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■オープニング本文 ● 緑豊かな自然が広がっていた。 目の前には悠然と聳え立つ大きな山。すぐ近くには川もある。 だが、ここは通常の世界ではない。 霊剣『布都御魂』を用いて転移できる異世界。この地に降り立つは2振りの霊剣を携えた朝廷の巫女とその仲間達。 朝廷が行ったのは三種の神器『天叢雲剣』を取り戻すための儀式。 彼らは『アの巫女の書』と呼ばれる預言書に従い、天叢雲剣が眠る地へと転移する儀式を執り行った。 ……いや、正確には違うか。 巫女は『アの巫女の書』の記述を思い出す。この地に眠るはヤマタノオロチ――天叢雲剣をその身に宿した八つ首の龍。 ● 封印の地を歩き回って、いくつかの事が分かった。 朝廷の巫女達は最初に自分達が転移した山の前で集まって情報を整理する。 まずこの地は絶海の孤島だということ。 人が住む里があることも判明したが、文明的とはとても呼べず、風俗も現代の天儀とは全く異なる。人間が文化を築く以前の生活かと言われれば納得もしやすいか。 「幸いだったのは言葉が通じたこと、か」 話をしてみたところ、彼らはこの島以外の世界を認識しておらず、暦の概念すら無かった。 朝廷の巫女達が導いた結論は、この世界が『天叢雲剣を封印する為に構成された擬似世界』であるというものだ。 だとしたら、納得できることがある。 「あの里の現状――」 里は1つの大きな問題を抱えていることが分かった。 それこそが、ヤマタノオロチ。 ――ヤマタノオロチが暴れることで川が荒れ、里が滅茶苦茶になる。 ――オロチの機嫌を得るには娘を生贄に捧げるしかない。捧げればオロチは大人しくなり川も静かになる。 ――我々ではヤマタノオロチを倒すことなんてできない。 「本当に神話そのままだな……」 つまり、ここは神話をそのまま再現している世界と言ってもいい。 「そうなると……天叢雲剣を手に入れるためにすべきは神話の再現。ヤマタノオロチの討伐か……」 「ワシを殺すとはまた物騒じゃなぁ」 「!?」 唐突に投げかけられた意識外の声。何事かと振り返れば、壮健な男性がにこやかな笑みを浮かべていた。 男性の口の周りはぼさぼさの髭で覆われているが、みずぼらしさよりも逞しさを強調している。力強く頼りになる中年男性といった印象を受ける。 「あなたを殺す……? それは、どういう――」 「おう、お前さん言ってたじゃろう。ワシを……ヤマタノオロチを討伐するとな」 「何を馬鹿な」 「信じておらんな?」 男が右腕を振り上げる。巫女達によく見えるように誇示された腕は、人間のものではなかった。 「――龍の首!?」 「作り物でもないぞお」 右手が変化した龍が、男の傍にあった岩に牙を付き立てる。次の瞬間、岩は噛み砕かれていた。 普通の人間に出来る芸当では無い。ならば、 「本物のヤマタノオロチ――!?」 「だからさっきからそう言っておるじゃろうが」 巫女達は咄嗟に武器を構えながら冷や汗を流す。ここでヤマタノオロチと遭遇するのは想定外だ。 「それに――」 はっきりとした違和感がある。この世界に来た時から薄々と感じていたものだったが、戦闘態勢に入ったことでようやく理解した。 ――この世界には精霊力も瘴気も、殆ど無い……! この状況ではそれらに頼る術は効果を発揮しないだろう。自身の練力が全てだ。もしくは霊剣に宿る精霊力を引き出すか――。 幾多の攻撃手段を断たれた状態で目の前の化物に勝てるのか――。 だが、 「まぁ、待とうや。別にワシゃお前さんらを取って食う気は無いでな」 ヤマタノオロチは両手を軽く挙げて戦う気は無いことを示す。 相手に戦闘意思が無い以上、ここは話をした方が得策だと判断した巫女達は武器を納める。 その様子を見たオロチは満足げに頷くと、問いかけた。 「それじゃ、どうしてワシを殺したいんか改めて聞かせてくれんか?」 ● 「ワシが持つ天叢雲剣のぅ」 話を聞き終えたオロチは、拍手を打つように両掌を胸で合わせる。 そのまま両掌を開いていくと、掌から生えるように剣が顕現した。 「お前さんらが欲しいのはこれか?」 「――」 オロチが握り締めた剣を見て、巫女達は目を白黒させて口をぱくぱくと動かすだけだ。驚きのあまり声が出ない。 それもそうだろう。オロチが取り出した剣こそが、文献などで見た天叢雲剣そのものだったのだから。 「欲しけりゃ別にくれてやってもいいんじゃが」 「はあ!!!?」 更に続く天叢雲剣のとんでもなく軽い扱いに、巫女達は口を揃えて驚愕の声を上げる。 「神器が、そんな軽い扱いって、ねぇ!?」 「ワシにとって別段必要なものでもないしなぁ。あぁ、けど――」 勿論、剣を渡すための条件はある――とオロチは言葉を続ける。 曰く、オロチが暴れるから生贄を捧げる必要があるというのは誤解なのだという。 ヤマタノオロチには水を操る力があり、川などの流れを制御するのが使命である。 だが、その力を行使するには本来の巨大な八つ首龍の姿になる必要がある。 その姿を人間に見られ、川の氾濫はオロチが暴れたせいだと勘違いされたのだと。 そして人間は娘を生贄に捧げればヤマタノオロチの機嫌が良くなり、川の氾濫は無くなると考えた。 実際に氾濫は治まるが、生贄は全く関係ない。オロチが能力を行使しただけなのだから。 しかし、真実を知る由も無い人々は無意味な生贄を捧げ続ける。 オロチとしても好ましい状況ではない。故に、 「龍の姿を見せないようにして、生贄を無くしたいんじゃが……」 だが川の氾濫が起きる以上、能力を行使するしかない。 「氾濫が起きるのは水を制御する精霊力が枯渇しとるせいじゃ。精霊力を供給するものがあれば、ワシも眠りにつくことができるんじゃがの」 だが精霊力が希薄なこの世界にそんなものがあるかといえば否だ。 「……まぁ、ワシが眠りについただけでは生贄の風習はすぐに廃れんだろうがの」 「姿が見えなくなっただけでは、ヤマタノオロチへの恐怖は拭えない……と」 「10年も姿を見せなければ無くなるじゃろうが、それまでがの。……おーい、ちょっとこっち来なさい」 話の途中、オロチが会話の輪の外へと声をかける。そこには木に隠れるよう様子を伺っていた少女がいた。 少女はどこか怯えながらも駆け寄ってくると、オロチの背に隠れる。 「川に沈められた生贄の1人、クシナダじゃ。この子は運が良く、命だけは助かったのじゃが記憶がの……」 そこでオロチはクシナダを保護しているのだという。 「クシナダを里に返してやりたいが、このままではまた生贄にされるだけじゃ」 ここまで話を聞いて、ヤマタノオロチの求めることが理解できた。 「つまり、どうにかして生贄の風習を無くす。……そうすれば」 「天叢雲剣を渡そう」 どうしたものか――少なくとも今考えたところで答はでないだろう。 こうして、ヤマタノオロチからの依頼を抱えて、朝廷の巫女は帰還した。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
月夜見 空尊(ib9671)
21歳・男・サ
草薙 龍姫(ib9676)
17歳・女・サ
須賀 なだち(ib9686)
23歳・女・シ
鳴神 鎖雷(ib9735)
66歳・男・魔
逢坂 覡(ib9745)
28歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●異世界 「はー……。ここが擬似世界、ねェ」 大地を踏みしめ、北條 黯羽(ia0072)は感嘆の声を漏らす。 「……神話の再現……そして、改変か……さて、どうしたものか…」 月夜見 空尊(ib9671)は己の知る神話と現状の差異について考えを巡らせながら呟く。 少なくとも、神話通りにヤマタノオロチを討伐することが最良とは思えなかった。 「ほっほ、神話とて現実とのズレはあるものなのじゃな。誠に興味深い……が、まずは依頼を果たさねばの」 鳴神 鎖雷(ib9735)の何気ない言葉に、逢坂 覡(ib9745)はふと思う。 ――現実、か。 作られた世界である以上、ある意味自分達にとってこの世界は『現実』ではない。 だが、 「僕たちにとっては擬似世界だけれど、そこに住む人々にとっては此処こそが世界、だからね」 だからこそ、この世界で生を営む者達にとって良い結果になるように――それが彼の願いであった。 「ともあれ、まずはヤマタノオロチと合流するのが先決ですが……」 三成は周囲を見渡す。 「……あのお方では?」 須賀 なだち(ib9686)が歩いてくる男性を見つける。事前に聞いたオロチの姿と一致している。 「よおす、この前やってきたやつらの仲間ってことでいいんかいの?」 開拓者達は頷くと各々が名乗る。一通りの自己紹介が終わったところで、オロチは場所を移すよう促した。 「腰を落ち着けるところに行こうか」 先導するオロチの後をついていく開拓者達。 そんな中、三成に並ぶように歩いていた覡が声をかける。 「三成殿。少々聞きたいことがあるのだけれど……天羽々斬について」 ●儀式 辿り着いたのは、山の中にある簡素な小屋であった。 「ワシだけならこんなもん作らんでもええんじゃがの」 小屋の中から少女が顔を覗かせているのが見える。 「クシナダ、か」 九頭竜 鱗子(ib9676)は事前に聞いた少女の名を思い出す。 オロチは少女に小さく手を振ると、小屋の前にある岩に腰を下ろす。 「さすがにこの人数は入れんからの」 開拓者達が腰を落ち着けたのを見て、オロチは話を切り出す。 「どうするつもりかの?」 それに答えるは空尊だ。 「クシナダを里に返す事……贄の儀を止める事……我も、賛同しよう……」 「具体的な策は?」 鎖雷がうむと頷いて言葉を続ける。 「人の信仰心は非常に強きもの。信じている事柄そのものを変えるのは困難じゃろう」 だから、 「信仰を変えるのではなく、信じる物……神話のその先をわしらで作ってしまおうぞ」 開拓者達の案はこうだ。 八岐大蛇が龍の姿で出現することで、里に贄の儀式をさせる。 そこに開拓者が旅の者として助力を申し出て、ヤマタノオロチを討伐する演技を行う。 最後に、クシナダを登場させ舞を奉じてヤマタノオロチを豊穣の神へと転生させる……というものだ。 「討伐の末、善神に転生したと人々に思わさせれば……贄は無くなる筈だ。 話を聞いたオロチは腕を組んで暫く考え込み、小屋から様子を伺っているクシナダに視線を送る。彼女にそんな大役を任せて大丈夫なのか、と。 「そいつに関しては――」 「――私達にお任せください」 オロチの懸念に答えるは黯羽となだちだ。 「……そこまで言うのであれば、任せてみるかのう」 オロチは立ち上がると、小屋に入りこれからについてクシナダに説明する。 話し終えたオロチが小屋から出ると、入れ替わるように黯羽となだちが小屋に入る。 「では……こちらは詳細の打ち合わせと行こうか」 覡の言葉に、他の者も頷くのであった。 ●クシナダヒメ 小屋の中。どことなく怯えを見せるクシナダ。 まずは心を解すのが先決と判断した黯羽は自ら舞を披露して、クシナダに笑いかける。 「嬢ちゃんにもこんな風に踊ってもらうんだぞー」 言葉は分かりやすいものを選び、またクシナダが楽しく練習できるように意識する。 舞に惹かれたのだろうか。少女の目には怯えよりも興味の光の方が強くなっていた。 「……おどれるかなぁ?」 「できるできる。好きな踊りとかはあるか?」 首を横に振るクシナダ。記憶を失っている影響も大きいだろう。 「なら、俺が教えるよ。ちゃんとできるから、な」 「……うん!」 黯羽が教えるのは天儀の踊りを基本とした簡単な舞だ。 またそれに並行して覚えやすい祝詞も教えていく。何はともあれ巫女としての体裁が重要だ。 「ひとふたみよいつむななやここのとお〜♪」 「はは、いい調子だ」 練習をした後は体を清め、衣装を仕立てていく。 クシナダは身を任せるままなだちの用意した着物「月乙女」に腕を通していく。 見たことがないだろう天儀の華やかな着物にクシナダの目が輝いていく、が。 「……これ、どうやってきるの?」 この世界の住人が着ているのは、布に穴を開けただけの、貫頭衣とでも呼ぶべき衣服だ。着物の着方が分からなくても無理はない。 「では私の言う通りにやってみてくださいね?」 なだちはクシナダの手を取り着方を丁寧に教えていく。 「ん〜……これでだいじょうぶ、かなぁ?」 「えぇ、実によくできておりますよ」 何度かの繰り返しの後、自分1人で何とか着こなしたクシナダ。そのあどけない顔に、なだちは化粧を施していく。 櫛で髪を梳き、下駄を履かせ、頭に簪を挿す。最後に手鏡をクシナダに渡し、感想を伺う。 「わぁ……! すごい……!」 鏡に映った自分の姿を見て喜ぶクシナダ。綺麗になって喜ぶのはどの世界の女の子も変わらない。 「此方の御召し物は私達の気持ちとして受け取ってくださいますと嬉しく御座いますわ」 「ほんと!? ありがとーございます!」 「さぁ、大蛇様にも見て頂きましょう」 「うん!」 黯羽となだちはクシナダを連れて、オロチ達の打ち合わせの場に合流する。 話は一段落ついたようで、それぞれが準備をしているといったところだ。 「オっさん、みてみてー!」 ――え、そんな呼び方なの? 何人かが驚いた様子を見せるのを気にも留めず、オロチは駆け寄ってきたクシナダの頭をくしゃりと撫でる。 「おー、可愛くなったのう」 「うあー、かみぐしゃぐしゃー」 「すまんすまん」 そんな2人に空尊が近づいて、あるものを差し出す。 「……難しい役どころやも知れぬが……ぬしなら、出来よう……。これを使うと、いい……」 空尊が渡したのは芍薬の絵が書かれた扇子だ。 「うん!」 クシナダは嬉しそうにくるくる舞い始める。その様子を見ながら、空尊はオロチにも言葉をかける。 「多少、手荒で痛いと思うが……許してほしい……」 儀式でオロチを傷つけることへの侘びだ。 尤も反応は、 「首の2本や3本落としてもええぞ?」 といったものであったが。 ●蛇 こうして、開拓者達が各々準備を進める中、鱗子は少し様子が違った。 勿論誰かが手を欲しているなら手伝ったりする。だが、自発的に何かをしようというわけではなかった。 理由は、ある。 「――蛇の因子を持つ者が倒される、それで信憑性が出てくると思った」 彼女は依頼に参加した当初、そう考えていた。だから倒される役を演じよう、と。 だがヤマタノオロチ本人が倒される役をするのならば、鱗子が演じる必要は無い。 そうなると、蛇の因子を持つ――蛇の獣人である自分は大蛇を恐れる人々にとって不安要素にしかならない……そう考えたのだ。 仲間達にもそう説明し、三成にも判断を仰いだ。 肝心の三成は困ったような苦笑を浮かべて「九頭竜さん自身の判断に任せます」と言ったので、結局裏方に徹することにしたのだが。 鱗子はオロチの隣に腰を下ろし、彼に声をかける。 「……剣の話とか、聞かせてくれないか」 「天叢雲剣か? そう言われてもワシが生まれてからずうっとこの体にあるもんじゃからの。これといった話があるわけでもないんじゃよな」 生まれたなんて言葉が適当かどうかは分からないとか言いつつ。 「そう、か。ならばクシナダだが……元の家で酷いことをされたかなどは分からないか?」 「分からんなぁ」 何せオロチは人間社会とは関わっていないし、クシナダが記憶を失っている以上聞くこともできない。 「……では、最後に。全てが終わった後、クシナダに人として付き添ってもらうことはできないだろうか?」 巫女を悪しき人物に担がれることを懸念し、信頼できる者を傍仕えにするまでの間、一緒にいてほしいという彼女の願い。 それに対しての答えは。 「無理じゃなぁ」 にべもないもので。 「何故か聞いても?」 「ワシゃ、化生の者じゃからのう。人間の世界で生きることはできぬし、人間もそれを望まぬであろうよ」 例え、オロチが正体を隠していても、だ。交わってはいけない者が交わる世界の歪みは……破滅を招く。 オロチはそう考えているからこそ、クシナダを里に帰したいのだ。 「ま、信頼できる者なら親がついとればええじゃろ」 「……そう、だろうか」 親に捨てられた過去を持つ鱗子としては、親を絶対の保護者として信じることができないのかもしれない。 だが、オロチを説得する言葉も、これ以上彼女は持っていなかった。 こうして準備を終えた開拓者達は里へ向かう。 ●八岐大蛇 里は大騒ぎであった。 何せ山のように巨大な八つ首龍――ヤマタノオロチが里のすぐ傍まで迫っていたからだ。 里が下した結論は生贄を捧げること。 だが、それに待ったをかける者達がいた。 白一色の同じ衣装を身に纏った開拓者達だ。 「……我々がヤマタノオロチを討伐してみせましょう」 「あんた達は……?」 疑わしい目をしていた里の者であったが、志体の力を見せると、縋るように平伏する。 話が纏まったのを見て、なだちが一歩前に踏み出した。 「私が贄となり、八岐大蛇を誘き寄せましょう」 話はとんとん拍子に進んでいき……舞台が整う。 「我が魂の友の為、此の身を八岐大蛇に捧げましょう」 ヤマタノオロチの目の前で、なだちは高らかに告げる。 オロチは咆哮を上げ、その牙を彼女へと突きたてようとする。 「……そうは……させぬ!」 隠れていた空尊が飛び出し、地断撃をオロチの顔面にぶつける。 怯んだ首が引っ込む隙に、隠れていた仲間達が次々に飛び出す。 「ほっほ、若い頃を思い出すのぅ」 鎖雷は別の首が伸びてくるのを避けながら、すれ違いざまに首を七支刀で斬り付ける。 ……合図をしてくれるから避けるのは容易いが、のぅ。 オロチの一撃で地面が抉られているのを見て、鎖雷は冷や汗を流す。少しのミスが命取りだ。 「それに――」 演技用の武器なのもあるが、斬りつけた首には傷一つついていない。 ならばと空尊を見やるが、彼の剣も鱗に弾かれているようであった。 「首を2、3本落としてもいい……とは、また無茶な……要求を!」 比喩ではなく山ほどの大きさの巨体。鋼鉄よりも硬い鱗。人家すら容易く飲み込む首。まともに戦える相手ではない。 「だけど――!」 演技とはいえ、これを傷つけ討伐しなければならない。 その為に覡は預けられた天羽々斬の力を引き出す。 「霊剣よ――その名の通り、羽々を討て!」 狙いはちょうど目の前に差し出されたオロチの首。彼の振るった天羽々斬は、一瞬の閃光と共に、その首を斬り落とした。 オロチの攻撃を避け、次々に天羽々斬で巨体に傷を作っていく。 ――頃合じゃな。 そう判断した鎖雷が覡の隣に立って狼煙銃を放つ。天羽々斬から光の弾が放たれたように演出してだ。 光弾を食らったヤマタノオロチは苦悶の声を上げる。 その直後、彼を包むように地面から白い煙が上がった。裏方の鱗子が煙幕を張ったのだ。 そして煙の中から姿を現したのは――オロチではなく、クシナダ。 見守っていた人々から声が上がる。 煙が晴れていく中、クシナダは舞う。 「ふるべ、ゆらゆらとふるべ」 舞が終わるのと、煙が完全に消えるのは同時であった。オロチの姿はどこにも無い。 それを見届けると、空尊は高らかに宣言する。 「ヤマタノオロチは……豊穣の神へと転生なされた! そして、彼女こそが――」 クシナダへと振り返り、言葉を続ける。 「転生を成し遂げた八岐大蛇の巫女――!」 更に、なだちが言葉を継ぐ。 「クシナダ様は転生なされたとは言え元は人の身。皆様と同じく老いて死していくでしょうが、此度の出来事は此の世に永遠に残ります。転生なさった大蛇様と共にどうか皆様、平穏で実りある生をお過ごしくださいませ」 「また、彼女を悪事に利用したりしないよう配慮を願います」 三成の忠告は鱗子に頼まれた伝言だ。 それを言い終わるが早いか、1人の女性がクシナダへと駆け寄り抱きしめていた。 「あぁ、クシナダ……! また会えっ、うぅ、会え……!」 「……おかあさん?」 ――クシナダ、記憶が? 開拓者が気づくと同時、クシナダは母親の胸で泣き声を上げる。 「おが、お、おがあざああん!!」 親子の再会であった。 だが、これでまだ終わりではない。 覡は川の中州まで歩を進めると、その中心に天羽々斬を突き立てる。 ここはヤマタノオロチに聞いた――精霊力の要地。 話は覡が天羽々斬について聞いたところまで遡る。 「天羽々斬の力の源は分かるだろうか?」 「確か……精霊力だったかと思いますが」 「なら、これで精霊力の供給も出来なくはないと思うけど、朝廷的にはどうなのかな」 つまりは天羽々斬が失われてもよいのかという問い。 三成の答えは。 「天羽々斬が重要なのは、天叢雲剣に繋がるからです。故に、その為に失われるのであれば問題ありません」 その後、オロチにも確認を取った。この霊剣が精霊力の供給源となるかどうか。 答えは是――! 覡は人々に語りかける。 「この剣……天羽々斬がある限り、豊穣神ヤマタノオロチは安寧を約束します」 だから天羽々斬を大事に奉ってほしい、と。 「……これからは……贄の儀式ではなく、祭りを行うがいい……」 空尊の言葉の後、鎖雷が儀式の流れを絵図にしたものを里の者に渡す。 絵に残すことで正しい儀式が受け継がれていく筈だ。 こうして、開拓者達は新たに語り継がれる神話を残し――里を離れた。 ●帰還 オロチと再び合流する開拓者達。 「良い仕事じゃったのう」 言葉と共にオロチが何かを放り投げる。 「って、おィ――!?」 慌てて落とさないように受け取る黯羽。 雑な扱いだが、受け取ったのは天叢雲剣。 そしてこの世界に滞在できる時間は短い。 この世界の全てに幸せを願って、開拓者達は帰還を果たす。 ●神話の果て 現代、天儀。 とある小さな島ではある神話が語り継がれていた。 娘を食らう大蛇を英雄が討伐する、どこでも語り継がれているような神話。 少し他と違うのは、大蛇が豊穣の神に転生したことと、同じく贄から転生した巫女がいたこと。 天儀歴が始まるずっと昔から語られる神話。 神話を裏付けるように、今でも奉られている霊剣が川に突き刺さっているという――。 |