【人形】からくり神社
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/26 21:42



■オープニング本文


 研究者である彼は、夜食を済ませて部屋に入ってきた。
 部屋の隅には机が置かれ、そこに座る少女――いや、からくりの元へと歩み寄る。それは、アル=カマルの神砂船の中より見付かった「最初の一体」。開拓者のひとりを主人と認識し、今は調査の為ギルド預かりの身だった。
「何を読んでいるのかね、常葉くん」
 しかし、からくりは黙したままぴくりとも動かない。
 彼は訝しそうな様子で少女の肩を揺らすも、少女は目の焦点があわぬままぼんやりと宙を眺めている。
「……しっかりしたまえ! どうしたね!?」
 焦り交じりに声を荒げる研究員。
「ク……カラ……さま……」
「え?」
「クリノカラカミさまが呼んでいます」
 告げた途端、ふいに力が抜けるように倒れた。
 倒れた少女を前に彼は表情を青ざめさせ、上司を呼びに駆け出す。
 だが彼は、報告に赴いた先で今以上に顔を青ざめさせることとなる。遅れて飛び込んできたのは、全てのからくりが同時に機能を停止したとの急報だった。


 貴族、一(にのまえ)家の屋敷。
 当主である三成はいつものように机に向かって仕事をしていた。
「そろそろかしら……」
 三成は手元にある書類を束ねてから、尻を机で叩くようにして一まとめにする。
 いつもであれば、もうすぐ『彼女』がお茶と茶菓子を差し入れてくれる筈だ。仕事も一区切りついたし一緒に茶を飲むのもいいだろう……と。
「……?」
 部屋の外、廊下の方から大きな物音がしたような気がした。
 何かが床に叩きつけられたような、物が落ちたような――いや、ちょうど人が倒れたような音といった方が適切だろうか。
 ――嫌な予感がする。
 猫の鳴き声が聞こえる。家で飼っている猫のものだろう。『彼女』に一番懐いていたはずだ。
 そんな猫が辺りに異常を知らせるためか、それとも助けを呼ぶためか……鳴くのをやめようとしない。
 鳴き声に急かされるように、三成は慌てて立ち上がり部屋を出る。
 そして廊下で見たのは『彼女』の倒れている姿。
「瑠璃――!?」
 メイド服を着た女性……正確にはからくりの女性。
 三成を主人として認識し付き従うからくりメイド――瑠璃。それが『彼女』だ。
 そんな彼女が廊下に倒れ伏したままぴくりとも動かない。辺りには湯のみや茶菓子が散乱している。
「ちょっと、瑠璃……! どうしたの!?」
 あわてふためいて倒れた瑠璃を揺さぶる三成だが、反応は無い。
 ……これではまるで、死んでしまったようで。
「だ、誰か! 誰かきて! 兄さん――!!」

 それからすぐに瑠璃はからくりを研究しているギルドの工房へと運ばれた。
 そこで三成は1人を除いた全てのからくりが同じタイミングで機能を停止したことを知った。
「一体、何が起こってるんですか……!?」
「分からないからこそ、してほしいことがあるのだが、のぅ」
 明らかに自分に向けられた声に反応して、三成は声のした方向へと振り向く。
「豊臣様――!」
 豊臣雪家。朝廷で強大な権力を持つ朝廷三羽烏の一角――三成が苦手とする女性でもある。
 どうしてここに……そう言い出しそうになって三成は慌てて口を閉じる。確か彼女もからくりを1人手元に置いていた筈、それを考えると何もおかしいことではない。
 それよりも問いかけるべきなのは先の豊臣の言葉だ。
「してほしいこと……ですか?」
「うむ。ここでは何だから、ちと場所を移動するかの」
 そうして、三成はギルドの一室にて豊臣にあることを命じられる。


 五行。
 陰陽術が盛んなこの国の地方にあるとある小さな神社に精悍な男性がやってきていた。
「……話には聞いていたが、随分と寂れたところだな」
 男は周囲を見渡す。目立つような大きな建物は1つもなく、ぽつぽつと小さな家があるだけの寂しい集落。
 そんな小さな集落に相応しく、神社も小さなお社がある程度のものだ。
 神社に足を踏み入れると、掃き掃除をしていた老婆が箒を動かす手を止めて目を丸くする。
「あらまぁ、こんなところにお客様とは……珍しい」
「……久々津家の方でよろしいでしょうか?」
「えぇ、はい。私は久々津の人間ですが……あなたは?」
「申し遅れました。私は朝廷から派遣されたものです」
 男は懐から書簡を取り出すと老婆へと手渡す。それを広げてみれば、確かに朝廷の印が入っている。
 老婆が目を通し始めたのを確認すると、男は敢えて内容を口頭でも伝える。
「恐らくギルドから派遣された開拓者達がこの神社を調査しようと訪れるでしょう。しかし、あなた方には調査の許可を出さないでほしいのです」
「それはまた……何故でしょう?」
「申し訳ありませんが、それにはお答えすることができません」
「……まぁ、よいでしょう。朝廷の指示とあらば、従うしかありませんものね」
「助かります」
 それから男は丁寧に言葉を二言三言交わすと、頭を下げてから神社に背を向けて歩き出す。
 男の姿が見えなくなったのを確認してから、老婆は笑みを浮かべながら書状を勢いよく破り捨てた。
「ふふふ、こんな面白そうな話……見逃せるわけないじゃないですか、ねぇ?」
 朝廷はどうやら藪をつついて蛇を出してしまったようである。


 豊臣雪家が一三成に命じたのは此度のからくり異変の調査であった。
 彼女の命により、三成は調査責任者とされギルドに「からくり異変調査部」が設置されることになる。
 責任者として働いている三成の元にある情報が飛び込んできた。
「五行の久々津……?」
「おぅ、そこに何かある可能性が高い……ってよ」
 報告書に記された情報の内容を話しているのは三成の兄である正澄だ。
「何か、とはまた随分曖昧ね。……根拠は?」
「いや、根拠っつーかなんつーか。久々津のやつらが自分で言ってんだよ。『うちに何かあるようだから調査隊の派遣をお願いします』ってな」
「え、えぇー」
 正直なところ当てにできるとは思えない。そもそも五行の久々津なんて聞いたことがまったくない。よっぽど小規模な氏族なのだろう。
「兄さんは……どう思う?」
「――当たり、だろうな」
 意外とも思える兄の言葉に、三成は驚きを禁じえない。
「えっ、な、なんで?」
「朝廷が接触した形跡があるらしい」
「う、うぅん……?」
 新たに提示された情報のせいで、三成は疑問を解くより先に新たな疑問を浮かべてしまう。
「朝廷が何か掴んでるとして……何故私たちに情報を流さない、の?」
 一応此度の異変調査は朝廷から命じられたものだ。ならば、何かしらの情報を得たのであれば調査を進める為にこちらにまわすのが筋だろう。
「調べられては困る、のかもな。さて、そうなると朝廷からの妨害も考えられるが……」
 しかし逆に考えると、だ。朝廷が妨害する程の何かがあることは確かともいえる。
「――調べましょう」
 三成は腰を上げると、ギルドへ調査メンバーを募ることを決めるのであった。
 ――未だ目覚めぬ『彼女』の為にも。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
禾室(ib3232
13歳・女・シ
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●眠り人形
 開拓者ギルド、からくりが預けられている工房の一室。
 その中にあるベッドの前に、数人の男女が見守るように立っていた。
「えっと……こちらが瑠璃さん……?」
「はい、そうです」
 ベッドに寝かされた女性――からくりが瑠璃である事を確認する郁磨(ia9365)の言葉に三成は力無く頷く。
 開拓者達は何かの糧になればと眠っている瑠璃の観察を求めたのだ。郁磨が見る限り、瑠璃は呼吸も身じろぎも何もなく……眠っているというより別の言葉が似合う有様であった。
 そのせいか、ただでさえ暗めの三成はいつも以上に沈んでいる様子が見てとれる。三成を元気付けようと、緋那岐(ib5664)が肩にぽんと手を置く。
「やっぱみっちゃんには瑠璃がいないとダメか。元気出せみっちゃん、寂しいだろうが今はぐっと我慢だ」
「私は……別に……」
 寂しくなんてないとでも言いたげな三成の言葉だが、否定の仕方があまりにも弱々しすぎて却って落ち込んでいる印象を強めていた。
 ベッドの傍で瑠璃に視線を落とす大男……羅轟(ia1687)。彼は瑠璃の起動時から色々と関わってきたこともあり、三成と瑠璃の絆を知っている。だからこそ今の三成の様子に心を痛めているのだろう。
「……早く目覚めろ、主も心配しているぞ」
 言葉をかけても、やはり瑠璃に反応は無い。主人に迷惑をかけるのを一番嫌いそうな、あのからくりメイドが……だ。
 完璧に機能を停止した瑠璃の様子を見て、大蔵南洋(ia1246)がうぅむと唸る。
「総てのからくりが機能を停止するに至った経過を聞くに……どういう仕組みで可能になるのかは分からぬが、発せられた特定の信号なり命令なりを受信する部分が内部に存在するということになる」
 だが受信する部分があればいいというわけではなく、当然発信する側も存在しなくてはいけない。
 誰が? どうやって?
 ――いや、と南洋は首を横に振って考えるのをやめる。分からない事が多すぎる現状では考えるよりも調べるのが先だ、と。
 彼の視線の先……瑠璃の名付け親である禾室(ib3232)が血の通ってない冷たい瑠璃の手をぎゅっと両手で握り締めていた。
「久し振りじゃの。わしらの事、覚えておるか? わしらが絶対に起こしてやるからの、そうしたらまた鞠遊びしようぞ」
 自分の体温が瑠璃に移るように……例え聞こえてないとしても魂に通じるように優しく言葉をかけ、枕元に鞠を置く。
 彼女の言葉を聞いて、水月(ia2566)は少し羨ましいような……寂しいような、そんな感情を抱いていた。
 水月は瑠璃に会うのは今日が初めてではない。遺跡で瑠璃を見つけた時の探索メンバーの1人であるからだ。
 しかし、その時は眠っており……今回も眠ったまま。水月は眠った状態の瑠璃にしか会ったことがない。
 ……だから、
「今度会う時には、瑠璃さんとお話しできるよう……頑張ってきますね」

 さて、と一通り瑠璃への声かけが済んだのを確認してから、フレイア(ib0257)は三成に声をかけて、ある事の許可を取る。
「えぇと……それは構いませんが」
「ありがとうございます」
 フレイアは礼を言うと、ベッドの傍に駆け寄ると瑠璃の衣服に手を伸ばす。
 唐突なことに他の者が呆気に取られる中、彼女は瑠璃の服をどんどん脱がしていき、肌の色が見えるぐらいになってから気づいたように周囲の男性陣に忠告をする。
「瑠璃さんの身体になにか印が無いか確認したいのですが……えぇ、無理に出ていけとは言いませんが」
 言外に、紳士ならどうすべきか分かるなという意味を含めた言葉に、紳士達はそそくさと部屋を出る。
 表向きは女性である三成は一応その場に留まったまま、しかし気まずそうに視線を逸らして所在なさげにしていた。
 三成の様子をやや不思議がりながらも、禾室はそういえばと気になっていたことを問う。
「瑠璃の身体には宝珠はついておるのかの? ふと瑠璃達の動力はなんなのじゃろう……と気になったでの」
「あ、え、えぇ……そうですね。からくりの動力は宝珠らしいです。私は見たことはありませんが、技師の方々の話によると胸の中にあるそうです」
 外から見ただけでは分からないが、解体すれば確認は可能だという。人間でいうところの心臓といったところか。
 そんな話をしていると、瑠璃の身体を観察していたフレイアが「あら」と何かに気づいたように声をあげる。
「この紋様は……?」
 瑠璃の背中に、紫色の小さな紋様が刻まれていた。

「あぁ、からくりの特徴といえばこんなのもあるな。体のどっかに刺青みたいなのが入ってるっていうの」
「……刺青、ですか〜?」
 同じ頃、部屋を出ていた郁磨はからくりについて詳しいことが分かればと工房の研究者を捕まえて話を聞いていた。
「そうそう。どのからくりも単色でシンプルな紋様がどこかにあるんだよ。足に赤いのがあるやつもいれば、胸に黄色いのがあるやつもいる」
「共通の紋様があるってわけじゃないんですね……」
 そうなると、エンブレム以上の深い意味は無いのかもしれない……そんな事を考える郁磨であった。

●神名
 ギルドを発った開拓者達が向かうは五行の田舎にある、久々津の集落である。
 通常ならとても何かあるようには思えない小さな氏族である。
 何かあると分かったのは、朝廷がわざわざ黙っているように忠告をしたからだ。尤もそれが裏目に出たわけだが。
 一体何があるのかと、郁磨は歩きながらも思考を止めない。
「クリノカラカミ……からくり達の神様、とか? 其れが久々津家が祀る神社の神様なのかな…? ……でもからくりは人の手によって生み出された物だし、そうなるとからくりは久々津家が生み出した物だったり?」
 でも、それなら――と新たな疑問が浮かぶ。それは三成が抱いたものと同様ものだ。
「何で朝廷は其の事実は隠そうと画策してるんだろ……。……朝廷の考えは分からないけど、朝廷とからくりの関係も探った方が良いかも?」
 朝廷の動きに納得できないのは水月も同様だ。
「『何か』があるって知ってて……でもそれを調査部には報せてこない、なんて変なお話なの」
 あまりにもちぐはぐな朝廷の動き。もしかしたら『派閥』の争いがあるのかもしれない。
 しかし、もしそうだとしたら……
「偉い人たちなら、問題が起きた時くらいは一緒に頑張ろうって思わないのかな……」
 虚しく、悲しい。

 集落にやってきた開拓者達は久々津の者と接触し、協力を取り付ける。
「やっぱりこちらとしても何かがあるっていうなら、気になるじゃないですか。ねぇ?」
 とは神社の氏子である老婆の言葉だ。例え朝廷に口止めされても探求を優先する辺り、さすが五行の人間というべきか。
 老婆が一族では長のような立場でもある為、一先ずは神社で話を聞くこととなった。
 神社とはいっても最小限の施設しか無い小さなものである為、石段に腰掛けるということになったのだが。
「こちら、どうぞ」
「あら……ジルベリアの菓子ですか」
 フレイアの差し入れたワッフルを老婆が食べている間に、羅轟が今回起きたからくり異変について事情を説明する。
「――という……わけです」
「なるほど、ねぇ。久々津に異変を解く鍵があるかを探しに……ですか」
 事情を呑み込めた様子の老婆を見て、南洋はそれではと話を切り出した。
「あなた方が編み出した陰陽術……傀儡操術について質問してもよろしいだろうか」
「それが……今回の異変と関係が?」
 老婆に問われ、南洋はうむと頷くと説明を始める。
「傀儡操術は瘴気を受け取った人形が特定の動作を行う訳だが、からくりが機能を停止するに至った事件と、ある意味似ている気がする」
 その規模や複雑さにおいては全く及ぶべくも無いにせよ、とも付け足しはするが、彼の言葉を纏めると、
「からくりを作る技術……もしくは停止させた技術に、傀儡操術が使われてるのでは……ということですかねぇ」
「と、私は考えている。故にお聞きしたいのだが――」
 南洋が続けて質問をしようとするが、先に告げられた老婆のある言葉によって、それを発する機会は失われてしまう。
「あぁ、それは有り得ないですねぇ」
「そりゃまた……どうして?」
 今度は逆に開拓者達が理由を問う形になる。陰陽師として興味があるのか、緋那岐がやや前のめりになりながら聞く。
「傀儡操術が編み出されたのは別にそんなに昔……ってわけでもありませんからねぇ。せいぜい、できて数十年ぐらい……ですかねぇ」
「あー……」
 そう言われたら、確かに関係があるとは開拓者たちも言えない。数十年前に編み出された術がからくりに関わってるわけがないからだ。
「ちなみに編み出した陰陽師は人形劇をやりたいがために開発したというわけですから……」
 開発経緯もやはりからくりとはまったくの無関係。この術が今回の異変に関わっている線はこれで消えたといっていい。
 あ、でも――と禾室が何か思い至るところがあったのか、尻尾をぴくりと動かしながら口を開く。
「人形劇といえばこの村ではからくりの玩具を作っとるそうじゃが、そういうからくり技術の成り立ちとかは分からぬのか?」
「うーん……私には分かりかねますねぇ。集落にある書物とかを調べてもらうしかないですかねぇ……」
 とのことであった。老婆も全てを知っているわけではないから仕方ないだろう。
 ならば、と氏子である老婆なら分かる質問を……と水月がする。
「あの……この神社の名前や、祀っている神様とかは分かりませんか?」
「神社の名はクグツ神社――あぁ、傀儡の方ですねぇ。神様の名前は……えぇっと、ちょっと待ってくださいねぇ」
 祭神の名を忘れたのか額に手を当てて考え込む様子を見せる老婆。氏子としては有り得ない姿だが、この集落の人間にとっては『神様』といえばここの神社の神を指すことから、名前が不要になっていたのかもしれない。
 うーんうーんと唸っている老婆を見かねて、禾室はもしかして……と己が知っている心当たりを口に出す。
「『クリノカラカミ』なる言葉に聞き覚えは?」
「あぁ、そうです! クリノカラカミです!」
 ――繋がった。

●御神体
 傀儡神社。祀っている神の名はクリノカラカミ。
 これは常葉が倒れる直前の残した謎のワードである。もはやこの地が此度の異変に何らかの形で関わっていることは間違いないと見ていいだろう。
 神の名を聞いて色めき立った開拓者達を見て不思議がっていた老婆であったが、その理由を説明されて得心したように頷く。
 更に何か分かれば……と、緋那岐が新たな疑問をぶつける。
「『カラカミ』ってもしかして『唐神』? ほら、『カラクリ』って古くは『唐操』て書くんだっけ? だから関係があるとしたらそんな感じかなって」
「すみませんが、クリノカラカミ様も随分古くから祀られているのでそういう資料があるかどうか――あ」
 質問には答えられず申し訳ないと風に頭を垂れる老婆――しかし、すぐに何か思い至ることがあったのか、顔を上げて両手を合わせる様に叩く。
「あぁ! からくりの神……そういうのはあるかもしれませんねぇ」
 老婆は立ち上がり本殿へと向かうと、開拓者達を手招きする。
 本殿が開かれる。当然その中にあるのは御神体であり――
「だって、御神体がこれですから」
 御神体として納められているものは、とてもそうとは見えず。『それ』が何なのか、南洋は改めて言葉にした。
「……歯車?」
 そう、御神体は――手のひら大の歯車であった。

 老婆個人が知っているのはここまでということで、開拓者達は各自集落の人々から話を聞くなり、書物を探すなどをしていた。
 朝廷の妨害を想定して神社には常に誰か残した方がいいという禾室の提案もあり、現在神社には水月、緋那岐、羅轟の3人がいた。
「そっちは何かあるー?」
「無い……みたい、なの」
 周囲に洞窟などが無いか歩き回って探索している緋那岐は社周辺を人魂で探索している水月へと声をかける。
 隠し部屋などが無いか探っているのだが、今のところこれといったものは見つからない。
 また緋那岐も人魂を使えるが、それは探索に使うでなく周辺の警戒に使っていた。
 ――それが功を奏したといえる。
「……誰か来た!?」
 人魂が3人の黒い影を捉える。
 何者かが近づいているという情報を羅轟と水月に伝え、3人が本殿の前に陣取るとほぼ同時に、刃を携えた男達が姿を見せた。
 とても穏やかな用があって来たようには思えない……が、一応羅轟は己の正当性を主張する。
「……われわれは豊臣殿の命令を受けた三成殿の依頼で……ここにきた。妨害される……謂れは……ない」
 対する男達は――何かを言うでもなく、無言のまま距離を詰め、刃を振るった。
「問答無用……か……!」
 男達の刃を羅轟が前面に立って受け止める。
 水月は防壁を作ることで本殿への侵入を防ぎ、緋那岐は呪縛符で相手の動きを鈍らせる。
 その直後、神社の入り口の方から郁磨を始めとした開拓者達が戻ってくるのが見えた。
「大丈夫ですか、しゅしょー!」
 彼が事前に神社に仕掛けたムスタシュィルに反応があった為、急いで戻ってきたのだ。
 それを見た男達のうち、1人が忌々しそうに舌打ちをする。
「ちっ、さすがにこの人数は無理だ」
 男の言葉に、他の2人は首肯で返すとあっという間に撤退を始めた。
 開拓者達はそれを追うより神社を守ることを優先し、見逃すのであった。

●裏目裏目
 結局神社以外を調べて得られた情報は、
「久々津は傀儡党という氏族の末裔らしくて、からくり技術も傀儡党から受け継がれたものらしいよ〜」
 という郁磨が得たものと、
「やはりクリカラノカミは機械の神であるようですね」
 というフレイアが得たものぐらいか。
 しかし、ある意味それらより重要だったのは襲撃者の動きだったかもしれない。
 
「まさか有無も言わせず仕掛けてくるとは……」
 予想外だという緋那岐の言葉に三成は同意しつつ、しかしそれでやりにくくなったとも言う。
「彼らが何者か分からない……ということは、どこにも抗議をできないということですから」
「そう、なるなぁ。例えどんなに怪しくても俺達……特にみっちゃんは立場的に朝廷に何か言うのは厳しいか」
 襲撃者がどこの誰とも分からない以上、朝廷に対して公式に抗議することは……決してできない。
 彼らが名乗りもせず目的も明かさなかったのはそういう理由からだろう。
「……動き、察するに……狙いは……本殿?」
 いや、と羅轟は自分の言葉を自分で否定する。正しくは本殿の中の御神体だろう、と。
 それを聞いた氏子の老婆はある提案を三成にする。
「うーん、このままここに置いて、また御神体をどうこうされるのも嫌ですからねぇ……。あなた達、預かってくれません?」
「えっ」

 というわけで、御神体の歯車は三成達の手を通じて調査本部へと渡るのであった。