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■オープニング本文 ● 「わー、これはー、大発見じゃないですかー?」 「それはそうっすけど、この状況は明らかにヤバイっすよ……!?」 ● 十塚。石鏡は三位湖より北のそう呼ばれる地域は、ケモノが非常に多く生息していることで有名であった。 何故ケモノが多いかは学者たちの間でも研究が続けられているが、未だに理由ははっきりしていない。 ともあれ十塚の人々はケモノ達と共存し、生活していた。過去にはアヤカシなどのせいで事件が起きたこともあったが、今は平穏そのものだ。 その平穏の一助となっているのが、十塚のケモノたち全ての頂点に立つヌシの存在である。 空一面に広がる灰色の雲を切り裂く一筋の黒があった。黒の背に生えている巨大な翼がはためくと、纏わりついている雲が吹き飛び黒が大きく加速する。 遮るものなどなく悠々と大空を翔る黒の正体は、龍だ。それも炎龍などよりも遥かに大きい。また体の構造からして根本的に違い、前肢が翼となっている炎龍らと異なり四肢がある上で背に翼があるのが目に付く。 鋼鉄の塊を想起させるほどの重厚な黒鱗と甲殻を持つ、この黒龍こそが十塚のヌシ――その名も叢雲だ。 叢雲は翼を畳み滑空体勢に移行すると、空を滑るようにある山の中腹へと着地する。閃津雨と呼ばれる山に着地した叢雲は、首を軽く回して異常が無いことを確認してから腰を下ろす。 腰を下ろした状態のまま静止し、不自然なほどに身動きを取らない巨龍。直後、叢雲の体にある異変が起きる。 なんと翼が、尻尾が、脚が、角が、牙が、爪が、みるみる縮んでいく。それどころか形状が明らかに変化している。黒き鋼鱗は白い柔肌に、漆黒の剛角は艶やかな黒髪に、力強い肉体は華奢な身体へ。 変化が収まった時、黒龍が居た場所には一糸纏わぬ人間の少年の姿があった。少女と見間違うほどの艶麗な姿は、先の黒龍とは大きくかけ離れている。だが、この少年は黒龍と同一の存在……つまり、叢雲が人に変化した姿だ。 「ん、んんー。さってと、武蔵いるー?」 全裸であることを気にした様子もなく気持ちよさそうに伸びをする叢雲。その状態のまま、周囲に呼びかける。 果たして返事は近くの木の上から聞こえてきた。 「あいよー……ってお前はまたそんな裸で堂々と……」 声と同時に木から降りてくる長身の男性。先ほどまで寝ていたのか、目尻を指で擦って目ヤニを落としている。 「なら早く服出してよねー」 「あいあいっと」 武蔵と呼ばれた男性は、枝にぶら下げていた荷物袋を降ろして、その中から少年に合う着物を取り出して手渡す。 叢雲と親しげな武蔵だが、彼はケモノではなく正真正銘ただの人間だ。志体持ちではあるが。 ケモノのヌシである叢雲だが、このように人間とも交流がある。これは彼が人間を好んでいるからだ。十塚のケモノと人間の共存は、叢雲の人間好きが助けになっている面が大きい。 ……尤も、人間好きといっても『面白い観察対象として好き』なのであり、共に歩む隣人としてはやや歪んでいるのだが。 着物を着終えた叢雲は、待っていた武蔵の元へと足を動かす。 歩く、ただそれだけの慣れた行為。だが、今日の彼は少し違った。 「お、っと、っと?」 「んわ」 何かに躓いたかのようにふらついて倒れそうになった叢雲を、武蔵が慌てて抱きとめる。武蔵は華奢な肩をその手で掴みながら、叢雲の肩越しに地面を見てみるが躓くようなものは何もない。 「おいおい、どうした?」 「んー……三日ぐらい前から、ずっと頭の中を振り回されてるような……そんな気持ち悪さがあるんだよね」 今もその感覚に苛まれてるのか。額に手を当てて不快そうに顔を歪める叢雲に、武蔵は心配そうに声をかける。 「大丈夫かよ。風邪か? ……お前みたいなのもそういう病気とかかるのか?」 「生き物だから病と縁が切れるってことは無い……んだけども」 ただ病気になる思い当たる節が無い、と叢雲は言う。普段通りの生活をしていただけなのだと。 「まぁ、あんまり無理しねぇようにな。おぶってやろうか?」 武蔵が背を向けておんぶをする体勢になる。叢雲がその肩に手をかけたところで、坂道を誰かが登っているのが目に入った。 「……ん、あれって」 叢雲の声に誘われて、屈んで下を向いていた武蔵は前を向く。彼の視界に入ったのは豊満な体をした巫女服の女性だ。 「扇姫、か」 山を登ってこちらに向かっている女性の名は天羽扇姫。 彼女もまた叢雲と親交を持つ人物であるが、彼女は今日ここに来る予定は無かった筈だ。 「もしかして……なんか面倒なことが起こった感じ?」 わざわざ扇姫がやってきたことから異常が起きたと察した叢雲の問いに、扇姫は頷くことで肯定する。 「……熊のケモノが……人間を襲うように……なった」 異変が見られたのは、ある森に生息する熊であった。 その森は恵みが豊かで、動物には勿論、人間にとっても魅力的な森であった。 だが人間が資源を取りすぎては熊は困る。またそのせいで熊が人里に下りるようになっては人間も困る。 故に、近くの村に住む人間と、熊のケモノ達は、長年の月日を重ねることで共存できるポイントを見つけだした。 人間側が謙虚さを忘れないこと。ケモノ側のヌシがしっかり熊達を統率すること。これらが守られていれば、何も問題は無かった。 だが、今より2日前。熊が次々と山から下りてきて、人々を襲うようになったというのだ。 「……今のあそこのヌシは影喰だったっけ。抜きん出た力の持ち主で統率力はある。それでいて人と共存できる賢さも十分あった筈だけど……」 叢雲は異変が起きた森のヌシについて、思考を巡らす。記憶のままのヌシなら人を襲うことは無い筈だ。 「人間が何かしたんじゃないの?」 「……いいえ。いつも通りの生活を送っていただけ、らしいわ」 「ふぅん」 そうなると熊側が人間を襲う理由は何一つ無い。影喰も迂闊に人間側のテリトリーを荒らすと駆除されることは理解している筈だ。 ならば……と叢雲は別の可能性を模索する。 「アヤカシに操られている、とかは?」 だが、 「……いいえ」 扇姫は首を横に振った。 「村には……ちょうど志体持ちの巫女が滞在していたのだけど……。その巫女曰く、アヤカシの気配は全く感じられなかった……と」 「あぁ? じゃあ何が熊を操ってんだよ」 「いや武蔵、操られてると確定したわけじゃないからね?」 「……ただ、可能性は、ある」 村に滞在していた巫女の話によると、熊が襲ってきた時に森の中に人影のようなものを見かけたという。 しかし、それでも瘴気は感知できなかった……と。 それを聞いて、額に指を当てて考え込んでいた叢雲の表情が苦痛に歪む。 「あいたたた。……調子悪いときに頭使うもんじゃないなぁ」 「……どう、したの?」 「ん、ちょっとね。ともかく、今は僕あんまり動きたくないから……開拓者達にお願いしよっか」 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●共存の地 熊ケモノが人を襲う。他の地では場合によってはまま起きる程度の事件だが、ここ十塚においては明らかに『異変』だと扱われる。 故に、その異変を調査、解決するためんびギルドで依頼を受けた開拓者達が、当の村へとやってきていた。 しかし本来なら十塚のケモノの異変解決に関しては別に適役がいる筈なのだが……。 「あんなに調子の悪い叢雲さん初めて見たっす」 その適役を知る以心 伝助(ia9077)はここに来る前に訪ねた叢雲の様子を思い返す。見るからに怠そうにしていて顔色も悪かった。彼が戦闘の負傷以外であそこまで不調になっているのを見たのは、今までの伝助の記憶に無い。 心配ではあるが、屋敷で静養するように提案してみたところ元よりそのつもりだったようだし、武蔵や扇姫もついているから大丈夫だろう、と思う。 妙なこともあるものだと、ジークリンデ(ib0258)がその原因に思考を巡らす。 「都牟刈が復活したわけではないようですが……」 かつて十塚の地で暴れまわったアヤカシ、都牟刈。彼のアヤカシの素となったケモノ都牟刈の蒼角だが、祠に安置されているのを確認している。 他に叢雲の不調となる要因はあるのか。伝助と同じく叢雲と面会した柚乃(ia0638)がもしやと思いあることを尋ねてみた、が。 「十塚の地……精霊力が影響してる……? 例えば、精霊力が減少しているとか……」 「あー、それはないねー」 あっさりと否定されたのだ。 この返答はリューリャ・ドラッケン(ia8037)の推測にも否を唱えるものであった。 「この異変は精霊力の活性化が弱まったからという可能性も考えていたが……」 そもそも護大が無くなったとはいえ、今すぐ瘴気や精霊力がどうこうなるものではない。しばらくは現状のままだろう。そうなると叢雲の不調に関しては今のところ答えは出ない……が、熊ケモノに関しては手がかりはある。 「人影が怪しいね。擬態したアヤカシかも。或いは人か、精霊か……調べてみないとね」 襲撃の際に現れたという謎の人影。リィムナ・ピサレット(ib5201)の言う通り、こちらが関与している可能性は未だ残ったままだ。 そして、理由がなんであれ、これ以上の被害が出る前に熊ケモノ達を止めなくてはいけない。 「でないと……原因がわかって解決しても、もう共存できなくなっちゃう」 それは、悲しいの――そう続けるは水月(ia2566)。人とケモノが敵意をぶつけ合い、相手を排除しようとする……そんな未来は見たくない。 だからこそ。 開拓者達は動く。人とケモノが共存する今とこれからを守る為――。 ●過去 村での聞き込みを始める開拓者たち。 まず確認したいのは襲撃された当時のこと。それをよく知る者との面会は実に早く実現した。 「おぉー、あんたらが応援の開拓者か」 年老いた男性の巫女。志体持ちの力を活かして、襲撃を退けた功労者だ。 「襲撃された時のこと、詳しく教えて欲しいです」 「うむ、そうじゃの……」 水月に乞われて、当時の状況を思い出しながら口にする老人。襲撃の時間、どこから姿を見せてきたか、どれぐらいの数がいたのか。 「対処っつってもわし1人じゃ手加減とかもしてる場合でねえでの。真正面から対処するしか無くてなぁ」 「影喰は姿を見せたんすか?」 伝助の問いに、老人は困惑した様子を見せる。それは今の質問に対してではなく、当時の状況への困惑だ。 「うむ……おるにはおったのじゃが。何故か少し離れたところで見ているだけでの。まぁ、そのお陰で助かったんじゃが……」 影喰はいた。だが、襲撃に積極的に加わるでもなく、しかし止めるわけでもなく。それを聞いて、開拓者達も老人同様困惑の表情を浮かべる。 そういった話を聞いて、水月は気になったことを更に問う。 「熊さんが襲ったのは……家畜ですか? それとも……」 人間か。 「言われてみれば……」 その点はあまり考えてなかった、と腕を組む老人。当時は襲撃の対応で頭がいっぱいで、考える余裕は無かったのだろう。 だが、こうして今、改めて思い返してみると。 「家畜狙い……というわけでは無かったように思えるのう」 「それは、つまり」 その答えを聞いて、伝助は思考を巡らせる。熊は食料目当てでなく、村を、人を、襲うためだけに下りてきた……? 「確認しやすが、今年の森の実りは十分だったんでしょうか?」 答えるのは老人ではなく、この場に付き添っている猟師だという村人だ。 「例年通りだな。足りねぇってことはないだろうよ」 やはり食料の問題で熊が襲ってきたという点は薄いか。 また、今度はその猟師にリューリャが問う。 「最近……影喰を見たか?」 もしくは他に見た猟師はいるか。その質問に、猟師は少し考えてから口を開く。 「そもそもそんな頻繁に見かけるわけじゃねぇけど……。ちょっと前に見かけた時は普通だったぜ?」 日付的には襲撃の夜より10日程前。その時点で平常だったのならば、何かが起きたのはその後だ。 「なんにせよ、急な変異……ということになるな」 そしてその原因と思わしき存在を、巫女の老人は目撃している。 「人影、か」 さて、襲撃当夜の様子とは別のアプローチから聞き込みをする者もいた。リィムナとジークリンデだ。 リィムナが話を聞いている相手は村のちょっとした物知りポジションにいる老婆だ。 「今までもこういった事件って起きたりしたのかな?」 「そうさねぇ……」 彼女が調べているのは過去の伝承だ。以前にも同じようなことが起きたのなら、原因と解決策ははそこから導き出せるかもしれない、と。 だが、 「熊と争いになったことが無いわけじゃあ無いみたいだけど……」 それらの争いは、人か熊のどちらか、あるいは両方がお互いの領域を侵害して起きたもの。今回のパターンには当てはまらないものだという。 「そっか……。じゃあ、森の中とか、その周辺とかに、遺跡とか祠みたいなのってあるかな?」 次の問いは、遺跡等の有無だ。それらの封印が解かれて、何らかの影響を与えている可能性を考えたのだ。 「遺跡ねぇ……。そんなのあったかしら」 が、老婆の反応は鈍いもの。 その様子を見て、リィムナはがっくりと肩を落とす。 「うーん、何も無いかー……」 「何も無い……あぁ、はいはい、そういえば」 「うん?」 リィムナの発言を切欠に、老婆が何かを思い出したように首を上下に振る。 「いえね――『何も無い』んですよ」 「空白荒地の調査隊……?」 対するジークリンデが調べていたのは、最近村に訪れた者がいるかどうかというものだ。 彼女が話を聞いている相手は村で商売を営む男だ。 「あぁ。確か高倉の人だったかな。空白荒地を調べるっつうんで、休息やら買い物やらしてたけど……」 「あの、少々お待ちください」 来訪者がいたことは分かる。が、それはそれで分からないことが結局増えた。 そもそも、 「空白荒地とはなんでしょうか……?」 商人曰く。 ここよりそう遠くない場所に、植物も育たず、ケモノも近づこうとしない、何も無い地域があるのだという。 耕作することもできず、資源のうまみも無いので人が住むこと無い。故に、空白荒地と呼ばれている場所だ。 「俺たちにとっちゃどうでもいい場所なんだけど。学者さんにとっては気になるんだろうよ」 「そこで、調査隊……ですか」 何故、何も無いのか。何故、ケモノは近づこうとすらしないのか。そういったことを調べようというのだろう。 彼ら調査隊がこの村を訪れたのは、事件より5日程前だという。 ●調査 聞き込みを終え、開拓者たちはそれぞれの行動に移っていた。 周辺の木々や川の調査を終えた水月が村に戻ると、村の外に何か転がしてるリューリャの姿が目に入った。 「リューリャさん、これはなんなの?」 「木の実とか、獣肉とか……ま、山で採れる食料だな。村でちょいと買い付けておいた」 迷惑料込みで三割り増しでの購入とのこと。 「熊の襲撃は食い物目当てじゃないようだが……一応その確認ってところだな。そっちは何かあったか?」 リューリャの問いに水月はふるふると首を横に振る。 「手がかりになるようなものは無かったの……」 「そうか……。森に入ったのが手がかりを見つけてくれるといいが」 リューリャと水月は森へと視線を向ける。仲間の目的達成と無事を祈って。 熊の棲む森の中。リィムナは隠れるでもなく探索していた。 とはいえ、勿論他の動物に遭遇した時の対策は施している。 「ん〜、これで狸だと誤魔化せてるのかな?」 狸の毛皮を身にまとう少女。外見ではそれ以外に狸の要素はどこにも無い。だが、他者が彼女を認識しようとすれば話は別だ。 彼女自身を狸だと認識してしまう術。ラ・オブリ・アビスが発動しているからだ。 こうして森を探索しているリィムナだったが、何かを見つけてその場に屈み込む。 「っと、いいの見つけた」 彼女の見つけたいいものとは動物の糞だ。彼女はそれを躊躇無く手に取ると体に塗りつける。 「これで人間の匂いも消せるかな? ……うん、後で洗濯してお風呂に入ればいいしね」 とはいっても今はこの臭さに耐えなくてはならないのだが。 そんなこんなで探索を続けるリィムナ。得られた成果としては実りは十分だったという猟師の言葉の裏づけだろうか。 熊が夜行性なこともあってか、リィムナは熊と遭遇することなく探索を終えるのであった。 森のうち、村に近い外側のある地点。襲撃当夜にて謎の人影が目撃された場所だ。 そこで周囲の警戒をしながら髪飾りが外れないよう手で確かめている少女がいた。柚乃だ。 「……大丈夫みたいですね」 危険な気配は今のところ無い。とはいえ、いつ熊などがやってくるか分からない以上もたもたしている暇も無い、と柚乃は歌を紡ぎ始める。 彼女の歌声がローレライの髪飾りを通じて、薄緑色の燐光へと変じていく。暫く彼女の周りを漂っていた光は、意思を持つかのように次第に形を作り上げていく。 時の蜃気楼。精霊の記憶を呼び起こすことで指定した時間に起きたことを、幻影として再生する術だ。 ――よし! 歌いながら心の中でガッツポーズをする柚乃。指定した時間は巫女老人が人影を目撃した時間だ。つまり、人影の正体が分かるはず。 そして幻影が成した形は、 「この人、いえ、これは――」 ●襲撃 夜。 仮眠を終えた開拓者たちは、昼間に得た情報の交換をして、熊の動きを待っていた。 熊の活動が活発になる時間帯。果たして、村の外からの気配を、伝助の超越聴覚は感じ取る。 「皆さん、きやした」 彼の短い警告に、開拓者達は無言で頷くと隠れて熊達の様子を伺う。数は5頭。影喰の姿があるかは今は確認できない。 熊が歩く先には昼間リューリャが置いた食料。普通なら足を止めて貪るそれを、しかし熊たちは見向きもせず素通りした。 「確かに、食い物目当ての襲撃ってわけじゃないようだな」 改めてこの目で確認して、リューリャは己の得物の調子を確かめる。このままだと熊が村の中に入ってくる。それは避けるべきだ。 「いきやしょう」 全員の準備が万端なことを確認して、開拓者たちは物陰から飛び出し、迫り来る熊達と相対する。とはいっても、今はまだ構えるだけ。こちらから仕掛けるようなことはしない……が。 「グオォォォォ!!」 「――っと!」 咆哮と共にいきなり襲い掛かってきた熊の爪を、一番前に立っていたリューリャがパリィで受け流す。 「……仕方ない」 頼んだ、と2人の少女に視線を送る。少女たち……柚乃と水月は頷くと、歌を歌い始める。 「傷つけたくないから……!」 「眠ってなの……!」 歌を聞いたものを眠らせる夜の子守唄。 ケモノとはいえ、そこまで強い存在ではない熊たちは次々と睡魔に抗えず、倒れていく。 「……ですが」 ジークリンデは視線を熊の群れの更に後ろへと向ける。そこに居るのは他の熊よりも一回りは大きい巨大な黒熊――影喰。ジークリンデがアムルリープを行使してみても、以前健在である。 見守るだけかと思われていた影喰であったが、熊の全てが眠らされたのを見てか、双眸を爛々と輝かせて開拓者達に牙を向ける。 「来た――!」 突進してきた影喰の牙が、精霊力を纏うことで光輝き、闇に三日月の軌跡を描く。狙われた伝助は紙一重で避けるものの、肌には二条の紅が刻まれた。 「さすがにヌシは一筋縄でいかないってところっすか……!」 リューリャが剣気をぶつけてみるも、怯む様子は無い。影喰の豪腕をなんとか盾で受け止めるも、衝撃で腕が鈍い痛みが走る。 「っ……! まだ、か!?」 少女達の歌声を聞きながら、影喰の猛撃を裁くリューリャ。だが、一向に影喰が寝る気配は無い。 目の前の狂獣から伝わってくるのは、ただ人間を殺そうという意志。むしろそれだけが思考の全てを支配しているようにすら思える。催眠が通じないのもそのせいだろうか。 どう対処したものか。考えあぐねているところに、解決策は別の方向から来た。 「皆! ここだよ!」 森の中から響く声。それはいつの間にか姿を消していたリィムナのものだ。彼女はナハトミラージュで姿を消して、謎の人影を探っていたのだ。 そして、それを発見した。とはいえ、彼女自身では対象をどうすることもできないから仲間を呼ぶしかない無いのだが。 「水月さん、お願いしやす!」 「わかったの!」 影喰の攻撃の囮となった伝助が水月へと声を飛ばし、少女は闘布を翻して森へと駆けていく。 そして。 影喰が倒れるように眠ったかと思うと、森から2人の少女が顔を出して、腕を振るのであった。 ●新たな謎 人影の正体。それは、 「からくり……いえ、人形と呼ぶべきでしょうか」 水月によって破壊されたものの残骸を見て、柚乃は時の蜃気楼で映し出された幻影と同一であることを確信する。 陶器のような肌を持つ、宝珠を動力とする意思なき人形。 「影喰や熊たちの様子を見る限り……これが原因で間違いないと思います」 既に熊は目を覚まし、大人しく森の奥へと帰っていった。それを鑑みると柚乃の推測は正しいだろう。 「熊を何とかするだけで済むようなものでもないとは思っていたが……これは」 戸惑いの感情が込められたリューリャの呟き。それもそうだ、分からないことが多すぎる。 同様にジークリンデが首を傾げる。 「この人形は一体どのようにしてケモノをコントロールしていたのでしょうか」 「特殊な香とか……音、とか? 犬笛みたいに人間には聞こえない音なら、こっそり操ることもできると思うの」 なるほど、水月の出した答えは面白い。それを聞いた他の者は感心したように頷く。 「ですが」 別の疑問。というより、こちらの方がある意味重大である。開拓者達全員の疑問を、ジークリンデが代表するように口にする。 「この人形はどこからやってきて……何故こんなことをしたのでしょうか」 |