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■オープニング本文 ● 「王! 大変です」 「どうしました?」 この日、一つの不穏な知らせが安須神宮の双子王の元に届けられた。 安雲の街中でアヤカシが町民を襲い、軍が出動する騒ぎになったと言うのだ。 石鏡といえば辺境の地こそ様々なアヤカシの脅威に晒されているものの、三位湖のめぐみによって支えられた天儀で最も豊かな国。気候も穏やかな時期が多い事から牧畜と農耕が盛んという、中心に近付けば近付くほどアヤカシとは無縁の土地なのだ。 にも関わらず今回のアヤカシ騒動は安雲――首都で起きた。 ただ一度の騒ぎでも、人々の心に不安は募る。双子王をはじめ石鏡の上層部は、これが何かの前触れでなければ良いがと、己の不安が杞憂に終わる事を願っていた。 だが、願いに反してアヤカシ騒動の報告は連日続いた。 石鏡の各所で頻発する事件に約四千からなる石鏡の軍は奔走させられ、新年の会議に置いて公表された『大アヤカシ不在の理穴方面を完全に奪還する』という大作戦に際し決まっていた、北面への軍の派遣をも中止せざるをえない状況へと追い込まれていった。 かくして石鏡国内の助けを呼ぶ声は開拓者にも届くようになり――。 ● 石鏡は三位湖の北、十塚と呼ばれている地域でも同様の事件が多発していた。 須佐を始めとした氏族が治めているいくつかの街は手持ちの戦力でなんとか対応している状況だが、とても全域まで手が回っているとは言えない。 何せ、前触れも無く突然にアヤカシが、瘴気が発生するのだ。本来有り得ない筈のことが起きている。 そしてアヤカシは……いつもと変わらぬ日常にその牙を突き立てる。 十塚はある森の中を1人の男が歩いていた。 いや、正確には1人と1匹だ。 清太という名の男の傍らには灰色の毛で覆われた巨躯……狼の姿があった。 通常の犬や狼よりも一回りも二回りも大きい巨狼であり、ただの狼ではないことが見てとれる。ケモノだ。 ともすればあっさりと命を奪われそうな存在が隣にいるというのに、清太は怖気付くことなく平然としている。 「なぁ、疾風。最近の騒動知っちょるか?」 狼――疾風に声をかける清太。話しかけられた疾風は尻尾を軽く振ることで返事とする。 「どうも最近アヤカシがあちこちに出没しとるようじゃ。もしかしたらこの森にも出てくるかもしれんのう」 彼らが歩いている森はこの辺では極めて精霊力が強く、故にここでだけ採取できる薬草などがある。清太はそれらを捌くことで生計を立てている。 本来ならアヤカシが出てくる筈は無いのだが、最近の騒動を鑑みると現れる可能性もある。 「……ま! その時は疾風に守ってもらおうかの!」 緊張感無くからからと笑う清太。疾風はちらと視線を清太の顔に向けると、しかしすぐに前を向いて歩の速度を速める。 「って、おーい! 待ってくれや!」 慌てて追いかけることで再び疾風に並ぶ清太。 つっけんどんな態度の疾風だったが、もしそのような目に遭ったとしても清太を見捨てることはしないだろう。 何故なら彼らは二十年来の相棒なのだから――。 ここ、十塚は他の地域に比べてケモノが多く生息していることで知られている。 場合によっては人間の敵となるケモノだが、人々が選んだのは共存の道。 この清太と疾風の関係はそのいい例だろう。 出会いのきっかけは森で怪我をしていたまだ幼い疾風を、やはり幼かった清太が救ったこと。 それから色んなことがあった。衝突も喧嘩もすれ違いもあった。だが彼らの間には絆があった。 疾風は成長して立派な巨狼となり、この森のヌシとなった。多くのケモノが住まう森を清太が安全に探索できるのは疾風のお陰だ。 そうして彼らは今に至る。 いつものように採取を行う清太。 彼が目当てとしている薬草は入り組んだ森の奥深くにしか生息しておらず、森に精通した者しか辿り着くことはできない。 「ふぅ……今日はこんなもんかの」 必要な分だけ採り、他は成長を待つために残す。いつもの作業を終えて、額の汗を拭った清太はあることに気づく。 「うん? どうした疾風」 鼻を鳴らして周囲を警戒する疾風。いつもは腰を下ろして余裕のある姿だったのが、今日は忙しなく動き回っている。 「……まさか」 清太の脳裏に過ぎるのはアヤカシ騒動。疾風はその不穏な気配を察知したのかもしれない。 「疾風、急いで――」 帰るぞと言い切る前に、疾風が清太の服の襟を掴んで引きずり倒す。 直後、先ほどまで清太が立っていた場所に風切り音と共に飛来した矢が突き刺さった。 「なっ――!?」 矢が飛来した方向を見ると、そこには弓を番えた―― 「小鬼!?」 アヤカシだ。 1体だけではない。刀を持った小鬼、鎚を持った小鬼、そして金棒を持った巨鬼。 どれも精霊力の満ちたこの森に相応しくない存在だ。 「わぷっ!?」 驚きのまま動けないでいる清太を疾風が器用にその背に乗せ、清太が何かを言う前に走り出した。 人間を背に乗せた狼は、アヤカシの追っ手から逃げながら現状について考えていた。 単純な足の速さで考えたら……逃げ切れなくは、ない。 だが問題は数体いる小鬼の弓矢だ。背を向けて逃げている以上、絶対避けきれるとは言い切れない。 更にその矢が背に乗せた人間に当たったらどうなるか。自分ならともかく、脆弱な人間には致命傷だろう。 だからといって人間を伴って小鬼を叩くのも自殺行為だ。 故に、狼は―― 「な、俺に降りろと?」 狼は首を振って森の出口を示す。お前だけでも逃げろ、と。 「じゃあお前はどうすんだ!?」 その言葉に、背を向けて鬼達のいる方向に走り出すことで答える。 「おい、無茶じゃ疾風!!」 狼は人間の呼びかけを無視して、走る速度を速める。人間には到底追いつけないスピードだ。 そして狼は小鬼の内1体に飛び掛かりながら吼える。 ――我が相棒には手を出させん! ● 命からがら森から逃げ出した清太はすぐさま助けを呼んだ。 「このままじゃ疾風が殺されちまう! 俺に出来ることならなんでもするから、あいつを助けてくれ!!」 その声は須佐を治める天尾家に届いた、が。 「動かせる戦力……厳しいところですね」 手持ちの兵力を確認していた当主の娘が困ったように言う。街にはある程度防衛力を残さなくてはいけないし、アヤカシが出没したのはその森だけではない。 武蔵や扇姫といった重要戦力も都牟刈の祠を始めとした重要ポイントを守らなくてはいけない。そこが瘴気に汚染されるのは絶対に避けるべきだからだ。 そうなると、 「まー、開拓者を頼るのが一番なんじゃない?」 ケモノの王である黒髪の少年――叢雲の言葉に、少女は頷くしかないのであった。 |
■参加者一覧
朱華(ib1944)
19歳・男・志
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志
リシル・サラーブ(ic0543)
24歳・女・巫
昴 雪那(ic1220)
14歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●狼 依頼を受けた開拓者達はアヤカシの現れた森に向かうより先に、ある人物に面会していた。 「おぉ! あんたらが疾風を助けてくれるっつう開拓者さんか!」 そう、依頼人の清太だ。 開拓者達の姿を認めると、今にも泣き出しそうな顔で頭を下げる。 「疾風を助けてやってくれ! 俺にできることなら何でもするから!」 その言葉を聞いた開拓者達は顔を見合わせて、頷く。 実は清太に頼みたいことがあって会いにきたのだから、彼に覚悟ができているというのだったら話が早い。 時間が惜しいこともあり、挨拶もそこそこにリシル・サラーブ(ic0543)が早速本題を切り出す。 「清太さん。……案内を、お願いできますか?」 「案内……っつうと、森の案内を?」 リシルは頷いて肯定する。 「危険が伴うことは、否定できませんが……必ず、護ります。あなたも、疾風さんも」 ともすれば自身を危険に晒しかねない提案に、しかし清太は、 「あぁ、任せてくれ!」 一切の躊躇を見せることなく了解する。 それだけ疾風のことを……相棒のことを大切に想っているのだろう。 その姿を見て、昴 雪那(ic1220)は己の心を確かめるように胸に手を当てて意思を固める。 ――助けなければ、と。 からくりである彼女は主を病気で失ったことで覚醒した。 だから、知っている。……大切な存在を失うことはとても辛いことだと。 故に彼に同じ悲しみを味わわせたくない。 しかし、忘れてはいけない。ウルシュテッド(ib5445)が清太に忠告する。 「だが君自身の安全を最優先にする事、それが疾風の望みでもあるんだろ?」 相棒を救う為に命を賭けた。それは狼である疾風も同じこと。 どちらかが無事なだけでは意味が無いのだ。 「心がある者は、命が無事なだけじゃ救われないからね」 「う、む、そうじゃろうけど……」 どこか不安そうな様子を見せる清太。 それもそうだ、彼に戦いから身を護る術なんてものはない。安全を優先しろと言われても容易くない。 だが、そんな彼の不安を吹き飛ばすように朱華(ib1944)が清太の背を軽く叩く。 「身の安全は護る。だから、真っ直ぐに相棒の元へ向かってくれ」 依頼人が大切な存在の為に命を張るというのであれば、その命を――想いを護る。 「その為に、俺達開拓者がいるんだ」 「……!」 背中に当てられた朱華の力強い掌に、清太の心を侵蝕していた不安が消えていく。 ――あぁ、そうだ。自分は彼らを信じて前を向けばいい。 「行きましょう!」 清太を伴って森に入る開拓者達。 人の手を拒むかのごとく樹木が繁茂した森は、なるほど精霊力が強い土地らしい。 「精霊の加護ある森に鬼アヤカシあり、か。……全く、どこから降って湧いたんだか」 そうなるとどこからアヤカシが現れたのか……と呟くは刃兼(ib7876)だ。 実際に入ってみて分かったが、辺りに瘴気の気配は全く無い。 だが鬼アヤカシが現れ、疾風を襲っているのは紛れもない事実だ。 「好き放題暴れられる前に、退場願いたい所だ」 「全くじゃあの……っと、こっちです!」 清太の呼びかけに一行は足を止めて、彼の指差す方に視線を向ける。 「あのまま進んでも崖なんで。回り道せにゃならんのです」 「そうだったか。……清太殿がいて正解だったな」 藤田 千歳(ib8121)は自分達が先程まで進んでいた方向を見てひとりごちる。ぱっと見た限りでは崖に当たりそうには見えない。 案内無しで森に入っていたら例え探知系の術があったとしても疾風のもとに辿り着くのは非常に時間がかかっただろう。 こうして開拓者達は森の奥深くへと足を踏み入れていく。 その最中、初めに気づいたのは超越聴覚で神経を研ぎ澄ませていたウルシュテッドだ。 「ん、これは……?」 ざわりという草木を揺らす音。風が起こしたものかと思ったが、明らかに音はこちらに近づいている。 次いで朱華と千歳が何者かの気配を心眼で悟る。 「何か……近づいてるな」 「それも、群れだ」 だが、と否定の言葉を続けるのは瘴索結界を展開したリシルだ。 「こちらは何の反応もありません……」 つまり瘴気を伴った存在ではない。だが何かが近づいてきているのは確かだ。 開拓者達は清太を後ろに下げて近づいてくる存在を待ち受ける。 それは、 「狼の群れ――!」 正確にはケモノ狼の群れ、だ。 「普段は見ないのに、なんでこんな時に!?」 「こんな時、だからでしょうね」 驚愕する清太の疑問に答えるは雪那だ。 ヌシである疾風を伴っていない以上、清太は縄張りを荒らす侵入者と見なされておかしくない。普段はいない開拓者も一緒だから尚更だ。 「ですが……だからといって彼らの相手をしている暇はありません」 事態は一刻を争い、またケモノ達を傷つけるのは本意ではない。 「――覇ッ!!」 雪那の放った気迫の篭った一喝は、牙を剥いた狼の足を止めた。 「今のうちに行きましょう」 狼が近づけないよう次々に喝を放った雪那の言葉に、一同は頷くと急いでその場を発つのであった。 ●鬼 傷だらけの狼は追い詰められていた。 ヌシである彼に逃亡は許されない。刀を構えた小鬼の首を噛み千切り、次の獲物に飛びかかろうとする。 ――!? だがその瞬間、彼の側頭部に高速で叩き付けられる鉄塊があった。鬼達を統率する巨鬼の金棒だ。 衝撃で弾き飛ばされた巨狼が地面に数度跳ねる。背に刺さった矢が折れて鏃が更に深く入る。 ――ここまで、か。 弓を持った小鬼が矢を番えてるのが、別の小鬼がこちらに走っているのが目に入る。 だが狼にもう立ち上がる力は無かった。 ――ああ、相棒は逃げ切れただろうか。 狼に最期の時が、 「貴方の友の願いにより、加勢させて頂きます」 訪れなかった。 疾風と小鬼の間に入った雪那が薙刀を振るえば、烈風撃の衝撃波が小鬼を吹き飛ばす。 狼に迫っていた刃は退けたものの、高地に陣取るように弓を構えている小鬼は狙いを疾風に定めたままだ。 しかし、その小鬼の懐に刃兼が入る。 「――さて。角ある者同士、お相手願おうか」 鬼神の銘が付けられた大太刀を横薙ぎに振るう。小鬼は咄嗟に弓で受けるが、大太刀は弓ごと小鬼の胴を分断していた。 「されど修羅は修羅。悪鬼羅刹の類にあらず、だけどな」 鬼を斬る鬼……修羅は彼だけではない。 「浪志組隊士、藤田千歳。推して参る」 小鬼の囲みの一角に吹き荒れるは風の刃。瞬風波を放った千歳は一気に距離を詰め寄り追撃を加える。 疾風を包囲する小鬼達の陣形に乱れが生じる。 「清太さん、心配だろうが動かないでくれ。俺達がどうにかする」 「わ、分かった」 持ち込んだ矢盾に隠れる清太を安心させるように、朱華が矢盾越しに声をかける。 「リシルさん、いけそうか?」 「はい、なんとか……!」 清太と同じく矢盾に隠れたリシルが盾から顔を出して狙いをつける。 「届いて……ください!」 彼女の手から精霊力の塊が半円を描いて放たれる。それは見事に狙い通り――疾風に当たった。 リシルが発動したのは愛束花。傷を癒す精霊術が、疾風の流れ続ける血を止め体力を回復させる。 ぐ、と脚に力を入れて起き上がる疾風。なんとか動くことはできそうだ。 「よし、これで――!」 敵集団と清太達の間に矢盾を設置していたウルシュテッドは、疾風の様子を見て窮地を脱したと判断する。 敵陣形は疾風を半円状に囲んでいた近接型の小鬼が6体に巨鬼が1体。更にそれより一回り外側に高地となる場所に弓を持った小鬼が5体という状況だ。 だが巨鬼が咆哮と共に金棒で矢盾の方を指すと、小鬼達が包囲を解いてそちらに向かって走る。 「狙いは……リシルか!?」 近づいてくる小鬼の懐に一瞬でもぐりこんで、胸を忍刀で一突きするウルシュテッド。影の瞬殺により小鬼の1体は瘴気へと還っていくものの、他の歩みは止まらない。 巨鬼は先の愛束花で回復の術を持つリシルを一番危険視したのだろう。小鬼だけでなく巨鬼自身も彼女の方へと走る。 「っ……まずいな。いくらなんでもアレは耐えられないぞ」 迫りくる小鬼を朱華は紅焔桜を用いた桜光の剣撃でなんとか退けているが、巨鬼も向かってくるのを見て冷や汗を流す。 こちらに放たれた矢は矢盾のお陰で清太には当たらないが、巨鬼がその巨腕を振るえば板きれ1枚破壊するのは容易いだろう。 「なら俺が止めるしか、ないか!」 巨鬼の背に追いすがるように駆けたウルシュテッドが、巨鬼の肩甲骨の隙間に差し込むように忍刀を突き立てる。 ――硬い! 鱗も甲殻も無いのに、純粋に筋肉で邪魔されて刃が深く刺さらない。 効果的な一撃には遠いが、しかし巨鬼はウルシュテッドを鬱陶しく思ったのか、足を止めて向き返ると同時に金棒を振るう。 「ッ!」 寸でのところで避ける、が背後から射られた矢はさすがに避けることができずに被弾する。巨鬼の攻撃に当たらなかっただけマシだと考えるべきか。 ともあれ足止めは成った。 「なら、今のうちに――!」 刃兼が弓持ちの元へ跳躍し、大太刀を振るう。不意打ち気味に飛んでくる矢は大きな脅威となるからだ。 幸いというべきか、弓持ちに近接戦闘能力は皆無で切り捨てることは容易い、が。 「……また面倒な配置を!」 敵はなるべく高地となる場所……例えば大岩の上などを選んで陣取ってる為、そこに移動するにはやや手間がかかる。 「刃兼殿、こちらはお任せを」 「頼んだ!」 刃兼から離れた場所の樹上にいる小鬼に、千歳が瞬風波で撃ち落とし、起き上がる前にその首を寸断する。 だが、 「遠い……!」 また別の弓持ちは千歳からも遠い。そちらに向かうべきか、それとも手頃な近接型の小鬼を減らすべきか逡巡する千歳。 だが、彼の脇をすり抜けて灰色の風が弓持ちへと走っていった。 「今のは――疾風殿!?」 驚きのまま、先程まで疾風が居た筈の場所に振り向くと、そこにいるのは簪を手にして少し呆気に取られていた様子の雪那だけであった。 彼女が覚戒での疾風の治療に当たっており、回復した疾風がいきなり駆け出したといったところだろう。 疾風は狼らしい軽快な動きで弓持ちへと飛びかかると攻撃を加える。 回復しきってないだろうに戦列に加わる疾風に、刃兼は感心する。 「さすが森のヌシにして巨狼のケモノ、縄張りを荒らすものに黙ってはいないということか」 開拓者達に止める気は無い。 森のヌシである疾風の意思を尊重するつもりだからだ。 とはいえ、 「ヌシとしての矜持も分かる。が、ここまで来たんだ。俺達も頑張らないとな」 彼1人に任せる気は毛頭無い。朱華は迫りくる近接型を切り伏せる。 「敵は……この場にいるのが全てのようです」 「ならば、ここが正念場――!」 リシルの瘴索結界に他の反応は無い。彼女が白霊弾で撃ちぬいた小鬼に千歳が攻撃し、確実に数を減らす。 1体、2体と小鬼は次々と息の根を止め、最後に残るは巨鬼――! 「耐え抜いた、な」 肩で息をしながら、ウルシュテッドは眼前の巨鬼を見据える。 金棒で強かに叩かれた体の節々が痛む。リシルが癒してくれても全快には遠い。 対する巨鬼は筋肉の鎧のせいで大した傷は負っていない。元より倒すつもりはなく、抑えるのが目的だ。 そして小鬼がいなくなった以上、開拓者全員で巨鬼に当たることができる――! 「往きます――!」 雪那が低い位置で振るった薙刀は、地に散らばる落ち葉を巻き上げる勢いで巨鬼の足へと襲い掛かる。 血飛沫が舞い、瘴気に還る。だが強靭な体は揺らぐことなく、金棒を攻撃後の隙を見せた雪那に叩きつけた。 「ぐっ、がっ!?」 吹き飛ばされ、背中から大木にぶつかる。だが、彼女の狙い……隙を作ることは成功した。 ――お願いします! 彼女の声に呼応するかのように千歳が動いた。 「いかに丈夫だろうと……攻撃を重ねれば!」 刀を鞘に納めた状態からの神速の居合い斬り。煌く白刃が閃光となって巨鬼の足――雪那が斬りつけた足に深く痕を刻む。 巨体が、揺らぐ。 「追い討ちさせてもらおう!」 更にと傷口にウルシュテッドが忍刀を突き立てる。刃を阻む筋肉が裂かれていることで、腱の切断に成功する。 ここが好機。 「うおおおおおおお!」 刃兼が巨鬼の腹部に猛烈な蹴りを入れる。いくら強靭な肉体を持つ巨鬼でもこれだけ足に攻撃を加えられては立っていられない。 仰向けに倒れる巨鬼を、刃兼は一歩追う。目の前には差し出されるような形になった巨鬼の首。 「おおおおおッ!」 勢いを一切殺さず、大太刀を振り下ろす。これこそ示現剣術が奥義タイ捨剣。 刃が巨鬼の首の半ばまで食い込む。それを引き抜くと、地に落ちた巨鬼の体は次第に消えていった。 ●相棒 「皆さん、ご無事ですか?」 戦闘が終わり、清太や疾風、仲間達の様子を確認していく雪那。大怪我を負った者がいないのを確認して、ほっと安堵の息を吐く。 「おおぉん!! 疾風えええぇ!!!」 肝心の清太は泣きながら疾風に抱きついていた。 涙や鼻水などで疾風の毛並みがぐしゃぐしゃになっていくが、疾風は気にせずにされるがままだ。尻尾を小さく振ってることから、むしろ嬉しいのかもしれない。 そんな彼らの様子を見て刃兼はふと思う。 「相棒を逃がすために単身鬼に向かったケモノに、相棒を助けるために何でもすると言った人、か。本当に、人とケモノの絆が深いんだな」 その言葉に雪那も頷いて同意する。その強い絆があったからこそ互いを救えたのだろう、と。 そんな彼らの手助けができたのなら幸いだった、と。 雪那は己の手を見る。少々持て余していた自分の……覚醒からくりの力。 だが、この力が誰かの助けになるなら悪くないかもしれない。 まさに相棒という言葉が相応しい清太と疾風の様子を見て、千歳は思わず自身の相棒との関係を振り返っていた。 出会いはギルド登録時。名刀の様に鋭い面構えだったことから、祖父が使っていた刀の銘から名を取り……国重と名付けた。 だが、その後は合戦で共に戦う程度であまり顔を会わせる事もない。国重自身、あまり自己主張しないし、千歳も饒舌な方でもない。 だからこそ、深い絆で結ばれた者同士を見ると、少し羨ましくも思う。 「……帰ったら、身体を洗ってやるかな」 その呟きを聞いて、刃兼が小さく笑う。相棒と仲良くいたい、と同じようなことを考えていたからだ。 帰り際に皆と相棒話をしてみるのもいいかもしれない。 無事疾風を救出した開拓者達はこうして森を出る。 ウルシュテッドが森の中に目印などをつけていったので、後日アヤカシが何故現れたのか調べることもできるだろう。 「他のケモノも安全は保障しておきたいな。……人里の近くに住まうのは駄目か?」 朱華の提案。 そう容易いことではないが、清太と疾風の絆があれば不可能ではないかもしれない。 何しろ、ここは人とケモノが共に暮らす土地。十塚なのだから。 |