口は語らず、目も語らず
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/24 18:18



■オープニング本文

「話をしよう」
 唐突にそう語りだした男の名前は武蔵。開拓者だ。
 彼の言葉は続く。
「あれは今から36日‥‥いや14日前だったか。‥‥まぁ、いい」
 36日と14日では大分差があるのだが、彼にとって日にちはどうでもいいのだろう。というか、武蔵は馬鹿なので単純に覚えていないだけかもしれない。
 次に彼の口から放たれるのはとある人物の名前。
「最初に会った時に聞いた名前は‥‥『天羽 扇姫』。そう‥‥最初からあの人は怖ろしい人だった‥‥」
 天羽 扇姫。少し前に誤解から武蔵を襲撃した巫女であり、武蔵の姉らしい人物だ。
 そして武蔵は数日前の事を回想する。


 武蔵にとって唯一の家族であり、失われた記憶の鍵となる扇姫との出会いは衝撃的であった。だからこそ聞きたいことや話したいことが多くあった。
 だが、彼女は神楽の都に到着するといつの間にか姿を消していた。すぐに探し回ったが、結局彼女が見つかることはなかった。
 それから何日か経った頃だ。
 その日自宅で昼寝をしていた武蔵は、戸を叩く音で目を覚ました。
「ふぁ〜‥‥んー、誰だー?」
 眠い目を擦りながら戸を開ける武蔵。そこに居たのは、
「‥‥ひさし、ぶり‥‥」
「んなっ!? あ、あんたは‥‥いや、あんたっていうか、そのえーっと‥‥!?」
 武蔵の家を訪れた人物は、とても長い黒髪と金の瞳が印象的な女性‥‥扇姫であった。
 探していた人物が来訪してきたことに、武蔵は驚きを隠せず動揺するばかりだ。
「と、とりあえず上がってくれよ!」
「‥‥うん」
 武蔵は扇姫を家の中へと招き入れ、手頃な所に座らせ、それに向かいあうように座る。
 そうして向かい合って座ったはいいが、沈黙。
「‥‥えぇと」
「‥‥」
「お、お茶とか入れた方がいいか?」
「いらない‥‥」
「あ、そ‥‥そうか」
 再び沈黙する2人。
 この状況に、武蔵は心の中で頭を抱える。
(ぬぐぐぐ、聞きたい事とか色々あるのに‥‥あるっていうのになんだこの重い雰囲気!?)
 話しかけたい、話しかけたいのだが‥‥と武蔵は扇姫の顔をちらと見る。見えた扇姫の表情にはまったく感情が見受けられなかった。無表情という言葉がしっくりくるだろう。
 扇姫の視線が、武蔵のそれと合う。武蔵が顔を見てることに気付いたのか、扇姫が微笑む‥‥のだが、
(怖ぇ!? 何が怖ぇって、笑ってるのに全く感情が見えねぇことだよ! 目が笑ってねぇよ!)
 扇姫の雰囲気に呑まれたのか、武蔵は中々口を開く事はできない。対する扇姫も何も語らないし、語る気配も見せない。
 そんな状況がどれだけ続いたのだろうか。気がつけば、日もそろそろ沈みそうになっていた。
 ついに扇姫が腰を上げて立ち上がる。
「‥‥帰るわね‥‥」
「あ、あぁ‥‥そうか」
 結局聞きたい事は何ひとつ聞けず、それどころか何をしにきたのかすら聞けずじまいであった。
 家を出る扇姫を見送る為武蔵も立ち上がり、戸口へと向かう。
 扇姫が家を出たところで、武蔵へと振り返り告げる。
「‥‥私、隣に引っ越したから‥‥。暇があれば‥‥また、来る‥‥」
「ん、なぁぁぁぁ!?」
 驚愕する武蔵を意に介さず、扇姫が向かう先は隣の家。そして彼女はその家に入っていった。



「それからというものの、似たような状況がそれからほぼ毎日続いてな」
「そんな状況で大丈夫か?」
「一番いい解決案を頼む」
 武蔵の回想が終わり、彼に声をかけるは開拓者ギルドの受付係だ。
 場所は開拓者ギルド。武蔵は困った状況を解決する為にギルドへと相談にやってきたというわけだ。
 彼が言うには、扇姫が武蔵の家へとやってくるのだが結局何も話さず終わる‥‥という日々が続いてるらしい。
「家に来るからには何らかの理由もあるんだろうけど、でも話をしねぇから分からねぇしでどうすりゃいいんだよ!」
「‥‥えぇと、普通に聞けばいいのでは?」
「何か話をすんのが怖いオーラが漂ってるんだよ! すげぇ話しかけづれぇんだよ!」
 もしかしたら武蔵は扇姫に何らかの苦手意識を持っているのかもしれない。理由は分からないが。
 武蔵は両手を顔の前に合わせて、受付係へと頼み込む。
「だから、この状況を何とかしてくれる人を頼む! せめて話をできるぐらいにはしてぇんだよ!」


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
空(ia1704
33歳・男・砂
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
百々架(ib2570
17歳・女・志
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫
ルー(ib4431
19歳・女・志


■リプレイ本文

●姉弟との出会い
 武蔵からの依頼を受けた開拓者達は、彼の家へと向かう。
 家の前に到着した開拓者達が中に誰かがいる気配を察知して、扉を叩いて声を呼びかけると、即座に扉が開いた。
「よくきてくれた、いや本当マジで! さぁ、上がってくれよ!」
 出迎えたのは家の主である武蔵だ。
 彼は挨拶もそこそこに、開拓者達の背を押して半ば無理矢理家に上げる。その理由は家に入れば一目瞭然であった。
「お邪魔する‥‥よ?」
「‥‥」
 居間に座っている女性の姿を見つけて、ルー(ib4431)が挨拶をするが、先客は顔をこちらに向け、軽く会釈する程度であった。
 その先客とは言うまでもなく天羽 扇姫。武蔵が何とかしてほしいと頼んだ姉だ。
 扇姫は開拓者達の姿を認めてから、何かを言うでもなくすっと立ち上がると、帰り支度を始める。
「‥‥お客のようだから‥‥帰る‥‥」
「えっ、あ、いや、でも――」
 扇姫が帰ろうとするのを引きとめようかと戸惑う武蔵。普段なら帰ってもらった方がいいのだが、今日はこの関係を何とかしたいから居てもらった方がいいと思ったからだ。
 だが、それを繊月 朔(ib3416)が遮り、扇姫に聞こえぬよう精一杯背伸びして武蔵に耳打ちする。
「まずお姉さんの気持ちを確認した方がいいと思います。その為にも、武蔵さんがいない方が聞きやすいかもしれませんし‥‥」
「あ、そう‥‥か?」
 不安に駆られて周囲を見る武蔵だが、朔の言葉に同意するように他の者も一様に頷いていた。
 そうこうしているうちに、扇姫は家を出てしまった。そのまま自宅に帰ったと考えていいだろう。
 結局、まともな別れの挨拶もせずに帰ってしまった扇姫を見て、羅轟(ia1687)は少々寂しげに呟く。
「‥‥姉弟‥‥か」
 近い筈なのに遠い姉弟の距離。それが羅轟には勿体無く思えた。
 何故なら、弟に会いたくても二度と会えないような者もいるからだ。‥‥例えば羅轟のように。
 だからこそ、せっかく会えた姉弟の仲を取り持ってやりたいと張り切る。
 また、過去に天羽の刀に関連する騒動に関わった百々架(ib2570)も、天羽家の過去を聞いてるからかより気合が入っている。
「まさかあの天羽の刀を狙ってた人が実の姉だったなんて‥‥ホント世界って狭いのね。兎に角今回は2人がちゃんと向き合って会話を出来るようガンガン努力をしないと!」
「まー、努力するのはアタシ達だけじゃないけどね」
 そう言った鴇ノ宮 風葉(ia0799)の視線の先にいるのは依頼人である武蔵だ。その視線に気付いた武蔵が困惑した様子で自分を指差す。
「あ、俺か?」
「そーだなー。問題はお姉ちゃんの方だけとは言えねーからなー」
 いやぁ、困った困った‥‥と言葉を続ける空(ia1704)。だが実に楽しそうに笑っている為に困っているようにはとても見えない。
「ま、あっちは俺達に任せろって」
 竜哉(ia8037)が武蔵の背を叩いてから、家を出る。どうやら扇姫の家へと向かうようだ。
 こうして扇姫と話をする他の者も彼女の家へと行き、武蔵の家には武蔵と風葉、空、ルーが残るのであった。

●馬鹿な弟
 武蔵の家に残ったうちの1人、風葉が先程の状況を見て思ったことを率直に口に出す。
「お見合いでもあるまいし‥‥二人して言葉なくしてどーすんだか」
「‥‥返す言葉もねぇな」
 武蔵と扇姫のやり取りはちらと一瞬見ただけのものであるが、それだけでも2人の意思疎通が上手くいってない事はよく分かる。
 困った状況だなぁ、と空がやはり全然困ってないような笑顔で話をする。
「んでそんな状況をどーにかして欲しいと。何とかなるかは分からんが色々と楽しんでみるかね」
「楽しんでどうする」
「おっと、ちょっと言い間違えたか。努力はしようって言いたかったんだが」
 ルーがすかさずツッコミを入れると空は訂正するが、どう考えても言い間違えるような言葉ではない。
 とはいえ、武蔵はそんな事は気にせず、それよりも自分はどうするべきなのかを開拓者達に問う。
「どうすりゃ上手く話せるようになんのかなぁ‥‥」
「そりゃ決まってるわよ」
 そこに、風葉が間髪いれずに口を開く。
「会話が続かない、始まらない理由‥‥それはアンタがヘタレだからよ。男の方から雰囲気作らなくてどーすんのよ」
 胸を張って偉そうに言い放つ風葉。姉弟の仲直りというよりも、男女間の仲について助言されているような気もするが、風葉は自信満々だ。
 風葉の主張があまりにも自信に満ち溢れていた為に、武蔵は疑うこともなく思わず頷いてしまう。
「お、おぅ‥‥雰囲気作り? って具体的にはどうすんだ」
「あー‥‥。よし、武蔵が夜春の術を覚えたら良い訳だな」
 それに対する空の答えは夜春の術。シノビの使う色仕掛けの術だ。勿論武蔵は使えないし、その術の事も知らない。
 当然首を捻って、それは何なのかと問う。
「わっかんねーか。んじゃ甘えてみたりしたら面白いことになるかもしれんぜ、おねーちゃーんとか?」
「お、おねーちゃーん‥‥?」
「うっわ、本当にやりやがった! いい歳した大の男が!」
「‥‥そろそろ真面目な話をしていいか?」
 ルーからストップの声がかかり、空はようやく武蔵をからかうのを止める。
「まあ冗談2割は置いといて、今までで結局どの位話出来てたのかによるな。相手のこととか何処まで知ってんだ?」
「えっ、さっきまでの冗談‥‥んん? あぁー、もういいや。んで話がどれだけ出来てたかっていうと‥‥いやもう本当何も話してないな」
 武蔵の回答を聞いて、3人は思わず溜息をつく。その段階からなのか、と。
 あのね、と風葉が前置きしてから話し始める。
「いきなり見覚えのない家族が来ることに困っている気持ちは分かるけど、まずは話をしない限り距離も何も縮まったりしないし、何も変わらないでしょーが」
 言うべきことは言った、と風葉は立ち上がるとそのまま台所の方へと歩いていった。
 そんなある意味自由な彼女を見送ってから、今度は空が口を開く。
「てめぇが何か聞きたいこととかはねーのかよ? 今まで分からなかった事が聞けるんだぜ、俺なら根掘り葉掘り聞くけどよ」
 それを言われて、武蔵は困ったように頬を掻く。
「いや聞きてぇことはあるんだけどよ‥‥。それこそ何から聞きゃいいかわかんねぇし」
 その言葉を聞きながら、空も立ち上がり台所の方へと歩いていく。
 がさごそと台所を漁る音と共に、空の声が聞こえてきた。
「んじゃ、今までどうしてたーとかそんな話である程度は話持ちそーな気がしねぇでもねーけど――お、古酒げっとー」
「いや、何やってんだ!?」
「じょーだん冗談」
 まったく‥‥と武蔵が台所を覗いてみれば、空は確かに酒を取り出していたが、それは武蔵の家には無かったものなので自前のものなのだろう。それよりも風葉がお茶を飲んでる事が気になるが。
 居間に戻ってきた武蔵が座ると、今まで考え込んでたのか口数の少なかったルーが口を開いた。
「武蔵としても話したいことはあるのだろうが‥‥姉の方としても話すきっかけが欲しいのだとは思う」
「きっかけ?」
「復讐に生きると考えていたのに、失った筈のものが全てとは言わずとも出てきて‥‥復讐はともかく、これからの生き方の中で、弟をどう扱うか迷っている、というか。それを決める為にも、武蔵が何を思って、どうしたいかを、姉に言わなければいけない、と思う」
「んんー‥‥そういうもんなのかなぁ」
 頭を掻く武蔵。復讐などは考えられない武蔵にとってはあまりピンと来ないのだろう。
 扇姫が何を考えているか分からないから、自分がどう思ってどうしたいかを伝えても通じるのか分からない、と。
 そこで、とルーが提案する。
「勿論、武蔵の方だって言いたいことはあるけれど言えない、というのは分かる。だからここはひとつ、相手を『死んだと思っていた姉』じゃなく、『自分の記憶の手掛かり』ぐらいに考えてみたらどう、だろう? 相手の事情や内心を意識し過ぎるから何を言っていいのか分からないのだと思うし、いっそ自分の為と割り切ってしまえば気は楽かな、と」
「おぉ!」
 ルーのその提案は武蔵にとって妙案だったのか、ぽんと手を叩く。
「そっか、そうだよな。どうせ考えても分かんねぇんだったら、分かるわけねぇと割り切っちまえば楽だよな!」
 割り切りすぎるのもの考え物だが、とはルーは敢えて言わなかった。
 相手の事を考えないで爆弾発言をしては問題だからだ。とはいえ、気をつけるべき点を忠告しておけばなんとかなるだろう。
 これで、一先ず武蔵側の問題は解決されたと見ていいだろう。

●無感情な姉
 さて、扇姫の方に向かった開拓者達だが、彼らは現在扇姫の家の中にいた。武蔵とのことについて話をしたいと言ったら、意外とすんなり家に上げてくれたのだ。
 家の中は実に殺風景で、生活や戦闘に必要なものぐらいしか置いてないように見える。
 そんな何も無い居間の床で、開拓者達と扇姫は対面していた。
「始めまして! 志士の百々架です。これから宜しくお願いしますね〜☆」
「扇姫さん始めまして、巫女の繊月朔と申します。同じ巫女ですね、よろしくお願いします」
「天羽‥‥扇姫。‥‥よろしく」
 明るく笑顔で挨拶する百々架と朔だが、対する扇姫は相変わらず無表情のままであった。
 挨拶で打ち解けられれば‥‥と思ったが中々甘くはないようだ。だが百々架は諦めずに打ち解けやすくなるよう会話を続ける。
「その巫女装束可愛いですねっ! 自作ですか?」
「うん‥‥。天羽の巫女服を元に‥‥動きやすくした‥‥」
「いいですよね、そういう可愛い服とか」
「‥‥可愛い‥‥の?」
 首を傾げる扇姫。所謂女の子トークで押そうとしたみたいだが、どうやら扇姫はそういうのに疎い‥‥というより興味が無いらしい。
「むぅ、せっかくの美貌が勿体無い」
 と、軽い調子で竜哉も乗ってみようとするのだが――
「‥‥」
「あれ、俺ナチュラルに無視されてないか?」
 竜哉が悪いのではなく、扇姫がそういうのに興味を持てない性質だからと考えた方がいいだろう。きっと。
 そうなると、扇姫が興味を持つような話題を振った方がやりやすいか‥‥と羅轟が声をかける。
「‥‥久しぶり‥‥会った‥‥弟‥‥どんな‥‥感じだ?」
 一瞬。扇姫の瞳に感情の光が宿った気がした。
 次の瞬間にそれは消え、また元の無表情に戻る。だが、彼女は顔を羅轟へと向けると彼の質問に答える。
「すごく‥‥大きくなってた。昔は‥‥こんなに小さかったのに‥‥」
 そう言う扇姫が手乗りサイズの人型を手振りで表す。勿論そんな人間は有り得ないのだが。
 何はともあれ、武蔵に関することなら話はできそうだと羅轟は続けて話を振る。
「‥‥前回‥‥一件‥‥あと‥‥きちんと‥‥謝罪‥‥したか?」
 前回の一件とは、扇姫が武蔵を襲撃したことだ。結局は扇姫の誤解ということで落ち着いたのだが、彼女が武蔵を襲撃した事実は変わらない。
 だからその件について謝っていないと気まずくなるのは道理なのだが‥‥扇姫は首を横に振った。
「‥‥それは‥‥良くない‥‥円滑‥‥会話の為‥‥謝った方が‥‥」
 言われ、扇姫はこくんと頷く。
 今のやり取りを見る限り、扇姫にもどうにかして武蔵と会話したいという意思はあるように見えた。そこで、朔が質問をする。
 手には手帳とペンを持ち、聞いた内容をメモする準備ができていた。
「扇姫さん‥‥毎日来るのは、弟さんが心配だから‥‥でしょうか? 弟さんには直接話さないので、よければ教えてもらえませんか?」
 少しの間。
 扇姫の表情は相変わらず変わらないので何を考えているかは分からない。ただ伏せがちだった顔を意を決したように上げる。
「‥‥武蔵の‥‥記憶を取り戻したい‥‥。私が一緒にいれば‥‥思い出すかもしれないから‥‥」
 武蔵は3年より前の記憶‥‥天羽家襲撃事件以前の記憶を持っていない。
 それを取り戻すことが、扇姫の目的だったのである。
 なんとなく、彼女の気持ちも分からなくはない‥‥が。
「でも今のままじゃ厳しいと思うぜ」
「‥‥?」
 そう言ったのは竜哉だ。
「貴女の今つけている仮面は『復讐者の仮面』。でもよ、失われた記憶に訴えるってんならそれを外して姉の顔‥‥せめて仮初だとしても『姉の仮面』をつけてやるべきなんじゃないか?」
 それが弟の為になるだろう、と。
 そして口には出さなかったが‥‥扇姫自身の為にもなるだろう、と。
「姉の‥‥仮面‥‥」
「とりあえずは笑顔の努力かね。折角見つけた弟相手に笑顔も見せないのは姉としてちょっと寂しかないかい?」
 言われ、扇姫は彼女自身に出来るなりの笑顔をしてみる。‥‥だが、やはり瞳に光はなく、感情が全く見えないそれであり。
「‥‥うん、それは笑顔は笑顔だけど少し怖いぞおい!? 何ていうかなーもうちょっと身体の力抜いてみたらどうだ? あるいは着替えて雰囲気変えるとか」
 と、ここまで言ったところで周囲の視線‥‥女性陣である百々架と朔の視線が痛いことに気付く。
「着替える必要あるんですか?」
「邪なものを感じます‥‥」
 といった風に竜哉が何故か追い詰められていた。その空気を払拭する為に、咳払いひとつ。
「復讐は何も生まないなんて常道を説くつもりはない。だがその復讐心で家族を不幸にするのは、望むことじゃないだろう?」
 その言葉に扇姫は何も答えない。やはり、復讐は捨てきれないのか‥‥そう考え、羅轟が聞いてみる。
「‥‥復讐‥‥目処は‥‥立って‥‥いるか?」
 今度こそ。確実に扇姫の瞳に光が宿った。
 そして彼女が初めて感情を伴なった笑顔を作る。――狂気が覗く笑顔を。
 それを見て、どう答えるべきか羅轟は一瞬悩む‥‥が、自分なりの考えを告げる。
「‥‥果たすにせよ、諦めるにせよ、決着は着けられよ。その後する事は思いつかぬかもしれぬが‥‥生きている弟がいる事を、忘れぬようにな」
 復讐するにしても弟がいるという事を忘れないように、と。
 その言葉に扇姫が頷き、次に顔を上げた時‥‥そこに感情は見えなかった。
 最後に、と百々架が告げる。
「‥‥自責の念に駆られたり後悔する前に抱きしめてあげて下さい。感謝の言葉を述べて優しく抱擁する‥‥それだけで扇姫さんの愛を、気持ちを武蔵さんに伝える事が出来るんです」
 それを受けて扇姫は彼女なりの笑みを見せる。
「頑張って、みる‥‥」

●姉弟の行方
 武蔵と扇姫の仲を取り持つ為に言うべきことを言った開拓者達は、家を離れた。
 2人っきりの方が話せるだろうと踏んだからだ。
 家から少し離れたところで、家の方を眺めながら、風葉がぽつりと呟く。
「ったく。家族と仲良く出来なくて、誰に心許せるってのよ」
 それは人と接するのが苦手で、だからこそ人付き合いに困る人を助けてやりたいと思う不器用な少女の呟きだった。