熱くアツイ温泉
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/21 20:19



■オープニング本文

 温泉。
 自然に地面から湧き出るお湯‥‥そして、それから作られる風呂のことである。
 これは、そんな温泉を目玉にしているとある温泉宿での話である。


「お酒注いであげるねー」
「えへへ、ありがとう」
 真昼間から温泉でいちゃついてる恋人同士らしき2人組の男女。女性が酌をした酒を男性はにやけきった顔で飲み干す。
 見る人が見れば「何見せつけてんじゃゴラァ!」と怒鳴りそうな光景だが、この場にはそんな野暮な人物はいない。
 それどころか、
「いい湯だなぁ、一‥‥」
「そっすねぇ。今日来て良かったすねぇ‥‥」
 と、肩までどっぷり浸かって温泉を堪能するカップル。
「くぅー、勇気出して誘って良かった! まさか凛さんと一緒に入れるだなんて!」
「泣くほどのことか! ‥‥まったく、君に誘われては断れるわけがなかろう」
「え、何か言いましたか?」
「なんでもない!」
 実に初々しいカップル。
「ちょっ‥‥! マーク君どこ触ってるの‥‥!?」
「大丈夫だって。皆、自分達の世界に入ってるし、湯気で見えやしないよ」
 ‥‥えーと。
「あっちは盛り上がってるじゃねぇか。‥‥どうだ、サブ。俺達も」
「あ、あ、駄目っすよ、アニキぃ‥‥!」
 こういう人たちは見なかったことにしよう。
 とにかくこの温泉に入っているのはカップルばかりだ。
 それもそのはず、ここはカップル向けをウリにしている温泉宿だからだ。
 カップルがいちゃつく弊害となる男湯女湯の垣根が存在しない混浴温泉。
 宿泊時もカップル向けの様々なサービスを用意している。精力がつく食事もそのサービスの1つだ。
 ‥‥とはいっても、勿論公共の場となる温泉でのやんちゃは御法度である。今盛り上がってるカップルも後できつい罰が待っているだろう。
 何はともあれ、この温泉宿はこういったサービスでカップルの人気を得ており、先は明るいといえる。
 だがしかし。
 ここ最近、ある問題が起きるようになったのだ。
「とぁーっ!!」
 甘ったるい空気をぶち壊すかのような男性の声が唐突に辺りに響き渡ると同時、温泉の柵を飛び越えて謎の集団が姿を現したのだ。
 男性が5人、女性が1人の集団。そして何よりも彼らの格好がその異様さを際立たせていた。
 彼らの格好は全裸にタオルを巻いただけのものなのである。男性は腰にタオルを巻き、女性は胸から隠すように大きいタオルを巻いている。
 いや、温泉という場だけを考えればそうおかしくはないのだが、彼らは温泉の外からやってきた。そもそも、この宿では温泉に入る者には水着の着用を義務付けており、持っていない者にはレンタルのサービスも行っている。
「な、なんだあんたらは!?」
 入浴客の1人が至極まっとうな疑問を謎の集団にぶつけると、集団の中から1人の青年が応えるように踏み出る。彼がリーダーなのだろう。
「俺達は温泉という場を汚しているお前達を断罪する為にこの場にやってきた」
「はぁ? 温泉を汚す‥‥って何のことだよ。いや、アレな事してたあいつらは分かるけどよ」
「マーク君、バレてるじゃない‥‥!?」
 しかし、リーダーの青年は呆れながら首を横に振る。まるで何も分かっていないとばかりに。
「いいか、温泉とは大いなる自然の恵みを全身で感じる素晴らしいものなんだ。あまりの気持ちよさに思考は蕩け、気づけば何時間も経過しててうっかり茹蛸状態になる‥‥それが温泉の醍醐味なんだ」
「それはそれで危険じゃねーの‥‥?」
 入浴客の声なぞ聞こえなかったように、リーダーの青年は話を続ける。
「いいか、それが温泉なんだ! 温泉を楽しむってのはそういうことなんだよ! 決して! 決して、イチャつく為の場所じゃねぇんだよ!!」
「えぇぇぇぇ!!?」
 青年の語気は次第に荒くなっていき、興奮しているのがよく分かる。
「それはなんだ、お前達は! いちゃいちゃいちゃいちゃ。あぁぁぁぁ、許せねぇ!!」
「温兄さん、落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられっかぁぁぁ!! 温泉でいちゃつくとか、温泉でいちゃつくとか‥‥温泉はそういう場所じゃねぇんだよ‥‥!」
 今度は泣き始める青年。どうにもテンションのふり幅が大きい人間らしい。
「温兄さんには私がいるじゃない」
「うっせぇ。誤解されるようなこと言うんじゃねぇよ泉」
 温(ぬくむ)と呼ばれる青年を宥める、泉(いずみ)という名の女性。彼らの言葉から推測するに兄妹なのだろう。
 入浴客達が呆気に取られていることに気づいたのか、温は咳払いをして気を取り直すと、改めて入浴客に向かって話し始める。
「大体な。水着で入るってどういうことだ? 持ち込んでいいのはタオルまで。そのタオルも湯船に入る時は外すってのがマナーだろうが」
「でもここ混浴だし」
「知ったことか! いくぞ!」
 温の呼びかけに応え、背後に控えていた男達が一斉に動き出す。彼らは一瞬で入浴客の懐に入り込む。
「この動き、志体持ちか!?」
「気づいたところで遅い!」
 一閃。
 次の瞬間には‥‥指で引きちぎられた男性の水着が宙を舞っていた。
「んなぁ!?」
 次々に入浴客の水着が宙を舞う。男女関係なく、だ。
「どうせ脱がせるなら女性だけにしやがれってんだ!」
「言ってる場合か、阿呆!」
 水着を脱がされて湯船に蹲ってる恋人を尻目に、1人の女性が泉のもとへと走る。女性の動きから察するに、彼女も志体持ちだ。
「武器が無くとも、貴様程度‥‥!」
「裸で戦う気概があるのかしら?」
「何‥‥!?」
 女性が泉に飛びかかろうとしたその瞬間、女性の水着に切れ目が入り‥‥はらりと脱げ落ちる。
「なななな!?」
「凛さんのサービスショットきたぁぁ!」
「君は黙っておれ!」
 恋人に一喝すると、胸や大事なところを腕で隠しながら泉を睨みつける女性。勝ち誇ったような笑みを浮かべる泉の指先には小さな式‥‥カマイタチの姿があった。
 羞恥心の為か、女性は顔を真っ赤にして湯船に入り体を隠す。ついでに恋人に拳骨を食らわせることを忘れない。
 こうして、水着を剥ぎ取られた入浴客が全員脱衣所に逃げるのを見届けてから、温は高らかに笑いながら勝利宣言をする。
「はーっはっは! これで不埒な目的で温泉に入る者は減るだろう!」
「さすが温兄さんだわ。‥‥あ、でももし私が温兄さんと結ばれたらもう一緒に入る事はできなくなっちゃうの‥‥?」
「結ばれないから。泉、誤解されるような事は言うなと何度言えば‥‥」
「いやそれよりも。お前、まだ泉ちゃんと一緒に風呂入ってんのか‥‥?」
「ちょ、ちがっ、泉が勝手に!?」



 こうして温泉宿に現れるようになった謎の集団を何とかしてほしいとの依頼が出されることになる。
「温泉か‥‥。そういや記憶に残ってる限りじゃ入ったことねぇなぁ」
「天儀の温泉‥‥どのようなものなのでしょう」
「温泉‥‥か。‥‥たまには‥‥いいかも‥‥」
 ‥‥温泉の文字しか見えてない開拓者がいたりするのが困りものだが。


■参加者一覧
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
アリシア・ヴェーラー(ib0809
26歳・女・騎
百々架(ib2570
17歳・女・志
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
アリア・シュタイン(ib5959
20歳・女・砲


■リプレイ本文

●アツイやつら
 カップルでの入浴を推奨するカップル温泉。
 宿側が提供するレンタル水着‥‥紺色のスカート付きワンピースを身に纏った女性と、やはりレンタル水着を着た大柄の男性が一緒に温泉に入ってきた。
「わ、わーい! ここが温泉ね!! 私前からきたかったの!! 連れてきてくれてありがと武蔵!!」
 言いながら男性に抱きつく女性の名はアリア・シュタイン(ib5959)。抱きつかれた男性‥‥武蔵はやや動揺しつつ、応えるように動く。
「お、おぉ。喜んでくれて嬉しいぜ?」
 恋人らしく、と武蔵がアリアの肩を抱こうと手をまわす‥‥のだが、アリアの睨みつけるような眼差しを受けて、おずおずと手を引っ込める。
 武蔵が手を引っ込めたのを確認して、アリアは顔を近づけて小声で話し始める。
「いいか。あくまでふりだからな。不埒な真似をしたら‥‥わかるな?」
「さっきのですらアウトかよ‥‥!?」
 そう、2人は謎の集団を誘き出す為に囮のカップルを演じているのだ。
 だけどやりづらいなー、と思わず零してしまう武蔵。更に小声で話をする為にアリアがよりくっついているので、そっちの意味でもやりづらいなと思うのであった。
 そんな武蔵の煩悶をよそに、アリアも心の中で愚痴ってしまう。
(はぁ‥‥ふりとはいえはずかしい‥‥ったく敵はなにをしてるんだ、早くでてこい‥‥!)
 不満は謎の集団にぶつけることにしようと改めて誓ったアリアは、武蔵の手を引いて温泉の縁に腰掛けるのであった。
 何はともあれ、謎の集団はカップルが多いほど姿を現しやすいということで、他の開拓者達もいちゃついていた。
「レティシアの水着姿は可愛いね」
「そう言ってもらえるとは着てきた甲斐があるのです」
「尤も、普段の君も凄く可愛いけどね」
「いやぁーん、です!」
 ‥‥と、湯船の中で典型的なバカップルのいちゃつきを披露しているのは、白水着が眩しいレティシア(ib4475)と――いや、レティシアだけであった。
 彼氏役の声はレティシアが声色を変えて演じているのだ。彼女曰く恋人ぐらい空想できてこそ一人前の吟遊詩人‥‥らしい。
 さて、視点を湯船の外に移してみれば今度こそいちゃついてる姿を見る事ができる。‥‥女性3人という、これまた極端な編成なのだが。
 ピンクのビキニを身に纏った御陰 桜(ib0271)が泡立てたスポンジを手に、黒ビキニを着たアリシア・ヴェーラー(ib0809)の背後に回る。
「湯船に入る前に体を綺麗にシなきゃね♪ アリシアちゃん、洗ってあげる♪」
「では私は百々架さんを」
「はーい、ありがとうございます♪」
 腰を下ろしたアリシアの前に背を向けて座るは百々架(ib2570)だ。どことなく普段着と似ているピンクのスカート付きワンピース水着を着ている。
 水着の上からではしっかり体を洗うことはできないのだが‥‥大事なのはスキンシップというだろう。
「若い子はいいなあ‥‥17歳でしたか」
 百々架の背をごしごしと擦りながら、アリシアは溜息を漏らす。
 そんな彼女の悩みを見通したのか、桜がアリシアの背中をつつーっとなぞる。
「アリシアちゃんだって負けてないわよ。騎士だけあって背筋がピンとシてるわねぇ♪」
「ふぇあ!? あ、もう‥‥!」
 真っ赤な顔で抗議するアリシアだがあまり嫌そうな顔ではない。むしろ体を差し出すよう動いてる辺り、喜んでいるようにすら見える。
 そんな反応に気を良くしたのか、今度はお腹に手を伸ばす桜。
「うぇすとも引き締まってるし♪」
「ひゃうんっ!?」
 だがそれで声を上げたのはアリシアではなく何故か百々架だ。
「ぁ、ごめんなさいね‥‥?」
「いえ‥‥その、嫌ってわけじゃないです」
 どうやら桜に触られたアリシアが弾みで手を滑らせて百々架の敏感な所を触ってしまったようだ。
 百々架は顔を赤くしているものの、嫌がるでもなしにその身をアリシアへと預ける。
 そんな2人の様子を見て、桜は調子に乗って更に色々なところへと手を伸ばす。どこを触っているかは泡のせいで見えないが。
「泡のせいかな。手が滑っちゃう‥‥♪」
「ん、あ、ぁぁ‥‥!」
「きゃっ、んん‥‥そこはぁ‥‥♪」
 声だけでお楽しみください。
 この状況で言ノ葉 薺(ib3225)と東鬼 護刃(ib3264)は普通にとりとめもない雑談をしている辺り、さすがと言うべきか。
 ちなみに薺はレンタル水着。護刃は自前の水着だが、レンタルとほぼ変わらないぐらい露出は少ないものだ。
 薺は自分の耳を軽く触り、護刃の角についと視線を移してから口を開く。
「この耳と尾ゆえに入浴を断られることもあったのですが‥‥ここは大丈夫のようですね」
「みたいじゃのう。これで無粋な輩が現れなければ尚良いのじゃが」
「現れたら現れたで、夜までに片付けて、あとは月を肴にのんびりしましょうか」
「では、盟友たる薺の戦姿でも確と見せてもらおう」
 くすり、と小さく微笑む護刃に薺もまた微笑みで返す。
 2人だけの世界‥‥といえばそうなのだが、決して触れはしないもどかしい距離があった。
 お互いを大事に思っていることは誰が見ても分かる、としてもだ。

 さて、脱衣所から覗く視線が2つ。
 花柄のビキニを着たサーシャ(ia9980)と、白と赤を基調にした大きな布地のビキニを着た天羽 扇姫だ。ちなみに扇姫のは百々架が貸したものである。
 いざという時の待ち伏せだ。
「‥‥温泉‥‥入りたい、な‥‥」
 しかし、この寒い季節に水着を着ただけで温泉に入れないというのは辛いものがある。扇姫は表情を変えず、しかし明らかに不満がある口調で零す。
 それを宥めるように、また不満逸らしを兼ねてサーシャが話し始める。
「そういえば少し天羽家の過去について気になってたんですが‥‥」
「天羽の‥‥過去‥‥?」
 扇姫の顔がサーシャへと向けられる。相変わらず感情の一切が見えない表情で、何を考えているかは分からない。
「えぇ、過去の話を聞きたいなと思いまして」
「‥‥何が聞きたい‥‥の‥‥?」
 小首を傾げる扇姫の言葉を聞いて、そういえば具体的に何を知りたかったのを考えてなかった事を自覚するサーシャ。
 何を聞くべきか‥‥サーシャが悩んでいると、扇姫が先に口を開く。
「天羽は‥‥石鏡の須佐という町を‥‥治めてた氏族‥‥」
 それだけを言うと、扇姫は視線をまた温泉の中へと移す。過去話はこれで十分、とでもいうように。
 そんな彼女の視線の先にいるのは武蔵だ。また何かやってしまったのかアリアに睨まれている‥‥のだが、傍目には楽しそうに見える。
「‥‥私が‥‥こんなところで、寒いのを‥‥我慢しているのに‥‥」
「あらあら」
 武蔵さんも大変そうですね〜‥‥なんてことをサーシャが思ったのも束の間、温泉にて複数人の声が上がる。
 動きがあったのだ。

●アツイ戦い
 柵を乗り越え姿を現したのは、5人の男性と1人の女性。全員裸にタオルを巻いただけだ。
 温泉兄妹率いる集団である。その中の1人が踏み出る。彼がリーダーの温だろう。
「えぇい、今日も今日とて温泉を汚すやつらばっかりだな! 特にお前達!」
 ずびしっと彼が指差したのは桜、アリシア、百々架の3人だ。3人とも何のことやらといった表情だが、他の開拓者達は敢えて擁護しない。
 そして開拓者達がどれだけ温泉の事を分かっていないかと熱く語り始める温。
 だが付き合う必要は無いと、アリアが立ち上がる。後ろ手に持っていたハンドガンの銃口を温に向けて、だ。
「さあ、馬鹿野郎共!! さっさと降伏して娘を解放しろ! どうせだまくらかしてこんな馬鹿なことに参加させたんだろ!!」
 過去の経験から男性に偏見を持っているというアリアらしい主張といえば、そうなのだが。
「えっ」
「‥‥なっ、なんだそのあまりにも的外れすぎてどう答えればいいのか分からない文句を言われたような反応は!」
 ともかく、まずは会話で狼藉をやめさせようと薺が口を開く。
「大衆の憩いの場の和を乱しに来たのですから。その主張の矛盾、気づいているのでしょうかね」
「矛盾してるっていうんなら、具体的にそれを言ってくれなきゃわかんねぇよ? いくぞ、お前ら!」
 だが温は聞く耳を持たず、男達に指示を出す。
 それをアリシアがオーラを纏いながら待ち受ける。顔が赤くなっているのは温泉の熱気のせいだと信じたい。一度も湯に入ってないが。
「さ、覚悟しなさい!」
 ‥‥と気合を入れてみたはいいものの。敵の狙いはダメージではなく水着を破ることだけであり、しかも素手戦闘に優れた泰拳士である。
 滑る床での戦闘は敵の方が圧倒的に慣れていることもあり、瞬脚で間合いを詰められたと思ったら、次の瞬間にはアリシアの水着が宙を舞っていた。
「ふ‥‥そのような水着、背の紐さえ千切ってしまえばそれまでよ‥‥」
 あまりにもスマートに決まってしまったからか、思わず余韻に浸ってしまう泰拳士。だが、それがいけなかった。
「‥‥‥‥」
 アリシアはにこやかな笑顔を浮かべながら、泰拳士の頭に手を載せる。笑ってはいるのだが、立ち上るオーラはそれと相反するものだ。
「潰れなさい」
「あががががっ!?」
 一言、そう宣言すると頭を潰す勢いで力を手に込める。
 しばらくして解放された男は‥‥口から泡を出して沈んだ。湯気でよく見えなかったが、アリシアの蹴りが股間に炸裂していたようにも見える。
「なんて非道――!」
 背筋に寒いものを覚える男達。だが、それだけではなく男の1人は実際に首筋と背に冷たいものを感じていた。
「ひゃっ、なんだ!?」
 振り返ってみれば、桜がいた。息を吹きかけた上で背を撫でたのだ。
 桜はそのまま胸を押し付けるように抱きしめる。普段味わうことなんてそう無い未知の感触に、男の鼓動は止まらない。だからだろう、宙を舞っているのを理解するのが遅れたのは。
「これぞ忍法ドキドキ飯綱落とし、なんてね♪」
 桜が飯綱落としで男を脳天から地面にたたきつける。当然のように男は気を失うわけだが‥‥ある意味、彼は幸せだったのかもしれない。

 脱衣所で待機していたサーシャと扇姫も温泉に突入する。サーシャの取った戦法は近接戦闘だ。
 だが、風呂での素手戦闘はやはり敵が上か、彼女も脱がされてしまう‥‥のだが。
「うふふ、これぞ二段構えです〜」
 あられもない姿を見せることになったサーシャ。しかし、水着の下に更に着ることで最後の一線を守ったのだ!
「いや、これ守れてんの!? 意味あるの!?」
 ‥‥ただ、隠せているのは極僅かな大事な部分だけであり。脱がした男が突っ込むのも仕方がない。
 サーシャは思わず突っ込みをしてしまった男の懐に入り込むと、超至近距離からの投げ技を決める。
「折角の温泉ですので、裸の付き合いというやつですね〜」
 そのままKOだ。
 だが温泉兄妹も負けてはいない。2人の斬撃符によって、まだ無事だった桜、アリア、ついでに武蔵の水着が破れてしまう。
 そんな2人を止めようと、湯気の中から飛七首を放つ百々架だが避けられてしまう。ならば、と彼女は別の手段を選ぶ。
「ぬく‥‥ぬるさんとその妹さん! あなた達の悪行もこれまでよ!」
「何故にぬる!?」
 そう、直接なんとかするのが難しそうならば、搦め手を使えばいいと。
「泉さん、貴女のお兄さんはとんだ浮気者ね! だってぬるさん、さっきからいやらしい目であたし達を見つめてくるんですもの‥‥」
「な、兄さん‥‥!?」
「仮にそんな目で見たとして浮気扱いはおかしくね!?」
「そっちに文句言うの!?」
 更にレティシアが乱戦を利用して、泉へ近づきそっと背後から耳打ちする。
「お兄さんの背中を後押しして差し上げますよ?」
「後押し?」
「振り向かせたいのでしょう?」
 小悪魔のように微笑むレティシア。泉は少しの間悩む素振りを見せるが、結局は頷く。
「待てぇい! 何企んでるのお前ら!?」
「妹さんといちゃいちゃしたいとは思いませんか? 妹は可愛いっ、可愛いのですっ!」
 2人の企みを止める為に近づいてきた温に偶像の歌を聞かせるレティシア。その内容は妹賛歌だ。
 いくらなんでもそれが通るとまずい‥‥ということで、男の1人がレティシアに手をかけようとする。だがレティシアは避けようとせず、むしろ誘うように甘く罵った。
「こんな幼い娘の水着を引き裂いたど変態性犯罪者だと吟遊して触れ回ります。その覚悟があるのでしたらどうぞ♪」
「む‥‥!」
 変態扱いは嫌なのか男が止まったところに、温が喝を入れる。
「今までやったことを考えれば既に変態扱いだろう!」
「それもそうか!」
「納得しちゃう‥‥っていうか、自覚あったんですかー!?」
 哀れレティシア。白い水着が宙を舞った。
 したたかな彼女だったが、さすがに水着を脱がされるのは年相応に恥ずかしいらしい。湯船の中に沈んでいく。
 残る泰拳士は2人‥‥その2人を護刃の影縛りが縛る。
「やれやれ、血気盛んに襲い掛かってくるとは。そんなに女子に飢えておるならわしの影が相手してやるかのー?」
 仲間がやられているのを見過ごすわけにはいかない、と温が動く。
「ちぃ、これを食らってもそんな余裕でいられるか!」
 彼が発動したのは錆壊符。スライムが護刃に飛来し、頭からそれを被ってしまう。
「む、こいつは‥‥」
 べたつく粘液に不快感を露にする護刃。ダメージは無い‥‥のだが、水着に穴が開いている。強酸性のスライムなら、これぐらいは容易い。
「これでどうだ! はっはっは――?」
 決まったのを見て、高笑いをする温だが薄ら寒いものを感じて、笑うのをやめてしまう。
 寒気の原因は‥‥薺だ。
 彼は護刃を温泉に避難させると、持ち込んでいたカミナギを抜く。今、彼を支配している感情は‥‥怒りだ。
 静かに冷静に、ただ告げる。
「そうですね‥‥温泉の一部になれるなら本望でしょう?」
「えっ?」
 薺は全ての力を使って、刀を振るう。ただ一切の容赦もなく。
「ぎゃあああ!?」
 陰陽師の温がそれをどうこうできるわけはなく。
 温泉の中で、血の池に沈むのであった。

●後始末
 温がやられたのを見て、集団は撤退を選択した。気絶した仲間を背負うと、崖に向かってジャンプしたのだ。
 さすがにこれを追う気にはなれず、見逃すのであった。
「‥‥まぁ、これに懲りてもうやらねぇんじゃないかな。あの嬢ちゃん、すげぇ泣いてたし」
 そう言う武蔵の背を、アリアがぽんと叩く。
「武蔵さんもお疲れ様。君のおかげだ‥‥そ、そうだな、礼に背中でも流してやろうか?」
「ありがとうな。‥‥んだが、その前に」
 振り返った武蔵は温泉を見渡す。さすがに血まみれの温泉でゆっくり‥‥というわけにはいかない。
 女将が掃除用具を開拓者の人数分用意してるのが見え、護刃は苦笑する。
「のんびり寛ぐにはもう一働き、かのぅ」
「‥‥温泉‥‥」
 まだ温泉に浸かっていない扇姫の嘆きが、小さく響くのであった。