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■オープニング本文 ========== 山を分けたその地に、万の病を癒す妙薬あり 仙の薬にして尽きる事なく地から溢れ、喉を通しても治癒をもたらす 湿り気、そして熱気を越えた山間に、それは広がる ========== 「‥‥って、ここに書かれている。と言う訳で、また探険の為のメンバーを募集しに来たんだ。今度のお宝は、何やら薬らしい!」 何やら古びた本を見せながら、ギルドの係員にそう説明するのは一人の女性。ギルド内、そんな元気な声の方向に向けば、見えたのは短い黒髪を揺らす褐の瞳の持ち主。声色からは、活発な人となりを感じられる。 彼女の名はハジメ(iz0161)。ハジメは――どこで手に入れたか――宝の地図を一冊に纏めた古書を持ち、それを広げて先述の如くギルドの係員に説明し、その冒険の仲間を募っている。 何やらまた、騒がしいのが来た‥‥係員は億劫さを隠しさえしなかった。 「で、宝って何だ?」 「何って‥‥薬だよ? 薬! まさしくお宝だよ、少量だって価値の有るものだし、それ以前に‥‥困った人や病気に苦しむ人を救えるんだから、宝石とかとは違ってもこれだって立派な宝って言えるでしょ?」 確かに、いつの時代でも薬と言うのは一定の価値を常に持っている。例え志体持ちの術で切り傷は癒せても、咳こむ喉のいがらっぽさを消す事は出来ないし、額にこもる熱を取り除く事も出来ない。 幾ら文明が進もうと人は生活の中に薬を必要とする‥‥いや、むしろ生活の中に薬が在る事そのものが、文明躍進の証なのだろう。 「そんな事は誰も聞いていない」 「え?」 しかし、係員が言わんとしている事は、別にあるらしい。 「その『薬』ってのは、どんなもんだよ」 「え、えぇ〜〜っと、ちょっと待って‥‥」 ハジメは慌てながら古書を開く。 「薬と言っても色々あるだろ。塗り薬、飲み薬になる薬草、乾燥生薬、中には調合してこそ薬になるものだってある」 「ええっと、何々‥‥場所は五行の山の中で‥‥」 しかし、『薬』の具体的な明記は無い。 係員は溜息を付いた。 「開拓者達だって暇じゃあないんだ。少しはその辺、考えてくれよ」 「で、でもでも! 万病に効く薬って、凄くない!? しかも『尽きる事なく〜』って事は、一度見つければそれの恩恵はきっと凄いものなんじゃないかな!?」 「そーだな。そんなものがあれば、確かに凄いな」 身振り手振り、その重要性を推すハジメであったが、係員は冷ややかな目で彼女を見るに過ぎない。係員の彼からしてみれば、この古書、その仰々しい文長そのものがそもそも疑わしいのだ。 「まぁなんだソノ‥‥『喉を通しても治癒をもたらす』って事は、通常は食べたりするものじゃないけど、実は食べたりも出来るもの‥‥じゃないかな? ぇと、通常は塗り薬で使う薬草だけど、そこに生えているモノは、特別に美味しかったり、とか‥‥」 かなり苦しい言い分。 「湿り気とか、熱気とか‥‥これらは何なんだ? 何月も前に梅雨もあがり、更に最近は秋らしい気候になってきたな」 「きっと‥‥その場所の特別な気候が、食べても美味しい特別な薬草を作るんだよ! きっと!」 「そーだな。そんなものがあれば、確かに凄いな。はい、じゃあとりあえず依頼発注書さっさと書いてくれ。あと、人が集まらなくても苦情は出さないように」 何かを必死に伝えようとしているハジメと、全くやる気を出そうとしない係員。 そんな二人の様子を見ていたギルド内の開拓者は、ぼそりと呟いた。 「あれって‥‥温泉の事じゃね?」 |
■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
リーザ・ブランディス(ib0236)
48歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら慎む‥‥と言っても、寒いものは寒い。 しかしこの人を震えさせる寒さが、山々の葉に染み渡った時、鮮やかな紅葉を成すのだ。 (そう考えると、この肌寒さも一方的に忌む訳にもいかないかな) 歩きながら地図を書く雪切・透夜(ib0135)はそんな事を思っていた。地図の隅の余白に、広葉を一枚描き足す。良い感じだ、帰ったらこれに色を付けよう、紅に染まりきる前の色調も悪くない。 「こんにちは、ハジメ嬢。今回は妙薬を求めての冒険と聞いた、微力ながらまた力になろう」 きらり爽やかな笑顔を携えて言うのは、ロック・J・グリフィス(ib0293)。ハジメ(iz0161)は右手を上げて挨拶を返し、活気に溢れた声で返す。 「こちらこそ、また宜しく! そうそう。季節の変わり目って、具合を悪くする人も多いからね。きっとここで何か見つけられたら、そういう人達の助けにもなるんじゃないかな」 この娘は万年健康そうだが。 「ふむ、人々の健康を思うその心も、また美しい」 「やだなぁ〜もう、またそんな事言っちゃってー! まぁ、薬草とかだったら大体分かるから、その辺は任せといて!」 ロックの肩を叩くハジメ‥‥どうやら、『妙薬』の正体は薬草の類だと思っているらしい。ロックも、彼女に合わせてかそれとも本当にそう思っているのか、妙薬の正体は何かと歩きながら話していた。 野草? 木の実? 茸? 花、とかかもな。あ、そうだったら綺麗でいいね! 「ハジメさんは博識なのですね」 「いやいや、そんな風に褒められる程じゃないよー」 手をひらひらさせながら言うハジメの仕草に、ルシール・フルフラット(ib0072)はクスリと笑いながら、鞄から野草図鑑を取り出して言う。 「道中、私も薬草探しを手伝わせて頂きます」 「尽きる事なく地から溢れ、湿り気と熱気‥‥これはどう見ても天儀名物の温――もがっ!? な、なにをするきさまらー!」 何か告げようとしたナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)であったが、その口は雷華 愛弓(ia1901)や、ハッド(ib0295)に塞がれる。 「アレじゃの、何も知らぬ方が喜びも倍増じゃろうて」 「ふむ、なるほど。そういう事‥‥」 「そして首尾よく発見した後は温泉施設を作り、女性客を呼び込めばもれなく一攫千金酒池肉林です。間違いない」 「な、何と!?」 「そこまで上手くいけたら万々歳ですが、とりあえずハジメさんには内緒の方針で行きましょう」 そう、彼女らが言う様に、『でたらめの地図』が示す妙薬とは、十中八九温泉。 「久々の温泉ですので、ゆっくり楽しめれば‥‥と思います」 黒の艶髪を揺らす秋風にも、段々と冷気を感じてくる。こんな日は、沢渡さやか(ia0078)の言う様にゆったりと湯に浸かるのは、正しく至福だ。 『しかし』と、付け加え言い及ぶのはリーザ・ブランディス(ib0236)。 「天然のそれって言うんなら湯が沸いてても、都合良く風呂ってヤツになっているとは限らないんじゃないか?」 「わぁ、何これー!! お湯が湧き出てて‥‥岩場に溜まってお風呂みたいになってる〜!?」 限りました。 「こっちにもう一つ、温泉がありますー」 向こう側から、透夜の声だけが聞こえて来た。どうやら目の前のそれとは別に、少し離れた位置にもう一つあるらしい。まるで男湯女湯で分けられている様だ。 山中を随分と歩いた一行は、立ち上がる湯気を見つけたのだ まさしくそれは露天風呂。天然に出来あがったものか、それとも過去に誰かが作って人々から忘れられたものか。 「確かに、温泉は様々な効能が有ると聞いた事がある。中には飲めるものもあるとか‥‥なるほど、これが妙薬の正体か」 「でも、どんな効能があるんだろうね」 「うぅむ、俺もその辺りの専門知識外でな‥‥」 ハジメも、ロックと共に顎に手を当てて考える。 パチーン。 「話をしよう」 リーザは何故か指を鳴らしてから語り出した 「あれは今から三十六年‥‥いや、一年四ヶ月前だったか。まぁいい。私にとってはつい昨日の出来事だが、君たちにとっては多分これからの出来事だ。温泉には七十二通りの効能があるから、何て呼べばいいのか‥‥」 「一般的によく聞くものとしては、肩こり、腰痛、冷え症に疲労回復‥‥あと、男をオオカミに変えてしまうという話も」 「ちょっと待ちな愛弓」 「はい」 「そんな効果で大丈夫か?」 「大丈夫です、問題ありません。雪切さんは総受けらしいので、ロックさんとハッドさんが攻め‥‥嗚呼、そこには寺の倫理に触れる風景がっ」 愛弓は神社の生まれのはずだが、何故かそんな事を口走った。まぁ、寺院の教えも大切だよね。 「な、何の話ですか‥‥総受けッて何ですか」 戻ってきた透夜が、何やら不安そうな顔で呟く。 「いえ、取りとめも無い話です」 「透夜が帰って来た、と言う事は‥‥!」 ハッドの目が何か煌いた――と思った次の瞬間には、既に彼は疾駆していた。 「ハッドさん? 走ると転んで怪我しますよ!?」 「そんなモノはしらにゅゎ、一番風呂は我輩が頂きじゃあああああ!」 暫く間を置いて‥‥‥‥何やら、ハッドの悲鳴が聞こえてきた。風呂と言う物は、飛び込むと熱いもの。 「凄いね、そんな熱を持った湯源があるなんて」 ハジメは湯をゆっくり触ってみて、そう呟く。 「では、折角だし共に入るとするか、ハジメ嬢?」 「な、何を言っているの!?」 「ふっ、すまなかった‥‥半分は冗談だ、喜ぶ顔があまりに輝いて見えた物でな。透夜、どうやらこちらは淑女方の湯らしい」 「ええ、その様ですね」 戯れに一笑だけ残し、ロックは透夜と男湯(?)の方へ歩いて行った。 「まったく‥‥『半分』って。まったく、もぅ‥‥」 腰に手を当てて、消えたロックの背中に向けてハジメは呟く。 腰にあった筈の手が何故か浮いた――そんな疑問を感じる前に、自分の上衣が素早く捲られているのに気付いたハジメは咄嗟に服を掴む。 「ち、ちょっと愛弓さん!?」 へそを出している状態で、服を必死に抑えながらハジメは振り返る。 「学識に大切なのは、観察・分析・実践の三つ‥‥つまり実際に湯に浸かれば三つ一片で手間要らずなのです」 「わ、分かったから。自分で脱ぐっ、自分で脱ぐから!」 そう言うと、ハジメは色気も素っ気もなく、上着からちゃっちゃと脱いでいく。 「って訳だからさ」 そうして振り返って言うハジメの言葉は、さやかに向けて。 「さやかさんも、脱がされないうちに自分から脱いだ方が良さそうだよ」 「ええっ? で、でもやっぱり、その‥‥外で着替えと言うのは、かなり‥‥恥ずかしいです」 男性陣が向こうへ行った後でも、さやかはどこかまだ、羽衣を脱ぎ払うのに躊躇をしていた。五指は着物の端を摘みながら落ち着き無く動き、頬は湯に入る前から桜色が浮かんできている。 「ま、まさかとは思いますが‥‥覗き、とかは大丈夫‥‥ですよね?」 「さぁね。まっ、その辺はどうでもいいと思える程の湯加減だ。早く入らないと損した気分になるよ」 そう言うリーザは既に半身を湯につけて、さやかを手招きしていた。何とも豪気な性格だ。 「いや、それにしてもこう言う濡れ場‥‥じゃなくて、濡れた岩場は脱衣の最中、足元注意ですね。きゃ! 言ってるそばから倒れたい気分にっ」 気分で倒れた愛弓は、脱衣中のルシールがナイスキャッチ。 「わわ、大丈夫ですか!?」 ルシール・フルフラット。胸囲の‥‥じゃなくて驚異の衝撃吸収ボディ。 「(む、これは中々‥‥)はい、どうもすみません。ああっと、でもやっぱり足場が悪いですっ」 更にそこから、不自然な倒れ方をして愛弓はナイピリカの方向へ。 「むぉ! 大丈夫か愛弓」 (こ、これは‥‥) ナイピリカ・ゼッペロン。絶壁の‥‥ぢゃなくて鉄壁の守りで愛弓をキャッチ。 「こ、これは‥‥ごめんなさいですよ? 二重の意味で」 「‥‥? まぁよい。転ばぬうちに愛弓も入ってはどうじゃ? そうそう湯に入る際の作法があったはずじゃの‥‥」 入浴準備を整えたナイピリカは、濡れた手拭いを持って仁王立ちしていた。身体があまり立体的ではないので、湯気、余裕のガード。 「あの、こう手拭いを‥‥ぱしーんぱしーんって当てるヤツ?」 ハジメが言うと、ナイピリカはそれじゃそれじゃと頷き、何やら勢い良く手拭いを振り回し出した。 「よしそれでは、良い湯にも巡り合えた事じゃし、此処は一つ景気良く行こうぞ!」 パシィィ!! 己の背中に勢い良くそれを当てると、途端、蹲るナイピリカ。 「度々すみませんが、ルシールさん」 「秘技‥‥鞭打ち‥‥」 説明を求める愛弓に、ルシールは静かに語り出す。 「赤ン坊からカラドルフ大帝まで――全人類に等しく平等な打撃技です」 ナイピリカはとりあえず、手加減するべきだったか。 「とまぁ、冗談はこの辺にしておいて‥‥私達も入りましょうか」 ルシールは遠慮がちに、足から少しずつ湯にその身を入れていく。しかしながらその胸は全く遠慮が無い。ルシールはそこはかとなく胸を隠そうとしている様だが‥‥彼女はどうやら分かっていないようだ。 隠しきれない胸は、隠さない胸よりも却って‥‥いやらしい。 「けしからーん!」 ルシールに取っ組みかかる、ナイピリカ。 「ひぁあ!?」 「以前に増して実りおって! なんだ、おぬしのコレは! 万年実りの秋か、五穀豊穣か! うらやまけしからん!」 「お、大きいと重さが胸にいってるせいで肩が凝ったりもして苦労するんですー!」 「むむむ何たる贅沢病! 贅沢は敵ダー!」 「好きで、せ、成長している訳じゃないんですー!」 「これ以上豊かになって誰が得すると言うのか、関連書類に目を通すギルド係員かー!」 はい。 「おのれーこうなったら揉んですり減らしてくれるわーっ」 「わわ、私だけじゃないですー! 胸があるのは、私だけじゃないんですーっ!」 「な、何ィ‥‥!?」 ルシールに言われ、ナイピリカは揉みながら辺りを見回した。 まず、愛弓。うむ、豊饒。 次に、さやか。 「な、何ですかナイピリカさんっ!?」 これ見よがしのサイズ‥‥と言う訳ではないが、小振りながら綺麗に形の整った双丘がそこにはあった。誰かの様に、平野では無い。 「まぁ、私も人並みに‥‥って言う事で」 そしてハジメも‥‥うむ、ナイ乳ではない。 「ルシールと歳は殆ど変わらないのに‥‥ナイの発育はなんだ、その‥‥残念だな」 そう言うリーザは‥‥年齢から考えれば、その身体は稀有の肢体。日々の研鑽研磨が伺える。 「姉はそれなりにあったと思うんだがねぇ‥‥その辺は似なかったか」 「ぬお〜! 姉さまなどに負けんのだ〜〜!」 近親者にそういう人がいるのだろうか。 ナイピリカは湯の中で駄々を捏ねる。 「まぁハジメの地図曰く、この湯は万病に効く妙薬なんだし、ナイの『倹約病』にも効くんじゃないか?」 「成る程、そうと分かれば湯に浸かっては自制しようぞ」 「はーい。じゃあ、一緒に肩まで浸かろうね」 そう言うハジメに、後ろから抱かれる形でナイピリカは『妙薬』の中に身を預けるのだった。 「ふむり、やっと落ち着いたかの」 「この自然の中にこの湯とあれば、御淑女方がはしゃぐのも無理はない」 こちら男湯は、終始まったりムード。 「でも‥‥やっぱりこうして落ち着いているのが、いいですね。肩の力が抜けて‥‥」 その温顔の隅に陰り見ると、ハッドは湯からゆらりと腕(かいな)を出しては、細い指を透夜に向けた。 「ほう、汝‥‥若くも苦労している様子じゃな」 「先日、少々気を張り過ぎてしまいまして‥‥」 透夜は次に言葉を続けようとして、ハっと気が付き苦笑する。 「すみません、こんな話」 「いや、構わぬぞよ」 ハッドは続ける。 「我輩達草食系ぼーいずは、がーるずとーくに対抗してぼーいずとーくに興じるのも良かろうて」 その単語がどこか可笑しくて透夜は思わず噴き出すと、ハッドもそれに笑み返す。 「卵を煮立てられる熱さではなかったのは残念だが、語らう程の時間、湯の中に居られるのは逆に僥倖と言える」 そう言われながらロックから差し出された酒に、透夜は唇を付ける。 苦い――第一印象は正直良い物では無かったし、飲み込む前にも舌の奥で何か棘のある辛さと苦みを感じた。苦み、なのだろうか? よく分からない。 しかし嚥下の際に、口から鼻腔へ反対に抜ける香りはどこか甘く、果実的でさえあった。 「一つの事柄は何も、一つの意味しか持たない訳ではない」 「そうですね。今、何か辛い事があっても、それがこれから先の道へ繋がると信じていきます」 「ふふっ。透夜はナントナ〜ク、女難の相が見えるがの」 「な、なんですかソレっ!?」 「そうやって、顔を赤くする辺りがアジな事‥‥じゃなくて‥ヤボな事‥‥は違う‥‥鯔な事でもなくて‥‥鯖な事‥‥」 「初心(うぶ)な事か?」 「知っておるのだアアッ! 学舎の講師か、汝わぁぁっ」 けたけたと笑いながら、ハッドは愉快そうにロックへ言って返す。ハッドの面の小麦色にも、朱が交わっている。彼もいつの間にか飲酒していたらしい。肩を風呂の縁に乗せながら、酒器の中の其れを見た時‥‥杯の中にはうっすらと、銀の珠玉が映し出されていた。 秋は暮れも早い。 太陽と違った光が、彼の肩を照らし褐色に艶を与えていた。 ハッドは杯を勢い良く傾け、嚥下する。 (ふわふわしてて気持ちいい‥‥まるで、空の中にいるみたいだ) あまり普段から酒は飲まない所為か、透夜は一杯の酒で良い酔い加減になっていた。柔らかくその身を包む霊泉、そしてそれを囲う自然―― (――あれ、ハッドさんは?) 透夜は周囲を見渡す。 また、ハッドの悲鳴が聞こえた。そう言えば愛弓の姿が見えない。 「まぁ、そういう事か」 何か、リーザは思う所が有る様だが特に言及はしなかった。 そんな事を考えていると彼女の横には、さやかが徳利を傾けて艶っぽく微笑んでいる。 「リーザおばさまも、一杯如何です?」 飲んでいる為だろうか――杯を掲げるルシールの仕草はどこか扇情的に見えた。 「‥‥あたしを酔わせてどうしようってんだい、ルシール?」 「わ、私は何も‥‥っ!」 「ふふ、冗談さ。年頃だ、まァ飲むのも良いが、その一杯を最後にしときなよ。ナイの世話だってある」 リーザの親指が指す先には、ナイピリカ。妙薬の『効果』を期待し過ぎた所為か、長時間、肩から浸かっていた所為かソロソロのぼせ気味。 「うーん、結局これって薬なのかなぁ?」 ハジメは言う。内服薬と比べて、温泉に即効性は無い。これを薬と言えるか‥‥疑問を持つのも不思議ではない。 「薬だよ」 言葉短く言うリーザに、ハジメはぐったりしているナイピリカを抱きしめながら首を傾げる。 「薬‥‥いや、むしろそれ以上だろ。山川草木を眺めて身を暖めながら、こう友誼も暖める事が出来る薬なんて、古今東西探したって無いさね」 |