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■オープニング本文 ●荷馬車が通る ジェレゾより更に北西へ向かった方角にカレヴィリアという領地がある。 その領の東側――他領土との境には、昼でも光の射さぬ森林‥‥通称『闇の森』が大きく広がっており、住人はおろか行商人に不安をもたらしている。 しかし、ただ暗いだけの森ならば光源と道標さえあれば迷うことも少ない。切り開いて道を造ろうという意見も過去に何度か持ち上がった。 まだそれが実行されず、その森が存在するというのは――闇の森には常に瘴気が漂い、その事実と共にアヤカシもいるという見解が確実視されている。 更に悪いことに、カレヴィリアの市場へ行くにはこの森を通り抜けなければ辿りつけない。 無論、『開拓者』というものが誕生する以前だとて彼等もただ見ていたわけではない。森の一部は焼き払われたのだが、当然アヤカシには何の痛手もなく、これという有効な手段がなくなってしまったのだ。 よって、闇の森には不用意に近づかない、という事になり、今日(こんにち)に至るという状況だ。 だが、商人やカレヴィリアの住人にとっては、貿易先がなければ商品の売買ができない。通行しない訳にはいかないのである。 そこで彼等は危険を承知でこの森を通る。場合によっては護衛を雇うため諸経費もかかる。結果、この領土の物価はかなり高くなった。 カレヴィリアは貧しく、痩せた土地であったのだ。 だが、そんなカレヴィリアも開拓者が現れてからというもの、彼等の功績により商品は昔よりも流通するようになり。 領土の税も高すぎることもなく、物価もある程度下がって領民の生活も僅かだが以前より向上。暮らしぶりは少し楽になったようだ。 そんなカレヴィリアに、今日も荷を積んだ数台の馬車が蹄の音を響かせながら暗い森を通る。 鎧に身を包んだ男たちが馬に跨り、馬車の前・中・後列についており、依頼主を乗せた馬車には数人の開拓者も同乗していた。 よく見れば荷台には赤い旗に剣と竜――カレヴィリアの紋章が描かれていた。つまり、領主へ納める荷。この騎士たちの警護体制も致し方無いというものだ。 気休めほどに小さい光量のカンテラが彼等の進む道を照らす。カンテラが揺れ、彼等の影がまるで魔物のように伸び縮みして気の弱い商人を怯えさせた。 「案ずるな。我等が必ず貴公らと荷物を送り届けよう」 先頭の男が、静かな口調で商人を宥めた。彼は領主に仕える騎士なのだろう。革製の剣の鞘にも焼印で同じ紋章が押されている。 そうして進んでいた一行だったが。 不意に先頭の男が片手を大きく上げ、短く声を出して馬を止める。その合図は危険を知らせるサインだったのだろう。次々復唱され、馬を降り馬車を止めさせる騎士たち。 彼等の行く手を遮るように現れたのは――狼の小さい群れと、見えづらいが、白い羽を持った蛇だった。蛇は木に胴を巻き付けてこちらの様子を伺っている。 「ケモノ‥‥いや、アヤカシも混ざっているようだ。場所も広くはない。孤立せず、連携を大事に。商人と荷を守りながら戦う」 すらりと剣を抜き放ち、先頭の男は狼を見据える。 体から生えている剣に似た形状のものは、気を付けねばこちらの身体を抉るだろう。 敵が出たことにより、一部隊列を変更して守りやすい位置取りをしていく開拓者と騎士たち。 「用意はいいな?」 「はい!」 その返答に小さく頷き、こちらへ向かってくるアヤカシを迎撃するため武器を構えた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●頼りなのは仲間とカンテラ カレヴィリア東部に広がる闇の森。馬車の中から能力者たちは真っ暗な外の様子を窓から見たり、眼を閉じてじっとしていたり。 それぞれが到着までの時間を過ごしていた。 (闇の森‥‥暗いだけでも危険なのに、これほど瘴気に満ちた場所が人の行き来する場所にあるなんて‥‥) アヤカシに遭遇しても、運良く遭遇せずとも、彼等はさぞ恐ろしかっただろう――と思ったフェンリエッタ(ib0018)の顔に憂愁の色が浮かぶ。 しかし現実にアヤカシは彼等の前に現れたようで、騎士たちの鋭い掛け声と共に馬車は急停車する。腕を組んで座っていた羅喉丸(ia0347)は顔を上げ、武器を掴む。 「出番などない方がいいのだが‥‥信頼には応えなければな」 羅喉丸に続き、馬車からは次々と仲間たちが飛び出すように降りてくる。 騎士たちが掲げるカンテラの光に照らされて、ぼんやりと浮かぶアヤカシの姿。 隊長であるユーリィの号令に従い、騎士たちが馬車を囲むように素早く陣形を展開する。 「商人と荷を守りながら戦う‥‥準備はいいな!?」 「了解! 荷も商人さんも守り抜くよ!」 騎士たちの了解の返事と共にリィムナ・ピサレット(ib5201)が応える。 「はいはい、隊長さん。一緒に宜しくねー」 海月弥生(ia5351)も暗い雰囲気にそぐわぬ、明るい声音で返答した。 「剣狼と小雷蛇‥‥でしょうか」 向かってくるアヤカシを見つめ、フェンリエッタは呟く。そして敵の種別は正解だ。 少ない光量でも蛇の鱗がぬらぬらと輝くさまが見え、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は見下すように鼻で笑う。 「ふふ、駄犬に蛇、ね‥‥この程度の戦力じゃ全然ダメじゃない」 そんなリーゼロッテの漆黒の瞳は口調と裏腹に敵の動静を探るように見つめている。 「数は多いね‥‥まぁ、あんまり心配するのも何だしね」 柔和そうな九法 慧介(ia2194)の貌から、すぅっと表情が消えていく。刀を構え、前に進みでた。 妖獣達は襲いかかるタイミングを待っているかのように姿勢を低く取っていた。 一人の騎士が雷蛇へ向かって弓を射ると、木に巻き付いていた蛇は存外に機敏な動作で木から離れ、ふわりと宙空へ飛んだ。 一匹の剣狼が羅喉丸を睨みつけ、力強く地を蹴った。カンテラのか細い光を、身体から突き出た剣が反射させる。 彼の後方には馬車があり、下手に避けると馬車や商人を危険に晒してしまうおそれがあると判断し――盾を構えて攻撃を受け留める。 盾と鋭い爪や胴剣が擦れて耳の近くで嫌な音を立てた。盾に押されて着地した狼に、慧介が素早く接近し秋水で薙ぐ。 強い仲間意識が獣型とはいえアヤカシにはあるはずもないのだが、一匹が攻撃を受けた途端に残りの剣狼が慧介を狙い、大きく口を開いて襲いかかってくる! 「まとめて喰らえっ! ブリザーストーム!!」 リィムナが一丸となってやってきた剣狼へ魔法を浴びせる。正面に食らったアヤカシ達は攻撃をすることも忘れ、身をよじりながら着地して距離を取ろうと動く。 「はーい、動かないようにね〜おとなしくして頂戴よ」 そこへ弥生の射った矢が剣狼の足元へと突き刺さる。中には足に命中したものもあり、怒りの声を上げた。 しかし敵は地上に居るばかりではない。頭上を羽ばたく白いモノ。リーゼロッテが見つめていた雷蛇の身体が発光し、雷撃を放つ。 「こんなもの!」 武器を持ったまま顔の前に腕を交差させてそれを防ぎ、キッと蛇を睨むリーゼロッテ。魔法を受けた腕には痛みが走り、彼女の怒りを映したような長い赤髪は衝撃に揺れる。 尚も別の雷蛇が翼を折りたたみ、急降下。騎士の一人へ襲いかかろうと牙を剥いた。 「よくも私に‥‥後悔なさい!」 彼女に攻撃を繰り出した蛇と、落ちてくる蛇、慧介らが対峙する剣狼を巻き込んでブリザーストームを見舞う。 「後方の兵は雷蛇を狙え! 胴に当たらなければ羽根を狙い、機動力を削ぎ落とす!」 ユーリィの指示に弓手の騎士は素早く動きまわる雷蛇を狙って弓を引き絞った。 剣狼は密生する木々を身を隠す場として利用し、そこから素早く駆け出し、標的に攻撃する‥‥という方法を使っているようだ。 気配を隠しても、殺気だけは伝わってくる。背を慧介へと預け、注意深く様子を探る羅喉丸。 小さい物音と共に、弾丸のように飛び出す黒い影。すり足で半歩踏み込み、羅喉丸は握っていた片手を―― 「気よ、我が敵を穿て!」 それ目掛けて突き出した。 気功波により、剣狼は僅かに狙いを外したようだ。身体から伸びる剣狼の切っ先は、羅喉丸の腕を薄く斬ってすれ違う。 だが、逃がすはずはない。弥生の星天が放たれ、剣狼の眉間に深々と突き刺さった。 唸ろうとしたのか大きく口を開いたアヤカシ。その姿を慧介は逃さない。 秋水を逆手で持ち、腕を交差させつつ下から上へ一気に閃かせる。 血と瘴気が切っ先より噴出し、離れた胴体は地に落ちた。 「ひぃっ、あっちへ行けぇぇっ」 片手で馬の首にしがみつくようにしつつ、片手で頭を守るように抱え、身を縮こませる御者。 フェンリエッタが馬車に近づこうとする蛇を見つけ、素早く放った雷鳴剣で阻止。ぼたりと落下した蛇に、騎士たちは槍を突き立てた。 目の前にアヤカシが迫る恐怖に御者もかちかちと歯を鳴らして震える。いや、彼ばかりではなく、馬車の中に入っている商人ですら青ざめた顔でべたりと壁に背をつけていた。 「‥‥大丈夫、すぐに片付きますよ。じっとして待っていて下さいね?」 フェンリエッタが怯える馬の鼻をさすってやり、御者の顔を見つめた。返事もせずに、大きく目を見開いたままの御者。 「しっかりして! 大丈夫だから、絶対守るから――‥‥」 あたしたちを信じて! と、リィムナも彼等を安心させようと商人たちに向かって大声で諭す。彼等の声は届いているはずなのに、心には届かぬようだ。 その様子をしばし見つめた後、唇をきゅっと結んで、リィムナは背を向けた。そこへ、ユーリィが剣狼を斬り払って『フェンリエッタ嬢、ピサレット嬢』と声を掛けてきた。 「‥‥言ったのが子供だとか女性だとか、そういう些末なことで声が届かないわけではないのです。恐怖に塞がれた耳や目では、正常な判断は奪われる」 あなたの言葉は、我らに勇気を与えてくれました――そう言い残し、ユーリィは部下が苦戦する場所へと走る。 「どうも、隊長さん」 少しだけ表情を和らげ、リィムナは魔杖を振った。 蛇も倒し、剣狼の数も少なくなって、残りは羅喉丸ら前衛が抑えている剣狼2匹。 後方の騎士たちは馬車に着け、開拓者とユーリィは狼の行動範囲を狭めようとにじり寄る。 「観念なさいな。最後くらい派手に散るといいわよ? 私が手伝ってあげるからさぁ♪」 リーゼロッテが何処か嬉しそうにブリザーストームを放つ。氷の礫を食らいつつも左右に別れようとした片側に、リィムナのアークブラストが襲いかかった。 「冷やされたり痺れたり、可哀想‥‥とは思わないわよ?」 弥生も動きを止めた剣狼の胴を射抜く。鏃は胴体の剣を折り、深々と突き刺さる。 「覚悟‥‥気を纏いし黄金の拳で砕くまで!」 羅喉丸が素早く距離を詰め、気功拳を叩き込んだ。瞬間、アヤカシの瘴気のブレが大きくなって、眼から禍々しい輝きが消えた。 「あと1匹っ!」 ユーリィが盾に持ち替え、バッシュブレイクで剣狼へ盾をぶつけるように打ちつける。強い衝撃に剣狼の上半身を仰け反り、大きな隙が生じた。 そこへ、慧介が紅焔桜を使用し刀を上段に構えて突きを繰り出した。喉笛を易々と貫き、頸の後ろから切っ先が見え、瘴気が血にように地面に零れ落ちる。 刀を引き抜いた慧介がその場を退き、フェンリエッタが剣を振り上げる。 「これで、終わりです‥‥!」 剣が、闇の森にきらりと輝いて――真っ直ぐに吸い込まれるように剣狼へ下ろされ、両断。 どしゃり、と湿った音を立てながら、アヤカシはぴくりとも動かなくなった。 ●戦い終わって 剣を収め、ぐるりと周りを確認する騎士たち。既に討伐したアヤカシは消滅を始めていて、その身体から瘴気が霧散していく。 「もう大丈夫だよ」 未だ怯えた様子の馬を慧介はそっと宥めてやっていた。 周囲にうごめく敵影らしきものがない事を確認すると、ユーリィは再び移送の準備を命じた。 それをどこか懐かしそうに眺めるフェンリエッタ。聞けば、彼女も少し前までは騎士だったのだという。 「誰もが何も諦めず失わずに済むように、今は回り道をして修行中です」 お役目頑張ってください、という言葉は寂しげに聴こえたような気もしたが、彼女の瞳にはそのような陰りはない。 陰りどころか、常に前を見つめ、真摯であり――ある意味純粋な色だった。 騎士たちや商人たちが馬車や馬の状態を見ている間に、弥生はユーリィへと近づいて朗らかに笑う。 「隊長さん、鏡弦でこの周囲を確認したけれど、近くにはなさそうね。‥‥今回はお疲れ、よ? 又宜しくね」 ぽんぽんと肩を叩いてねぎらう様子の弥生。しかし、まだ森を抜けていませんから、無事に着いてから此方からも言わせて頂きます――、という言葉が返ってくる。 その足でユーリィはリーゼロッテに神風恩寵をかけてもらっている羅喉丸の傷の具合を聴く。 「斬られたといえど大事ない。このような傷はすぐに塞がる」 傷なども慣れているしな、と口元に笑みを乗せた彼に、ユーリィは同じように返す。 「そういうは最初に女性へ声をかけるべきじゃないかしらね。ま、いいわ‥‥カレヴィリアも、こんな貿易できるようになったのね」 じとりとユーリィを見たリーゼロッテだが、この国の話に目を細める。 「‥‥このようになるまでは、領主も、商人たちも‥‥いえ。領民たちは大変苦労されました。しかし、諦めなかったからこそ今があります」 ユーリィも領民の疲弊した顔や様子を見て育った。それを思い出してか、僅かに表情が陰る。 「あれだけ痩せてた土地がよくもまぁ‥‥開拓者ってすごいわねぇ」 本当に、と言いながらユーリィは森の先、まだ見えぬカレヴィリア城の方向に目をやった。 「ねぇ、ところで、荷の中身は何?」 リィムナが興味津々の様子で騎士に尋ねると、彼は一度ユーリィの方をちらと見て、簡単に説明した。 「領主へ納める衣類や食料が入っているんだよ」 「ふぅん? 結構な量だね」 「‥‥領主といえど、椅子に座っていればいいわけではない。我我や‥‥城の使用人の衣類や食事も与えなくてはならないから。これは一か月分に満たぬ量だよ」 領主の役目は重いものですから――騎士の言葉を継いでユーリィがそう説明した後。 「あなた方の同行と活躍のお陰で、短時間の殲滅が完了できました。ありがとうございます」 その言葉を受けた開拓者たちから、口には出さずとも柔らかい雰囲気が感じられる。 「では、少し早く進もう。‥‥行くぞ!」 開拓者達全員が馬車に乗り込んだのを確認するとユーリィは手綱を軽く握り、馬脚へ扶助と号令を送って進みはじめた。 |