【宝語】赤空・翔
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/20 00:10



■オープニング本文

●前置き(と言う名の蛇足。特に読む必要は無い)
 図書館にて。
 一冊の古書を広げ――それ以外の本も広げながら――顔をしかめているのは、一人の少女だった。
 彼女の名前はハジメ。これでも一応、小型飛行船を持つ空賊である。
 空賊、と言っても様々で、朝廷お抱えの私掠免状持ちや、金次第で動く便利屋、運搬と販売を主とする行商業から、追い剥ぎ・強盗などの収奪行為に勤しむ悪党まで‥‥。
 まぁ『空でお仕事する色々な業種の方々』とまで言葉を吐き出すのが億劫になって、『空賊』と言う単語が出来たとしても不思議ではないし、由来等は今更どうでも良く。
 そこで、昼の眠気に負けそうになっているこの少女はとても仕事をしているようには見えない、精々宿題に追われる女学生程度にしか見えない。では、彼女は空賊とは呼べないのか。
 否。彼女は伝承を追い、未知を探して空を掛ける冒険者である。
 その道筋は闇雲ではない。彼女は地図を持っている。
 それが、今、彼女の眠気を誘っている一冊の古書。古ぼけたその本には、宝の場所とその宝の説明が書き記されている。今まで幾度か、開拓者とハジメはその宝探しに行った。仰々しく書かれた財宝の説明は、結局はそこの自然の風景であったりして‥‥人はそれを『デタラメな地図』と言うかもしれないが、彼女にとっては間違いなくそれは宝の地図であった。
 擦り切れた頁に、古い文字。
 それは彼女の指標でもあると同時に、問題集でもある。その表記のされ方が酷く、一昔前の文体‥‥違う邦の言葉が混じっている事もあった。だから、まずは解読しなくては使い物にならない。
 ハジメも、決して頭脳労働が出来ない人間でもないが‥‥それが得意分野と言う訳でもない。
 意識が薄れる周期が段々と早くなってくる‥‥その中で、彼女は昔の事を思い出していた。まだ、自分が小さい頃‥‥確かこの本を受け取った時‥‥誰から受け取ったのか。確か、背の高い、壮年の男性‥‥顔は、もう思い出せない。


●秋風(ここから)
「――ん、ぅうわ!」
 ハジメは肩を揺らしながら、声をあげる‥‥と、途端。周囲の目線が彼女を串刺しにした。
 当たり前だ、ここは図書館。蜂の巣にされても文句は言えない。
「ど、どうもどうも。はい、スイマセン‥‥」
 小声で、彼女は辺りに謝りながら、自分は何で素っ頓狂な声を出したのか気持ちを整理していた。
(そう、確か睡魔に襲われて‥‥その時に、何かが頬を撫でて言った様な‥‥)
 それが何かは、程無くして分かる。
 葉。
 彼女が開いていた古書の上に乗っているのは、一枚の落葉。恐らく、風に吹かれて窓から入ってきたのだろう。
 葉。赤い、葉。
 別に珍しくも無い。この時期に、紅い葉など全然珍しくない。
(‥‥珍しくない。珍しくない、紅い‥‥ああっ!!)
 何かを思い出した様に、ハジメは勢い良く立ち上が‥‥ってしまうと、また周囲から凝視を浴びる羽目になるだろう。
 だからゆっくりと本を閉じ、椅子を戻し、借りた本はちゃんと本棚に戻し、そして早足気味に図書館を出ると、ギルドへ向けて走り出した。


 ギルドにて。
 一枚の依頼書を広げ、顔を歪めているのは、一人の男だった。
「紅葉を見に行く『だけ』‥‥だと? なかなか不真面目な人間がいたもんだ」
「ごめんなさいっ! みんなが暇じゃないって分かっているケド‥‥本当にごめんなさい!」
「謝るくらいなら、依頼書を取り消してくれ」
「ぇと、それは、ちょっと‥‥」
「なんてワガママな奴‥‥ッ、こんな個人の趣味丸出しの依頼、受理しろって方が無理だと思わないか?」
 ハジメが係員の男に出した依頼の内容、それは本当に『ただ紅葉を見に行くだけ』というものであった。
 ギルドの依頼を介して、国内及び各地方から来る諸問題の解決に励む開拓者とは、『志体持ち』と呼ばれる超人達。それを、こんな紅葉観光のお供にさせては正(まさ)しく宝の持ち腐れだ。
 第一、大義名分も無く、併せて依頼の報奨金さえ設定されていないという‥‥こんな依頼、人が集まるものか。
「でも、今が紅葉真っ盛りだんだよ? もう少ししたら、きっと散っちゃうんだよ!?」
「いや、つまり個人の趣味じゃねーか」
「ぐぬぬ」
 係員の言う事は尤もであり、ハジメはすっかり弱りきった様子‥‥だが、受付カウンターから動こうとしない。
 確かに大義名分の無い依頼‥‥だが、ここでずっと、窓口を占拠されていても、困る。
「‥‥せめて、『上空圏の警備』とか、適当に名付けておけば良いだろ」
「え?」
「何か物事を進める時ってのは、多少無理にでも、真っ当な理由を考えておくもんだ」
「えぇーっとつまり、依頼として受理してくれるって事?」
「(あまり人の話を聞いてないな)‥‥まぁ、結果だけ言えば、そういう事だ」
「ありがとう! これでみんなで、紅葉を見に行けるよ!」
「繰り返し言うが‥‥人が集まるかまでは保障しないからな。それと、気を抜き過ぎない様にな。何があるか分からない」
「最近、付近では特にアヤカシの話は聞いていないから、大丈夫じゃないかなぁ〜」
「どうでもいいけど、近くを通る交易船とかの進路の邪魔にならないようにするんだぞ」


 アジトにて。
 一枚の領空図を広げ、顔を緩めているのは、幾人の男だった。
「なるほど、この辺の空が商業船の輸送航路になっているのか」
「この時期なら、収穫物をがっつり積んでいるに違い無いっすぜぇ〜」
 げっへっへ、とまるで悪人笑いをしている。事実、彼らは世間一般的には『悪党』と呼ばれている者々だ。
 数は十人未満と言った所か‥‥この集団も『空賊』であるが、どうやら紅葉を見に行くだけに小型飛行船を飛ばす様な不真面目な人間では無いらしい。
「民間の船なんざ、用意している警備もタカが知れている。お前ら、いっちょ暴れてやろうぜ!」
「了解でっせ〜親分!」
「親分じゃねぇ、船長と呼べ! ったく、お前ら、さっさと仕度をすんだよ!」
 柄の悪い連中と、彼らに声をかけるのは髭を生やした悪人面の男。なんと言うか‥‥分かり易い連中だった。


■参加者一覧
雷華 愛弓(ia1901
20歳・女・巫
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962
15歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
朱鳳院 龍影(ib3148
25歳・女・弓
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
テイル・グッドドリーム(ib5482
18歳・女・砲
郭 雪華(ib5506
20歳・女・砲


■リプレイ本文

 冷えた空気からは、哀愁が香る。
 季節の終焉‥‥即ち冬へ向かう自然。
 しかし、何も何も悪い事だけじゃない。もう一月、二月後の空には別の‥‥冬には冬の美しさが広がっているはず。
 第一、自分の名の一片は冬の象徴。自分を嫌いながら生きていくなんて、僕は御免だ――
「あ、それがもしかして話題の『銃』ってヤツ?」
 呼び掛けられた事に気づくと、景観への思惟を一旦止めて、彼女は雪色の髪を揺らしながら声の主へ振り返った。
「そう、銃‥‥。一応、建前もあるし、もしもの事ってあるからね‥‥」
 郭 雪華(ib5506)にそう言われ、ハジメ(iz0161)はナルホドと頷く。
「イヤ勿論‥‥火蓋なんか開かずに、ずっと‥‥本を開いていられれば‥‥それに越した事はない、けどね‥‥」
「空から紅葉を見るなんて、何だかワクワクしますねっ」
 銃士は、もう一人居る。
 テイル・グッドドリーム(ib5482)。くるり長銃を回すと、その小柄さがより際立つ。好奇心旺盛、そして短めの黒髪‥‥ハジメはどことなく彼女に、他人の気がしなかった。
「飛行船、うらやましいですねー‥‥」
「テイルさん、後で船内も見てみる?」
「えっ、いいんですか!?」
「勿論っ」
 口調の礼儀を失わぬまま忙しなく船を見渡すテイルはその身丈もあってか、どこか仕草に小動物的な愛嬌がある。
「色々と気なっていたんですよ。内装とか‥‥折角の機会だから、推力に使っている宝珠とかも見てみたいなっ」
「まー、あんまり豪華な船でもないから、お手柔らかにね」
 後ろ髪をかきながらハジメは苦笑してそう言った。
「しかしハジメ、その『もしも』の話。何せ空賊と言ってもピンからキリまで居ると聞く」
 慣れぬ旧式銃を肩に掛けながら言うのは、ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)。
「そうですわ」
 彼女と意を同じくして頷くマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は黒の衣を揺らしながら。
「胡乱な輩が現れないとも限りません」
「うーん‥‥そう、だね。目を凝らしておくに越した事はないか」
 マルカに言われると、ハジメは頬を掻きながら返事する。
「四十秒で戦支度を済ませるツワモノもおると聞く」
「ホント!?」
「いやぁ、空は誠に広いものじゃて」
 驚愕するハジメを見て、ナイピリカはふふりと得意げに。
「もし然の如き輩が姿を見せたとなれば、龍王の力を振るう時じゃ」
「おおっと!?」
 朱長髪に朱の双眸、そして双丘‥‥かなり印象の強い外観を有する朱鳳院 龍影(ib3148)に、ハジメは一瞬驚く。
「その時は、正義の空賊で龍王な私が成敗してやろう」
「きえーっ! 龍影のソレは一体どーなっとるのじゃあ!? 何と言う圧倒的な『アル乳』!」
「どうしたのじゃ、ナイピリカ」
 彼女は文字通り『胸を張り』不敵に笑みながらそう言った。
「ぐぬぬ規格外‥‥だ、誰だって成長期を経ればそのうちボウンッと発育して‥‥そ、そうは思わぬか、マルカとやら!?」
「わ、私は、その‥‥」
 ナイピリカに胴囲‥‥いや同意を求められたマルカであったが、胸を抑えながら話す彼女の顔は恥じらいの色が混じり、声量は自身のソレと同じく控えめ。
「ここはハジメさん、船長としてインパクトで負ける訳には行きませんね」
「ぬ! ここで更に乳要員――って、雷華、その服は何なのじゃ?」
「よくぞ聞いてくれましたナイピリカさん。これが紅葉見物の正装ッ、と故郷の母が言ってましたメイド服(改)です。どうぞハジメさん」
 雷華 愛弓(ia1901)の持つ其れを、ハジメはまじまじと見る。
「愛弓さん。これって、かなり裾が短い様な‥‥」
「ええ、そうです。そういう狙いの有る代物ですので」
「だ、ダメダメっ! ダメだよ、ご覧の通り上空には風があるんだから!」
「だが、それがいい」
 掌を愛弓に向けるハジメだったが、当の愛弓は、にやっ――イヤ、にこっと微笑んで見せるだけだった。
「ふむ、ハジメ嬢ならばきっと可憐に着こなすだろう。いや勿論、普段の活動的な服装も素敵だが」
「いやロックさん、そこはツッコミ役でお願いシマス」
 キラリ高貴なる薔薇を輝かせながら、艶の有る口調で言うロック・J・グリフィス(ib0293)に、ハジメは思わずぴしっとツッコミを入れる。
「ふ、そうだったな。秀麗な華は花瓶を選ばぬ物。ハジメ嬢ならば、どんな服装でも輝いて見えるさ」
「そ、そーいう事じゃないってばっ、ロックさん!」
「ふむり、脅威の女子率じゃのう」
 ハッド(ib0295)は葡萄酒を喉に通しながら呟く。しかし視線は開いた己が書に向いたまま。
「ハッド様は、どんな読書を嗜まれていて?」
 マルカは顔を覗かせてハッドに問う。
「‥‥歴史書じゃ、暇潰しにはなる。そう言う汝のは如何なる本ぞよ」
「人情本、ですの」
「書名は?」
「百合、とあります」
「‥‥」
「まだ未読ですが‥‥ハッド様はどの様な内容かご存知ないですか?」
「それは‥‥」
「百合と聞いて飛んできました」
「愛弓、汝が来ると色々と話が混沌となってしまうのだ!」
「ん、何の話?」
「ハジメも! さっき女子率云々の話をしたばかりであろーが!」
 愛弓、ハジメと寄って来た女子に手を振って返すハッド。
「全くハジメよ、そうやって首を突っ込みたがるのは生まれ着いての性分か」
「いやぁ、楽しそうに話しているから、つい興味が」
「ならばハジメ、汝はアレをどう見る?」
 ハッドに言われると、ハジメはその人差し指が指す先を見る。彼もただ座していた訳ではない。
 細い指先の先に在るのは飛行船。靡かせている旗が象るのは‥‥不気味な狼のデザインの旗‥‥甲板上には、弓を構える男達が居る。
「‥‥空賊旗だ」
「わざわざ旗を掲げるような、マヌケな悪党ははおらんと思っていたが‥‥あれも、興味の成せる業かのう?」
 その時、『かちゃ』と音が三重に重なる。一つはハッドがグラスを置く音、後は、雪華とテイルが火蓋を開いた音だ。




「ほ〜う。アレが件の商業船って訳かい。ノコノコと現れてくれたぜ」
「でもあの船、商業船にしちゃあチト見栄えが貧相じゃないですかい」
「見た目で騙されるな。弓方構え、まずは脅してやれ‥‥って、船長と呼べと言っているだろ!」
 ズバァン!
「なな、何の音だ!?」
「銃ってヤツじゃねぇですか、でも船には傷が無いんで‥‥外れたみたいですな」




「ぐぬぬ。当たりそうにないぞ! 飛び道具は邪念が入るタチでいかんのぅ」
「思った以上に、扱いのむずかしいものですわ」
 ナイピリカ、マルカの射撃は共に命中していない。銃の扱いが彼女達の本分でもないし、それを補う技もない。
「だけど威嚇としては充分‥‥これで逃げるなら良し‥‥向かってくるなら‥‥当てる」
 照準器越しに、雪華は相手を睨み付ける。
 相手の船はやがて‥‥彼女らの船から遠ざかって行った。
 肺に留めていた空気を吐き出し、銃を仕舞おうとした雪華は――
「奴等は逃げた訳ではない! 別の標的に向かっているぞよ! あれは‥‥件の商業船か!」
「空への志を忘れた、山賊紛いの空賊か‥‥無粋だな。奴らには、正しき空賊という物を教えてやるとしよう。ハジメ嬢、商船を護って奴らの船へ斬り込むぞ、操船を頼む」
「任せてロックさん!」
 ――再度息を止め、銃の背に頬を乗せる。雪華は、横のテイルと視線だけを合わせる。テイルもそれに目配せする。それだけで、十分だった。




「親分、奴ら近付いて来るよ!」
「弓で適当にあしらいながら距離を離せ、船の推力はこちらが上だ! それにさっきの見ただろ、どうせ連中の攻撃なんぞ当たらん!」
 バス。
「痛ぇ! 親分、あいつらしっかり狙ってやがるよ」
「何なんだ畜生! おい、舵を切れ、横っ腹から商業船にぶつけるんだよ!」
 バス。
「痛てて! もう一発来た!」
「装甲板、あちらの方が厚そうですぜ親分」
「いいからやるんだよ!」



 紙合を噛み千切り火薬を入れてラムロッドでそれを圧搾。
 銃身を左掌の上に乗せる。
 引き金を、
(えーっと。確か銃は『筋肉』ではなく『骨』で支える‥‥だっけか)
 引く。
 テイルの目の前に広がる、白煙。
 銃身に余計な力は加わっていないか? 床尾の肩付けは? 頬付けは? 風の強さと方向は?
 伏せ撃ちは化学だ。弾道は、引き金を引く前に決まっている。
「‥‥よし、命中」
 装填、そしてその射撃。テイル・グッドドリームという砲術士は一連の動作を流れる様にしてやって見せた。
「追撃お願いしますねっ!」
「ああ、この距離なら‥‥狙い撃てる‥‥」
 雪華は更に早い。単動作で、既にリロードを済ませていた。そして、照準、構え済み。既に射撃を相手に当てる事を決定付けていた。



「迷っている暇は無ぇ、やれ!」
「本当に親分は、人使いも船使いも荒いもんだ」
「うぎ! まただ、痛ぇよ親分ー!」
「てめぇえらぶつくさ言わずに真面目に働け!」


「先に船を付けられましたわね、私達も‥‥急ぎましょう」
「我輩は王ゆえに飛び移る時も華麗にいくぞよ」
「一気に接舷して斬り込む!! ‥‥龍影、それは何じゃ?」
「花火じゃよ、何事にも合図は必要じゃろう」


「ひでぇ振動だ! もっと優しく一気にぶつかれ!」
「親分は、割れねぇ様に卵をブン殴れるんすか?」
「‥‥もういい! オラ、お前らも乗り込――」
 男は確かに語尾を言い切ったはずだった。では何故、聞こえなかったのか。
 声を掻き消す、爆発音。そして、部下の悲鳴。

「しかし浅い。白兵、頼むのじゃ」
 商業船へ被害が及ばぬ様にして投げた龍影の焙烙玉は、致命的な攻撃には成りえない。しかし炸裂音は、大いに相手を怯ませた。
 ハジメは確実に操舵し、商業船にギリギリまで接近する。
 更にテイルが放った空撃砲で、空賊の一人は尻餅をつく。
「今です、みんな!」

「てめぇら一気に乗り込めぇぇ!」
「おおおおおお――ぐげ」
「我がバアル王朝に伝わる銃技のお披露目ぞよ、鼻を変形させたい者から来るがいいぞよ」
「わしらもハッドに続くぞ、白兵こそ我が華よ!」
「行け! 行け! 気負けしてんじゃねぇ!」
「剣よ俺の怒りを受け、赤く染まれ‥‥ロック・J・グリフィス、参る!」

 そう、その時私達は突然の出来事に目を剥いて固まる他無かった。
 まず、華美な雰囲気の少年が見えた。短銃を器用に取り回し、銃床部を相手の顔面に叩きつける。
「喰らいよれ、天儀名物『もみじまんじゅー』!!」
 声に振り返ると、少女は騎士に見えた‥‥そう、騎士なのだろうが、何故か相手の背中に張り手をしていた。
 少女がもう一人、こちらは長槍を構えている。迫る相手の剣筋を外側に向けていなし、空き胴へ穂先を滑らせる。
「これから美しい物を見に行こうという時に、無粋なことをなさるものではありませんわ」
 戦闘の場だと言うのに、彼女は優雅ささえ残してそう言った。
 さっき船をぶつけて来た連中は間違いなく空賊、そして彼等を相手取る腕前‥‥彼女達は、開拓者か!?
 隣の小型船から銃士隊からの援護と、治癒の術‥‥船の操舵も悪く無い。空賊側の不利は明らかだった
「てめぇ、少しはやるじゃねぇか‥‥」
「空を汚す者に、遅れを取る訳にはいかないのでな。剣の錆となるがいい‥‥」
 赤の大剣を構えるのは、刃と同じ色の髪を靡かせる青年。対するは、冷や汗をかいた髭面。眉目秀麗と向き合っている所為で、その悪人面に拍車がかかる。
「へっ、てめぇの剣を錆びさせるのは‥‥」
 暴力、一般人の首根っこを乱暴に掴むそれは暴力としか形容出来ない。
「俺の血じゃねぇ、この船員の血だ!」
 一般人の首筋に剣を押し当てて脅す、なんと分かり易い悪党か。
「それが嫌だったら船から降りろよ開拓者共!」
「‥‥ならば、錆を作る訳にはいかないな」
「理解が早くて結構、それなら――」
「銃なら、錆の心配はせずにすむからのう」
 悪党は、押し黙った。いや、誰だって押し黙るだろう。現に、事を静観していた私もその雰囲気に呑まれていた。
 長身豊満、赤髪の女性に見下ろされながら後頭部に短銃など押し当てられれば、誰だって押し黙る。
「人生の総決算を急ぐか、それともこの距離から『避けてみるか』」
 つまり『外さない』と彼女は言っている。
 髭面の悪党は両手を上げた。彼が使っていた片手剣が音を立てて船床に転がる音――が響いた時、男は駆け出し、そして跳躍し船外へ飛んでいた。
「待て!」
「誰が待つか、てめぇらズラかるぞ!」
 空賊達が次々と飛び降りていく‥‥するとその下では既に空賊船が待ち構えていた。
 逃走だけは鮮やかにやってのけ、空賊船はやがて視界の外へ行った。
 安堵に私は息を吐いた。肝を冷やしたが、これで安心――
「――ま、待ってくれ!」
 礼の台詞を考えていた所だというのに、開拓者達は自分達の船に戻ろうとしていた。
 私は、声を搾る。
「君達は一体何者なんだ!?」
 振り返り、長髪を紅く輝かせる二人は剛毅に笑んでみせ、
「「『正義の』空賊だ」」
 そう、言葉を残して去っていった。
 そして小型飛行船は、旗を靡かせながら去って行く。
 まるで嵐の様な出来事に、一同は唖然としていた。
「船長、あの人達は一体?」
 彼女らに、礼がしたい――
「分からん。だが‥‥開拓者の様では有る」
 その時見えたのが一枚の空賊旗だった。橙色を基調とした、小鳥の造形‥‥。
 ――そうだ! もしギルド所属の開拓者ならこの旗が手掛かりになるかもしれない。


「あんな不自然な場所で空賊は出ないものです。つまり彼等は人間の横暴に怒った紅葉が送り込んだ先兵‥‥つまり紅葉人の侵略だったんですよ!」
 侵略! 紅葉人
「「「な、何だってー!」」」
 テイル、ナイピリカ、ハジメはまるで形式通りの驚きを見せる。
「しかし捕獲できなかったのが悔やまれます。捕まえ、色々と調べたかったのですが‥‥」
 細長い緑の野菜をクルクル回しながら言う愛弓に、ハジメは悪い予感しかしなかった。
 一悶着ありつつも、ハジメ達は無事、紅葉スポット‥‥尾根の上を飛んでいた。

 赤。

 船から見下ろす風景は、一面の紅葉。季節がやや過ぎた所為か、山の殆どは赤色に染まっていた。
 風に揺れるそれは、炎の様でもある。
 美しさの中に、ハジメは畏れさえ感じた。
 しかし隣のテイルは一面に広がる盛衰の風景が本当に美しく見えて、感嘆の言葉を放つ。
 それで良い。それが感性というものだ。
 ナイピリカは、その鮮烈な色彩こそ正しく宝と言って憚らなかった。
 ハジメの表情から、何かを読み取ったロックは、彼女に手を重ねて呟く。それに照れるハジメが、愛弓に小突かれて顔を紅くしている。
 ハッドは金の髪、そしてマントを風に弄ばせながら、炎の風景を見下ろしていた。金の双眸を、揺らしながら。
 眼下の風景‥‥そして何より、それを空賊船から見ている。龍影はそれだけで十分に充実していた。
 雪華も銃の手入れを一旦止め、ただただその風景を見ていた。 
 だから、マルカは、呟かずには居られなかった。

「美しいですわね‥‥」