけど‥‥このアヤカシ、結構素早い!?) ジィィー、ツクツク‥‥ (何か、聞こえる。鳴き声、かな) ツクツクツクツ‥‥ (何だろ、この鳴き声どこかで聞いた事があるような――) ボーシ! ツクツクボーシッ! (――え!?) 「ウイヨース!」 ハジメが聞き覚えがあるのも当たり前、船に飛来してきたのはセミの形をしたアヤカシ‥‥正確に言えば、ツクツクボウシ型アヤカシだ。ツクツクボウシと言えば晩夏の風物詩に歌われる程に慣れ親しい存在だが、出現したこのツクツクボウシ型アヤカシはサイズがおかしい。普通のツクツクボウシは、せいぜい親指程度の大きさだろうが、襲来したそれらのサイズは人の身丈程はある。巨大セミと言って語弊がない存在だ。 しかし蝉の顔面と言うのは、まじまじと見てみると結構インパクトがある。それが、このサイズなら尚更。加えて―― 「ウイヨース! ウイヨース!」 「うわぁぁぁああ!!」 ――シュールとも言える独特の鳴き声、十を超える集団で鳴きながら飛翔して体当たりをしてくるのだから、冷静でいられる訳が無く、事実ハジメも恐慌一歩手前の状態で逃げる他ない。 「数が多い! 動きも速い! これはとても、勝ち目がなぁぁぁぁい!」 「ウイヨース! ジィィィィー‥‥」 逃げるハジメ、その方向から聞こえるアヤカシの声は、勝鬨を上げている様であった。 小型飛行に若干の損壊、そして自身も幾らか傷を負う羽目になったが、何とかハジメはその場を離脱。 そして都へ戻ると、ギルドで仲間を募るのだった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
木綿花(ia3195)
17歳・女・巫
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 「濃く、なってきましたね」 「んん? 何が、だい?」 「瘴気が、ですね」 雷華 愛弓(ia1901)に「成る程」と頷く北條 黯羽(ia0072)。 「そりゃあ道理で心地が良くなって来た訳だ」 どこまで本気か分からない。只、瘴気を練り上げ式を成す陰陽師の言葉とあれば、その程、分からなくも無い。 「あとぁ件の声が聞こえてくれば、ってところかね」 「あのウイヨースという鳴き声は恐らくセミ語で「脱がせ」「ネギを刺せ」と言っているに違いありません‥‥」 「‥‥本当かい?」 「間違いない、筈です」 こちら愛弓と黯羽、及びその駿龍と炎龍。今の所、耳を澄まして目を凝らして、そこに見当たるものは木々のみ。 「大丈夫、なのですか?」 紫の双眸に、憂慮の色が浮かべられていた。龍に乗りながらエラト(ib5623)が一憂含めながら慈しむ様にしてハッド(ib0295)を見ていたのは、何も彼女がそう言う性格だからというだけではない。 「ふふり、心配は無用ぞ」 ハッド、その身体に巻かれた包帯‥‥と、それに滲ませる朱。浅くない傷に見える。だが、それでもハッドは何時もの口上を変えず、 「幾筋の擦過で泣き言を漏らしては、王たる者の威厳も保てまい。むしろハジメ、傷の心配はむしろ汝と汝の船なるぞ‥‥って、聞いておるのか、ハジメ!」 「へ? あ、はいはい、聞いてるよー。聞いていますよーハッドさん」 彼は、ハジメ(iz0161)が持ってきた彼専用の椅子に腰掛ける。 「全快って訳じゃないですけど、出来る処置はしましたし、ね」 「そう。木綿花さんにも手伝って貰ったんだ、ね!」 世話焼きお姉さんの性格は実にありがたい。出発前、木綿花(ia3195)に修繕を手伝って貰ったお陰で、船の揺れは幾分か少なくなっているしそれ以上に―― 「ええ。旗もあの様に‥‥元気に流れていらっしゃいますし」 ――燈色の旗の中で、鶺鴒が生き生きと羽ばたいている様子が、木綿花とハジメには嬉しかった。 「ならば良いのだ、ふむ‥‥」 脚を組みながら、ハッドは言葉を漏らす。 「船の話もさる事ながら、御身は大丈夫なのか?」 ハジメの横に近付くのは、ロック・J・グリフィス(ib0293)を乗せた駿龍。ポンと己が身に掌を当て、胸を張るハジメ。 「私はこの通り、大丈夫だよ!」 「ふ、要らぬ心配だったか。では、全力を以って護るとしよう‥‥此の目の前に在る、尊き清らかなものを」 「な、何を言って――!?」 「ん? 言葉の通りだ。ハジメ嬢と木綿花嬢、愛弓嬢やエラト嬢も、麗しき婦女子の方々は尊き清らかな者と称されて相応。ならば、それを守り果すは騎士が務めというもの」 「女子の方々‥‥あ、そうか、そうだよね」 「ふふ、それでは宜しくお願いしますね。」 木綿花が微笑んで見せると、駿龍のはやても、何かにやりと口の端を吊り上げた様に見えた。 ふと、ロック達の耳に音が転がり混んで来る。 その音々は音色になり、気品が感じられるが印象は柔らかで、何より旋律が滑らかだった。まるで天鵞絨の様だ‥‥と直観的に感じられた木綿花は流石、織物を成す娘。一応これでも吟遊詩人のハジメは、それが『天鵞絨の逢引』である事に気が付いた。 「何も、麗しき婦女子と言われたから其れに浮かれて演奏している訳ではありませんよ?」 流し目でロックを見ながら、柔らかく笑むエラト嬢は快さそうにリュートを弾いていた。 「只、いつ敵が現れるかも分かりませんので、その備えと言う訳です」 成る程、そういう事ならば。 「麗しき婦女子と言えば‥‥少し前に飛んでいる雷梅嬢も、か」 奏者に一礼返した後、ロックは前方に目を向けた。 「さてさて、宝ってやつァ‥‥一体どんな財宝にありつけるんだろうな」 「楽しみですか?」 僅かに笑みながら雪切・透夜(ib0135)が言うと、猪 雷梅(ib5411)は更にニカっと豪快な笑顔を見せた。 「そりゃなぁ。もし見つかったら一割ぐらい分け前貰ってもバチは当たらねェだろ?」 成程、確かにあの仰々しい地図の記述を信じるならば、その魔の森を抜けた先に‥‥それはそれは煌びやかな『宝』が眠っている事になるだろう。 だが、事実はそうではないだろう。 いや、そうでなくて寧ろ良い。 「期待せずに‥‥期待する位が丁度良いかと思いますよ」 透夜が過去の経験からそう言うと、当然、雷梅の顔は疑問で曇る。 「どういう事だ?」 「‥‥来ました!」 その時、木々の間を抜けて飛来する幾つもの敵影が見えた。 「ツクツク‥‥」 蝉、来た。 しかし十余の影それぞれが、蝉と言うには速く、そして蝉と言うには大きすぎた。 「ボーシ! ツクツクボーシッ!」 ユニークに聞こえなくも無いが、どうにも頭に響いて不快だ。 透夜は戦斧を構えながら、龍の手綱を引く。雷梅は火皿に火薬を流しながら、叫ぶ。 「ちっ耳に刺さる声じゃねーか‥‥おいさっきの、どういう事だってんだ! 私にも分かる様に言え!」 「ご覧の通り、敵が来たと言ったのです。でも思った以上に、速い!」 「‥‥それぐれぇは、分かっている!」 雷梅はアヤカシの顔面を狙って引き金を引いた。 他の開拓者達も、既に得物を構えている。 愛弓に突撃する蝉、それに黯羽の斬撃符が放たれる。が、蝉は直線の軌道を弧状に変えてそれを避けた。 飛来、そのすれ違いざまに黯羽は蝉から掠り傷を受ける。 「愛弓、離れるなよ!」 「はい、お肌の触れ合いが出来る位の位置に居ましょう」 「適度な距離を保て! あんまり近いと――」 「後方、振り返って、丑刻の位置です」 黯羽は言いながら振り返り、愛弓の声の位置へ向けて式を飛ばす。空裂く刃は蝉の腹を抉り、その突進を怯ませた。 「確かに、適切な位置で警戒に当たった方が敵の動きを良く見通せそうですね」 「‥‥ああ、そうしてくれっ」 敵の数は多い。それも、二陣三陣が無いとも言い切れない。 「魔の森を、進むのだからな‥‥くうぅ!」 盾で突進を受け止め、間髪入れずにロックは騎兵槍を振う。穂先は、蝉の胴を捉えるも致命傷ではない。 (そこで受け止められていると言うなら‥‥っ) 掌を相手に向ける、木綿花。その術、空間の歪みに引き摺られ翅も曲がっていく様を感じた蝉は、即座にその場を離脱する。 「逃げた‥‥の?」 「追う必要は無い、そして助かった、木綿花嬢」 「すいません、完全に翅を壊せなかったみたいです。もしかしたら、再起してくるかも‥‥」 「その時は再度迎え撃つまで。今は、飛行船に近付く敵を一体でも多く退ける事に力を注ぎたい」 「そうか、そうですね‥‥大丈夫ですか!? ハジメさん」 木綿花の声、向けられたその視線に、ハジメは大きく手を振って応えた。 「こちらの前衛を越えて来る者はまだおらぬ様‥‥だがハジメ、油断は出来ぬぞ。あのすばしっこさは、侮りがたい」 「うん、だからこのトリモチと投網を用意して来たんだよね!」 「引っ張り出すのも良いが、操舵を――ハジメ、前、前じゃ!」 「へ? う、うぉぉぁあ!?」 船の先に、大木が聳え立つ。近い。 「「とーりかーじぃ!」」 ハッドとハジメで一気に舵を切る。木に翼が衝突する寸前、船体を大きく傾かせて避けた。 と、その木の陰から更に、数体の蝉が出て来てこんにちは。思わず顔が引きつる2人――だったが、蝉はあらぬ方向へ飛んでいった。ある蝉は無作為に飛び、ある蝉は勢い弱まり木にとまった。 「お二人とも、そのまま油断なさらずに」 声、そしてその演奏‥‥エラトのものだ。 「子守唄でも狂想曲でも、一時凌ぎしか出来そうにありません。だから、致命傷は――」 エラトの声を掻き消すほどの、轟音。音の方向を見れば、木にとまった蝉が狐獣に食い破られ絶命していた。黯羽の式‥‥全く、酷い威力のそれである。 「敵も立ち木もここまで多ければ、罠を仕掛けるのも難しいか‥‥ならば、愛弓!」 ハッドは投げる様にして、投網トリモチの一式を愛弓に渡す。 「はい、網を此方へ。よろしくですよぶち太、上手く受け取ってくださいね。この作戦、上手くいけばハジメさんがチョメチョメしてくれるそうです♪」 「え!? それって何の事!?」 「私は相手の軌道をよく見て‥‥ああ、透夜さんは予め龍に網を積んでいるみたいで、ロックさんはトリモチを何か用いる方法を考えてきた様です」 「そっちの事じゃなくて!」 愛弓の駿龍、ぶち太はそれらを受け取ると大きく羽ばたいた。 状況としては開拓者達が優勢、だが状況を見渡す黯羽の顔は晴れない。 (更に一体‥‥次は、どこから来る!?) 既に十体‥‥いや、それ以上の数を屠っている筈だがそれでも敵影は尽きない。 ふと、横切ったシルエット。その先を追う、とその蝉が体当たり、雷梅に直撃していた。 みしり――何が、軋む音だ。 (小具足が軋んでいてくれていればいいが‥‥) 「雷梅さん!」 衝撃に、雷梅が龍鞍から滑り落ちる。墜落こそしていないが、手綱を掴み凌いでいる状態。 「‥‥」 雷梅に追撃せんと更に構えた蝉がびくり反応し身を揺らしたのは、転瞬の間に透夜が己に迫ってきたのが意外だったからだろうか。 言い及ぶまでも無く当然の事だが、透夜が雷梅を見捨てた訳ではない。まず確実に至近の敵を始末しなくては、尚更、雷梅を危険に晒す。 (――お前達が) 寸毫のいとま、煌きの速さ。切迫の折、思考は白刃の様相を呈す。鋭く、そして冷えている。 一閃、刃影は蝉の腹を斬る。苦悶に身を捩ろうとする蝉だったが、透夜がその反応さえ許さぬ速度で戦斧を振るえば、集る他の蝉を巻き込んでそれらを切り裂いていた。 (さて、ここからどうする!?) しかし敵は、多勢。宙ぶらりの雷梅は、自身へ向け飛翔する敵影が既に見えていた。近い。もうすぐに来る距離! このままでは回避も出来ない、どうするか。雷梅は、周囲を見渡す。そして‥‥ 「雷梅さん、何故手を離すんです!?」 「嬲られる側は、趣味じゃないんでね」 叫ぶ透夜と、落下する雷梅。 蝉が、迫る。 「さーって、行きますよ〜♪」 蝉だけでは、無い。網を構えた愛弓が急接近してくる。駿龍相応の速度、狙う愛弓、そして、投擲―― 蝉に、当たらない。 蝉には、だ。 「おう、来てくれて助かった!」 叫ぶ雷梅は網を掴むと、飛来する蝉へ銃口を向ける。相変らず蝉は素早い、だが 「‥‥愛弓が来ていると言う事は、近くには黯羽も居ると言う事!」 翅を切り裂く斬撃符、そして蝉の動きに絡み付く呪縛符。 「ぶちまけなァ、雷梅!」 撃つ―― 「悪ぃな」 ――単動作、更に撃つ! 「俺ぁ最近、死にたくねぇ理由が一つ増えちまったんだよ!」 蝉は、瘴気の塵屑となって散って行った。 「大丈夫ですか?」 「ああ、ゆ〜っくり引き上げてくれよ」 愛弓は、雷梅に言われた通り、ゆっくりと引きあげながら。 「死にたくない理由って、何ですか?」 「そりゃお前‥‥誰だって、死にたく無いだろ」 「でも、どうしたんですか雷梅さん。何か息を荒くして‥‥何か、傷の深い所でも――」 「は、早く引きあげろ!」 (傷は塞げても、流れた血は戻らない‥‥だから皆、消耗しているんだ) やや下がった位置から、木綿花は彼我の状態を見る。同じく後方に居るエラトは、状況に応じて多曲を演奏する必要があり、それで手一杯。ゆえに場合によっては木綿花が、間合いに触れた相手へ牽制しながら、合図の呼子笛を吹く事になる。 戦況は微妙である。間違いなく開拓者が押している。敵の出現も減ってきた。 が、確実に開拓者側も消耗している。 このままこの勢いで蹴散らす‥‥攻め時と言えば攻め時だが、一旦の引き際としても間違いではあるまい。回復、戦闘、観察、考察‥‥並列思考は、著しく頭脳を磨耗させる。 (更にこの蝉の鳴き声。こうも周囲で鳴き続けられては、流石に堪えて‥‥――えっ?) 彼女は改めて思い、そして気付く。そうだ、この鳴き声は煩い。煩いだけじゃない、ハジメは遭遇時にまるで恐慌状態に陥っていたし雷梅などは聞こえるや苛立ちに舌打ちしていた。 この鳴き声、錯乱や恐怖の類‥‥精神攻撃の要素を含んでいたのだ。では、何故今も冷静でいられるのか? ベルベットの感触を余韻に残す、音‥‥これが平常心を守っていた。 響く呼子笛の音、ロックは打ち合わせた音の合図を思い出す。 「この調子は、撤退の合図ではない? 木綿花嬢!」 「ここが攻め時‥‥エラトさんの演奏は、まだ聞こえています!」 「そうか、そう言う事ならば!」 彼女は少しだけ、前に出る。そして、その射程ぎりぎりから術を放つ。それに気がついた蝉は木綿花へ向け向かって突進して来る。 その姿、鳴き声。 確実にその巨蟲の弾丸は木綿花へ飛んでくる。 そして肉薄、直撃―― (‥‥ここで!) ――する寸前、彼女の駿龍は大きく羽ばたき急上昇。その影から現れたのは、守護の盾。 突撃をロックは正面から受け止め、そして鋭槍を繰り出す。 「テンプルナイツ‥‥トルネードォ!」 白塵は舞い、風と共に木々の間に流れていった。 「ハジメ、このまま一気に抜けるぞよ。エラト、速度を合わせるのじゃ!」 「よーっし、推力全開!!」 一機の飛行船と、一曲の歌は速度を上げ、やがてその空域から離脱した。 そして地図の示す場所。比較的に開けた空間で、魔の森の中にしては瘴気が薄い。 「何も、見当たりませんね‥‥」 「あ、あれ? おかしいな」 ハジメと、木綿花も辺りを探してみたものの当たり前の茂みや木々しかない。 「ハジメの観光ガイドにも、たまにハズレがあるのかもしれんのぅ。もしくは、季節を違えたか――」 「‥‥何か、聞こえませんか?」 ハッドが言い切る前、エラトは耳を傾ける仕草をして。透夜はそれで何か気がついた様子で、エラトの耳が向けられた方向の茂みを軽く薙いで見せた。 そして、フと、笑みが零れる。 「なるほど、これが尊き清らかなものですか」 湧き水、だった。岩間から流れ出ている。 「だー! 水なんて井戸から汲みゃー幾らでもあるだろ!」 「傷口とかも洗えるし、確かに水ってのは無いと困るし‥‥まぁ、そーいうもんにゃ違いねぇだろうよ」 唸る雷梅とは対照的に、黯羽は穏やか‥‥を通り越して気だるそうに話す。 「あ、でもこれはおいしい水!」 「よく澄み、よく冷えている。ふ、良きものには違いあるまい」 ハジメはそれを汲んで良い笑顔を見せ、ロックもそれに同意する。 「チョメチョメの件が華麗にスルーされたので、代わりにこの汲み水をハジメさんにひっかけて『あっすいません手元が滑って(てへぺろ)。さぁ風邪ひく前にお着替えしなきゃです』作戦で‥‥」 「どうしました、何か考え事を?」 木綿花に問われると、愛弓はキリっと真面目な顔を作って言った。 「いえ、この水の流れる所に軽く溝が見えます。これがもし用水路の跡だとしたらこの周辺、冥越でありながらも昔は人が住んでいたのかもしれない‥‥と思いまして」 「なるほど、確かにそうとも‥‥」 |