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■オープニング本文 ●ジルベリア北西部 冬は深い雪に閉ざされるジルベリアだが、夏は所により――割合涼しかったり、暑かったり。 北西部のほうはといえば、割と――過ごしやすい。 しかも今の時期太陽が沈むまでの時間も長いお陰で眠れず、生活習慣が乱れるという人がいるくらいだろう。 「珍しいことではないにしろ、こう昼が長いと眠るのが勿体ない!!」 と、出歩く人も多い。 しかし、そんな折‥‥近くの湖に出かける人が多い。性別的に言えば圧倒的に男性が多いようだ。 それというのも、近くの街酒場では酒の肴に、こんな話があるからだ。 『ヴォトカを飲んで湖に行くと、絶世の美女が沐浴している姿を見ることが出来る』という下卑たものだ。 目が合うと、一緒にどうぞと手招きするらしい。なんともうらやましい話だ。 だが、その美女の誘いに乗ると危険な目に遭う、とのことなのだが‥‥実際体験談も数多い。 湖に入った途端美女が骸骨になっただとか、噛み付かれて腕を持って行かれたとか、凶悪な話ばかりである。 しかも、『湖の美女』の目撃情報も日を重ねるごとに増えてきた。中には、一緒に行った仲間が湖に引きこまれて帰って来ないという被害届まである。 「‥‥くだらぬ!! 皆『美女』と聞き、何かしらいかがわしい事を胸に秘めて出かける故痛い目を見て帰るのであろう!! 自業自得ではないか!!」 と、開拓者である騎士、クロエが酒場で文句とも怒りとも呆れとも取れる言動で、周囲の男性を恐縮させていた。 「なおかつ嘆かわしいのはこうも恐ろしい結末を聞きつつも、自分は大丈夫だという慢心で出かけているところ‥‥汝ら男はどこまでいやらしいのだっ‥‥!」 女性であるクロエには分かってもらえないかもしれないのだが、スケベのためならエンヤコラというのが男の性(さが)である。 「そ、そういうなら、クロエが行ってみろよ!」 「なんと‥‥!? 私に同性の覗きをしろというのか‥‥無礼な!」 無礼と言いつつ、自分が行けば何かしら現状を冷静な立場で判断することが出来るかもしれない。 むー、と考えた後、クロエは首肯する。 「致し方ない。魔物でなければなにか事情も‥‥あったところでどうにもならんやもしれぬが、兎も角問題は小さくなろう。 私がギルドで同伴者を集めて出かけてくる。結果が出る迄現地へ行くのは極力控えてもらおう」 ●泉の妖精? そうして、クロエは同伴者募集をかけて出発したが――‥‥現地に行って、まず驚いたのは本当に女性が居たことだ。 「もし、そこの‥‥そう、汝だ! ここで何故そんな事をしておるか! 汝のせいでスケベな男が増えてどうにもならぬ!」 クロエがぷんすか怒りながら沐浴したいのなら集団浴場があろう、と指摘する。 ぱちゃ‥‥ 微かな水音を立て、女性が体ごとこちらを向いた。上半身と下半身の肝心な部分は長い髪に隠れていて見えない。 思わぬ行動に慌てたクロエだが、女性は湖より上がって、こちらに歩いて来るではないか!! 「ま、待て! 裸のまま来るでない! 少しは羞じらわぬか!!」 自分のマントを取り、女性にかけようとして歩み寄った矢先――同行した開拓者が突然彼女にぶつかるように当たってきた。 「何をするかっ!」 開拓者と共に地面に投げ出されたクロエは痛いではないかと文句を言い、彼女を突き飛ばした本人は湖の女性を指す。 その姿に、クロエや開拓者たちは息を飲む。 髪で隠されていた肝心な部分は、何も無い。いや、厳密には白骨が見えているので、空洞というわけではない。 そして、女性が動くごとに肉であった部分が無くなって、骨が露出していく。 「ぬ‥‥正体はアヤカシであったか!!」 それであれば容赦はせん! と、息巻くクロエ。 開拓者に礼を言うと、いざ参る! と地を蹴った。 |
■参加者一覧
紫夾院 麗羽(ia0290)
19歳・女・サ
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
サンダーソニア(ia8612)
22歳・女・サ
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●女性? いいえアヤカシです。 巷を賑わせていた美女の噂――しかし、彼女は人間ではなくアヤカシだった。 しかもその姿は骸骨。幻覚の術で姿を変えていたようだ。 「湖の女‥‥正体はこういうことか。妙な術を使用しているようだが、十分に注意しないと――おい待てバカ。言ってる側からいきなりつっこむな」 やれやれと瀧鷲 漸(ia8176)はため息混じりに呟く。 骸骨に斬りかかろうとして脇をすり抜けたクロエを急ぎ後ろから羽交い絞めにし、止めながら呆れた顔をする。 「そうですよ、気をつけた方が良いです」 杉野 九寿重(ib3226)も、クロエから骸骨に眼を向けた。 彼女は心眼を使用していたため既に女性の正体を看破し、先程クロエを突き飛ばしたのだ。 そんな猛進型のクロエは郭 雪華(ib5506)にまで気をつけてよ、と言われる始末である。 「それはそうかもしれぬが、どう対処すると‥‥」 若干肩身の狭い思いをしながらもクロエは、漸の腕から離れると仲間の顔を見渡す。 「自分の見た目を幻術でごまかすなんて、せこいなぁ‥‥ま、こんなことだろうとは思ったけどね!!」 クラリッサ・ヴェルト(ib7001)はじろりとセコイらしい骸骨を睨みつけ、きりんぐ★べあーを構えたままじりじりと後退していく。クラリッサが攻撃を仕掛けそうな素振りはない。 「湖の中で戦うには此方の分が悪いため、湖からちょうどいい位置までアヤカシを陸地に誘き寄せまして、一気に叩き――退治。が、この場合良さそうなのですが‥‥」 仲間がとろうとしている行動を玲璃(ia1114)がクロエに分かるよう丁寧に説明し、仲間へ神楽舞『護』をかけて支援していく。 湖に戻ろうとする骸骨に向け、すでに戦闘態勢に入っていた紫夾院 麗羽(ia0290)は地断撃を放つ。 衝撃波が骸骨を襲い、幻術で見た目をごまかしていた肌の部分が剥がれるようにさらさらと消えていく。 髪も抜け落ち、全身骨だけになったアヤカシが顎を大きく開いて開拓者へと歩み寄ってくる。顎の向こう側、空虚な部分から湖の景色が見えた。 「‥‥ま、早々に正体を現してくれて助かったぜ。美しい女性に剣を向けるのは、ちょっと気が引けるんでね」 クラウス・サヴィオラ(ib0261)は顔色を変えずに剣を引き抜き、ベイルを構えた。 「とりあえず骨とか外見がアヤカシっぽくなってもらった方が斬りやすいよね。気分的に」 サンダーソニア(ia8612)も同意し、まずは注意を引きつけるために咆哮を放つ。 骸骨はサンダーソニアの方を向き、ゆっくり歩いて来る。 完全に湖から上がっているとしても、まだ陸に向かって引き寄せねばなるまい。 骸骨がクラウスへと腕を振り下ろす。がつ、と硬い音と衝撃がクラウスに届くが、割と力強い。 「どうせ化けるんだったら面子的に男の方がよかったんじゃないかなー‥‥」 そういう風に化けられるならだけど、と言いながらサンダーソニアも刀で斬りつける。堅い骨は鈍い音を立てるが、砕けない。 「まだ一気に攻めるような派手な事はできないね‥‥」 雪華も前衛の隙をついて射撃での援護をするが、もう少し距離を引きつけないと十分ではない。湖に戻ってしまっては、此方が不利になってしまうからだ。 骸骨もただ攻撃を受けているばかりではない。骨から靄状の煙がゆらりと立ち上ったかと思うと――九寿重の目の前には美しい女性が、涙ながらに訴えていた。 『こ‥‥ろさ、ないで‥‥』 そう哀願するが、玲璃の『護』の効果もあり、九寿重に魅了は効かなかったようだ。瞬きの間に美しかったその姿は元の骸骨に戻っている。 瞬時にその場から交代し、ふぅと息を吐いて気を整える九寿重。 「お前も運が悪かったと諦めるのだな。男を狙って悪さをするのもここまでだ‥‥クロエ、漸、幻術に惑わされるなよ!」 微笑を浮かべながら、麗羽が刀を振る。クロエも側面から回りこんで骸骨に斬りつけ、そこに仲間が咆哮で更に奥へと引き寄せる。 「‥‥ふ、クロエがまた突っ込みそうだが、魔神たる私がいるかぎり負けはしないさ」 漸が自信満々に言いながら咆哮を使用し、一歩、更に一歩と骸骨を誘導。 身体を張った後退や惹きつけるための動作を繰り返し行い、湖から15m程引き寄せた頃。 「――頃合いだね。一気に攻めるよっ!」 クラリッサが呪縛符を放ち、印を結ぶ。すると、ひらひらと舞っていた呪縛符から黒い手が伸びて骸骨の四肢を掴むと動けぬように拘束した。 「はい、これ以上犠牲者を出さないよう、手早く退治しましょう!」 玲璃は閃癒で仲間の傷を癒し、再び神楽舞『護』で支援する。 しかし、脆そうに見えても案外硬い。 (骨だとしてもアヤカシ、か‥‥身体の強度はあったとしても、剥き出しの間接部を狙えば少なくとも何らかの効果はあるはず‥‥そこを‥‥狙い撃つ!) すぐに雪華は動けぬ骸骨の膝関節を狙い撃つ。強力な一撃は膝蓋骨を貫き、骸骨の身体が右に大きく傾く。 「骨の結合部位に攻撃を当てることが出来れば‥‥肉に守られていないだけ、有効かも‥‥」 雪華自身の攻撃と言葉が仲間にも届いたようだ。 「なるほどね‥‥それじゃ、遠慮なくやらせてもらおうか!」 クラウスも雪華がしたと同じように骸骨の関節‥‥肘を狙って、振り下ろす。リベレイターソードが細い尺骨を軋ませ、切っ先が関節部分に入り込む。 「たああっ!」 気合と共に力を込め、剣を振り切るクラウス。肘より下を切断したが、斬られた骨はカタカタと小刻みに動いている。 「気ッ持ち悪いなぁ、もう!」 サンダーソニアの両断剣が切断された腕を更に叩き斬る。半分に割られた骨はもう動かない。 しかし、まだ本体のほうは健在だ。漸と麗羽の攻撃を受けながらも、再び魅了の術などを使っていたが、魅了の術に対してかけられた『護』‥‥玲璃の尽力により仲間の抵抗力も向上されている。 「魅了にかかった場合、仰ってください。すぐに治療させていただきます!」 安心して戦闘できるのも、こうした玲璃の支援もあるからである。 片方残された腕を振り回して攻撃していた骸骨だが、囲まれていることを不利と取ったのだろうか。一歩後退――したところ、雪華が素早く狙撃して足首に当てた。 「また湖に戻られたら‥‥色々と面倒だから逃がさないよ‥‥」 逃がすつもりもない、とクロエが九寿重と共に胴に突きを入れる。肋骨を割り、骨の破片が飛び散った。 二人が素早く離れたところに、クラリッサが操るきりんぐ★べあーが斧を構えて突撃し、迎え撃とうとした骸骨の腕をすり抜け、足目がけて振り下ろす。 アヤカシ‥‥いや、骸骨に痛覚があるのか分からないが、下顎を大きく開いていた。 「私の人形を甘く見ない方がいいよ。可愛いだけじゃないんだからさ!」 割ときりんぐ★べあーは怖い部類のような気もするが、クラリッサに怒られそうなので言及はしないでおこう。 足を割られ、機動力も減少したであろう骸骨。膝をつき、カタカタと顎を鳴らす。 「そろそろいいだろ‥‥コイツで決める!」 クラウスがソードクラッシュで骸骨の肩から斜めに力強く振り下ろす。もうひとつの腕も切り離されたが、骸骨はまだ攻撃を止めない。 身を乗り出すような体勢でクラウスの喉に食らいつこうと大きく顎を開いて飛びかかる。 「そんな姿になってもなお、男に貧欲な‥‥恥と知れ!!」 クロエがロングソードを横から骸骨の顎に突き入れ、 「その通りだ。あまり男を減らされてもつまらん世の中になるしな‥‥」 麗羽が隆気撃を使用し、がら空きになった骸骨の胴体を刀で切断。上半身と下半身が完全に切り離された。 動かない下半身はべあーがとどめにと斧で叩いている。 「ふん、這い回る姿も見苦しい。この魔神の力、見せてやろう」 ヴィルヘルムを大きく振りかぶりながら、漸は不敵に笑う。 鬼腕で力を貯めつつ、隆気撃も使用し全力で――骸骨の頭上目がけて振る。 中身のない頭骨は粉々に砕け、砂のようにさらりと骸骨の身体が崩れていく。 そして、再び湖には元の通りに静けさが訪れたのだった。 ●戦い終わって 湖の近くを探してみると、ここに訪れた者たちの遺物だろうか。装飾品や衣類などが茂みの中に落ちている。 実際に帰って来なかったものも少なくない。犠牲になったと思しき者たちのために、玲璃が弔いの儀式を行いたいと申し出た。 それに異を唱える者も居なかったため、玲璃は鎮魂の舞を舞う。クラウスも花を添え、亡き者たちのために祈りを捧げる。 湖に立ち寄った者の末路は自業自得だとか言ったが、彼らも犠牲者である。 クロエも片膝をつき、彼らの安らかな眠りを祈った。 「ジルべリア式の弔いの仕方を存じてませんでしたので、天儀式で行いましたが、お許し下さい」 儀を終えると、玲璃が深々と頭を下げる。 「作法や郷が違えど汝の気持ち、彼らへ十二分に伝わったと思うぞ。ありがとう」 クロエは素晴らしかったぞと微笑む。それに対してはにかむ玲璃。 「しかし、噂の美女がアヤカシだったとはね。がっかりする奴が沢山出そうだ」 クラウスが湖の方を見つめながら、街の男達の落胆ぶりを思い描いたのだろう。その口元には僅かな笑みがあった‥‥が、クロエが物言いたそうな顔でクラウスを見つめていた。 「ん? クロエはこーいう話苦手か? ‥‥ほら、せっかく依頼も無事達成したんだしさ、堅苦しいのはナシでいこうぜ?」 「苦手、という訳ではないぞ。まあ、好んでするわけでもないが‥‥しかし、美女ならジルベリアにも他国にも山のように居るではないか‥‥裸に釣られるからだ」 解せぬ、と頬をふくらませるクロエ。 「綺麗な薔薇には‥‥とはいうが、今回の相手は棘どころか毒花だったようだな。それでもまあ仕方ない事、男は毒蜜にも吸い寄せられる――だからそんなに憤るな、クロエ」 見かねた麗羽が苦笑しながらクロエの肩をポンポンと叩き、そうだろう? というような視線をクラウスへと送った。 「クロエ殿‥‥もし相手がアヤカシじゃなくて人だったら‥‥どうしていたの‥‥?」 そして雪華はクロエへ疑問を投げかけた。 「‥‥噂になるほど頻繁に行っているということであろう? 小一時間説教だっ!」 けしからんと怒っているようだが、クラリッサも幻術とはいえ骸骨のスタイルは良かったといえば、 雪華も『クロエ殿よりスタイルがいいかもしれないよ』と茶化して言うと、クロエがますます怒りだしたので慌てて冗談と付け加えた。 「ふ――さて、敵を倒して一汗かいたら水浴びでもしようか?」 麗羽がどうだ、と振ってきたのでクロエも断るが、漸と二人で『ひん剥いて放り込む』と悪巧みをしているではないか。 「はは、今度はちゃんとした女性が三人も入るのか。これはまさに眼福な」 「そこの男の人。鼻の下伸びてますよ」 クラウスがそう囃し立てると、ジト目のまま九寿重が注意する。 「ま、汗かいちゃったのはホントだけど。街に戻って報告しなくちゃね?」 サンダーソニアが伸びをしながらこの流れを切り、その通りだとクロエも素早く同意する。 「そうですね。お腹も空きましたし、街に戻ってクロエから色々ご馳走にならなくては」 「なっ‥‥?!」 驚くクロエに、九寿重は『危ないところがいくつかありましたし、その授業料代わりです。気が逸る性格は直した方が良いですよ』と笑う。 人の奢りとなると喜ぶのが人間である。クロエさんご馳走様です、などと言いながら、彼らは街に戻って行くのだった。 |