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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「よ……っと」 線の細い青年が、大きな石に腰掛けながら自身の顔を確かめるように撫でる。 その顔には傷ひとつ無い。数日前の時点では、殆どが吹き飛んで消滅していたのにも関わらず、だ。 彼の名は一正澄。人間であった正澄の体と記憶を奪い取ったアヤカシである。 彼は目を閉じてじっとこの身の記憶を探る。 頭部が無かった頃には曖昧だった記憶も、大体はっきりしてきた。 ――あぁ、この思い出はいいなぁ。 記憶が確かならば、弟である三成の数少ない家族であり、最も頼れる存在が正澄であったらしい。 なら自分が三成を殺し食そうとしたならば、どれだけの絶望を味わえるのか。アヤカシの本能として、思わず小さく喉を鳴らす。 「……っと、そういう楽しみ方はこの身体じゃなくてもいいんだし。今出来ることを優先しなくちゃな」 正澄を狙ったのには勿論理由がある。それが、彼の持つ知識。 より多くの人間を滅ぼし、絶望させるための知識。 が、 「む――」 思い出そうとすると記憶に靄がかかったようになって何も思い出せない。 ……こりゃあ、頭が木っ端微塵になったせいか? その可能性は高い。尤も、そうだとしても時間を置けば記憶復元が進み、いずれは思い出せるようになるだろう。 「だけど、あんまり時間がかかるのもなぁ……ん?」 これからどうしたものかと悩み始めたところ、記憶の片隅に引っかかるものがある。 それは正澄の最近の会話。 『岩戸島か』 「くく、ははは」 その記憶が鍵となって、芋づる式にある知識の封印が解かれた。 「――こりゃあ、いいな!」 ● 豊臣雪家は報告書を難しい顔で睨みつけていた。 「さて、彼奴は何をやろうとしているのかの」 アヤカシの狙いは何なのか。思案を続ける雪家にある報告が飛び込む。 「豊臣様! 舞照遺跡がアヤカシによって襲撃されたようです!」 遭都にある、朝廷が厳重に管理している遺跡だ。 「このタイミング……。偶然、ではなかろう」 かの遺跡は一家に関わりがある遺跡だ。ならば襲撃したのは正澄と考えるべきだ。 「して、どうなったかの」 「警備の者は全てアヤカシに殺されたようです。騒ぎを聞いた者が駆けつけた時には既にもう……」 「占拠されていた、と」 部下は頷くと、報告を続ける。 「また、監視していた者によりますと、占拠された遺跡から一正澄が出てきたとの報告があります」 「……して、彼奴は?」 「どこかへ去った、と。追撃しましたが、別のアヤカシの妨害もあり逃げられました」 正澄に憑いたアヤカシは瘴気を隠し探知から逃れる術を持っているらしい。 目立ちにくい人型アヤカシが瘴気を隠すとなれば、捜索が難航するのも致し方ないといったところか。 「舞照遺跡に正澄……のぅ」 雪家には遺跡襲撃の理由の検討がついていた。 ――狙いは岩戸島だ。 ならばと部下に命を下す。 「……天儀周辺の空を観測するよう、人を動かせ」 「観測、ですか?」 「存在しなかった島が見つかる筈だの」 部下は心中で島について疑問を抱きつつも、それを表に出さず了解の意を示す。 「分かりました。しかし、そうなると遺跡についてはどうしましょうか?」 観測隊に人を割くとなれば、占拠された遺跡のアヤカシを討伐する人員も減る。 ただでさえ今は様々な動乱が起きて人手が足りない状況なのだ。 「ならば、そちらに関しては開拓者の手を借りるとしよう。その時のための開拓者だ」 部下が部屋を退出したのを確認してから、今まで黙していたからくり――雪家の秘書が問う。 「よかったのでしょうか?」 「何がかの」 「遺跡攻略に開拓者の方々の手を借りることです」 秘書は、側近として与えられた情報を確かめつつ言葉を発す。 「遺跡を訪れた開拓者は、遺跡の意味を……そこから繋がる秘密に関わろうするでしょう。それは――」 朝廷にとって望ましくない事態ではないのか。そう言い切る前に、雪家が口を開く。 「で、あろうな。……しかし、今は体裁を取り繕っている場合ではないのだ」 もしこのまま正澄を止められなくても、いずれ朝廷の秘密は人々に知られる。それも、恐らくは最悪の形で。 ならば、そうなるより先にリスクを抱え込んでも開拓者の手を借りるべきだ。 それが雪家の判断であった。 ● 舞照遺跡を進むは朝廷から派遣された偵察兵。 「出たか」 鼻をつく異臭を感じて、兵達は足を止め武器を構える。 這うような音を伴い現れたのは――半透明の壁。 「こいつは……粘泥の一種か」 固体と液体の中間のような体を持つアヤカシ、粘泥。ジルベリアではスライムとも呼ばれる。 目の前に現れた粘泥は巨大であった。何せ道を埋め尽くす程である。粘泥の壁といって差し支えない。 「こいつをどうにかせんことには先には進めん……か!」 兵のうち1人が刀を粘泥壁に向かって突き立てる。泥に棒を沈めるような手応えと共に、刀が壁に埋まっていく。 効いているのか、と疑問に思うより先に壁に動きがあった。 「!? 離れろ!」 「なっ――!?」 刀が突き刺さった所を中心にして、爆発したかのような勢いで泥が盛り上がり兵を飲み込む。 壁に飲まれていく兵の宙に伸びた手を仲間が掴み、力ずくで引っ張りあげる。 「大丈夫か!?」 「げほっ、ぐっ……!」 何とか生きているものの、鎧は崩れ落ち、肌は焼け爛れている。一緒に吐き出された刀は錆び付いてしまっていた。 「ちっ、こりゃ整備するまでは使い物にならねぇな……」 「……おい、あれ見ろよ」 別の兵が粘泥壁に向かって指差す。その先には、半透明の壁の中に浮かぶ白いもの。 「人の骨じゃねぇか?」 「……俺も、助けてもらわなかったらああなってたってことかよ」 「これは……近づくのは自殺行為だな。おい」 剣を構えた兵が後衛の兵へと声をかける。 後衛は弓術士と巫女だ。彼らなら粘泥壁に近づくことなく攻撃することができる。 前衛が壁から離れたのを確認して、後衛の2人は攻撃を仕掛ける。 「どうだ!?」 壁に飲み込まれていく矢と光弾。 直後、再び壁が弾けた。それも先ほどのように1人を飲み込むようなものではなく、通路を埋め尽くす散弾のような弾け方だ。 「がぁぁ!?」 「うわぁぁぁぁ!」 皮膚を焼く散弾を受け、兵達は痛みに呻く。 近づいて攻撃すれば壁に飲み込まれ、遠くから攻撃すれば酸液の散弾が発射される。 外敵の侵入を許さない壁に相応しい能力といえるだろう。 幸いなことに、やはり壁だからか歩みはそこまで速くない。逃げに徹しれば壁に飲み込まれることはないだろう。 そう判断した兵隊長は全員に撤退を指示するのであった。 ● 一家の屋敷。 今まで以上に警備が強化された屋敷の一室で、屋敷の主はぼぅっと佇んでいた。 「……あぁ」 兄の部屋。だが、兄はここにはいない。 遺品の整理をしなくてはいけない。 兄が遺したものを受け継がなければいけない。 だが、 ――何も、考えたくないなぁ……。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
春原・歩(ib0850)
17歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
禾室(ib3232)
13歳・女・シ
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●遺跡 舞照遺跡。 朝廷によって管理されていたが、今は正澄の手によってアヤカシに占拠されている。 そのアヤカシ討伐の任を受けた開拓者達が、朝廷の兵の案内を受けて遺跡の前までやってきていた。 「これが遺跡内の地図です。……では我々は後詰にまわりますので」 「……うむ。了解した」 羅轟(ia1687)が受け取った地図を広げ、何人かがそれを写し、更に粘泥壁の出現位置といった情報を書き込んでいく。 地図を手帳に写している禾室(ib3232)が筆を動かしながら首を捻る。 「ふーむ……。こうして地形を見る分には普通の遺跡のようじゃが……」 形に意味があるのか、もしくは不自然な空白があったりしないかなどと考えて注視してみるが、これといって気になるところは特に無い。 「そうなると……やはり鍵は奥にあるという祭壇になるのでしょうか」 「じゃろう、な」 朝比奈 空(ia0086)の言葉に禾室は同意を示す。 何もない、という場合を開拓者達は想定していない。そもそも朝廷が厳重に管理している時点で何かがある根拠になるからだ。 それだけではない。 「……何故……ここに……来た? 一……正澄」 羅轟の疑問。アヤカシとなった正澄がわざわざ襲撃してきたというだけで、十二分に怪しい。 そして正澄が遺跡に一体何をしに来たのかは、正澄の目的を知ることにも繋がる。 だからこそ、ケロリーナ(ib2037)にも気合が入る。 「アヤカシさんを退治して正澄おじ様もどきが何をしていたのか調べるですの〜」 その言葉に水月(ia2566)もこくりと頷く。 「あのアヤカシが動いているというのなら、放っておく訳にはいかないの」 水月としては、正澄の動きだけでなく屋敷に残っている三成の様子も大分気になっているのだが、三成に対して何が出来るのが分からない……というのが実情であった。 だからこそ、まずは目の前の問題を片付ける。 ここに来る前に一家の屋敷を訪ねたという春原・歩(ib0850)に詳しい話を聞いてみたい気持ちはあるが、彼女は「余所見してちゃ、危ないものね」と気持ちを遺跡に切り替えているようだ。 ……うん、後で聞こうなの。 自分も積極的に気持ちを切り替えようと、水月は遺跡に視線を切り替える。 彼女の隣に並ぶように立った緋那岐(ib5664)もまじまじと遺跡を見やる。 「ま、普段は立ち入れない場所だ。これも折角の機会だ。いくぞー!」 朝廷が厳重に管理している遺跡だからこそ、もしや何やらの秘密を探れるのではないかと、ある意味では興味津々の緋那岐。 「確かに色々と謎を解く機会ではありますね」 そう言うのはバロネーシュ・ロンコワ(ib6645)だ。敵の目的が分かるかもしれない、それに……と言葉を続ける。 「それに朝廷の思惑が凌げるかどうかなのですが」 未だに見えぬ朝廷の思惑を見抜くきっかけになれば、と。 ●粘泥壁 遺跡を進むことになった開拓者達。 遺跡内部には明かりとなるものはなかったが、松明や水月の夜光虫のお陰で不自由はしない。 「しかし……この道幅ではやはり壁を作るのは無理そうですね」 「残念ですの〜」 通路の壁を確かめるように撫でながら言うのは空とケロリーナだ。 アイアンウォールを運用することを想定していたが、道幅が2メートル程度しか無い以上生成はできない。 小さく生成できないものかと試してはみたものの、せいぜい1割程度小さくするのが限界であった。 罠などを調べながら慎重に進んでいく開拓者達の前に、それは現れた。 明かりを受けて微妙に煌く粘泥壁が姿を見せた。 「これは……確かに、壁……だな」 通路を埋め尽くす圧倒的な大きさに、やや呆気に取られつつ見上げる羅轟。 まだ距離が空いており、敵の移動の遅さを考えれば飲み込まれることはないだろう。 「とはいえ、迂闊に攻撃を仕掛けるわけにはいきませんね」 バロネーシュの言う通り、この壁は能動的に攻撃をしてこないが、こちらから仕掛ければ即座に反撃する性質を持つ。 「確か……少し戻ったところに曲がり角があったよね」 来た道を振り返る歩に釣られて、同じく後を振り向く水月。 「はいなの。場所的にもちょうどいい……と思うの」 それは反撃されないように攻撃するのにちょうどいいという意味だ。 開拓者達は頷きあって、行動に移す。 空とバロネーシュがその場で術を発動する。すると彼女らから発せられた光が足元に吸い込まれていくように消えていった。 「あまり手間取るわけにもいきませんし……1回分が限度でしょうか」 「そうですね。誤爆が怖いですし」 吹雪の罠を仕掛けるフロストマインだ。 難点があるとしたら敵味方関係なく発動する点だ。即時発動ではないとはいえ、すぐにその場から逃げなければ吹雪は開拓者達を襲う。 「はぅ、急ぎませんと……。モグラさん、お願いしますなの」 味方が次々と曲がり角の向こう側に避難していく中、水月も同じように罠系の術である地縛霊を設置するとすぐさま退避する。 こうして開拓者達全員が角に入り、粘泥壁の直線状から逃れる。 「あとはあいつが勝手に進むだけでボン――」 緋那岐の軽口に連動するかのように、ごうごうと強烈な風圧と冷気、振動が角の向こうより発せられた。 それとほぼ同じタイミングで酸の弾丸が壁に叩き付けられるのが開拓者達の視界に入った。 「……下手すれば、あれが直撃……か。して、奴は……?」 「うん、確かめてみるね」 羅轟の疑問に答えるように歩が手鏡を使って、身を乗り出すことなく粘泥壁の様子を探る。 「う、まだまだ健在みたい……だけど」 足は止まっている。フロストマインで体表の一部が凍りついたためだろう。 すぐに溶けて動き出すだろうが、この一時停止は好機だ。 「一気に削り取ってやるですの〜」 同じく手鏡を使用し観察していたケロリーナが、その位置のままある術を発動させる。 その術とはララド=メ・デリタだ。術者から放射されるのでなく、空間に直接『灰色』を現出させるため、敵と相対していなくても命中させることが可能になる。 とはいっても鏡で敵の位置を確認しての発動なんてものは滅多なことが無い限り命中することは、無い。 ――が、今回はその滅多な例であった。 「どこを狙っても、当たりますの〜」 何せ敵は壁だ。凡その位置を把握し、その辺りに狙いをつければ十中八九当たる。 距離感の問題さえ解決すればまず命中するといっていい。 ケロリーナ同様に空も灰色を重ねて、粘泥壁をどんどん削っていく。 「しかし……これでもまだ削りきれません、か」 「お手伝いしますの。――すぅ」 息を軽く吸った水月の口から、次に発せられたのは歌だ。薄暗いこの場に相応しい重苦しい即興曲――闇のエチュードだ。 ……自分の気分まで落ち込んじゃうから、こういう曲はあまり好きじゃないの。 とはいえ、好みで手段を選んでいられる場合ではない。水月は雑念を振り切って、歌うことに集中する。 歌が加わったことで、灰色が削る体積も増えていく。 「ふ、ぅ……」 一度術を中断して息を整える2人。 「……2人だけに、無理をさせるわけには……いかぬ」 「じゃの。わしも仕掛けるぞ!」 羅轟が礫を、禾室が手裏剣を構え、酸の放出が止まっているのを確認すると角から飛び出す。 「食ら――」 「――うのじゃ!」 豪腕を活かした神速の天狗礫の投擲。 通路の限界まで巨大化した風魔閃光手裏剣。 攻撃が粘泥壁に直撃し、水面を猛烈に叩いたような破裂音が辺りに響く。 「よし、逃げ……む!?」 発射した直後、すぐさま避難しようとした2人であったが、足を踏み出す前に酸弾が襲い掛かる。 「い、っづぅ……! これは……焼けるようじゃ……!」 涙目になりながら尻尾についた酸を払おうとする禾室。ふかふかの尻尾は無惨にも焦げていた。 「だ、大丈夫? すぐに治してあげるからね!」 歩の閃癒で2人の傷はたちまちに癒えていく。とはいっても、酸で劣化した装備までは直らない。 「撃って戻るより、奴さんの反撃が先か……。こりゃ空とケロリーナに任せた方がいいか?」 「……いえ、そうもいかないようです」 迂闊に攻めるわけにはいかない現状を確認した緋那岐の提案を否定したのは、その当の空だ。 何故ならば、 「はわ、スライムさんがもうこっちまで来ちゃいましたの〜!」 粘泥壁が曲がり角の突き当たりにたどり着いた。 再び開拓者達の目の前に直接姿を見せた粘泥壁。 灰色で大分削られた為か体積が減っており、上の部分にはわずかな隙間が見えるようになっていた。 「ですが……まだまだ健在ですね」 バロネーシュの言葉通り、粘泥壁は依然として進行を続けている。 「どう、しますか……なの?」 また後退して曲がり角まで誘い込むのかと、ちらと背後を見やる水月。 だが、ここからしばらくは直線が続いており、曲がり角は無い。同じような戦術を取るとなったら相当後退しなくてはいけないだろう。 「……いや、ここで迎撃……。時間を……かけすぎるのも……問題」 「そうだなー。それにあんまり退くとついてきてくれるか怪しいものだし」 この場で迎え撃つという羅轟の提案に、緋那岐も賛成の意を示す。 他の者も異論は無いのか、改めて距離を取って陣形を組みなおす。 前衛は盾を構えた羅轟だ。 「我の……後に……」 「ありがとう。でもあんまり無理はしないでね?」 一番反撃を食らいそうな立ち位置に自ら赴く羅轟に、歩は加護法をかける。 「んじゃ、俺も温存してた分本気出させてもらうぜ……!」 と、緋那岐が発動するは九尾の白狐の式だ。粘泥壁に負けじと通路を埋め尽くさんと巨大なそれが、壁に向かって突撃する。 爪を牙を食い込ませ、更に粘泥に入り込む白狐。直後、入り込んだ白狐が破裂し、壁を内部から破壊する。 「ぬ、ぐぉ……!」 尤も、その破裂は壁にとっては攻撃と同義だ。盾となった羅轟を主として、開拓者達に酸弾が襲い掛かる。 酸は物理的な要素が強いのか、精霊の加護も意味を成していないようだ。 「くっ、これは……どうです!」 バロネーシュがポイズンで作った毒水の入った竹筒を放り込む。 ……が、毒が効いている様子は無く、反撃の酸弾が飛来するだけだ。 「うぅ、ここまで来たら力押ししか無いみたいですの〜」 酸弾での火傷を我慢しつつ、ケロリーナは再びララド=メ・デリタの準備に入る。 「そうみたい……じゃ、の!」 羅轟の後から飛び出した禾室が、瞬時に粘泥壁の前まで駆けると、こそぎ落とすように木刀を振るう。 それに反応するように壁から触腕が彼女に伸びるが、すんでのところで早駆で逃れる。 しかし、 「この木刀の痛み具合……。数回も振るえば折れてしまいそうじゃのぅ」 「ですが――」 戦いきれるのかと不安がる禾室に対して、空の言葉が背を押す。 「敵も限界が近い筈です」 向こう側が透けて見える程になった壁に、灰色が捻りこまれる。 反撃の酸弾の量は最初に比べて相当少ない。戦いの終わりが近いことを示していた。 ●舞照 こうして、酸を体に浴びながらも粘泥壁を撃破した開拓者達。 衣服や鎧へのダメージは大きいが、肉体的には治癒の術を使える者がいたこともあってそう大したものではない。 「アヤカシがわいたって事は、ここは特に神聖な場所ではないんか?」 「少なくとも、アヤカシが湧くにたる瘴気は存在しないようですが」 緋那岐の疑問に答えるはバロネーシュだ。先のアヤカシは正澄が外から連れてきたものだと考えるべきだろう。 警戒し、調べつつ進む開拓者。 果たして、彼らがたどり着いたのは遺跡の奥……祭壇の間であった。 部屋の中心には石で作られた円形の台があり、それを取り囲むように4つの石碑がある。その向こう側に祭壇があるという形だ。 特に荒らされたり壊されたりといった様子はない。 「これは……『舞台』なのかのぅ?」 舞照遺跡とだけあって、舞が関係しているのではないか。そう考えた禾室が、危険が無いことを確認して舞台に上る。 神楽鈴を鳴らしながら神楽舞を捧げる禾室。 それを見ていた開拓者達はあることに気づく。 ――石碑が光った? ほんの少し、薄く光を発したのだ。だが一瞬の事で、光は消えてしまう。 「こ、これは……やはり舞が関係あるのじゃろうか?」 自ら神楽舞に挑戦しておきながら、異変に少しびくつく禾室。だが、彼女が再び舞い始めても石碑が光を発することはなかった。 それは他の者が舞っても同じことで。石碑が一瞬だけ光ることはあったものの、続くことはなかった。 「精霊力に反応してる……ように見えましたが」 「んにゃ、瘴気にも反応してるな、こりゃ」 空の考察に付け加えるは、精霊力ではなく瘴気を操ることを主とする陰陽師の緋那岐。彼が試しに舞った時も、石碑は反応した。 それに、と緋那岐は真なる水晶の瞳を覗き込みながら言葉を続ける。 「舞台の上、微妙に瘴気が濃いな。……アレが舞ったっていうんなら合点はいくが」 「正澄おじ様もどきが……?」 アヤカシ正澄が舞うことに何の意味があるのか、首を傾げるケロリーナ。 直後、祭壇を調べていたバロネーシュが声を上げる。 「皆さん、こちらに何やら文字が書かれています!」 「すごく古い文法……みたいなの」 いつの時代に書かれたものか分からないが、何とか現代文に解読はできる類のものだ。 それによると、『鏡を封印した岩戸を開くには、鍵となる者が儀式を行うべし』といった旨のことが書かれていた。 「鍵となる者って……三成様、かな?」 歩の言葉を否定する者はいない。確かに三成はある儀式の為に試練を受け、状況が合致している。 だが、先の文にはまだ謎があった。 「……鏡?」 ●三成 時間は少し遡り、開拓者達が遺跡に向かう前。 一家の屋敷。三成に会いに、歩がやってきていた。とはいっても面会することはできず。 結局は頼まれた手紙や贈り物を渡すに留まった。 「……」 うさぎのぬいぐるみと共に渡された歩からの手紙を開く三成。 そこに書かれていたのは、「酷いこと言ってごめんね」という謝罪の言葉。 「……」 同じくうさぎのぬいぐるみと共に送られたケロリーナからの手紙。 そこには「ずっ友だちですの」と三成を励ます言葉。 「……」 最後に羅轟から送られてきた手紙を開く。 辛いだろうし今は養生する事、仇討ち代行を依頼するなら金銭報酬が零だろうと受ける事、成すべき事や望む事があれば助力する事……などが書かれていた。 そして最後に、 『憎悪を燃やすのも心に穴が開くのも仕方ありません。ただ、彼が遺した者がいる事を忘れないでください』 とも。 「くっ……」 感情を無くしていた三成の顔が、歪む。 「う、うぅ……うぅ……!」 三成はようやく現実を受け止め、ただただ……泣いた。 ●帰還 そして、後日。 緋那岐の提案により一家へ向かった開拓者達は、ある人物と顔を合わせる。 |