あの花を探して
マスター名:藤城 とーま
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/02 23:08



■オープニング本文

●ジルベリア某所

 暖かくなってきたジルベリアに、やって来るのは――恋の季節。
 いや、待ってほしい。たまたま開いた依頼書で、いきなり恋の季節と言われても噴いてしまうだろう。
 すこしばかり聞いて行ってほしい。

 ジルベリア首都ジェレゾより東に行った場所。
 そこでは、一人の青年がほぅ、と浮かない顔付きで溜息を付いていた。
「どうした、なにか悩みでもあるのか?」
 酒場の親父がコップを拭きながら青年に話しかけると、金髪の青年‥‥優男はゆっくりと親父を見る。
「親父さん‥‥実は、僕、恋をしてしまいました」
「めでたい事じゃないか。恋をするって言うのは素敵なことだぞ」
 ハゲヒゲで筋肉隆々の親父がそんなロマンティックな事を真顔のまま云ったところで、結果茶を噴きかねないところなのだが、青年はぽっと頬を赤らめた。
 ロマンチスト同志で通じるところでもあるのかもしれないが、もうちょっとだけ待ってほしい。
「‥‥ですけれど、相手は貴族のお嬢さん。僕は‥‥平民です。身分の差が、僕の恋の壁です」
「おいおい、そんな事で弱音吐いてんじゃねえよ! お前さんのことを相手は知ってるんだろ?」
 何故か親父の方が力が入っている。コップをテーブルの上に勢い良く叩きつける。
 その音に吃驚しながらも、青年ははっきりと答えた。

「いえ、知りません」
「‥‥じゃあ無理だな」
 でも、諦められないんです! と青年は思いつめた顔で親父を見つめる。
「彼女は今月、貴族の男性と結婚してしまいます。その前に、あの女性に花をさし上げて思いを伝えたい‥‥! たとえ成就しなくとも!!」
 フラれても構わない。僕の心を揺さぶったあの美しい女性になら!! と、青年は熱く語るのだが、揺さぶるも何も一目惚れの片恋だったようである。
「‥‥それでですね、問題なのは。お花をあげるということなのですが‥‥」
「問題はそこじゃなくてお前さんを知ってもらうことだったと思うんだけどな‥‥で?」
「僕は昨日、美しい花を見つけたんです!! 真っ白で、花弁が6つの可憐で‥‥香りはきっといい花です!!」
 なんか一部妄想が入っている。ちょっと疲れてきた親父さんは、関わらなけりゃよかったと思いながらそれをあげればいいだろうと何の気なしに言ったのだが――
「それが、その花‥‥断崖絶壁に生えているんです。僕、そういうところ全般恐怖症なんです」
「‥‥‥‥他の花にしろや」
 もう付き合ってられないと、親父さんは奥に移動しようとしたところをガッシともやしっ子の腕が掴んだ。
「そう言わず!! ここは、開拓者の方もよくいらっしゃると聞きましたっ! 彼らにお願いすることはできませんか!?」
「ええい、ひっつくな! ‥‥出すもん出してくれりゃ、気が向いた奴が来るんじゃないか?」
 青年を振りほどき、親父さんは嫌そうな顔つきで腕をさする。
「‥‥わかりました。そう言うのであれば、僕も男です。覚悟を決めます」
 だん、と皮袋をテーブルに置き、これが依頼料です!! と差し出した。
「おお‥‥結構貯めこんで‥‥おい、石入ってるぞ」
「ああ、すみません。足りなそうな分は働いて返します」
 
 かくして、開拓者ギルドに妙な依頼がまた一件、増えたのだった。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
和奏(ia8807
17歳・男・志
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰


■リプレイ本文

●あなたの、ためだからっ!

 自分が恋した娘さんに捧げるための花を採ってきてもらいたい‥‥
「まぁ! 『身分違いの恋という試練に立ち向かう青年を手助けする依頼』というわけですね!? 凄い、素敵な恋物語ではないですか‥‥!」
 わたし応援しちゃいますね!? と妄想全開で水月(ia2566)は青年に同調する。
 しかし、水月の言うとおりであればかなり都合はいいが、詳しい内容を聞くと想い人と直接の面識のない、依頼人の完全なる片思いだった。
 巴 渓(ia1334)の言葉を借りれば『花を採る以前の問題』であったというわけだ。
(確かに、俺たちは金で動く都合のいい道具だ‥‥例え花の採取を俺たちに丸投げしようとも、咎められる筋合いはない)
 青年の依頼は『自力で』はなく『開拓者たちに』行かせ、自分は努力せず待っている――とも取れるのが彼女には納得できないところだったのだろうか。
 渓は依頼人の青年から花嫁の情報を聞き出す。当然不審がる青年に渓の理由として『告白のチャンスを伺う偵察役として』先に行動するという。
 和奏(ia8807)も知りたいような口ぶりだったので大体の住所とお嬢さんの名前を答えた青年。
 情報を手に入れた渓は依頼人と仲間を残し、一足先にギルドを出る。

 同行をしないつもりなのだろうか――?
 その背中を見送った後、海月弥生(ia5351)は小首を傾げ青年を見つめ、ちょっと意地悪く話しかけた。
「花を取ってきて欲しいという事なんだけ・れ・どぉ‥‥こういうのはどちらかというと本人がやった方が良いかなと思うので、あたし達はその手伝い遂行に勤しむのが吉だと思うのよねー?」
 それに同意した‥‥いや、もともとそうするつもりだったのだろう。ユリア・ヴァル(ia9996)は困ったような顔をして大きな荷物を青年の前に下ろす。
「開拓者といえど女ですもの。こんな沢山の荷物、か弱いから持てないの‥‥依頼者さんに荷物持ちをお願いするわ」
 え、と絶句してユリアと荷物を交互に見つめる青年。
「今片手で置きませんでしたっ――」
「気・の・せ・い・よ! ね、お願い?」
 にっこり‥‥の中に怖いものを混じらせながら、ユリアはお願い攻撃に入ったようだ。
 逆らったら危ない気がするのと、女性にこう言われては男がすたる。彼も蚊の鳴くような返事をしてその荷物に手をかけた。

 何か、男でも超重いんですけどこれ。

 そんな目をして傍らの和奏を見れば、ニコニコ微笑んで水月と天儀で人気の恋愛草紙の話をしていた。気づいてくれない。
「‥‥依頼人さん、頑張ろう‥‥」
 皇 りょう(ia1673)が大したことないからと言ってくれるお陰で、青年はフラつきながらも彼らと同行を共にすることと相成ったのだった。

●びしばし!

 村から歩くこと約数十分。鬱蒼と茂る森を歩いている間じゅう、なにか唸るような声が聞こえていた。
 先頭を歩いていた弥生がくるりと振り返って――『あーあ』と肩をすくめる。
「ちょーっと、依頼主さん。まだ大して歩いてないわよー? もうちょっとで着くわけだし、もうひと踏ん張りで行きましょうー?」
「そ、そうは‥‥いっても‥‥皆さん歩くの速くって――」
「荷物を地面に置かない!!」
 膝に手を置きずるずると前かがみになる青年。肩から荷物がずりさがりそうになるのをユリアが叱咤したため姿勢をしゃんと戻した。
「‥‥ん、まだ頑張れるみたいね。さすが男の人っ」
 にっこりと微笑むユリア。弥生と共に、りょうが地図を確認する。目的地まであと二十分ほど歩けば着くだろうと皆に伝えた。
 そして青年を急かすようにしながら、再び一行は歩き出す。
(‥‥依頼主さん、あんなに汗だくになるほど‥‥そんなにも件の花に拘るには何か理由が‥‥?)
 水月は青年のほうをちらりと見て、依頼内容の花を想像する。そして――ハッと気づいて上気しそうになる頬を手で押さえた。
(まさか『あの崖に咲く白い花を贈って結ばれた二人は永遠の幸せが約束される』的な伝説があるのでは!?)

 残念だがお嬢さん。そんな伝説はないんだ。むしろそんな設定があれば、依頼内容としてももっと良かっただろう。
 だが妄想大爆発中の水月にはお構いなしである。何としても成し遂げてやらねばと誓い新たに拳を握っている。
「――いや、しかし‥‥なんといいますか。森は‥‥いいところですね」
 和奏がちょっと嬉しそうな顔であたりの木々や景色を見渡す。人にとって見慣れた景色も、彼にとっては新しい。
 しかし、青年が『崖にある花はもっと素敵ですよ』とゼーゼー息を切らせながら言うのに対し、
 それは本当に楽しみです‥‥と、愛らしく微笑んだ。

●一方その頃

「――それで、わたくしにお話とは‥‥?」
 村を出てまっすぐ行動に移った渓の目の前に、金の髪を縦にゆるく巻いた貴族の娘――依頼人の想い人が座っている。
 渓はその足で想い人‥‥名をマナと言うらしい娘と、彼女の両親に話があると伝えに来たのだ。
 不思議そうな顔であったがとりあえず応接室に通され、マナがしずしずとやってきたという所なのだが。
「‥‥実は、だな――」
 これは依頼の守秘義務というのもを破っているのだということも自覚している。
 だが、迷いのない渓はすぅっと口を開く。その唇から語られる話を、マナと両親は静かに聞いていた。
 語り終えると、暫く眼を閉じていたマナは『おはなしは理解いたしました』と軽く頷き、渓に切り返す。
「そう仰るのでしたら、そのようにしてみましょう。ですが‥‥わたくしを案じて行動したとしても‥‥当然依頼主のことも考えての行動、と受け止めて宜しいのですわね‥‥?」
 質問に渓は、明確に答えなかった。

●試練?

 目的地についたまではいい。だが、青年はロープ(‥‥はっきり言おう。命綱だ)を渡されているではないか。
 青ざめつつどういう事かと、振り返って自身にレイピアを向けているユリアに問いかけた。
「あら、後ずさりすると刺さっちゃうかもしれないわよ‥‥?」
 服の裾とかに、という声は青年のヒィという情けない声音の前に消える。
 大丈夫だからとりょうも嗜めるのだが、青年はなんだか足が震えているようだ。
 すでに崖の下に入ってもふら布団などを用意してくれている和奏。準備できたという合図を上の皆に送る。
「では、私が――」
 採ってきますという水月の台詞を制する弥生とユリア。二人にはなにか考えがあるようだ。それを察したらしい水月は口を噤む。
「どうします、依頼主さん? ここから見ただけでもそれらしきものはあるわ。ただ――本当に、私たちが採っていいものなのかしら?」
 ユリアの含むような言い方に、青年は汗をぽたりと垂らしながらもその顔を向けた。彼女の目を真っ直ぐ見つめた。
「どういう花かは知らないけど‥‥依頼にするくらいだもの。意味のある大事な花なんでしょう?」
「‥‥」
「――一目見て感動できる程の花であるならば、きっと入手方法とかも聞かれるだろうし‥‥説明できたのであれば発展しちゃう可能性だってあるかもしれないしね」
 弥生が柔らかい口調で背を押し、青年にもその気持は伝わったのだが‥‥本当に高いところが怖いらしい。青ざめたまま、口を何度か開いては閉じる。

「――あの。そんな大事な花を、他人任せにしちゃ駄目‥‥なの。ここは勇気を出して、頑張りましょう‥‥!」
 勇気は、誰にでもありますから――!! そんな気持ちを偶像の歌も使用して水月が依頼主に強く語りかける。
「‥‥行かないのなら、私が行くわ。でも、分かって‥‥? 結局一番大事なのは気持ちなのよ。どんなに美しい花も心が籠っていなければ、そんなもの空の器を差し出したのと同じだわ」
 それが項を奏したか、青年の目に強い力が宿って――こくり。と頷いた。
「‥‥わかりました。皆さん。ありがとう‥‥僕が行きます。頑張って取ってきます!」
 すっと崖の下を見据えようとした青年をとめるりょう。下を見過ぎないようにという割と難しいアドバイスを与え、すっと下がった。
「安心して頂戴。あなたの身の安全はバッチリサポートするわよ」
 弥生が崖の周囲を警戒しながら、にこりと微笑んで。ユリアもまた、彼の命綱を握る。
「大丈夫よ、この綱は手放したりしない。信じて行ってらっしゃい」
 恐る恐るという体で身体にロープをしっかり結びつける青年。その間に水月は作業する皆へ加護結界を使用して、万が一の怪我を考え下で待機することにした。
 さっさとロープを結んで降りて行く。降りていくときに幾つか件の花を見つけたが、青年のために手を出さずに降りていく。
 青年は地面に腹ばいになり、なにかブツブツと言っている。祈りの言葉でもつぶやいているのだろうか‥‥?
 そうして意を決した青年がのそのそと要領悪く崖を降りていく。幸いにして彼が慎重だったため、弥生たちのほうにもこれ以上の手間はかからないようだ。
 下にいる和奏や水月も彼を静かに見守る。そして、青年がソロソロと白い花弁の花に手を伸ばし――ゆっくりと引き抜いた。
「よかった‥‥! 依頼主さん頑張ってます!」
 我が事のように喜ぶ水月。ゆっくり引き上げてもらっている青年は、花を傷つけぬようにと気を配っていた。

「お疲れ様、頑張ったわね」
 青年や皆を労い、休憩時にリュックの中に入っていた水を取り出すと氷霊結で氷に変え、それを砕いたり削った上から果物の果汁をかけて氷菓子として皆に渡す。
 そうして疲れを毫かばかり癒し、彼らは最後の目的‥‥依頼人の想い人の場所へと向かうのだった。


●合流。

 想い人の屋敷の前には渓がおり、依頼人を見ると僅かに眉を潜めて片手を上げた。
「‥‥お嬢さん、家の中に居るみたいだぜ。話すなら今だ」
 その言葉に、青年は深呼吸を繰り返す。
「本当はお側にいて応援したいですが、ここから成功を祈っています!」
「大丈夫よ、やれることはやったんだもの」
 水月や弥生の言葉に頷き、青年はぎくしゃくとした足取りで屋敷に向かっている。
「ふん‥‥『とりあえず』告白しようなんて腑抜けに、何かできたのかねえ?」
 青年の姿が小さくなったところで、渓がふんと鼻を鳴らす。
「はは‥‥確かにこういう類の小説では、主人公さんたちには『絶対に相手を幸せにする』という決意と根性、実行力がありますしね」
 和奏も苦笑したが、『でも』と後を続ける。
「割と、頑張ったところもありましたよ」
「そーねー。でも、これでどうなるか、っていうのは‥‥なるようにしかならないわよ」
 あはは、と弥生が笑い、りょうも頷いた。


「実はあなたが以前から‥‥その、結婚されると聞いて‥‥ちょっと、ショックでしたが‥‥」
 うーん、実に要領を得ない。だが、青年はバッと花を想い人‥‥マナに突き出して『好きでした!』といきなり告げた。
 眼をぱちぱちとさせていたマナだが、このへんのくだりはだいたい渓から聞いていたので心の準備は出来ていたようだ。
「‥‥少々、お伺いしても宜しいでしょうか‥‥」
 おずおずとマナが尋ねてくるので、青年もしゃきっと背を伸ばす。
「その花は誰の力も借りず、自分で採りに行ったのですか?」
 青年は首を横に振った。
「本来ならそうするべきなのでしょうが、僕は‥‥自分の力だけでは何もすることが出来ませんでした。ですので、この花も。皆に諭されて、手伝ってもらって‥‥採ってきたものです」
「そうですかでは‥‥『採った』のは、あなた?」
「はい。『採取』という意味のみでなら」
 それに頷きを返すマナは、もう一つだけ、と彼にすまなそうな顔で告げる。
「――貴方はわたくしの人生や、わたくしに関わった全ての人々の人生への責任を全て背負ってくれるのですか?」
「‥‥? 申し訳ありません。仰る意味がよく理解できませんが‥‥言葉通りの意味で解釈させていただけるなら」
 その先を促すマナ。
「関わった全ての人への責任を背負えるような能力も経済力もありません」
「ええ‥‥もう結構です、ありがとうございます」
 でもごめんなさい、と頭をさげるマナ。断られたのだろう――そう思った青年だが、マナはあなたは正直な人ですねと笑った。
「もう少し早くお話できていたら、素敵なお友達になれたのでしょうけれど‥‥残念です」
 マナは今の質問も渓から依頼主へ突きつけて欲しいと告げられたと彼に告白し、一部始終を話した。
「そのように寂しそうなお顔をなさらないでください。きっと、あの方‥‥巴さんは依頼内容を見てわたくしの為を想い行動されたのだと思います‥‥」
 だから、あなたのことが不届きな輩だと思えたのでしょう、と。
「ただ‥‥此度の結婚は恋愛の上ではありません。ええ、両親の決めた結婚です。ですが、そんなこと――貴族ではよくあることですし、わたくしも相手の方も了承していました。
 巴さんが来たときには何事かと思いましたが、わたくしを案じてくださったのかと思うと嬉しかったですよ」
 そうして――マナは、彼の告白を丁寧に謝り。それでもこの花だけは、皆のお祝いの気持ちとして受け取って欲しいと言った依頼主の意を汲んで、手に取ると顔を近づけた。

「良い香りで‥‥素敵。本当に頑張ってくださってありがとう。あなた方の事、忘れません」
 その笑顔は、とても柔らかく――青年の心に広がった。

●後日。

 その数日後。彼女は予定通り貴族の家に嫁いでいったようだが、開拓者ギルドに依頼主の青年と開拓者宛に小さな荷物が届いた。
 マナからである。礼を述べた手紙と、幾つかの香袋。
(‥‥本当に、お幸せに‥‥)