乙女のオネガイ
マスター名:藤城 とーま
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/19 07:08



■オープニング本文

●たいしたお願いではない

 秋の夜長、ちょっと冷えてきた頃には酒場で飲んで体を温めるのは最高だ。
 もちろん冬に飲むのが大変うまいのだが、この雑多な感じと活気がホッとするのかもしれない。
 さて、どうしようか。ちょっと小腹が減ったな。あ、このジャガイモのバター焼きにグッとくるな。
 酒場の親父に声をかけようとしたあなたの前に、女性数人が立ちはだかった。
 新しいウェイトレスさんかと思いきや、こう切り出してきたのだ。
「し、失礼します。あの‥‥開拓者の方ですよね!?」
「‥‥そうだ、けど‥‥」
 あんたたち誰。
 そういう表情をしていたのだろう。先頭の小柄な女性が、ペコリと一礼した。
「私たち『騎士様愛好調査研究会カレヴィリア支部』、略して騎士研です!」
「‥‥‥‥きしけん?」
「騎士研とはジルベリア帝国にお仕えする騎士様を陰ながら応援する私設団体です。そして、私たちはそのカレヴィリア地方の騎士様をですね――」
「‥‥はぁ」
 要するにファンクラブの類である。
 騎士研女子は『開拓者であるあなたに折り入ってお願いが』と言ってくるのだ。
 彼女はカバンの中から巻物を取り出し、紐解くとテーブルの上に広げた。テーブルだけでは到底広げきれないので、両脇に居た女性がそれを手に持って伸ばす。
「これは、カレヴィリアの騎士様の名を連ねたものです。この赤く塗られているのがチェック済みの証」
「チェック‥‥?」
――名前の上に打ち消し線のような赤い筋が一本。なんだか、これはチェック済みと言うより‥‥なにか禍々しいものを感じる。
「はい。質問やインタビューを左側の子が、そして肝心な肖像画を‥‥この右側の子が担当しまして。質問内容は全125項目。それら全て終えたというチェックです」
 この赤い討伐者印は、殆どの者に塗られていた。恐ろしい執念である。
「ですが!! まだ、一人‥‥まだ一人お尋ねできない方がいるんです!! あの方さえお尋ね後はもう‥‥!」
 騎士研は身をくねらせて悶える。なんか怖い。
「‥‥つまり、尋ねてこいってことですか?」
「バカを言うんじゃないデスッ! どうしてお会い出来る絶好の機会をあなたに委ねなくちゃいけないのよっ!!」
 早く会話を終えたくて切り出したのに、騎士研の女性は怒り出した。どうやら意図が違うようだ。
 女性は咳払いを一度。失礼。取り乱しました、と謝罪してから、実は足止めをお願いしたいのです、と言う。
「狙いは駆竜騎士団長、ユーリィ・キリエノワ様。あの御方の明日のスケジュールはバッチリチェックしまして、午後から3時間ほど空いているのです。そこを狙います」
「じゃあユーリィさんの足止めを‥‥?」
「違うって言ってんだろこらぁっ!」
 ばん、と机を叩いて激昂する騎士研の女性。怖すぎる。
「‥‥こほん。足止めするのは、我等が怨敵。ユーリィ様の妹、クロエ嬢です‥‥!」
「‥‥はぁ」
 騎士研いわく、クロエが毎回大義名分をかざして邪魔するのでユーリィのプロフィールが取れないのだという。
「クロエ嬢に事情を話して聞いてもらうとか‥‥」
「あのブラコンはダメです! 話が通じる相手ではありません!」
「はぁ」
 騎士研の悔しがる様子に、あなたはちょっと鬱陶しさを感じてきた頃だと思う。
 とにかくクロエの足止めを頼むと熱心にお願いされているのだが――

「何をしているかと思えば、また悪巧みか、騎士研の」
 背後から声が、また増えた。それと同時に『あ、あなたはっ』という騎士研の狼狽した声。
 怨敵認定、クロエである。
「何度も言うが兄は忙しい。下らぬ悪知恵を開拓者に吹きこむ前に立ち去られよ! さもなくばケモミミを出せ!」
「ケ、ケモミミですって!? 意味が分からないわっ! 私たち騎士研はユーリィ様を熱烈に支持しての活動で――」
「支持するというのは押しかけのことではない! よいか、兄の顔を苦悶の色に染めたくなければ。見守ることが支持の愛と知れ!」
「クッ、クロエさん!? また貴女訳のわからない因縁をつけて、ユーリィ様へのインタビューをさせないつもりねっ!?」
 目の前でけんけんごうごう、もうどうでもいいんですけど。帰ろうかな。
 そう思ったあなたの前に、クロエと騎士研の女性の顔が間近にあった。
「では、汝に決めてもらうほうが手っ取り早いな。どちらに属する」
「あら。頼むのはこちらが先ですから、協力してもらえますよね?」
 あなたの前で啀み合う双方。
「よく考えよ。明日、12時きっかりに‥‥私が酒場の前で待っているからな」
 クロエがじろ、とあなたを一睨みし、酒場を出ていく。
「では私たちは大聖堂の前に12時きっかりに待っていましょうか」
 双方、『身の振り方を間違えるなよ』という脅しを込めた睨みを利かせて帰っていったわけだが。

 あなたは、どうやら逃げられないらしい。
 己の不運を呪いながら、憂鬱な気持ちで頼みそこねていたじゃがバターを頼むのだった。


■参加者一覧
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
郭 雪華(ib5506
20歳・女・砲
匂坂 尚哉(ib5766
18歳・男・サ
レオ・バンディケッド(ib6751
17歳・男・騎
早蕨(ib7323
13歳・男・陰
アリス ド リヨン(ib7423
16歳・男・シ
ヴォルテール(ib7675
29歳・男・騎
獅炎(ib7794
25歳・男・シ


■リプレイ本文

●酒場の前

「‥‥色々尋ねたいことがあるのだが」
 クロエは酒場の前に立っていた、アリス ド リヨン(ib7423)らの顔を見つめる。
 一度息を吸ってから、郭 雪華(ib5506)の頭上あたりを指した。そこには、獣耳カチューシャがついている。
「アリス‥‥汝らの耳は本物として‥‥セツカ。珍しい装いではないか」
 そう指摘すると、雪華は『クロエ殿にお願いがあるんだよ』と申し訳なさそうに口を開く。
「やはりな。普段小細工をせぬセツカがこうするのは‥‥恐らく何かあるだろうと思っていた。申せ」
「どうして‥‥騎士研の行動が気に入らないのか、知りたいんだけど‥‥聞かせて貰えるかな‥‥?」
「兄上らは領主に仕える立派な職務を全うしておる。無論‥‥領民に支持されるのは喜ばしいが、数人がかりで囲んでの面会や黄色い声援は耳障りだ」
 その他に何かぶちぶち漏らすが、言ってしまえば『気に入らない』のだろう。
「俺‥‥いえ、自分はクロエ様、騎士研の皆様どちらの言い分も理解できます‥‥少々妥協‥‥いえ、歩み寄りし、納得出来る範囲で――」
 レオ・バンディケッド(ib6751)が言葉につかえながらクロエに提案するのだが、彼女はレオに向き直ると『なぜ私が、家族の安否を妥協せねばならぬ』と不服そうに彼を見やった。
「クロエ殿‥‥気持ちはわかるけど、ほんの数時間‥‥ちょっと我慢するだけでいいんだよ‥‥勿論、ただ我慢しろとは言わないよ‥‥」
 上目遣いにクロエを見つめる雪華。心なし、目がウルウルしている。
「自分の耳を自由に触ってください。それで納得してくれるなら安い物です」
 対価として、ユーリィへの面会中に我慢できなくなったら耳を触っていいというものだ。レオも雪華と同じく、身(耳)を捧げる覚悟であった。
「僕のじゃ、ダメかな‥‥? ダメだったら‥‥僕はクロエ殿の敵になる‥‥それは嫌‥‥」
 クロエも女だが、女性を泣かせるのも気まずい。うっ、と言葉に詰まったが、流される前に待て待て、と手を翳して仕切り直し、自分の気もついでに落ち着ける。
「確かに私は騎士研らをよく思っていないことは認める。しかし何故敵だとか敵でない‥‥という判断なのだ?」
 三人の顔を順に見て、クロエは大きなため息をついた。
「妥協‥‥ということは、騎士研らにも話は通しておるのか?」
「はい。数人、騎士研への交渉に向かっています」
 レオがしっかりした口調で言えば、クロエは唇を軽く噛んだ後、雪華に訊いた。
「――‥‥どういう、内容だ‥‥」

●不機嫌な乙女たち

「クロエさんを説得‥‥同意のもとでユーリィ様に会わせるかわりに、質問内容を彼女が閲覧して削る‥‥?」
 ぴくり。騎士研の長が神経質そうに片眉を動かした。気に入らないらしい。
「わたしたちは『協力』をお願いしているんです。『立会』と妥協を願っているわけではないんですけど」
 だいたい、クロエさんにお尋ねするのであれば、ユーリィ様に直接尋ねたほうが話が早いと思いますけど――と若干喧嘩腰である。
「守るべき民の要望に答えるのも騎士の務めだと思うよ。しかし、全ての要求に答える事は難しい‥‥賢いお嬢さん方ならば、分かるだろう?」
 そう穏やかに答えるヴォルテール(ib7675)の手には騎士研のアンケート表と絵画用具が握られている。
 差し押さえたのではなく、彼女等と相対するクロエの狙いがまだ騎士研の足止めにあると予想したからである。
「‥‥もしもわたしたちが、嫌だと突っぱねたら、どうするつもりですか?」
「呑めない場合は、私達では力になれないようだしね。残念だがクロエ殿の味方をさせてもらおうかな」
 だが、騎士研長(以後:研長)は怒りを滲ませる。
「あなたたちもクロエさんの差金ですか?――あくまでも邪魔し、従わせるつもりのようですね」
「なあ。こっちは提示する条件を飲んで貰えるなら、ユーリィへの質問が出来る様に取り計らう、って言ってるだけだろ」
 同じような条件なら、クロエにも出されているはずだと匂坂 尚哉(ib5766)は耐え切れず口を挟む。
「僕たちも、平和的な解決を望んでるんですよ?」
 なのでお手伝いしたいです。早蕨(ib7323)が純粋な目で訴えかければ、研長は視線を彼から逸らす。
「だからいって、その解決ではクロエさんも納得しないでしょう。わたしたちだって、遊びでやっているわけじゃないですし‥‥」
 その言葉に、騎士らしき装いのリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が堂々と彼女らの前に進み出て、キッと睨むと声を張り上げる。
「遊びでない‥‥? そもそも、騎士研とやら、汝等は騎士を何と心得ておるか?!
 帝国に仕え、民を護らんと時間を惜しみ日々奮闘する騎士達のもとに押しかけ、125項目に亘る質問を投げかけようとは思いやりに欠ける!」
 そのままヴォルテールの腕の中からチェック表を取り出すと片手でバッと広げた。それに対して騎士研の面々は小さい悲鳴を上げる。
「しかも、この赤線は何じゃ? 騎士は武人。時に命を危険に曝さねばならぬ‥‥その様な者達の名前を!
 事もあろうに赤線で打ち消すが如き所業! 縁起でもないわ! 無思慮無神経にも程があろう! 猛省するがよい!」
 憤りをそのままぶつけるリンスガルトに、研長は反論する。
「無神経なのはどちらです! 騎士というのは、このように他人の私財をぞんざいに扱うことが許されているのですか!?
 領民にも不透明な騎士様との溝を薄くする‥‥そのための取材です!」
 しかしリンスガルトも容赦はない。
「では汝等は騎士を収集品か何かとしか思っておらぬのか? 騎士の個人情報満載のファイルは情報源として有益と判断される事もありうるのだ!
 場合によっては汝等全員利敵行為で死を賜るかも――」
「そんなこと‥‥! 脅して従わせようなんて、なんて卑劣なやり方を――」
 いけない。これ以上エスカレートすると、決裂してしまいそうだ。慌てて早蕨と尚哉が間に入る。
「まぁ、まぁ。お互い熱くなるのは止めようぜ‥‥でもさ、ちょっと考えてくれよ。クロエの姉ちゃんに協力して貰った方が、ユーリィから回答を得られる可能性が上がるかもしんねぇし」
 尚哉が双方の顔を見比べ、希望的観測を提案。研長は彼とヴォルテールの手中を長いこと見つめ、向き直って仲間の表情を伺う。
 二人共、不服は多大に有りそうだが‥‥他にどうしようもないのだろう。諦めたような目をしながら頷いた。
「‥‥わかりました‥‥ですが、ファイルは返してください。何より大事なものですし‥‥こんな状態であなた達に信頼を置けるわけもないでしょう?」
 そう言って研長は手を差し出した。

●ぎすぎすした酒場。

(なんでこうなってんだろうなぁ‥‥)
 獅炎(ib7794)はぼうっと考える。しかし、じゃがバターが美味しいので考えるのも勿体無い気がしてきた。
 皆騎士研かクロエの足止めをする依頼を受けている。どちらを選んでもろくな結果になりそうにない。
 出来ればこれ以上巻き込まれないよう、この問題自体を丸く収めたいと思っている。
 酒場の中に入ってきた騎士研の面々と早蕨ら。既に違う卓にいたクロエと顔を合わせると、研長はピタリと立ち止まって彼女を睨むように見つめた。
「あなたの謀かと思いきや、存外に不服そうなお顔ですね、クロエさん」
「‥‥その様子では、汝らも渋々従ったようだな、騎士研の」
 研長も『お互い様のようですね』と投げかけて違う卓へと進んでいく。一触即発の事態かと思われたが、双方そこまで荒くはないようだ。
「問題ない。汝らとユーリィとやらを必ず会見させると誓ったぞ‥‥この剣に誓って」
 騎士研の真向かいに腰を下ろすリンスガルト。隣に座るヴォルテールも頷く。

「‥‥それで。質問状とやらを見せよ。私が直々に閲覧しよう」
 待っている間のケモミミフルモッフも飽きたのか、クロエはアリスの髪を三つ編みにしながらつまらなそうに答えた。
 くすぐったそうにしているアリスを見ながら、早蕨は騎士研より質問リストを預かり、そのままクロエに手渡す。
 狐の耳と尻尾を緩やかに動かすと、クロエの視線がそちらに行っているのが分かる。
「触ってみる?」
 可愛らしい笑顔を向けた早蕨。しかし、クロエが何か言う前にアリスがバッと間に入る。
「クロエ様耳を傾けちゃダメっす!」
「仲良くしようって思ってるだけだよ!」
 アリスと早蕨はじっとお互いを見つめて警戒の色を濃くしているようだ。
「‥‥クロエ殿」
 雪華が上目遣いでクロエの腕を引き、質問リストを、と暗に促す。
 研長たちも此方を見ているのに気がついたレオは、礼儀正しく『見習い騎士のレオ・バンディケッドと申します。以後お見知りおきを』と挨拶した。
 見習いといえど、騎士。一瞬顔が緩みそうになる騎士研の面々だが、ハッと我に返って表情を引き締めた。
 そんなレオも心配そうにアリスと早蕨を見つめている。そしてクロエはリストに目を通す。
「‥‥何々。『よく食べるものは』『公休はいつですか』『好みのタイプは』‥‥くだらん質問ばかりではないか」
「くっ、くだらないとか何ですか! わたしたちには重要なことです!!」
 離れていてもクロエの愚痴のような呟きは聞こえたようだ。やはり眉を吊り上げて研長は怒る。
 そうして、クロエの独断と偏見の元で弾く意味で線を引かれた質問総数は75個。約半分強削除されていた。
 信じられない、と文句を言いつつもこれを耐えれば面会できる。断腸の思いで、騎士研は了承。
 クロエもまた、兄にゆっくり過ごして欲しかったなと残念に思いながら、リストを早蕨に渡した。
「そんじゃ、ユーリィに会いに行くとするか」
 獅炎がガタリと席を立ち、クロエと研長に『行動はだいたい把握してるんだろ?』と案内を頼んだ。


●交渉人は居ない

「‥‥クロエ? 一体どうしたんだ」
 歩いていたユーリィを見つけたのは騎士研。そこで思わず黄色い声援を送り、クロエに睨まれた所でユーリィが妹(と謎のケモミミ集団)に気づいて此方へ近づく。
「兄上。その‥‥すまぬ」
「何かな?」
 言いづらそうにするクロエ。そこへ、横から差し出される質問リスト。
「答えてくださいっ、お願いしますっ!」
 騎士研である。ユーリィはそれを受け取り、リストと開拓者達を交互に見比べた。だが、彼の顔を見つめたまま誰一人何も言わない。ややあってユーリィが口を開いた。
「――この消されている設問は何ですか?」
「騎士研が作ったリストだ。私が閲覧して不要と判断した場所は消してある」
 そうクロエが答えたので、ユーリィは騎士研を見つめた。
「あなた方が『騎士研』の方々ですか? なるほど。噂はかねがね‥‥」
「本当ですかっ!? ああ、ユーリィ様のお耳にわたしたちの――!?」
 睨みつけるリンスの勢いにたじろぐ騎士研。ぐっと口を噤んだ。
 妨害しようと動くつもりなら、と早蕨が呪符を出し、アリスはそっと柄に手を触れた。
 一部で妨害工作が発動しそうな雰囲気の中――‥‥ユーリィは開拓者達へ視線を移し、最後にクロエで止まる。
「クロエ。これらは皆同意の上での処置なのかい?」
「私や騎士研とて不本意だが‥‥妥協しての結果だ」
「納得できない部分はあるけれど『無理を通せば道理が引っ込む』か‥‥愚か者‥‥!」
 そう咎めるように言うと、ユーリィは質問リストを破ってしまった。悲鳴を上げる騎士研と、驚きに目を見開くクロエや開拓者。
「ユーリィ殿‥‥! なんという――」
「私はユーリィ・キリエノワ! カレヴィリア駆竜騎士団を預かる長なるぞ! 斯様な一方的な措置を為され、違和感を覚えず応じると思ったのか! 恥を知れ!」
 怒号は厳しく、ユーリィの視線は刺すように冷たかった。その眼に怯えながら、言い訳をするようにクロエは唇を開く。
「だ、だが、私は僅かな時間でも兄上の手を煩わせたくなかった! 故に、皆の力を借りたのだ!」
「クロエさんの仰るとおりです。わたしたちは質問状を直接手渡すつもりでした。その為に邪魔をしてばかりのクロエさんの足止めをお願いしたのです」
 弁解は不要、とユーリィは突っぱね、次に開拓者達に破ったリストを見せる。
「聴いた噂通りなら、100を超える質問に答えるのは骨が折れるという。だが、それらを受けるのが嫌だと言っているわけではない‥‥
 双方そこまで妥協させ同意を得たのなら。何故私には誰一人として状況説明と交渉をしない? なぜ双方は互いの行動を抑制しようと臨戦態勢に入る?」
 会えば笑顔で何でも応じると思っていたのか? 私の預かり知らぬ所で勝手に決められたことに応じるほど愚鈍ではないよ、と呆れたように言う。
「騎士研、だったね。新しいリストを持って、後日尋ねておいでなさい。その時に非礼を詫びよう――クロエ、後で話がある。私が戻るまでには屋敷に帰っているんだよ」
 そう言って、もう一度開拓者達を見――『残念だよ』と言い捨てると踵を返して遠ざかっていくユーリィ。それを呆然と見送った一同。

「‥‥何が、いけなかったッスかね」
 かすれた声のアリスに、レオは口を開いたが、結局何も言えずに閉じた。
「無理はなかろう。私たちは互いに妥協する、させるという方向で話を進め、行動した。
 その一方で兄上には無条件で応えてもらえるものと信じ、許可や同意すら得なかった。私が同じ立場であればやはり怒ったろう」
 しょんぼりとするクロエに、珍しく表情を出した雪華は心配そうに彼女を見やる。
「ですが、こうでもしなければ‥‥我々としても物事を収めることは出来なかったでしょう」
 ヴォルテールは困ったように眉をひそめた。
「だからといって、圧力をチラつかせる交渉は良くなかったのではありませんか? そしてお互い、妨害されれば反撃せんと狙っていますし」
 そんな雰囲気が騎士研らでさえ伝わるのだから、ユーリィはすぐさま感じ取ったのだろう。だから怒ったのだ。
「‥‥直々の許可でお伺いが出来るのですから、もうこれでこの件は終わりにさせてください。これ以上関わりたくありません‥‥それでは」
 つい、と騎士研らもユーリィとは違う方向に離れていく。
 後に残されたクロエも、大層重いため息を吐きながら『皆、ご苦労だった‥‥もう良い。礼金は酒場に渡しておく』と言い残し、ふらふらと幽鬼さながら歩いていった。
 途中振り返り『ありがとう。耳までつけてもらったのに、済まなかった』と頭を下げ、歩き出す。
 顔を見合わせた開拓者たちも、それぞれがくりと肩を落とす。
「なんぞ‥‥疲れてしまったのぅ‥‥」
「重いというより何かが晴れない。どうでもよすぎる一日で、得るものが無かったからだろうな‥‥」
 リンスガルトの誰にともなく放たれた言葉に答えた獅炎。ある意味的を得ている。
 既に陽が沈みかけた道を、心に何も浮かばぬまま開拓者たちは某と見つめ、その口からは溜息ばかりが漏れていった。