|
■オープニング本文 ●秋のジルベリア 冬長く、春や夏は駆け足で過ぎ去ったジルベリアにも秋の気配がやってくる。 ジルベリア東部の小さな町にも、僅かでありながらも――秋の楽しみは伝わっているようだ。 「こんにちは。ミコさん、いらっしゃる?」 一件の小さな家を、一人の中年女性が訪ねてきた。ジルベリアでは珍しい、片引きの扉を開けると顔だけ中に入れて『ミコさん』たる人物を呼ぶ。 中は暗く、平積みにされた書などが部屋‥‥か通路かよくわからないところに散乱していて、整頓されているとは言いづらい家のようだ。 しばしの静寂の後。奥のほうから微かに人の足音が近づいてくる。 「毎回言っていますが――僕の名前はミコではありませんよ。オカモトです」 薄暗い家の奥より姿を見せた男。黒く染められた着物のせいか、まるで闇から現れたかのようにも見えた。 「あらあら。いつもびっくりさせるわね、ミコさん‥‥早くお嫁さん貰えば良いのに」 「なにぶん僕等のような陰陽師は‥‥天儀でもジルベリアでも変わり者として見られているようですから、進んで来てくださる方など居りませんよ」 陰陽師、御神本 響介(オカモト キョウスケ)は僅かに‥‥本当に僅かに微笑んでから、それよりもいかがされましたか、と逆に尋ねた。 「――ああ、立ち話では失礼でしたね。狭い家ですが、中へどうぞ」 「ありがと。大丈夫よミコさん、すぐ行くから。用というか‥‥畑の作物がね‥‥」 そう口ごもった女性に対し、響介は何かを察したようだ。 「それは猪ですか?」 「ええ、猪‥‥なんだけど、気が荒くて、人を見るとすぐに突進してくるのよ。畑も掘り返して作物を食べちゃうし、みんな困っちゃって」 顎に手をやり、大きいなら開拓者ギルドに持っていく話だなあ、と響介は呟いた。 「僕より適任が居ますので、そちらに任せるとします。ただ――」 「ただ?」 「それは猪と似たようなものですから‥‥余計畑が荒れないか、が心配ですね」 ●猪みたいなものとか言われる人。 「‥‥で、だ。話はわかった。猪倒すだけという難しくない仕事だし」 「ええ、そうです。だからあなたの力を使えと言っているんですよ」 開拓者ギルド内。話を持ってきた響介がゆっくり頷くと同時。向いに腰掛けている女性‥‥クロエは どん、と机を叩く。ばちゃ、と洋杯の中身が零れ、響介はそれを目で追う。 「汝は、私が大食いで、一個の事しか考えられない力自慢の愚鈍な女と言いたいのかっ!」 「誰も言ってませんよ、そんな事。まぁ、アヤカシと見れば突進していくところは否めないか‥‥」 うー、と低く唸って恨みがましい目で響介を見ているクロエ。仕事の報酬は頑張れば貰えますから、クロエさんが多く貰って構いませんと言われて少しばかり気を良くした彼女。 「それは嬉しいが‥‥汝は何をする予定だ」 「猪と云えども実際急に方向転換しますからね。呪縛符や治癒符などで支援をさせて頂こうかと」 無いよりはいいでしょう、と言えばクロエも助かるのだが、と煮え切らない返答をする。 「‥‥報酬は了解したが、肉‥‥」 「‥‥肉?」 「猪肉も、貰いたいのだが‥‥」 「どうぞお好きに」 どうせ肉も食べたいと言うに違いない思っていた。響介は頼みますよと言って開拓者ギルドに依頼を申し込んだのだった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
九条・亮(ib3142)
16歳・女・泰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
フェムト・パダッツ(ib5633)
21歳・男・砲
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●実りの秋 「丹精こめた作物を荒らされる‥‥少しくらいの被害なら「つまり食べ頃って事ですね」と‥‥いえ、農家の人にはそれも笑えないでしょうが。それにしても、流石に根こそぎはちょっと酷いですねぇ」 表情を曇らせる劉 星晶(ib3478)。 「猪の被害は本当に厄介だ。現地の地図と目撃情報を照らし合わせ、畑より追い出し、叩く!」 畑に出てきた猪を退治するというクロエ達。畑の外へ追い出すことが先決なのだが、 そこへ先ほど罠を仕掛けに行ってきたフェムト・パダッツ(ib5633)と御神本響介が帰ってきた。 トラバサミを狩猟協会より借り、設置。地元住民や畑の持ち主に誤って踏まぬよう呼びかけてくるという目的もあったため、地元住民の一人である御神本の案内と協力も役立ったのだ。 「成程。それで動きを封じるわけだな!」 クロエが嬉しそうに答えれば、そんなところだとフェムトは頷く。 「予め来そうな獣道と逃走に使いそうな道に置いておいた」 フェムトの案に、皆は卓上の地図を注視する。見たところ、被害に遭っているのは森に近い方向のみ。 「元猟師の意地にかけて、絶対に見破られない仕掛け方にするさ」 だから、このへんと、このへん‥‥とフェムトが指さす位置に星晶が印をつける。仲間へ誤って踏まないようにと注意を促し、皆は作戦と準備を整えた後。 彼等は畑へと向かって歩き始めた。 ●ブタじゃない 設置してから数時間経過したとはいえ、まだ日は落ちていない。しかし、この時期のケモノも食欲は止まらぬようだ。 「‥‥見よ。もうすでに何か居るではないか」 広い畑が見えてきたところで。クロエが指さす方向、畑の中に何かモソモソと動くものがある。 屈んで作業している人間‥‥ではない。にゅっと突き出た鼻――まさに猪の姿を発見した。テコテコ向かおうとするクロエの腕を杉野 九寿重(ib3226)が引っ張り、皆で一度物陰に隠れて様子を伺う。 「あっぶねぇ‥‥クロエの姉ちゃん、わき目もふらずに突っ込んで逆に畑荒らしそうだもんなぁ‥‥」 「そうなんです。何時もの如くクロエはせっかちです」 匂坂 尚哉(ib5766)が眼を丸くしたまま彼女を凝視している。九寿重もうんうんと頷き、クロエは唇を尖らせた。 「クロエさんはさておき‥‥あの猪が依頼のものと相違ないはずです」 大きさや特徴、出没地域は御神本が聞いてきたものとほぼ一致するようだ。 「ん〜‥‥見ると実感するね。冬眠前に脂肪を蓄える時期がやってきたんだ〜〜‥‥あんなに太って、美味しそうだよ」 獲物を狙いつつ、あの分厚い毛皮の下の味を想像したのだろう。ぺろりと舌を出す九条・亮(ib3142)。彼女と同様に、尚哉も『合言葉は牡丹鍋』と張り切っている。 「クロエ殿もだけど、皆張り切ってるね‥‥別に‥‥僕もイノシシの肉は嫌いじゃないけど‥‥」 郭 雪華(ib5506)が呆れるでもなく淡々と皆の様子を観察して、最後に猪を注視する。確かに極上の獲物を前にして高ぶる気持ちは重要なのだが、こんなにワイルドな人が多いとは。 「士気が滾ったところで、もう頃合いかと‥‥猪は警戒心が強いから、気づかれぬうちに近づきましょう」 御神本が言いながら立ち上がり、呪符を懐から取り出す。移動する前に風雅 哲心(ia0135)が軽く呼び止め術を唱える。 「皆にまずはこれをやっておく。‥‥迅竜の息吹よ、我らに疾風の加護を与えよ。―――アクセラレート」 敏捷を上げる魔法を付与し終え、視線だけで疎通を図り、一斉に彼等は走る。 「フェムトが罠とか仕掛けたみたいだし、畑から猪引きずり出さねぇとな!」 尚哉がニッと笑ってクロエと九寿重に行こうと合図を送った。遠くから見ても大きかったが、近くで見れば‥‥威圧さえ感じる巨体だ。 「この大きさでは当然畑への被害も甚大‥‥ですね」 九寿重が眉を寄せながら呟き、傍らの尚哉が咆哮を使用。猪が顔をこちらにゆっくりと向ける。 「どれ、猪さんにも今まで食べた分の御代を頂くとしましょうか!」 星晶がクナイを取り出し、猪の側面へ向かって投げる。足元に投げ込まないのは後方に逃さないためだ。 それを挑発と受けたか、猪は荒い鼻息を噴出し星晶らに向けて突進してくる。 星晶はひらりと避け、九寿重は突進を防御する。が、突進の勢いは強く、彼女の小柄な身体をふわりと浮き上げる。 「コズエ‥‥!」 「心配要りませんよ、クロエ。ちゃんと防御したので大したことはありません」 受身をとって着地し、ふっと小さく微笑む九寿重。 「勢いが強いな。ならこいつでどうだ。‥‥迅竜の息吹よ、凍てつく風となりてすべてを凍らせよ―――ブリザーストーム!」 哲心が羽織をはためかせながら猪に向かって術を放つ。吹雪が猪の視界を覆い、冷気でダメージを与える。 その間に二手に分かれ後方へ回りこんでいく開拓者達。畑から追い出すために射撃で猪の足を狙う。 「もう少し後ろまで‥‥連れ出しましょう」 御神本が仕掛けられたトラバサミをちらと確認しながら、注意を促す。フェムトもまた、トラバサミが効かなかった時のために鎖分銅も用意してある。 「牙と突進に気をつければ怖くないっ!」 亮が攻撃を当てては離れ、距離を詰めては攻撃を繰り返す。 忌々しそうに牙を彼女に向ける猪だが、瞬脚や哲心の術の効果もあって彼女に当てることは出来ず、全て空を切っていた。 しかし、猪もそうバカではないらしい。突進の向きを無理やり変えて、再び襲いかかろうとしている。 「そこだ!」 砂を巻き上げ重心のバランスを変えている左脚を狙い、ウルグ・シュバルツ(ib5700)が空撃砲を試みる。 太い脚の関節にヒットしたのだが、猪はもだもだと短い足を動かし転倒せずにバランスを保とうと―― 「倒れろ牡丹鍋っ!!」 尚哉が謎の掛け声と地断撃の衝撃波を猪に当てる。体勢を整えきらぬところに衝撃波を受け、横倒しになった猪。どすんという音と僅かな地響き。 倒れたところに駆け寄って、クロエと九寿重が攻撃を当て、離れる。 漸く起き上がった猪は悔しいのか、頭を数度振った後、再び駆け出したところで――バチン、という甲高い音の後、その場で暴れ始めた。 引きずる鎖の音――罠に、かかったのだ! 「ミコさん‥‥今です!」 「‥‥はは、その呼び名が定着しないことを祈ります」 星晶の呼びかけに、御神本は苦笑しながら呪符を取り出す。それに合わせるように星晶も影縛りで猪の行動を抑制。 「そういえば、何故『ミコさん』と呼ばれているのですか?」 九寿重が不思議そうに尋ねれば、御神本は術式の韻が巫女のそれと似ている面があり、誤解されたのだろうという。 「祓!」 素早く印を結び、大龍符を起動させた御神本。龍の顎が猪を飲み込まんばかりに開き――さしもの大猪も一瞬の幻影を恐れたのだろう。暴れるのを止めた。 「ここからだ! 一気に畳もうっ‥‥牡丹鍋っ、覚悟! 容赦無く最大‥‥出力だよっ!」 助走をつけて地を蹴った亮の顔には喜色が浮かぶ。泰練気法・弐と空気撃の相乗効果の攻撃を狭い眉間に思い切り叩き込む。 「牡丹鍋、ってあだ名ついてるのかな‥‥まぁ、いいけど‥‥」 前衛の掛け声を聞き、どうせあだ名通りの末路だろうし、と思いながら弐式強弾撃を撃ちこむ雪華。 フェムトもスキルを乗せた射撃を急所に当て、弱らせていく。 トラバサミに脚を噛まれ、穿かれる痛みに身をよじる猪。猪が暴れる度にガシャガシャとトラバサミが悲鳴をあげる。 星晶は水遁で猪の命中を下げ、苦無を左方より投擲。右方からは足を取られたままの猪目掛け、尚哉が牙を狙って剣を振った。 「結構当たると痛いしな! 先に切っときゃ良かったけど!」 渾身の力を込めたが、牙は矢張り相当硬い。 「タカヤ! 私に任せろ‥‥! この剣は、叩き斬る方に向いているのだ!!」 クロエが後方で振りかぶるのを見て、素早く尚哉が退いた。 「汝のせいで、私はイノシシ女と思われたのだぞ! この罪は肉塊となって償うべきものだっ!!」 クロエのそれは性格であり、猪にとっては単なる言いがかりでしかない。しかし、怒りの剣戟は牙をかち割る。逆うらみもかなりの原動力だ。 お前など知らん、と思ったか、猪は気力を振り絞り大きく暴れる。幸い牙は叩き折られているが、脅威でもあった。 「悪足掻き‥‥意外としぶとい‥‥」 人間であれば評価されるであろうその根性も、動物であれば煩わしい。雪華の落ち着いた声音も、いつもよりは情がこもる。 静かに、それでいて正確に発射される弾は猪の脚を食い破る。 「任せな。こいつで終わらせる‥‥!」 哲心が猪を睨みつけ、呪文の詠唱を始めた。 「‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」 激しい閃光と紫電が哲心より猪に向かって放たれ、轟音と共に猪を包む。 弱ってきたところに高威力の電撃で焼かれ、さしもの巨大猪とはいえ、もう抵抗する気力も体力もない。 ぐったりとその場に倒れ、数分もしない内に荒い息はだんだんと静かになり、やがて消えた。 ●実食! 巨大な猪は解体するのにも一苦労だった。 とりあえずその場で解体することはできないので、近くの小屋を借りて解体する。3mほどの猪。肉の量は半端ではない。 「包丁で各自好きなだけ切り分ける形になりますかね‥‥」 釣り上げられた猪を見つめながら、重さで梁が落ちないかと頭の片隅で考える九寿重。 「猪肉は結構美味いからな。できれば少し分けてもらいたい」 「うむ、それがいい。そうしよう」 哲心の提案に即同意し、こくこくと頷くクロエ。そして、星晶はほっとしたような顔をした。 猪の退治が第一の目標だったにしろ、肉を貰うということも大事な報酬の一つとして挙げられているからだ。 その解体シーンは流血・グロテスクな場面がございます的な警告文と共にここではお伝えできないものとし『綺麗に解体した』という結果まですっ飛ばそう。 積まれるいくつもの肉塊。それを目にしたウルグは戸惑い気味に『鍋って言っていたが、ここで食べるのか?』と仲間に尋ねる。 「クロエ殿が肉肉というから‥‥実は全部ここで食べるのかと思ってたよ」 「う、まぁ。自分でも食べる、のだが」 「自分でも‥‥? クロエ、それどうするつもりなんだ?」 肉が欲しいと言っていたのだから、彼女一人で食べる分だと思い込んでいた。恐らく誰しもがそう思っていたのだろうからウルグが疑問に思うのも仕方がない。 皆の視線が集まると、クロエは一人ひとりの顔を見た後、悪戯をした子供のように俯いた。 「許せ。その‥‥私の家の、使用人たちにあげるのだ。厳密に言うなれば、その者らの子供だ」 「使用人の家族に、ってこと?」 「うむ。私の住んでいる地域は‥‥耕作が主で魚や肉は冬だと獲物も少なく取りづらいし、その結果高くなる。いつでも‥‥家族に旨いものを食べさせてやりたいと、思うものだろう?」 なので‥‥すまぬ、と口ごもるクロエの肩にそっと手を置いた亮は微笑んでいた。 「謝ることじゃないよ、そんなの。そっか、あげるのか。持って行ってあげなよ」 「‥‥ん」 はにかむクロエと仲間たちの表情を見て、御神本は軽く目を細めてから『では僕はこれで』と背をもたせていた壁より離れる。 「御神本殿‥‥鍋、一緒に食べていかないの?」 雪華が尋ねたが、御神本は『僕の分も食べてください。報酬もいただきました』と、手にした肉の包みを軽く掲げて一礼し、去っていく。 「御神本のことは気にしなくて良いぞ。村の人々に退治した事と、牡丹鍋大会開催を伝えに行ったのだろう」 と言いながらクロエの眼は既に鍋へと向けられている。村人達が来るまで果たして待っていられるのだろうか。 「んふ。よーしっ、お楽しみの牡丹鍋だ〜〜〜♪」 おっと、楽しみで仕方がない人が居た!! 亮はくつくつと煮える美味しそうな鍋を想像したのだろう。ゆらりと尻尾を揺らす。やっぱり猫舌なんだろうか。 「勿論だぜ。それも楽しみだったんだ。誰か料理できる人がいれば、だけどな」 尚哉も戦闘後の鍋を楽しみにしている人である。何しろ牡丹鍋って言ってたし。 「肉だけだと偏るから、鍋で食べるなら野菜も欲しい所だけど‥‥ある物で食べようか‥‥」 心配要らぬ、何しろ村人総出の牡丹鍋大会だ。野菜なども持ち寄ってくれよう。と何故かクロエが胸を張る。 実際それが真実だとしても、クロエの手柄ではなくミコちゃんこと御神本の手柄であろう。 「ま、先に鍋づくりの準備はするか」 袖をまくり、哲心が小屋の中を探す。手伝うよ、と申し出たのは雪華とウルグだ。 「では私は火を起こしておこう」 「クロエ、口元に注意ですよ! 既に出ています」 びしっと指をつきつけられ、慌てて口を拭うクロエを見て『冗談です』とまじめに答える九寿重。 そんなやり取りを見ながら、星晶が朗らかな笑みを浮かべた。 |