手帳とネズミ小僧
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/11 20:41



■オープニング本文

「――そうか、お前さんが天羽の‥‥」
「らしいけど‥‥。俺、どうすりゃいいんだろう。だって俺――」
「作ればいいんだよ。お前さんが見たもの、聞いたものを――」


 とある街。
 1人の男が広場に備え付けられている椅子に座りながら、団子を食べていた。
 すぐ傍に団子を売っている屋台が見えることから、そこで買ったものだろう。
「かーっ、美味ぇ! この為に生きてるって感じだな!」
 串に刺さった団子を次々に平らげている男の名前は武蔵。最近開拓者になったサムライだ。
 とある依頼を終えた彼は、その報酬で団子を味わっているというわけだ。
 1本食い、2本食い‥‥そして、10本近くあったそれをついに食べきった。
 しかし、
「んー‥‥まだ余裕あるっちゃあるかな‥‥」
 まだ満足していないようで、懐から取り出した皮袋の中身を覗く。財布だろう。
 所持金を確認した武蔵は、財布を片手に屋台へと歩いた。
「おっちゃん、団子追加で‥‥7本ぐらい頼む!」
「ぐらいって何だ、ぐらいって」
「ん? あぁ、そっか。んじゃ8本な」
「あいよー」
 団子屋の親父から包まれた団子を受け取ると、その代金を支払う武蔵。
 そのまま財布を懐へと戻そうとしたその時、何者かが武蔵の元へと走ってきた。
 何かを思うより先に、その人物は武蔵の腕へと手を伸ばす。
「いつっ!?」
 どうやら手刀で叩かれたようだ。思わず武蔵の手から財布が離れる。
「いっただきー!」
 その隙を逃さないとばかりに、謎の人物は財布を片手でキャッチ。すぐさま武蔵の傍から離れる。
 そこでようやく武蔵は謎の人物の姿を視認した。
 ぱっと見た感じ、10代前半の少年だろうか。背は小柄と言っていい。
 少年の顔にはニヤニヤとした笑みがはりついており、こちらを馬鹿にしてるように見える。実際そうなのだろう。
「なっ!? テメェ何しやがる!」
「何って、見て分からないの? バッカだなぁ」
「馬鹿なのは承知だ!」
 怒りのままに足を前に踏み出す武蔵。
 新米とはいえ開拓者の武蔵だ。彼が本気で動けば、捕まえられないわけはない。
 相手が一般人ならば、だが。
「よっと」
 少年は伸ばされた手を難なく避けると、すれ違うように武蔵の脇を抜ける。
 そして振り向くと馬鹿にした笑いはそのままに、舌を出す。
「そんじゃな。ノロマの兄ちゃん!」
 次の瞬間、少年の姿が消えた。
 いや、実際消えたわけではない。そう思ってしまうぐらい、素早い動きで去ったのだ。
「んな‥‥!?」
 呆然とする武蔵の後ろから、声がかかる。団子屋の親父だ。
「あぁ、ついてねぇな。あいつにやられちまうとは」
「何だよあのガキ!?」
「ありゃネズミって呼ばれててな。どういうわけか開拓者専門のスリなんつう危ないことやってんのよ」
 親父の話によると、それを知る開拓者は開拓者だと分かるような格好でこの街を歩かないらしい。
 シノビの技を使いスリを行う彼の手から逃れるのは中々難しいらしいからだ。
「ま、ネズミの野郎も鼻はいいようで、よっぽど強い開拓者には手を出さないらしいけどな」
「んだよ、そりゃ‥‥」
 そこで武蔵はある事に気づく。
 どうも腰の辺りがいつもより軽い‥‥と。
 何故だと思い、腰の辺りを触れてみればあるべきものが無い。
 それは、武蔵の手帳。紐に通されて腰にぶら下げられていたものだ。5冊あったもの全てが無くなっている。
「なっ‥‥!? 俺の手帳が!」
「あー‥‥何か金のネタになると思って盗られちまったんじゃないか?」
 さっと武蔵の顔から血の気が引く。
 そして次の瞬間、彼の顔に浮かぶ表情は怒りのもの。
「許さねぇ!!」
「気持ちは分かるが‥‥どうするんだ? あいつがどこに住んでるかとかなんて誰も知らないんだぞ」
 確かに、自分1人ではどうにもならないかもしれない。
 しかし開拓者である武蔵は知っていた。こういう時に何を頼ればいいのか。
 彼の足は神楽の都のギルドへと向かう。
「絶対取り戻す、俺の全て‥‥!」



「んだこりゃ? 金になるかと思ったのにどうでもいい事しか書いてねぇ‥‥マジで単なるメモじゃんか」
 というよりも、
「日記に近いか。‥‥こんなもん持ってても仕方ねぇしどうするかなぁ」
 足がつかないところにでも捨てるか。
 それは、闇の中のネズミの声。


■参加者一覧
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
シア(ib1085
17歳・女・ジ
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
バルベロ(ib2006
17歳・女・騎
クリスティーナ(ib2312
10歳・女・陰


■リプレイ本文

●馬鹿との出会い
 多くの人々で賑わう街。行きかう人の多くは商人か。
 武蔵がネズミに手帳を盗まれたこの街に、開拓者は集まっていた。
 待ち合わせ場所にいる武蔵を見つけ、1人の少女が彼の元へと走る。
「暫くぶりです武蔵さん、私のこと憶えてます?」
「ん? あぁ、あんたは――」
 少女の名はルンルン・パムポップン(ib0234)。武蔵が初めて依頼をこなした時にも同行した開拓者だ。
 手帳を持ってない武蔵の記憶力を不安に思いつつも声をかけた結果だが、武蔵の表情は明るい。
 どうやら覚えていてくれたようだ。
「えぇっと確か‥‥ルンル――なんだっけ」
「なんでそこまでいって分からないんですか!? ルンルンですよっ!」
 前言撤回。やはり武蔵の記憶力は非常に微妙だと言わざるを得ない結果だった。
 そんなやり取りを見て、これではスリに遭っても仕方ないかとフィーナ・ウェンカー(ib0389)はあからさまな溜息を吐く。
「スリに遭うなんて、武蔵さんも間抜けですねぇ」
「いや、否定できねぇけど、ひでぇなおい!」
 いきなりの口撃を受けた武蔵に、更にハッド(ib0295)が追い討ちをかける。
「ほほほ、流石は武蔵。面白そうじゃの。余興には丁度よさそぉじゃの」
「俺は面白くねぇよ!?」
 そんなやり取りに苦笑しつつ、宿奈 芳純(ia9695)が丁寧な挨拶をする。
「陰陽師の宿奈芳純です。よろしくお願いいたします」
「おぉ、俺は武蔵だ。よろしくな!」
 そして、武蔵がこの場に集まった開拓者達に声をかける。
「報酬がどんだけ出せるかもわかんねぇのに、こうして集まってくれてありがとうな」
「人助けはサダカ、喜捨です。イザン、ですから、報酬が幾らであるか気にはしていないのです」
 報酬など気にはしないと言うはモハメド・アルハムディ(ib1210)だ。
 ‥‥が、当の武蔵はモハメドが合間合間に挟んだ単語の意味がまるで分からずに頭を傾げる。
 その様子を見て、モハメドとは友人だというクリスティーナ(ib2312)が助け舟を出す。
「モハメドお兄さんは独特の言葉を混ぜてお話するんだけど‥‥分かりにくいかな?」
「そのようですね。では武蔵さんに話しかける時は注意します」
「そ、そうしてくれると助かるぜ‥‥」
 意味の分からない単語を織り交ぜ並べられると、それだけで混乱してしまうからだろう。
「‥‥さて、いい加減に本題に入るとしましょう」
 と、話題を本筋に戻すはシア(ib1085)だ。
 その言葉に全員頷き、視線を武蔵へと移す。当の武蔵は注目されて困惑していた。
「え、何?」
「ネズミの特徴をお伺いしたいのですが‥‥」
「あーあー」
 芳純の言葉を聴いて、ようやく理解したのか何度も頷く武蔵。
「ムカツクやつだな。んで、ちびっこいガキで‥‥」
「他には‥‥?」
「えーと‥‥うん‥‥」
 ――武蔵に聞いた自分達が馬鹿だったのかもしれない。
 それが、開拓者達の共通の認識だった。
 結局、今の段階ではネズミがどのような人物かは曖昧にしか分からなかった。
 溜息を吐く開拓者達の中で、クリスティーナだけが元気良く手を挙げて周りの注目を集める。
「はいはいっ! クリス、ネズミ小僧知ってるよ! お金持ちのひとのお金を盗んで、お金のないひとたちのところに――」
「そんな事してないらしいぞよ」
 嬉しそうに何かの物語で得た知識を話すクリスティーナだが、即座にハッドがそれを否定する。
「違うの? 自分だけのものにしようなんてずるいネズミ小僧だねっ! ちゃんとびんぼーなひとたちにも分けるように、クリスがおしおきしてあげるよ!」
「貧乏な人に分けたからって悪人には変わりないわよ‥‥?」
 そんなシアの声はクリスティーナに届いたのだろうか。
 何はともあれ、ネズミ許すまじ、と気合を入れる開拓者。
 バルベロ(ib2006)もうんうんと頷く。
「スリとはけしからんな、いいだろう、ひっとらえてしかるべき処罰を受けさせて見せようじゃないか」
「あぁ、うん、捕まえるのは別にいいんだけどよ‥‥」
 バルベロの意識がネズミを捕まえる事にしか向いてない気がする。そう感じた武蔵がバルベロをジト目で見る。
「‥‥ん? 目的は手帳? ‥‥あ、あぁ、そうだな、いや、忘れてたわけじゃないぞ、うん」
 十中八九忘れていた気がする。

●囮作戦
 開拓者達は街の住人からネズミについての情報を集めていた。
「こんなところかしらね‥‥」
 シアは聞き込みで得た情報を整理しながら、街の様子を目に収める。
 聞いた話だと、ネズミは特に人混みの多い場所に現れ、突っ切るように逃げていく‥‥とのことだった。スリらしいといえばスリらしいだろう。
 他の仲間たちも風貌についての情報などを得る事ができたようで、集合してそれらの情報を交換する。
「これだけの情報があれば作戦決行には十分ですね」
 芳純が言う作戦とはネズミを捕まえる為の囮作戦だ。
 それを聞いて、武蔵が目を輝かせながら仲間達に問う。
「で、俺は何すりゃいいんだ?」
「‥‥あー」
 そういえば考えていなかった。
「そうですね‥‥。ネズミに見つかるとマズイので、どこかで隠れていてはどうでしょうか?」
「それもそうか。俺にできることはねぇ、か」
 囮作戦が気付かれるかもしれないと、モハメドは武蔵に隠れるよう提案する。
 それを聞いて、納得した様子の武蔵は隠れるようにどこかに去っていった。

 作戦としては、こうだ。
 3人が囮としてそれぞれ街を歩く。
 他の開拓者はそれを監視し、ネズミが来たら捕まえる‥‥という算段だ。
「ん‥‥?」
 それぞれ離れた場所にいる囮を同時に監視する為に、人魂を発動させていた芳純だが、ある事に気付く。
 複数の場所に変化させた人魂を行かせる予定だったのだが、2体目の人魂を発動させると、1体目の人魂が消えたのだ。
「どうしましょうか‥‥」
 人魂の制限に初めて気付いたのか、頭を悩ませる。
 結局、鳥型の人魂を頭上に飛ばすことで広範囲の視覚を得るに留めたのであった。
 このようなトラブルはあったものの、囮役は自分の任を全うする為に歩く。
「ビルムナーサバ、それにしても、ヤシンさんがシーシャをご存知とは驚きましたね‥‥」
 独り言を呟きながら歩くのはモハメドだ。最近受けた依頼に関しての独り言、らしい。
 ちなみに彼についているのは芳純だ。
「ラーキン、しかし、あのような依頼でこれほど戴いてしまうのは‥‥」
 そう言いながら自身の財布を取り出す。
 スリが財布を奪うなら絶好のチャンスと言えるだろう。
 が、ネズミは来ない。
 また別の場所で囮として歩くはクリスティーナ。
 彼女を監視しているのはハッドである。
「報酬手に入ったし、どんなことして遊ぼっかなー」
 クリスティーナもまた開拓者としてアピールしながら財布を弄ってみる。
 しかし、やはりネズミはまだ来ない。

 さて囮役と監視者という形で動くのが基本の囮作戦だが、それから外れて行動している者がいた。
 フィーナだ。
「ネズミがスリをして金目の物を手に入れたなら足が付かないように現金にする必要があるでしょうし‥‥」
 ということで、ネズミが開拓者達から逃げのびた時の為に、ネズミが現物を金品に変えられるであろう質屋を張っているのであった。
 勿論、それなりに暗い噂もあるらしい質屋だ。
 訪れた客に見つからないように物陰に隠れるフィーナ。
 ――はて‥‥?
 何かを見落としている気がする。
 だが、それが分からず、フィーナはとりあえずそこに待機する事にしたのであった。

 最後に残る囮はバルベロ。監視しているのはルンルンだ。
 囮として歩きながらも、バルベロはネズミについて思考を開始する。
 確かネズミが狙うのは――
「まぁ、強い開拓者は手を出さないというから、私に手を出すかどうかは分からないところではあるがな」
 どこからそんな自信が出てくるのか。胸を張って堂々と歩くバルベロ。
 そうだ、むしろ自分は狙われないのではないか‥‥そう思っていた時であった。
「‥‥む?」
 懐が軽い。
 ――いや待て、確かにすられやすいように財布は露出させていた。だが私が狙われるわけが‥‥!?
 違和感に気付いた彼女が振り向いた時、そこには財布を見せびらかすように掲げて走る少年の姿があった。
 少年もこちらを振り向きニヤリと笑う。
 その風貌は、情報で聞いた通りのもの――ネズミだ。

●鼠の足
「‥‥フ、フフフ、泳がされてるのも知らずにば、ばかなやつめ‥‥。‥‥決して私の足が遅いわけではない、決して私が油断していたわけではないのだ‥‥」
 勿論バルベロは追いかけた。結果は言うまでもない。
 自分のプライドを保とうする為に小さく呟くバルベロの視界には、ネズミも、それを追うルンルンの背中も入らなかった。

 人混みの中、逃げるネズミとそれを追うルンルン。
「本物のニンジャの力からは、絶対に逃げられないんだからっ」
 早駆を発動させ追うルンルンだが、ネズミもやはり早駆を発動し、逃げる。
 ルンルン曰く技を悪用するものはニンジャと認められないそうだが、それでも技は本物。シノビのそれだ。
「まったく、一番楽なとこだと思ってたら‥‥とんでもないのが隠れてたよっ」
 前から聞こえてくる声はネズミのもの。
 それを聞いたルンルンは、聞き捨てならない事を言ったと思わず叫び問う。
「一番楽‥‥? もしかして、気付いてたんですか!?」
「まぁねー。開拓者がやたらと多いから何かあるかな‥‥と」
「だから何故開拓者が居る事が‥‥!?」
「そんなの見りゃ分かるよ」
 ――あ。
 見れば分かる。そう言われて初めて気付いた。
 囮役だけでなく、監視している仲間達の格好はどう見ても開拓者のそれであった。
 鎧をつけていたり面をつけたり武器を持っている者が一般人なわけがない。
 それらを隠す工夫もせず、監視役自身も隠れていなかったら‥‥?
 監視役として唯一隠れていた自分の所にネズミが現れたのも道理だと言える。
 そして、ルンルンは新たに別の事に気付いた。
「離されてる‥‥!?」
 少しずつだが距離があいていた。
 何故だと思いネズミを見て、理解する。
「あの装備は‥‥逃げる事だけしか考えてませんね!?」
 確かにネズミは戦う事は一切考えずに逃げに徹している‥‥とは聞いていた。
 だが、ここまでとは思っていなかった。
 武器も持たず、鎧も纏わず。それで得られる力は身軽さ故の行動力。
 その差が出ているのだ。
「でも!」
 大丈夫、とルンルンは諦めない。
 この道の先にはシアが待機している筈だからだ。
 そう思った直後だった。
「ふぅん」
 ネズミから感心したような声。釣られて彼の視線の先を見れば、シアの姿が目に入った。

「志体を持っていても、それで何をなすかは本当に人それぞれ、なのね」
 ルンルンに追われ、こちらに走ってくるネズミを見ながらシアはぽつりと呟く。
 彼女は開拓者に救われた過去がある。だから開拓者に憧れ、その背に追いつく為に開拓者となった。
「‥‥その開拓者をけなすスリなら、放っておくわけにはいかない」
 ネズミが近づく。
 それを待ち受ける為に、シアは足を前へと踏みだした。
 まずは不意をつく為にまっすぐ走る――もっとも人通りが多い場所なので、スムーズに前へ、とは言い難いが。
 近づく。よし、目の前の人の壁を抜ければ――
 ――ネズミが笑った。
「‥‥え?」
 ネズミが跳んだ。
 馬鹿な、と思う。跳んで逃げるにしても、この人混みじゃ一足跳びで着地できるはずがない、と。
 だが、一足跳びではなければ?
 ネズミが跳んだのは人混みの中ではなく、家の壁に向かってだった。
 ――三角跳。
 ネズミが、人混みとシアを同時に抜けた。
「くっ!」
 即座に反転。抜いたといっても追いつけない距離ではない。
 全力で疾走すれば、シアの足から逃げ切るのは早駆を使うシノビであっても難しい。
 全力疾走できればの話だが。
「人が‥‥!?」
 先程からの騒ぎで、ある程度状況を把握してるのか道を開けようとする人もいる。
 が、人が多い為にあまり意味はなく、全力で走り抜けるには障害が多い状態となっていた。
 シアの背を、早駆で走るルンルンが抜く。

「あ」
 場所を変わってフィーナ。
 ようやく、何を見落としているかに気付いたのだ。
「そうです‥‥! この場に来るのは盗んだ物が換金を必要とする物の場合のみ‥‥!」
 囮役は何を盗ませると言っていた?
 そこをもっと打ち合わせておくべきだったかもしれない。
 盗んだのが財布――現金であれば、
「‥‥換金の必要性は無い!」
 フィーナは最早張っていても無駄だと判断し、囮が歩いている筈の場所へと移動する。

 同じく、他の囮や監視についていた開拓者達も騒ぎに気付いて、ネズミが現れたという場所に向かう。
「むむっ‥‥しまったぞよ‥‥!」
 囮を分散させすぎた。
 その事に気付いたハッドが歯噛みするが、今は後悔している場合ではない。
 自分の足や技ではネズミに追いつく事も、攻撃を仕掛けることもできないが‥‥仲間ならば。
「駄目です‥‥!」
 なんとか仲間達に合流した芳純は、距離が近づけばネズミに術を放てるかもしれない‥‥そう考え動いた。
 だが、今の状況を見てそれは無理だと判断せざるを得なかった。
 何度も言うが人が多いのである。
 人混みでネズミが隠れて、正確に狙いをつけることができない。もし無理に放てば一般人を巻き込む恐れが高いのだ。
 それは、クリスティーナも、合流したフィーナも同じだった。
「せめて人がいなかったら!」
 クリスティーナは自分達の失敗を悔いる。
 囮作戦ならばネズミに遭遇する場所は選べた筈だ。
 それなら何故人が居ない場所を選ばなかったのか。もしくはこの場の人達に速やかに避難してもらう方法を考えなかったのか。
「インタゾィル!」
 モハメドが叫ぶ。しかし、待てという意味のそれがネズミに通じる事はなかった。

●手帳の行方
 結局、ネズミを捕まえる事はできなかった。
 ルンルンが最後まで追ったものの、逃げ切られたのだ。
 ただ、彼女が追いかけながら武蔵の手帳を返すように叫ぶと、ネズミは姿を消す直前にこう言ったそうだ。
「街の南のゴミ捨て場を探せ」
 と。
 ネズミとしては、またこの件で追われるぐらいなら捨てた場所を教えた方が得策と判断したのだろう。
 開拓者達が言われた場所を探すと‥‥武蔵の手帳が見つかった。
 ネズミに逃げられた事を聞き絶望に染まった武蔵の顔が、安堵のものとなる。
 手帳を大事に懐に仕舞いながら、武蔵は開拓者達に告げる。
「あいつにゃ逃げられちまったが手帳は見つかったから良しとするよ。あんた達が追ってくれなきゃ、この場所も分からなかっただろうしな。ま、報酬と囮で使った金は俺が装備処分してでも払うさ」
「でも‥‥」
「いいんだよ。俺にとっちゃ‥‥そんだけ大事なんだから」